管理局の情報を逐一キャッチできるようになってから、蒐集の効率はだいぶ上がった。
騎士たちの気合いもより一層強くなったようだ。俺の負担を少しでも早く失くしてあげたいと考えているようだ。
……俺なんか気にしなくていいのに。優しい奴らだ。
俺はというと、あの日以来常に能力を解放しているようになった。
管理局の行動を監視することはもちろんのこと、あのとき見つけた不審な声を探すためでもある。
あの日以来、あの声は時々聞こえるようになった。いや、どうやら俺が気付いていなかっただけで以前から俺たちを監視していたらしい。
しかし、いまだに声の主の姿を確認できたことはない。
監視者は基本的に八神家の近くに現れるが、たいていの場合すぐに消えてしまう。
それに加え、監視者は常に二人一緒にいるようだった。
俺が記憶を探るのには相手に触れる必要がある。
奴らは俺の姿も確認しているはずなので自然に近づくのは難しい。かといってどちらかに強引に近づけば、もう一方にやられてしまうだろう。それくらいの力はありそうだ。
せめて、二人同時に触れることができれば……
俺は機を待った。
そして、ついにチャンスが訪れる。
いつものようにはやての待つ図書館に向かっている途中、進行方向に監視者の現れたのを感じたのだ。
俺は普段通りを装いつつ、臨戦態勢に入る。
奴らは俺が気付いていることに、気が付いていない。これならば隙を見て両方同時に触れるかもしれない。
幸い、二人は一緒にいるようだ。
そして、ついに監視者を視認できたとき、俺は驚いた。
何と監視者は猫だった。
……なるほど、道理で昼間人目のつく屋根の上などに現れても不審がられないわけだ。てっきり隠蔽の魔法でも使っているのかと思っていたが。使い魔だったとは。
しかし好都合だ。
俺はそのままその猫二匹に近づいて行った。
《アリア、例のあの子近づいてくるよ》
《気にしないの。どうせ私たちのことなんか分かるわけないんだから。それより、早く闇の書の主の監視に行くわよ。この子がいるってことは近くに居るはずだわ》
念話で会話しながら、猫達は俺の前から立ち去ろうとした。
しかし、そうはいかない。
俺は急にダッシュで近づき、猫達の尻尾を掴んだ。
(え?)
(は?)
そして
「「に゛ゃっ!!」」
応用能力②を発動する。俺は触れることができれば、俺は相手の過去の記憶や感情まで読み取ることができる。
また、逆に相手に今まで読み取ってきた記憶や感情を流し込むこともできるのだ。
唯一、戦闘にも使える能力。
この力を使い、俺は二匹に処理できないほど大量の感情を一気に流し込んだ。容量を超えた感情の激流に二匹は意識を手放す。
良し、これでゆっくりと情報を引き出すことができる。
俺はぐったりとした二匹を抱きかかえると、早速情報の引き抜きにかかった。
そこで……
知ってしまった。
闇の書がどういうものなのかを。
完成した闇の書がどうなるのかを。
はやてがこの後どうなってしまうのかを。
俺はその場に膝をついてしまう。
……そんな……このまま蒐集をしても……はやては……
その後のことは考えられない。
考えれば、騎士たちの努力が、すべて無駄になってしまう。
認めてしまえば、俺はきっと壊れてしまう。
はやてが……
だから、絶望している暇はない。
俺は自分を奮い立たせ、必死で何かほかの方法がないかを考えた。
何か、何かあるはずだ。蒐集をやめるか? いや、そうしたらはやては闇の書に殺されてしまう。なら蒐集を続けるしかない。しかしそれだと、ギル・グレアムに殺される。ならば、ギル・グレアムを殺すか? いや、奴の居場所は分からないから不可能だ。ならばどうするというのだ?
グルグルと似たような考えが頭の中を巡り、俺はついに一つの案を思いついた。
そうだ
これなら
少なくとも
はやてだけでも助けることができる。
例え俺がはやて共にいられなくなろうとも。
俺はその作戦を実行するために、猫達の頭に触れ、最後の応用能力を発動した。
あぁ、頭が痛い。あの能力は初めて使ったが使い勝手が悪い。他の力が全然使えなくなる。思考能力も落ちる。
しかし、これでうまくいく。
いや、うまくやって見せる。
だから今は、早くはやてに会いたいな。
俺がはやての待つ図書館に着くと、そこにははやてと一緒に月村が座っていた。
……なぜだ?
