「……で、そのエヴォリアさんとやらが俺に何のようだ?」
浩二は、いつ攻撃されても対応できるように全身に気を張り巡らせながら、
エヴォリアと名乗った少女に話しかける。
「言ったでしょ? あそこが貴方の居場所でないのなら、私達と一緒にこない?」
「……俺も男だ。アンタのような美女のお誘いなら話ぐらい聞いてみてもいいが、後ろの男は何だ?
街頭のキャッチセールスだって、そんな厳つい男が出てくるのは後からだぜ?」
「ああ。彼なら気にしなくていいわ。
耳もないし、口もない……置物がそこにあると思って貰えれば」
「置物……ね」
オマエが一人であれば話を聞いてやるから、後ろの男は帰らせろと浩二は言ったつもりだが、
エヴォリアは男を下がらせるつもりは無いようだ。
「なら、それでもいい。話しを聞こうじゃないか」
「フフッ。そう言ってくれて嬉しいわ」
交渉で一人減るなら儲けモノ。それができぬとしても話をしたいと言うなら浩二は聞くつもりであった。
何故なら、時間が経つほどに自分は有利。
自分が部屋を抜け出した事に気づき、望や沙月が探しにくるかもしれないからだ。
「率直に言って、私達―――光をもたらす者は、才能のある存在を求めているの。
そして、その力を糾合して世界をあるべき形に戻す為に活動をしているわ」
「さっぱり意味がわからんな。才能のある存在というのはどういう意味だ?
世界をあるべき形に戻すだって? ならアンタは、今の世界が間違ってるって言うのかよ?」
「才能のある者とは、すなわち永遠神剣のマスター。
世界をあるべき形に戻すと言う事については、貴方が言ったとおりよ」
「だから、その世界のあるべき形とやらについて詳しく教え―――」
「それは、貴方が私たちの仲間になると了承してくれなければ言えないわ」
浩二は心の中で舌打ちをする。
それでは、結局のところ有無を言わさず仲間になれと言ってるのと同じではないか。
こんなのは交渉ではない。脅しだ。そう思うと、浩二の心がざわりと波をたてる。
「目的は教えぬ。されど仲間にはなれと言う。
そんな説得でホイホイとアンタ達について行く様な馬鹿が居ると思ってるのか?」
「……まぁ、そうね。だからまずは一つだけ―――
貴方が私達の仲間になった時のメリットを教えてあげる」
「フム。アンタの身体を好きにして良いとか? フム。それなら」
「永遠神剣を用意してあげる。
今、貴方が持ってるような貧弱極まりない物ではなく、もっと強力な永遠神剣を」
浩二の軽口をさらりとかわして言うエヴォリア。
これで少しでもムッとしてくれるようなら、心理戦に持ち込めると思ったが無理のようだ。
「そしてもう一つ。ミニオンを使役する力。これを貴方に贈らせてもらうわ」
「ほう……神剣にミニオンを使役する力、ね……」
悪くは無い条件である。強い神剣に、ミニオンを操れる能力。
この二つがあれば、元の世界で世界征服だってできるだろう。
「それは、魅力的な条件だ。だが一つ質問がある。
アンタもお察しのとおり、俺は弱いとは言え永遠神剣を一本持っている。
永遠神剣は何本も持てるものなのか?」
「無理ね。けれど貴方なら持てる筈よ」
「ほほう。それはまた驚きだ。何だ? あれか?
俺は選ばれし者だからとか、特別だからとか、そういうアレか?」
もしもそうなのだとしたら、かなり凄いヤツじゃないかと自嘲する浩二。
しかし、次のエヴォリアの言葉で、その幻想は儚く散った。
「貴方が今持ってるソレ―――永遠神剣では無いもの。
だから、貴方は永遠神剣を持つことができるわ」
「ええ!?」
慌てて『最弱』を見る浩二。しかし『最弱』は黙して何も語らなかった。
「どうやって作ったのか、どこで作られたモノであるのかは解らない。
けれど、その永遠神剣モドキが本物の永遠神剣では無い事は確かよ?
