―――自分と言うものを認識したのは、いつだっただろうか?
始めは、ただ闇の中に居た。音も無く、足場さえも感じる事のできない闇の中。
自分はそこに漂っているだけの存在であった。
何をしているのかも解らない。何でここにいるのかも解らない。
それどころか、自分が何であるかさえも解らない、そこに在るだけの存在。
―――それが俺だった。
ただ一つだけ解っていた事は、いずれこの意識も消えるだろうと言う、漠然とした想い。
永遠とも思われる時間の中で、女の声を聞いたような気がする。それが誰だったかは解らない。
一人は事務的に、決定した事を伝えるような声で、もう一人は自分を哀れむような女の声だったと思う。
ハッキリと記憶に無い。俺が始まったのは―――
「貴方は……誰?」
彼女が俺にそう問いかけた時。
「あれ? 返事が無いな……ん、ああ。なるほど!
マナが足りてなくて喋る事さえできないんだ」
無邪気な声だった。
先に話し掛けただろう二人の女とは違う声だった。
「よし。あたしがマナを分けてあげる。だから……一緒に行こ?
こんな場所に一人でもいてもつまらないもんね」
それが、この俺―――ジルオルと、ナルカナの出会いであり、
全てが始まった瞬間であった………
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「俺の名はジルオル……破壊神ジルオルだ」
そう名乗った男は、両手に双剣を出現させると同時に飛び上がった。
社の上に乗り移ると、眼前に広がるマナゴーレムの群れを見渡す。
「……………」
無言で辺りを眺めるジルオルを、全員が見ていた。サレスや沙月達だけではない。
マナゴーレムや抗体兵器達でさえ、我を忘れたかのようにその男を見ている。
その存在が放つマナの力は強大すぎた。その存在が纏う狂気は恐ろしすぎた。
ただ、そこにいるだけで全ての存在の動きを止めてしまうほどに……
破壊神と呼ばれる男の存在感は、ずば抜けていた。
「ハッ―――ハハハハ! ハハハハハハハハ!!!」
ジルオルは笑う。歓喜の笑いをあげる。
よくも、これだけの木偶人形が集ったものだと。
がんばって掻き集めたものではないかと嘲笑する。
「そのようなガラクタを集めて、俺を倒そう等と片腹痛い!」
咆哮をあげ、社の屋根を蹴り上げるジルオル。
彼は一直線に抗体兵器の前まで飛ぶと、一撃の下に抗体兵器を破壊する。
『黎明』の一振りで、巨人が崩れ落ちた。
「フハハハハハ! ハハハハハハッ! ハハハハハハハ!!!」
笑うジルオル。地面に着地すると同時に『黎明』に白い光を灯らせる。
そして、それを重ね合わせると、気合と共に振り下ろす。
―――奔る閃光。
斬撃が光の軌跡を描いて遥か向こうまで飛んでいく。
その直線状にいたマナゴレームや抗体兵器は光に飲まれて消えていった。
「さぁ、来い……次々とかかって来い。何体でも相手してやるぞ?
後何体だ? 百か? 千か? いや、数えるまでも無い……
どれだけ居ようと、全て跡形も無く消してやる!」
叫び、突進していくジルオル。
マナゴーレムや抗体兵器は、この圧倒的な暴威の前に、次々と破壊されていく。
原野を走り、跳び回るジルオル。駆け抜ける度にガラクタの山が築かれる。
戦いにさえなってい。一方的な虐殺の始まりであった。
「嘘……嘘だよ、ね……こんなのって……」
その光景を見て、自分の肩を抱く希美。
「脆い! 脆すぎるぞ! もっと力を出せ! 捻り出せ!
これでは肩慣らしにさえならん!」
そこにいるのは、世刻望の形をした災厄であった。
無慈悲に、冷酷に、殺戮だけを遂行する破壊の化身。
行く先に道が出来るのではなく、行く先が滅びるという災厄。
「フシュゥゥゥゥウウウウウ!!! ガッ―――」
抗体兵器が両手からレーザーを放った。
「……ほう」
ジルオルは眼前に迫る、山さえも吹き飛ばしかねないソレを見て口元を吊り上げる。
「―――フン」
腕を翳した。それと同時にレーザーが軌道を変えて跳ね返される。
抗体兵器は、自らの放ったレーザーにその身を焼き尽くされ灰となっていた。
「……ククッ……フハハハ! やればできるじゃないか!
