「……ありがとう。ものべー……
そして、ご苦労様……よく、がんばってくれたね……」
原初に辿り着いた。凄まじい揺れの次元振動の中……
強行軍でここまで運んでくれたものべーは、
仕事をやり終えたかのように一鳴きして、希美の神剣『清浄』の中に戻る。
「ぼえ~~」
片道だけでも行けるかどうかは賭けである。
サレスがそう言った意味が、骨身に染みて解るほど精霊回廊には嵐が吹き荒れていたのである。
ものべーはその嵐の中を傷だらけになって進んでくれたのだった。
「みんな。ゴメン……
もう、ものべーは次元を渡る事はできないみたい……」
申し訳なさそうに希美は言うが、それも仕方のない事だろうと思う。
それぐらいに酷い揺れの中を進んできたのである。
ものべーがおらず、生身で来ようとしていたら、
誰一人として辿り着く事さえできなかったと思われる道のりだったのだ。
「いや、構わんよ。こうして、誰一人として欠ける事無く来れたのだ。
それだけでも、ものべーは良くやってくれた。後は我等に任せて休んでもらってくれ」
サレスがそう言うと、皆もその通りだと頷いて箱舟から外に出る。
「ここが原初……世界が始まった場所―――か」
外に出て、斉藤浩二が始めに呟いた言葉がそれであった。
夜空のような背景に、石造りの壁と床。所々に木の根が巻きついている。
壁と床には特殊な鉱石を用いているのか、薄ぼんやりと発光していた。
「夢に見た景色と同じだ……
ジルオルの記憶に残された光景とまるで変わらない」
「何だか、感慨深くなっちゃうわね」
初めてではない景色に、望とナルカナは感慨深そうに辺りを見つめている。
「さて、二人とも。あんまり懐かしがってもいられそうにないわよ」
沙月がそう言いながら神剣を抜いていた。
その視線の先には、以前に『天の箱舟』が出雲でナルカナに会うために挑んだ試練において、
倉橋時深がボスキャラとして配置した特別製のミニオン―――
エターナルアバターがこちらに歩いてくる姿があったからだ。
「原初においては、あれが兵士クラスか………フッ。先が思いやられるな」
絶が『暁天』の柄に手をかけながら言う。
「ま、ラストダンジョンならこんなモンだろ?」
「ダンジョンでは無いけどね」
浩二が薙刀を構えると、沙月が小さく笑う。
「始まりは俺と、希美と沙月先輩と絶の4人だったんだよなぁ……」
「まぁ、暁くんは敵になっちゃったんだけどね」
「悪かったよ」
望の言葉を希美が補足するように繋げると、絶は苦笑する。
「そして、そんな暁くんの穴を埋めるように、浩二くんが仲間になったんだよね」
「ああ。そういえば浩二って……最初メチャクチャ弱かったんだよなぁ……」
「馬鹿言うな。あれは俺が弱かったんじゃなくて、おまえ達が強すぎだったんだ。
俺の初期レベルが1なら、お前等の初期レベルは10ぐらいはあったぞ」
聞き捨てなら無いという風に浩二が言うと、皆が笑う。
「そして、そこにカティマが加わり……ルプトナ、ユーフォリアが加わって……
一つのコミュニティーを作る。それが『天の箱舟』……」
望の肩に座ったレーメが瞳を閉じながら思い出すように呟く。
「そこに暁くんが戻ってきて、希美ちゃんが抜けたりしたけど……
ナルカナやサレスが協力してくれて、希美ちゃんを取り戻すことが出来た」
沙月がレーメの言葉を繋ぐ。
「光をもたらすもの、理想幹神。その二つを倒したと思ったら、
新たなる敵。南天神がマナゴーレムや抗体兵器と共に現れた。
再開と別れ―――そして、新たな出会い……」
浩二が目を閉じながら呟く。
「そして、ついに正真正銘の神に挑む。
決戦は全ての始まりににして、終わりとなる場所―――
これが、この時間樹における俺達の物語の最終章だ!」
纏めるように望が言うと、皆は首を振って頷きあった。
ここまで来て負けるなんて、そんな事があってたまるものかと。
そして、世界を勝ち取り新しい物語を始めるのだと……
「行こう! 全ての決着をつける為に!」
