残像さえも残さぬ速さでぶつかり合った。
ぶつかり合い、離れ、またぶつかる。それを幾度と無く繰り返す浩二とイャガ。
雄叫びを上げて突進する浩二の薙刀が、イャガの首を刎ねようと薙ぎ払われると、
イャガはそれを掻い潜って短刀を突き立てようとしてくる。
「てめっ!」
「アハッ―――ハハハハハハ!!!」
原初の最深部で、所々に響き渡る剣戟の旋律。波動と波動がぶつかり合っている。
全てを飲み込まんとするナルの力と、それを否定する反永遠神剣の力。
「こうまでガチンコの接戦されると、介入の使用が無いわね……」
空中で、あるいは地上で何度もぶつかり合う赤と白の閃光。
ナルカナは、それを目で追いながら呆れたように呟いていた。
「……それに、今の所は一人でもナル・イャガと渡り合えている……」
戦いのアドバンテージは浩二にあった。
イャガは斉藤浩二とまともに戦うのは初めてであるが、浩二はイャガと戦うのは二度目である。
すれはすなわち、手の内を知っていると言う事だった。
「はぁ、はぁ……ぜぇ……」
「あら? 息があがってるね? ダメよ、スタミナはつけておかないと。
アッハ―――アハハハハハハハ!!!」
「うるせぇ!」
しかし、浩二は先に激烈なる力と絶対なる戒という強敵と戦った後である。
途中までは力を温存していたが、体のマナが底をつきかけている。
「―――っ!?」
蹴りが来た。イャガの足が鞭の様にしなり、浩二の横腹を殴打する。
「げほっ!」
直撃を受けてしまった浩二は、勢いよく吹き飛ばされた。
空中から地面に叩きつけられ、ゴム鞠のように跳ねながら転がっていく。
イャガがそれに追撃しようとするが、ナルカナがそこに割って入った。
「させないっ!」
風の魔法が真空のツルギのようにイャガの頭上に振り下ろされる。
「アッハ―――」
しかし、イャガはその魔法を前にして事もあろうか空中に浮かんでいた。
大気が弾け飛ぶよう音が響く。それと同時に突風が吹いた。
「……何かしら今の? 差し入れかしら?」
「っ! 馬鹿にしてーーーーっ!」
ナルカナの魔法はイャガに食われたのである。
浩二はその間に『反逆』を地面に突き立て、それを杖代わりにして立ち上がっていた。
『マスター。解っているとは思いますけど……
赦しのイャガは、まだ全力ではありませんわよ?』
「……知ってる」
ナルカナと交戦するイャガを見ながら、浩二は思考を巡らせる。
身体能力は明らかに向こうの方が上である。そして、例の見えない攻撃はしてこない。
アレにカウンターを合わせられると、自分がダメージを受ける事を知っているからだ。
「うらああああああああっ!!!!」
ナルカナが随分と男前な気合をあげて腕を振り下ろしている。
それは第一位神剣『叢雲』の巨大な影。ブオンと大気を切り裂きながらイャガの頭上に振り下ろされる。
響き渡る剣戟の音。巻き起こる風。イャガは短刀を翳してその斬撃を止めていた。
「―――くっ!」
ナルカナの額に汗が流れる。押し切れない。
ナル・エターナルとなったイャガの力は、ナルカナの力を上回っている。
「ナルカナ! そのまま持ちこたえろ!」
「浩二!?」
斉藤浩二は『反逆』を左手に持って空に飛んだ。
そして、気合と共にバッと勢い良く右手を突き出す。
「ハアッ!!!」
その掌から凄まじい重力波が放たれる。ナルカナの斬撃を後ろから押すように。
叢雲の影による斬撃の重さが倍以上に増した。それを受け止めているイャガの足元が陥没する。
「ナイス!」
「押し切るぞ!」
「うふっ、あはは……すごい攻撃……そんなに憎い? この私が―――」
イャガがそう言った時であった。ナルカナの眉間がぴくりと揺れたのは。
その人を馬鹿にしきったようなイャガの薄ら笑いに、ナルカナの顔が怒りに染まる。
「殺す……アンタは、私に連なる全ての力を持って消滅させてやる!」
そう叫んだナルカナの力が急激に膨れ上がった。
そして、その力はナルの力でもある。ナルは後ろから押している浩二の魔法を侵食した。
「ばかっ!」
そして、それこそがイャガの狙い。確かに一点を押す力は強くなっているが、
浩二の重力波は面を抑えていたのである。イャガにとってはそちらの方が厄介であったのだ。
ナルカナの振り下ろす影の剣と、イャガの振りかざす永遠神剣『赦し』
その刃が重なり合う交錯点から、イャガのナルが空間を侵食し始める。
「アハッ―――!」
イャガはナルカナのナルを、自分のナルで相殺し、影の剣の斬撃をいなした。
爆音と共に原初の大地に突き刺さる影の剣。その一撃に原初が揺れた。
「っ!」
ナルカナの目が大きく見開いている。懐にはイャガ。
一瞬の隙を見逃さずに切り込んできたのだ。
しかし、彼女はもう少しでナルカナに届くという所で、サッと白いマントを靡かせて空間跳躍をした。
―――ドズンッ!!!
