目を覚ますと、俺は知らないベッドで寝かされていた。
起きぬけで思考が回っていなかったのでぼんやりとなんでこんなところに居るのかを考えてみると、すぐに気絶する前のことを思い出した。
同時に、頭がズキズキと痛みだす。それどころか体全体に針で突き刺された痛みが襲ってきた。
……思ったより意識が保てているな。全身の痛みはひどいがこれくらいは仕方がないか。まぁ、能力の乱用に肉体の限界排除とかなり無茶をしたからな。
俺は痛みを我慢しながら周りを目だけで探る。
どうやら、病院の個室に入れられているようだ。
怪我の具合は詳しく聞かなければわからないがそれでも気絶をしていたのだから当然と言えば当然か。怪我人をそのまま牢獄に入れるほど非道な真似をするような連中ではないようだったし。
とはいえ、さすがに監視の一人も付けないなんて不用心すぎないか?
まぁ、そんなことはどうでもいいか。
それより、はやてと騎士たちがどこに居るのかが問題だ。
場合によってはまた管理局と一戦交えなくてはならなくなる。
例え、今のコンディションでもだ。
そんなことを考えつつ体の調子を確認していると、不意に扉の開く音がした。
体が動かせない上に能力も使えないから誰が来たのか確認できない。
足音から何人かいるのは分かるが。
……管理局員か?
そう思ったので俺はすぐに目を閉じ寝た振りを始めた。
うまくいけばこのまま何か情報を引き出せるかもしれない。
するとその中の一人が寝ている俺の横で止まった。
視線を感じるのでどうやら顔色を見ているようだ。
その人はしばらく俺の顔を眺めてからため息をひとつついて、そっと俺の頬に手をやった。
その、優しい手つきには覚えがあった。
俺が驚いて目を開けると
「はや、て?」
そこには、慈しむ様な表情で俺を見るはやてがいた。
その顔が俺の目を見ると驚きに、声を聞いて泣き顔に代わっていく。
周りを見ればそこにはシグナムにヴィータ、シャマル、ザフィーラ更にリインフォースにツヴァイと家族が勢揃いしていた。
なぜだ?
俺は疑問を口にしようとしたがその前にはやてが覆いかぶさってきた。
「希君! よかった! よかったよ~!」
そのままワンワンと泣き出してしまった。
それにつられてヴィータにシャマル、ツヴァイまでもがよかったと言いながら涙を流し出した。
シグナム、ザフィーラ、リインフォースは目頭を押さえて安堵の声を上げている。
皆がそんなに心配になるほど俺は眠っていたのだろうか?
……正直、はやてに抱きつかれてことで体中が悲鳴を上げている。
しかし、そんなことはどうでもいいか。
はやてが抱きついて来てくれているのだ。
また、はやてが俺を心配してくれているのだ。
こんなに嬉しいことはない。
それだけで、俺は満足だ。
俺は痛みを無視して手を動かし、優しくはやての頭をなでる。
そして一言、こう言った。
「ただいま、はやて」
「……一週間、そんなに眠っていたのか」
落ち着いたはやてたちに事情を聞いてさすがに驚いた。
いやはや、そこまで眠り続けているとは。
能力をここまで使ったのが原因なのかそれとも体の酷使が原因なのか。
いや、両方かな?