「ここまで頑張って、ハッピーエンドじゃなければ嘘だもんね」
それぞれのツルギを手に、原初の奥深くへと少年達は駆けるのであった。
***************************
エターナルアバターを蹴散らしながら、原初の奥深く―――
創造神エト・カ・リファの元へと駆ける『天の箱舟』と『旅団』の永遠神剣マスター達。
その時。ふと巨大で禍々しい気配が迫っている事に気がついた。
「っ!? この感じ……」
「……何かが、近づいてきているな……」
ユーフォリアと絶が立ち止まり、そう呟く。
『マスター』
斉藤浩二の神剣。反永遠神剣『反逆』は、その気配が誰のものであるのか察していた。
それは、そのマスターである浩二も同じだったようで、凄惨な笑みを浮かべている。
「ククク……」
そう―――浩二は笑っていた。
まさかこんな所で出会えるとは思って居なかったからだ。
「ハハハハ―――」
ゆっくりと、ゆっくりと、近づいてくる。
「……あら? ちゃんとした人もいるのね?」
やってきたのは女であった。
真紅の長い髪。純白のマントを纏い、均整のとれた美しい裸体を惜しげもなく晒している女。
その女が『天の箱舟』と『旅団』の永遠神剣マスター達を見て、そう呟いた時―――
―――ダンッ!!!
凄まじい勢いで、斉藤浩二が薙刀を横に構えながら駆けていた。
一足飛びで瞬時に間合いを詰めると『反逆』を胴に向かって薙ぎ払う。
ビュオンッと風を切る音と共に、その刃は命中する事無く空を切る。
そこにあった女の姿は消えていた。
「はっ!」
しかし、浩二の攻撃は止まらない。次の瞬間には垂直に跳躍し空に浮かぶ。
薙刀は左手で持ちながら脇に挟み、右手に赤い魔法の輝きを灯していた。
やがて、少し離れた場所がブウンと歪む。
「―――そこだッ!」
そこに向かって浩二は重力波を放った。
「なっ!?」
出現地点に襲い掛かる重力の波。
女は、それに飲まれて白い壁に叩き付けれた。
浩二は壁にめり込んだ女の所へと飛んでいく。薙刀は反永遠神剣の波動を纏っていた。
「はああああああああっ!!!!」
そして、柱ごと両断するかの勢いで振り下ろす。
石柱を粉砕し、あるいは押しつぶしながら刃は女の頭上へと迫る。
ギィンと、金属がぶつかり合う音が響いた。
「―――アハ。痺れるわね……問答無用の攻撃なんて」
女は短刀を翳して浩二の薙刀を受け止めている。
浩二は、ギリッと歯を食いしばりながら女を睨みつけていた。
そのまま力比べになる。しかし、その瞬間に浩二は再び重力を制御して後ろの方に飛んでいた。
―――ガキンッ!!!
浩二がつい先ほどまで居た場所。
そこにギロチンでも落としたかのような音が響く。
女は、自分のソレが見破られた事に、おや? という顔をしていた。
「相変わらず、やっかいな攻撃だよ―――ソレは」
吐き捨てるように呟き、浩二は地面に着地する。
『天の箱舟』と『旅団』のメンバーは、
突然始まった攻防に、呆気にとられたような顔をしていた。
「……お、おい……浩二。ソイツは……」
望が、何とか気を取り直してそう呟くと、
浩二は女を睨みつけながら、視線も向けずに言葉だけで答える。
「アイツはエターナル……赦しのイャガ―――
まぁ、アレだ……俺を一度、殺してくれた、おっかねぇオネーサマだよ……」
「あら? 貴方、私を知ってるのね?」
「……知ってるか? だって……貴方、私を知っているのか―――だって?」
―――っ! ふざけんじゃねぇぞ!!! 何だその態度は! 忘れたか!
いや、タダの餌にしか過ぎない俺なんか、覚えてさえもいないのかッ!」
怒声と共に浩二の纏うマナが急速に膨れ上がる。
全身から赤く輝くマナと共に突風を放ちながら、薙刀の刃をイャガに向ける浩二。
凄まじい憎悪と怒りを籠めた視線であった。
「フフッ。凄い殺気………全身を貫く氷の刃のような視線……
どうやら私、相当恨まれることをしちゃったみたいね」
『マスター!』
「っ!? があああああッ!!!」
―――ガアンッ!!!
