斉藤浩二は、タリアとソルラスカから数歩離れた場所を歩いていた。
沙月達と合流すべく、アズライールへと向かう途中である。
そんな道すがら、浩二は昨夜から気になっている事を聞いてみる事にした。
(……なぁ、最弱……)
『なんでっか? 相棒』
(昨日のエヴォリアの話は聞いていただろう。
……おまえ、本当に永遠神剣じゃないのか?)
『……………』
浩二の問いに沈黙する『最弱』だが、浩二としては別にどちらでもいい内容だった。
この『最弱』が永遠神剣であろうが、その偽者であろうが構わない。
その程度にはこの相棒の事を気に入っている。
だが、これからの事もあるので偽物か否かは聞いておきたかったのだ。
(俺は、さ……別に大きな力なんて求めていない。最低限の身を護れる力があればそれでいい。
今更おまえが偽物だと解っても、力を得たいが為に他の神剣に乗り換えようなんて思わないさ。
だから、正直に答えてくれ。おまえは―――)
『……そのとおりや……ワイは永遠神剣やおまへん……
そう名乗ってるだけのバッタモンや……』
(……そうか。エヴォリアの言っていた事は本当だったんだな……)
『……すんまへん……嘘をついてた事はあやまります。けど……』
(けど、何だ?)
『相棒が永遠神剣の適格者である事は嘘やあらへん。
波長があう永遠神剣があれば、相棒は正規の永遠神剣のマスターになれまっせ。
そして、たぶん―――かなり上位の神剣であろうとも相棒なら使いこなせる筈や』
基本的に永遠神剣が己のマスターに求めるモノは、それぞれの神剣が渇望する欲を満たす事である。
そこで意思の力が弱いマスターは、神剣の求める欲求を抑えられずに支配される。
マスターが神剣を使役するのではなく、マスターが神剣の手足に成り下がるのだ。
そして、一位から十位まである永遠神剣は位が上がるほどに、
神剣の欲求は強くなり、マスターを支配しようと心を侵食してくると言われている。
『二年の間、相棒を見てきた訳やけど……ワイは、永遠神剣のマスターとして、
相棒が世刻のヤツや斑鳩女史に劣っとるとは思わへん』
(それは、身内贔屓だろう。俺に、世刻や沙月先輩ほどの心の強さはねーよ)
ハハッと笑いながら『最弱』の言葉に答える浩二。
『最弱』は、そんなマスターの顔を見ながらフッと溜息を吐く。
そう思ってるならば、それでも良いだろう。
これ以上自分が何か言おうとも、笑って流されるだけならば、あえて今は何も言うまい。
『けど、相棒……世界中の誰が信じんでも、ワイだけは信じとるで……』
***********
「だから言ったんじゃねーか!
こんな街なんかほっといて先を急ごうって」
半壊し、人の居なくなったアズライールの街。
そんな街の光景を見たソルラスカは、忌々しげに地面を蹴りつけた。
「そうね……斉藤浩二とか言うお荷物なんて拾わず、
ソルラスカという無能な仲間が寝坊しなければ、今頃は斑鳩達に追いついていた筈だけど」
「何だよ。俺と浩二のせいだって言うのかよ?」
「そのとおりよ」
沙月達を追う浩二達の一行は、一日かけてラダの村に辿り着くと、
村人達に沙月達は昨日の朝に出撃したと聞かされた。
出来る限り浩二の捜索をしたようだが、軍が出発してしまったので、行かざるを得なかったらしい。
故にこうして、沙月達の進軍後を追いかけているのである。
その際に、ソルラスカは沙月ならば最初の攻略拠点であるアズライールの街などは、
とっくに突破しているだろうから先を急ぐべきだと主張したが、
タリアは『鉾』に占拠されていた街の調査も任務であると言ってソルラスカの意見を退けたのだった。
「まぁまぁ、二人ともそう喧嘩腰になるなって」
「私は喧嘩腰になんてなってないわ。ソルがキャンキャンと噛み付いてきてるだけよ」
「何だとッ! テメェ!!」
「落ち着けソル! ここで怒ったら、タリアの言葉を肯定する事になるって!」
タリアに飛び掛ろうとするソルラスカを遮るように、
浩二はソルラスカの前に手を広げて立ちふさがる。
「けどよ。オマエは腹たたねぇのかよ? こんな風に言われて……」
「それぐらい、笑って流せる程度の甲斐性はあるさ」
「あーそーかい、そーかい。どーせ俺にはねーよ!」
「だから、拗ねるなって」
こんなやりとりをしている男二人を尻目に、タリアは崩れかけた教会の中に入っていく。
「おい、まて、タリア!」
「ソル! 好きな女の子の気を引きたいのは十分に解るが、落ち着け!」
「なっ、ばっ―――馬鹿いうなコノヤロウ!
おまえ、何を馬鹿言ってるんだ! 俺が、タリアを……そんな訳ねーだろ!!」
「じゃあ嫌いなのか?」
「あったりめーだ!」
フン。とそっぽを向きながら言うソルラスカを見て浩二は笑顔を作る。
出会って二日しか経ってないが、浩二はソルラスカという少年が嫌いでは無かった。
だからこのようにすぐ打ち解け、俺おまえの関係になっているのである。
「そうか。そうだよな。だって、アイツすげー性格悪ぃモンな?
いつもギスギスしてやがるし、お高くとまってやがる。
あんな、年中ヒステリー女を好きになるヤツなんていねーよな。ハハハ」
「……………」
「あんなんじゃ、一生恋人なんてできっこねーよ。だからあんなヤツ―――」
浩二が肩を竦めながらタリアの悪口を並び立てると、
黙り込んでしまったソルラスカが勢いよく顔をあげて浩二の胸倉をつかむ。
「オマエにあいつの何が解るってんだ!!」
叫ぶソルラスカの瞳は、真っ直ぐな怒りに燃えている。
これはブン殴られるなと思った瞬間。予想通りに殴られていた。
「―――ぐおっ!」
「はぁ、はぁ……アイツはなぁ……口はああだけど、いいヤツなんだよ!