そうだ! もっと本気でこい! 俺を殺して見せろ!
………もっとも、できればの話だがなぁ! ハハッ、アハハハハハハ!!!」
笑いながら、駆け出すジルオル。影さえも残さぬ速さで集団の中に飛び込み、
振りぬく手の動きさえも見えない斬撃を四方八方に振り下ろし、振り上げる。
その全て、会心の一撃。たった一振りで頭蓋から、胴体から両断されていく。
「今の望……怖いよ。何で、あんなに酷い事ができるの?
望なのに……あそこにいるのは、望の筈なのに……震えが止まらない」
「何で……どうしてよ、望くん……
今まで必死にがんばってきたのに……なのに、どうして!」
「……望……それが、貴方の願いなのですか……
望が、望で無くなってまでも、戦う事が……答えてください。
それで、みんなが幸せになれるのですか! 望っ!」
殺戮の化身と破壊の化身となった望を見て『天の箱舟』の少女達は、悲痛な訴えを口にする。
しかし、その声は届かない。そんな中で、ただ一人―――
ナルカナだけが目を細めてその姿を見つめるのだった。
「ジルオル……帰ってきたんだね……」
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「……つまらん。他愛も無い……脆すぎる……」
ジルオルがそう呟き、天を仰いだとき。南天神の軍勢は全滅していた。
辺りには破片となったマナゴーレムや抗体兵器の成れの果てが散らばっている。
「……所詮は人形か」
全てが終わったと判断してジルオルは『黎明』を鞘に収めた。その時―――
『この時を待っていましたよ!』
ジルオルの背後に影が浮かび上がった。
それは、南天神イスベルの怨念。彼女は、ガラクタの山に身を潜め、
ジルオルが油断する隙を窺っていたのである。
「ほう、ゴミの中に隠れていたか。塵芥の貴様にはお似合いだな」
『減らず口を叩けるのもそれまでです。
その身体、その力……そっくりこの私が頂きます』
そう言った時には、イスベルの怨念はジルオルの身体に取り付いていた。
しかし、ジルオルは薄ら笑いを浮かべたまま動こうとさえしない。
すると、中から苦悶の声が聞こえてきた。
『なっ、ばかな……憑依できない!?』
「ククッ。貴様如きが俺を操ろうなど―――フンッ!」
ジルオルは、握り拳を作ると、自分の胸板を叩きつけた。
それと同時に背中からイスベルの怨念が飛び出してくる。
『くうっ!』
飛び出してきたイスベルの方を、ジルオルはゆっくりと振り返る。
鞘に収めた双剣を再び抜き払い、切っ先をイスベルに向ける。
「……消えろ。蠢く事しかできぬ搾りカス風情が……」
『こんな―――ところでっ!』
イスベルの怨念は、咄嗟に瓦礫の山へと身を隠す。
それと同時に、一体のマナゴーレムが宙に浮かび上がった。
今まで仮の身体として使用していた、強化ゴーレムの中に戻ったのである。
『……強い……まさか、不意をついてさえ乗っ取る事ができぬとは……』
「まてよ。どこに行こうって言うんだ?」
『人形共! 破壊神を足止めしなさい!』
叫ぶイスベル。それと同時に、瓦礫となっていた抗体兵器が立ち上がってジルオルの前に立ち塞がる。
「ははっ! まだ足掻くか! 面白い―――
ならば、この世界ごと消し飛ばしてやる!」
ジルオルが双剣を重ね合わせると刀身に白い光が収束していき、凄まじい波動を放つ。
「いかんっ!」
それを見ていた絶が『暁天』の柄を手にしながら駆け出した。
凄まじい速度で間合いをつめると、駆け抜け様に抜き打ちを放つ。
背後からの殺気を感じたジルオルは振り返ると同時に、重ね合わせた『黎明』でその斬撃を受け止めた。
「……ルツルジか……何のつもりだ?」
「ジルオル……俺の親友の体を返してもらうぞ!」
居合いの構えを取りながら、絶はジルオルの前に立ち塞がる。
自身のマナを全開に解き放ち『暁天』を手に、ジルオルを睨みつける。
「返す? 何を勘違いしているんだ……これはもともと俺の身体。
仮初の宿主から、本来の持ち主に戻ったのだ」
「黙れ! 貴様はとうに滅んだ存在!
