―――最終決戦前日。
箱舟の会議室で、最後のミーティングを終えると、時間は夕刻になっていた。
斉藤浩二は会議が終わった後に、外の空気を吸いたいと思い、屋上に向かうと、
世刻望もそのつもりだったらしく一緒になった。
「あれ? 浩二……」
「おまえも屋上か?」
「ああ」
屋上に出ると同時に風を全身に受けて、望は気持ち良さそうに小さな息を吐いた。
真っ赤な夕陽。世界はどんなに変わっても、あの太陽だけは変わらない。
それが何となく嬉しくて望は笑った。
「何を笑ってるんだ?」
「いや、もしも世界が滅んだとしも……
あの太陽は変わらないんだろうなって思ったら、なんとなく笑えてさ」
「太陽か……なぁ、俺達が常識として認識していた宇宙の法則が違うのなら、
あの太陽はどんな原理になってるんだろうな?
世界は星の集まりではなく、一本の巨大な木から伸びる枝なのに……
太陽と月はどんな世界でも必ずあったんだぜ?」
「おいおい、そんな事を言われても俺は知らないって……
そういう事は、サレスかナルカナにでも聞いてくれよ」
「呼んだ?」
「―――うわっ!」
いきなり後ろから声をかけられて驚く望。
いつの間にか、そこにはナルカナとサレスが立っていた。
「男二人で夕陽を見ながら黄昏て……何をしてたの。アンタ達?」
「別に何もしてないさ。外の空気を吸おうと思って屋上に出たら、
偶々一緒になっただけさ。なぁ、望?」
「ああ」
「ふーん。それなら、私も誘ってくれれば良かったのに……」
「次があったらそうするよ」
「絶対だからね?」
望がナルカナの相手をしている間に、サレスが柵を背に持たれていた浩二の隣に並ぶ。
「下の街の様子はどうだ?」
「変化なし。時々小さな揺れがあるぐらいかな」
「そうか」
「なぁ、サレス……以前にも聞いたんだけど……
この時間樹がナルカナを閉じ込める牢獄であるというのは本当なのか?」
浩二がそう言うと、ナルカナはムッとしたような顔をする。
「アンタ。このナルカナ様の言う事を疑ってるわけ?」
「別に疑ってはいないさ。ただ、俺からしてみれば一つの世界―――
一つの星を作り出すだけでも凄いと思えるのに……
この時間樹は分子世界の集合体で、それこそ星の数ほどの世界がある訳だろ?
そんなモンを、ナルカナを閉じ込める為だけに作るなんて、
エターナルって奴等は、凄いを通り越して呆れるなと思っただけさ」
―――創造神エト・カ・リファ。
永遠神剣第二位『星天』のマスター。この時間樹を作り上げた存在。
エターナルが凄い力の持ち主であるというのは知っていたつもりだが、
まさか世界を創造する力まであるとは思わなかった。
浩二は、そんなエターナルの一人を倒した。いや、倒したと勘違いしていた。
昨夜に時深から、自分が倒したと思っていたエターナルが、実はまだ生きていた事を聞かされたのである。
なんでも、数日前にこの写しの世界に現れて襲ってきたらしい。
その話を聞いたとき、そんな筈は無い。別のエターナルだろうと浩二は言ったが、
時深が襲われたエターナルの特徴は、浩二が戦った女とまるきり同じであった。
風貌も、裸マントな所も、能力も、性格も……時深が襲われたというエターナルは同じであった。
女の名前はイャガと言うらしい。永遠神剣第二位『赦し』のイャガ。
第二位神剣のマスターと言う事は……あの女は、この時間樹の創造神であるエト・カ・リファと、
互角の力を持っていると言う事に他ならない。
ならば、自分と戦った時は、明らかに手を抜いていたのだ。
しかも、倒されたフリまでして―――
「……どこまでも、コケにしやがって……」
時深との戦いは引き分けに終わり、イャガは次元跳躍で逃げ去ったそうだ。
おかげで、やる事がもう一つできた。エト・カ・リファを倒したら、その後アイツの息の根を止める。
何処に逃げても。たとえ地獄の果てだろうと追いかけて、消滅させる。
