そのツルギがマスターとなる少年と出会ったのは、トイレであった。
我ながらロマンもドラマも無い場所で出会ったと思う。
『やめて、やめて、やめてや! ホンマお願いします。話だけでも聞いてください。
悪いヤツやないんです。今はこんな姿にのうなってるけど、
実はすっごい神様なんです。だからお慈悲をーーーーっ!!!!』
始めは、ただ必死だった。
幾百星霜の時を巡り、やっと出会えた自分のマスターになり得る人間だ。
どんな人間であるかは知らないが、とにかく自分のマスターになってもらいたかった。
『だだだ、大丈夫やってーーーー! ワイも自分の力の無さはよう解ってまんねん。
ワイかて死にとう無い。せやから相棒に、戦えとか無茶なこと言わへんねん!
ただ、ワイのマスターになってくれるだけでいいんや! それ以外は望みまへん!』
こう言ったのは嘘だ。本当は自分を手に永遠神剣を消滅させるつもりでいた。
下手に出たのが功を成したのか、浩二は自分のマスターになってくれた。
意識の改革はゆっくりでいい。
焦る事無くゆっくりと、永遠神剣に対して嫌悪感を抱かせ……
自分の望むマスターになるように誘導していけばいい。そう、思っていた。
「なぁ、最弱……」
『何やねん?』
「いつまでも俺の鞄に放り込んでおくのもアレなんで、神棚を作ったぞ」
『おおっ! 相棒ーーーーーっ!』
けれど―――
「つまんねぇ……マジでつまんねぇ……」
『何やねん。相棒……藪から棒に……』
「いや、学校がつまらんのだよ。授業のレベルも大した事ねーし。
運動でも、勉強でも俺に勝てるヤツもいねーし。面白いヤツもいねぇ……」
『…………』
「そんな奴等のレベルに合わせてたんじゃ、腐っていく気がするぜ」
『なぁ、周りがそんなにツマラン奴等ばっかなら、逆転の発想してみまへんか?』
「逆転の発想だと?」
『相棒がオモロイ奴になったったらええねん。
今も、外では敵は作らんように周りに合わせてるんやろ?
どーせ演技するなら、とことんまでやって見るのもオモロイんとちゃいます?』
「……その発想は無かったわ……」
―――気がつけば。
「何か、最近良く声をかけられるようになったなぁ……」
『やっとる事がアホやからなぁ。親しみが持てるようになったんやろ』
この少年を好きになっていた。
自分自身を持て余すが故に、何もかもがつまらんと腐っていた、
手の掛かる弟のような浩二を好きになってしまっていたのだ。
神剣としては失格だろう。
利用すべき遣い手の都合を優先し、己の使命を蔑ろにするような神剣は。
……だが、それでもいいと思った。
ただの喋るハリセンとして、斉藤浩二という少年の成長を見守るのも悪くないと。
「最弱ッ!!!!」
『相棒! 無事やったか?』
しかし―――
「これが、オマエの言っていた敵か? 永遠神剣の遣い手達の戦いが始まったのか?」
『そうでっしゃろなぁ。今この学園を取り囲んでるのはスピリットですわ』
―――運命は浩二を戦いの渦に放り込む。
「巻き込まれるのなんてコリゴリだ。逃げるぞ。俺は」
『そうでんな。殴り合い、斬り合いになったらワイ等ではひとたまりもありまへん。
逃げるだけやったら、ワイの力で相棒の身体能力を引き上げればできん事もないやろけど……』
「何だ! 言いたいことがあるならさっさと言え!」
『逃げる手段さえ持ってない、相棒のクラスメイトや友人はん達は……
このまま取り残されたら嬲り殺しにされまっせ』
「―――っ!!!」
『それでも一人だけ逃げまっか? ワイはそれかてかまへんけど』
思えば、あの時が斉藤浩二のターニング・ポイントだったのだろう。
戦いに巻き込まれるのは嫌だと、逃げることは出来た。
自分はそれでも構わないと言ったが、本当は戦って欲しかった。
反永遠神剣は、人の想いが詰まったヒトのツルギ―――
弱き人達が、永遠神剣という圧倒的な暴威の前に晒された時、
ふざけるなと、そんなのは認めないと、絶対強者を否定するツルギ。
戦うと、言って欲しかった……
友達を見捨てて、あくまで我が身が大事と言うなら、それを尊重するつもりだが、
できる事なら戦う事を選んで欲しかった。
そして、その想いが届いたのか定かではないが、浩二は戦う事を決意する。
彼は戦った。
