その知らせが届いたのは、元の世界に押し寄せた南天神の軍勢を退けた直後であった。
今からものべーで写しの世界に帰還しようという時に、時深が神剣の力を使い、
念話のような力で通信してきたのである。
『みなさん。すぐに写しの世界にお戻りください。南天神の軍勢が出雲に迫っています。
今は一足先に戻られた『天の箱舟』の皆さんが、戦巫女と共に迎撃に出ておりますが……
先にあった時よりも数が違いすぎます』
「な、なんですとぉー」
「了解しました。すぐに戻ります!」
ナルカナが叫び声をあげ、望が頷く。
それに呼応するように希美と沙月も頷いた。
「ものべー。辛いと思うけど、全速力でお願い!」
「ぼえー」
希美が自分の声をかけると、ものべーは間の抜けた声で答えて飛び出すのであった。
その後、望達は写しの世界に戻ってきた。
行くときは半日以上かかったのに、帰りは8時間で戻ってこれた。
それだけものべーが無理をしてくれたと言う事であろう。
「あれが……南天神の軍勢……」
規模の多さに希美が唾を飲み込んでいる。
望も、出雲を取り囲むマナゴーレムの数を見て唖然としていた。
100や200所の騒ぎではない。ざっと数えただけで千体を越す数のマナゴーレムがいる。
そのうち、20体は巨人ほどの大きさのでかいゴーレムであった。
「うわっ、私達の世界を襲ったでっかいのが20も……
……えっと、抗体兵器って言うんだっけ?」
沙月が、信じられないと言うように呟く。
「そうよ。それにしても、あれだけの数のガラクタを、よくもここまで集めたものだわ。
そのゴミ集めの才能だけは素直に褒めてあげてもいいわね」
「望ちゃん? どうする?」
恐らく、ものべーを何処に降ろすかを聞いているのだろう。
望は腕を組んで、しばらく考えるような仕草をすると、頼むように希美に言った。
「何とか間を縫って、出雲の敷地内に降ろすことはできないか?」
「……ものべー……がんばれる?」
一鳴きして肯定の意思を告げるものベー。
その後、ものべーはマナゴーレムの攻撃を何回かくらったが、
撃墜される事なく出雲の敷地内に、滑り込むように着陸する事に成功するのだった。
箱舟から降りる望達。降りると同時に、出雲の敷地内に侵入してきていたマナゴーレム達を蹴散らして、
環達が待っているだろう社に駆け戻る。辿り着くと、そこには環と共にサレスが待っていた。
「サレス!」
「環さん!」
「ナルカナ様。皆さん」
「戻ったか。世刻望……」
サレスが今の状況を説明し始める。それによると『天の箱舟』のメンバー達はすでに戻ってきており、
今は出雲の戦巫女達と共に、それぞれ防衛にあたっているらしい。
「ソルラスカ、タリア、ヤツィータ。それに、ナーヤとスバルも駆けつけてきてくれている」
「え? ソルやタリア達も来てくれてるの?」
「ナーヤにスバルも!」
サレスの言葉に沙月と望が嬉しそうな顔をする。
しかし、サレスの表情が思わしくない事を悟ると、すぐに真面目な顔に戻した。
「我々『旅団』に、おまえ達『天の箱舟』を加え……
この出雲の戦力を結集しても、状況は不利だ。
何せ数が違いすぎる上に、あの巨人―――抗体兵器は増殖能力を持っている」
「……ああ」
それは望も知っていた。
元の世界の防衛戦で一番厄介だったのが、あの抗体兵器であったからだ。
あの巨人は強い。装甲が厚いだけでなく、凄まじいレーザーまで発射してくるのだ。
「戻ってきたばかりですまんが、おまえ達もさっそく戦線に加わってくれ。
望とナルカナは東。沙月は南。希美は北で防衛に当たっている者達を手伝ってやってくれ。
西の抑えは、今から私が直接行く」
「わかった」
「少しだけお別れね。望くん」
希美と沙月はこくりと頷いて駆け出していく。
望はナルカナを引っ張って、一番攻撃が激しい東の方面へ向かっていった。
「……………」
サレスは、駆けていく望達の様子を見て天を仰ぐ。
結局、彼のことを望達には言えなかった。唯一人だけ帰らなかった少年。
距離的には、この写しの世界より一番近い世界に向かっており、
本当ならば、一番に戻って来ていないといけない少年―――
斉藤浩二の事を。
あれから五日も経っているのに戻っていない。
臆病風に吹かれて逃げ出したのでは無い事は解っている。失踪した訳では無いのは調べさせた。
浩二が向かった世界に、後から出雲の諜報員を送り込み調べさせた所によると、
とある場所に、斉藤浩二の血痕と思われる血溜まりの痕があったらしい。
血の痕が広がっている面積から考えて、致死量に達しているそうだ。
少しはなれた場所には、残骸となったマナゴーレムが5体分残されており、
諜報員の報告によれば、マナゴーレムと相討ちになって死んだのだろうと報告があがっていた。
そして、躯はマナの粒子となって消えたのだと。
「……浩二……」
サレスは、浩二がマナゴーレム如きに倒されたとは思っていない。
心当たりがあるとすれば、この時間樹に侵入してきたと言われているエターナル。
浩二は、そのエターナルと遭遇してしまったのでは無いだろうか?
