南天神の襲撃があった翌日の朝。浩二は望に誘われて、参道を散歩していた。
望の頭の上では、レーメが気持ち良さそうに寝ている。
太陽がさんさんと輝いており、確かに寝るには良い陽気であった。
「おまえも大変だな」
浅見ヶ丘学園の制服の上に白い羽織という格好の浩二が、
頭の上で昼寝するレーメを落とさないように歩いてるのを見て苦笑する。
「ま、このぐらいは……な」
「……なぁ。望」
「何だ?」
「その神獣ってヤツはさ、どうやらマスターの深層心理から形を作るそうじゃねーか」
「ああ。確か前に沙月先輩がそんな事を言ってたってけ……」
「もしも、俺にも神獣がいたら、どんなのだと思うよ?」
浩二がそう尋ねると、望は考え込むような仕草をする。
「解らない……想像がつかない。
能力はともかく、外見はめちゃくちゃ弱そうだとは思う……カイワレとか?」
「……何故、カイワレ……」
「いや、サレスの神獣みたいに木の神獣がいるなら、野菜の神獣がいてもいいかなーって」
「いてもいいけど、俺はそんなの嫌だぜ」
「だよな」
ハハハと笑いあう。すると、前の方から巫女が歩いてきている事に気がついた。
「あれ? 時深さん」
「こんにちは」
「あ、こんにちは望さん。ソゥ・コージ」
「ソゥ・コージ?」
望が怪訝そうな顔をするが、浩二としては、何だソレはという風に見つめられても困る。
「しらねーよ。この制服を着るようになってから、
時深さんは何故か、笑いながらそう呼ぶんだから……」
『相棒。相棒』
「何だ? 最弱」
『ソゥってのは、聖ヨト語で『~様』という意味やねん』
「何だ、その聖ヨト語ってのは……」
意味の解らない言葉が出てきたぞと思う浩二。
浩二と『最弱』の話しが聞こえたのか、時深は笑いながらこんな事を言うのだった。
「聖ヨト語ってのはファンタズマゴリアという所の言葉ですよ」
「あの、意味はわかりましたけど……何で浩二の事をソゥ・コージって呼ぶんですか?」
「それはですね。今の浩二さんの格好が、
ファンタズマゴリアを救った勇者の姿と同じだからですよ」
浅見ヶ丘学園の制服の上に白い羽織。隣の学校の制服の人間が勇者とはこれいかに?
望がそんな事を考えていると、心当たりがあった浩二は時深に問いかける。
「あの、それって……以前に話していたユートってヤツの事ですか?」
「ユート?」
更に意味が解らないという顔をする望に、浩二は自分も良く知っている訳ではないがと前置きして、
この写しの世界の住人で、浅見ヶ丘学園に通っていた少年少女の事を簡単に説明してやる。
話を聞いた望は、へぇと感嘆の息を吐いていた。
「俺達以外にも、そんな奴等がいたんだ」
「ああ。でも……まだ俺や望は彼等よりもマシさ。
向こうが異世界にバラバラで放り出されたのに比べて、俺達は沙月先輩と希美……
それに物部学園の皆がいたから、不安はあっても孤独は無かったんだから」
「そうだな……」
それに一番の幸運は、異世界であろうと自分達は何故か言葉が通じた事だろう。
これだけは本当に謎である。どうして異世界人とのコミュニケーションが普通にできるのか、
ツッコミを入れたくてしょうがなかったが、それにより自分だけ言葉が通じなくなると問題なので、
今までは、あえてそれには触れてこなかったのである。
「あの、時深さん……」
「何ですか?」
「どうして俺達、異世界の人間と普通にコミュニケーションとれてるんですか?」
「気にしてはダメですよ」
「いや、そんな事を言われても……」
永遠神剣が翻訳してくれているのでは無いかと思ったりもしたが、
それでは普通の人間である信助や美里達も、
カティマやルプトナとコミュニケーションをとれていたのはおかしい。
「ホントの事を教えてくださ―――」
「タイムアクセラレイト!」
直も浩二が聞こうとすると、時深が何かを叫んだ。
「ぐはあああっ!」