「どうしたんだ? 浩二」
「……あ、いや……何でもない」
望の言葉に苦笑を返す浩二。これは私闘である。
故に望や『天の箱舟』の皆は巻き込めない。
この事を話したら、彼等は手伝うと言ってくれるだろう。
だが、そんな仲間達であるからこそ巻き込みたくないのだ。
原初に行ったら、もう戻れないかもしれない。
サレスはそう言っていたが、自分は必ず戻る。戻らねばならぬ訳が出来たから。
何が何でも原初より脱出して、イャガを追う。
時間樹より外に出たというなのなら、外宇宙だろうと追いかける。
そして、薙刀で頭蓋から両断してやるのだ。
「……フム。この時間樹が牢獄だという話しが出たところで、丁度いい。
何故、我等がエト・カ・リファと戦うのか、その目的と意義を説明しておこう」
「あれ? エト・カ・リファが世界を初期化させようとしている理由は、
実際に会って話してみるまで解らないんじゃ……」
サレスの言葉に首をかしげる望。
「世界の理など、全員が知る必要は無い。
だが、少なくとも望と浩二―――おまえ達二人は知っておくべきだろう。
創造神エト・カ・リファと正面から戦うのは、おそらくおまえ達であろうからな」
現時点において、望と浩二の実力は『天の箱舟』と『旅団』の中でも突出している。
エターナルを相手に勝てる可能性があるのは、この二人とナルカナだけであった。
ユーフォリアはまだ未知数の部分があり、戦力として数えるのは不安だった。
「時深さんも来れればよかったんだけどな……」
「仕方あるまい。彼女と出雲には、その後を託さなければならないのだから。
さて、話しがずれたが本題に戻そう。この時間樹とエト・カ・リファについてだ」
ゴホンと咳払いして語り始めるサレス。それは、要約するとこう言う事であった。
『叢雲』の化身であるナルカナは、はるか昔に同じく第一位神剣の化身である『聖威』と戦った。
その時のナルカナは、今のナルカナよりも圧倒的に強い力を持っていたが、
互角の力を持つ『聖威』と、カオスエターナルの頂点に立つ少年―――
永遠神剣第一位『運命』のマスターであるローガスと、
彼の仲間であるエターナル達の連合に、たった一人で奮戦するも敗れ去った。
敗れ去ったナルカナは、強大すぎる力をいくつかに切り取られ、とある場所に封印される事になった。
その切り取られた力の破片が、やがて意思を持ち始め……
望の持つ『黎明』や、絶の持つ『暁天』などの永遠神剣になったのである。
他にも『叢雲』の欠片はあるのだが、その全ては未だ発見されていない。
だが、一番重要である『叢雲』の意思は、力を切り取られてなお、ナルカナとして存在し続けた。
それが今、望達の前に居るナルカナという少女である。
その後、分割してもなお強大なナルカナを封じるため、
第一位神剣『聖威』に命じられたエト・カ・リファが、時間樹を作ることになった。
だが、無から世界を作り出す事は、たとえエターナルであろうとも難しい事である。
その為に連れてこられたのがジルオルであった。
エト・カ・リファは、ジルオルの内包した強大なマナに、
自分のマナを注ぎ込む事により大爆発を起こし、そこから時間樹を作り上げたのだ。
世界を創生する起爆剤としての役割を終えたジルオルは、原初に封印される事になる。
その後ジルオルは、ナルカナにより原初から連れ出され……
後に破壊神と呼ばれる存在になるのである。
「俺達の世界に、宇宙の始まりはビッグバンという大爆発であると言う
説を立てた学者が居るそうだけど、それって本当だったんだな?
ハハハ。やるじゃん。俺達の世界の学者センセー」
それを聞いたとき、浩二は笑っていた。
しかし、もう一人の少年。世刻望は気が気でない。
自分はこの時間樹で生まれた存在ではないと、あっさり言われたのだ。
「―――まて! ちょっと待ってくれ! 俺が時間樹の外から来た存在だって?