どちらにしろ、一人でなど行かせるのでは無かったと思う。
確認の為に自分の神剣『慧眼』の力で調べようとしたが、それはできなかった。
ログ領域にも記されていないように、浩二の行動は『慧眼』にも記されていないのである。
しかし、サレスの『慧眼』は、反永遠神剣の存在までは察知していた。
なので、浩二ではなく反永遠神剣『最弱』の項を調べると、その項目は無くなっていた。
項目からも消えるというのは、ただ事ではない。
致死量まで流れていたらしい浩二の血痕。
そして、消えた反永遠神剣……そこから繋がる事実は、浩二が死んだので、
反永遠神剣『最弱』は消えたという結論にしか辿り着けない。
「そして、その事が皆に知れ渡ってしまったら……
この戦いは、おそらく負けるだろう。その時は―――」
自分と『旅団』を捨石にしてでも、世刻望とナルカナ―――
それに『天の箱舟』の永遠神剣マスター達は逃さねばと考えるのだった。
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「いかん! ここはもう持たない! 下がるぞ!」
サレスの号令が響く。出雲を舞台とした永遠神剣マスターVS南天神との戦いは、
圧倒的物量のマナゴーレムと、抗体兵器を投入してきた南天神の前にじりじりと押され、
最後の砦である社の前まで望達は押されていた。
「ちぃっ、何だよこの数。反則じゃねーか」
ソルラスカが唾を吐き捨てる。
久しぶりに望達と再会できたと思ったら、再開を喜び合う暇も無く大決戦。
望達が『天の箱舟』と言う名前の組織を作り『光をもたらすもの』や、
理想幹神という敵を倒したという話を聞く度に、自分も合流して彼等と共に戦いたいとは思ったものだが、
サレスに任務を与えられて叶わなかった。分子世界で起こっている紛争を止めに行っていたのである。
『旅団』は基本的に分子世界の営みに干渉はしない。
だが、分子世界の中には世界を司るマナの力を吸い取り、
時間樹の生態を狂わす技術や魔法を作り出して戦争をしようとする世界があるので、
そういう世界を発見しては、調停に赴くのである。
この任務の重要性は知っている。だから、本音を言えば望達が『天の箱舟』を立ち上げたとき、
自分もそっちに参加したかったが、我慢して魔法の世界で彼等を見送ったのだ。
「ソル! 下がるわよ!」
タリアの声に頷くソルラスカ。スバルが弓矢の永遠神剣『蒼穹』で、
下がる自分達を援護射撃して、追いすがってくるマナゴーレムを射倒している。
「こりゃ、俺達全員に召集がかかる訳だわ……」
今から送る座標の世界で『天の箱舟』と合流せよという命令をサレスから受けた時は、
マジかよと言って単純に喜んだものだが、この激戦に放り込まれて納得する。
そして、望達はこんな奴等と今まで戦っていたのかと思うと、ちょっとした尊敬の念を抱くのだった。
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ついに最終防衛戦まで追い込まれた。
ここまでに自分達は500以上のマナゴーレムを撃破しているが、それでもまだ半数。
一人も戦死者はいないが、皆もうボロボロであった。
「ここを抜かれたら終わりだ。何としても死守するぞ!」
望が叫ぶと、皆はおうと頷く。サレス達『旅団』のメンバーに、時深とナルカナ。
スバルを加えた『天の箱舟』のメンバー達。そこで望は違和感に気がついた。
「……あれ? 浩二はまだ戻っていないのか?」
そう。斉藤浩二が居ない。写しの世界に戻ってきたのは、
元の世界に戻った自分達のグループが最後であり、
彼は自分が防衛についた場所とは違うどこかで、戦っているのだろうとばかり思っていたが……
この最終防衛ラインに全員が終結した筈なのに彼の姿がどこにも無い。
「あ、そういえば……」
望がそう言うと『天の箱舟』のメンバー達もそれに気づいたようで、
あれ? と不思議な顔をしていた。
「浩二くん。私が守備についていた北にはいなかったよ?」
「私が戦ってた南にもよ」
希美と沙月がそう言うと、西の護りについていた『旅団』組の方に視線が集る。
すると、タリアが首を振って答えた。
「斉藤浩二なら、こっちにも来てないわよ」
「……となると、まだ帰ってきていないのか……」
仕方のないヤツだと言うように呟く絶。しかし、望は嫌な予感がした。
まさかな。そんなわけないよなと、自分に言い聞かせる。
「サレス……あの、さ……もしかして……浩二、何かあった?」
先の、別行動をとった任務先で怪我して療養中とかと考える望。
サレスは答えない。瞳を閉じて沈黙をまもるのみである。
「確かアレよね? アイツが赴いた世界って、知的生命体のいない、
動物と自然だけの『わくわく動物ランドの世界』よね?」
ナルカナが唇に指を当てながら言う。
「あの世界って、この写しの世界からは一番近いはずよね?
