俺が目を覚ますと、いつの間にかベッドに寝かされていた。
……ここははやての部屋か。どうやら、気絶している間に運び込まれたらしい。
「希君、気がついたんか」
すると隣に座っていたはやてが安心したように声をかけてきた。
見れば、騎士たちも心配そうにのぞきこんでいる。
「よかった。急に倒れたなんて聞いたから心配したのよ」
「まったく。驚いただろう」
「……別にあたしは心配してねーぞ。ちょっと驚いたけど」
「ふふっ、お前が一番動揺していたではないか」
「……みんな」
「まだ寝とらんと」
そう言ってはやては起き上がろうとした俺を抑えつけてきた。
少し怒っているようにも見える。
「だいたい、希君は無茶しすぎや。体調が悪いんやったら寝てなあかんやろ」
「それじゃあ、はやてに会いに行けない」
あのときは、いや、今だって一秒でも長くはやてと一緒にいたかった。
「あほ、そんなときくらいは大人しくしとき。まったく、心臓止まるかと思ったわ」
「……すまない」
それからもはやてはプリプリ怒っていたがすぐにお粥を取ってくると言ってキッチンにいってしまった。
すると
「すまない希。私たちのせいで……」
と、いきなりシグナムが謝ってきた。
他の騎士たちも申し訳なさそうにしている。
「なんのことだ?」
今回のことは騎士たちは関係ないはずだが。
「……お前が倒れたのは過度の疲労からだそうだ。私達がお前に情報収集なんかを押し付けたせいで」
あぁ、なるほど。確かに、原因は脳の使い過ぎによる疲労だな。
しかし、それは騎士たちのせいじゃない。
「その程度のことで、俺は倒れるほど疲労したりしない。これは単に俺の体調管理がずさんだったせいだ」
「しかし」
「お前らが変に気にする必要はない。そんなことより蒐集をがんばってくれ」
「……わかった」
俺が何を言ったところで受け入れないと思ったのか、シグナムは簡単に引き下がってくれた。
どちらにせよ早く蒐集を終わらせるしか方法はない。
それと
「シグナム」
「なんだ?」
一つ確認しておきたいこともある。
「闇の書を、見せてもらえないか?」
「闇の書を?」
シグナムは俺のお願い疑問符を浮かべる。魔法の事をよく知らない俺が見たところで何になるのだろうと思っているようだ。
「構わないが……どうするつもりだ?」
「別に。ただ、蒐集が始まってから何か変化していないか調べてみたくなっただけだ」
「……そうか」
シグナムは多少不審がっていたがすぐに俺に闇の書を渡してくれた。
だがこれはウソではない。
本当に闇の書を調べるために借りたのだから。
方法は教えていなかったが。
俺は表紙や中身を調べるふりをして闇の書に応用能力②をかけた。
相手は本だ。普通ならば何一つ反応などないはずだ。
だが、先ほど得た情報が本当ならこの中には管制人格と言うものが……
いた。
闇の書内部の深く、深いところに。
確かに声が聞こえた。
俺達のことを思い、蒐集を辞めて欲しいと訴えかける声が。
……こいつは、知っているのだな。はやてと騎士たちのきずなも、自分の行く末も。
なんかですべて見て……
すると突然声はかき消され、同時に酷い感情の波が俺に襲い掛かってきた。
憎い、怖い、悲しい、妬ましい、疎ましい、助けて欲しい、と。
その感情の激流に、俺は思わず能力を切ってしまった。
額に汗が流れる。
表面しか触れていないのに、これほどの負の感情が流れ込んでくるなんて……
「大丈夫か? 希?」
そんな俺の様子を見て、ザフィーラが心配そうに声をかけてくる。
「まだ本調子じゃないんだから、もう少し寝てないと」
シャマルはそう言いつつ俺から闇の書を取り、肩を押さえて寝かしつけてきた。
俺はそれに素直に従う。
「すまない」
危なかった。もう少しで、持って行かれるところだった。
しかし、その分収穫もあった。
これで、俺の作戦は実行不可能ではないという確信が持てた。
後は、蒐集さえ完了すれば……
俺がそんな事を考えていると、はやてがお粥を持って戻ってきた。
「おまたせ~、特製はやてスペシャル粥持ってきたで~」
俺が体を起こすと、はやてはお盆に載せたお粥を俺に渡してくれた。
「熱いから気いつけてな」
「……今日は食べさせてくれないのか?」
「あほ、そんくらい元気があるんやったら大丈夫やろ」
……残念だ。
仕方なく俺は自分でお粥を食べ始めた。
うん、最高だ。はやての料理はやっぱり美味しい。
その日、俺は八神家に泊ることとなった。
両親に連絡を入れたところ、その方が早く俺が元気になるだろうと言われたらしい。