時深がタイムアクセラレイトと叫んだ次の瞬間には、
何故か浩二がズタボロになって地に伏して気絶していた。
「あ、しまった。ユートさんと同じ格好してたから……
つい、いつものノリでやっちゃいました……てへ☆」
「あ……ありのまま、今起こった事を話すぜ。
浩二が言語について尋ねようとしたら、いつのまにか気絶させられていた。
な……何を言ってるのか、わからねーと思うが
俺も何があったのかわからなかった……頭がどうにかなりそうだった…
催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ、断じてねえ。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…」
「で―――望さんは、何か質問ありますか?」
ニッコリと。それはもうイイ笑顔で望の顔を見る時深。
望は、首を横にブンブンと振りながら、ありません。何もありませんと後ずさるのだった。
「望さんは頭がいいですね。利口な方は好きですよ」
そう言って時深は担ぎ上げる。
「それでは、私はこれで……」
「あ、あの。浩二を何処に―――」
「聞きたいですか?」
もう一度、ニッコリと笑う時深。
望はその怖すぎる笑顔にもう一度首を横に振る。
「うわっ!」
すると、望の頭の上で寝ていたレーメが落っこちた。
「いたたた……うう~っ、ノゾム~~何をするのだ」
「ああ。すまんすまん」
「ふふっ。それでは散歩の続きをどうぞ。
私は、ちょこっと浩二さんとデートに行っていますので」
気絶した男を担ぎ上げてデート。
しかし、もう望はそれにツッコミをいれる気概は失せている。
浩二を担ぎながら、フフフと笑って去っていく姿を黙って見送り、十字を切るのだった。
「死ぬなよ……ソゥ・コージ」
浩二が時深に連れて行かれるのを見送った望は、散歩を再開しようと歩き出した。
すると、近くでガサッと言う事が聞こえて立ち止まる。
音が聞こえた方向には生い茂る草の中に、二本だけ黒い草が生えていた。頭隠してアホ毛隠さず。
「………ナルカナ?」
ルプトナか、どちらか迷ったがルプトナならば隠れるなんて事はしないだろうと、
望は中りをつけて草むらに声をかける。すると、名前を呼ばれた草むらの主は、
顔を赤くしながら出てきた。
「これはちょっとアレよ。か、勘違いしないでよね。
たまたま私も散歩していただけなんだから。望をつけていた訳じゃないんだからね!」
そうか、つけられていたのか俺。と思う望。
「ああ。そうか……それじゃあ、俺も散歩しているんだし、良かったら一緒に歩かないか」
「む~~っ。この私と出会っておいて、その冷めた反応……ありえない。
普通なら、こんな美少女と出会ったら『な、ナルカナ様!? ドッキーン』ぐらい言うものよ」
「そっか。それじゃ……な、ナルカナ様!? ドッキーン」
「きーっ! ムカつく! なに? 何なの!?
仮にもこのナルカナ様を握っておいてその反応はーーっ! ぎゃらっしゃー!」
ダンダンと地団駄を踏むナルカナ。
望は、それならどうしろって言うんだよと困った顔をうかべるのだった。
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写しの世界に来てから3日目の朝。
『天の箱舟』のメンバー達は、社の祭壇前に集っていた。
「南天神達が動き始めました。
マナゴーレムを操り、いくつかの世界に進軍を始めています」
全員が揃うと、環が全員を見渡してそう言った。
「旅団のメンバーには、それぞれ手分けして事に当たるように伝えたが、
それでも圧倒的に数が足りない。我々も手分けして事に当たるべきだろう」
「それって、俺達も手分けして色んな世界に行くって事?」
「そうだ。マナゴーレムが向かった世界には、剣の世界及び精霊の世界もある」
