【Sideはやて】
夢を、夢を見ていた。
夢の中の私は幸せやった。
私は自分の足で歩くことができた。
学校に通い、友達もたくさんいた。
家に帰ればお父さんとお母さんが優しく出迎えてくれる。
お母さんとは一緒にご飯を作った。お母さんは「上手よ」と褒めてくれる。
それをお父さん一緒に食べる。お父さんは「はやてはいい嫁さんになるぞ」と褒めながらおいしそうに食べてくれる。
友達とは一緒にいろいろなおしゃべりをした。
たまにけんかもするけれど、すぐ仲直りしてまた笑いあう。
そんな平凡で有り触れた、けれど私が得ることのできなかった、夢。
夢だということは分かっていた。
だけど、目を覚ましたくなかった。
できることなら、このままずっと……
声が、聞こえた気がした。
必死に何かを訴えかけているような声が。
私はその声を聞きたくなかった。
その声を聞いてしまったら、私はこの幸せな夢から覚めてしまう。
それが、何となくわかったからだ。
だけど、どうしてもその声が気になってしまう。
聞きたくないのに、耳を傾けてしまう。
聞きたくない。
でも、聞かずにはいられない。
そんなジレンマを抱えたまま、必死になって耳を傾けている自分がいる。
なんで、こんなに気になるの?
聴きたくないはずなのに?
そして、ついに私はその声をはっきりと聞いてしまった。
「君と一緒に居たい」
と、訴える、希君の声を。
「この声は!?」
「ん、どうしたはやて?」
「何かあったの? 急に大声出して」
夢の中のお父さんとお母さんが不思議そうに私に聞いてきた。
まるで本当の両親のように。
「……お父さん、お母さん」
「ん? なんだ?」
私は、二人に抱きつく。
「どうしたんだいきなり?」
「あらあら、甘えんぼさんね~」
きっと私はここにいれば永遠に望み通りに幸せな暮らしができるだろう。
父さん、母さん、お友達と暮らす、私が望んだとおりの幸せな日々を。
だけど
「今までありがとう。でも、もういかな」
私はこの夢から覚めなければいけない。
いくらこのままがいいと思ってももう、時間が来てしまった。
だって
「希君が呼んどるから。もう、夢の時間はおしまいや」
そう言うと私は両親から離れ、笑顔で手を振った。
「さようなら。お父さん、お母さん」
その瞬間、夢の世界は崩れ去っていく。
風景がボロボロと零れおち、世界が闇に呑みこまれていった。その中で、両親がかすかに笑っていたような気がした。
「いってらっしゃい、はやて」
「私たちはいつでもお前のことを見守っているよ」
そう呟く声が、確かに聞こえた。
闇に呑みこまれた世界に、銀髪の綺麗なお姉さんがたたずんでいた。
「おねえちゃんはだれや?」
「私は闇の書を制御する管制人格です」
そう言うとお姉さんは私にひざまづいて頭を垂れた。
「主よ、どうかもう一度眠ってください。そうすれば、あなたは夢の中で望み通りの暮らしができます」
望み通りの暮らし。
確かに、あの夢は私の望んだ世界の一つだった。
けれど、
「いやや」
もう、あそこには戻るつもりはない。
だって
「希君が呼んどる。だから起きなあかんねん」
「希が……」
すると彼女は急に悲しそうな顔をする。
「……私は騎士たちを通じて主たちの生活を見てきました。だから主や騎士たちがどれだけ希を大切に思っているのかは知っているつもりです。ですが……」
そこで彼女は一旦言葉を切る。言葉を続けるのを辛そうにしている。
「今回ばかりは、どうすることもできません。私とて彼の願いを叶えてあげたいです。彼を巻き込んだりはしたくない。だけど……」
その目には涙がたまっていた。
「それ以上に、主に辛い思いを味わって欲しくないんです。闇の書の暴走は止められない。直に貴方を喰らい尽してしまいます。だからせめて、最後くらいは幸せに……」
「それで、夢を」
「……はい」
彼女はうつむいて、顔を隠した。
彼女も悔しいのだろう。愛する者を守れない、そんな悲しみが彼女の言葉の一つ一つから滲み出ていた。
「……ありがとう。私のためを思ってくれて」
