激烈なる力に、絶対なる戒と言うエターナルを倒した浩二は、
サムズアップを決めると、その場にがくっと膝をついた。
「おにーさん!」
それを見たユーフォリアが駆け寄ってくる。
浩二は地面に突き刺した『反逆』を背もたれにすると、そんな彼女に笑いかけた。
「ハハッ……なんて顔してるんだよ、おまえ……」
「大丈夫ですか? まさか怪我を―――」
心配そうなユーフォリアに首を振る浩二。
「大丈夫だ……戦いに支障は無いよ。
けれど、疲れた………すぐに望達に追いついて、加勢してやるのは無理そうだ」
「……よかった」
「……ユーフォリア。戦えるのなら望達の所に行ってやれ。
今のおまえなら、十分に望やナルカナを助けてやれる」
「……いえ、私もすぐには無理です……マナを使いすぎました」
そう言ってユーフォリアも座り込む。
しばらく、二人でそうやって休みながら、大気中のマナより失った根源力を吸収していた。
「なぁ……」
「はい?」
「おまえ、力が戻ったって事は……記憶も戻ったのか?」
「……はい」
ユーフォリアがゆっくりと頷くと、浩二はそうかと呟いて目を閉じる。
それからしばらく、二人は無言で居た。
やがて、ユーフォリアは決意したように口を開く。
「私がこの時間樹に来た目的は二つありました……
一つは、ナルカナさんをこの時間樹から解放する事です」
「……ほう。それじゃオマエは、ロウエターナルってヤツか?」
「いいえ。カオスエターナルです」
キッパリとそう言ったユーフォリアに、浩二は怪訝そうな顔をした。
「……おかしいだろソレ。ナルカナをこの時間樹に封印したのは『聖威』と、
カオスエターナルの長であるローガスなのに……
何でそのカオスエターナルであるオマエが、ナルカナを開放しになんて来るんだよ?」
「解りません……私はただ、この時間樹に封じられた、
ナルカナってヒトを解放しろと命じられただけですから……
それに、ナルカナさんを封じたのが誰というのも、教えられるまでは知りませんでした」
「そうか……」
ローガスとか言う奴が何を考えているのかは判らない。
だが、こんな都合の良い偶然などあるのだろうか?
ユーフォリアは記憶をなくしているのに、結果として任務を遂行していたのだ。
もしかして、ローガスというヤツは、この展開を読んでいたのでは無いだろうかと思う。
そうすれば、全ての辻褄が合ってしまうのだ。
ユーフォリアが偶然に魔法の世界の居合わせた訳。やってきたタイミング。
自分との出会い。そして『天の箱舟』に加わる経緯。
そして、記憶喪失にならなければいけない理由―――その全てに辻褄が合ってしまう。
何故なら、ユーフォリアというエターナルが、世刻望の行いで記憶喪失にならねば、
他のみんなはともかくとして、自分と『最弱』が彼女を仲間として受け入れる事は無かったからだ。
自分達の仲間のせいで記憶喪失になったユーフォリア。そんな彼女を拒むことなんてできない。
ローガスはそこまで読んで、あのタイミングでユーフォリアを時間樹に介入させ、
記憶喪失になるように誘導したのではないだろうか?