たとえそうだとしても、何でそれをサレスが知っているんだよ?」
「私も……この時間樹で生まれた存在ではないからな。
エト・カ・リファの補佐役として、この時間樹を管理する神―――
管理神となるように、別の場所から連れてこられた存在だからだ」
それなら、サレスはこの時間樹の誕生から全ての歴史を知っている事になる。
しかし、そうなると今までの情報と齟齬がでてくる。
「……ん? それはおかしい。おい、サレス!
おまえ、前と言ってる事が全然違うじゃねーか!?」
浩二がそう言うと、サレスは申し訳なさそうな顔をする。
「違わない。何故なら、何も知らなかった私も、また事実であるのだからな」
「回りくどい言い方はいい。要点だけを簡潔に纏めてくれよ」
「……そうだな。一言で言ってしまえば、私は記憶を失っていたのだ。
原因が何であったのかは解らない。
だが、今おまえ達に語った事は、つい最近になって思い出したのだ」
「ちょ、おま!」
浩二は思わず呆れてしまう。何だそれはと。
「……じゃあ何だ、こう言う事になるのか……」
「ちょっと待ってくれ! 俺、こんがらがってきたよ……」
望がストップをかけると、浩二が苦笑を浮かべる。
「……オーケー。纏めてやるよ望」
「すまんな。浩二。いつも助かってる」
「まず時間樹とは、ナルカナを封じこめる牢獄として作られたものである。
そして、この牢獄を作るために創造神エト・カ・リファは、ジルオルとサレスという存在を連れてきた。
ジルオルは世界を創生する為の材料として。サレスは、作った後の世界を管理させる為に……
ここまでは理解できるな?」
「うん」
望が頷くと、浩二はそれならと言って言葉を続ける。
「しかし、その後。創造神エト・カ・リファが予期せぬ出来事が二つ起きた。
一つ目は、原因は解っていないが管理神として置いた筈のサレスが記憶喪失になってしまう事。
二つ目が、世界創生の役割を終え、原初という場所に安置されていたジルオルを、
ナルカナが連れ出してしまった事だ。まぁ、肝心なサレスの記憶喪失の原因と、
ナルカナが原初にいた理由は忘れたらしいけどな」
「すまんな。なにせ、遥か遠い昔の事だ……」
「あたしも。ジルオルを連れ出した事は覚えてるけど……
どうしてあの時、原初にいたのかなんて忘れたわ」
その遥か昔とやらが、具体的にどれぐらい前だか解らないので、
浩二としても思い出せとは強く言えない。
自分だって三歳ぐらいの時の事を、詳しく思い出せと言われても困るのだから。
「まぁ、いいや。とにかく原因は不明だが……記憶喪失になったサレスは、
やがて一つの人格を持った存在になり始める。それが今のサレス。
俺達の知ってるサレス=クウォークスその人」
浩二がそう言った所で、サレスがここからは私が説明を引き継ごうと手で制した。
「記憶喪失とは言っても、正確には記憶欠落のようなものだ。
名前などは覚えていたのだからな。
サレス=クウォークスとは今の名で、管理神の時の名はサルバル・パトルという。
北天神や南天神というのは、本来は管理神の手足となって、
数多の分子世界を監視及び、異変があれば解決する役割をもった存在として、
創造神エト・カ・リファが作ったのだ」
「ま、当然だわな。分子世界を全部一人で管理なんてできる訳ねーもんな」
浩二が相槌を打つ。
「しかし、本来は管理神の駒として作られた筈であった彼等は……
やがて自我を持ち始め、南天神や北天神を名乗りだす。
それが、今の時間樹の流れを作る切っ掛けとなったのだ……」
「はぁ、なるほど……」
「記憶を欠落して彷徨っていた私は、やがて自我を持ち始めた神であるエトルやエデガ。
ヒメオラ等と知り合い……知的欲求から理想幹を探索する研究者となる」
「そこで以前に話してくれたヤツに繋がるんだな?」
