「ソル。おまえにいい物をやるよ」
旅の途中の獣道。
暇な時間を見つけて作ったあるモノを差し出しながら浩二は言った。
「ん? 何だコレ……箱?」
「うん。まぁ、コレをだな……
気になるあの子へプレゼントとかすると喜ばれるんじゃないかな?
確信はないけど、確実に要るモノだし……」
「いったい何だよ……」
そう言って、ラッピングされた箱を開けようとするソルラスカ。
浩二は、贈答用にラッピングされた物が無造作にビリビリと破られようとしているのを見て悲鳴を上げた。
「よせ! せっかく綺麗に包装したんだぞ! そのまま持って行け!」
「あん? だから何だよコレは!」
「いいからそのまま持って行け! そしてこう言うんだぞ。
一言一句間違えるな。間違えたら台無しだからな!」
「お、おう……」
くわっと目を見開いて肩をつかんでくる浩二の勢いに押され、ソルラスカはこくこくと首を縦に振る。
そんなソルラスカを見て満足したのか、浩二はこう言った。
「必要だと思ったからやる。おまえは女の子なんだから、身体に気を使えよな……だ!」
「そ、それを言えばいいのか?」
「そうだ。それだけを言え。言って渡したらすぐに帰って来い!」
「お、おう……」
釈然としない表情だったが、ソルラスカは浩二の言葉に従いタリアの所へ歩いていく。
その背中を浩二は満足気に見守り、その腰に挿された『最弱』はシクシクと泣いていた。
『あんまりや……あんまりやで、相棒……』
「我慢してくれ『最弱』……これも、円満な人間関係の為だ……」
**************
「おい、浩二! どういう事だ!」
昼になり、浩二は携帯食による簡素な昼食を取っていると、
ソルラスカによって、人気の無い所に引っ張り込まれた。
「どうしたんだよ?」
「おまえ、どんな魔法使った!」
「魔法?」
「今朝のアレだよ。アレ! おまえから貰った物を、
そのまま右から左にタリアに渡したら、何だか俺に少しだけ優しくなったぞ!」
「ほう。それは良かったじゃないか」
ニカッと笑う浩二。
「何だ? あの箱の中には何が入っていたんだ。
やたらと軽かったら、宝石とかそういう類のプレゼントじゃねーだろ!」
「生活必需品だ」
「だから、それを、教えろ!」
浩二の肩を掴んでガクガクと振る。ソルラスカは必死だ。
タリアにこんなに喜ばれる物があるのなら、是非自分でも手に入れたい。
「……お、教えても無理だ。俺以外には入手困難な品だから……」
「そんな意地悪を言うなよ! もったいぶらずに教えてくれよ! な?」
「お、お、お……揺らすな。揺らすな!」
具体的に何であるかと言うのは、己の相棒の名誉ゆえに伏せておこうとした浩二だが、
ソルラスカはそれでは納得してくれそうにないので、ついには諦めて教えてやる事にした。
「はぁ……解った、わかった……教えるよ……」
「おう。頼むぜマジで」
「あの時、箱に入っていたのは、俺の永遠神剣『最弱』の一部だよ……」
「はぁ?」
具体的に説明するならば、ソルラスカに持たせたプレゼントの中身は、
『最弱』の厚さを薄め、ハサミで切断して作ったチリ紙である。
なにせこの『剣の世界』は、文明的には『元の世界』の中世レベルなのでトイレットペーパーが無い。
だから、食うモノを食って出すモノを出した時には、硬い紙をぐしゃぐしゃに揉んで、
柔らかくしたモノを使うのが主流なのだ。
しかも、今は旅の途中であるので、その紙すらも入手する事が困難である。
なので浩二は、今まで用を足した後には大きな葉っぱを使ってケツを拭いていた。
たぶん、ソルラスカだってそうだろう。
この『剣の世界』において、旅人や、貧しい村の人々は誰だってそんなモノだった。
そこで浩二はふと思いついて『最弱』に「オマエはもっと薄く大きく広がれるか?」と問いかける。
すると『最弱』は「できるけど、何でや?」といったので、
これは幸いと、ティッシュペーパーにしてやろうと思ったのである。そして使ってみた。
―――フォオオオオオオ! 素晴らしい拭き心地だ!!!
元の世界に売っているだろう、最高級のトイレットペーパーなど遥かに凌ぐ肌触りだ。
これは凄い。感動した! 思えば『紙』という材質は、色々と汎用が効く素材なのだ。
その気になれば、紙は家だって作れる。ダンボールハウスのように。
そして、風を通さぬ故に中は暖かい。浩二は、改めて自分の神剣は使えるヤツだと思った。
「じゃあ……あの中に入っていたのは……チリ紙?」
「うむ。肌に優しく触り心地の良い、永遠神剣100%のティッシュペーパーだ」
「それは―――確かに……俺には手に入れられねぇ……」
そもそも普通の神経したマスターなら、永遠神剣をそんな風に使おうだなんて思わない。
何故ならどんなマスターでも、永遠神剣の遣い手という選ばれし者の誇りが少なからずあり、
己の神剣の品位をこのように下げようなどとは思わないからだ。そして神剣も嫌がる。
しかし浩二は気にしない。
元々ギャグとしか思えぬ形をした神剣だ。誇りもクソも無い。
用途として別のモノに使えるならば何にでも使うべきだと思った。
『最弱』も、始めは嫌がったが―――
「……芸人の……芸人の世界でも……そうだろ……っ!