本当なら一番に戻ってなきゃいけない筈じゃない?」
「……………」
ナルカナに痛いところをつかれて、サレスは眉をひそめる。
その沈黙が何を意味するのか、望は顔が青くなるのを感じた。
―――ありえない。ありえない。ある訳がない!
纏いついてくる妄想を振り払うように望は首を振る。
あの浩二に限って、そんな事がある筈が無いと首を振る。
「サレス!」
気がつけば怒鳴っていた。望の顔は悲壮感に包まれている。
否定してくれと。この頭に取り付いてくるバカな妄想を解いてくれと、必死な顔で望は叫ぶ。
そのサレスと望のやり取りに、他のメンバーも望が考えたバカな妄想と同じものが頭によぎり、
同じように顔を青くする。希美は、カタカタと震えていた。
「……ふうっ」
サレスは溜息を吐く。もはや、事ここに居たっては隠してもしょうがないと。
「斉藤浩二は戻っていない。
倉橋時深にも呼びかけてもらったが、返事も無い……」
「そ、それって斉藤くんの『最弱』が、通信妨害してるんじゃないの?」
沙月がそう言うと、サレスは首を横に振る。
「始めは私もそう思った。だが……」
「なので、出雲の諜報員に浩二さんが向かった世界に、調査に向かわせました」
サレスの言葉を時深が続ける。
時深はその台詞をサレスに言わせるのが忍びないと見かねたのだ。
嫌われるのは自分でいいだろうと、辛い役を買って出たのである。
「その結果―――数体のマナゴーレムの残骸と共に、浩二さんの血痕らしい跡をみつけました。
血溜まりが広がっていた面積の大きさから言って致死量です。
いくら神剣のマスターといえども、あれだけの血を流しては……」
「嘘だっ!!!!」
望が叫ぶ。その声はもはや絶叫と言うぐらいに大きかった。
「浩二が死んだりするものか!
浩二が……あの浩二が……死んだりなんかするものか!」
「ですが……」
「やめてくれ! 冗談でもそんな話は聞きたくない!」
うんざりだと言わんばかりに叫ぶ望。
斉藤浩二の強さの源が、理不尽な暴威への反抗心であるならば、
世刻望の強さの源は、大事な人を護りたいと願う心である。
一言に強さと言っても、実は色々とある。
サレスのように、理想や志を糧に強くなれる者。
浩二のように、反抗心から強くなれる者。
そして、望のように誰かを護るためならば強くなれる者。
望は護るべき者がいてこそ、強大な敵にと向かっていける。
大事な仲間や、無力な人たちを護りたいからこそ彼は強くなれるのだ。
それが、親友である斉藤浩二が死んだなどと聞かされては、
世刻望という人格を、根底から崩すことになってしまう。
望が中から崩壊し始めている。支えなければいけない。
崩れてしまわないように。壊れてしまわないように支えなければ。
そう考えて、世刻望を慕う少女達が声をかけようとした時―――
「皆さん! 社を護る結界が破れられました」
ユーフォリアが神剣に乗って飛んで来て、南天神の攻撃が始まった事を告げるのであった。
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「おまえ等が……そうか。おまえ等が……」
タイミングとしては最悪であった。
世刻望の心が弱くなった時に、自分から仲間の命を奪った者が現れたのだから。
瞳には憎悪が宿っている。許さないと、殺してやると、濁った瞳でマナゴーレムを睨んでいる。
「ノゾム!?」
異変に気づいた彼の神獣レーメが呼びかけるが、その声は望に届かない。
「始めから……こうしていれば良かったんだ。
俺は破壊神なんていうバケモノだと言うのに、人間たらんとした……
それが、間違いだったんだ……」
戦っている。大切な仲間達が戦っているのだが、
この圧倒的な数の前に、押しつぶされようとしている。
―――まだ、奪おうとするか……
浩二だけでは飽き足らず、まだ俺から仲間を、友達を、大切な人達を奪おうとするか……
望はそう思いながら『黎明』を鞘に収める。そして、自らの胸に手を当てた。
心の奥底で眠るバケモノ―――破壊神ジルオルに呼びかける為に。
「おい、聞こえてるか……ジルオル。俺の身体……オマエにやるよ」
「やめろ! やめろノゾム! 自分が何をしようとしているか……」
「……わかってるさ。でも、力がなければ何もできない! 護れない!」