「そのとおりだ」
望が、やっと全て理解したと言わんばかりに問いかけると、サレスは首を縦に振って頷く。
すると、ナルカナが疑問に思ったことをサレスに投げかけた。
「それじゃ、全ての記憶を取り戻したサレスとしては……これからどうするつもり?」
「そのままだ。それに、記憶を取り戻したと言っても、全てではない……
時間樹全体を揺るがすエト・カ・リファの鼓動を感じて、忘れていた記憶の一部がふと蘇っただけだ。
全ての記憶を取り戻したとしても、この時間樹を護りたいという想いは変わらんさ」
「本当にそうかしら?」
「信じてもらうしかないな。始めは強制されて連れてこられた場所だとしても……
ここでの生活、出会い、過ごした日々は、意義のあるものだったと思っている。
だから、この時間樹を護る為に戦う想いに、一片の曇りはないつもりだ」
同じく外界の出身だったと聞かされた望が、その通りだと言わんばかりに頷いている。
「ま、そう言う事ならあたしは一応信じるわ。斉藤浩二……あんたは?」
「サレスが裏でエト・カ・リファと繋がってるのなら、
ここで俺達にカミングアウトする事は百害あって一利ない。
それでも、この真実を話してくれたサレスを、俺は信じるよ」
「そう言ってくれると助かる」
サレスはそう言って微笑む。浩二はそんなサレスに苦笑を返した。
「仲間に裏切り者扱いされる事の辛さと悲しさは、知ってるからな……」
そう呟いて望を見る。彼はどうしたと言う顔で自分を見つめ返してきた。
「なぁ、望……」
「ん? 何だ、浩二」
自分が世刻望の事を親友だと思えるようになったのは、
精霊の世界でのアレが切っ掛けだろうなと思った。
「いや、おまえと友達になれて良かったと、ふと思ってな……」
「何だよ。突然……藪から棒に……」
「ハハハ!」
***************************
夕陽が沈みかけた頃。屋上に居た4人は階段を降りて厨房に向かった。
今夜は決起会という名目で、騒ぐことになったのが、昼の会議で決まったからである。
食堂から厨房に顔を覗かせると『天の箱舟』と『旅団』のメンバーが料理を作っていた。
「ねぇ、ソルラスカ。これって味はどういう風にするのー?」
「そんなものはおまえ、えーと……コレ。
醤油かソースってヤツをかけとけば、とりあえずは食えるモンになるさ」
「そうなの? じゃ―――」
「うわああああ! ダメ、ダメ! ダメだよルプトナ!
ポテトサラダに醤油とソースはダメーーー!
料理はできるのに、味付けだけが摩訶不思議な、沙月先輩の料理じゃないんだからーーー!」
「失礼ねぇ……私、ポテトサラダに醤油やソースはかけないわよ。
かけるなら、ワインビネガーに決まってるじゃない」
「それもダメーーーー!」
厨房は戦場だった。皆がノリで料理を作っている。
「……あ、おにーさん! 待ってました!」
「ん? どうしたユーフォリア」
「以前におにーさんが作ってくれた、ふわふわの卵焼き。
アレの作り方を教えてくれませんか?」
料理の出来る浩二は、さっそく連れて行かれた。
手を引っ張るユーフォリアに、浩二は手洗いと、エプロンぐらいつけさせてくれと言っている。
「うっわ、こんな楽しそうな催しをしてるなんて」
望の隣でナルカナが目を輝かせていた。
そして、キラキラと輝いた瞳と共にくるりと振り返る。
「望。私達も混ざろ?」
「……ああ」
差し出された手をとって、厨房と言う名の戦場に足を踏み入れる。
大切な仲間達と過ごす、楽しい時間。
そこには確かに自分とナルカナも座る席があって、一緒に笑いあっていられる。
このまま、時が止まればいいのに―――
そう思ったのは自分だけだろうか?
もしも、自分がこんな事を思ったと誰かに話したら、笑われるだろうか?
