「予想の斜め上を行く展開だな……」
一部始終を見ていたサレスは、呆れたように呟いた。
ジルオルと殆ど互角にまで戦う反永遠神剣『反逆』の強さもさる事ながら、
自分達に仇名す敵だとばかり思っていたジルオルと、和解して見せた斉藤浩二という少年に。
彼だから出来た事だとサレスは思う。
何故ならこの時間樹に住む永遠神剣のマスター達は、
全員が神の生まれ変わりであり、神名というものを背負っている。
故にその神名を消し去る力『浄戒』を持つジルオルは、嫌悪されてしまうのだ。
だが、浩二に神名など無い。
浩二だけが色眼鏡をかけず、真っ直ぐにジルオルを見ていた。
皆が過去という名のレッテル越しにジルオルを見ていた中で……
浩二だけが、何のフィルターも通さないでジルオルという『個人』を見ていたのだ。
「……ふうっ」
溜息をつくサレス。自分は焦りすぎていたのだなと、自嘲的な笑みを浮かべる。
思えば、前世でジルオルと行動を共にしていたナルカナは、ジルオルを悪く言う事が無かった。
そう―――あの、ナルカナがだ。
次にジルオルと縁が深いのはナーヤ。彼女もジルオルを悪く言った事が無い。
写しの世界ではジルオルに魔法を放ったが……あれはよく考えてみれば、
あれは攻撃ではなく、暁絶を反撃で殺そうとしたジルオルを止めようとしたのだろう。
「先に攻撃を仕掛けた私達に、反撃こそすれ自分から攻撃することは無く……
南天神イスベルを追いかけていった時点で、気づくべきだったのだろうな」
ジルオルが自分たちを敵として見ていなかった事に。
粗暴さと、纏うマナの力が凶暴すぎて、何かがおかしいとまでは気づいたのに、
そこから踏み込んで考える事をしなかったのだ。
―――大失態である。
もしも、あの時……写しの世界で、こちらが冷静に話し合おうとしていたら、
ジルオルは案外あっさりと剣を収めて、話を聞いてくれたのではないだろうか?
だが、自分たちはジルオルに罵声と攻撃を浴びせたのである。
世刻望の事を好いている沙月や希美達は、望がジルオルに乗っ取られたのだと勘違いして、
感情的になってジルオルを敵意の目で見るのは仕方ないにしても、
自分までもが色眼鏡をかけたままジルオルを判断したのは大失態であろう。
「サレス」
見かねたヤツィータがサレスの肩をポンと叩く。
「仕方ないわよ。あの時はみんなが追い詰められていて、冷静な判断が難しかった訳だし……
貴方が判断を誤ったというなら、ここに居るみんなは同罪だわ。
浩二くんとナーヤ。後はナルカナを除いて……ね」
「……私も、まだまだと言う事か……」
「むしろ、私は少し嬉しいわよ? サレスでも判断を誤る事があるんだって解って」
『旅団』の副リーダーとして、サレスをずっと見てきたヤツィータは本当にそう思っている。
リーダーとして尊敬はしていたが、あまりにも完璧すぎて、好きにはなれなかったのである。
「―――フッ」
サレスはそんなヤツィータを見て苦笑する。
それから、下がっていた眼鏡を人差し指で押し上げた。
「結果が良しという事で満足しておくか」
「ええ。それぐらいに肩の力を抜いてたほうが、いいと思うわよ」
苦笑をしているサレスにヤツィータは微笑で返すのだった。
************************************
「ジルオル!」
「久しぶりじゃな……」
ナルカナとナーヤが声をかけると、
浩二と一緒に笑っていたジルオルは視線をそちらに向けた。
「……ん? ナルカナ……それに、ヒメオラか」
「―――っ!」
ジルオルがその名を呼んだとき、ナーヤがナルカナを抜いて駆け出していた。
「おっ」
そして、体当たりするように懐に飛び込む。
それを見たナルカナが、あーっと声を上げようとしたが、途中でやめた。
ジルオルに抱きついたナーヤが泣いていたからだ。
「すまぬ……ジルオル……本当に、すまぬ……
ずっと、ずっと……謝りたかった。おぬしに、会いたかった……」
