季節は巡り、今はもう冬といってもいいほどの肌寒さになってきた。
夏休みが終わった後も相変わらず俺は八神家に通い続け、まったりとした時間を過ごしていた。
時たま両親が突発的に何かイベントを起こしたりもしたが、それだってとても楽しかった。
ただ、同じように続く日常がこんなにも楽しいだなんてことは今まではなかった。
別にこれまでも不幸だったわけではないが今の暮らしと比べるとどうにも見劣りしてしまう。
本しか読んでいなかったし。会話だって両親意外とはほとんどしていなかった。
いや、する意味がないと思っていたんだな。
それが今でははやてだけではなく、シグナムやヴィータ、シャマル、ザフィーラといった騎士たちとは毎日のように談笑している。それにバニングス、月村、高町とまで仲良く話をするくらいだ。
……変わったのは騎士たちだけじゃなかったんだな。
俺もはやてによって変わってしまったようだ。
いい方向に。
はやてには感謝している。はやてに出会えて本当に良かった。
だから、どんなことをしてでも君を守って見せる。そう、どんなことをしてでも。
愛してるよ、はやて。
俺は今、海鳴大学病院に来ている。
はやての定期検診の付き添いのためだ。
しかし、結果は芳しくないようだった。
はやての麻痺の原因は、いまだ掴めていない。
俺も自分で様々な資料を読み漁り、原因を調べているが一向に分からない。
そして、原因がわからないままゆっくりと、しかし確実にはやての麻痺は広がっている。
……俺はいったい何のためにいろいろな知識をため込んできたんだ。はやての危機に使えない知識なんて意味がないじゃないか!
担当医の話を聞きながら俺は鬱々とした気持ちになっていた。
しかしこの時、はやてを救うための一筋の光明が見えてきた。
(もしかしたら、はやてちゃんの麻痺は闇の書が原因なんじゃ……)
シャマルが突然、そんな事を考え出したのだ。
ちなみに、なぜ俺が今能力を使っているのかというと、担当医の説明を俺が受けられなかったからだ。
子供に聞かせるような話ではないということで、シャマルだけが説明を受けている。
なので、盗み聞きをするために能力を使っていた。
(闇の書がいつまでたっても蒐集されないでいるから直接つながっているはやてちゃんのコアから魔力を奪っていると考えれば辻褄が合うわ。その継続的な魔力欠乏によって麻痺が引き起こされているとしたら……)
シャマルの推論はどんどんと繋がっていった。よどみなく繋がっていく理論を聞いて、俺はどんどんこれが正しいのではないかという確信を強めていく。
そうか、こんなことに気付かなかったなんて。
こちらの世界の病気にとらわれ過ぎていた。せっかく魔法の存在を知っていたというのに。
……くっ、バカか、俺は?
しかしそうと決まれば話は早い。
すぐにでも行動しなければ。後悔なんて後回しだ。
こうなってしまった以上、やるべきことは決まっているのだから。
「う~ん、やっぱ病院はいつまでたっても慣れへんなぁ。えらい疲れたわ」
帰り道、はやては伸びをしながら愚痴をこぼした。
色々な検診をやったからな。それでいて原因が未だに解らないのだから疲れも溜まるだろう。
「大丈夫? なんなら今日の夕食は私が準備するわよ」
はやてを気遣ってシャマルが提案をする。
それにはやては焦って拒否をした。
「い、いや、気持ちだけで十分や」
シャマルの料理は破壊力抜群だからな。俺の料理教室も情けないことに今のところ効果が薄いし。
「それに料理は私の趣味やねんから」
確かにそうだ。そのおかげで俺ははやてと出会うことができたんだったな。
……なつかしい。一年たっていないはずなのにだいぶ昔に思える。
するとはやては向き返って俺に話しかけてきた。
「そう言えば、それがきっかけで希君と出会ったんやったな」
「あぁ、そうだな。俺がはやてに料理本を取ってあげたのがきっかけだった」
「なんや懐かしいなぁ、そんな時間たってへんはずやのに」
どうやらはやても同じことを考えていたらしい。
なんか嬉しいな。
「希君とはやてちゃんの出会いの話ねぇ。詳しく聴きたいな」
シャマルは目を輝かして聴いてきた。
そう言えば話したことがなかったな。
「あ~、なんや改めて話すとなるとちょっと恥ずかしいなぁ。主に希君の行動が」
「? なんか変なことをしていたか?」
「うん、自覚がないんはしっとるけどな」
どうやら考えることは同じでも記憶の方は若干の齟齬があるらしい。
なんかしたったけかな?
「希君の恥ずかしい行動は今さらじゃない」
「シャマル、それではまるで俺が恥ずかしいことばかりしているようじゃないか」
「実際そうでしょ? ね、お願い」
そんなことはない。と、胸を張って言えないのはいつもはやてに怒られているからだろうか? う~ん、基準が難しいんだよな。
「しゃーないな~」
はやては口ではそういったものの、なんだか楽しそうに俺たちの出会いを話し始めた。
話しは弾み、結局俺たちは家に着くまでであった頃の思い出を振り返っていた。
しかし、話を聞いた限り俺の記憶とも一致して居るし、恥ずかしい行動なんてとっていなかったんだが?