元の世界でも、剣の世界でも、精霊の世界でも、魔法の世界でも、
未来の世界でも、暁絶の世界でも、理想幹でも、写しの世界でも―――
戦うごとに強くなっていき、幾たびもの困難を乗り越えてきた。
斉藤浩二という少年は、いつしか自分の誇りになっていた。
彼の神剣である事が嬉しかった。
どこまでも、どこまでも、成長していく浩二を見ていたかった……
それが―――
「げほっ! おっ、ぐ……」
『相棒!? あいぼおおおおおおおおおっ!!!』
理不尽な暴威の塊。エターナルによって殺された……
敵としてではない。ただのエサとしか見ていない相手に、虫けらを踏み潰すように殺された。
「あーあ。やっちゃった……ドジね。私ったら……殺しちゃうなんて……
……でも、貴方もいけないのよ? 大人しくしてれば私と一つになって、
辛いことも。悲しいこともない、永遠に続く幸せを得られたのに……」
マスターを殺され、神剣とマスターのリンクにより消えゆく瞬間。
『ふざけんな……』
それを聞いた時―――
『ふざけんな。ふざけんな。ふざけんな……ふざけるなッ!!』
どうしようもない怒りが駆け巡った。
これほど悔しいことは無かった。自分が雑魚神剣だとかパチモノだとか言われるのはいい。
だが、自分の相棒が―――浩二が、まるで無価値なモノのように扱われるのだけは許せなかった。
『相棒……』
反永遠神剣『最弱』は、血の海に沈み、もう目を開くことの無い浩二を見る。
『ワイは……認めんで……こんなのは嘘やねん……』
反永遠神剣は、永遠神剣の奇跡を否定するツルギである。
理不尽な事。ありえない事は全て否定する。
だから自分は、その『ありえない』と『理不尽』を否定しよう。
何故なら―――
『ワイにとっちゃ、相棒があんな風に死ぬ事の方が理不尽で、ありえないんや!』
―――スパーン!
その瞬間。消えた『最弱』が一瞬だけ具現化し、浩二の頭を叩いた。
響く快音。それと同時に塞がっていく浩二の傷。
鼓動を止めた心臓は、ゆっくりと、ゆっくりと、動き始める。
反永遠神剣の特性は『奇跡を消し去る力』ではなく『あるべき自然な形へと戻す力』だ。
『最弱』は、浩二が生きている事こそ自然であると、その力を使ったのだ。
『相棒……』
その姿を見下ろし、穏やかな声で呟く『最弱』は、自分と言う存在が消えていくのを感じていた。
死んだ人間が元に戻るなど、自然な出来事であるはずが無いのに、
それこそが正しい形だとツッコミをいれたのだ。
―――すなわち、自分で自分を否定したのだ。
消えるのは当然の代償であろう。存在意義を捨てたのだから。
けれど『最弱』に後悔は無い。ヒトのツルギがヒトの為に力を振るったのだ。
それも、一番大事なヒトの為に―――
それが間違いなんかである筈が無い。
間違いだと言うヤツがいたら、ブン殴ってやる。手は無いけど。
そんな事を思いながら、宝物を見つめるように浩二の姿を見つめる。
『……ワイの事……忘れんといたってな……
頭の片隅でもいいから、覚えといたってな……
エセ関西弁のやかましいハリセンが、傍に居た時期もあったって……』
もうじき、浩二が目覚めるのが解る。
けれど、自分がその姿を見る事がない事もわかる。
『……なぁ、相棒……』
浩二の姿を見つめ。万感の想いをこめて言葉を紡ぐ『最弱』
彼がこの言葉を聞くことはないだろう。
本当なら、別れの言葉の方が良かったのかもしれない。
けれど、自分たちにはきっと―――
『今まで、楽しかったなぁ……』
別れの言葉なんかよりも、コレのが似合うだろうから、
斉藤浩二の神剣『最弱』は、そう言って笑うのだった。
**********************
「………っ」
目覚めた。今までのどの目覚めよりも最悪な目覚めであった。
自分の半身の声は聞こえていた。耳には届かずとも、心には響いて聞こえていた。
「ぐっ、っ……っ…」
無くしてしまったのだ―――掛け替えの無いモノを。
失ってしまったのだ―――大切なモノを。
自分が弱かった為に。不甲斐なかった為に。
掛け替えの無い大切な存在を失い、無くしてしまった……
「っあ、あ、あ……あぐっ……うっ―――っ」
自分自身が、これ程までに許せないと思ったのは初めてだった。
何が俺に出来ない事はないだ。不可能は無いだ。この屑野郎め!