「…………」
いきなり抱きつかれたと思ったら、すぐに泣かれて、ジルオルが戸惑うような表情をする。
泳いだ視線が浩二の目と重なった。すると浩二はニヤリと笑う。
「ははっ、良かったじゃん。望よりもジルオル派が一人はいて」
笑いながらそんな事を言う浩二に、コノヤロウと言うような目で睨むジルオル。
ナーヤはずっと泣いていた。ジルオルはどうして彼女が謝っているのか解らない。
仕方ないので、彼はナーヤの頭に手を置いて、させるがままにするのだった。
「変わったね……ジルオル。ううん……戻ったね」
ナルカナがそう言うと、ジルオルはナーヤに手を置いたまま視線を上げる。
「かもしれぬな……」
「あたしがいて、アンタが居て、ヒメオラが居る……ホント、全てが懐かしい」
「……………」
暖かだった時間。ジルオルがまだ破壊神と呼ばれる前の話。
原初に捕らわれていたジルオルを、ナルカナが手を引いて連れ出して、
いくつもの分子世界を渡って旅をした。
そしてヒメオラと出会い、小さくて聡明な彼女を気に入ったナルカナは、
彼女にも着いて来るように行って、それからは三人での旅になる。
楽しかった記憶。遥かに遠い昔の記憶だけど、ナルカナは今でも鮮明に思い出せる。
だが、そんな楽しかった日々は突如として終わりを告げる―――
ヒメオラが南天神に殺されたのだ。許さないと叫ぶナルカナは、
やってしまえと、自分達からヒメオラを奪った者を生かしておくなとジルオルに言う。
それを引き金にして、ジルオルの怒りは爆発する。
復讐の鬼と化したジルオルの力は凄まじく、友であったヒメオラを殺した南天の神々だけでなく、
南天神と戦っていた北天神にも『浄戒』の刃をもって向かっていき………
北天神と南天神の殆どを惨殺して、南北天戦争を終わらせたのである。
「……ううっ……っ―――」
ナーヤはジルオルの胸に顔をうずめて涙をこぼす。
穏やかだったジルオルを破壊神と呼ばれる存在に変えたのは自分なのだ。
自分が南天神に殺される事がなかったら、
ジルオルがこんな風になる事も、破壊神と忌み嫌われる事も無かった。
壊すたびに、殺すたびに、真っ白だったジルオルの心が汚れていく。
神々を両断する斬撃が、星を砕く一撃が、ジルオルの涙で叫び声であった。
そして、世界の全てを破壊し尽くした後に、ジルオルは『相克』を持つ神、ファイムに殺されたのだ。
ジルオルに罪があるのなら、それは自分も同じだとナーヤは思っていた。
彼女はヒメオラだった頃の記憶を殆ど覚えている。
だから、魔法の世界で世刻望と出会った時に、感極まって抱きついたのだ。
そして謝ろうと思っていた。
しかし、世刻望にジルオルの記憶は無く、ナーヤはこの想いを持っていく場所を見失ってしまった。
だからせめて、記憶が無いのなら現世では戦いに関与して欲しくないと思って、
魔法の世界で『光をもたらすもの』との戦いに参加したがる望を止めたのである。
だが、望はやはりジルオルの生まれ変わりであった。
大切な人を護るためならば、戦う事を選ぶ少年だったのだ。
そんな想いを誰が止められようか。
やがて望は『天の箱舟』なるコミュニティーを立ち上げて、魔法の世界から去っていった。
ナーヤはその時、望達について行きたいと思った。
けれど、自分にはその資格が無いのだと思って諦めた。
前世では、自分がジルオルと一緒だったばかりに、彼の生涯を狂わせてしまったのだから。
そう自分に言い聞かせたが、燻った想いはいつまでも消えず……
魔法の世界で大統領の仕事をこなしていても、心はいつもざわついて居た。
そこに、望達が写しの世界と呼ばれる場所で、南天神の軍勢と戦っている知らせが旅団本部に入る。
それを聞いたとき、ナーヤはもう、いてもたっても居られずにフィロメーラを呼びつけると、
『旅団』のメンバーについて行く事を告げて、ここまで来てしまったのだった。