ただ、素直になれないだけで……優しいヤツなんだよ!」
「いっ、ててて……」
モゴモゴと口を動かしながら立ち上がる浩二。
口の中が切れて滲み出た血を、唾と一緒にペッと吐き捨てる。
「それが解ってるんならさ……さっきみたいに、いちいち怒るなよ……」
「……え?」
「おまえが、さ……彼女と喋るときに誰を意識してんのか知らねーけど……
大丈夫だって、おまえは良いヤツだよ。その誰かさんがどれだけ良い男だとしても……
彼女に男を見る目があるのなら、最後に選ぶのはおまえだ」
「……おまえ、今の……」
浩二が憎まれ口を叩いた理由を知って、ソルラスカが目を大きくする。
そんなソルラスカに浩二は笑った。
「だからな。ま……落ち着け」
***********
夜。浩二は焚き火の前で『最弱』と他愛も無い雑談をしていた。
確立は低いであろうが『鉾』が襲ってこないとも限らないので、
夜に眠るときはこうして順番で見張りをやっているのである。
『けど相棒。らしくない事をやりまんなー』
「何の事だ?」
『昼間の事やがな。タリア女史とソルラスカの間を取り持とうなんて……
何かの魂胆あっての事でっか?』
「わかってて聞いてるだろ? オマエ―――」
仲間になる人間には媚を売っておく。それが斉藤浩二の処世術である。
『ナハハ。やっぱりなー。そうやと思ったで』
「でも、正直羨ましいと思うよ。あんな風に誰かを好きになるなんて、俺には無理だからな」
『何や? 相棒は斑鳩女史の事が好きなんとちゃうんか?』
「好きか嫌いかで言われれば好きだよ。
けど、恋人になりたいかと聞かれたらNOと答えるな。俺は」
『向こうからなってくれ言うてきても?』
「それは無い」
『もしもの話や』
沙月と、いわゆる恋人同士とやらになった姿を思い浮かべて見る浩二。
望のように抱きつかれる自分。望のようにじゃれつかれる自分。
そこまで考えたところで、ククッと笑った。
「ねーよ」
―――その構図は、無い。
「世刻がいる限りありえないな。そのIFは」
『じゃあ、世刻はバナナの皮ですべって階段に頭ぶつけて死んだという設定や』
「ぎゃははは。何だ、その情けない死にっぷりは!」
バナナの皮ですべって階段に頭ぶつけて死んだ望。
そんな事があれば、まずは希美が使いものにならなくなるだろう。
下手をしたら後追い自殺をしてしまうかもしれない。
とにかく最悪な状況になり、好きだ嫌いだとか言ってる場合じゃなくなる。
「物部学園の面子で……世刻、永峰、沙月先輩が死ぬという選択肢はねーよ。
この三人のうち一人でも欠けたならこの所帯は終わる。死んでも支障がねーのは俺だけだよ」
死んだら悲しんではくれるだろう。
だが、自分が欠けたとて『物部学園』という所帯が崩壊する事は無い。
アイツはいいヤツだったね。
アイツの死を無駄にしない為にも、俺達は生きて帰るぞ。おー!
……とか言って、この世界から飛び去っていくものべー。
―――THE FOOL 完
本当にありがとうございました。
「……うわ、てめ! なんて嫌な事を認識させるんだよ。燃やすぞ」
『なっ! やめて、やめてや! 燃やさんといて!』
「なら謝れ。ひぃと言え!」
『すみません。ひぃーーーーー!』
焚き火に近づけられて叫ぶ『最弱』と、悪い顔をした浩二。
「もうオマエなんか知らん。オマエを燃やした後―――
俺は、俺の持つべき本来の永遠神剣『ウルトラ超一位・超絶無敵最強奇跡』を手に入れる!」
『何やねん! その、とりあえず強そうな言葉を並べてみました的な神剣は!
そもそもウルトラ超一位って、何で形容詞が続いとんねん』
「ちなみに形は、背の丈ほどある大剣!」
『うわ、でた! とりあえずでかい剣を背負っていればカッコイイんじゃねーの的な、
今時の流行はバッチリおさえてますぜ。ウヘヘなフォーマル!」
「しかも、俺が本気を出したら光る!」
『何で光る必要があんねん! 最近の若い奴等はアレや、何かある度にすーぐ光たがる!
そんなに光りたいなら、身体中に金メッキでも貼り付けとけや。皮膚呼吸できんでぶっ倒れるから!
それに、ブッ殺す事だけを追求するなら、見た目はなんも変化ないほうが、不意もうてるっちゅーねん!』
「後は……」
『もうそんな所でっか?』
「そうだな……」
言いたい放題言うと『最弱』を顔に近づける浩二。
『最弱』も顔があったならば浩二に近づけるような仕草をする。
そんな風に、数秒だけ見詰め合うと―――
「ぎゃっはっはっは!!!!」
『アーッハッハッハ!!!!』
―――同時に噴出して大笑いした。
「ブハハハ! フハ、フハハハハ!!!」
『ククッ……ブワハハハハ!!!』
地面をダンダンと叩き、転がりまわり、可笑しくてたまらないと笑う『最弱』と浩二。
「………何やってるの? 貴方達……」
そんな馬鹿神剣と馬鹿マスターの様子に、
見張りの交代でテントの外に出てきたタリアは溜息をつくのだった。