何万分の一の偶然でこうなったと考えるよりも、そう考えたほうがしっくりくるのは、
ログ領域を利用して、相手の性格から行動を読み……
全てを掌の上で転がしていた理想幹神という前例があるからだ。
作られた存在。偽りの神でしか無かったエトルやエデガでさえ出来た事が、
彼らよりも圧倒的に上の存在である、エターナルの長にできぬ筈が無い。
「……真実なんてモノは、得てしてこう言うモンなんだろうな……
結局は誰かの掌の上。お釈迦様の掌で踊る孫悟空……か」
浩二は、この事は自分だけの胸に閉まっておこうと思った。
そして、自分達の出会いは偶然であったのだと思い込む事にした。
そうでなければ、ここまで良い様に利用されるユーフォリアが余りにも惨めだから。
自分達と出会い。仲間になれた事を純粋に喜び、自分達の為に戦ってくれた彼女の想いが、
全ては仕組まれた事であったのなら、彼女が余りにも道化で哀れすぎるから。
浩二は、純粋な彼女の想いを利用するカオスエターナルという組織に反感をもったが、
その怒りを飲み込んだ。何故なら彼女は、組織に属するエターナル。
組織の長に命じられて動いてるのなら、利用されるのを自分で納得していると言う事だ。
自分がそれに腹を立てるのは筋違いだろうと。
けれどもしも、ユーフォリアが何処の組織にも属さぬ者であったのなら……
自分は、間違いなくローガスというヤツに向かっていっただろうなと、浩二は思った。
ユーフォリアを個人で見れば、自分の命ぐらいなら賭けてもいいくらいには好きだから。
「……私……ずっと、不思議だったんです。
おにーさんや望さん達を見たとき、この人達から絶対に離れてはいけないって思ったのが……
……でも、記憶を取り戻して解りました。命令……だったんです……
一つ目がナルカナさんの解放。そして、もう一つが―――」
「俺達……いいや、俺の監視……か」
「……はい」
浩二が肩を竦めながら言うと、首を縦に振って頷くユーフォリア。
「始めの任務は、ナルカナさんの解放だけでした……
でも、私が旅立つ直前に二つ目が追加されたんです」
追加されたという事に関しては納得ができる。
たぶんそれは、自分が反永遠神剣の力を使ったからだ。
剣の世界で『最弱』が言っていた言葉を思い出す。
自分の力は、全ての永遠神剣にとって天敵たりえる力である。
それ故に、自分と『最弱』の事を知ったら、手に入れるか始末しようとしてくるだろうと。
そして、この時間樹は『聖威』とカオスエターナルが作らせた監獄である。
すなわち、カオスエターナルの目が光っている場所なのだ。
この時間樹のログ領域にさえ残らぬ反永遠神剣の力を、カオスエターナル―――
おそらくローガスというヤツには掴まれていたのには驚いたが、ありえない事ではないと思った。
だからこそ『最弱』は、反永遠神剣の力を乱発するなと言っていたのだ。
しかし、今更言っても詮無き事である。
それに後悔もしていない。自らの意思で使って来たのだから。
「……それで、俺を監視した後は?」
殺すのか? と続けそうになったが、何とかその言葉を飲み込む。
それを口にしていたら、ユーフォリアをまた傷つけてしまうと思ったからだ。
「……わかりません。おにーさんに関しては、見て来いって……
ただ見て来いって言われただけですから……」
エターナルの組織は、すぐに自分をどうにかしようと言うつもりはないらしい。
ならば、今後も一切構わないでくれと浩二は思った。
「ユーフォリア。戻ったら伝えておいてくれないか?」
「え? 何をですか?」
「俺はアンタ達と事を構えるつもりは無い。この時間樹から出るつもりも無い。
だから、おまえ等が手を出してこなければ、俺もおまえ等に干渉しない。ほかっておけと」
「………いいんですか? おにーさんは、それで……」
「……大宇宙。あるいは神剣世界とでもいうべきか……
とにかく、この時間樹の外には、もっと広い世界があるのだろうな……
―――けど、俺の世界はココでいい……この時間樹でいい。
時間樹だけでも、人生八十年には広すぎるぐらいだ」
エターナルは永遠存在。普通の永遠神剣のマスターでも、
その気になれば理想幹神のように幾百星霜を生きられる。
反永遠神剣のマスターも、その気になれば長く生きられるのかもしれない。