大人しく返さぬというのならば、力ずくでも―――ッ!」
居合い切りが放たれる。
絶の世界では、望がその鋭さと速さの前に手も足も出なかったそれを―――
「―――フッ!」
「ぐおっ!」
ジルオルは、無造作に『黎明』を振り払うだけで弾き返した。
「遅すぎる。ハエが止まるな」
絶の居合いを弾いた方とは違う方の腕で、絶にむかって斬撃を放つジルオル。
「っ!」
しかし、絶はその斬撃が自分を両断する前に『暁天』を間に挟みこんだ。
「ぐぐっ……くっ……」
両手持ちの絶に対し、ジルオルは肩手持ちなのだが、
その凄まじい力に押されるように肩膝をつく。
「ジルオル―――っ!」
「はあっ!」
そこに、ナーヤが魔法を放った。
それに合わせるようにサレスが『慧眼』のページを破り、投げつける。
「チッ―――うざったいわああああああああああ!!!」
ジルオルは唾を吐き捨てて、咆哮と共に凄まじい波動を身体中から放った。
その波動は絶の体を後ろに大きく吹き飛ばし、ナーヤとサレスの魔法を掻き消す。
ゴウッと音を立てたソレは、ジルオルの前に立ち塞がっていた抗体兵器さえも転倒させた。
「カッ! はーーーーッ」
ジルオルは、転倒した抗体兵器に向けて『黎明』の斬撃を放つ。
それは一撃で、イスベルの出現させた抗体兵器の全部を切り裂いていた。
ジルオルは振り返る。能面のように無表情で。
「フン。貴様達……そんなに、この器が大事か?
俺には絶対に勝てぬと知りながら、それでもこの器を取り戻そうと立ち塞がるか……」
「望くんは器なんかじゃない! 返して! 望くんをかえして!」
「破壊神ジルオル……望を解放するのです」
「望はボク達の仲間なんだから……絶対に、返してもらうんだから!」
沙月が『光輝』を手に叫ぶと、カティマとルプトナが続く。
全員が、マナを全開に解き放ち、意地でも世刻望を取り戻してみせると気迫を放っていた。
「………ふうっ」
ジルオルは溜息をつく。そして、後ろを振り返るとそこには槍を構えた希美。
「出て行って! 望ちゃんの身体から出て行きなさい! ジルオル!」
「………ファイムか」
ジルオルの神名『浄戒』を殺す神名『相克』を持つ少女。
その横には、希美を援護するように左右に立つソルラスカとタリア。
後ろにはランタン形の永遠神剣『癒合』を構えるヤツィータの姿があった。
「望さんの身体……返してもらいます」
「抵抗するのなら、僕の『蒼穹』がキミを射抜きますよ」
更に、ジルオルを取り囲むように右からユーフォリアが『悠久』を構えて立ち塞がり、
左からは『蒼穹』の弦をひいたスバルが現れる。ジルオルは回りを完全に囲まれた状況であった。
「どいつもコイツも望、望……望。
世刻望という人格など、俺の器に付着するだけの仮初の存在でしかないのに……」
ジルオルは『黎明』を鞘に収める。
そして、もう一度溜息を吐くと、吐き捨てるように言った。
「まぁ、いい。貴様等は後回しだ……
今は、尻尾を巻いて逃げていった南天神の搾りカスが先だ」
そう呟いたジルオルの体がぼやけていく。空間跳躍である。
それに気づいた永遠神剣マスター達は、攻撃を開始するが時既に遅し、
ジルオルの体は虚空に消えていた。
後には、残骸となったマナゴーレムや抗体兵器と、
『天の箱舟』及び『旅団』の永遠神剣マスター達が残される。
―――ブウン!