「おぉ、希君。遅かったやん」
「希君、また会ったね」
俺に気付いた二人がこちらに声をかけてくる。
「さっき知り合ってん。私が届かなかった本を取ってくれて」
「そしたら、噂のはやてちゃんだったんだもの。びっくりしちゃった」
あぁ、そうか。月村の性格ならそうしてくれるだろう。
この図書館に寄ったのは何か調べものでもするためか?
「そうか、ありがとう。月村」
「ううん、お礼なんかいいよ」
俺はそう言ってはやての隣に座った。
あぁ、やっとはやてに会えた。
「しかし希君もひどいやないか。こんな可愛いお友達がおるんやったら、私にも紹介してくれてもよかったやん?」
「すまない、はやてを一人占めしたくて」
あぁ、頭が痛い。
しかし、はやてと話している最中だ。しっかりしないと。
「……またそんなことゆうて。恥ずかしいセリフは禁止ゆうてるやろ」
「ふふっ、はやてちゃん顔赤いよ」
「からかわんといてや、すずかちゃん。もしかして、希君て学校でもこんなことばかり言ってへんよね?」
「う~ん、どうだろう? ただ、私たちは希君がどれだけはやてちゃんのことが好きなのかは知ってるよ」
「……あかん、詳しく聴きたいような、聴きたくないような」
やばい、ふらふらする。近くにいるはずの二人の声が、遠くから聞こえてくるようだ。そこまで使いにくい力だったのか。
せっかくはやてと一緒に居ると言うのに。
「とゆうか希君何ゆうとんねん。恥ずかしいセリフは禁止しとったはずやろ」
「……恥ずかしいことなんて言っていない」
「え~、あれで~」
「の・ぞ・み・く~ん?」
そう言ってはやては俺の顔を覗き込んできた。
やばい、ちょっと怒ってるっぽいな。フォローしないと。
あぁ、でも頭が回らない。
……はやて可愛いな。
「……はやて可愛いよ」
「ちょ! またそないなことゆうて! そんなんで誤魔化されるとで……も?」
はやては俺の微妙に焦点のあっていない目を不審に思ったようだった。
「? どうしたの?」
月村の呼びかけにも答えず、俺の額に手を伸ばしてくる。
やばい。避けないとはやてに気付かれたしまう。
しかし、今の俺に避け切れるはずもなく、少しのけぞっただけではやての手に捕まってしまった。
「っ!! すごい熱や!!」
「えっ!」
くっ、気付かれた。
そう思うと、緊張の糸が切れ、俺は机に突っ伏してしまう。
「「希君!!」」
はやてと月村が同時に叫ぶ。
やばい、安心させないと
「平気……だ。ちょっと寝てれば……回復する」
だから心配するなと続けようとしたが、声が出なかった。
なんだか、すごく眠い。
「そんなわけあるかい! 今救急車を……いや、それよりシャマルを呼ぶから!」
「希君! しっかりして!」
「もしもしシグナムか! シャマルは! 希君が!」
遠くで、はやての必死な声が聞こえる。
あぁ、はやて、そんな顔しないでくれ。俺は大丈夫だから。少し寝れば回復するから。そんな顔されたら俺まで悲しくなる。
俺は最後の力ではやての手を握ると、そのまま意識を失った。
【Sideシャマル】
はやてちゃんからの連絡を受けた私たちは蒐集を中断して一目散に希君達のいる図書館に向かった。
シグナムもヴィータちゃんもザフィーラも普段からは想像もできないくらい焦燥としていた。
どうして? 希君まで? こんなことに? そんな思いが頭の中をぐるぐると回る。
それでも、魔法を使って移動をしない自分が酷く冷徹な人間に思えてしまった。
図書館に着くと人だまりができており、すぐに希君達のいる場所が分かった。
それをかき分けて、二人のいるスペースに向かう。
「邪魔だ! どけ!」
「通してください! 医者です!」
私とヴィータちゃんが叫びながら、シグナムとザフィーラが無言で押しのけて中心に行くとそこには泣きそうな顔のはやてちゃんと知らない女の子がいた。
「シャマル! みんな! 希君が!」
「「「希!!」」」
騎士三人が叫ぶ中私は無言ですぐさま希君の状態を診る。
呼吸が荒く、熱もかなり高い。
しかし……これは……