喋りで……笑わせられる……綺麗な……芸人もいれば……
身体を張って笑いを取る……俗に言う『汚れ芸人』だっている……っ!」
ざわ…… ざわ……
『まて……相棒……ちょっと……まってくれっ……!
その例えは……どこか……間違っているっ……! 無効っ……』
「ところがどっこい、そうはいきません……!」
ぐにゃあ~~
浩二の言葉に身体を歪ませる『最弱』……っ!
しかし……逆らえないっ……浩二はマスターで……『最弱』は……神剣……っ!
だからっ……逆らえないっ……
『最弱』は、それでも諦めずに起死回生の言葉を捜すが……駄目っ……!
それを言われたらっ……従わざるを得ない……っ!
「……最弱……最下位どころか……偽物っ……パチモノ神剣……っ!
そんな汚名をっ……このチリ紙作成で晴らすんだっ……それしか……道はないっ……
気づけっ……気づいてくれっ……オマエは……っ!
世刻や永峰や沙月先輩の神剣とは違う……っ! 違うんだ……!」
ボロ…… ボロ……
「……だから……身体を張るんだっ……最弱……っ!
汚れでも……身体を張れば……っ! いつかは輝ける時が来るっ……!
きっと……いや、たぶん……来るはずっ……というか……来てくれ……っ!」
―――という話し合いの末に折れた。
「だから、また必要になったら俺に言ってこい。作ってやるから」
「……あ、ありえねぇ……永遠神剣をハサミで切るとか、
鼻紙やケツを拭く紙に使うとか……なんて事を考えつくんだ……コイツ……」
「なに、ティッシュ一箱分くらいの消費なら、すぐにでも再生するさ」
ハッハッハと笑いながら言う浩二。
「………そ、そうか」
ソルラスカは、浩二の認識を気の合う仲間から、
凄い発想をする只者ではない仲間に変えるのだった。
そして後に―――
斉藤浩二が作るチリ紙は、その素晴らしい品質の良さから、
学園内でオークションにかけられるほど人気が出て、
仲間の女性陣や、物部学園の女子生徒により物凄く重宝される事になる。
『鶴の恩返しっちゅー童話に出てくる、
鶴の気分が一番わかるのは……きっと、ワイや……』
**************
沙月達が手を貸すアイギア王国軍は快進撃を続けていた。
その勢いのまま、暴君ダラバが本拠としているグルン・ドラスを押しつぶさんとばかりに。
しかし、開放したミストルテの街でアイギア王国に伝わる王家の証を手に入れた事により、
亡国の姫から、名実共に新生アイギア王国の頂点に立ったカティマ・アイギアスは、
国土的には膠着状態となった今、これ以上の血を見る事は無いと、ダラバへと停戦調停を申し立てる。
武力による解決では無く、話し合いによって戦いを終わらせようと考えたのだ。
そして、カティマがこの考えに至った経緯は、王家の証を手に入れた事により、
アイギア王家とダラバの因縁を知ったからである。
タラバの一族は、元はアイギア王家に仕える影の一族であった。
諜報や暗殺といった手段で、王国の暗部を支えていたのだ。
しかしある時、ダラバの一族―――レストア一族の者が、敵国に捕らえられ、処刑された。
それだけならば、まだ問題は無かったであろう。
任務で捕らえられたなら、処刑されるのは影の一族の者としては当然の事であったから。
だが、時のアイギア王国の指導者は、栄光のアイギア王国に、
裏で暗躍する一族がいるなどという事実が明るみに出ることを恐れ、
レストア一族を根絶やしにしようとしたのだ。
そうした粛清の中で、唯一人生き残ったのがダラバ。本名をディスバーファ=レストアス。
国に忠誠を誓い、それを最も酷い形で裏切られた一族の生き残りは、
アイギア王国を憎悪し、永遠神剣の力を借りて復讐を開始する。
その結果。アイギア王国は滅んだ。
ダラバは王家に連なる者を惨殺し、剣の世界の覇権を握ったのである。
そして、今度は唯一生き残った王家の遺児カティマが、
永遠神剣を用いてダラバに復讐し、王家を再興しようと兵を挙げた。
何という悲しい巡り合わせ―――
そして、何という愚かな憎しみの輪廻。
カティマが下した和平という決断は、それを終わらせんが為のものであった。
しかし、そんなカティマの想いは裏切られる事になる。
グルン・ドラスへと赴いた和平の使者は、首だけになって帰ってきたのだから……
「カティマ!」
物部学園の屋上。
そこに独りでポツンと立ち尽くし、月を見ていたカティマに望は声をかけた。
「……望」
「やっぱり来ていたんだな……ここに」
「すみません。望達に断りもせず……」
「責めてる訳じゃないよ。ほら」