「な!?」
「浩二くん!」
イャガが笑みを浮かべながら喋った瞬間。
浩二は自分の頭を薙刀の柄の部分に叩きつけた。
「あ、痛ったぁ……いててて……あー痛ぇ……
ダメだなぁ、俺―――怒りで頭が真っ白になって、我を忘れる所だったよ……」
『感情に振り回される事無く、踏みとどまった事は褒めてあげますけど……
もうちょっとマシな立ち直り方はできなかったんですの?』
『反逆』が呆れたように言う。
「そう言ってやるな。アレほどの怒りの中で、
自分から冷静に戻れる人間は中々いないぞ?」
サレスが浩二をフォローするように、苦笑しながら前に出た。
そして、ポンと浩二の肩に手を置く。
「よく冷静になったな、浩二。それでいい……」
すれ違い様に、そう小さく呟いてサレスはイャガと対峙した。
「外部から来たエターナルよ。貴様の目的は何だ?」
「目的? そんなの決まってるじゃない。
ここに美味しい食事があるからやって来た。それ以外に何かあるの?」
「食事だと……」
「メインの前に、美味しそうな前菜が沢山あるなーと思って来たけど……
ふふふ。止めにしておくわ。そこの怖い目をした男の子が食べさせてくれそうにないものね……」
あくまでイャガの狙いはエト・カ・リファ。
メインディッシュを前に、前菜にしか過ぎない者達を食べるのに、
疲れるのも馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの態度であった。
「テメェ……」
「じゃあね。貴方達も死なないでいたら、後でデザートにしてあげるわ」
「まてよ、コノヤロウ!」
その呟きと共に空間が歪む。
浩二が大声で叫ぶが、その時にはイャガの姿は気配と共に消え去っているのであった。
***************************
「ふぅっ」
斉藤浩二は腰を下ろすと共に、ペットボトルの水を一息で飲み干した。
イャガとの交戦の後。エターナルアバターともう一度ぶつかり、
休めそうな場所があったので10分の小休止をとっているのである。
時計を見ると、原初に突入してより4時間が経っていた。
皆も、思い思いの場所で腰を下ろしながら水を飲んだり、
ブロックタイプの簡易食料を口に入れたりしている。
先はまだあるのだ。イャガがここに現れたのは予想外だったが、焦るまいと浩二は思った。
『皆さん。まだまだ元気ですわね。マスター』
反永遠神剣『反逆』が話しかけてくる。
浩二は、曖昧に頷きながらペットボトルを鞄に仕舞った。
「なんつーかさ……ヘンな感じだよ……俺」
『主戦力として温存されている事がですの?』
「ああ」
ここまでの行程。実は浩二は殆ど戦っていない。
彼と望。それにナルカナの三人は、対エト・カ・リファ戦までにマナを温存すると言う事が、
先日の作戦会議で決まっており、後方でフォローにまわっていたのである。
今まではこういう役目は望であった。
『天の箱舟』を結成してからの自分の役割は、先鋒かサポートのどちらかであったのだから。
だから、後先考えずに全力で突撃し、後は皆に任せるというパターンであったのに、
今回に限っては、自分がこうして温存されている事に違和感を感じているのである。
『まぁ、それだけマスターが強くなったと言う事ですわ』
そう言う『反逆』の声は嬉しそうであった。
―――原初の最深部。
「神の意思に、あくまで逆らうか……矮小なる者達よ」
その場所に一人で鎮座する人影は、目を閉じながらポツリと呟いた。
身に纏うのは純白の衣装。長く黒い帯を身体中に巻きつけている。
金色の直垂。金色の冠。首には天女が纏う様な羽衣を巻きつけている。
創造神エト・カ・リファ―――それが、この存在の名前であった。
黄金色の瞳は、ただ虚空を見つめている。
そして、透き通るような声で、忌々しいと言わんばかりに呟きながら天を仰いだ。
「好きに、させすぎたのかもしれぬな……」
サルバルが管理神としての務めを放棄した件も、ナルカナがジルオルを連れ出した件も、
分枝世界の監視者として配置した駒が、南天神や北天神と名乗り、
自らの欲望の為に動き始めた時も……エト・カ・リファはそれを見逃した。
その結果がこの有様である。