望の問いにサレスが答えると、今呼ばれた世界の出身であるカティマとルプトナが息を呑む。
「それと、もう一つ……
望さん達の世界もマナゴーレムの進軍先になっています」
更に付け加えるように綺羅が言うと、望に希美。浩二や沙月という、
元の世界の出身であるメンバー達が驚いた顔をする。
「あと、望さん達の世界については、次元振動により相対座標が安定しておらず……
他の世界のように次元跳躍で向かうことはできません」
「じゃ、じゃあ俺達の世界は……」
「あ、えっと。誤解しないでください。行けないと言う訳ではありませんから。
……ただ、その為にはナルカナ様のお力におすがりしなければ……」
綺羅はそう言ってナルカナを見る。
「なるほど。精霊回廊に私の力を通し、一時的に接続を強くする訳ね。
……となると、希美には元々の世界に向かってもらわなきゃダメね」
「あ、うん」
希美が頷くと、ナルカナは望と浩二を見る。
「アンタ達も私と一緒に来なさい。故郷を護るのよ」
「ああ!」
「って、ちょっと待ったー!」
ナルカナの言葉に望が大きく頷くと、沙月がちょっとまったコールをかける。
「あの、私もあの世界には縁深いんだけど……」
「だってアンタ。あの世界出身ってワケじゃないでしょ?」
「うっ……でも、あそこが私にとって大切な場所だっていうのは変わらないわ」
沙月は必死だ。どうやら彼女は分子世界の防衛戦には元々の世界に向かいたいらしい。
「でも、元々の世界だけに5人も人数を割いたら、他が手薄になるでしょ」
「あー。そうゆう事なら……俺、代わってもいいですよ。沙月先輩」
「ホント!」
浩二がそう言ってやると、沙月は目を輝かせる。
「これならいいだろ? ナルカナ」
「ま、アンタがそう言うならそれでいいわ」
誰も防衛に行かないと言うなら問題だが、
浩二は特にどの世界に向かいたいという希望は無かったので代わってやる事にする。
その結果―――
剣の世界にはカティマとサレスが向かう事になり、
精霊の世界には、ルプトナとユーフォリアと絶が向かう事になるのだった。
「ふうん。俺が向かう世界は俺だけなんだ?」
浩二がそう言うと、綺羅が頷く。
「基本的に少数のゴーレムが向かう先には一人で赴いてもらっています。
貴方に行ってもらう場所は、旅団の人たちが手分けして向かわれた場所と同じく、
少数のマナゴーレムが向かっただけですので……それとも、一人では不安ですか?」
「おい、俺を誰だと思ってるんだ?」
「……誰でも無いくせに……」
自分の神剣『最弱』とマナゴーレムは相性が悪いが、
4~5体程度なら、まぁ倒せるだろうと思う浩二。
「斉藤くん。ゴメンね……我侭言って」
「いいすよ。それより、沙月先輩こそ気をつけてください。
南天神達のターゲットは望です。なので、その望の故郷である俺達の世界には、
一番戦力が集中する筈ですから」
「ええ」
頷く沙月。浩二は望と希美を見ると、アイコンタクトで頼むぞと伝えるのだった。
「じゃあ、みんな。またこの写しの世界で!」
「一人も欠けたら嫌だからね」
望の言葉に希美が続ける。皆それぞれに気合を高ぶらせているようだった。
「おまえ達こそ、しくじるなよ?」
「また会いましょう。必ずです」
「よーっし、それじゃあ、ルプトナ組! しゅっぱーつ!」
時深が開けてくれた精霊回路に、まずは精霊の世界に向かうメンバー達が入っていくと、
その後にカティマとサレスが入っていく。
望達はものべーで元々の世界に向かうので、精霊回廊を使うのは浩二が最後であった。
「んじゃ、ま……行って来るわ」
そう言って浩二は、手をひらひらと振って精霊回廊の中に入っていく。
時深がそれを確認してから精霊回廊を閉じた。
その後、望を始めとする元々の世界に向かう者達も、ものべーに乗り込み、写しの世界を後にする。