問題は俺の寝る場所だったがこれはこのままはやてのベッドを借りることとなった。
俺が遠慮していたら「病人は黙って寝とき」と、一蹴されてしまった。結局、俺がベッドで、はやてが床に布団を敷いて眠ることとなった。
「すまない、今日は迷惑かけた」
就寝前、俺ははやてに謝罪すると
「何ゆうてんねん。全然迷惑なんか掛けられてへんよ。希君がこまっとたら助けるんは当然やん」
そう言ってもらうと、大分心が楽になる。
……あとどれくらい、俺ははやてにこうやって優しく接してもらえるのだろう。
「でも、さっきも言うたけど無茶したらあかんよ。心配するやん」
きっと、俺がしようとしていることをすれば、こんなふうに接してもらえることはなくなるのだろう。
「大体、あないにふらふらな状態やったら無理して来んでも知らせてくれたらこっちから見舞いに行くっちゅうねん」
「ごめん、そこまで頭が回らなかった」
それでも、はやてを助けるには、それしか方法がないから。
「……まぁ、ええわ。今日はもう寝よう。寝たほうが早く治るからな」
だから、やる。どんな犠牲が出ようとも
「おやすみ、はやて」
「おやすみ、希君」
たとえ俺の心が壊れることになろうとも。
翌日、目を覚ますと俺の体調はだいぶ良くなっていた。頭の痛みも引いている。
これなら、学校にも行けるかな。
そう思って起き上がり、はやてにおはようと声をかけようとすると
はやては胸を押さえ、苦しそうにうめいていた。
「は?」
俺は思考が停止し、何が起こっているのか理解できなかった。
なぜはやては呻いている? なぜはやては胸を押さえている? なぜはやては尋常じゃないほどの汗をかいている? なぜはやてが苦しんでいる?
「はやて!!」
そして我に返ると俺は飛び起きてはやてに駆け寄った。
顔色が悪い。呼吸も荒い。こちらの声に反応もできていない。
「どうしたの。何かあった?」
俺の声を聞いたシャマルがすぐに部屋に入ってきた。
そしてはやての様子を見て息をのむ。
「はやてちゃん!」
「シャマル! 治療を!」
シャマルははやてに駆け寄ると、すぐに治療魔法をはやてに施し始めた。
その間に俺は携帯を取り出し、救急車を呼ぶ。
「どうした! 何があった!」
「! はやて!」
「っ!!!」
シグナム、ヴィータ、ザフィーラの三名も騒ぎに気付きすぐにやってくる。
「何があったんだ!」
「はやてちゃん! しっかり!」
「もしもし! 救急車を! 住所は……」
騎士たちが騒いでいたが気にしている余裕はない。
早く、早く
「急に苦しみ出した! 9歳女、持病あり、早く来てくれ!」
「落ち着いてください。今、向かっていますから」
オペレーターが俺をなだめてきたがそれは逆効果だった。
落ち着く? はやてが苦しんでいるというのに?
「いいから早く来いって言ってんだ!!」
俺の怒鳴り声を聞いた騎士たちがびくりと体を震わる。
そしてハッとしたように騒ぐのをやめ、行動を開始する。シグナムは俺から電話を奪い、オペレーターと話し、ザフィーラは必要そうなものをかばんに詰め、ヴィータははやての横に座り、汗を拭きながら懸命にはやてに声をかけた。
俺もはやての手を握り、座り込む。
あぁ、はやて……
ほどなくして救急車が来た。
シャマルを付き添いにつけ、救急車を送り出すと俺はその場にへたりこんでしまった。
「……そんな……まさか……早すぎる……いやだ……」
顔を俯け、絶望と虚脱感で胸がいっぱいになった。
方法はあるのに……覚悟もしたのに……
「……希、タクシーを呼んだ。すぐに来るから部屋で待っていよう」
シグナムはそんな俺を気遣って家に入れようと近づき、
固まってしまった。
「は」
「希?」
後ろで見ていたヴィータとザフィーラが不審がる。
二人には俺の顔が見えていない。
「おい? どうし……」
二人も俺の顔を心配そうにのぞき込み、固まってしまう。
俺は
笑っていた。
「ははっ、アハハッ、あっハッはっはっハッハッははっハッはッハハはっはははハハハハははっはハハッはっはっはっはっははっはっははっはははっはっはは!! 最低だ! 最悪だ!! まさかこんなにも悪いことが重なることがあるなんて! 普通こんなタイミングでこんなことが起こるか!? ははっ! ひどい話だ! まったく!」
はやてがいったい何をしたっていうんだ? はやては普通に暮らしていただけじゃないか! 何も悪いことはしていない! それとも、家族仲良く暮らしていたいというささやかな願いすら持ってはいけないのか!?