定めた秩序さえ犯し、時間樹を悪戯に疲弊させ、世界を混乱させる事になった。
まかせるべきではなかったのだ。全てを自らが管理し、秩序を保っていれば、
時間樹はこのような事にはならなかった。
「我もまた、甘い―――」
全てはその言葉に尽きる。情などを見せたために今の結果があるのだ。
ナルカナを苦しめる事が本意ではなかった。
彼女を時間樹という牢獄に置き、外部の世界に出さぬ事については了承すれども、
せめて、その牢獄の中では自由にさせてやろうという情から、この綻びは始まったのだ。
ナルカナの事が好きだった。
天真爛漫。天衣無縫。そんな言葉がぴたりと当てはまる彼女が自分には眩しかった。
そんな彼女が、あの『聖威』に逆らい、たった一人で戦いを始めた時は、
驚きと呆れと共に、ああ彼女らしいなと密かに笑ったものだった。
だからこそ、敗れ去った彼女を『聖威』がどうするか考えている所に、
自分が時間樹を作り、そこの監視者となる事を願い出たのである。
「我と共にありし眷属達よ……」
エト・カ・リファは虚空に向かってポツリと呟く。
「ナルカナと会ってくる。露払いをいたせ」
誰も居ない所に独り言のように呟いたその言葉であったが、やがて原初が大きく揺れる。
それが返事であるかのように。エト・カ・リファは小さく頷くと全身から閃光を放つ。
その光が消えた頃。エト・カ・リファの姿はそこに無かった。
「―――っ!?」
異変が起こった事に、一番最初に気づいたのは浩二であった。
浩二はメンバーの中で誰よりも早く、何かが迫っている事を感じたのだ。
ソレはとんでもなく巨大な気を放ち、流星のような速さで飛んできている。
その数二つ。たとえ一つであろうとも、星を砕きかねない凄まじいエネルギー。
それを感じた時。浩二は『反逆』の力を使って飛び上がっていた。
「浩二くん?」
「おい、斉藤……何を」
大気を震撼させる轟音。
その時になって、他のメンバーも迫り来る力に気づいたようで顔を上げる。
―――受け止めきれるのか?
浩二は、脳裏によぎった言葉を首振って否定する。
止めるのだ。止めなければ確実に全滅する。
例えるなら核ミサイルが二つ迫ってきているようなものなのだから。
「うおおおおおおおおおおっ!!!!」
浩二は雄叫びと共に、全てのマナを開放した。
全身を赤いオーラが包み、体を中心に竜巻が発生する。
睨みつけた。黒と青の流星。原初さえも吹き飛ばしかねない巨大な力。
見上げている。天の箱舟と旅団の仲間達。
今になって彼らも迫り来る力の塊に気づいたらしく、
慌てて魔法障壁を展開しようとしているようだが、今からでは到底間に合わない。
浩二が気づいた時から、アレを受け止める結界を張るには遅すぎたのだ。
だから彼は何も言わずに自分ひとりで飛び上がったのである。
「こんなものっ!」
叫ぶ浩二。全滅と言う言葉が頭を過ぎる。させないと心が叫んでいる。
焦りそうになる心を落ち着けて、斉藤浩二は小さく魔法の言葉を呟く。
「俺に……出来ない事は無い―――」
それは勇気の魔法。元の世界にある物部学園から始まり、
幾たびもの世界を乗り越えてなお、斉藤浩二を支え続ける最高の魔法。
―――止める。
この手に持った薙刀は反永遠神剣。永遠神剣の奇跡を霧散させるヒトのツルギ。
潰させるものか。希望を。世界を護る為の力を―――
浩二は空中で薙刀を横に振りかぶる。
心気を澄ませて目を閉じた。潮合が迫ってきている。
タイミングは見誤らない。薙刀は猛るような荒々しい波動を放っている。
気が近づいている。凄い速さで。大気を押しつぶすような唸りを放ちながら。
「こおおおおおおんんのおおおおおおおおっ!!!」
自らが放つ闘気の螺旋と、向かってくる巨大な力の気配が触れ合った時。
浩二は雄叫びをあげながら『反逆』の刃を横一文字に薙ぎ払った。
時間樹最強の神であるジルオルの放つ『浄戒』の一撃さえも消し去った、
反永遠神剣『反逆』の、理不尽なる暴威を自然に還す一撃を。
爆音。それと同時に爆風。
強大なマナがぶつかりあう事により発生した衝撃に、斉藤浩二の身体は吹き飛ばされる。
「―――ガハッ!」
吹き飛ばされた浩二は、叩きつけられるように地面に落ちた。