「はやてちゃん、希君はどういう状態からこうなったの?」
「え? えーと」
はやてちゃんはいきなりのことで混乱しているのかうまく状況を説明できないでいた。
……無理もないわ。今のはやてちゃんに冷静になれるとは思えないもの。
「普通に話ていたらはやてちゃんが目の焦点が微妙に会ってないのに気付いて。それで額触ったらすごい熱で。いきなり倒れて……」
私が半分あきらめて次の行動を起こそうとしていたらはやてちゃんの隣の女の子が状況を説明してくれた。
それで……こうなるなんて…
「おいシャマル! 希はどうなんだよ! 大丈夫なんだろ!」
「……とりあえず家に運ぶわよ。ザフィーラ、お願い」
「わかった」
ここでは魔法は使えない。こんな大勢の前で魔法を使ったりしたらすぐにでも管理局に気付かれてしまうから。
それがとてつもなくもどかしく感じた。
できることなら、今すぐに治癒魔法をかけてあげたいのに。
「あの! 希君は大丈夫なんですか!」
隣にいた女の子がとても心配そうに尋ねてきた。
希君の友達だろうか? でも今はそんなことを聞いている余裕はない。
「えぇ、大丈夫よ。だけどごめんなさい。今は急いでるから。お話はまた今度」
そう言い残して私たちは図書館を出て一直線で自宅へと戻った。
ここなら入念な隠ぺい魔法を施してあるので魔法を使っても管理局にばれる心配はない。
希君をベッドに寝かせると私は彼にすぐさま治癒魔法を施した。
「…もう、大丈夫よ」
数分間、魔法をかけ続けたのち希君はようやく回復をし始めた。
荒かった息が整い、熱も少し引いて来ている。
「ほ、ほんまに?」
「えぇ、後は少し寝て、何か食べれば自然に回復すると思うわ」
「……そっか、よかった~」
はやてちゃんは希君の手を握りつつ、涙目になりながらも安心したように胸をなでおろした。
シグナムとザフィーラも安堵の声をあげ、ヴィータちゃんはホッとしたのかその場にへたりこんでしまった。
「私も、少し休むわ。そのまま希君を見ててちょうだい」
「うん、ありがとうシャマル」
そう言い残して私は部屋を出てリビングまで移動すると、ソファーに座りこんでしまった。なんとかうまく効いてくれてよかったわ。
でも、やっぱりあれは……
私が先ほどの症状について考えているといつの間にか水を持ったシグナムがとなりに来ていた。
「大丈夫か、シャマル?」
「シグナム……ううん、大丈夫」
「そうか」
私は水を受け取りつつ彼女にこたえる。
その彼女の表情は、暗い。
「……まさか希が倒れるなんて……原因はなんだったんだ?」
「それは……」
私は言葉を濁した。それをシグナムが心配そうに見つめる。
……隠していいことじゃないわよね。
「原因は……実はよくわからないの」
「なんだと?」
彼女の表情が驚きに変わる。この答えは想像の範囲外だったようだ。
私は懺悔するように言葉を続けた。
「症状は風邪に似ていたけどただの風邪ならあそこまで力を注がなくてもすぐに治ったはずなのに……どちらかというと疲労に近いわ。それも、脳だけを酷使したような状態だった」
「そんな……」
そう、だからこそ私は焦ったのだ。
そんな状態通常ではありえない。いくら考えをめぐらしたところで、あそこまでの状態になるはずがない。
だから、はやてちゃんに続いて希君まで原因不明の病に犯されてしまったのかと。
ただ、シグナムの感想は違ったようだった。
「……私達が希に情報収集なんかさせたせいだ」
「シグナム……」
確かに。その可能性も考えられないものではない。
だけど私には何となくそれは違うように思えてならなかった。
そんなことではなく、もっと希君の根本にかかわることのような……
「もう、これ以上希にまで無理をさせるわけにはいかない」
「えぇ……」
それでも私にはそれを確たるものとする根拠を見つけられなかった。
ただ、今回のことが蒐集と関係があることだということはなぜか確信を持って言えた。
「だから、早く蒐集を」
「絶対に、終わらせる」
また、平和な時間を過ごすために。