「すまぬ、ジルオル……全部、わらわが不甲斐ないばかりに……」
「……いいさ。もう終わった事だ」
ジルオルはナーヤの頭を軽く撫でると、そっとその身体を離す。
そして、ナルカナの方を見た。
「ナルカナ……ずっと、おまえに伝えたかった事がある……」
「何? ジルオル」
「俺では、おまえを救ってやれなかった。おまえの望みを叶えてやれなかった。
怒りに身を任せて暴れまわり……おまえと離れ離れになってしまった後……
ファイムに殺された時も、ずっと……それだけが気がかりだったんだ……」
「……え?」
「俺の始まりは……おまえに手を引かれて、原初より出た時から始まった」
ジルオルはそう言って辺りを見渡す。そこには世刻望の仲間である永遠神剣のマスター達。
彼等は、事の成り行きを見守ろうとしているのか、じっと自分を見つめていた。
「けれど……手を引かれるだけの俺では、いつまで経ってもオマエに並べない。
おまえは、自分が唯一絶対なる者だといつも言っていたが……本当は寂しかったんだろう?」
「ちょっ、な、何を言ってるのよ!
このナルカナ様が寂しいなんて思うはずないでしょ!」
「フッ。しかしな……ナルカナ。俺に手を差し出した時に、オマエが言った言葉―――
こんな所に一人は嫌だろうから、孤独は寂しいだろうから、私が一緒に居てあげる。
俺に向けて言ったその言葉は、そのままオマエにも当てはまるんじゃないのか?」
「―――っ!」
「おまえは、自分が唯一絶対である事など望んでいない。
自分と同じペースで、同じものを見て、同じように歩いていける者を欲している。
……これでもオマエの傍には長い事いたからな。あの時の拙い心でも、それを察する事はできたよ……」
ジルオルの言葉に、ナルカナは浩二の神剣『反逆』に言われた言葉を思い出す。
貴方は永遠神剣なのでしょう? 貴方は女なのでしょう?
それが意味する言葉は唯一つ。共に歩んでくれる者が欲しいのだろうと言う事だ。
「……しかし、あの時の俺ではダメだった。唯々諾々と、着いて行くだけの俺ではオマエの横に並べない。
だから、俺は自分の信念をもち、自分の目的をしっかりと持った存在になろうと思ったんだ。
ナルカナに手を引っ張られるのではなく、ナルカナと手を繋いで歩いていける存在に……」
「そうして生まれ変わったのが、世刻望……」
「……ああ。まぁ、俺が言うのは何だろうが……
世刻望という俺は、その辺りの甲斐性はありすぎたみたいで、
繋ぐ手が両手じゃ足りない程になったのは誤算だったが……」
ククッと笑うジルオル。ナーヤも笑っている。
ナルカナも、気がつけば笑顔を浮かべている自分に気がついた。
「そっか……ありがと、ジルオル……
私の事……考えていてくれたんだね……」
「俺がしたくてやった事だ。礼を言われるような事ではない。
だが、もしも……世刻望は自分の隣を歩むに相応しいと思ったなら、共に道を歩め」
「………うん。望は……もう一人のアンタは、あたしが面倒見てあげるね」
「違うだろ?」
「え?」
「おまえが望に面倒見てもらうんだ」
「―――うんっ!」
そう言って最高の笑顔を見せるナルカナ。
その笑顔は、ジルオルが見てみたいと思った、心の底からの笑顔であった。
「「「 ちょっ、おま! 」」」
今、自分達の与り知らない所で、何かとんでもない約束が交わされた。
沙月と希美とカティマとルプトナ。それにナーヤも合わせた5人の少女が声を揃える。
「何それ! そんなのってあり!?」
「無効です。そんなのは認められません」
「反対。はんたーい! うう~っ、やっぱりジルオルはボクの敵だよ」
「……じ、ジルオル? おぬしを待っていたのは、わらわも一緒なのだが?」
どう考えも告白にしか聞こえない、ジルオルの言葉に大騒ぎになる少女達。
しかし、彼女達はまだマシな方であろう。最も危険なのは―――
「フフフッ―――アハハハハ。望ちゃんがナルカナの為に生まれた人格?