だが、浩二は永遠に近い命などいらぬのだ。
ヒトとして生きたい。限りある生だからこそ一生を懸命になれる。
神として天空や大宇宙を見て生きるのではなく、
人間として、大地に足をつけて、そこで精一杯に生きていきたいのだ。
「ユーフォリア」
俯いているユーフォリアの頭に、ポンと手を載せた。
そして、立ち上がると創造神の居る最深部の階層に続く転移装置へと歩いて行く。
ユーフォリアは慌ててその後を追いかけた。
「俺とおまえの道が交わる事は、もう無いだろう。
……いや、交わってはいけないんだ……」
再びユーフォリアが、自分の前に立つ事があるのだとしたら……
それはきっと、組織に命令されて自分を殺しに来た時であろうから。
「おにーさん……」
永遠神剣すべてを敵に回してでも、自由で居たいという浩二。
誰の庇護も受けずに己が足で立ち、歩いていきたいと言う。
永遠を生きるユーフォリアからすれば、宇宙の始まりから終わりと言う悠久の時の中で、
一瞬にしかみたない時を生きる斉藤浩二という少年と出会えた事は奇跡に等しい。
その幸運に感謝しよう。刹那の時でも一緒に歩けた事を喜ぼう。ユーフォリアはそう思った。
私と一緒に来てくださいと、口にするのは簡単だけど……
きっと彼は、自分の道連れになる事など受け入れてくれないだろうから。
―――IF。
もしもの話になるが、ユーフォリアと斉藤浩二の出会いが、個人と個人であったならば……
もしくは、斉藤浩二という少年が、この運命の少女に特別な感情を持っていたならば……
彼は、迷わずに外宇宙に飛び出していっただろう。
そして、永遠神剣に纏わる全てに、終止符を打てる場所にまで届いたのかもしれない。
全ての永遠神剣を消し去り、大いなる運命を無きものにしたかもしれない。
何故なら、彼にはその力と資格がある―――
永遠神剣のマスターは奇跡の具現たるツルギを持つ『翼持つ者』だ。
翼を持つ者は、大空を自由に飛びまわれるチカラがあるが、その翼を折られたら落ちるしかない。
だが、斉藤浩二は『地を歩む者』である。空を飛ぶ者達を、地上から見上げていた者。
バベルの塔というモノを築き、天上の神の所まで行こうとした人間の如く……
一つ一つ、土塁を積み重ねて、天にまで駆け上がらんとする挑戦者。
バベルの塔は、神の落とした雷により崩壊したが、
斉藤浩二は、反永遠神剣と言う神の雷を防ぐ術を持っている。
そして、何よりも不屈であり、諦める事を知らないのだから………
だが、運命に抗う少年と、運命の少女はそのような形で出会わなかった。
それが結果であり、全てである。
「もうすぐ、終わるな―――」
歩きながら天を仰ぎ、浩二がポツリと呟く。
その呟きは、誰に対して言ったものだったのか?
「あの日……物部学園をミニオンが襲い……
『最弱』を片手に窓から飛び出したのが、まるで昨日の事のようだよ……」
あれからすでに半年以上の月日が流れていた。それでも、まだ一年も経っていない。
更に言ってしまえば『最弱』と出会ってから計算しても、まだ三年程度なのだ。
時々、これは夢なのではないだろうか? と思うことがある。
自分はまだ物部学園に入学する前で、家で受験勉強をしている受験生で……
喋るトイレットペーパーなんてある筈が無く、勉強に疲れて、机に突っ伏したまま夢を見ているのだ。
けれど、これは紛れも無い現実で、自分は神を倒しに、世界が始まった場所を歩いている。
信助や美里。それに、学園の皆は元気にやっているだろうか?
学年はもう変わっている筈だ。沙月先輩の後の生徒会長は誰がやるのだろうか?
家族は今、何をやっているのか……
「なんて事を考えても詮無き事か……
俺は、今―――確かに、ココに居るのだから……」
今は望がナルカナと沙月先輩と共に、創造神と戦っているのだろう。
けれど、不思議と急がなければとは思わない。
―――たぶん、世刻望は勝つだろう。
半ば確信的に浩二はそう思っている。
思えば、負けてばかりの自分と違って、世刻望は一度も負けた事が無いのだ。
唯の一度も砂に塗れる事無く、エヴォリアにも、暁絶にも、エトルにも、イスベルにも全部勝っている。
もしかしたらと、ふと思う。真に孤独であったのは、自分ではなく世刻望の方ではなかったのだろうか?