そして―――
「環様!」
「何ですか。騒々しい」
「す、すみません。ですが、急ぎご報告する事が―――」
「………え!?」
エターナルが、この時間樹に介入してきている事を環が知ったのは、
それからすぐの事であった……
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「やっと着いたか……やれやれ―――」
精霊回廊から出ると、浩二はやれやれと言う感じで、関節をゴキゴキと鳴らした。
そして、すぐに飛び込んできた光景におおっと感嘆の声をあげる。
「―――って! すっげーーーーーーー!!!!」
その世界は、人の手がまるで入っていない水と緑の世界であった。
精霊の世界にも似ているが、植物の生態系は元の世界に近い。
精霊回廊があった場所が、丘の上であったので一面の景色を見ることができたのだ。
「うっひょーーー!!!」
この世界は、まさしく秘境と呼ぶに相応しい場所であった。
綺羅の話に寄れば、この世界に知的生命体は一人も居ないとの事だから、人工物など一切無い。
ここまで美しい景色を、浩二は今まで一度も見た事が無かった。
『はぁ、こりゃまた……絶景やなぁ』
浩二の腰に刺さった『最弱』も、同じような感想を持ったらしく、感動したような声をあげている。
「おい、この世界凄くね? マジで凄くね?」
『そうやな……自然とはかくも美しいという言葉を、そのまま景色にしたような世界や』
「だよな! だよな!」
子供のようにはしゃぐ浩二。風と共に運ばれてくる草木の匂いと、虫が鳴く音。
遠くの方では元の世界では見られないような、大きな鳥が飛んでいる。
『つか、相棒。はしゃぎ過ぎやねん。ワイらは観光に来たわけじゃないんやで?』
「わかってるよ。けど、まだマナゴーレムはこの世界に来てないだろ」
マナゴーレムは気配を隠すという事をしない。
今は何も気配を感じないと言う事は、自分達の方が先に着いたと言う事だろう。
「ああ、クソ。カメラ持ってくれば良かった」
『ま、こー言うのは、生で見るから神秘的なんや。
写真に残すなんて無粋な事はせんでもえーねん。網膜に焼き付けときなはれ』
「言われてみればそうかも……けど、本当にいいな。この世界……」
『ナハハ。よっぽど気に入ったんやなぁ……』
浩二はしばらく歩いて、一番見晴らしが良さそうな場所に行くと、
そこにドカッと座り込んで胡坐をかく。
それから、丁度良く地面に埋まっている岩に背をもたれかけると、
腰の『最弱』を横に置いて、じっと景色を眺めるのであった。
いつまで見ていて飽きがこない、美しい景色。
時間が経つのも忘れて、ただじっと見つめている。
やがて、太陽が沈みかけて辺りを赤色に染めると、それは泣きたくなるほどに美しいと思えた。
『相棒? おーい、おーい!』
夕陽が沈んで夜になっても、浩二は遠くを見つめている。
今度は光輝く満天の星空を見て感動しているのだろう。
そんな風にして、この『緑と大地の世界』での一日目は過ぎていくのだった……
「ん……まぶし」
二日目になり、いつの間にか寝てしまっていた浩二は目を覚ます。
眩しかったのは、太陽が昇ってきており、身体を照らしているからであった。
浩二はリュックサックからペットボトルの水を取り出して飲む。
1リットルはたっぷりと入っていたそれを一気に飲んだ。
「そういや俺……昨日はメシどころか水さえ飲んでなかったんだな」
ずっと欲しかったオモチャを買って貰えた子供のように、
夢中になって景色を見ていた昨日の自分に苦笑する。
我にかえると現金なモノで、昨日の昼から何も食べていなかった腹が、飯を食わせろと騒ぎ出す。
とりあえず浩二は、リュックサックからブロックタイプの携帯食を取り出して咀嚼した。
『お、起きたか相棒』
「ああ。てゆーか俺、昨日いつの間に寝てたんだ?」