そう言って、自分自身を呪いたかった。けれど、そんな事を自分の相棒は望まないだろう。
アイツはそんな俺を認めてくれていたのだから。
「……最弱……」
その名を呼ぶ。けれど、いつもだったらすぐに返ってくる返事が聞こえない。
ポケットに手を入れる。そこにあった切れ端も消えていた。
無い。無い。無い―――どこにも居ない。存在しない。自分の神剣『最弱』は消えてしまった。
「……っ……うっ、くっ……」
涙が止まらなかった。頭がフラフラする。指先が痺れる。
別にいい。どうでもいい。身体が熱い。心臓がうるさい。関係ない。
腹の中にたまって、ふくれあがるこの何か……
それを吐き出してしまわないと、どうにかなりそうだった。
比喩ではなく、本当に体の中から何かが出てこようとしている。
「てんだ―――」
それは大きな力。今までに感じたことの無いマナの奔流。
「何だってんだ……」
煩わしかった。こっちは大事な存在を無くして悲しんでいるというのに……
この何かは、悲しむ暇さえくれないのかと腹が立つ。
「うるっせえええええええええええッ!
さっきから、テメェは一体何なんだあああああああああああ!!!!」
絶叫した。自分の中で熱く燃え上がる何かを吐き出すように、
力の限りの叫び声を浩二はあげた。それと同時に旋風が巻き起こる。
浩二の身体から飛び出した、赤い光が旋風の中心で形を取り始める。
―――ドズンッ!!!
「なっ!? これは……」
地面に突き刺さったのは薙刀であった。
自分の身長を越える長さの、装飾など一切存在せぬ……
けれんみのまったく無い、実戦使用に特化した薙刀。
それは、忘れるはずの無い武人が持っていた―――
「……『重圧』……」
永遠神剣第六位『重圧』が、そこには突き刺さっていた。
ただ、一つだけ違いがあるのだとすれば……
「……いや、違う……
『重圧』だけど、『重圧』じゃない。これは、この波動は―――」
―――反永遠神剣。
ヒトの想いが具現したヒトのツルギ。
理不尽なる暴威に反逆する為の、絶対を否定するツルギ。
『重圧』のような薙刀は、赤く輝きながらブウンと波動を放つ。
「……俺に、取れと言うのか……」
浩二は、吸い寄せられるようにそのツルギを手に取ると―――
「―――っあ! あっ、ああああああああっ!!!!」
流れ込んでくる絶大な力に、叫び声をあげた。
ヒトの体のチャクラが全て開放されるような、この感覚。
腹の底から湧き上がってくる壮絶な力。
「ぎ、ぎ、ぎぎっ……」
この薙刀こそ、ベルバルザードが今際に餞別だと言って渡した『重圧』が、
反永遠神剣の波動を放つ浩二の中で、ゆっくりと進化していき……
『最弱』の意思を取り込む事により新生した、斉藤浩二の生き様を具現したツルギ。
「かはぁ―――っ!!!」
かつて自分を滅ぼした存在―――エターナルに対抗する為に……
死してなお、理不尽な暴威に立ち向かおうと、蘇った反永遠神剣。
上位神剣に抗い、反逆する。ヒトの想いより生まれたツルギである。
「はぁっ、はぁ、はぁ……せっ―――!」
―――ビュンッ!