家に着くと、はやては早速料理に取り掛かった。
いつもなら、シャマルやヴィータ、時たまザフィーラも手伝っているのだが(俺には手伝わせてくれない)今日ははやて一人に任せている。
病院帰りはいつもこうなってしまう。
診察結果を皆で聞くためだ。
「それで、結果はどうだった?」
シグナムが真剣な表情でシャマルに聞いた。
「また駄目だったわ。原因がわからないって……」
シャマルのいつも通りの答えを聞いたシグナム、ヴィータ、ザフィーラの三人は暗い顔になる。
すでに何度もこの結果だったので期待はしていないがそれでも何ら状況が改善されないのは気が滅入るようだ。
しかし、今回の報告はこれだけで終わらなかった。
「それどころか麻痺が広がってきてるって……」
「「「!!!」」」
さらに悪化していく状況に三人はショックを受けた。
ヴィータなんかは泣きそうだ。
「それでね、みんなに聞いて欲しいことがあるの。これは私の推論なんだけれど……」
そう前置きしてからシャマルは先ほどの推論を俺たちに話した。
シャマルの推論を聞いた三人の衝撃は大きかった。
ヴィータは明らかに動揺していたし、普段は冷静なザフィーラもショックを隠し切れていない。
「そ、そんな……じゃああたしたちのせいで」
「……くっ!」
「…………」
はやてのことを大切に思っているのだからショックなのはわかる。
だが、いつまでもそうされていては困る。
皆にはやって欲しいことがあるのだから。
俺ははやてに声が届かないことを確認してから本題に入る。
「シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ。お前たちに一つ頼みたいことがある」
「希?」
騎士たちは俺の発言に不審に思ったようだ。
今まで俺は彼らに頼みごとなどしたことがなかった。
全部一人でできたからだ。
しかし、今回ばかりはそれができない。
真剣な表情で皆に向き合い、正座で手を床に付ける。
「蒐集を行ってくれ」
「「「「っ!!」」」」
騎士たちは驚愕し、目を見開いた。
俺は構わずに続ける。
「シャマルの推論が正しいかどうか俺には判断できない。だが、原因がわかっていない以上できる限りのことはやっておきたい。シャマルの推論が正しければはやての麻痺は止まる。そうでなくともページがすべて埋まれば願いを叶えられる。そうすればはやての足を治してもらえる」
騎士たちは黙って俺の願いを聞き続ける。
「はやてが蒐集を禁止しているのは知っている。だが、そこを曲げて頼む。責任は俺が取るから」
俺はそういって土下座をした。
「お願いします。もう、これ以上はやてが苦しんでいるところを見ていられないんだ。俺には何もできないから……お願いします」
俺は騎士たちに懇願した。
自分の無力さが嫌になる。
なぜ俺には魔力がないんだ! それさえあればはやてを助ける手助けができるのに! こんな能力があったところで何の役にも立たないじゃないか!
悔しくて悔しくて、肩が震える。
「……顔を上げてくれ、希。もう、そんな真似はやめてくれ」
その、震える肩をシグナムに優しくたたかれ、俺は顔を上げた。
見ると俺の周りには悲しそうな顔をした騎士たちが集まっていた。
「何もできないなんて言わないでくれ。私たちはお前からも大切なものをたくさん受け取った。主もそうだ。何もできないなんてことはない。希がいてくれたから今の私たちがある」
騎士たちはシグナムの言葉に頷く。
「だから、そんな顔しないでくれ。お前が苦しんでいる姿など、誰も見たくない。お前だって私たちにとって、主と同じように大切な『家族』なのだから」
そう言ってシグナムは俺をやさしく抱きしめた。
それに重なるように、ヴィータ、シャマル、ザフィーラも抱きついてくる。
あぁ、こいつらは俺を『家族』だと言ってくれる。こうすれば彼らが断ることなんてできないことを知っていながら、こんな真似をする、卑怯な異常者の俺を。
そう思うと罪悪感と同時に胸に温かい物が満ちていき、目に涙が浮かんできた。
皆が抱き合うのをやめるとシグナムは強固な意志を宿した目で力強く宣言した。
「蒐集を行う。主の命を守るため、大切な『家族』を苦しみから解放するために私は騎士としての誇りを捨て、初めて主の命令に背く!」
すぐさま、ほかの騎士たちも同意をする。
「あたしだってやってやる! はやてを救うためなら! たとえどんなことだって!」
「私ももちろんそのつもりよ。私だって希君に負けないくらい、はやてちゃんを助けたい。だから、一刻も早く闇の書を完成させて今までの生活を取り戻すのよ」
「……決まりだな」
騎士たちの意思は固まったようだ。
「……ありがとう、みんな」
この瞬間、俺たちの気持ちは、一つとなった。
はやてを助ける。
そして、穏やかな日常を取り戻すために。
俺たちはその後、今後の行動方針について話し合った。
今回のことで一番ネックなのは管理局のことだ。只でさえ狙われている可能性が高いのに、蒐集まで行ったら見つかるリスクは跳ね上がるだろう。
俺たちが捕まるのは仕方がないとしても、はやてまで一緒に捕まってしまったら最悪だ。
そこで、大原則として絶対にはやてが主だと気付かれないように取り決めた。
もしものときは俺が主だとする。騎士たちは初め反対したが、俺とはやてが見つからなければ問題ないだろうと説得してどうにか受け入れてもらった。
ただ、騎士たちが見つからないようにするのは無理があるだろう。時間をかけてやればできるかもしれないが、それでははやてが持たない危険性がある。
なので、今回は隠れるのをあきらめ、短期間で一気に蒐集を行うことにした。
最低限、拠点などはばれないようにするが他は気にせず、思いっきり暴れる。
そして蒐集が完了してはやての病気が治ったら、魔法を封印して静かに暮らす。
そうすれば管理局も初めこそ追いかけてくるかもしれないが、そう長くはできないだろう。深刻な人手不足のようだし。
それともう一つ大切なことははやてにばれないようにすることだ。
その点は俺に一任してもらうこととした。蒐集で役に立たない分、精神面で騎士たちに負担をかけたくないからだ。
大まかな方針はこのようにして、騎士たちは早速蒐集を始めた。
俺もできる限りのフォローをする。
今の俺にできることはすべて。
蒐集は難航した。
この世界には、魔力を持っているものは高町のような例外を除いていない。
なので、ほかの世界に行かなくてはならない。
だが次元移動をして、なおかつ魔導師や原生魔導生物を狩るのはかなり負担が大きい。その上、はやてにばれないように帰らなくてはならないので時間制限まである。