それは、貴方が神剣による干渉をまったく受けていない事から解るわ」
「おいおい、勝手に決め付けるなよ。
コイツが人様に干渉するほど強くないからかもしれんだろ?」
「確かに、永遠神剣の強さもピンからキリまであるわ。
けれど、どんなに弱くても『ゼロ』なんてありえない」
「―――くっ! だからどうした!」
浩二の理性がやばいと警告を発している。
このまま会話を続ければ、自分はこの女に取り込まれる。
「……貴方だって、できるなら本物が欲しいでしょう?
そんな偽者の神剣では無く、他者を圧する本物の永遠神剣が……」
エヴォリアの声は心地のいい、ぬるま湯のようである。
あるいは精神を安らかにする香のよう。
そんな、人を惑わせる響きがこの女の言葉にはある。
浩二はそれをふり飛ばすように首をブンブンと横に振った。
「オーケー。信じよう。俺の『最弱』は永遠神剣のパチモンだ。
けれど、アンタの仲間になるかならないかは、少しだけ考えさせてくれないか?
俺にも一応立場があるんで、いきなり答えは出せない」
「そうね……なら、次に出会うときまでに考えておいて。
きっと、私達はもう一度出会うことになると思うから……」
「―――その必要は無い」
エヴォリアの言葉を遮るように、今まで一歩下がって沈黙を護っていた男が声を上げた。
背中の槍を引き抜き、ズンズンと浩二の方に歩いてくる。
「光をもたらす者に、このような弱者は不用。この場で引導を渡してくれる」
「ベルバルザード!」
「エヴォリア。何の酔狂か知らんが、神剣の遣い手でさえない者を仲間に引き入れてどうする。
弱者など仲間に引き入れても、我等の足を引っ張るだけ。
戦場において、無能な味方は、敵の名将以上に厄介だと知らぬオマエではなかろう」
ブウンと、槍の一振りで凄まじい風圧を地面に叩きつけるベルバルザード。
「死ね。弱き者よ!!!」
そして、吐き捨てるようにそう言うと、ダンッと地面を踏み抜くように蹴り、
浩二の眼前に迫ると、頭蓋から両断せんとばかりに槍を振り下ろした。
「―――わちっ!」
転がるように横に跳び、斬撃を回避する浩二。
ベルバルザードが槍を振り下ろした場所は、轟音と共に大きなクレバスとなり、
地面の土やら小石が四方に弾け飛んだ。
「っつ~~。やっぱり、このままバイバイとはいかねぇか!」
『相棒! この化け物、ミニオンとは段違いどころか桁違いやで!
正面から戦って適うモンじゃありまへんねん!』
「解ってる!」
『最弱』の言葉に叫んで返し、背中を向けると一目散に逃走する浩二。
永遠神剣の肉体強化を施し、森の中を全力で逃げるのだが、
ベルバルザードはその巨体からは信じられぬ速さで追いかけてくる。
「貴様ッ! 刃を一合も交える事無く逃げるか!」
『……後ろでなんか言っとるで、相棒』
「俺の『コレ』が刃に見えるのかよ。バーロー! 眼科行って来い!」
ベルバルザードが繰り出す槍の一撃が、何度か旋風となって浩二を襲う。
しかし、浩二はそれらをかわしながら走り続けていた。
『相棒。村には戻らんのかいな? 一人ではこの化け物を倒せんでも、
世刻や斑鳩女史、永峰女史と力を合わせれば、何とかなるかもしれませんで?』
(阿呆。今、村には世刻達だけじゃなく、学園の皆だっているんだぞ。
そこにこんな化け物つれて帰れるか!)