「主……」
だけど
「だけど、それならなおのこと起きなあかんねん。私はもう、死ねんようになってんねん」
希君と、約束したから。
「しかし……」
「しかしもなんもない。私はまだ死ねん。だからあきらめへん。諦めるわけにはいかんのや!」
私は一呼吸置き、力強く彼女を見つめる。
「だからあんたもあきらめたらあかん! 主たる私があきらめへん限り、あきらめるんはゆるさへんで!」
「ですが私にはどうすることも……」
彼女は困惑したように言う。
「だったらその力! 私に渡して! それでなんもかんも救って見せる! 希君も! シグナムも! ヴィータも! シャマルも! ザフィーラも! そして、あなたも!」
「……私、も」
信じられないといった様子で、彼女は声を漏らした。
「そうや! あなたも私の家族や! 名前はリインフォース!」
「リイン……フォース」
「もう闇の書なんて言わせへん! 家族をそんなふうに呼ばせたりはせん! だから私が名付ける! あなたの名はリインフォース! 祝福のエール、リインフォース!」
「私に……名前まで……」
リインフォースは大粒の涙を流す。
「それに……家族とまで」
涙を流し続けるリインフォースの周りから、闇におおわれた世界に光が差し込んでいった。
まるで長い夜が明けたかのように、ゆっくりと世界が光に覆われていく。
世界に光が満ちると、リインフォースは目をこすり、涙を拭って力強く立ち上がった。
「分かりました。主があきらめない限り、私も運命にあらがい続けます」
「リインフォース」
リインフォースの目には覚悟と決意が現れていた。
「ではまず、これを受け取ってください」
そう言ってリインフォースは杖を出現させた。
私がそれを手に取ると魔法の知識が頭に入り込んでくる。服装もいつの間にか騎士風のバリアジャケットとなり、背中からは黒い羽根が生えてきていた。
「次に私とユニゾンしてください。その後、暴走している闇の書の防御機能を切り離せば、ひとまず外に出ることができます」
「わかった」
私はすぐに先ほど得た知識を利用してリインフォースとユニゾンした。
そして、言われたとおりに機能と切り離そうとしてふと疑問がよぎる。
「でも、そないに大部分の機能を切り離して、リインは平気なん?」
「私は平気です。それよりも急いでください、主はやて。希が危ない」
リインの言葉とともに、現在の外の様子が見えてくる。
今まさに、私が落ちゆく希君に向かって魔力砲を撃とうとしていた。
「ッ!! リイン!」
「はい! 機能切り離し成功です!」
その瞬間、世界が白い光に包まれ、私は再び外の世界に弾き出された。
【SideOut】
迫りくる魔力砲を前に俺は眼を閉じた。
終わった。
はやてを助けることができなかった。
友人たちに協力を得ておきながら……
騎士たちまで犠牲にしたのに……
このまま死んでしまうのか……
約束、守れなかったなぁ……
しかしおかしい。
いつまでたっても攻撃が当たらないじゃないか。
もうとっくに死んでいてもおかしくないのに。
死の直前は時間が圧縮されるというがこれがそうなんだろうか?
それとも、気付かないうちに死んでしまったのか?
そう思って目を開けるとあり得ない光景が目の前に広がっていた。
俺を球状の魔力障壁が守っている。
その魔力光はここに居る誰のものとも違う。
その魔法を展開させているのは……
「はや、て?」
はやてが、暴走体から分離している。
俺を、守っている。
俺は目を疑った。
死の直前になって、夢でも見ているのではないかとも思った。
しかし、体の痛みがこれは現実だと物語っている。
騎士風のバリアジャケットに身を包み、髪と目の色も変わっているがそこに居るのは紛れもなくはやてだった。
「はやてぇ!!」
俺が叫ぶと、完全に暴走体から分離したはやてが飛びついてきた。
「希君!!」
はやては俺に抱きついて、涙声を漏らす。
「何やっとんねん。こないに、ボロボロになって……」
はやてが、生きてる? 本当にはやてが、生きている?