騎士たちの疲労は溜まる一方だ。
それでも、あきらめずにやるしかない。
12月に入り、ついに本格的に騎士たちは管理局に見つかってしまった。
今までも管理局に遭遇することはあったがうまくやり過ごしてきていたのだが、高町との戦闘中に見つかり本格的に追われることとなった。
しかも、騎士たちは知らないがこの世界を活動拠点としている。高町も傷が治りしだい協力するつもりらしい。
これはまずい。高町の力はまだ騎士たちに及ばないが彼女は魔法に関しては天才だ。
戦闘経験を積めばすぐに追いついてしまうだろう。
その上もう一人の天才、フェイト・テスタロッサまで捜査に加わっている。
こいつらに邪魔をされてはますます蒐集がしにくくなる。なんとかしなければ。
幸い、高町は俺と親しい。
その点と俺の能力を利用すれば管理局の行動を筒抜けにできるだろう。
テスタロッサも同じ学校に通うようだから好都合だ。
こいつらには悪いが俺にとってははやてたちの方がはるかに大切なんだ。
「今日から、このクラスに新しいお友達が増えました。じゃあ、自己紹介してくれる?」
「フェイト・テスタロッサです。よろしくお願いします」
今日、突然テスタロッサが転校してきた。
簡単な自己紹介が終わるとクラスメイト達がざわつき、高町や月村、バニングスが驚いている。
そう言えば高町たちは知らなかったな。
HRが終わるとクラスメイトは一斉にテスタロッサへと群がった。
「フェ、フェイトちゃん! どうして!」
「あ、なのは。それがね」
「高町さん知り合いなの!」
「どうゆう関係!?」
「ねぇ、テスタロッサさんは前どこに住んでたの?」
「髪綺麗だね~。どこの人?」
「日本語上手だね! ずっと日本に住んでたの?」
「どんなことが好き?」
「趣味とかある?」
「え、あの、その」
おぉ、質問攻めにされて困っているな。
しかしそういうときは
「こらー! いっぺんに話したってわからないでしょう! フェイトも困ってるんだから順番に話しなさい!」
やはりバニングスが仕切ってくれるか。面倒見のいい奴だ。
すると月村が唯一いつもどおり本を読んでいる俺のところにやってきた。
「驚いたね。まさかフェイトちゃんが転校してくるなんて。事前に話してくれればよかったのに」
「驚かそうと思ったんだろ」
月村とバニングスもテスタロッサのことは知っている。
ビデオレターで仲良くなったらしい。
俺にもそのビデオに出てくれと頼まれたことがあったが一回も出演したことはない。
面倒臭いと言って断り続けたからだ。
だが、向こうから送られてきたビデオは高町に見せられたので一応は俺もテスタロッサを知っていることになっている。
「希君は行かないの? フェイトちゃん、こっちを気にしてるよ」
向こうも、俺のことを高町から聞いているようだ。
というか一回会っているし。
「今行かなくても昼休みになったら一緒に昼食をとるのだろう。その時に話せばいい」
「あ、今日は一緒にお昼食べてくれるんだ」
月村は意外そうに言った。
俺から一緒に食べるようなことは言った事がないからな。まぁ、テスタロッサに用がなければこんなことは言わなかっただろうし。
本当のことを言うわけにもいかないのでそれらしい理由を言っておく。
「バニングスが逃がしてくれないだろう」
「あぁ、そうだろうね」
月村は納得したように笑っていた。
……はやてのために一つでも多く、情報を手に入れなければならないからな。例え友人であろうと、悪いが利用させてもらう。
昼休みになると、予想通りバニングスが俺を誘ってきた。
その目は今日は逃がさないぞと言っていたが俺も逃げる気がないので素直に従う。
そうして、俺たちはいつものように屋上まで来た。
「では改めて。一ノ瀬希だ。高町から話は聞いている。今日からよろしくな」
そう言って俺はテスタロッサに手を出した。高町たちは俺の行動に驚いたようだった。
「の、希君がちゃんと挨拶してるの」
「ちゃんと友好的な態度も取れるんだ」
「なんで普段からやんないのかしら」
……失礼な奴らだ。俺だってきちんと挨拶くらいはできる。
まぁ、はやての件がなければ同年代にこんなことしないだろうが。
「うん、私もなのはから話は聞いてるよ。まさかあの時のクッキーの人だとは知らなかったけど……これからよろしくね」
そう言ってテスタロッサは俺の手を握り、握手をした。
俺はその瞬間、応用能力①を発動させる。
俺の能力は普段、その時考えていることしか読み取れないが、こうして相手に直接触れることができればそいつの記憶まで読み取ることができるのだ。
……なるほど。なかなかヘビーな人生を歩んできたようだ。
しかし今はそんなことはどうでもいいので放っておこう。重要なのは管理局の動きについてだ。
管理局はまだ何も掴んでいないに等しいようだな。予想通り、この世界を活動拠点にしたのも高町がいるためのようだし。
まだ騎士たちの正体も掴んでいないようだ。
そのことを読み取ると俺たちは手を離し、普通に昼食をとることにした。初めは皆、テスタロッサの突然の転校のこととなぜ俺のことを知っていたのかを追求されてしまった。
テスタロッサと出会った経緯を話すと皆なんだか残念そうな顔をしていたがテスタロッサ自身はなんでみんながそんな顔をしているのか分かっていないようだった。
その後は普通に女子たちがかしましくお喋りを楽しんでいたのだが、俺が食べ終わって本を読みだすとテスタロッサが俺に声をかけてきた。
「本当に本が好きなんだね」
「あぁ、これでも最近は読む量が減ってきているんだがな」
「あ、なのはに聞いてた通りだ。本を読んでいてもちゃんと返事してくれるんだね」
「聞こえているからな」
そういいながらテスタロッサは俺のことを俺のことを物珍しそうに見ている。
「ホント失礼な奴よね! 返事すれば本読んでいいなんてないでしょうに!」
「許可は貰っただろう?」
「あんたが読ませてくれなきゃ一緒に食べないとか言い出すからでしょうが!」
バニングスはもう何度目になるか分からない文句をしつこくいってきた。
仕方ないだろう? 最近は学校で読む以外の時間はほとんどないのだから。
「なんの本読んでいるの?」
「人体の化学。筋肉・神経編」
「……すごく難しそうな本だね」
テスタロッサは驚いたようだった。
まぁ、小学生が読むような本じゃないからな。
以前は高町たちの前でこう言った専門書は読まなかったのだがはやての病気が一向に良くならないので、なりふり構わず勉強することにし、今では普通にこいつらの前でも専門書を読んでいる。