どうして、こんな事を思ったのかは解らない……
けれど、今日と言う日の記憶は胸に刻み付けておこうと思った。
大切な思い出として、無くしたくない記憶として―――
「……なぁ、オイ。この……とりあえず、刻んで、炒めて、
塩と胡椒を振っておけばいいんじゃね? と言うノリで作ったと思われる……
塩分大目で油ギタギタな肉野菜炒めは何だ?」
「……あ、それ作ったの、俺」
「やっぱりソルか」
ソルラスカは料理が一応できる。しかし、それは男の料理限定である。
「どうだ。俺の作った料理は! うめぇだろ?」
「あー……そうだな。メシのおかずにはなるよ。うん」
胸焼けしそうだけどとは言わずに、浩二はご飯と一緒に肉野菜炒めを口にする。
その横ではユーフォリアが、浩二に教えてもらいながら作った、
ふわふわな卵焼きをトーストと一緒に食べていた。
「んー。しあわせですー」
何とも安い幸せであった。
「サレス。もしかして貴方も何か作ったの?」
「ああ。手慰みにな」
「ど、どれですか! サレス様!」
ヤツィータが何気なく尋ねると、サレスは微笑みながら頷く。
それを聞いていたタリアが、慌てたように言った。
「アレだ」
その先には水筒である。中身はレモネード。
サレス=クウォークスが唯一作る事のできる飲み物である。
「どれ」
ヤツィータは一口飲んでみる。すると、普通に美味しかった。
同じくそれを飲んだタリアが両手と膝をついて落ち込んでいる。
「……ん? タリアはどうしたんだ?」
「さぁ、貴方でさえ一品ぐらいは何か作れるのに、
自分が作ったのがアレだから……ショックをうけてるんじゃない?」
指差した先にあるアレは、言葉に表せないような存在感を醸し出した物体Xであった。
「気にするな。タリア……私とて、料理が得意な訳では無い。
これだって、浩二に分量のレシピを書いて貰って、やっとできるようになったのだ。
飲み物の一つぐらいが作れる程度の私と比べたら、おまえが作った料理の方が―――うぐっ!」
―――バタン!
「サレスーーーー!」
「きゃーーー! サレス様ーーーーっ!」
数十対のミニオンの魔法攻撃の集中砲火を食らっても、倒れなかったサレスが、
タリアの作った料理と言う名の物体Xを食べると同時にぶっ倒れた。
そのまま部屋の隅に連れて行かれて寝かされる。
笑ってはいけないと思うのだが、浩二は少しだけ笑った。
「ふうっ、美味しかったですー」
「―――!?」
浩二の横で、ユーフォリアが満足そうな声をあげていた。
見ると卵焼きが全部消えている。それを見た浩二は目が点になっていた。
「……ぜ、全部食ったのか?」
「はい。美味しかったです」
「俺……二十個は作った筈だが?」
ユーフォリアがコレを好きだから、彼女の分としては3個を予定していたのに、
気がつけば全部食べられていた。
「……あれ? 卵焼きは?」
「コレ」
ナルカナがやってくる。しかし、浩二が指をさした先にはただの皿。
「あのっ、私! 飲み物とってきます!」
「まてい!」
ユーフォリアは逃げ出そうとするが、回り込まれた。
「あ・ん・たねぇ~~っ。私もアレ好きなのを知っていながら……
一人で食ぁべーたーだぁ~~? いい度胸してるじゃない。ユーフィー」
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい。
私の前に置いてあったから、私の分だと思ったんです~~! むぎゅ!」
ナルカナに頬を引っ張られてユーフォリアは涙目だ。
「ふ、ふにー。お、おにーひゃん。たるけれくらひゃいー」
「まぁまぁ、落ち着けナルカナ。子供のした事じゃないか」
「じゃあ、大人の貴方が責任とって、私の分の卵焼きを用意しなさい!」
「はいはい。わーったよ」
別に俺も大人では無いのだがなぁと思いながら、浩二は厨房に向かう。
ナルカナは、自分の分が作りたてで出てくるなら、
まぁいいだろうとユーフォリアを開放するのだった。
「いたたた……うーっ、ほっぺが真っ赤になってます……」
ジンジンと痛む頬をさするユーフォアリア。
その時、浩二が厨房からヒョイと顔を出した。
「すまん。ナルカナ。卵もうねーわ」
「なんですってーーーーー!」
ナルカナはキッとユーフォリアを見る。
ユーフォリアはヒッと言って肩をびくつかせる。
「………と言うのは嘘だ。ハハハ」
「チッ。命拾いしたわね。ユーフィー」
「フーーーーッ。し、心臓に悪い冗談です……おにーさん」
「……あ、でも山芋がねーや。おーい普通の卵焼きでもいいかー?」
「―――っ!」
「まてっ!」
ダッと駆け出すユーフォリア。ナルカナがそれを追う。
二人とも食堂を飛び出していった。
「浩二くん。浩二くん」
「ん? どうした希美?」
「山芋なら、冷蔵庫にまだあるんじゃないかなぁ?」
話を聞いていたらしい希美が、厨房の浩二に言葉をかける。