望自身は気づいていない。だが、レーメには今の望の心理が解っていた。
世刻望は逃げようとしている。皆を護る為に強くなろうとするのは悪い事ではない。
しかし、この方法は間違っていると断言できる。
「諦めるな! ジルオルの力になど頼らなくとも、方法はあるはずだ!」
『暁天』のマスター暁絶と戦った時に見せた気概はどこに行ったのだ。
あの時の、どうしようもない状況でも諦めなかった……
キラキラと眩しかった、不屈の闘志はどこに行ったのだとレーメは涙する。
絶対など無いと、運命などクソ食らえだと叫んで見せた、あの心は何処に……
あの時、望は『浄戒』の力―――すなわちジルオルの力を使った。
そうして暁絶の鎖を断ち切ってみせたのだ。
それはいい。別にいい。たとえ唾棄すべきジルオルの力であったとしても、
親友を助けたいという一心から、きちんと世刻望の意思として行ったのだから。
―――『力』というもの自体に罪は無い。
誇りと信念の名の元に、自らの責任においてそれを使うならば、レーメに文句など無い。
むしろ。それは望の永遠神剣として、望の道を繋ぐ架け橋となれるのだから、喜びですらある。
だが、自分を明け渡してまで求める力に何の意味があると言うのだ。
「きっと何とかなる。みんなでがんばれば、きっと―――」
「違うっ! いつまでも可能性に縋りついてちゃいけない!
それは逃げているだけだ。今、確実である手段があるのにも関わらず……
それを行わないのは逃げているだけだ!」
望が首を振りながらそう言うと、レーメは下を向いた。
「……っ……」
悔しかった。悲しかった。情けなかった……
「……ノゾム……」
今、世刻望は絶対に言ってはいけない事を言った。
もしも、死んだ斉藤浩二がその言葉を聞いたら、どんな顔をするだろうかと思うと悲しくなる。
―――いつまでも可能性に縋りついてちゃいけない!
今の望が、悲しみと狂気に取り付かれている事は理解している。
でも、その言葉だけは言ってはいけなかった。
『可能性』を否定するというのは、すなわち……
今まで必死になって、がんばって否定してきた―――
『絶対』と『運命』というモノを、肯定する言葉に他ならないのだから。
「この言葉は、諦めから言ってるんじゃないからな……」
静かにそう告げる望。しかし、その声は遠い。レーメは涙を流しながらその顔を見ていた。
望の周りに風が集り始めている。内包したマナが溢れ出ている。
ドクン、ドクンと、心臓の鼓動が聞こえてくる。
それは破壊神と呼ばれた神の力が持つ波動と、鼓動―――
レーメは、自分という存在がそれに飲まれていき、消えていくのを感じていた。
空を見上げる。青い空と白い雲。思い浮かべるのは、
時として空回りしそうになる自分のマスターを、ずっとフォローしてくれていた少年の顔。
「……すまぬ。コウジ……」
きっと、彼がココにいたなら止めてくれていた。
馬鹿を言ってるんじゃねーとでも言って、あのハリセンでツッコミをいれて、
間違った方向に歩き始めてしまった望を、ひきずってでも正しい道に戻してくれただろう。
そんな事を思いながら、レーメの姿は消えていくのだった。
時として、人は道を間違える。人は道を見失う。
それは当然の事。何もかもが完璧な存在など居ないのだから。
世刻望は今までが出来すぎていた。斉藤浩二と違い、失敗をあまりしてこなかった。
今の二人に差があるのだとすれば、失敗から学んだ経験の量だけである。
「くっ、あ………うおおおおおおおおおおおおおおっ!」
レーメが消えると同時に、望は胸を押さえて蹲る。
その絶叫に、戦っていた全員が望の方に視線を向けた。
「望……ちゃん?」
「……望くん?」
希美と沙月が声をかける。その声に答えるかのように蹲っていた望は顔をあげた。
そして、辺りを見回すとニヤリと笑って天を仰ぐ。
「……久方ぶりの現世か………
目覚めたばかりだと言うのに、騒がしいものだな……」
大いなる運命の名の下に生まれた世刻望。
後に第一位の永遠神剣『叢雲』のマスターとなる少年。
斉藤浩二の前にベルバルザードという武人が立ち塞がったように、
望にとって、越えるべき壁として立ち塞がるのが―――
「俺の名はジルオル……破壊神ジルオルだ」
―――自分の前世でもある、破壊神であった。