なんにしても
「すまなかったな。心配をかけてしまって」
まだ能力が使えないから寝ている間何があったか分からないが、この反応からしてかなりの心労を背負わせてしまっていたのだろう。
あの時は後のことなど考えている余裕などなかったからな。
「もう、大丈夫だ」
せめて安心してもらえるようにこう言って起き上がろうとすると
「何が大丈夫だバカ、まだ全然体動かせねーじゃねーか」
「せや、もっと安静にしとらなあかんやろ」
はやてとヴィータに怒られてしまった。
シャマルとツヴァイは俺が起き上がれないよう押さえつけてくるし。
……そうだな。今くらいは素直になるか。
「悪かった。実はまだ体が辛い」
「……平気なん?」
はやてが心配そうに俺の体を気遣ってきた。
他のみんなも心配そうに見つめてくる。
「あぁ、はやてたちが来る前に確認してみたが動かないところはなかった。後でちゃんと精密検査を受けてみなければ確認はできないがおそらくただの疲労だろう。傷はシャマルの魔法で大体治っているからな」
「疲労……か」
シグナムは俺の話を聞くと少し考え込んでしまった。
「どうしたのですか? シグナム」
「いや、そうだな」
その態度を不審がったリインフォースが聞くと、彼女は若干言葉を濁してから意を決したように俺に向き合ってきた。
「希、話してくれないだろうか? 私達が知らない、お前のことを」
その言葉に、はやてたちはハッと固まってしまう。
当然、気にはなっていたのだろう。
「すまない。お前にとっては辛い話なのかもしれん。主どころかあのご両親にも話したことがないというのだから」
シグナムの顔は真剣で、相応の覚悟を持っていた。
「しかし、それでも私はお前のことが知りたい。我々はお前のことを知らなすぎた。いや、日々の暮らしの中で、勝手に知っている気になっていたようだ。だがそのせいで今回、我々はお前に辛い選択をさせてしまった。私はもう二度と、同じ過ちを犯したくない。だから」
頼む、とシグナムは頭を下げる。
それを見てはやても
「……私も知りたい。希君のことを」
と、小さくつぶやいた。
……そうか。
ついに、話す時が来てしまったか。
まぁ、こんな状況になって話さないというのも無理だしな。
それに
「……わかった、全部話す」
もう、家族達に隠し事をしているのは嫌だから。
「シャマル、起こしてくれないか? このままで話すのは、少し辛い」
「えぇ、わかったわ」
シャマルはそう言って俺をやさしくゆっくりと起き上がらしてくれた。
「リインフォース、扉に鍵をかけて誰も入れない様にしてくれ。あまり、多くの人に聞かれたくはないから」
「わかりました」
リインフォースがカギを閉めたのを確認すると、俺は大きく息を吸う。
どうやら、緊張しているようだ。
だれにも話すつもりはなかったからな。
皆の反応を考えると、少し怖い。
そんな様子を察して、はやては俺の手をギュッと握ってきた。
……そうだな、はやてたちを信じよう。
俺は皆を一度見渡してから、意を決して話し始めた。
「俺には一つの能力がある。このことは敬愛する両親も知らない。無論、お前達にも言った事がなかった。俺には……人の心の声が聞こえる」
皆の表情が驚愕に変わった。
それでも、声をあげずに俺の話を聞き続ける。
「効果範囲は半径5㎞ほど。しかも、その範囲内に居れば千人だろうと一万人だろうと全ての人物の声を聞き分け、同時に理解できる。聖徳太子もびっくりだろう?」
冗談めかした俺の投げかけに答えを返す者はなかった。
それでも、俺の説明は続く。
「幼いころはこの能力の制御ができず、常に人の心をダイレクトに受けとめていた。無論、広範囲の物だからその中には強い恨みや憎しみなどの負の感情もあった。それすらも勝手に受けとめてしまっていた」
「希……」
ツヴァイが辛そうに俺の名を呼ぶ。その目には涙がにじんでいた。
……こいつも同じように人の負の感情を受け止めてきたんだったな。その辛さはわかるか。
「大丈夫。俺には敬愛すべき両親がいたからな。二人が本当に大切に、深い愛情を持って接してくれていたから、負の感情なんかに負けないですんだよ」