俺は確認するようにはやてを抱き返した。
そのぬくもりが、俺の心を癒していく。
「は、や、てぇ……」
本物だ。まぎれもなく、はやては生きている。
はやては、助かったのだ。
「よかっ、た、本当に、良かった。もうだめかと、本当にもうだめかと思った。」
俺の目からボロボロと涙が流れ落ちていく。
「うん、大丈夫。私はちゃんと生きとるよ」
はやては俺をあやす様に背中をポンポンと叩く。
だけど……
俺ははやてから体を離した。
「希君?」
「……ごめん」
そうだ、もう、俺ははやてに接してもらう資格なんかないんだ。
だって
「……俺は、騎士たちを犠牲にした。はやての、大切な家族なのに……俺のわがままで……」
そうだ、許されることじゃない。
はやてに嫌われても、仕方がないことなんだ。
「……辛かったんやね」
「……そう感じる資格すら、俺にはない」
だがはやてはそんな俺にも、まだ優しくしてくれる。
なぜ……
「……自分が許せへんのか。なら」
はやては杖を振るった。
すると
「みんなに許してもらえばええ」
そこに、バリアジャケットを纏い、ひざまづいた闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターが復活した。
俺は信じられないような物を見るような眼で、その様子を眺めていた。
……シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ……
「希……」
シグナムが立ち上がり、口を開く。
「ありがとう。よく頑張った」
そんなこと……
「シグナム……俺は……お前達を……」
「いいんだ、お前の気持ちはみんな分かっている」
騎士たちを見渡すと、皆が頷いている。
「あたし達に何の相談もなかったのはあれだけどよ。まぁ、それも許してやるよ」
「希君が頑張ったおかげではやてちゃんが助かったんですもの。本当にありがとう」
「そんな顔するな。お前の判断なら、私たちはそれに従うさ」
「みん、な……」
声が震える。
感情が、あふれ出るのが止められない。
「誰もお前を恨んでなどいない。なぜなら」
「「「「希(君)は私たちにとって大切な家族だから」」」」
騎士たちはそう、優しく笑いかけながら俺に言った。
こんなことをしてしまった俺に向かって、『家族』だと……
「みんな、希君を許してくれとる。だからもう、我慢する必要なんかない」
そう言ってはやては再び俺を抱き寄せた。
それに重なる様に、騎士たちも抱きついてくる。
「なんもかんも一人で背負わんでええねん。辛いときは、私たちが支えてあげるから」
「はやて、みんな……」
もう、限界だった。
そのまま俺は生まれて初めて感情のままに泣きだしてしまった。
子どもの様に、ワンワンと。
「はやてちゃん、希君」
俺が泣きやむのを待って、降りてきた高町たちが声をかけてきた。
「なのはちゃん、フェイトちゃん」
はやてがそれに受け答える。
「ごめんなさい。色々迷惑かけて」
「ううん、いいの。それよりも、はやてちゃんが無事でよかった」
高町たちは安心したように胸をなでおろしている。
「これで、終わったんだね」
テスタロッサもホッとしているようだ。
しかし
「いいえ、まだ終わっていません」
リインフォースがそれを遮る。
「だ、誰?」
事情を知らない高町たちが驚いている。
俺はすでに能力でこいつの存在を確認済みだ。
「この子はリインフォース。夜天の書の管制人格や。今は私とユニゾンしとる」
「そうか、ユニゾンデバイスか!」
「? ユニゾンデバイスって?」
スクライアが納得してように手を叩いた。
意味がわかっていないのは高町だけのようだ。
それをテスタロッサが説明している。
「そんなことより、まだ終わっていないとはどういうことだ?」
そんな二人を無視して、執務官が怪訝そうに聞いてきた。
「まだ、暴走した闇の書の防衛プログラムは生きています。差し詰め闇の書の闇といったところでしょうか。それを破壊しなければ、この次元世界は壊されてしまいます」
「闇の書の闇……」
すると辺りに突然轟音が鳴り響く。
「なんだ!」
皆が慌てて音のした方を見てみると、スキュラの様な姿をした怪物が沖合いに出現していた。
「あれが、闇の書の闇……」
魔導師の皆はその姿と魔力量を感じてを見て慄いている。
そして俺も別の意味で顔をしかめていた。
こいつは…………酷い声だ。
歴代の闇の書の主の欲望や悪意が凝縮しているような、酷い声。
今までいろいろな声を聞いてきたがここまでひどいのは初めてかもしれない。
しかも……
「しかし、どうする? あれも再生機能があるようだし、生半可な攻撃では完全破壊できるとは思えない」
「アルカンシェルは?」
「それではこの世界に重大なダメージを残してしまう」
リインフォースの進言もあり、どうやって闇の書の闇を破壊するかの方向で、議論は進んでいった。
しかし……あいつは……
「そうだ! 何もここでアルカンシェルを打たなければいいんだ! 地球にダメージがないように。例えば……軌道上に転送して!」
俺が考えをめぐらしている間に、話がとんとん拍子に進んでいく。
だが……
「しかしユーノ、そんなことができるのか?」
「うん! 僕一人じゃ無理でも、アルフやシャマルさんの力を借りれば……」
やはり……ダメだ。
「もちろん手伝います!」
「私だってやるさ!」
だがどうする? あれでいけるか?