それって何? 許婚? 幼馴染は私なのに……まさかの許婚?
………認めない。そんなの……認めないんだから―――」
ファイムであった時の様な暗い瞳をして『清浄』を構えている希美であろう。
よく見れば『相克』の力も発動させている。
「ちょ、おま」
ジルオルは引き攣った顔で後ずさる。何かの弾みがあれば刺されそうだからだ。
『相克』は『浄戒』に対して特効のある神名である。そんなモノを発動して刺されたら死ぬ。
破壊神ジルオルの二度目の死に方は、痴情のもつれで死にましたでは悲劇ではなく笑劇だ。
「はぁ―――はぁ……まて、落ち着け……動くなファイム。
そして、その槍を地面に置け……要求は何だ?」
後ずさるジルオルと、じりじり迫る希美。
絶は腹を押さえて笑っている。来世があるのなら友になろうと誓った自分の前世ルツルジも、
ジルオルのこんな姿を見る日がこようとは夢にも思わなかったであろうと。
「取り消して」
「……な、何をだ?」
「今の発言。望ちゃんは、ナルカナの為に生まれてきたという世迷い事。
望ちゃんの気持ちを無視して……前世の事を、現世の私達に押し付けるのはやめて!」
「いや、別に押し付けては―――いな」
後退するジルオルは、やがて何かにドンッとぶつかって振り返る。
笑顔があった。ニッコリと、満面の笑顔が四つほどあった。ただ、永遠神剣を構えている。
それが誰かは記すまでも無いだろう。
「―――っ!」
ジルオルは身の危険を察して跳躍した。
そして、瓦礫の上に立つと苦笑を浮かべる。
「とりあえず俺は、伝えるべき事を伝えただけだ。
現世をどう生きるかについては俺は知らん!」
「ちょっ、待ちなさい。ジルオル!」
「逃げる気!?」
「ルプトナ! 回りこみますよ」
「あいさー」
しかし、次の瞬間には少女達が抜群のコンビネーションでジルオルを囲んでいる。
すごい連携だ。これが戦闘でやれたらエターナル倒せるんじゃね?
というぐらいに動きが素晴らしい。しかし、少女達がジルオルを捕まえるよりも速く、
ジルオルは意識を深層心理の中に戻したらしく、その身体はぐったりと崩れ落ちるのだった。
「あーーーーっ、逃げられたーーーー!」
「希美ちゃん。貸して、私がビンタで起こすわ」
「つねった方がいいのでは無いですか?」
「ボクが蹴ろうか?」
「いや、それよりも、わらわがこのモーニングスターで」
えらい事になっている今の状況に、サレスの眼鏡は再びずり落ちていた。
「あははははは! あっはっはっは! これ肴にするだけで、酒の二~三本は楽にいけるわ。
ふふっ、くくく……スバルくんも一緒に飲む?」
「あ、あの……ヤツィータさん。その酒は何処から……」
「なぁ、タリア。これからは望の事は愛の狩人って呼ぼうぜ?」
「……そうね。というか私……頭痛いんだけど」
旅団組は、全員が呆れたような顔をしていたり、笑っていたりしている。
サレスは、ずり落ちた眼鏡を指で押し上げて元に戻すと、もう一度同じ言葉を呟くのであった。
「……よ、予想の斜め上を行く展開だな……」
***************************
世刻望の意識は一連の出来事をずっと見ていた。
ジルオルが望の中で見ていたように―――
身体をジルオルに受け渡してより今まで、深層心理の中で見ていた。
「たまらんな。アレは……」
やれやれと言うような感じで、望の深層風景の中に現れたジルオルが言う。
自分と同じ顔、自分と同じ身体をした存在に望はじろりと目を向ける。
「おい。ジルオル」
「何だ? 望」
「……何だよ、アレ」
「見ての通りだが?」
話に聞いていた凶悪な存在がアレだった事に、望は不機嫌そうな顔をしていた。