ナルカナの前には一振りの薙刀。斉藤浩二の神剣『反逆』が突き刺さっている。
突き刺さった『反逆』の周りに風が吹くと、赤い閃光が走って少女の姿へとなった。
「ほら、ぼさっとしてないでシャキッとしなさいな」
「―――あ」
少女は固まっているナルカナの襟首を掴むと、後ろに飛ぶ。
「~~っ!!!」
少女が下がった場所では、浩二が呻き声を噛み殺して悶絶していた。
彼は十メートル近い高さから神剣を手放して落下したのである。
普通の人間がビルの三階ぐらいから飛び降りたようなものだ。
「ふぅっ……」
痛みと痺れに歯を食いしばって耐えているマスターを見て、
反永遠神剣『反逆』は溜息をついて薙刀の形態に変わる。
浩二はそれを見ると、ひったくる様に掴み取った。
それと同時に赤いマナが浩二の体を包み、全身の痛みを和らげる。
『大丈夫ですの? マスター』
「くっ……十メートル近い高さから落下して、大丈夫だと言える人間って……
特殊な訓練を受けたレンジャー部隊の隊員でも、そうそういねーと思うぞ……」
「ご、ごめん……私、ついカッとなっちゃって……」
ナルカナが、今のは完全に自分に非があると認めて浩二に謝る。
あそこで自分が心を乱さなければ、あのままイャガを押し切れたかもしれないからだ。
「オーケー。冷静になったようなら何よりだ……いてて」
ナルカナは浩二に回復の魔法をかけてやる。
すると、痛みがいくらか引いたようで浩二の苦悶の顔が和らいだ。
「ふうっ……まだまだ、いけるよな?」
「当然っ!」
ナルカナが力強く答えたので、浩二も満足そうに頷き返す。
気持ちを切らしてはいけない。実力で負けているのなら、それはそれでいい。
戦う意思さえあるのなら、たとえ僅かな可能性であっても勝率がゼロになる事はないのだから。
「ならばもう一度。いや……何度でもだ!」
そう叫んで浩二は大地を蹴る。迎え撃つイャガは笑みを浮かべていた。
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「……っ、くっ……」
世刻望は自分の呻き声で目を覚ました。
意識を取り戻すと同時に、上から押しつぶさんばかりの圧力がかかってくる。
歯を食いしばって立ち上がった。
気力を振り絞って周囲を見回すと、すぐ近くに倒れている二人の少女。
「……沙月先輩……ユーフィー!」
叫ぶように望が呼びかけると、二人が呻き声をあげて身じろぎする。
望は、もう一度大きな声で呼びかけた。
「……う……望……くん?」
「……あうっ……な、何が起きたんですか?」
そう言って起き上がる沙月とユーフォリアであったが、
意識を取り戻すと望が感じているような重圧と、
粘着質のあるぬるま湯の中にいるような不快感に顔をしかめる。
「……何? コレ……」
「わかりません。俺も、目が醒めた時にはここにいて……」
「……あの」
「ん? 何だユーフィー?」
「もしかして、ここって……イャガの中じゃないでしょうか?」
ユーフォリアに言われて、望と沙月はハッと顔を見合わせた。
そして、意識を失う直前の光景を思い出す。
手を翳したイャガ。白い光。ナルカナの悲痛な声。
「ナルカナ!? それに浩二は?」
そこで、自分の隣に居た仲間の事を思い出した。
望がその名前を呼ぶと、沙月とユーフォリアも慌てたように周りを見回す。
しかし、この闇の中にナルカナと斉藤浩二の姿は無かった。
まさかと望が息を呑む。しかし、それと同時にユーフォリアが叫んだ。
「望さん! あれ、あっちです!」
反射的にユーフォリアが指差した方を見る。
すると、闇の中にぼんやりと何処かの風景が映し出されていた。
その光景がどこであるのかすぐに気づく。先ほどまでいた場所―――原初。