「ありがとう、でもこのままではさすがにきついからせめてもう少し小さくしてもらいたいんだけど」
「わかった。そっちは任せろ。僕達でダメージを与えて、なるべく小さくする」
いけないことはないだろう。むしろ、当初の予定よりは成功の確率が高い。
問題は俺が耐えきれるかどうかだ。
「任せてユーノ君!」
「私達も手伝うで。こうなってもうたんも私たちの責任やし……」
「無論、我々も」
だが、このままでははやてを悲しませる結果になってしまう。
「決まりだな、母さん!」
「えぇ、わかってるわ。今、エネルギーを充電してる。あと五分ほどで完了するわ。座標も、この位置に転送してくれるかしら?」
「わかりました」
そんなことは許容できない。
「待て」
俺は出撃しようとした全員を止めた。
「なんだ?」
執務官が怪訝な顔をして聞いてきた。
他の皆も俺に注目している。
「俺はあれを壊すことに反対だ。アルカンシェルも用意する必要はない」
「なんだと?」
執務官はわけがわからないといった様子だった。
いまさら俺が敵対する理由もないだろうと思っているようだ。
俺は執務官の疑問に答えることなく、はやての方を見た。
「リインフォース、お前を死なせるわけにはいかない。そんなことは、はやても望んでいない」
「「「「えっ!」」」」
驚く皆を尻目に俺ははやての方を睨む。
いや、正確にははやての中のリインフォースをだが。
「……なんのことですか?」
「とぼけるな。リインフォース、お前は防衛プログラムだけでなく再生機能も一緒に切り離しているのだろう。そんな多くの機能をなくして、長く生きられるはずもない。せめて再生プログラムが残っていれば話は別なんだろうが、このままでは一週間も持たず消えてしまうのは自分で分かっているのだろう」
「それは……」
「……ほんまなん、リイン?」
はやての問いかけにリインフォースは悲しげに答える。
「……申し訳ありません、主。どうしようもないことなんです。切り離さなくては主は戻ってこれなかった。それにまた取り入れたりしたら、私たちも暴走してしまう。かといってあれを治すことはできません。このまま放置もできない。壊すしかないんです」
「でも、でも! リインが!」
「大丈夫です。騎士プログラムもすでに切り離してありますから、私がいなくなっても騎士たちは残ります。それで、きっと元の生活を取り戻すことができますから」
「リイン……」
それを聞いたはやては涙を流した。
「……いやや。私は嫌や。せっかく家族になれたのに、またすぐにお別れせなあかんのなんて」
「主……」
「私が! 助けるってゆうたやん! リインフォース! あなたも!」
「……ありがとうございます。こんな私を、家族だと言ってくれて。私は、それだけでもう十分に幸せですから」
「いやや、いややよ、リインフォース」
皆が押し黙ってしまった。はやてのすすり泣く声以外に口を開くものはいない。
……はやて
「……執務官、やはりアルカンシェルは中止だ。やるというのなら、俺は再びお前らの敵となる」
ここまで来てはやてが悲しむ様な結末を迎える気はない。
「……お前の気持ちもわかるが、しかし」
執務官も躊躇ってはいる。しかし、他に方法がない以上どうすることもできないと思っているようだった。
だが、方法はある。
俺には、そのために授かったものがある。
「中止だ。その代わりに、俺が決着を付ける」
「なに? どうするつもりだ?」
「能力を使って闇の書の闇を正常な状態に戻す」
「のうりょく?」
執務官は怪訝な表情をしていたがそれを無視して俺ははやてに近寄る。
そして指で涙を拭いながら優しく言った。
「はやて、大丈夫だ。リインフォースは死なせない。俺がなんとかしてみせるから」
はやてが悲しむ結果を避けることができるのなら、俺は喜んでこの力をさらけ出そう。