「変な奴よね。本なら何でもいいのかしら」
「にゃはは、でも希君すごいの。私だったらそんな難しそうな本読んだら眠くなっちゃうもん」
「でも希君の読む本って医学系の本が多いよね」
「奥が深いからな」
ちなみに、はやてのためだということはこいつらに話していない。
特に言う必要もないし、気を遣わせるのは悪いからな。
「お医者さんを目指してるの?」
「いや、できればパティシエになりたいと思っている」
テスタロッサの問いに俺は正直に答えた。
医学はあくまではやてのために学んでいるだけだからな。将来はこんな知識使わなくて済むようになればいいと思っているくらいだ。
それよりも、小さな洋菓子店でもできたほうが楽しそうだ。
もちろん、はやてたちも一緒に。
「あぁ、お菓子作りってまだ続けてるんだ。そういう本を読まなくなったからやめちゃったのかと思ってた」
「最近は本を読まないでも問題なくなったからな。もうオリジナルで作れる」
「もしかしてあの時もらったクッキーって手作りなの? すごいんだね、希は」
テスタロッサは感心したような声を上げた。
これはチャンスだな。
「なんなら今日の放課後転入祝いにケーキでも作ってやろうか? 今日なら少し、時間が取れる」
「ホント?」
「あぁ。ただし、テスタロッサの家のキッチンを借りることができればだ。俺の家に呼ぶ
のは遠慮したいからな」
「うん、それくらいなら大丈夫だと思う。ありがとう、希」
テスタロッサは嬉しそうにお礼を言ってくれた。
……俺がこんな申し出をしたのは好意からではないというのに。
俺がこんなことを申し出たのはテスタロッサが一緒に住んでいる他の管理局員から情報を得たいと思ったからだ。
テスタロッサは管理局に入って日が浅い上に立場も低い。しかし一緒に住んでいる中にはそれなりに地位の高く、長いこと魔法犯罪にかかわってきた艦長や執務官までいるらしい。
もしかしたら闇の書について知っている奴もいるかもしれないからな。
すると、俺の思惑を知らないバニングス達が抗議の声を上げ始めた。
「ちょっと! ずるいじゃない! 私たちには何度頼んでも作ってくれたことないくせに!」
「いいな~フェイトちゃん。私も希君のケーキ食べてみたいの」
「私も」
いや、別に今回だけはテスタロッサにだけというわけではないのだが。
「お前らも来ればいいじゃないか。テスタロッサがいいというなら俺は別に人数が増えようとかまわない」
……高町には何か罪滅ぼしをしておきたいとも思っていたところだし。
騎士たちに蒐集を頼んだのは俺だからな。
「ホント! ねぇ、フェイトちゃん!」
「うん、私は大歓迎だよ」
「「「やったー!!」」」
三人とも大喜びだった。
しかし、そんなに喜ぶことなのか? 高町なんか親がパティシエなんだからケーキなんてよく食べるだろうに。
「あのね、希……」
三人が喜んで居る傍らでテスタロッサがおずおずと声をかけてきた。
「なんだ?」
「私のことはフェイトって呼んで欲しいな。その、もう友達だから」
テスタロッサは期待を込めて俺に言ってきた。
そう言えば、こいつの中では高町理論が確立されているから友達=名前で呼び合うになっているんだったな。
しかし
「断る」
「えっ!」
テスタロッサはショックを受けたようだ。
あぁ、これは勘違いしているな。
するとバニングスがすかさず抗議の声を上げた。
「ちょっと! フェイトが傷ついてるでしょ! 名前で呼ぶくらいいいじゃない! ついでに私たちも下の名前で呼びなさいよ!」
「何度も言っているだろう。俺が名前で呼んでいたい女は一人しかいない」
「そう、なんだ」
テスタロッサは明らかに落ち込んでいる。
まったく。高町も変なこと教えてくれたな。フォローしておくか。
「別に友達になることを拒否したわけではないぞ。ただ、下の名で呼ぶのが嫌なだけだ。そちらは何と呼んでくれてもかまわない。それに下の名で呼ぶのが友達だなんて高町理論であって一般的には適応しない」
「え? そうなの?」
俺の説明にテスタロッサは意外そうな顔をしてしまう。
高町理論を信じ切っていたようだ。
すると今度は高町が抗議する。
「ちがうの! 普通友達同士は下の名前で呼び合うものなの!」
「そう思っているのはお前だけだ」
「だから違うの!」
高町はまだ何か言いたそうだが無視することとしよう。こいつと議論したところで意味ない。絶対折れないし。
そんなことより今はテスタロッサのことだ。
「というわけで、名前で呼ぶのは勘弁してくれ。その代わり、いちいちフルネームで呼ぶような堅苦しいことはしないから」
「うん、わかった。……友達って思っていていいんだよね?」
「あぁ、問題ない」
「ありがとう」
テスタロッサは嬉しそうに俺にお礼を言った。
その後も高町は抗議を続けようとしたがあいにく昼休みはもう終わってしまい、俺たちは教室に戻った。
放課後、俺たちはケーキの材料を買いそろえると、早速テスタロッサの住んでいるマンションへと向かった。
放課後すぐにはやてに会いに行けないのはとんでもなく寂しいが今回ばかりは我慢しなければ……情報収集は大切なことだからな。
俺たちがマンションまでつくと中から若い女の人が出てきた。
「お帰りなさい、フェイトちゃん。あら、なのはちゃんも。それに……」
「ただいま。この子たちは私の友達だよ」
「「「おじゃましま~す」」」
どうやら、この人が艦長のようだ。
女性だとは知っていたがかなり若々しいな。たしか執務官の母親だから少なくとも……いや、意味のないことだし、女性の年齢を気にするなんて野暮な真似はやめておこう。
「あらあら。あなたたちは前にビデオレターに出てくれていた子達よね? 確かアリサちゃんとすずかちゃんだったかしら?」
「はい! はじめまして。アリサ・バニングスです」
「月村すずかです」
「ようこそ。私はリンディ・ハラオウンよ。フェイトちゃんと仲良くしてね」
「「はい!」」
艦長は目線を合わして二人にあいさつをすると俺の方を向いた。
「それで、あなたは?」
「一ノ瀬希です。はじめまして」
するとリンディさんは俺の方に近づき、また目線を合わせ嬉しそうに俺にも挨拶してきた。
「あなたが一ノ瀬君ね。なのはちゃんから話は聞いてるわ。よろしくね」
チャンスだ。
俺はすかさず艦長の頭を触った。そして応用能力①を使い記憶を探る。
……予想以上の結果だ。以前の闇の書に大きく関わっているじゃないか。
しかし、以前の闇の書が世界を破滅させようとした? なぜだ? 前の主が願いがそうだったのか? くそっ! 騎士たちの記憶は曖昧で、前のことはほとんど忘れているから分からない!