「え? そうなの……あ、ほんとだ。あった」
「でしょ?」
ニッコリと笑う希美。彼女が微笑んでそう言うのと、
二階から「アーーーッ! らめーーー!」という声が聞こえてきたのは同時であった。
「………聞かなかった事にしようぜ? 希美。
俺は何事も無かったかのように卵焼きを作るから」
「………そうだね。私も、何事もなかったように、
望ちゃんにおかわりを頼まれたハンバーグを焼くよ」
ひげを取った卵をボウルにいれてかき回せ始める浩二と、
挽肉を丸めたモノの空気抜きを始める希美。
「…………」
「…………」
「大丈夫! 俺は何も聞いてない! おそらくは永遠神剣シリーズ第三作品目の
メインヒロインを張るだろう少女は綺麗なままさ!」
「浩二くんが何を言ってるのか、さっぱり解らないけど……私もそう思うよ!」
「だよな!」
「うん!」
「……なぁ、今何か上の階からユーフィーの声が―――」
「地獄突きっ!」
「―――うぐっ!」
厨房に顔を出した望に、問答無用で地獄突きをくらわせる浩二。
喉に手刀をくらって、がくっと崩れ落ちる望。
「な、なぜ……」
「……望。今のはNGシーンだ……おまえは何も聞いていない。わかったな?」
「……お、おう……よく解らないけど、わかった……」
楽しい時間は、あっと言う間に過ぎていくのだった。
**************************
決起会と言う名の馬鹿騒ぎが終わると、世刻望はナルカナを伴って屋上に上がった。
見上げた夜空には満天の星―――
世界の滅びがまじかに迫っているとは思えないほどに、穏やかな夜であった。
「楽しかったね。宴会……」
「ああ。凄く楽しかった」
「……ねぇ、望?」
「ん?」
空を見ていた望は、視線を落として隣に佇むナルカナを見た。
「ジルオルが言ってた事だけど……アレ。無視してかまわないから」
「おまえの面倒を見るってヤツ?」
「そう」
こくりと頷いて微笑むナルカナ。
望には、その笑顔は今にも消えてしまいそうなくらいに儚く見えた。
「私のマスターになると言う事は……今の自分を全て捨て去ると言う事。
私と同じ……ナル存在として、永遠を生きると言う事に他ならない」
「…………」
「永遠を生きる存在なら、エターナルも同じだけど……エターナルはマナ存在。
他にも仲間は多くいるから、一人ぼっちと言う事はないわ。でも―――」
ナルカナは違う。
彼女はナル存在。マナを食い、ナルという別のエネルギーに変えて活動する、
たった一人のナル存在である。
そして、彼女のマスターになる事は、自分もナル存在になると言う事であった。
「私が『聖威』やローガスに、この時間樹に封印される事になったのはその為……
マナを食らう存在である私は、この大宇宙にとって危険因子であると判断されたの」
ナル存在は、マナを食らうという特性ゆえに、マナ存在である永遠神剣マスターとは交われない。
歩み寄ることで距離が短くなる事はできても、重なる事はできないのだ。
つまり、ナルカナのマスターとなり、ナル存在になるという道は、
広い宇宙の中でナルカナだけを友とし、ナルカナだけを相棒として、ナルカナと二人で歩む道である。
そんな孤独の中に望を引きずり込みたくはないと思う。
自分が、今までどうり一人でありさえすればいいのだ。
それでも時にはこうやって、人の温かさを感じられる距離にまで近づける事もある。
人は踊る。カミサマを祭り上げて人は踊る。手を繋いで輪になって、火を囲んで笑顔で踊る。
それは楽しい時間。一人ぼっちのカミサマが、沢山の人間と手を繋いで踊る事のできる特別な日。
けれど、祭りが終わったら……カミサマは祠に帰らなければいけない。
祭りの炎が消え去って、家路につく人達を見送りながら、また祠の中に戻るのだ。
何故ならカミサマは、神という存在であって人では無いのだから。
「だから……さ。望は無理しなくてもいいよ。
あたしは一人でもやっていけるから……今までも、そうやって来たんだから……
だから、無理して私の持ち主になんて……ならなくていいよ」
「でも―――」
「でもは無し。コレ……ジルオルに言われなかった?」
「……言われた。てか、何で知ってるんだよ……」
「ふっふーん。それを仕込んだのはあたしだからねー」
ナルカナはそう言って笑う。しかし、やはり何処か寂しそうだと望は思った。
「きっと、エト・カ・リファなんて、あたしを握らなくても勝てるわよ。
『天の箱舟』の皆に『旅団』のメンバーもいるしね」
「ナルカナ……」
「あたしも、化身としては戦うから。だから―――」
「ナルカナっ!!!」
「―――っ!」
自虐的に喋るナルカナを、望は怒鳴り声で黙らせた。
「……一人でいいなんて……そんな悲しい事を言うなよ」
「だって仕方ないじゃない! あたしは魔剣なのよ?