こんな事を口に出したら笑われるだろう。
あれだけ多くの人間に囲まれて、慕われて、孤独である筈が無いだろうと。
しかし、浩二には思い浮かべた望の背中が一人であるように見えた。
負ける事が許されぬ故に、いつもギリギリの場所に立たされている望は、
一度でも負けてしまったら、全てが終わってしまうと思っているのではないかと。
ならば、彼に敗北を与える者は―――
「―――あ」
そんな事を、何となく考えた時であった。
「……おにーさん。原初を覆っていた……
エト・カ・リファの存在感が消えました……」
ユーフォリアが声を上げて自分を見上げてきたのは……
*****************************
「……終わったみてーだな」
原初の最深部。斉藤浩二は、そこに立ち尽くしている三つの人影に声をかけた。
自分の声に気づいたのか、双剣を握っている少年と、左右に立つ少女達が振り返る。
「浩二……ユーフォリア……」
「無事だったのね。二人とも」
「アンタ達が遅いから、私達で倒しちゃったわよ」
望と沙月とナルカナ。見れば、全員が所々に負傷をしているが、無事であった。
ただ、ほんの少しだけ望とナルカナの立つ位置が近い。
彼等を近づける何かがあったのだろうなと思いながら、浩二は辺りを見回してみる。
抉れた地面や砕けた壁を見れば、創造神エト・カ・リファがどれだけ手強かったのかが解る。
それでも、世刻望はやはり負けたりしなかったのだ。
「てめー。俺の分も残しとけって言っただろ?」
「はは、悪ぃ。そんな余裕無かった」
軽口を叩いてやると、望はぎこちない笑顔を見せてくる。
ユーフォリアは、あんたなんでパワーアップして訳? とか言ってナルカナに捕まっていた。
「そっちこそ、あのバケモノを二体も相手にしてよく無事だったな?」
「どって事ねーよ。ユーフォリアも助けてくれたしな」
「そっか。心配そうだったユーフィーを戻したのは正解だったな」
「二人とも、積もる話は後々。まずは時間樹の初期化を止めるのが先でしょ?」
浩二と望の会話に沙月が割り込んでくる。
「あ、そう言えばそうでしたね」
「あれ? でも、どうやって止めるんだ?」
「確か最初の予定では、サレスが何とかすると言う事になっていた筈だけど……」
今、この場にサレスは居ない。三人は顔を合わせて、引き攣った笑みを浮かべた。
「な、ナルカナーーー!!!」
望が声を張り上げると、ユーフォリアを弄っていたナルカナが、顔を向けてきた。
「……何?」
「あの……エト・カ・リファは倒したけど、時間樹の初期化ってどう止めるんだ?」
「ああ―――」
望が叫んでいる訳が判ったらしいナルカナは、ユーフォリアを開放する。
「エト・カ・リファを倒した事により、アイツの権限はあたしが奪ったわ。
すぐに書き換えてあげるから、ちょっと待って―――っ!?」
ナルカナの言葉が途中で詰まった。信じられないという様に目を大きくしている。
その瞬間に望達は、バッと振り返って彼女の視線の先を見た。
「―――フフッ」
そこには女が居た。腰まで届くほどに長い真紅の髪と、全身を包む白いマント。
まるで、始めからそこに居たかの如く、その女は立っていた。
「テメェ……イャガ……」
「また会ったわね」
「何しに来たのよ。ここにもうエト・カ・リファはいないわよ!」
沙月がそう言うと、イャガはさして気にした風でもなくそうねと呟く。
「……そのようね……でもいいの。
そんなモノよりも美味しいものを食べたから……私達」
彼女にとっては獲物をとられた形だと言うのに、イャガは上機嫌であった。
望や浩二達には、それが余計に不気味に見えて神剣を構える。
「私達?」
イャガの言った言葉のニュアンスに、一番初めに気づいたのはユーフォリアであった。
彼女がそう言うと、イャガは口元をニッと吊り上げて笑う。
「そう。私達」
「まさか、仲間が居るの!?」
「仲間? フフッ―――仲間じゃないわ。私よ、私がいるの」
何を言っているのか解らない。始めからおかしなヤツではあったが、
ついに行く所まで行ってしまったのかと浩二が思った瞬間―――
「ウフフフ」
「アハハハ」
「フフフ……」
「なあっ―――!?」
―――イャガの後ろから、イャガが現れた。
「な、な、な……」
「……嘘……」
イャガ。イャガ。イャガ。合計で14上もいるイャガの群れ。
その光景は、まさに悪夢であった。
浩二達が驚いているのを見て、一番最初に声をかけてきたイャガが笑う。
「だから言ったでしょ? 私だって、私達だって―――
アハ―――ははははは、アハハハハハハハハ!!!」
時間樹にはエト・カ・リファが行った結界が張られている。
外部からの干渉を防ぐ為、強き力を持つ者にはオリハルコンネームという封印が成される。
それは、エターナルであろうとも通さぬ絶対なる防壁。
だが、イャガはその防壁を信じられぬ方法でクリアしたのだ。
その方法は、自分自身を分割して別々に時間樹に侵入するというもの。
結界が遠さぬのは『強き力を持つ者』であるので、
その条件に当てはまらぬぐらいまでに力を分割し、中に入った後に合体したのである。
浩二が戦ったイャガは、そんな分割されたイャガの内の一人であった。
最も、そのイャガは分割された何体かと合体してある程度の力を取り戻し、
更には抗体兵器などからも力を吸収した、かなり強い部類のイャガではあった。
「ああ、そうか……テメェ、すっとぼけてるんじゃなくて、
本当に知らなかったのか……やっぱり、アレは倒せていたんだな……」
その真相は解らないが、この複数人は居るイャガを前にして浩二は理解する。
原初の途中で戦ったイャガが、自分を倒したイャガよりも弱かった訳を。
そして、激烈なる力と絶対なる戒と比べたら、最初に戦ったイャガでさえ、それ以下の実力であった訳を。
「フフッ……そう、貴方……私を倒したんだ。
ごめんね、分割された私じゃあ歯ごたえ無かったでしょう?