「あの、一ノ瀬君?」
すると艦長ははてな顔で俺に声をかけた。周りもポカンとしている。
あぁ、何か言い訳しておかないとな。
「すいません。額のマークが気になって。つい」
「あ、うん。いいのよ」
「なにやってるのよ、あんた」
バニングスが呆れたように俺に言ってきた。
少し強引だったが問題ないだろう。この能力のことは誰にも話していないし、これは魔法でもないようなのでまず気付かれない。
そのまま俺たちが促されて家の中に入ると執務官がいた。
中で同じように挨拶をし、その際に記憶を探ってみたがこちらも先ほどの艦長と同じで詳しい情報は得られなかった。
しかし、こちらは今回の事件が闇の書と関係があるのではないかと疑い始めているようだった。
騎士たちと対策を話し合う必要があるな。
俺はあいさつが終わると早速キッチンを借りてケーキ作りを始めた。
皆が見たいと言うので見学を許していたのだが、俺の手際の良さに驚いていた。
「手際がいいわね~」
「いつも作っているからな」
八神家の菓子はほぼすべて俺の手作りだからな。一部シャマルが作ったのもあるが。
「希、すごいね」
「ふぇ、お母さんみたいなの」
「そうか、ありがとう」
賛辞は嬉しいが現役のパティシエと比べて遜色がないというのは言い過ぎだろう。
「何を作っているの?」
「チョコシフォンケーキとチーズケーキ。甘いのと甘くない奴」
「甘くないのも作れるのか?」
「あぁ、簡単だ」
だって執務官甘いのきらいじゃないか。
「というか二つ同時進行なんだ。やっぱりすごいの」
「うん。希ならパティシエになれるよ。絶対」
「ありがとう」
皆に褒められてはいるがいまいち気合が入らない。
ケーキを作ること自体は楽しいのだが……
放課後なのにはやてに会えていないせいだろうか? うん、きっとそうだ。そうだ、はやてたちにも持って帰ることにしよう。
そう思うとなんだか少しだけやる気が出てきた。
一時間ほどで俺のケーキは完成し、俺は皆に振舞った。
「ふぇ、すごいの。お店に出てるやつみたい」
「いいにおい」
「おいしそうだね」
「まぁ、見た目はいいんじゃない。でも肝心なのは味よ味」
「私たちも頂いちゃっていいのかしら?」
「ええ、多めに作りましたから」
「実は甘い物は実は苦手なんだが……これはおいしそうだ。それじゃあ、早速」
「「「「「「いただきま~す」」」」」」
皆で一斉にケーキを一口食べると
「「「「何これ! すっごいおいし~い!」」」」
との感想をいただけた。
うむ、口にあってよかった。
「おいしいの! このシフォンふわふわだよ!」
「うん、それでいてチョコの香りと甘さが絶妙にマッチしていて……」
「こっちのチーズケーキもすごくおいしいよ。程よい酸味があって……」
「……ケーキなのに甘くなくてすごいおいしいぞ、これ」
「あんた今すぐお店開けるわよ!」
「それは言い過ぎだろう」
少なくとも、高町の母親にはまだ及ばないからな。
以前あそこで食べたシュークリームの味はいまだに出せないし。
「すごいわね~。まだ小学生なのにこんな味が出せるなんて」
「練習しましたから」
はやてのために。はやてが喜んでくれると思うとつい気合が入ってしまうからな。
「あとでアルフにもあげるからね」
「ワンっ!」
テスタロッサが足元に居る使い魔に小さく声をかけていた。
さて、感想も聞けたし、もう用はないな。
「なら、俺はもう帰るから。ケーキは四つずつもらっていくぞ」
「えっ! もう帰っちゃうの!」
そう言って俺はそそくさと帰り支度を始めてしまう。
早くはやてにケーキを届けたいからな。というか早くはやてに会いたい。放課後なのにはやてに合わないなんて……無理だ、死ぬ。
「もうちょっとゆっくりしていけば……」
「そうだよ。まだ希君はケーキ食べてないんだし」
「そうよ! もうちょっと付き合いなさいよ!」
「却下。約束通りケーキは作っただろう」
早く帰ってはやてに会いたいんだよ。
あぁ、はやて今何をやっているんだろう。
「何か予定でもあるのか?」
何だ、執務官まで止めようとするのか? あぁ、女の子の中に男一人は辛いのか。
しかし、俺だってはやてがいなくて辛いのだ。
あぁ、早くはやてに会いたいなぁ。
「そうだ。そろそろ限界だ。早く帰らないと死ぬ」
「死ぬって……」
俺の発言にテスタロッサが驚きつつつぶやく。
何か勘違いしているようだが訂正する時間も惜しい。
「早く彼女の所に行かないと俺の精神が持たない。あぁ、無理だ。これ以上は無理だ。そういうことだから。またな」
「またあんたはそれかい! ちょっと待ちなさいってば!」
そう言ってバニングスは俺を捕まえようとした。
しかし、いつものごとく俺は簡単にそれを避けて玄関に向かいそのまま帰ってしまった。
ハラオウン家の面々は呆気にとられていたが別にいいだろう。
そんなことより早くはやてに会いたいな。
「ただいま」
「あれ、希。用事あったんじゃねーのか?」
俺が急いではやての家まで帰ると、ヴィータが出迎えてくれた。
「もう終わった。はやては?」
「リビングに居るぞ」
「そうか。これ、お土産」
「おぉー、ケーキじゃん」
俺はヴィータにケーキを渡すとすぐにリビングへと向かった。
「ん、希君おかえり。早いやん。用事は済んだんか?」
「あぁ、問題ない。はやてに早く会いたくて急いだからな」
あぁ、やっとはやてに会えた。はやてに会えない時間はだいぶ長く感じてしまった。はやてのためとはいえ、はやてから離れるのは辛いな。
そのおかげで少しは収穫があったけれども。