「「「「 っ! 」」」」
その時、再び空間が歪んだ。逃げられた事に肩を落としていた永遠神剣マスター達は、
ジルオルが戻ってきたのかと思って、神剣を振り上げる。
そして、そのシルエットが姿を現しかけた時―――
「ふう……やっと戻っ―――て! なんじゃあああああああ!!!」
一斉に攻撃を集中させるのだった。
『マスター! 攻撃が来ますわ』
「おうよ!」
写しの世界に戻ってくるなり、いきなり害意が近づいている事に気づいた少年は、
瞬時にその手に薙刀を出現させると、凄まじい速さで薙ぎ払う。
それと同時に永遠神剣の奇跡を霧散させる波動が斬撃と共に放たれる。
その斬撃は、四方八方から飛んでくる斬撃と魔法を打ち消した。
「ハッ―――! 出現地点を狙うとは、やってくれるじゃねぇか! コノヤロウ!」
その少年―――斉藤浩二は、鼻で笑うと自身の神剣『反逆』を構え、
体から凄まじいマナの風と波動を噴き出す。
「はああああああああっ!!!」
先のジルオルが放った波動に、勝るとも劣らぬその波動は、
浩二を取り囲んでいた『天の箱舟』のメンバーと『旅団』のメンバーを全員吹き飛ばした。
「………って、あれ?」
そこで、周りに転がっている人間に見覚えがある事に気づいた浩二は、
マナと波動を収束させて、薙刀の柄を地面に立てる。
「おまえ等……何やってるの?」
「な、な、な………」
浩二の声に、金魚のように口をパクパクさせている沙月。
沙月だけではない。全員が目を点にして、そこに現れた斉藤浩二を見つめていた。
『マスター。なにやら、みなさん驚いているようですわね?』
「安心しろ。俺も驚いている。何が何やらさっぱりわからん。
どうして俺はいきなり攻撃されたのか、どうして『旅団』の奴等までいるのか……」
『お出迎えでは無いんですの?』
「凄まじいお出迎えだな……」
エヴォリアの話しでは、写しの世界は今、南天神に襲われているという事だったが……
アイツの予想は大外れだったかなと思いながら、ホッと息を吐く浩二。
『まぁ、皆様おそろいならば丁度いいですわね』
その時『反逆』が小さく呟いた。それと同時に薙刀が旋風を纏って光り輝く。
次の瞬間には、歳の程14~5歳ほどの少女が浩二の横に立っていた。
遊牧の民が纏うような衣装。ポニーテールに纏めた栗色の髪。ユーフォリアと同じ程度の身長。
『始めまして皆様。わたくし反永遠神剣『反逆』と申しますわ。
以後、お見知りおきくださいな』
そう言って、少女はぺこりと頭を下げる。
しかし、周りの皆は唖然としたままで、何の反応も返せなかった。
―――それはそうだろう。
ジルオルの事があったばかりの所に、死んだとばかり思っていた斉藤浩二の帰還。
それも、何故か見ただけで解るほどに強くなっているだけではなく……
トレードマークであったハリセンは腰に無く、薙刀の神剣を持っていると思ったら、
その薙刀が人の姿になったのだから。
『……マスターのお仲間は無礼者ばかりですわね。
人が頭を下げて挨拶してるのに、こちらこその一言も無いんですから』
栗色の髪の少女は、機嫌を悪くしたように怒っている。
浩二は、それを無視して、相変わらず倒れている沙月の所に歩いていった。
「沙月先輩。何があったのか説明してもらえます?」
「あの、え、あれ? 貴方……斉藤くん?」
「それ以外の誰に見えるって言うんです?」
エヴォリアとも、こんな話をしたなぁと何となく思う浩二。
「あの、浩二くん……死んだんじゃないの?」
「―――っ! 何で知ってるんです!」
叫ぶ浩二。自分は確かに死んだ。しかし『最弱』のおかげで蘇った。
それはエヴォリアしか知らない筈なのに、どうして知っているのだと。
しかし―――
「「「「 えええええーーーーーーーーっ!!! 」」」」
―――死んだと、あっさり認められた皆の方が驚いていた。
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「………と、言う訳です」