『知らへんがな。子供のように目ぇキラキラさせて、
ワイがどれだけ呼んでも気づかずに、じーっと景色ばっか見てたんやから』
「ハハハ。まぁ、そう怒るなよ『最弱』
しかたねーだろ。こんな美しい景色を見たのは初めてなんだから……そりゃ感動もするって」
一目ぼれというのは、こーいうのを言うのだろうなと思う浩二。
自分がこんなに夢中になれるモノがあった事に対する驚きと、
自分の知らない自分を発見した事に、照れくさいような嬉しいような、不思議な気分になる。
「よっしゃ。マナゴーレムはまだ来ていないようだし、
今日はこの世界を散策と洒落込もうぜ!」
行って見たい場所は、ある程度目星をつけていた。
麓の川と、遠くに見えた緑の草原。あそこで顔を洗ってメシにしよう。
「おっし」
掛け声と共にリュックを背負い『最弱』を握る浩二。
そして、神剣の肉体強化を行うと、丘の上から飛び降りるのだった。
「いいーーーーやっはーーーーー!!!」
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「……何? アイツ」
エヴォリアは、子供のようにはしゃぎ回る少年を木の上から見つめていた。
自分が潜伏している世界へと突然やって来た斉藤浩二。
始めは何事だと思って、ずっと見張っていたが、途中から馬鹿馬鹿しくなってきた。
何せ、この世界に来た早々、景色を見てはすげーだとか、うおーだとか言って叫び始め、
それが終わったかと思ったら、目をキラキラとさせて石像のようにじっと座りだしたのだから。
そして、今朝になって動き始めたと思ったら、全裸になって河を泳ぎ回る始末。、
これでは、エヴォリアでなくても呆れるというモノだろう。
『なぁ、相棒。いくら誰もおらん世界やからって、全裸で川遊びってどないやねん?』
「誰も居ないんだから、別にいいじゃねーか」
『せやけどなぁ……』
「これがゲームなら、今の俺の姿はCGモードに追加されてる筈だぜ?」
『……ここまで誰も喜ばない一枚絵って、ある意味凄いわ……』
「タイトルは『俺は河童の生まれ変わり』な」
本当になんなのだろうか? あの男は……
「……何が河童の生まれ変わりよ……」
自称。河童の生まれ変わりを名乗る男は、バシャバシャと水音をたてて遊んでいると、
やがて自分の神剣を掴み取り、濡れた身体で再び河に飛び込んだ。
「気づかれた!?」
エヴォリアは立ち上がりかける。
しかし、それが間違いだった事に気づくのはすぐの事だった。
「ぷはー!」
水にも潜っていた浩二が、腕ぐらいの長さの魚を捕まえて陸に上がってきたからである。
『ちょ、水の中はやめてーなー。
いくらエネルギー伝導で水気を弾いてるとはいえ、水と火は紙の天敵やねんで』
「しかたねーだろ。肉体強化しなきゃ、素手で魚を捕まえるなんて無理なんだから」
浩二は、自分の神剣と何やら喋りながら陸にあがると、タオルで身体を拭いて火をおこし始める。
最初から魚を捕まえて焼く気だったらしく、枯れ木は集めてあった。
「さってと、この量なら三食分は作れるな……」
石の上に魚を置くと、リュックサックからナイフを取り出し、
おやと言いたくなるほどに、慣れた手つきで捌いていく浩二。
ナイフを素早く走らせると、魚は綺麗に三枚に下ろされていた。
その後。捌いた魚をある程度焚き火で炙ると、
再びリュックの中に手を突っ込み、今度は野菜を取り出して刻んでいく。
それを調味料で下拵えして、アルミホイルに包んで再び火の傍におくと、
鼻歌を歌いながらパンを温めていた。
「はふはふ。うん。うめぇ」
ホイル焼きと、暖めなおしたパン。
見た目と違って器用に料理する少年を見ていて、果物を齧っているだけのエヴォリアは空腹を覚えた。
「美味しそうね……アレ―――って、違う!」
ほんとに、あの少年はここに何しに来たのだろうか?