心の声で『最弱』と対話しながら、浩二は夜の森を駈ける。
顔をあげると月。木々の隙間から、淡い光を放ち自分を見下ろしている。
『ならどうすんねん! 振り切れる自信でもあるんでっか?』
(そうだなぁ……このままじゃジリ貧だよなぁ……でも―――)
思えばあの時も、そうだった。初めてミニオンが学園に現れた日。
自分よりも圧倒的に強き者に追われながら、こうして月の光を見た。
始めこそ暴威に怯み、脅えたものの、いざ事が始まってしまえば震えは収まった。
―――死ぬ気がしない。
根拠は無いのだが、そう確信していた自分。
―――そうだ。そうだった。
よく考えてみれば今だってそうじゃないか。
ベルバルザードという敵は、自分よりも何倍、何十倍も強いと解ってるのに、死ぬ気がわいてこない。
「ハハッ―――」
故に、笑みがこぼれる。
故に、口元が上に釣りあがる。
脳内ではドーパミンがどばどばと作られている。
口の中はアドレナリンで一杯だ。向けられる殺意が心地よい。
―――俺は、今、生きている。
「ハハハハ!!!」
『相棒!?』
木の横を通り抜ける瞬間。浩二は開いている左手を木に叩き付けた。
そして、神剣で強化された握力で握り締めると、ぐるりと180度方向を変える。
「やってやんよ! このデカブツがぁああああああ!!!
ご大層な鎧を身に着けて、槍なんか振り回しやがって!
生まれてくる時代を間違えてんじゃねぇよ!」
「―――ムッ!」
逃げていた浩二が、何を思ったのか突然反転して自分に向かってくる。
ベルバルザードは、迎撃するべく槍の持ち方を変えた。
「ハッハー! くらえやああああああ!!」
とび蹴り。加速の力も加えて飛んで来る。
打ち落とすのは間に合いそうも無い。ならば防御。
ベルバルザードは、槍で浩二の蹴りを受け止める。
「ふんっ!」
浩二の加速と体重を加えた浩二の跳び蹴りを槍で受け止めたベルバルザードは、
若干後ろに押されながらも、その剛力で押し返す。浩二は空中に放り投げられた。
「おっと!」
浮き上げられる形となった浩二は、空中で二度回転して大地に立つ。
ベルバルザードは、先程とは打って変わって嬉しそうな声で言った。
「ククッ。思ったよりはやるでは無いか……
……その目。その機転。先程までの無様は演技か?」
「さてな。だが、逃げるのはもうやめだ! 死ぬ気がしねぇんだよ。
オマエ如きが相手じゃ、ちっとも死ぬとは思えねぇ……
ならば怯える理由が何処にある。オマエじゃ、俺を、殺せない―――」
「―――フハッ、ハハハハハハ!!!!
よくぞ吼えた。小僧! ならば我が力……とくと見るがいい!!」
************
「ガリオパルサ!!」
ベルバルザードは、己が神獣の名を告げると、彼の背後には赤い巨体のドラゴンが現れた。
永遠神剣・第六位『重圧』の神獣ガリオパルサ。
それは『暴君』の異名をとる、獰猛で凶暴なレッドドラゴンである。
ギョロリと飛び出た瞳は、全てを見据える幻獣の王の如く見開かれ、
並の剣では傷一つつける事も不可能であろう鱗が、月明かりに照らされぬらりと輝いている。
全てを飲み込んでしまいそうな口は大きく開かれ、
岩をも砕いてしまいそうなアギトが恐怖を振りまいている。
そんな、恐怖の塊のようなベルバルザードの神獣を見て、浩二は―――
「―――ハハッ」
―――笑った。
「ドラゴンだってよ。オイ! これぞファンタジー!