振り払うと、今までとは比べ物にならない鋭さの斬撃となる。
恐ろしいほどに手に馴染む。違和感がまったくない。
これは、自分の半身どころではない。自分自身だ。
「ははっ、後悔して落ち込んでる俺なんて、らしくない……
休んでる暇なんて、落ち込んでいる暇なんて無い……か。そう言う事か? 最弱……」
『最弱』でもなく『重圧』でもない、新たなる反永遠神剣。
その神剣は、透き通るような美しい声で言葉を発した。
『そのとおりですわマスター。私達に立ち止まってる暇なんてございません事よ。
名前も、名誉も不要です。私達の目的は唯一つ。
一筋の刃となりて、理不尽な暴威と絶対を否定するのみですわ』
「なっ!? ちょ、おま、何だ?」
『主語が抜けてますわ。マスター』
「…………」
『言葉はきちんと使って頂かないと』
「…………」
浩二が始めて自分の新しい神剣に抱いた感情は『うぜぇ』だった。
「なぁ、オマエ……『重圧』か?」
『そうでもあり。そうでもありません。私は永遠神剣第六位『重圧』が、
反永遠神剣『最弱』の波動を浴び続ける事により、反永遠神剣として生まれ変わった神剣。
故に『重圧』であり『最弱』であり、まったく別物でもあります』
「……すなわちなんだ。アレか? 凄くわかりやすく言うと……
『最弱』と『重圧』の特性と力を合わせ持つ、別人格の反永遠神剣であると?」
『そのとおりですわ。理解力のあるマスターで嬉しいですわ』
「…………」
何だ、その高飛車なお嬢様みたいな喋り方は?
『最弱』と『重圧』を足して割ると、性格や人格はこうなるのか?
……なりそうだった。
『重圧』の神獣は暴君の名を頂くレッドドラゴンである。すなわち、プライドが高くて偉そうな性格。
そして、人格が女であるのは、きっと『最弱』のせいだ。
きっとアレが常日頃から女、女と言ってたので、女の人格で生まれたのだろう。
「……オーケー。喋り方と性格……それに人格には目を瞑ろう。
だが、名前がいらんと言うのはダメだ。
オマエの事を何と呼べばいいのか解らん。無いなら何か考えろ」
『そう言われればそうですわね……それでは『反逆』とお呼びくださいな。マスター。
反永遠神剣『反逆』それが私の名前ですわ』
「反逆……ね」
『最弱』もどうだったかと思うが『反逆』も如何なモノだろう?
逆らってばかりで協調性が凄く無さそうだ。
『何ですの?』
浩二がそんな事を思うと、不機嫌そうな声が返ってくる。
「いや、何でも……」
『それなら結構ですわ。さぁ、行きましょうマスター。
早く行ってやらないと、エヴォリアのマナが風前の灯ですわ』
「あっ!」
ハッとした表情を浮かべる浩二。
「そうだった。早く行ってやらねーと!」
『こっちですわ』
「わかってる!」
反永遠神剣『反逆』の声に、ぶっきらぼうに答える浩二。
「……『最弱』……オマエにもらった命。無駄になんてしないからな……
俺は……勝つぞ。絶対なんて信じるものか! 運命なんてクソ食らえだ!