それと同時にドオンと音が鳴り響き、浩二が落ちた場所は巨大なクレバスのように陥没している。
「浩二くん!」
「浩二!」
「斉藤くん!」
地上にも伝わってきた爆風を耐え凌いだ仲間達が、浩二の所に駆け出そうとすると、
その瞬間。辺りを白い閃光が包んだ。
「ほう。あれを相殺する者がおるとはな……あくまで抗うか。貴様達……」
その声は、場に居る全員の身を凍らせた。
冷厳にして、全てを睥睨するかのような、良く通る声。
そこに現れたのは、神々しい気配を纏った存在―――
唯一にして絶対なる時間樹の神。
自らのマナを時間樹と融合させた……
全ての分子世界の生みの親である創造神が鎮座していた。
「エト・カ・リファ……」
ナルカナがその名を呼び、鋭い視線でエト・カ・リファを睨みつける。
「久しいな……ナルカナ」
名を呼ばれた創造神は、何の表情も読み取れないような醒めた瞳をナルカナに向けた。
ナルカナは右腕に魔力の輝きを灯している。
ソルラスカやスバル達『天の箱舟』と『旅団』の永遠神剣マスター達も、
それぞれの神剣を構えて戦闘態勢をとっていた。
「あいつが、みんなを苦しめようとしてるんだね……許さない!」
「悪いけど、今の世界を崩壊させる訳にはいかないわ」
「みんな……がんばって生きている。
辛くても、悲しい事があっても、一生懸命に毎日を生きている―――
それを、貴方が壊すというのなら、私はそれを許さない!」
ルプトナとタリアが、エト・カ・リファの後ろに素早く回りこみ、
希美が『清浄』を構えて槍の先を向ける。
「我と戦おうと言うのか……無駄な事を……
この世界は、定められし役割を全うする事が存在意義……
それを拒むという事は、この時間樹そのものを否定すると言う事。
一介の神風情が………
身を弁えず我の意思に逆らうだけでなく……
この神聖なる地に土足で乗り込んでくるとは、万死に値する!」
周りを10人以上の神剣マスターに囲まれたにも関わらず……
エト・カ・リファはまるで慌てるような様子は無く、ゆっくりと両腕を天に翳した。
それと同時に現れる一振りのツルギ。
永遠神剣第二位『星天』
人の腰の部分まである柄と、二メートル近い刀を持つ大剣。
否。もはや大剣どころではない。斬馬刀と呼んでもおかしくない大きさのツルギである。
「神を恐れぬ愚挙。身を弁えぬその所業……
創造神に逆らうことの罪……後悔しながら死んでゆけ!」
エト・カ・リファは、大剣を振りかざした。
それと同時に、エト・カ・リファを取り囲んでいた永遠神剣マスター達が膝をつく。
「ぐっ……なん、だ……コレは……」
「痛いっ……全身がバラバラになりそう……」
「これは―――」
その激痛。その苦痛。身体中の細胞が引きちぎられる様な痛みが望達を襲う。
脳髄にはガツン、ガツンと杭でも打ち込まれるような鈍痛が響いている。
「……滅び、か……」
暁絶には、この想像を越えた痛みの正体に覚えがあった。
その正体は『滅び』の神名。創造神エト・カ・リファは、全員にそれを刻み込んだのである。
「力が、入らない……」
「これが、ぐうっ……創造神の力だって……言うのかよ―――ッ!」
バタバタと倒れていく永遠神剣のマスター達。
それは一瞬の出来事であった。
遭遇してより、たった一度の刃を交えることなく勝敗は決したのである。
「……戒名―――自壊を定められし者……
それが貴様等の新しい定め……オリハルコンネームだ。
恐怖に震えながら、マナの海に還るがいい……」
―――死ねと。
ただ一言だけ死ねと。そうエト・カ・リファが言っただけで全滅であった。
立っているのはナルカナ一人である。
彼女は、目を見開いてこの悪夢のような光景を見ていた。
「嘘……嘘でしょ……っ! エト・カ・リファ! みんなを解放しなさい!」
「……やはり、オマエまでは管理できぬか……
分割されたとは言え、流石は叢雲の化身だな……」
「あんたね! さっさと戻さないと、ぶっ殺すわよ!」
「ナルカナ……おまえに主など必要無い……化身として生きるのだ。
次の世界にも、おまえの居場所は作ってやるから安心しろ」
「ふざけないでよ! 望は、あたしを握ってくれるって言った!