斉藤浩二の話を聞いた『天の箱舟』及び『旅団』のメンバーは、複雑そうな表情で浩二を見ていた。
あまりにも淡々と語ったので、浩二が悲しそうに見えないのが余計に悲しい。
「そうか。そんな事が……」
サレスは顎に手を当てて浩二の顔を見た。
その瞳には一本の太い芯が入ったかのように強い光を放っている。
今までは何処か甘さを感じたが、それが全て払拭されていた。
強くなると言う事は、何かを犠牲にしなければならない。
犠牲にしたものが大きければ大きいだけ、その瞳は濁るものである。
自分の瞳は濁っているだろう。だが、浩二の目は濁っても、荒んでいない。
その瞳は、ただ真っ直ぐに前だけを見つめている。
凄い事だと思うと共に、嫉妬に似たような感情をサレスは抱いた。
素晴らしい出会いをしてきたのだろう。そして、素晴らしい別れをしてきたのだろう。
そうでなければ、いくら浩二にどれだけ優れた天稟があろうともこうはならない。
「それにしても、エターナルを破るとはな……」
永遠神剣の力と反永遠神剣の特性を持つツルギ―――反永遠神剣『反逆』
お互いの能力を相殺する事無く、欠け合わさった奇跡のツルギ。
神の意思の具現である永遠神剣を、人の意思で塗り変えたのではない。
もしも塗り変えたのなら、永遠神剣『重圧』の効力は消えている筈である。
ならば、結論は唯一つ。斉藤浩二は『重圧』を神の側から、人の側へと走らせたのだ。
元はただの紙にしか過ぎない『最弱』でさえ、反永遠神剣になると、あれほどの力を出せたのならば……
元が第六位の永遠神剣である『反逆』のポテンシャルは計り知れない。
浩二が持つ『反逆』という名のツルギは、すなわちそう言うモノであった。
「では、浩二さんが戦場跡に居なかったのは……」
「ああ、それはですね。エヴォリアが隠れ家にしていた所に運んでくれたみたいなんですよ。
生き返ったばかりの所で無茶しましたから、唯でさえ枯渇しかけていたマナが底をついて、
俺……エターナルを倒すと同時にブッ倒れて三日間ぐらい昏睡したらしいんす」
浩二は肩を竦ませて時深に答える。
「それでですか……」
「探しに来てくれていたのならすみません。
色々とありましたけど……斉藤浩二。ただいま帰りました」
そう言って笑う浩二。時深はエターナルに匹敵する存在にまでなった浩二を、
どのように扱えばいいのか計りかねていたが、この様子なら心配ないだろうと笑い返す。
環も、その光景を微笑ましそうに見つめていた。
「……で、こっちは何があったんですか?
何かお通夜みたいな雰囲気になってますけど……」
「はい。お話しします……」
それから時深は、今までにあった事を話した。
南天神の襲来。そこであった戦いの様子。世刻望のジルオルとしての覚醒。
望がジルオルとなった経緯については時深の推測も入っていたが……
浩二が南天神に殺されたと思っていた所に総攻撃を受けて、
仲間達が傷ついていく様子を見た望が、これ以上誰も死なせたくないと考えて、
ジルオルとなったのだろうと時深は言った。
「……何だ。そんな事か」
話を全部聞いた浩二は、呆れたようにそう呟いた。
浩二の呟きが聞こえたらしい沙月や希美達が、そんな事とは何だと言わんばかりに浩二を睨む。
しかし、斉藤浩二は―――絶対を否定するツルギを持った、運命を否定する少年は……
洗剤が切れたなら買いにいけばいいじゃんぐらいの気軽さで、あっさりとこんな事を言うのだった。
「だってそんなの、取り戻せばいいだけの話だろ?」
「取り戻すって……浩二くんは、アレを見ていないからそんな簡単に言えるんだよ」
言葉を感情的に否定した希美を、浩二はじろりと睨む。
「……うっ……な、何?」
「ファイムになったオマエを、理想幹神から取り戻すのも簡単じゃなかったぞ」
「それは……」
「なぁ、希美……望にできて、おまえに出来ない事なんてあるのか?