……抗ってやる。否定してやる……ヒトの想いは、大いなる力さえも超えるのだと!」
神剣を一振り薙ぎ払い、浩二は大地を蹴り上げる。
それと同時に、爆発するように土が跳ね上がった。
「それを俺が証明してやる! 俺に、できない事なんて無い!」
******************************
「フフッ。動きが鈍くなってきたわよ?」
「―――クッ!」
エヴォリアは、疾駆しながら白い光弾を放ち続けていた。
どれも、かなりの力を籠めて打ち出しているのだが、当たる前に消される。
いや、違う―――食べられているのだ。
「はあああああっ!」
無駄だと解っていても撃ち続けるしかない。
攻撃を止めれば、今は防御に使っている見えない口が、自分に向かって放たれるからだ。
しかし、このままではジリ貧である。いずれマナが尽きて倒される。
それだけは嫌だった。死ぬのは、もう怖いと思わないが……
心残りなど無いと言えばウソになる。故郷の世界と家族の事は心配だ。
イスベルの事も気になる。だが、それでもこのエターナルから逃げるという選択肢は無い。
このエターナルを野放しにしておけば、やがて時間樹を食い尽くす。
全ての世界のマナを食らい。崩壊させる事だろう。
―――そんな事はさせない。
それでは、自分がしてきた事が意味の無いモノになる。
時間樹の枝葉である自分の世界を護る為に、この手を汚してきたと言うのに……
時間樹を食い尽くして倒されたのでは、自分は一体なんだったのだ?
「覚悟を決めるしかないわね……」
もう、自分のマナは半分も無い。
この状態でエターナルを倒しうる技はただ一つ。
―――自爆。
自身のマナを暴走させ、神剣を起爆剤にして辺り一面を消滅させる……
理想幹でエトルがやって見せたアレしかない。
たとえエターナルの力が凄かろうが、爆発の中心にいればタダではすまない筈だ。
「うおおおおっ!!!!!」
しかし、そうやって覚悟を決めた時―――
「なっ!」
「えっ!?」
―――ありえない事が起こった。
「でえええええええええええい!!!!」
矢のように飛び込んできた赤い弾丸。
「―――っ!?」
ギィンと響く金属音。閃光の様な速さでやってきたソレは、
女の横を駆け抜けると、立ち止まって振り返った。
「……う、そ……」
呆然と声を漏らすエヴォリア。
「浩二!?」
閃光のように駆け抜けたモノの正体が、死んだはずの斉藤浩二であったからだ。
その手には、見覚えのありすぎる薙刀が握られている。
混乱する。どうして生きているのか? どうしてその神剣を持っているのか?
「貴方……本当に、斉藤浩二?」
「それ以外の誰に見える?」
口調や態度は今までと同じ。だが、身に纏うマナの量が以前とは比べ物にならない。
放つ波動の激しさが、以前の浩二とはまるで違う。
エヴォリアがそんな事を考えていると、浩二は薙刀を赤い髪の女に突きつけた。
「おい。露出狂の変態女……」
「…………」
赤い髪の女は、攻撃を神剣で防いだ痺れがまだ手に残る事に驚いている。
顔を上げて見た。そこに立つ少年を、初めて自らの敵であると認めて視線を向けた。
「俺はオマエを否定する。存在そのものを否定してやる」
「貴方……何者? エターナルでも無いのに……なのに、その力は……」
「ハッ―――」
尋ねられた浩二は鼻で笑う。
今になってやっと、自分を『敵』として認識したかと。
「神を超える存在に挑みかかり、呆気なく返り打ちにあっても……
それでも諦めずに挑みかかる愚か者の人間だよ! バカヤロウ!!!」
*****************
「おおっ! しゃああああああ!」
迫り来る敵意と害意に、浩二は反永遠神剣『反逆』を振り下ろす。
『反逆』は元となった永遠神剣『重圧』の能力に加えて、反永遠神剣の特性を合わせた薙刀である。
『重圧』の能力は、その名が示すとおりに重力を自在に操る事。
故に浩二は、ベルバルザードがやっていたように振るときだけは重さをなくし、
攻撃の瞬間には重さを加えて、早く重い一撃を叩き込んでいるのである。
更に反永遠神剣の力は、永遠神剣の力による防護を突破する力を持つ。