あたしのマスターになってくれるって……言ってくれたんだから!」
「………まぁ、言った、言わぬはどうでもいい……
だが、所詮おまえは呪われた魔剣―――
マナを食らうナルを振り撒き、世界に混沌を呼ぶ存在だ……」
「―――っ!」
エト・カ・リファの冷たい一言に、ナルカナは息を呑んだ。
「現に、この時間樹も今……修正不可能な歪みを抱えてしまっている。
理想幹に漂うナル化マナ―――引っ張り出してきたのはエトルであろうが、原因はおまえだ。
おまえは……マナ世界にとっては異物。
いや病原体でしかないナルを、この世界に持ち込んでいるのだぞ?」
冷笑を浮かべながら『星天』の切っ先を、ナルカナに向けるエト・カ・リファ。
「存在するだけで罪である存在。それがおまえだ。ナルカナ………
幸せを願う事が罪だとは言わぬ……だが、おまえが主を得ると言う事は……
オマエ以外の誰も幸せにならぬ!」
「……くっ……」
ナルカナは何も言い返せずに唇を噛むだけであった。
昨夜。世刻望により、二人で幸せになれる未来を追いかけようと約束したが、
それがどれ程に、低い確率の可能性であるかをナルカナは理解している。
だが、エト・カ・リファが今言っている事は、ナルカナ自身が長年そうだと思い込んでいた事なのだ。
確かに昨日は、望のおかげで明るい未来を信じられた。
しかし、今まで思い込んでいた事が完全に拭い去れた訳ではないのだ。
「……私、は……」
傷だらけだったナルカナの心。
幾百星霜の時を生きてきて、世刻望と出会う事により……
やっと張られた薄い瘡蓋が剥がれようとしている。
しかし―――
「……決め付ける……な」
再び心を閉ざそうとする少女を見て、少年は立ち上がった。
「……望!?」
少年は、剣を地面に突き立てて創造神を睨みつける。
「決め付けるなよ……ふざけるな……
ナルカナ、が―――生きているだけで不幸を……呼ぶ、存在だって?
ナルカナの幸せ、は……自分以外、誰も幸せにしない……だって?」
一言。一言。噛み締めるように世刻望は口にする。
突き刺した『黎明』を引き抜いた。そして、ナルカナに刃を向けるエト・カ・リファに、
更に自分がツルギを突きつけてやる。
「ハハッ―――いま、おまえ……自分が、絶対ではないって……
自分で証明したよな? カミサマだって間違いはあると―――自分で、言ったんだ」
「……我が……間違いを言っただと?」
無表情であったエト・カ・リファの眉がピクリと動く。
望は、鈍痛と激痛に堪えながら、無理矢理に笑い顔を作った。
笑え。笑ってやれ。今、笑ってやらないでいつ笑うのだと、口元をニッと歪ませる。
「だって、そうだろ? おまえ……今、ナルカナの幸せは、
彼女だけの……幸せだって言ったじゃないか……」
「それの何処が間違っている、現にナルは―――」
エト・カ・リファがそう言った時。
望は出せる限りのありったけの大声を張り上げた。
「俺が幸せだ! ナルカナが幸せになれば、俺も幸せだ!
本人以外にもナルカナの幸せで、幸福になれる人間が一人いるだろうが!