そこには、薙刀を振りかざす少年と、魔力の輝きを右手に灯らせる少女の姿あった。
「浩二! ナルカナ!」
少年と少女は、こちらに強い光の宿した瞳をむけながら、何度も何度も向かってきていた。
どれだけ倒されようとも、どれだけ打ちすえられようとも、立ち上がって向かってくる。
「ナルカナ……」
「おにーさん……イャガと戦ってる……」
二人ともボロボロであった。ただ、目の光だけが異様な輝きを灯している。
『返せ! 沙月を、ユーフィーを……望を―――っ!』
悲痛な叫びであった。感情をむき出しにして、ナルカナは返せと叫んでいる。
その彼女をフォローするように、浩二が薙刀を構えて肉薄していた。
剣戟がぶつかり合う音が鳴り響き、ギラギラと目を輝かせた浩二の顔が映る。
『うおおおおおおおっ!!!!』
気合と共に赤いマナが周りを照らしていた。
しかし、鍔迫り合いをしている浩二の横に白い巨体がぬうっと浮かび上がる。
気配を感じた浩二が振り返るのと同時に殴り飛ばされていた。
―――ギリッ!
世刻望は噛み砕かんばかりに奥歯を鳴らす。
どうして自分はここにいる。どうして自分はあそこに居ない。
仲間があんなにも必死に戦っているのに、俺はここで指を咥えている事しかできないのか!
「黎明っ!」
叫ぶようにその名を呼んだ。それと同時に両手に収まる双剣。
「望くん!?」
「待ってろ。俺も、すぐにそこに行く―――」
強い。意志の篭った言葉であった。
身体中にマナを張り巡らせると、それを飲み込まんとするように負荷が大きくなる。
最悪な気分であった。吐き気と、自分の体重の何倍もの重りを背負わされるような徒労感。
「俺は、あの二人と……いや―――斉藤浩二と比べたら弱いのかもしれない。
一から這い上がってきたアイツと違って……
俺にはこの『黎明』とジルオルから受け継いだ力があった……」
世刻望と斉藤浩二。ナル・エターナルであるイャガを前にして、
戦う資格があるのはどちらかと問われれば、悔しいが浩二に軍配があがるだろう事は認める。
思えば、本当に凄いヤツだった……
始めは自分よりも、いや誰よりも後ろを走っていた筈なのに、
気がつけば誰よりも先頭を走っていた男。
止まらず、休まず、ボロボロになっても前だけを見つめ、
自分に出来ぬことは無いと豪語して、
誰に笑われようとも走り続けた、胸を張って誇れる自分の親友。
「けどっ! だからこそ! アイツが親友だからこそ、俺は―――」
あの場所に行きたいのだ。それはちっぽけなプライドかもしれない。
アイツには負けたくないと、見栄を張りたがっているだけなのかしれない。
しかし、それがどうした。人からはちっぽけだと言われても、
負けたくないと願う想いは、紛れも無い本物なのだから。
斉藤浩二が世刻望を語る時に、アイツは凄いヤツなんだぜと言わせたいと思う。
そう言われる自分でありたい。
自分は、色々な面で浩二に劣るだろう。
彼ほどの頭の回転の速さと頭脳は無い。あのサレスに認められる程の視野の広さも無い。
夢を形に変える企画立案の能力も、一つの組織を作ってしまう程の行動力も無い。
「けれど―――っ!」
好きな人を、大切な人を、護りたいと願う想いだけは負けたくない。
ナルカナを護るといったのは自分なのだ。
けれど、今、実際に彼女の傍に立ち、共に戦っている男は斉藤浩二。
絶対を否定するツルギを持った、運命に抗う少年。
「はああああああっ!!」
世刻望は『黎明』を重ねて目の前の空間に一撃を叩き込む。
粘土でも切りつけたような感触だけが腕に伝わってきて、何の変化も見られない。
徒労に終わっただけなのだが、望は体に鞭を打ってもう一度切りつける。
「俺に―――出来ないことなんて……