……あぁ、そうか。
「ふふっ! そうか、そうかそうかそうか! そりゃそうだ! なぜわからなかったんだ! 知っていたはずだろう! ははっ!! そうに決まっている!!」
俺みたいな異常者が入り込んだせいで、こんなことになったんだ! 異常は排除されるのが常だろう? そんな、当たり前のことを忘れていい気になっていたからこんな事態に陥ってしまったんだ! むしろ今まで平気だったのがおかしいくらいだ! いや、今までの分をまとめて今受けていると言うのか! よくわかってんじゃないか! 直で俺に来ないではやてを巻き込むなんて。俺が一番ダメージを感じる方法を!!
「希!! しっかりしろ!! 希!!」
ザフィーラに揺さぶられて、俺はこいつらがいることをいまさらのように思い出した。
あぁ、そう言えば部屋に入るんだっけ?
「ははっ、あぁ、悪い。寒いよな。今部屋に」
「そんなことはどうだっていい!! しっかりしろ!!」
そう言えばこいつが叫んでいる姿なんて初めて見たな。
「主は絶対に大丈夫だ!! 気をしっかり持て!!」
何をいっているんだ? ザフィーラは?
「そうだ! はやては絶対に大丈夫だ! だからまともに戻ってくれよ! 希!」
ヴィータまで。
俺がまともだったことなんてないじゃないか?
「……すまん、希」
シグナムの謝罪の言葉を聞きながら、俺は意識を失った。
【Sideザフィーラ】
主の救急車を見送った後の出来事は、私たちにとってショックが大きすぎた。
以前、希は『はやてが死んだらきっと自分は壊れてしまう』と言っていたが、それがまぎれもない真実だということを証明するのに十分な出来事だった。
あの時、シグナムが希を気絶させていなかったら、そのまま彼は壊れてしまっていたのかもしれない。
希が壊れる。
その恐怖が、リアルなものとなって私たちに襲い掛かってきた。
「もう、時間がない」
シグナムが立ち上がり、戦いの準備をする。
ヴィータも無言なまま、それに続いた。
私も後に続く。
もう、なりふり構っていられない。例え、どんなことをしようとも、主を、希を救って見せる。
たとえ、この命が尽きようとも。
もう、何度目になるか分からない誓いを立てて、私たちは蒐集へと向かった。
【SideOut】
目を覚ますと、俺は八神家で寝かされていた。
どうやら気絶していたようだ。
俺は起き上がり、周囲を見渡す。
今はだれもいないようだ。机の上に置手紙が置いてある。
それにははやてが無事なこと、病室の番号、それに騎士たちが蒐集に出かけていることが書かれていた。騎士たちは、全員で蒐集を行っているらしい。
俺は手紙を読み終えると、すぐに家を出て病院に向かった。
騎士たちのことも気になるが、今ははやてだ。
病院に着くと、はやてはすでに起き上がっていた。
「あ、希君。来てくれたんや」
はやては何事もなかったかのように俺に声をかけてきた。
「あたりまえだろう。はやてがいるのなら俺は何処へでも行くさ」
俺もあえて普段通りに振舞う。
「ふふっ、なんやそれ。とゆうかそれも恥ずかしいセリフなんと違う?」
「禁止か?」
「禁止や」
そのまま二人で笑いあい、不自然なほど自然にいろいろな話をした。
料理のこと、学校のこと、両親のこと、騎士のこと、はやてのこと、自分のことなどなど。
今までで一番話し合ったかもしれない。
そうしていると時間は瞬く間に過ぎてしまい、面会時間が終わりになる。
「もう、時間やな。そろそろ帰らんと」
「そうだな」
「晩御飯は……どないしようか? シグナム達のこと頼んでええ?」
「あぁ、まかせろ」
「じゃあ、頼んだで。それじゃあ」
「また、来るからな」