これぞ、剣と魔法の物語。俺は今、すげーいい体験してるぜ!」
「……………」
テンションのギアがトップに入っている浩二は、ドラゴンを前にして破顔する。
歴戦の勇士であり、幾多もの強敵と戦ってきたベルバルザードであるが、
己の神獣を出した時、恐れられたり、負けるものかと奮い立たれたりした事は数あるが、
喜ばれたのは初めてだ。
「そんなドラゴンに立ち向かう勇者―――俺ッ!!!」
そして突っ込んでくる。
ガリオパルサが腕を振り下ろすが、それを掻い潜って向かってくる。
蹴りがきた。神剣の力を上乗せして放たれる蹴りが。
ベルバルザードは、そんなものは防御する必要は無しと、懐に飛び込んできた浩二に石突をくらわせる。
「がはっ!」
吹き飛ぶ浩二。しかし、浩二は転がっている途中で立ち上がり、もう一度同じように向かってくる。
ベルバルザードはそれに合わせる様に槍を横薙ぎに払った。
「でいっ!」
浩二はそれをスライディングでかわす。
そのまま股下を通り抜け様に、男の急所にパンチを放つ。
普通ならば悶絶ものであろうが、ベルバルザードはダメージを受けた様子も無く、
振り向き様に槍を振り下ろして来た。
「おっと!」
その斬撃を避けるために、手を突いて横に転がる浩二。
「人体の急所など!」
「うほっ!」
―――ザクンッ!
「永遠神剣のマスターには!」
「うひょ!」
―――ザクンッ!
「通用せぬわ!」
「―――っ!」
転がる浩二を刺し貫こうと、ベルバルザードは槍を突き立てるが、浩二は転がり続けてそれを避ける。
しかし、最後の突きは浩二を刺し貫くのではなく、
進行方向を塞ぐためにわざと前方に突き出されたので、
浩二の動きは地面に突き立った槍にぶつかって止められた。
「……手こずらせてくれおって、雑魚が!」
「ぐっ!」
襟首を掴まれて引き起こされる。こうなっては浩二は避ける事ができない。
しかし、この体制になる事こそが浩二の狙いであった。
「……ううっ……いつ、だったかな……こんな話をしたのは……
他の永遠神剣の遣い手と俺が戦ったら、その実力は月とカメムシだって―――」
「っ!?」
突然、訳の判らぬ事を喋り始めた浩二に、ベルバルザードは嫌な予感を感じて槍を突き立てようとする。
しかし、ぶら下げられながら、手に何かをもった浩二がソレをベルバルザードに投げつける方が早かった。
「くらえ! カメムシの出す臭い液体ならぬ、斉藤浩二が投げつける硫酸だぁ!」
―――ガシャン!!!
「ぐおおおおおおおおおっ!!!!!」
顔に硫酸の入ったビンを投げつけられ、叫び声をあげるベルバルザード。
たまらず襟首掴んで捕まえていた浩二を放す。
「ぜっ、はぁ……ぜぇ……理科準備室から失敬した俺の切り札だ……
……コレを……硫酸を顔面にくらったら……」
永遠神剣のマスターとて、只ではすまぬだろう。
そう思った浩二は、そこで緊張の糸が途切れたのか、
いいぐあいに脳内麻薬でイっていたのが醒めたのか、してはいけない油断をしてしまった。
「―――っ! があああああああっ!」
浩二が戦っている相手はベルバルザード。いかに有効なダメージを与えたとしても、
とどめを刺すまでは油断できぬ歴戦の勇士である事を忘れて―――
「な? うごっ―――!」
その結果、苦し紛れに振り払ったベルバルザードの薙ぎ払いを受けて吹き飛ばされる。
永遠神剣『重圧』の力も加わったその一撃は、浩二の身体を遥か遠くに吹き飛ばした。
「がっ! うがっ! ぐお!」
木を何度もへし折り、それでも浩二を吹っ飛ばす力はなくならない。
そして、浩二は森の先にある、崖になった場所に放り出され―――
「のうわあああああああああああ!!!」
―――悲鳴と共に落下していくのだった。