「やはりはやてと一緒に居ないとだめだな、俺は。急いだとはいえ俺にとってはすごく長く感じてしまった」
「大げさやなぁ。毎日一緒におるやん」
「一分でも長く一緒に居たいんだよ」
「はいはい、希君は甘えん坊さんやね」
うむ、そうなのだろうか? そんなこと言われたことがないが……はやてが言うのならそうかもしれない。
するとヴィータが俺に遅れて部屋に入ってきた。
「はやて~、希がケーキ持ってきてくれたぞ。お土産だって」
「と、言ってもいつものように手作りだがな」
「早く喰おうぜ~」
そう言いながらヴィータはケーキをはやてに見せている。
「おぉ、おいしそうやん。ちょお待っといて。今用意するから」
「手伝うよ」
「あたしも!」
そう言って俺たちは一旦キッチンへと移動した。
「ほな、ヴィータと希君はケーキをお皿に乗せておいて。私は紅茶入れとるから」
「わかった。はやてはどっちのケーキがいい?」
「シフォンがええ」
「えっ! 両方じゃ駄目なのか!」
「数が足りないだろう」
「そんな~」
ヴィータはがっくりと肩を落として言った。
両方食べる気満々だったようだ。数見れば分かるだろうに。
「一口やるから我慢してくれ」
「う~、わかったよ。じゃああたしもシフォンで」
「なら俺はチーズケーキだな」
俺は自分のとはやての分のケーキを皿に取り分けた。
ヴィータは穴があくほどケーキを見比べ、少しでも大きいのを選ぼうとしている。
どれも同じ大きさだというのに。
「よし! これに決めた!」
そしてヴィータ基準で一番大きい物を選んだ。
まぁ、本人がいいのなら何も言うまい。
「ほなもうチョイでできるから先にリビングに運んどいてや」」
「わかった。行くぞ、ヴィータ」
俺とヴィータははやての指示通り先にケーキを運ぶことにした。
はやてに声が聞こえないところまで移動するとすかさずヴィータに確認をとる。
「シグナム達は蒐集か?」
「あぁ、そうだ」
俺の問いにヴィータは雰囲気をガラリと変え、真剣な表情になった。
「管理局に見つかっちまったからな。なるべく集団で行動しておいた方がいい。さすがにはやてを放っておけないから全員ではいけないけどな」
「そうか。そのほうがいい」
隠れるのはもうもうほぼ不可能だからな。
ならば見つかった時に逃げやする方がいいという考えか。
「大丈夫だよ。希が心配しなくたって。うまくやって見せるからよ」
ヴィータは俺を安心させるように胸を叩きながら言ってのけた。
本当はそんな余裕ないくせに。そっちこそこっちの心配なんかせずに蒐集に集中してくれていいのに。
なので、俺は先ほど手に入れた情報を使うことにした。
「ありがとう。しかし、俺にも役に立つ情報を手に入れられるかもしれない」
「なんだって?」
俺はこのまま話を進めようとしたが、はやてはもう紅茶を入れ終えたようでこちらに近づいている気配がした。
「詳しい話はあとだ。はやてが来る。シグナム達にもこのことを念話で伝えておいてくれ。隙を見て話す」
「! わかった」
ヴィータもはやての接近に気付いたようで、俺たちはすぐに話を切り上げた。
「おまたせ~、紅茶できたで~」
「ありがとう、はやて」
「はやて! はやくはやく~」
「そないに慌てへんでもケーキは逃げへんよ」
はやてが座り、紅茶を注ぐと俺たちは早速ケーキを食べ始めた。
「「「いただきま~す」」」
「うん! やっぱ希のケーキはうめーや」
「ほんまやね~、また腕上げたんと違う?」
「ありがとう。喜んでもらえて何よりだ」
うむ、やはり友人たちにおいしいと言ってもらうのも嬉しかったがはやてやヴィータ達に言ってもらえるのが一番嬉しい。
これでこそ作った甲斐があったというものだ。
「希、一口くれ」
「ん、いいぞ」
俺はヴィータに皿を差し出した。
するとヴィータは
「いっただきー!」
「あっ」
といって俺のケーキを半分ほど奪って言った。
こいつめ。
「取り過ぎじゃないか」
「一口は一口だよーだ。くぅー! うめー!」
そうあっけらかんと言うと口を目一杯開けて特盛りの一口をヴィータは食べてしまった。
まったく。食い意地の張ったやつだ。
「まぁ、いい。俺も一口もらったからな」
「はぁ? あっ! いつの間に!」
お前が俺のから奪ったケーキを食べている間にだ。
俺の皿にはヴィータに奪われた分と同量のシフォンケーキが盛られていた。
「てめぇ! 返せ!」
「等価交換だ」
俺は奪い返そうと繰り出されるヴィータのフォーク攻撃をかわしながら言った。
「諦め、ヴィータ。希君が正しいよ」
「そんな~」
はやてに言われてしまって刃向かえず、ヴィータはがっくりと肩を落とした。
食い意地張らずに普通にとれば俺もこんな真似しなかったというのに。自業自得だ。
あぁ、そうだ。
「はやても一口いるか」
はやてにもあげないとな。せっかくだから両方食べて欲しいし。
「残り少ないのにええんか?」
「もちろんだ」
そう言って俺はフォークに一口分のケーキを取り、自然に
「はい、あ~ん」
と差し出していた。
「あ~ん。うん、こっちもおいしいなぁ」
するとはやても自然に受け入れてくれた。
さらに
「お返しや。あ~ん」
といって俺にケーキを差し出してきた。
「あ~ん」
俺はそのままはやての差し出したケーキを口に入れる。
「……いままで食べたケーキの中で一番おいしい」
同じケーキのはずなのにこうも味が違うとは!
「何ゆうとんねん。おんなじのさっき食べてたやん」
「はやてが食べさせてくれたから味が変わったんだ」
それに、まさか返してきてくれるとは思わなかった!
あぁ、今日はなんて良い日なんだろう! こんな幸運が舞い降りるなんて! 幸せだ!