あるものかあああああーーーーーーっ!!!」
何度も、何度も、何度でも。
体にかかる負荷などお構い無しに、望は剣を振るい続ける。
『望ちゃんっ!』
その時、キィンと言う音が鳴り響き、後に声が聞こえた―――
「希美!?」
剣を振り下ろした格好の望が顔をあげる。
その声は沙月とユーフォリアにも聞こえていたようで、二人とも顔をあげていた。
「希美ちゃん!? 貴方、写しの世界に帰されたんじゃなかったの?」
沙月がそう言うと、再びキィンと音が鳴る。
『そうだよっ。気がついたら出雲に居て……ボク、びっくりしたんだからね!』
『事情を説明してもらった私達は、環殿に頼んで、
写しの世界にある支えの塔を使わせて貰っているのです』
「ルプトナさんに、カティマさん!?」
ユーフォリアが驚いたように声をあげている。
どうやら皆そこに居るらしい。仲間達が無事であった事に表情が綻ぶ望。
『時深の神剣の力で、原初を探ってもらい、状況は大体察しておる。
今は浩二とナルカナが交戦中なのじゃな?』
ナーヤの声に望は頷く。
「ああ。それで、俺達は情けない事にイャガの腹の中だ」
『仕方ないよ。それは望ちゃんが悪いって訳じゃなく、浩二くんの神剣が特殊なんだから』
『うむ。反永遠神剣か……一度、研究させてもらいたいものじゃのう』
『……って、二人とも。今はそんな事を話してる時じゃないでしょ?』
望の言葉に希美とナーヤが答えると、話がずれてしまうそうだったので、
苦笑したかのようなヤツィータの声が後ろから聞こえてくる。
『う、うむ。そうであったな……』
それからナーヤは、この支えの塔と魔法の世界にある支えの塔のネットワークを使い、
自分達の力を意念とし、そこに送ると言ってきた。
元々、支えの塔というのはナルカナが自分の声をジルオルに伝えるために作ったモノであるらしい。
かつて、希美をファイムにされて途方にくれていた望にナルカナがコンタクトをとったのは、
支えの塔を使ってやったのだそうだ。
『とびっきりの意念を送ってやるさ。
かつて、俺が魔法世界でやったのとは比べ物にならんくらいのをな』
「……絶」
『安心しなさい。貴方達だけを戦わせる事なんてしないんだから』
『おう。負けるんじゃねーぞ望! 俺達が後ろについてるからな!』
「タリア……ソル―――」
『惚れた女はしっかり護る。コレ、男の子の役目なんだからね』
『この時間樹に集った全ての力……望くん達に託します!』
「ヤツィータさん……スバル……」
望は天を仰いで、胸を押さえた。自分は一人ではない。皆が傍にいてくれる。
たとえこの場にはいずとも、想いは一つなのだと。
『……望。私達の希望の船は、まだ沈んでいませんよね?』
『望が舵を握って、浩二が地図を見て、ボク達が漕ぐ……天翔ける箱舟は―――』
カティマとルプトナ。その言葉に望は天を仰いでいた顔を勢い良く縦に振る。
今、確かに風が吹いたのを感じた。身体にではなく心に。
想いと言う名の風が吹き、凪で停船したいた船が動き出す音が聞こえた。
身体中に力が漲ってくる。
気がつけば、上から重く圧し掛かっていた息苦しさも無い。
停滞し、淀んでいた、濁った空気を吹き飛ばし、背中を押してくれる風―――
「この風が、俺の背中を押してくれるなら……」
「きっと、私たちは……」
「空だって飛べる筈ですよね!」
望が再び『黎明』を振りかざすと、
沙月とユーフォリアが、それぞれ『光輝』と『悠久』を構える。
風が来た。意念と言う名の想いの風が。頷きあう望と沙月とユーフォリア。
三人が、永遠神剣を振り下ろすのは同時であった。
「「「 いっけえええええーーーーー!!! 」」」
********************************
―――来る!