ふざけた事を言ってるんじゃねぇよ! 何でもかんでも決め付けるな!」
「―――ッ!」
しっかりと―――
痛いだろうに、苦しいだろうに、しっかりとした口調でそう叫ぶ望。
涙が出そうになった。今すぐ彼の胸に飛び込んで泣きたいとナルカナは思った。
望は立っている。滅びの神名を刻まれて、崩壊寸前の体を気力で支えながら立ち続けている。
「……望……望……っ……」
ナルカナの頬を涙が伝う。
世刻望は立っている。目の焦点は合っていない。もはや、何も見えていないだろう。
―――でも、立っている。
まるで、ここで倒れたら自分の言ったことが間違いだと認めてしまうと言う様に。
「…………」
エト・カ・リファは無言でその姿を見つめた。
創造神である自分から、滅びの神名を直接刻まれたにも関わらず、
これだけの気合を発した存在を、微かな感心の篭った目で見つめている。
「……時として、ヒトは神の思惑を超えた事をやってのける……か。
まぁ、いい……その気概に免じて、今の貴様の無礼には目をつぶってやる……」
フッと溜息をついてエト・カ・リファは身を翻す。
全ては、もう終わった事だと言わんばかりに。
「ナルカナ……おまえはそこで、新たなる世界の誕生を見ているがいい……
安心しろ。先にも言ったが、新世界にもおまえの居場所は作ってやる。
そこで、与えられた自由だけを受け入れて静かに暮らせ……最も―――」
首だけ後ろに向けるエト・カ・リファ。
俯いて世刻望の前に立っているナルカナを一瞥する。
「その幸福を理解できぬと言うのなら、この先に来るがよい。
その時は、我が直接に引導を渡してやる……」
最後にそう呟いて光の中に消えていくエト・カ・リファ。
後には、立ち尽くす世刻望と俯いたままのナルカナ。
そして、神の前に敗れ去り……
倒れ伏す『天の箱舟』と『旅団』のメンバーが残るのであった。
「…………」
エト・カ・リファが去ってよりしばらく経った後。
ナルカナは俯いていた顔をゆっくりとあげた。
「ナルカナ……だめじゃ。行くな、一人では……」
彼女の顔を見て、何を考えているのか察したナーヤが倒れながら止めるが、
ナルカナは笑みを向けて顔を横に振る。
「ごめんね。みんな……今、ここで……
みんなが倒れているのは、きっと私のせい。
私が、もっとしっかりしてたら、こんな事には………
そもそも、初期化なんてされなかったと思うの……」
そう言って、倒れ伏している仲間達に一人ずつ手を置いていく。
「だから、後は全部……私がやる。安心して。初期化なんてさせないわ。
私が、この時間樹―――ううん。大好きな貴方達を護るから……
……だから、みんなはここで眠っていて……ね?」
ナルカナが手を当てた者達は、苦しみが止まったかのように安らかな顔になって眠りにつく。
まるで、時を止めてしまったかのような深い眠りに……
「みんなは、それを出迎えてほしい……
エト・カ・リファのヤツを倒して、時間樹の初期化を止めて……
帰って来た私に、ただ一言……おかえり―――って、
それだけを言ってくれれば、それだけで私は報われるから」
優しい声でそう言いながら、宝物を慈しむ様に一人一人に手を当てていく。
そして最後に、今だ立ち尽くす望の前に立った。
その目は最早、焦点が会っておらず何も写していない。
「望……」
ナルカナは、正面からその体を抱きしめた。
その温もりを忘れぬように、この温もりがあれば、自分は誰にも負けぬから。
そんな事を思いながら望を抱きしめる。
そして、最後に望の開いたままの目を掌を当てて閉じさせるとキスをした。
ナルカナは、力が抜けたようになる望を抱きとめて、そっと横たわらせる。
「……私……やっぱり、望とは一緒にいられない……
……でも、私……貴方の為に戦うね……
貴方が護ろうとした世界を、救うから……」
世刻望は眠っている。
ナルカナは、その安らかな顔にデコピンをぺちっと食らわせる。
「このナルカナ様を泣かせるなんて、ホント……罪深いヤツ。
本来なら八つ裂きの刑に値する事よ?」
そう呟いて、小さく笑うナルカナ。その笑みの後にはいつもの彼女の笑顔。
太陽を思わせるような明るい笑みを、眠っている望に向けると、
もう一度だけ唇を触れさせるだけのキスをした。
「………でも、許してあげる。こんなの望だけ何だからね?
さっきの言葉……嬉しかった。それだけで、他は何も要らないと思えるぐらいに……」
唇を離し、ナルカナは立ち上がる。
「大好きだよ……望……」
最後にそう告げると、彼女は身を翻して原初の奥へと走っていくのだった。