でも、安心して―――今、戻るから」
イャガはそう言うと、徐に隣のイャガを食べ始めた。
ゴリッ、ゴリッと骨を砕くような音が響き渡る。隣り合う者どうしで捕食しあうイャガ。
それは、不気味を通り越して恐怖のような光景であった。
その、悪魔の宴のような光景に飲まれたのか、黙って見ている事しかできぬ望達。
最後に二人になったイャガが、もう片方を食べると、最後にはイャガは一人になった。
「……おまたせ」
そこに立っていた女は異質であった。禍々しい気配は感じても、マナの波動が伝わってこない。
例えるなら闇。黒く、暗く、全ての色を飲み込んでしまいそうな闇の塊が人のカタチをとっていた。
「……その力は……ナル! あんた! ナルを取り込んだのね!」
イャガを見てナルカナが叫んだ。イャガが放っている力が何であるのか、
ナルカナには解り過ぎる程に解っていたからである。
その力こそ、ナル―――
理想幹神エトルが用いた、死んだはずのエデガを復活させるだけでなく、
全てを飲み込む闇の塊に変えてしまった恐るべき力。大自然を司るマナを食らうエネルギー。
創造神エト・カ・リファの力を持ってしても、消せないと言われた第一位神剣『叢雲』の力であった。
「そうよ。私って運がいいわぁ……どれも、これも貴方達のおかげ……
もしも原初の途中で貴方達と出会わなかったら、
まっすぐにエト・カ・リファの所に向かっていた筈だもの」
そう。これは本当に偶然であった。原初の最深部へと向かう途中。
『天の箱舟』と『旅団』を襲ったイャガは、浩二に撃退されると、
彼等に追撃されることを嫌って、迂回路を進んでエト・カ・リファを目指した。
そこで彼女は発見してしまったのだ。
エト・カ・リファが全ての分子世界より集めたナルを封印していた部屋を。
時間樹の初期化を行うには、分子世界に撒かれてしまったナルが邪魔である。
その異質な力を放置したまま初期化を行えば、ナルがどんな風に作用するか解らない。
故にエト・カ・リファは、分子世界からナルを回収したのだ。
処分の仕方は追々考えるとして、一時的に原初の奥深くに封印してあった場所にイャガが踏み込んだ。
その力を見たイャガは歓喜する。見た事も無い、信じられぬゴチソウが溜め込まれているのだ。
イャガが見せた歓喜の感情は、分子世界に散っていた自分達にも伝わる。
そうして集ったのが、分割されたイャガの群れ。
彼女たちは群であるり個である。
それぞれに独立した意思を持ってはいたが、根の部分は変わらない。
その、根の部分とは食べること―――
分割されたイャガの中には、普通に分子世界での生活に適応していたイャガもいれば、
浩二を襲ったイャガのように、一人で餌を求めて流離っていたイャガもいる。
もしかしたら、浩二達が行った事のある分子世界にもイャガはいたのかもしれない。
そして、彼女はついに出会った。
飢え、乾いた、自分を満たしてくれるような凄まじいエネルギー。
世界さえも塗り替えてしまう、マナを食らうエネルギー……ナルに。
その力を発見したイャガの歓喜は、全てのイャガに伝わり、彼女達は集りだす。
一人のイャガを次元跳躍の楔にし、次々と集合したのだった。
「………望」
「……何だ? 浩二」
「いけるな?」
いけるか? ではなく、いけるなと聞いてくる辺りが浩二らしいと望は苦笑する。
首を縦に振った。そして、両手に『黎明』を出現させる。
それに合わせる様に、沙月とユーフォリアも神剣を構えた。
「あら? もしかして貴方達……私と戦うつもり?」
神剣を構える浩二達に、血の様な真紅の瞳をむけるイャガ。
「フフッ……アッハ―――アハハハハ!!!