マスターを一人きりにするサガを背負った魔剣!
それとも何? 望は捨てられるの? 今までの自分、友達、仲間……
全部、ぜーんぶ捨て去って! あたしのマスターになってくれるの?」
「なってやるさ!」
「できないでしょ! できないくせに―――え?」
「おまえが魔剣だって? 誰が決めたんだよ。何で決め付けるんだよ!」
望は叫びながら自分が熱くなっているのを感じていた。
そして、今のナルカナに腹を立てている事も。
「あんたね。あたしの説明を全っ然! 聞いてなかったでしょ!
あたしはナルの化身なの! だからマナ存在である者達とはいられないの!」
「聞いてたよ! 理解もした! けど、納得できないんだよ!」
「何が―――」
「絶対なんか無いんだ! 共存の道が無いなんて諦めるな!
俺がそれを探してやる。一緒になって探してやる。
……でも、俺は諦めないからな。ナルを制御する力を見つけて、みんなの所に帰る!
その時は、ナルカナも一緒だ。きっと出来るさ」
望はそこで一旦言葉を切り、すっと息を吸い込む。
親友の顔を思い出して、借りるぜと心の中で呟きながら―――
「俺に出来ないことなんて無い!」
―――自信に満ちた表情と、確信に満ちた声で叫ぶのだった。
「―――ブッ」
噴き出すナルカナ。そして、お腹を押さえて笑い続ける。
「アハハハハ。なにそれ? 斉藤浩二の真似?
ちょ、似すぎててウケルんだけど……根拠の無いところとか……アハハハハ!」
望はないっと言い切ったポーズのまま固まっていた。
言ってから凄く恥ずかしくなったからだ。
そして、何の恥ずかしげも無くこんな大言を堂々と言える浩二は、
実はかなり大物なのでは無いだろうかと思う。あるいは大のつく馬鹿か。
「そっか、そっか……うん。うん。
そこまで言うなら、あたしも信じてみる事にするわ。マナ存在との共存の道……」
ポンポンと望の肩を叩くナルカナ。
その顔は笑顔であった。先ほどまでの陰りはそこに無い。
確証も根拠も無いけれど、未来を信じきった明るい顔。
「……ああ」
なるほど。これかと望は思う。
「それじゃ、尚更こんな所で躓けないわね。
外宇宙を飛び回り、ナルを制御する方法を見つけ出して、
あたし達はまた、ここに帰ってくるんだから」
ジルオルが見たかったのは―――
「よおおおっし、燃えてきたー! 絶対に勝つわよー! シュッ、シュッ!