これならば、ジルオルを恐れる必要は何処にも無かったのだ。
話せば解るヤツじゃないかと望は思う。
しかし―――
ジルオルを嫌悪していたのは他の誰でもない。自分自身である。
だから、何も文句を言えなくて望は不機嫌そうなのだ。
「勝手な約束をするなよな」
「気にするな。もう俺が外に出ることは無い」
「え?」
あっさりとそんな事を言うジルオルに、望が驚いた顔をした。
「やり残した事はすべて終え、伝えたかった言葉も伝えた……もう。心残りは何も無い」
「でも……」
言いよどむ望に、ジルオルが掌をかざす。
「世刻望よ『浄戒』の力はすでにオマエのものだ。
俺が使った『浄戒』は、オマエを経由して引き出したに過ぎん。
……後は、この力を渡せば……おまえは完全に『黎明』の力を引き出せるようになる」
「俺にも、あんな動きができるようになるのか?」
「ああ。出来て当然だろう? オマエは俺なのだから」
「……でも、その力を俺に渡したら……
おまえが消えてしまうんだろ? それなら、これからは二人で―――」
やっていこうと言いかけた所で、ジルオルは首を振って言葉を遮る。
「消えるのではない。俺達は一つになるのだ」
「でも……」
「フッ―――でもが多いな、おまえは……安心しろ。人格はおまえのままだ。
ただ、俺の記憶、俺の想い……俺が、俺として過ごした時間を共有してもらいたいんだ。
それとも破壊神として過ごした時の過去など……忌まわしくて背負いたくはないか?」
微かに笑いながら言うジルオルに望はかぶりを振る。
「受け入れるよ……だって、俺は―――オマエなんだろ?」
「俺は……この力を破壊する事にしか使えなかった。
力は……ただ、力だ。善も悪も無い……だが、俺はその使い方を間違えた。
けれどおまえなら、もっと上手くやってくれるだろうと信じている。
何かを壊すためではなく、大切な者を護るために使ってくれるとな……」
「俺の力……『浄戒』の力は、神々を滅ぼすための力なんかじゃない。
あの時、絶を助けた時のように……
無理矢理に背負わされた宿業を消し去る事ができる力。誰かを救う為にあるんだよな?」
「ああ。おまえがそう信じて振るうならば、そうなるだろうな……」
微かに笑いながら言うジルオルに、望も笑みを返して手を合わせる。
それと同時に、重ねた掌から凄い力が伝わってくるのを望は感じていた。
これが本当の自分の力。
時間樹に最強の神として君臨したジルオルの力。
それが自分に流れ込んできているのを感じた時―――
「油断しましたね。ジルオル!」
―――ジルオルの後ろに黒い影が立ち上った。
「なにっ!?」
ジルオルもそれを感じたのか振り返る。
しかし、その時には黒い影がジルオルの中に入り込んでいた。
「ぐあああああああああっ!!!!」
バッと手を離して苦しみだすジルオル。望は突然の事に咄嗟に動くことができない。
それでも、何とか気を持ち直して苦しみ悶えるジルオルに手を伸ばした時―――
「フフフフ……ハハハハ。やった、やったわ」
―――ジルオルから女の声が聞こえてきた。
「き……さ、ま……」
その声こそ南天神イスベル。
理想幹まで追いかけられ、自分が操っていたマナゴーレムがジルオルに倒された時、
咄嗟に望の深層心理の中に飛び込んで生き延びたのである。
ジルオルに憑依するのは無理だとしても、望ならば可能かもしれぬと、
一縷の望みをかけて、世刻望の深層心理の中で乗っ取る機会を窺っていたのだ。
しかし、事態は新たなる局面を迎える。
ジルオルに匹敵する存在になった斉藤浩二が理想幹に現れ、なんとジルオルのマナを消耗させたのである。
イスベルはそれを見て作戦を変えた。通常のジルオルを乗っ取るのは無理にしても、