そう言って俺はツヴァイに向けてほほ笑んだ。
ツヴァイの目にはまだ涙がにじんでいたがコクコクと頷いてくれた。
それを確認して、俺は話を続けた。
「それでも、無遠慮にぶつかってくる呪詛の声というものは聞いていていい気分はしない。だから俺は物心ついたころになるとこの能力を制御する訓練を始めた。その甲斐あってかすぐに能力の制御はできるようになったのだが。その過程でさらに能力が進化してできることが増えてしまった」
予想以上の秘密に皆声が出ない。
俺はその中で淡々と説明をする。
「ひとつ、相手に触れることでそいつの記憶も探れるようになった。触れる場所はどこでもいい。所要時間はそいつの人生経験によって変わってくるが大体の場合一瞬で済む」
「……その力で、闇の書の真実にたどりついたのですか?」
やっとのことで驚きから立ち直ってきたリインフォースが聞いてきた。
「あぁ、そうだ。リーゼ姉妹の記憶を探り、真実を知った」
「……そう、ですか」
それはすなわち、過去の自分の悪行を知られてしまったということだった。
なので、リインフォースは少しうつむいてしまう。
「お前の本意でやったことじゃないことくらいわかっている。それにあんなこと程度で俺はお前を拒絶したりはしないさ、リインフォース」
「……ありがとうございます、希」
リインフォースはお礼を言ってから顔をあげた。
俺の説明はまだ続く。
「ふたつ、相手に情報を強制的に送り込むことができる。こちらも送る情報量によって所要時間は多少の変化はするが、発動条件はひとつ目と同じだ。ただ、こちらの方が負荷が大きいのか日にそう何度も使えるものではない。せいぜい5~6回ほど使うと頭が痛くなる」
「それはもしや我々にやったものか?」
今度の質問はザフィーラだ。
皆も驚き、固まってしまった状況から立ち直ったようだ。
「そうだ。お前とシャマルに喰らわせたものだ。処理限界を超えるほどの情報を一気にたたきこむことで相手の脳をシャットダウンさせてしまう。すまなかった」
「ううん、平気よ。話を続けてちょうだい」
俺が二人に頭を下げようとすると、すぐさまシャマルに止められてしまった。
ここで話を止めてしまうのも確かに良くないので俺はまた話を進めた。
「最後に、これは俺の能力の中で最も強力で、最も危ない力だ。俺は相手の頭に触れることでそいつの記憶情報をある程度自由に操ることができる。要は洗脳だ」
「! そんなことまで」
今まで黙って聞いていたシグナムもこれには驚きの声をあげてしまう。
「あぁ。ただ、この力は使い勝手が悪い。触れる場所は頭と限定しなければならないし、完了するまで時間がかかる。その後、反動でしばらく能力はすべて使えなくなる上に頭痛などの体調悪化の症状が出る」
「じゃあ、もしかして前に熱で倒れた時も」
ヴィータが思いだしたように聞いてきた。
「能力を使った。リーゼ姉妹の洗脳のために」
沈黙が流れる。
皆、この話は少なからずショックだったようだ。
当然だろう。
「これがお前達に秘密にしていたこと、本当の俺だ。だがな、勘違いして欲しくない。俺はこの能力のことで悩んだことなんか、ただの一度もなかった。」
だが、一度話しだしてしまった俺は言葉を止められず、独白はどんどん続いて行った。
「人の悪意だってそうだ。あれは別にウザったいと思うだけで、特に実害があったわけではない。そんな程度、無視できる。そう、俺はどんな悲痛な叫びも苦しみも助けを呼ぶ声も、軽く流してきた。そうして、この能力の利便性のみに重きを置いていた」
まるで、罪の告白のようだ。
「シグナム達と初めて出会った時もそうだ。俺はあの時能力を使っていた。だから、俺はあの時、お前達の中にあった闇の書の騎士であることの辛さもわかっていた。それを知った上で、俺はお前達をどう排除しようかと考えていた。結果的にそれは辞めたが、それだってただはやてが嫌がったからというだけの理由だ。同情したからというわけではない。今回のギル・グレアムについてだってそうだ。奴も心情だけで言ったら相当な苦悩の末にこんなことをしていた。はやてごと闇の書を封じることに、相当な自責の念を抱いていた。だが、それがなんだっていうんだ? 苦しんでいるから、悩んでいるからといってやることに変わりはしない。過程はどうあれ、奴はそう決意していた。やることが変わらないというのであれば、俺にとってそこに付きまとう感情などどうだっていい。結果的にそれをやるならば、奴は憎むべき敵だ。それこそ、同情の余地などない」