「希君……」
「希…」
しかしリインは受け入れない。
「それは無理なんです。プログラムを書き換えることはできない。破壊するしかない」
「それは魔法を使った場合だろう。だが、俺の力は魔法じゃない」
「魔法じゃ……ない?」
リインは不思議そうに聞いてきた。
「あの暴走体の心は歴代の主の欲望と悪意によって滅茶苦茶な状態だ。だから暴走してしまう。怖くて、憎くて、悲しくて。正直、聞くに堪えない。だが、その心を落ち着かせることができれば」
「暴走が……止まるかもしれない」
リインは今まで考えてもみなかったアプローチ方法に一縷の希望を見つけた。
「俺にはそれができる。はやてにも、騎士たちにも、両親にも黙っていたが、そういうことができる能力を俺は持っている。だから」
俺は一旦言葉を切り、皆を見た。
「俺を信じて力を貸してくれ。はやての悲しむ顔なんか見たくない。それに俺も、家族の命を守りたいんだ」
そう言って俺は頭を下げた。
すると
「私は、希君を信じとる。それにリインも助けたい。だから、私からもお願いします。どうか力を貸してください」
「希はこんな時に嘘つく奴じゃねぇ! だからあたしからも頼む!」
「頼む。虫のいい話かもしれないが手を貸してくれ」
「お願い。私達もリインを助けたいの」
「……頼む」
俺に続いて、はやてと騎士たちも頭を下げた。
「クロノ君……」
「クロノ……」
高町とテスタロッサも執務官にお願いの視線を向ける。
すると執務官も
「管理局員としてはこんな危険な賭けに出るのはよくないんだが……」
と、前置きをしてから
「僕個人の意見では試してみる価値はあると思う。僕だって、誰かを犠牲にしたうえでの勝利は後味が悪いからね。艦長」
「えぇ、試してみる価値はあるかもしれないわ。ただし、失敗した時のためにアルカンシェルに用意だけはしておきます。一ノ瀬君、それでいいかしら?」
「十分です。ありがとう、みんな」
よし、皆の協力を得ることができた。後は行動するだけだ。
俺は全員に作戦の概要を説明しはじめた。
「まずは、シャマル。頼む」
「えぇ。我、風の癒し手、湖の騎士シャマル。静かなる風よ、癒しの恵みを運んで」
シャマルの掛け声とともに、辺りに明るい緑色の魔力光が広がる。すると戦闘で傷ついた高町たちのダメージがみるみる回復していった。
「すごい、傷が治ってる」
「それだけじゃなくて体力も……」
「お前達とはやてはそのまま最大魔法の準備を。ヴィータ、シグナムは結界の破壊を頼む」
「まかせろ!」
「引き受けた。烈火の将の名にかけて、必ず破壊してみせる」
二人は胸を叩いて、力強く請け負った。
「信頼してるさ。シャマルと執務官は結界破壊後、逃げられないよう奴を取り押さえてくれ」
「わかったわ」
「了解だ」
シャマルと執務官の同意を得、次の指示を出そうとしたところに
「待て」
と、唐突な抑止の声が俺の話を遮った。
見てみれば、声の主は意識を取り戻したギル・グレアムだった。
「……なんだ?」
俺は奴に冷ややかな視線を投げかける。
だが奴は俺の方を見ようとはしなかった。
「……これを使え、クロノ。あれには闇の書用の封印魔法が入っている。かなりの足止めができるはずだ」
「よろしいのですか? グレアム艦長」
執務官は驚きとともにグレアムに聞き返した。
「いいんだ。私とて犠牲がない方法があればそちらの方がいいに決まっている。こんなことで私の罪が消えるはずもないが……協力させて欲しい」
そこでようやくグレアムは俺とはやての方に目を向けた。
その目には後悔の色がありありと映っていた。
ふんっ、罪悪感、か。
「それを使うのなら取り押さえる役は執務官一人に任せよう」
「一ノ瀬……わかった、まかせてくれ」
執務官はデュランダルを手に取る。
無論、こんな程度で奴を許すつもりもないが使えるものは使う。