斉藤浩二との戦いで消耗したジルオルならば、乗っ取る事ができるかもしれないと。
結局はジルオルと斉藤浩二の戦いは中途半端な所で終わってしまい、
臍を噛んでいた所であったが、今の力の受け渡しの最中に、次こそはと思って取り付いたのだ。
結果は大当たりであった。半分ぐらいは世刻望の方に力を渡してしまったが、
それでも並の永遠神剣マスターとは比べ物にならない、ジルオルの魂を乗っ取る事が出来たのだから。
「望……殺せ……早くしろ、俺を………」
「フフッ……せっかく取り込んだこの力―――消されてたまるものか」
「あぐっ、ガ―――っ、ああああああ!」
絶叫をあげるジルオル。しかし、その時には魂と力の大半をイスベルに乗っ取られていた。
望が駆け寄り、ジルオルからイスベルを引き剥がそうとするが、その時はもう遅い。
ジルオルの姿は望の深層風景から消えているのだった。
「ジルオルーーーーーーッ!!!」
****************************
「うわっ!」
「きゃっ!」
望の身体の中から光の玉が飛び出してきた。それに驚いたルプトナと希美が引っくり返る。
飛び出してきた光の玉は、虚空でぐにゃぐにゃと歪むと人の形を取り始めていた。
「なに? 何がおこったの?」
沙月が叫ぶが、誰も何が起こったのか解らない。
「ジルオル!」
そこに、突然目をパチリと開いた望が叫んで上半身を起こした。
「え? え? え?」
更に訳が判らない。望は、皆に状況を教える為に端的に叫んだ。
「あれはイスベルの怨念だ! ジルオルがイスベルに乗っ取られたんだよ!」
説明としては不合格であるが、とりあえず今の望は自分達の知る世刻望で、
あの白い光が南天神イスベルに乗っ取られたジルオルのマナの塊なのだろうと、
頭の回転が速いサレスやナーヤ達はそれを理解する。
「ハッ―――!」
サレスが『慧眼』を破ったものを白い光に投げつけた。
しかし、徐々に黒くなり始めた光はサレスの攻撃を弾き返す。
弾いたのは剣を握り締めた手であった。その剣は永遠神剣『黎明』である。
「なっ!」
その光景を見ていた望は、自分の手に『黎明』を出現させた。
しかし、普通ならば左右の手に収まるはずの双剣が右手にしか現れない。
再び黒く染まっていく光を睨みつけた時、黒い光は人の形をとっていた。
「フフフ……流石はジルオルのマナね。体を作り出すことも造作も無いわ」
永遠神剣マスターの体はマナで出来ている。
故に、イスベルはジルオルのマナを使って、世刻望の体をもう一つ作り出したのである。
「―――っ!」
望は唇を噛み締めて、自分と同じ姿形の存在を睨みつけていた。
奪われたのだ。自分の半身である永遠神剣も、自分の前世であるジルオルも。
憤怒が望の身体中を駆け巡っていた。
「素晴らしいわね……半分の力でコレとは……
マナゴーレムや抗体兵器を、ゴミ屑のように壊していたのも納得できるわ―――っ!?」
喋っている途中で、凄まじい魔力が自分に迫っている事を感じたイスベルは、横に跳んで回避した。
その軌道の先には手をかざして睨んでいる少女―――ナルカナ。
「……返しなさい。アンタみたいなのが……
ジルオルの魂と同化するなんて冗談じゃないわ!」
「くっ!」
いくらジルオルの力が凄まじいとはいえ、ここには自分を倒しうる存在が二人いる。
一人は、今自分に向かって魔法を放ってきた少女であり―――もう一人は、無言で薙刀を構える少年。
イスベルは状況が思わしくないと判断して逃げ去ろうとした。
「不利な状況ね……」
「逃げるなっ!」
そこに凄まじい負荷がかって動きを止められる。
「―――っ!」
見ると、浩二が反永遠神絵『反逆』の刃をこちらに向けていた。
重圧の塊がイスベルを押しつぶそうとしているのである。