見たところ後から仲間が来る様子もなく、浩二は大自然を満喫しているようにしか見えない。
食事を終えた浩二は、火を消してゴミを自分のリュックに入れると神剣の強化を行い、また走り始めた。
「……はぁ」
しかし、浩二が次にやってきたのは草原で、おおとか言ってそこにいた動物にまたがると、
これまた楽しそうにはいやーとか、どうどうどうとか言いながら、暴れる動物を宥めている。
「ちょ『最弱』裸馬に乗るのってメチャ難しいな。おい!」
『つーか、あんさん。何がしたいんや……』
彼の神剣が呆れたように言っているが、それはこっちの台詞だと思うエヴォリア。
ほんとに、おまえは何をしたいんだ。何で自分が身を隠している世界にやって来たのだと。
「ほんと、何なの……あの子」
浩二には出会ってからずっと、意表をつかれまくってきたエヴォリアだが、今回は群を抜いている。
本当に意味がわからない。仲間と離れて一人でいる事も、この世界にやってきた事も、
この世界で何をしたいのかも意味不明。怪しい行動でもとってくれれば、見張り甲斐もあるものだが、
彼はただ、ひたすらにはしゃぎ回っているだけだ。
「馬鹿馬鹿しくなってきたわ」
エヴォリアは、隠れて見ているのではなく、もう直接浩二に尋ねる事にした。
本当にあの少年は調子が狂う。
普段の自分なら、思わないことも、まぁ別にいいかと思ってしまうのだから……
「よっと」
木の上から飛び降りるエヴォリア。
着地をすると、腕輪型の永遠神剣『雷火』がシャランと鳴った。
「のうわ!」
いきなり目の前に飛び出してきた自分に驚いた浩二は、愉快な悲鳴と共に動物から落っこちる。
その情けない姿に、エヴォリアは少しだけ溜飲が下がった気がした。
「な、な、な……ちょ、おま。何で?」
落っこちても、すぐに転がって神剣を構えているのは立派だろう。
けれど、戸惑いは隠せないようで、声が上ずっている。
「また会ったわね。斉藤浩二」
「いや、オマエ。何でココにいるんだよ!」
「それは私の台詞よ。貴方……私を追ってココに来たんじゃないの?」
「はぁ?」
本当に、自分とは関係なく彼はここの世界に来たらしい。
それを確信すると、エヴォリアは苦笑を浮かべる。
「この世界は、私が隠れ家に使っていた世界よ。
その証拠に、ここから離れた場所にはねぐらが作ってあるわ」
「マジで?」
「貴方の目的は何? 私の潜伏先に当たりをつけて……
『光をもたらすもの』の生き残りを始末しに来たのではないの?」
「ああ……そういう事か」
浩二はそう言って神剣を下ろす。そして、腰に挿した。
「いいや……ココに来たのは別件だよ。
理想幹での戦いの後、俺達は暫定的に拠点としている世界が、
南天神に襲われているとの連絡が入ったんで、戻ったのさ」
「南天神―――まさか!」
「そう。そのまさか。オマエに取り付いてたヤツが、
マナゴーレムとかいうヤツを操って、望に……ジルオルに復讐にきやがったのさ」
「イスベルが……」
自分の中に巣食っていた、神の怨念を思い出したのか、
エヴォリアは複雑そうな表情をうかべる。
「で、とりあえずは撃退したんだけど、奴等の真の目的が解らずに、
とりあえず様子を伺っていたら、あいつ等が複数の分子世界に、
マナゴーレムを送り込んできやがったんだ」
「…………」
「それで俺達は、理由は解らんが、あいつ等の好きにさせる訳にはいかないんで、
こうして手分けして分子世界の防衛に来たって訳な」
浩二から事情を聞いたエヴォリアは、イスベルの企みのすべてを察した。
長年自分の中に巣食っていた、半身のような存在だ。考えている事は大体読める。
まだこの世界にマナゴーレムはやって来ていないが、
イスベルがこの世界にマナゴーレムを送ってくるのだとしたら、狙いは間違いなく自分であろう。
そして、複数の世界にマナゴーレムを送り込んだ理由は―――
「斉藤浩二。今すぐ、その拠点の世界とやらに戻りなさい。これは陽動よ」
「何!?」
「イスベルが始めに狙いをつけた世界……
もしかして、そこって『叢雲』に関わる何かがあるんじゃないの?」
「…………」
答えていいのかどうか迷う浩二。
しかし、今の彼女ならばと思いなおして首を縦に振る。
するとエヴォリアは、やっぱりねと呟いた。
「イスベルの狙いは、ジルオルの抹殺と同時に、再び神としてこの世界に君臨する事。