むしろ、これからの方が奴にはいろいろとやってもらうつもりだ。でなければ、わざわざ生かしておかない。
「ザフィーラ、使い魔アルフ、ユーノ・スクライアの三人は闇の書の闇の攻撃から皆を守ってくれ」
「心得た」
「わかった。がんばるよ」
「任せな! フェイト達には指一本触れさせないからさ!」
三名とも反応は違うもののやる気に満ちた表情をしていた。
「シャマルは合図したら俺を奴の元へ転送してくれ」
「えぇ、わかったわ。でも希君、無茶はしないでね」
「分かっている。行くぞ、そろそろ奴も動き出す」
「「「「「おう!」」」」」
皆は掛け声と共に俺とシャマルを残して飛び立った。
闇の書の闇の近くまで飛ぶと高町、テスタロッサ、はやての三人は魔力をため、執務官は先ほどグレアムが使おうとした凍結魔法と同じ魔法の詠唱を始めた。
その四人と闇の書の闇の間に入る様に、ヴィータが奴に向かって突撃する。
「紅の鉄騎! 鉄槌の騎士ヴィータ! あたしに砕けぬものはねぇ!」
ヴィータは叫びと共にカートリッジをロードする。
そしてグラーフアイゼンをジャイアントフォルムに変化させた。
「轟天爆砕! ギガントクシュラーク!!」
そのまま振りかぶり、闇の書の闇の防御結界にアイゼンを叩きこんだ。
轟音と共に闇の書の闇を守る4枚の防御結界の家の二枚がたたき壊される。
間髪いれずに
「烈火の将! 剣の騎士シグナム! 主はやてと家族のため! 貴様を討つ!」
同じくカートリッジをロードしたシグナムがレヴァンティンをボ-ゲンフォルムに変化させた。
「翔けよ、隼! シュツルムファルケン!!」
気合と共に放たれた炎を纏った矢が防御結界の残り二枚を爆散させる。
これで闇の書の闇を守る結界はもうない。
すると危険を察知した闇の書の闇が彼女たちに向かって魔力弾を放ってきた。
「我は蒼き狼、盾の守護獣ザフィーラ。わが誇りにかけて、貴様の攻撃はすべて受け切って見せる!」
「あんたの攻撃なんて屁でもないね! 通せるもんなら通してみな!」
「クロノ! お願い!」
それをザフィーラ、使い魔アルフ、ユーノ・スクライアが完全に防ぎきった。
続いて執務官がスクライアの掛け声とともに完成した封印魔法を放つ。
「悠久なる凍土 凍てつく棺のうちにて 永遠の眠りを与えよ 凍てつけ! エターナルコフィン!」
詠唱を終えた魔力弾が防御結界を失くした闇の書の闇とぶつかる。
先ほどのギル・グレアムと同じ魔法だが、執務官の放った物の威力はすさまじく、氷が一気に全身に広がり、ついには辺り一面が氷におおわれてしまった。
闇の書の闇の動きも完全に止まる。
とどめとばかりにはやてたちも魔法を放つ。
「全力全開! スターライト」
「雷光一閃! プラズマザンバー」
「響け! 終焉の笛! ラグナロク」
「「「ブレイカー!!!」」」
三名の極大魔法が動けなくなった闇の書の闇目掛けて降り注いだ。
その瞬間、闇の書の闇は三食の光に呑まてしまった。
爆音とともに辺りに氷の破片が舞い散る。
それが晴れると、先ほどまでの闇の書の闇の姿はなくなっていた。
そこにはどす黒い小さな固まりが放り出されていた。
あれが闇の書の闇の核だ。
「シャマル!」
「えぇ! 開け! 旅の扉!」
シャマルの転送魔法で俺は闇の書の闇の核の元へと飛ばされた。
すぐさま俺は核を掴むと応用能力③を発動させた。
瞬間、闇の書の闇の中にため込まれた悪意、欲望、憎悪が俺に流れ込んでくる。
それは今まで感じたことがないほど、汚く、醜く、おぞましい物だった。
能力をフル回転させ一つ一つそれを整理する。
これは……予想していたものとはいえキツイ。
頭が割れる。気分が悪い。吐きそうだ。脳が……焼き切れる。
闇の書が抱える闇は、やはり俺一人で支え切れるものではなかったのだろうか?