エト・カ・リファなんて瞬殺して、返す刀でローガスをギタギタにしてやって、
『聖威』のアホをへし折って便器に流し込んでやるんだから! あたしと望で―――ね?」
きっと、この笑顔なのだろうと。
「ああ」
望は思う。みんなの事は、少しだけ待たせる事になるけど……
まずは、前世からの誓いを叶えさせて欲しいと。
自分が居なくても、帰る世界と仲間がいる彼女達と違い……
一人ぼっちのナルカナを、自分は見捨てる事なんてしたくないから。
だから、彼女がみんなと共にいられる身体になるまでは―――
「一緒に行こう、ナルカナ―――」
**************************
夜が明けた。ついに最終決戦の日である。
『天の箱舟』と『旅団』の神剣マスター達は、箱舟の敷地内にある広場に集結していた。
見送りにやって来た環や時深を始めとする『出雲』の人達に後の事を託す為である。
「それじゃみんな。後の事は頼むわよ」
「はい。ナルカナ様もお気をつけて……」
「お帰りを、いつまでもお待ちしております……」
ナルカナやサレスが出雲の人達と話している間。
浩二は薙刀の形となっている『反逆』を太陽にかざしていた。
「……浩二。おまえ、何をやってるんだ?」
そんな浩二にソルラスカが不思議そうな顔をする。
浩二はかざした薙刀を下ろすと、ソルラスカに苦笑して見せた。
「いや、今の俺達なら……手を伸ばせば、太陽だって落とせるんじゃないかと思ってな」
「あっきれた。アンタ、何を馬鹿な事を言ってるのよ」
タリアが肩を竦めて言う。ソルラスカは考え込むような仕草をした。
「太陽を落とす……か」
「ん? どうした?」
「いいじゃん。ソレ。みんなでやろうぜ!」
「はぁ!?」
名案だと言わんばかりの顔をすると、ソルラスカは『天の箱舟』と『旅団』のメンバーを集めた。
そして、みんなで誓いを立てようと言う。
神剣を掲げ、太陽ならぬ神を落とし、この時間樹を人の手に取り戻すのだと、
そう誓おうぜと、真剣な表情で皆に言うのだった。
「……何だよ、その体育会系なノリは……」
「あら? いいんじゃない。せっかくだし気合を入れる為にもやりましょうよ」
「誓い……ですか。いい響きですね」
浩二は肩を竦めるが、皆はどうやらソルラスカの提案に賛成のようだ。
まぁ、いいかと思った。最も『天の箱舟』の結成時に、自分が同じような事を促したら、
見事に外してくれた、我等がリーダーがやれればの話だが。
「そう言う事なら―――」
望はそう言って双剣を重ね合わせた。
そして、一振りの大剣となった『黎明』を天に掲げる。
「お、望くんはそういう趣向できたか」
それを見た沙月が、望の隣に並んで光の剣を天に翳す。
望を中心に『天の箱舟』と『旅団』のマスター達がVの字に並び、それぞれの神剣を天に翳した。
「へへっ、こう言うの……なんか燃えるよな」
ソルラスカがそう言うと、タリアが溜息をついて嗜める。
しかし、そんな事を言う彼女もしっかりと神剣を掲げており、
それをヤツィータに指摘されて赤くなっていた。
「ううっ、ボクも武器があればサマになったのになぁ……」
「何言ってるのよ。それを言ったらあたしもよ」
ルプトナとナルカナは手を掲げている。
「う~む。神剣の無いナルカナはともかく、
ルプトナの神剣は靴だからなぁ……脱いで手に持ってみるとか?」
「それじゃボクがバカみたいじゃないのさ!」
浩二が笑いながら言うと、ルプトナが口を尖らせる。
「では、望―――頼むぞ」
「ああ!」
頃合を見計らってサレスが言うと、望がしっかりとした声で頷く。
天に向けて掲げられる神剣を見て、望はすっと目を閉じた。
「これは、世界を救うための戦いであると同時に、それぞれの大切なものを護る為の戦いだ。
無くしたくないもの、大切な人、護りたい場所……理由はそれぞれでいいと思う。
けれど、俺達の願いが行き着く場所はたった一つ―――」
閉じられていた目がくっと開かれる。
強い意志の宿った蒼い瞳は、爛々と輝いている。
「絶対なんてあるものか! 運命なんてクソ食らえだ!
俺達の願いは勝つ事! 勝って未来をこの手に掴むんだ!」
望がそう言った時、皆の声が揃い、神剣を中天に向けるのであった。
「「「「 おおーーーーっ!!! 」」」」