それに、沙月先輩もカティマさんも、ルプトナも……冷静になって考えてみろよ。
今の俺達、希美の時よりもよっぽど恵まれているんだぜ?」
そう言って浩二は、ソルラスカ、タリア、ヤツィータ、ナーヤ、スバルを順番に見ていく。
「旅団の奴等に加えて、スバルまで復帰したんだ。
これだけのメンバーが揃ってできない事なんてねーよ。
いや、そもそもだ。今まで俺達に出来なかった事なんてあるのか?」
楽に勝てた事なんて無い。いつもギリギリだったとは思う。
でも。それでも自分達『天の箱舟』は、どんな荒波にも強風にも倒されずにここまで進んできたのだ。
これからも、この船が沈む筈が無いと浩二は確信している。
「ナルカナを見てみろよ」
「ほへっ?」
突然名前を呼ばれたナルカナは、間の抜けた声をあげる。
「一人だけ何でもないって顔しているじゃねーか。
それは、望を信じているからじゃねーのか? 俺達のリーダーが、世刻望が……
ジルオルの意思なんかに消されていないと信じているからじゃねーのか?」
おそらく、きっと、ナルカナはそういう意味で呆けていたのでは無いと思う浩二だが、
今はそういう事にしておく。たぶん、そう言っておけば彼女は―――
「そ、そーよ。望がジルオルに負ける筈がないじゃない。
オホホホ。アンタ達は望の事を信じてないの?」
―――こう答えるだろうと思ったから。
「―――っ、そんな訳ないじゃないの。私は望くんの事を信じているわ」
「わ、私も勿論信じています」
「ぼ、ボクもだよ。と、当然じゃないのさ」
「わらも信じておるぞ」
「むーっ、私が一番望ちゃんを信じているんだからね!」
沙月とカティマとルプトナと、新たに合流したナーヤ。それに加えて希美。
世刻軍団が全部釣れたなぁと浩二は内心で苦笑する。
「じゃ、何も問題ないって事で―――
ジルオルになんて身体を渡して寝てないで……
さっさと起きろバカタレとツッコミを入れにいこうぜ」
笑いをかみ殺すように浩二がそう言うと、おうと返事が返ってくる。
もう、先ほどまでの暗い雰囲気はなかった。
サレスは、こうもあっさり士気をあげてしまった浩二の手腕を見て、ククッと小さく笑い声をあげる。
―――本当に強くなった。
力もだが、浩二は人間として本当に強くなったとサレスは思う。
いつかは自分など遥かに抜き去っていくだろうと、思っていたが、
それがこんなに早いとはと笑い声をあげるのだった。
「よし、行こう! 行こうぜ、みんな!」
「「「 おーーーーーーっ!!! 」」
浩二が手を上げて言うと、テンションが上がって来た沙月達も同じく腕を上げて応える。
しかし、そのやり取りを先ほどから浩二の隣でじっと見ていた『反逆』が、ボソッと呟く。
「……何処へ?」
「は? おまえ、何を言ってるんだよ。望の所に―――」
言いかけて止まる浩二。行こうぜと言ったのはいいが、何処に望が行ったのか解らないからだ。
嫌な汗が頬を伝って地面に落ちた。自分が煽りまくったので、今や『天の箱舟』の士気は絶好調だ。
「…………」
「…………」
「…………」
「……私は知りませんからね。
マスターが後先考えずに煽りまくったんですから」
パートナーの暖かすぎる言葉に、浩二の背中に流れる冷たい汗が量を増す。
「だ、大丈夫だ。きっと、大丈夫……
俺達は見てないから知らないだけで……みんなは知ってる筈!」
「……だと、いいですわね」
やべぇ、マジやべぇとでも言いたげなマスターの顔を見て、
彼の神剣『反逆』は微笑を浮かべるのだった。