あそこまで大見得切っておいて……このままでは……
崩れ落ち、思わず手が離れそうになる。
しかし
「希君!!」
はやての声が聞こえた。
それだけで、気力がわいてくる。
はやての応援があるのなら、俺はなんだってできる。
そうだ、はやてだ。
今ははやてがいる。
はやてはもう、助かった。
後はこれさえ成し遂げれば、もう完全にはやての笑顔を陰らすものはなくなるんだ。
俺は再び力を入れ、闇の書の闇に向かいあう。
闇の書の闇の混濁した意識の中で、俺は確かに声を聞いた。
苦しい、と。
助けてほしい、と訴える声を。
「おおぉーーーー!!」
気合とともに、一気に闇の書の闇の中の感情を整理する。
同時に一気に闇の書の負の感情も入り込んできたが、今ははやての声が聞こえるんだ。
そんなものに負けてはいられない。
闇の書の闇は泣いていた。
彼女にも、騎士たちやリインフォースの様に人格は有ったのだ。
それが、多くの人間の欲望の捌け口にされ、望んでもいないことを強いられ、絶望され、憎まれて……
歪まされてしまった。
当然だ。こんな量の負の感情、一人で背負い切れるはずもない。
だが、彼女は騎士やリインフォースを守るために、この感情を一人で受け続けてしまった。
その結果が、暴走。
なるほど、こいつもまた、みんなのことを思っていてくれたのだな。
俺は整理が終わった彼女の心から、彼女が処理しきれない分の悪意を取り除き、代わりにはやてと騎士たちとの生活の中で得られた温かい感情を流し込んでいく。
もう大丈夫だよと諭すように。
だって君の主ははやてなのだから。
するとどす黒かった核が白く光りはじめた。
その光に、俺も包まれる。
「希君!!」
それを見たはやてたちが一斉に俺目掛けて飛んできた。
光が収まると、俺はそこから落下しはじめてしまう。
俺、飛べないんだよなぁ……このまま落ちたら死ぬな。
しかし、海にたたきつけられる寸前、空中で俺ははやてに受けとめられた。
「希君、大丈夫か! しっかりしてや!」
はやてはぐったりとした俺を受け止めたまま、心配そうに声をかける。
「は、やて。やったぞ、成功、した。こ、れで、リインフォースは、助かる」
そう言って俺は掴んでいたものをはやてに見せた。
俺の手の中には小さなリインフォースが眠っていた。
先ほどの闇の書の闇が変化したものだ。
「そう、だ。この子、も、家族として、迎え入れ、て、くれ。リイン、フォースの、片割れだから、名は、リインフォースⅡと、言ったところ、か」
「うん、……うん。わかった。ありがとう、希君」
「……ありがとう、希」
リインがお礼を言い、はやては俺を抱きしめ涙を流して喜んでいる。
あぁ、よかった。
頑張った甲斐があったというものだ。
「「「「希(君)!!」」」」
騎士たちと高町たちも心配そうに俺に声をかけてきた。
俺の様子を見たシャマルがすぐに治癒魔法をかけてくる。
だが、あまり効果がないな、これは。頭は相変わらずがんがんしてすごく痛いし、気分の悪さも拭えない。
今にも意識を失いそうだ。
「シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ、リインフォース。後を頼む」
「希! しっかりしろ!」
なんだ、シグナム。そんな顔して。せっかくはやてとリインフォースが助かったんだから、もう少し喜べばいいのに。
「希!」
「希君!」
「希!」
「希!」
ヴィータも、シャマルも、ザフィーラも、リインフォースもみんなして……
俺は今、凄く眠いんだ。
「希君!!」
……はやて、大丈夫だよ。ちょっと眠るだけだから。
はやてが、家族が悲しむから、死んだりしちゃいけないってことはもう、分かったから。
「少し、寝る」
とりあえずこれで今やるべきことはすべて終わった。
はやての命は助かる。
俺はゆっくりと目を閉じた。
みんながまだ何か叫んでいるような気がするが、もう聞くことができない。
俺はそのまま意識を失った。