望は手にしていた水筒から茶をコップにそそぎ、カティマに手渡す。
白い湯気と共に、煎れたての良い匂いが香った。
「ありがとうございます……」
「茶菓子もあるぞ」
そう言って、望の胸ポケットから顔を覗かせたのは望の神獣レーメだ。
何だかその様子が可笑しくて、愛らしくて、カティマはくすっと小さく笑う。
「和平……無理だったんだな……」
「はい……」
力なく俯くカティマ。そんなカティマに、望はかける言葉が見つからなかった。
彼女は大きなモノを背負っている。
カティマこそ、この世界の正当なる王であると信じて付き従う兵士達と、
暴君ダラバではなく、彼女の統治を望む民という大きすぎるモノを……
望は、永遠神剣のマスターとして200人足らずの、
物部学園の生徒達の命を背負っているだけでも重いと思う事があるのに、
カティマが背負っているのモノは、その何十、何百倍もの人間の命なのだ。
「ここは、物部学園は……いいですね……望」
何がとは聞かない望。カティマにとって、この場所だけがアイギアの女王カティマではなく、
ただのカティマとして振舞える場所だとわかっているから。
「私も……望の世界に生まれていたのなら……
ここで、普通の女の子として……望や希美達と笑いあえたのでしょうか?」
―――IF
もしもの話。そんな話に縋りつきたくなる程に、今のカティマは辛い場所に立たされている。
たった一人で、その小さな肩に背負いきれない程の大きなモノを乗せられて。
「きっと、できたと思うよ……いや、やっぱり無理か?
カティマが俺達の学園の生徒なら、沙月先輩と双璧をなすくらに人気者だと思うから、
きっと俺なんて相手にされないと思うよ」
これぐらいの軽口しか叩けない自分を望は恨めしく思う。
絶ならば、もっと気の利いた台詞を言えるだろう。
斉藤ならば、もっと笑わせられる台詞でカティマの気を紛らわせるだろうから。
「そんな事ありません! 私が望を相手にしないなんて事がある訳が―――」
「え?」
「それとも……望は嫌なのですか? 私が……私なんかが、望達の輪に入ることが……」
「そ、そんな事あるわけないだろ! カティマなら大歓迎だよ!」
「……本当ですか?」
「も、もちろん!」
涙目で見てくるカティマに、望はブンブンと首を縦に振る。
すると、カティマは顔をパッと輝かせた。
「……よかった。望に嫌われている訳ではなくて……」
「……ん? 今、何か言った? 小声で聞こえなかったんだけど」
「い、いえ。何も言ってません!」
「む~~~っ!」
何故だか慌てた様子のカティマと、何故か頬を膨らませるレーメ。
レーメは、望の胸ポケットから出ると、肩にとまって耳を引っ張った。
「いて、いててて……何するんだ。レーメ!」
「うるさい! 戯け者! 痴れ者! 馬鹿者!」
「何を怒ってるんだよ。離せって!」
そう言って肩のレーメを鷲づかみにすると、無理やりポケットにしまいこむ。
レーメは文句を言うが、望は無視してチャックをしめた。
「……いいのですか? そんな事して」
「いんだよ」
「いいわけあるかーーーー!」
心配そうなカティマにしれっと答える望と、抗議の声をあげるレーメ。
レーメはそれからしばらく暴れたが、やがて暴れ疲れたのか動かなくなった。
(サンキューな。レーメ)
心の中でレーメに感謝の言葉を告げる望。
彼女の活躍? により、いつのまにか、最初の重苦しい雰囲気が無くなっていたからだ。
「あの、さ……カティマ……」
「はい。なんですか? 望」
「カティマの立場は十分にわかってる。
俺が今から言う事は、もしかしたら大きなお世話なのかもしれないけど……」
我ながらクサイと思う台詞を言おうとしている事に、望は歯切れが悪くなるが、
なんとか気合と勇気を振り絞っていう事に成功する。
「辛かったら、愚痴や泣き言の一つくらい言ってくれよ。
俺、沙月先輩みたいに頭良くないから、的確なアドバイスとかできないで、
聞くことしかできないかもしれないけど……」
「…………ありがとうございます。けれど……」
「けどなんて無しだ。俺達……仲間だろ?」
「―――っ!!」
望の言葉にカティマは言葉を詰まらせる。
それは、孤独だった彼女が、何よりも欲していた言葉だから。
「……っ……くっ……」
故にカティマの頬に涙が伝う。
無自覚なのだとしても、望の言葉は心の底からそう思っていると感じられるから。
「え? ちょっ、カティマ?」
突然カティマに胸で泣かれて戸惑う望。
けれど、肩を震わせながら静かに嗚咽する少女を突き放せる筈も無く、
望はカティマのさせるがままにして空を仰ぎ見るのだった。