そうか。だから俺はこんなにも秘密を話すのが嫌だったのか。
言えば、俺は止まれなくなる。
大好きな人たちに、自分の汚いところを見せることになる。
心の内側を、自分は勝手に覗いておきながら、自分のは誰よりも見せるのが嫌だったのか。
随分と卑怯な話だ。
「……こんな能力を持っておきながら俺は、他人の気持ちを考えて行動したことなんかなかった。普通は誰かの気持ちを知れば、それを考慮してしまうはずなのに……感情がないというわけではないのに、俺にはそれができない。きっと俺はどこか壊れてしまっているのだろう。だから、俺は自分で自分が異常者だと思っている。人の心を真に理解することのできない、異常者だと……」
沈黙が続く。
それを最初に破ったのは、やはりはやてだった。
「……うん、ありがとう。ちゃんと話してくれて。これでやっと、私にも希君の荷物が背負えるわ」
そういったはやてはフッと笑い。
「希君は全然弱音とか悩みとか言ってくれへんからな」
と、言いだした。その言葉に、俺はキョトンとしてしまう。
「はやて?」
はやては何を言っているんだ?
と、言うより
「……気持ち悪くないのか? こんな勝手に心を覗く様な、異常者なんか」
そうだ。それが普通だ。
しかしはやては眉根を寄せ、怪訝な顔をする。
若干、不機嫌そうに
「何アホなこと言うてんねん。というか聞こえとるんとちゃうんか?」
「今は使えない。ツヴァイを治すのに力を使いすぎたから」
「あぁ、せやったんか。だったら言うたるけどな」
はやては真剣な表情でに俺と向き合う。
そして
「私は希君が異常者やなんて欠片も思ってへん。希君は希君や。せやからこんなん聞いても今までとなんも変わらへん。今も、希君は私たちにとってとっても大切な『家族』の一員や」
と、きっぱりと言い切った。
さらに、『家族』たちに向き直り
「みんなはどう思う?」
と聞く。
するとすぐさま答えは返ってきた。
「もちろん、私も主と同じ考えです。希を異常者だなんて思えません」
「つーか聞くまでもねーだろ。言わせんなよな、恥ずかしい」
「そうよ。希君を気持ち悪いなんて思うはずがないじゃない」
「我らは決しておまえを拒絶したりはしないさ。『家族』であろう」
「そうですね。私も、まだ出てきて日は浅いですが、闇の書の中であなた達を見てきました。だから希を嫌ったりなんてできません」
「そうです! ツヴァイだって希君のことが大好きです! だって希君はツヴァイを救ってくれました! ツヴァイは希君が優しいのをよく知ってるです!」
皆の答えは同じ。
俺を受け入れてくれる。
「みんなの答えをきいたやろ。私たちは何にも変わらへんよ。希君がどんな力を持ってようともな。だって、私たちは希君のええとこいっぱいしっとるもん」
そう答えるはやてと『家族』たちの目はとても力強く、優しかった。
……ハハッ、本当、何を怯えていたんだろう。
俺の『家族』はこんなにも強いというのに。
「……うん、ありがとう、はやて、みんな。俺はお前達のことが大好きだ」
俺の頬にいつの間にか涙が流れていた。
しかし、その顔は笑顔になっている。
曇りのない、晴れ渡った様な笑顔に。
皆も、一緒に笑ってくれている。
本当にみんなに出会えてよかった。
「しかし、心の声を聞かれとったなんて。やっぱり少し恥ずかしいわ」
「あぁ、安心してくれ。はやての心を覗いたことは一度もないぞ」
「へ、そうなん?」
「他の人だと気にならないが、何となくよくない気がしてな」
「そやったんか。それはそれで少し残念なような」
「ん? どうしたはやて?」
「あっ! なんでもないなんでもない」
「? 」