「ナイス。斉藤浩二。そのまま押さえつけてなさい……
こいつ……ナルカナ様が灰にしてやるわ!」
ナルカナが腕を振り上げる。
そして、その腕に魔力の輝きを灯してイスベルに向ける。
「待て!」
その時、ナルカナを静止する声が辺りに響いた。
「……望?」
声をあげた主の名は世刻望。
ゆっくりと歩いてくると、一本しかない『黎明』をイスベルに突きつける。
「ナルカナ。浩二……頼む。手は出さないでくれ……
こいつは俺が倒す―――いいや、俺が倒さなきゃダメなんだ!」
真っ直ぐな瞳と、強い意志が篭った言葉であった。
望の迫力に押されるようにして、ナルカナはこくこく頷いて手を下ろす。
浩二は『反逆』をイスベルの方に向けたまま、無言で望を見ていた。
「一本しかない『黎明』で勝てると思ってるのか?」
「勝てる勝てないじゃなくて、勝つんだよ!」
力強くそう答える望に、浩二はイスベルにかけていた重圧を解除する。
「……死ぬなよ?」
「……それ、おまえにだけは言われたくないんだけど……
てゆーか、何で生きてるんだよ?」
「俺は斉藤浩二の弟……斉藤浩三だ。
斉藤家に浩一、浩二、浩三の三つ子ありと聞いた事はないか?」
「勝手に架空の弟を捏造するなよ! おまえの兄貴が浩一だってのも初耳だよ!
まぁ……その辺の事は、後で詳しく話を聞かせてもらうからな。
その新しい神剣の事も含めて! ったく、人を心配させておいて何が浩三だよ……」
「ちなみに浩三と書いてコウゾウだぞ? コウザンって呼ぶなよ?
どこかの美食家で陶芸家な人じゃないんだから」
「そのネタはもういいっての!」
「おおう。藪蛇だったか」
大げさにリアクションをとる浩二に、肩の力が抜けた望が小さく笑う。
そして、行って来ると告げると、望はイスベルの方に歩いてくのだった。
「おい……反逆。人型に戻ってもいいぞ」
『そうですわね』
望の背中を見送りながら、戦闘モードを解除する浩二と『反逆』の主従。
二人とも望が勝つだろうと確信していた。
「マスター」
「……ん?」
「気づいてらしたんですの?」
見上げながら尋ねてくる『反逆』に、浩二は目を反らして空を見上げる。
しばらくそうやって空を見ていて、やがてポツリと呟いた。
「もしかして……ジルオルがイスベルに乗っ取られたのは、わざとなのか?」
「やっぱり、気づいてらしたんですのね……」
「いや、今おまえに言われてそう思ったんだよ。そうか……」
おそらくジルオルは、世刻望に贈る最後の試練として、
わざと自分をイスベルに乗っ取らせたのだろう。
その試練とは、誰かの死を乗り越えるというモノ。
大切な存在が奪われる事があっても、そこで沈んでしまわないように……
もう一度立ち上がれる強さを身に付けられるように、
ジルオルは自分自身を使って、望にそれを教えようとしたのだ。
「望は人を惹きつける力を持っている。アイツの周りには人が集る。
けれど、これから先も望の周りの人間が……
誰一人として、倒れる事は無いという保証は……何処にもないんだもんな……」
実際に俺、死んだしとは言わない。シャレで言うにも自虐的過ぎて笑えないからだ。
空を見上げていた浩二は、んっと言って伸びをする。
「……冷酷非道で残虐。血も涙も無い破壊の化身にして……
己が破壊の欲望の為だけに、世界を滅ぼした邪悪なる存在。
悪名高きその名を、破壊神ジルオル―――か」
おそらく、もう会う事は無いだろう……
自分の親友と同じツラをした、二人目の敵と書いてトモと呼ぶ男の姿を思い浮かべる。
「………嘘つけバカヤロウ。
いい加減な事ばかり伝えてるんじゃねーっての」
小さく呟いたその言葉を、彼の神剣である少女だけが聞いていた。