斉藤浩二は、凄まじい力がこの原初に近づいているのを感じていた。
今まで感じたことの無い、圧倒的な『想い』のチカラ。
反永遠神剣は、それを感じてビリビリと震えている。
『マスター……』
「ああ……風が…近づいているな……」
先ほどから、強烈な重力波を自分に放っていた少年が、
突然それを止めた事にイャガが怪訝そうな顔をする。
「……どうしたの? もう、抵抗はおしまい?」
「浩二! あんた、何をやってるの!」
この大いなる風を感じているのは、自分だけなのだと言う事に苦笑を浮かべる浩二。
そして、ボリボリと頭を掻くと、敵わねーなぁと一言だけポツリつ呟いた。
この風を呼び起こしたのが誰なのか、考えるまでも無いだろう。
世刻望―――
誰にも負けぬと、出来ない事など無いと豪語する自分が、
世界で唯一人だけ、勝てないかもしれないと思う少年。
自分のソレはただの強がりであるが、本当に自分に出来ない事は無いと信じている男。
誰にも従わぬと、俺は俺の道を行くのだと嘯いていた自分に、
やかましい程の突撃ラッパを吹き鳴らし、いつの間にか群れの中に加えていた。
世界で、否―――宇宙で一番のオロカモノ。誰よりも大きな夢を描く、愚者の王。
「ナルカナ! こっちに来い!」
「何でよ!」
「いいから来い!」
強い口調で浩二が言うので、ナルカナは大きく飛びずさってイャガとの距離をとる。
戦闘を止めるだけでなく、更に間合いを開けた二人にイャガは更に不思議そうな顔をした。
そんなイャガに、斉藤浩二はニヤリと笑みを見せる。
「さぁて………」
大いなる風は、もうすぐそこまで近づいている。
天翔る船は動き始めた。近づいてくる。
大いなる風を帆に受けて、愚者の王が舵を取る箱舟が。
「まぁ、いいわ……戦意喪失したなら、遠慮なく力を頂くまでよ」
イャガはそう言って手にナルの塊を翳す。
しかし、浩二は平然とした顔を崩さなかった。
「カードに例えるならば、俺の反永遠神剣はジョーカーなんだろうな。
どんなカードの役目も果たせる特別なカード。
でも、一枚ではクソの役にも立たないピエロの描かれた特殊なカード」
「……貴方。何を言っているの?」
「望はキングで、ナルカナはクイーン。
沙月先輩がジャックでユーフォリアがエースのカード」
斉藤浩二は言葉を続ける。
「ポーカーというゲームには通常ジョーカーのカードは含まない。
永遠神剣の遣い手達の戦いに、反永遠神剣なんてものを持ち込んで現れた俺に似てると思わないか?」
イャガの手に翳されたナルの塊が膨れ上がった。
浩二は、それを前にしても構える事無く小さな笑みさえ浮かべている。
「エースとキングとクイーンとジャック……そこに、もう一枚―――
本来ならあり得ぬジョーカーが混ざったら、どんな手札になる?
カードが混ざったのはディーラーの落ち度だ。プレーヤーはこのゲームに命を賭けている。
そして、手元にはあるジョーカーは、どんなカードの代替が利く特殊なカード……」
「これで終わりよ……さぁ、私の中に―――」
「………俺なら押し通してやるよ。誰が何といおうとも……
ごねて、ごねて、ごねまくって! 押し通して言ってやる!」
浩二が叫ぶと同時に、手を翳したイャガの腕が暴発したかのように爆ぜる。
「「「 いっけえええええーーーーー!!! 」」」
それと同時に聞こえてくる三つの声。
蒼い閃光。訳が判らずよろめくイャガ。それに向かって―――
「山札にジョーカーが混ざってる事に気づかなかったディーラーが悪い。
俺の手札はロイヤルストレートフラッシュだ!
文句は言わせねーぞ、バカヤロウってなぁ!!!」
絶対を否定する、運命に抗う少年は叫ぶのであった。