「そんなわけないやん。希君はおかしなこと言うなぁ。………………ん?」
俺が恍惚としているとはやては何かに気付いたようにピタリと動きを止めた。
そしてみるみる顔を赤くしていき
「しもたぁ! 私はなんちゅう恥ずかしいことやっとるんやー!」
と叫んだ。
あぁ、無意識だったのか。どうりで。
「いやや! これじゃ希君のこと言えへんやないか! 油断した!」
はやては顔を手で隠し、イヤイヤと頭を振って恥ずかしがっている。久しぶりに耳まで真っ赤だ。
そんな様子をヴィータはニヤニヤと眺めている。
「いや~、あちいな、はやて。あたしちょっと出かけて来ようか?」
「いやや! ヴィータ! からかわんといて!」
はやてはついに俺たちに背を向けて蹲ってしまった。
しかし、そんな反応されると
「ごめん、はやて。いや……だったか?」
先ほどまでの幸福感が嘘のようにしぼんでしまう。
もしかしたら、はやてに嫌われてしまったのではないかと不安になってしまう。
……はやてに嫌われたらどうしよう。
そんなネガティブなことを考えているとはやては慌てて振り返ってきた。
「い、いや! ちゃうねん! 嫌だったわけやない! むしろ私も希君となら一回ああゆうんもしてみたいとおもててん! ケーキだって実を言うと私も普段よりなんだかおいしく感じたし! なんや分からん幸せ感じたし!」
はやてはぶんぶんと手を振って俺のネガティブな意見を否定してくれた。
というか、はやても同じ気持ちを抱いていてくれた! また一気に俺の幸せゲージは膨れ上がっていった!
するとはやてはまたはっとして
「また私は何をゆうとんねん!」
と、叫んだ。
もう、顔はトマトのようだ。
「やっぱり、出かけて来ようかな~」
「ヴィータ!」
そんな様子をヴィータはまだニヤニヤと眺めている。
俺は俺で幸せに浸っているためボーっとしている。
そんな中はやては恥ずかしさのあまり顔を抑えて「う~」と、唸りながらゴロゴロと転がり出してしまった。
結局、はやてはシグナム達が帰ってくるまでずっと恥ずかしがっていた。
シグナム達が帰ってくると、はやては「夕飯の準備せな!」と言って、俺を避けるようにそそくさとキッチンに籠ってしまった。
シグナム達は不審がっていたがヴィータの説明を受けて納得し、微笑ましそうにしている。
……はやてに避けられてしまったのはすごく寂しいが、これは時間が解決してくれるだろう。単に恥ずかしがっているだけだし。先ほどの幸せ確変があるからまだ耐えられるはず。
……すごく寂しいけどな。
それに、騎士達に相談があるから好都合ともいえる。
俺は早速騎士達に話を切り出した。
「ヴィータから話は聞いたか」
「あぁ、情報が得られるかもしれないとはどういうことだ?」
騎士たちも先ほどとは打って変わって真剣になる。
「その前に聞きたいことがある」
「なんだ?」
「お前達が遭遇したという管理局員は金髪ツインテールの少女、黒髪の少年、栗毛ツインテールの少女に金髪の少年だったな?」
「そうだ」
「奴らの名は分かるか?」
「あぁ、確か少女たちは栗毛がなのは、金髪がフェイトとか言っていた」
「そうか」
そこで俺は一息つく。
もちろん、そのことは能力で知っていた。この確認はあくまで俺の能力のことを隠すための演技だ。
ここから本題に入る。
「ならばそいつらに今日会った」
「なに!」
シグナムが驚きの声を上げる。他の騎士たちも同様に驚いていた。
「栗毛は高町なのはという俺の友人で間違いないだろう。聞いていた特徴とも一致するし、何よりお前達が襲撃をしたあと何日か休んでいる。金髪は今日転校してきたフェイト・テスタロッサだと予測できる。高町とも以前から知り合いだったようだし、転校のタイミングが良すぎるからな。それに加えて黒髪の少年にも心当たりがある」
俺は虚偽の報告を続ける。
「今日、テスタロッサの家に探りに行ったときに家にいた。金髪の少年は見当たらなかったがまず間違いないはずだ。一応、写真を撮ったから確認してくれ」
俺は携帯で隠し撮りした写真を見せた。
「……そうだ。こいつらだ」
写真を見たシグナムは驚きつつ肯定した。
そのまま話を進めようとしたが
「あ、その、ごめん、希。知らなかったとはいえ、お前の友人を、その……」
ヴィータが気まずそうに俺に謝ってきた。
「気にするな。はやてを助けるためなら仕方がない」
実際、俺は気にしないようにしている。俺ははやてを助けるためならどんなものを犠牲にしようが構わないという覚悟はすでにできている。
「それにこれからも邪魔するようなら容赦しなくていい」
「……いいのか?」
「かまわない」
俺の意思を確認するとヴィータは少し悲しそうな表情になった。
「……わかった。希がそう言うのなら」
「すまない。嫌な役を押し付けて」
自分の手は汚さず、騎士たちの手を汚させることしかしないなんて……
「いや、あたしはいいんだ」
ヴィータはそう言ってくれたがまだ若干暗い顔をしていた。
「それで、どうするの? 管理局が近くに居るのならさらに動きにくくなるわ」
シャマルは冷静に俺の情報のことだけを考慮し、その上で悔しそうにしている。
只でさえ収集は難航しているのに管理局が近くに居るせいでこの世界ですら大っぴらに歩けなくなってしまうと思っているようだ。
「いや、そんなことはない。むしろこれは好都合だ」
「なぜ?」
シャマルは俺の意見に首を傾げる。
「奴らはまだ俺達の拠点がこの世界だと確信を持っているわけじゃない。この近くだと当りは付けているようだがな」
「なぜそう言い切れる?」
「奴らの拠点は明らかに長期滞在を考えた荷物だった。もし確信があるのなら、そんな用意をする必要はないはずだ。ここには魔法文化自体がないはずだから、魔力保持者を探すのはさほど難しくないはずだからな」
「……そうね、魔法自体がないのだから、使えばかなり目立つものね」
「でもなんでそれで好都合なんだ? この世界で魔法が使いにくくなったってことだろ?」
ヴィータは頭を捻りながら聞いてきた。
確かに、これだけなら状況が悪くなったと言えるが
「確かにそうだ。しかし、逆にこの世界で魔力発動が感じられなければ」
そこまで聞くとヴィータはハッと気付いたようだった。
「! 奴らはこの世界にあたし達がいると思わなくなるってわけか!」
俺はにやりと笑う。
「あぁ、そうだ。シャマル、魔力の隠蔽はできるだろう?」