そう言って俺は立ち上がると、はやてに背を向けて病室を出ようとした。
すると
「……なぁ、希君」
はやてが声をかけてきた。
「私……死ぬんかな?」
その声は、先ほどまで談笑していたものと同じと思えないほど、沈んでいた。
「……原因、分かってへんのでしょ? 今日だって痛み止め渡されただけやし。石田先生がまたいつ発作が出てもおかしくないゆうてんの聞こえてもうた」
はやての声はどんどん震えていく。
「私……まだ死にたない。もっと、もっとみんなと一緒に居たい! 希君と一緒に居たい!またみんなでお祭り行って、花火して、温泉にも行きたい! 一人で死ぬんはいやや! 怖い! 怖いんや! また独りぼっちになってまう!」
ついにはやては涙声で叫び出した。
皆の前では見せない、はやての弱音だった。
「はやて」
俺は振り返り、はやてに近づく。
「大丈夫だよ。はやては死んだりなんかしない」
するとはやてはキッと睨んで叫びかえす。
「なんで希君にそんなことが言えるんや! 医者でもないくせに! 病気のこともわからんのに!」
俺の発言が無責任なものに思えたのだろう。
はやては枕を投げつけて、俺が近づくのを拒否してきた。
「それでも、はやては死なないよ。少なくとも、一人では」
俺は気にせずはやてに近づいて行く。
そして、はやての隣に座ると笑顔を向けて言った。
「だって、はやてが死んだら俺も後を追うつもりだから」
「え?」
はやてが呆気にとられている間に、俺は彼女を抱きしめた。
「だからもう、怖がる必要なんてない」
「……あかん。希君が死ぬ必要ないやんか」
はやてが泣いているのが伝わる。
「必要がなくても死ぬよ」
「……そんなん、私、望んでない」
俺は抱きしめる力を強めた。
「望んでいなくとも、死ぬよ」
「……お父ちゃんとお母ちゃんは」
はやての涙が、こぼれおちる。
「そうだな。ちゃんと謝っておくよ」
「……あかん、そんなん、あかん」
俺ははやての背中をあやす様に優しくたたく。
「俺はもう、はやてなしでは生きていけないから」
「う、ううっ」
この日はやては思いっきり泣いた。年相応の子供のように、ワンワンと。
俺ははやてが落ち着くまで、はやてを抱きしめ続けた。
「大丈夫だよ。もう、独りぼっちにはならないから」
たとえ、共にいるのが俺じゃないとしても、絶対に独りぼっちになんかさせない。
「ふふっ、久しぶりに泣いてもうた。なんや恥ずかしいな」
はやては赤くなった眼をこすりながら、笑顔で俺に言った。だいぶ落ち着いたようだ。
「悪いな。俺ははやてに恥ずかしい思いをさせてばかりだな」
「ふふっ、ほんまやね」
はやての肯定に、俺は苦笑する。
そんなつもりはないんだけどなぁ。
するとはやては真剣に、俺の眼をまっすぐに見つめながら宣言する。
「……私は死なん。希君まで死なすわけにはいかんからなぁ。」
その目にはもう、不安の色は見られなかった。
「どないしてくれんねん。死ねなくなってもうたやん」
こんな冗談まで言えるまで回復していた。
「そうだな。責任をとって、はやてが望む限りずっと一緒にいることを誓うよ」
「なら、もう一生一緒にいなあかんね」
はやては笑いながらそんなことを言い出した。
その、普段ならうれしいはずの言葉に胸が痛む。俺はひどいウソつきだ。
「でも、今日はもう帰らな」
「そうか。残念だが仕方ない」
もう、とっくに面会時間は過ぎていた。
これは看護婦に怒られるかもしれない。隠れて帰ることにしよう。
「またな、はやて」
「またね、希君」
こうして、俺ははやてのいる病院を後にした。
後、何日、こうしてはやてと共に笑いあえる日が続くことだろう?