彼女は、その為の力を求めているわ」
「その、求める力とやらが『叢雲』か……」
「ええ。だから、戻りなさい」
そう言うエヴォリアの顔を浩二は見つめる。
「どうして、それを教えてくれる……あの時の借りは返してもらった筈だぜ?」
「借りとかじゃないわよ。何でもかんでもイスベルの思い通りになるのがシャクなだけよ」
そっぽを向いて言うエヴォリア。
何だかその様子は歳相応の少女のようで、浩二は少し和んだ。
「じゃ、おまえはどーすんだよ。ここにいたらマナゴーレムが来るぜ?」
「……お生憎様。ゴーレム如きに負ける私じゃないわ」
エヴォリアはこれでも、あのサレスと互角に渡り合った女傑である。
確かにマナゴーレムは侮りがたい強さだったが、彼女ならば負けないだろう。
むしろ、ゴーレム相手には相性の悪い自分よりも、手際よく倒すかもしれない。
「なぁ……何故逃げないんだ?」
「私が逃げたら、きっと腹いせにこの世界を荒らすでしょ。
そして、たぶんその次には、私の故郷と家族を狙ってくる……」
いきなりエヴォリアの弱みである場所を狙わない当たりは、
南天神はエトルやエデガよりも人道的なのかもしれないと思う浩二。
そう考えれば、憑依していたエヴォリアの身体も、いきなり操ろうとはしなかったし、
写しの世界を襲ったときも、町を攻撃する事はしないで、直接『出雲』を襲ったのだから。
どこまでも非常に徹するならば、町を襲ったほうが良い。
そうすれば出雲の防衛人形の何体かはそちらに割かねばならず、攻略も楽になるだろうに……
それをしないと言う事は、南天神はエトルやエデガよりも人道的な心を持っているのだろう。
「……そう言えば、オマエも……直接的には人を襲わなかったんだよな……」
魔法の世界で『光をもたらすもの』が支えの塔を襲った時も、
エヴォリアは、どの世界でも直接的に街の人間には手を出そうとしなかった。
最終的には全てを殺す策をたてても、直接的には無辜の民を傷つけようとはしていない。
それは、甘さと呼んでもいいのかもしれない。
どこまでも効率だけを考えれば『旅団』や自分達は、人々の生活を護るという志を掲げているので、
街の人間を襲えばそれだけ行動を制限させられるのだ。けれど、エヴォリアも南天神もそれはやらない。
ならば―――
「……いいや。しばらくは時深さんにがんばって貰おう」
気に入ったこの場所を護るために戦おう。
エヴォリアだけに任せるのではなく、自分もこの世界の為に―――
「ちょ、貴方。この世界への攻撃は陽動だって言ってるでしょ?」
「ああ。それは理解した。けど、大丈夫だ」
「大丈夫って……」
「写しの世界には時深さんがいる。
エターナルである彼女がいるなら『出雲』はそう易々とは落ちんよ。
そーいう訳で、俺はこの世界に残るぞ」
「本気?」
「もちろん」
馬鹿を見るような目でエヴォリアに見られるが、浩二はそれに笑顔で返す。
「なぁ、エヴォリア。仲間になれとは言わんから、ここは共闘しないか?」
「…………」
「何だよ。目的は同じなんだからいいだろ?」
「……そうね」
頷くエヴォリア。確かに、目的が同じであるならば組んでもいいと思う。
これがサレスとかであったならば、目的が同じだとしてもお断りだったが、
彼は―――斉藤浩二なる少年は『旅団』では無いのだから……
「おっしゃ!」
エヴォリアが頷いた事に、ガッツポーズをとる浩二。
三度目の何とやらだと思うと、不思議な達成感があった。
「……ん」
「……何? その手は」
「握手」
「調子に乗らない」
「いてっ」
差し出した手を、ぺしっとはたかれる。
浩二の神剣―――反永遠神剣『最弱』は、その光景を見てハッスルした。
『相棒。相棒』
(あん? 何だよ。最弱……)
喋るのではなく、心の中に直接語りかけてきた『最弱』に浩二は怪訝な顔をする。
『この戦いもいよいよ大詰め。たぶん、これがラストチャンスやねん。
今回こそ……今回こそ上手くやるんやで?』
(……何を?)
『…………』
(おい、黙るな。何がラストなんだ?)
ダメだ。本当に何も解っていない。
早く何とかしないと……と言うか―――もう手遅れだ。
『いや、もーええねん……ゴーレム退治、がんばろーな……』
きっとこの男は、他の部分が優秀である代償に、
恋愛に傾けるエネルギーを無くしてしまったのだろうと『最弱』は溜息を吐くのだった……