「もちろんよ。まかせて」
シャマルは力強く頷いた。
よし、これで安易に見つかることはなくなった。
後は
「後は俺が奴らを監視すれば蒐集はかなり楽になるはずだ」
一番の妨害者たる管理局の行動が分かればより効率よく蒐集が行える。
騎士たちの負担もだいぶ減るはずだ。そのためにわざわざこの情報を騎士たちに話したのだ。
しかし、騎士たちはこの提案に難色を示した。
「しかし、何も希が監視などしなくとも……」
「そうよ。希君がそんな危険なことをしなくても私がサーチャーで」
「それは駄目だ。魔法だと奴らに気付かれる可能性が高い」
「でも、それなら希はどうやって監視するっていうんだよ?」
「盗聴器を仕掛ける。魔法は警戒していても、この世界の機械まで頭が回っていないだろうからな。仮に機械が見つかっても、まずお前らのせいとは考えないだろう」
「盗聴器か……どうやって仕掛ける気だ?」
「俺は奴らの友人と言うことになっている。家に入るのは簡単だ」
「…………」
騎士たちは黙りこんでしまう。
これが頭では最も安全で、効率のいい作戦ということは分かるが、心ではまだ俺を巻き込むのに納得できないようだ。
元々俺から頼み込んで始めたことだというのに。
「話は決まったな。情報は逐一お前らに伝えるから」
そう言って俺は強引に話を終わらせてしまった。
すると丁度いいタイミングで
「みんな~、御飯できたで~」
との呼び出しがかかった。
「ほら、はやてが待っているぞ。早く飯にしよう」
俺は何も言えない騎士たちを連れてすぐにはやてのいるキッチンへと向かった。
【Sideヴィータ】
希の話を聞いた後、あたしたちは何事もなかったかのようにはやてと一緒に夕食を食べた。
希も先ほどのことなどなかったかのように自然に振舞っている。
こんな幸せな時間を過ごしていると、このまま何事もなくいつまでもこんな時間が続くのではないかと考えてしまう。
しかし、そんなものは都合のいいの幻想だ。はやては病気だ。それも、このままでは助からない。あたし達が原因で患った、重い病。
そう考えると、あたしは消えてしまいたくなる。このままはやてを死なせてしまったらと考えると、恐怖で目の前が真っ暗になってしまう。どうせあたし達が消えたところで、希がいるのだから……
そんなことを考えていると、希に気付かれ怒られてしまった。
「まだ他の方法が残っているのにそんなことを考えるな」と。
珍しく静かに怒る希を見て、あたしは不謹慎ながら嬉しく思ってしまった。
希はこんなあたしたちを受け入れてくれている。はやてをこんな目にあわしているあたしたちを。
だからというわけではないがあたしにとっては希も守るべき家族だ。
どんなことをしてでも守りたいと思っている。
そんな希を少しでも危険に巻き込むような真似をしたくなかった。
ましてや、監視対象は希の友人だと言うではないか。それでは、希の精神的負担は大きいのではないだろうか? それに、あたしは希にまでこんな汚れた仕事に手を出して欲しくなかった。
だからあたしは希が帰った後、そのことをシグナムに相談してみた。
しかし、帰ってきた答えは
「おそらく、何を言っても無駄だろう。希は引かない」
と、シグナムには希を説得する気はないようだった。
それになんだかむかついて、あたしはついキツイ口調でシグナムを非難してしまった。
「なんだよ! シグナムは希が心配じゃねーのかよ!」
するとシグナムは唇をかみしめ、あたしを睨み返してきた。
「私が、心配していないとでも?」
怒りをかみ殺しているかのように、なわなわと震えている。
その怒りは、あたしに向けられているものではなかった。
「私とてできることならば希にそんなことをして欲しくはない。汚れるのは私たちのみで十分だ。しかし、奴は主のためだと思えば決して引かないだろう。たとえ主や我々がそれを望んでいなくとも。そういう男だ。……私に、もっと力があれば、希にこんな役割を押し付けなくて済むものを……」
「……悪かったよ」
こんなシグナムは、初めて見た。
その悔しくてたまらないという様子を見て、あたし反省した。
ついカッとなったとはいえ、あんなことを言うなんて。シグナムが希のことを考えていないはずもないのに。
「……気にするな。私の言い方もまずかった」
お互いに謝った後、あたしたちは決意を新たにする。
「ともかく、早く蒐集を完了させるぞ。主のためにも、希のためにも」
「あぁ、これ以上、誰にも邪魔はさせない」
絶対にみんなで、平穏な生活を取り戻してみせる。
【SideOut】
はやての家から帰る途中、俺は能力を最大範囲で展開した。
先ほどから、警戒していたテスタロッサの家と高町の家のほかに管理局員が住んでいるところがないか確認するためだ。
艦長の記憶を探った限りでは他にはいないようだが万が一もある。闇の書は他の管理局員とも因縁があるようだからな。
だが、展開してみたところ効果範囲内、つまり半径十キロ圏内に管理局員はいないようだった。
念のため能力を展開したまま歩いていたが玄関に着くまで収穫はなかった。諦めて能力を切ろうとすると、突然効果範囲内の声が二つ増えた。
これは転移魔法か! しかも、八神家に近い!
俺は慌てて駆け出した。
しかし、はやての家に着くには時間がかかり過ぎる。いくらなんでも間に合うはずがない。それでも、俺は走らずにいられなかった。
するとそいつらは予想外なことを考え始めた。
《やっと蒐集を始めたようね》
《遅かれ早かれこうなるとは思っていたけれど、待ちくたびれたわ》
《あぁ、でもこれでやっとお父様の悲願が達成される日が来る》
《こんな奴らにお父様が悩まされることもなくなる》
《……だから、早いところ蒐集を終わらせてちょうだい》
《私たちのお父様のために》
そう念話で会話した後、そいつらはまた転移魔法を使って効果範囲内から出てしまった。
俺は立ち止まり、茫然して考え込んでしまう。
……さっきのやつはなんだ? お父様とはいったい? なぜ蒐集の完了を望んでいる?それに……奴らの先ほどの感情は間違いなく憎悪だったではないか。……何が起こっているというんだ!?
しかし、いくら考えたところで現段階で答えが出るものではなかった。
それでも、今は蒐集を続けるしかない。
はやてを助けるにはそれしかないのだから。
漠然とした不安に襲われながらも、結局は今の俺に蒐集をする以外の選択肢はなかった。