「―――だっ!」
ヒュンッと振りぬき、浩二は薙刀を構える。
自分に向けて放たれた見えない攻撃を全て斬り伏せた。できない事ではない。
何故なら浩二は自分の周りに、凄まじい重力のフィールドを展開させていたからだ。
「ふふっ、あはは……強いのね。貴方って……」
笑い声をあげるエターナルの女。しかし、身体からは血が流れていた。
見えない攻撃は自分自身とリンクしている。
何故ならコレは元々攻撃する為の力ではなく、エネルギーを食らう為の力であるから。
それを浩二に全て斬り伏せられ、彼女はダメージを受けたのだ。
浩二は周囲に円を描くように重力のフィールドを展開した。
その重圧はこの世界の重力の10倍。見えない攻撃に質量があるのは体験済みだ。
何kgなのかは解らないが、1kgだとしても、浩二の周囲に展開すれば10kgになる。
故に攻撃速度は当然鈍る。
それが僅かであったとしても構わない。
ようは、自分の展開した結界の中に触れるというのが重要なのだ。
一部分でも他と違う付加がかかった場所は、何かがあるという事である。
そこに向けて斬撃を放つのは難しい事ではない。
更に、自分の攻撃は重さを調節した最速の一撃。
常人であろうとも木の枝程度の棒を振るう程度なら、凄まじい速さで振れるのだから、
永遠神剣マスターがそれを振るえば、音速を超えて光速に近い斬撃となる。
それを、的がわかっている所に当てるだけだ。
―――まさしく結界である。
自分の領域に入った存在を、瞬時に斬り伏せるという、すべての物理攻撃を防ぐ結界であった。
「すごい……」
エヴォリアは、その光景を見ていて感嘆の声をあげた。
押している。今まで、まるで歯が立たなかったエターナルを押し返している。
浩二があの構えを取っている限り、何人たりとも近寄れない。
ならば、次の1手は当然―――
「これならどうかしら?」
―――魔法攻撃となる。
女は自らの神剣を空に放り投げた。短剣の神剣は上空で輝くと、
次の瞬間には浩二の上に巨大なツルギとなって現れる。
まるで巨人が持つような大きさとなった女の永遠神剣は、落下のスピードを速めて浩二の頭上に迫る。
「ハッ!」
だが、浩二は左手を神剣から離し、天に向けて翳した。
「ぐぎ、ぎぎぎ……っ!」
『反逆』の力で反重力を展開したのである。
落下しようとする女の神剣の力と、上に押し上げようとする浩二の反重力の力がぶつかり合う。
その結果。巨大化した神剣は空中で止まる事になる。
「ふふっ……」
女は笑った。隙だらけだと。浩二は今、自分の神剣を受け止めるために動けない。
それならば、自分が食べられる距離まで近づいて、食べてやればいいだけの事だ。
「あははははっ」
そう思って、女が空間跳躍で浩二に近づいた時―――
「グルルルルルゥ」
「なっ!?」
「オオオオオオオオーーーーーーン!!!」
女が姿を現すよりも、一瞬早く出現していたレッドドラゴンが、
現れた瞬間の女を、その凶悪な腕で薙ぎ倒した。
「がは―――っ」
女が吹き飛ばされると同時に、上空に展開していた巨大な剣が消える。
浩二は、自分の前に現れたドラゴンを見て笑った。
「サンクス。ガリオパルサ」
神獣ガリオパルサ。武人ベルバルザードと共に幾多もの戦場を駆け抜けた、
強力な力を秘めたレッドドラゴン。今は斉藤浩二の神剣『反逆』に宿る神獣である。
ドラゴン族は、元より誇り高い一族である。
その中でもガリオパルサは、暴君の異名を取る程に我が強いドラゴンであるが、
ベルバルザードの力を認めており、従っていた。
斉藤浩二は、そのベルバルザードを倒し、認められ、
更にどんな敵であろうとも向かっていく勇気を持っている。
そんな彼を、この神獣が認めぬ筈が無い。
相性と言うモノがるのなら、浩二とガリオパルサは抜群だ。
「グルル……」
ガリオパルサは気にするなとでも言うように唸ると姿を消した。
永遠神剣。神獣。それに加えて反永遠神剣の特性。
その3つを併せ持つ、今の浩二の戦闘能力はエターナルにも匹敵する。
「勝つぞ、俺は! 負けるものか!
おまえと共に歩いてきたんだ。おまえと一緒に這い上がってきたんだ!