やめましょうよ。そんな事……戦いなんて何も生み出さないわ……
それよりも、幸せになりましょう。私と一緒に幸せになりましょう」
イャガは笑いながら手を翳す。白く細い指を優雅な仕草で、誘うように向けてくる。
浩二はそれを見たときに寒気が走った。ヤバイと脳細胞が警鐘を出している。
「―――っ!」
浩二は、その嫌な予感に従うことにした。
何故なら自分はイャガに一度殺されているのだ。
その身体が危険だと訴えているのなら、従うべきだろうと思った。
「……おいで、私の胎内へ―――」
「いけない! みんな、逃げて!!!」
イャガが歌うように呟き、ナルカナが叫ぶ。
そして、他の皆を庇うように飛び出すが時既に遅く、辺りを白い光が包んでいた。
「…………あら?」
しばらくしてそう呟いたのはイャガであった。
視線の先には一つの影。赤いマナを展開し、薙刀を振り下ろした格好である。
斉藤浩二。絶対を否定するツルギを持つ、運命に抗う少年。
「………一人、食べ損なったわね」
不思議だとでも言わんばかりのイャガを、浩二はキッと睨みつける。
「………嘘……沙月? ユーフォリア……望!?」
少し離れた場所ではナルカナがうろたえている。
薙刀を構えなおした浩二は、視線はイャガから外さぬまま叫んだ。
「おちつけ、ナルカナ! 望達が死ぬものか!」
「でも―――」
「テメェが好きになった男だろう!
テメェが一番信じてやらないでどうするんだ!」
「っ!?」
「生きてるよ! 世刻望は、斑鳩沙月は……ユーフォリアは生きている!
俺の仲間が、こんなクソアマにやられたりするものかっ!」
斉藤浩二は薙刀を振り払う。ビシュンと、風を切る音が鳴った。
身体中の血が滾っていた。沸騰して皮膚が焼け爛れそうだと思った。
眼前の敵。ナルの力を取り込んだエターナル。
今までとは桁違いの存在感と、吹き飛ばしてきそうな波動を纏っていた。
先に戦った魔獣と狂戦士の纏うオーラが、児戯に見えるほどに。
第一位神剣の力を取り込んだナル・エターナル……赦しのイャガ―――
気を抜けば膝がガクガクと震えてくる。心臓の動機がドクドクと煩い。
理性が叫んでいる。逃げろと、アレには絶対に叶わないと叫んでいる。
ヒトは、こんな事をこう言うのだろう……
絶望と―――
ゴクリと唾を飲み込んだ。普段はかかない手汗が酷い。
逃げ出したいと思った。何もかもかなぐり捨てて悲鳴をあげられたら、どれだけ楽になれるだろう?
「……………」
これが時間樹を護るための戦いならば、自分はとうに逃げ出している。
大儀や理想の為であるのなら、そんなモノは放り出している。
けれど―――
「俺は、おまえが気に入らない………」
戦う理由がそれであるなら自分は戦える。
「俺のセカイ……俺の仲間、俺の友達………
大切にしたいと思った場所。好きだと思える人……
それを壊そうとする、おまえが気に入らない……」
そして―――
「エターナルが何だ! ナルの力が何だってんだ!
俺は勝つ! できる筈だ! できない筈が無い!」
浩二の周りを風が吹く。赤いマナが燃え上がっている。
放つ波動が螺旋となり、原初に響き渡っていた。
「……俺に―――」
ビシッと薙刀の切っ先を突きつける。
そして、爛々と輝かせた瞳で、腹の底から雄叫びを上げた。
「出来ないことなんてないんだよっ!
コノ―――バカヤロオオオオオオオオオ!!!!」