負けるなんてありえない! 届かないはずが無い!」
ここまで浩二が辿り着いたのは偶然でも、運命でもない。
自力でこの場所まで歩いてきたのだ。
始めはミニオン以下の戦闘能力から始まり―――
そんな中でも、必死に、懸命に、戦い続け……
その結果としてここまでやってきたのだ。
平坦な道ではなかった。何度も負けた。それでも下を向かなかった。
自分なら出来るはずだから、きっと強くなれる筈だから。
そう信じて進み続けた場所がここなのである。
まだ、力なんて何も無くて、知恵と工夫だけで戦った物部学園でのミニオンとの戦い。
粉塵爆発なんてものまでやらかして、命懸けで勝利した。
次に戦ったのはベルバルザード。この時もまだ力無き故に、硫酸なんてモノを切り札に戦った。
―――そして、ベルバルザードとの戦いは、浩二は大きく成長させる。
戦場では自分がどう動くのがベストであるのかを考えさせれたのが、精霊の世界での戦い。
あの時は、敵を欺くにはまず味方からだと、思考に幅を持たせるきっかけとなった。
魔法の世界。支えの塔の前での戦いでは、一つの概念に捕らわれる事無く、
自由な発想により、自らの神剣『最弱』の形を変え、状況により応用させる事を学んだ。
暁絶の世界。ベルバルザードとの最後の戦い。
今までに自分が学んだことの集大成をぶつけて挑んだ、斉藤浩二を一人の戦士として完成させた死闘。
1手、2手と先を読み、自由な発想で戦い、最大の敵であったベルバルザードをついに打倒した。
その時に渡されたのが『重圧』とガリオパルサ。
今は自分の相棒である『反逆』の元となった神剣と、パートナーになる神獣である。
その次が理想幹。理想幹神エデガとの戦い。
絶望的な状況下でも、決して諦めない心の強さがエデガを打ち破る。
浩二の中でその様子を見ていたガリオパルサは、この時に浩二を自分の主であると認めた。
「見ていろよ。最弱―――ッ!」
浩二は気合を放つ。それと同時に赤い光が『反逆』に灯る。
「俺達の力は、絶対を否定し、運命を打倒する力だ!」
弱かったからこそココまでこれた。
強力な神剣の遣い手であり、神の生まれ変わりである仲間達と比べ……
自分が『最弱』であったからこそ―――
強くなろうと必死にもがき、苦しみ、努力してココまでこれた。
出会いの一つ。越えてきた戦いの一つが抜けていても、今の自分は無かっただろう。
「はあああああああああっ!!!」
誰よりも弱かったから必死に這い上がり、
今は、遥か高みに存在するエターナルにも手が届く所までやってこれた。
何度も負けた。倒れた。でも、すぐに立ち上がって歩いてきた……
押し上げてくれたのは、出会った仲間達とライバル。
そして、一度は完全に閉ざされた道を、再び開けてくれたのは―――
「消え去れえええええええええええええ!!!」
―――掛け替えの無いパートナーであった自分の神剣。
凄まじい重力の壁が、永遠神剣の力を霧散させる力を纏って放たれる。
この重さは、永遠神剣により空しく散っていった人々の命の重さ。
そして、斉藤浩二が背負って歩いてきた重さそのもの。
「―――っ!」
エターナルの女は目を見開いている。そして、自分の敗北と死を悟る。
逃れられない。攻撃や魔法からは逃れる事はできても、想いの固まりからは逃げられない。
これを防ぐには、自分の想いや信念が、コレに上回るしか無い。
だが―――
「今の私じゃ無理ね……」
そう思って女は笑う。その瞬間に女は浩二の放った重力の壁に押しつぶされた。
凄まじい力の前に、女は成す術も無く飲み込まれ、押しつぶされてマナの光となって消える。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
浩二は荒い息をついていた。エターナルの女が完全に消滅した事を確認すると、
反永遠神剣『反逆』を落としてしまう。そして、膝をつくと―――
「うわあああああああああっ!!!!
……ぐっ、くっ……うっ、あ、あああああああーーーー!!!!」
―――ありったけの大声で泣いた。
ぐしゃぐしゃな顔で、涙をこぼしながら、
地面に頭をつけて、何度も何度も拳を地面を叩きながら、慟哭するのだった。