その後、俺が目を覚ましたことを知った高町たちが続々とお見舞いに来てくれた。
その時に今回のことの謝罪をしたのだが彼女達は笑って許してくれた。
大きな借りができてしまった。本当に感謝してもしきれない。
管理局はもう少し回復するまでは事情聴取などを待ってくれるらしい。
それも、事件の大まかな理由と経緯を騎士たちから聞いたからだそうだ。
その理由と殺人を犯していない点から情状酌量の余地は十分あるのでだいぶ罪は軽減されるだろうという話だ。
ギル・グレアムも罪の軽減のためにだいぶ力を添えてくれているらしい。
当然だ。そうでなければ生かしておいた意味がない。
俺には俺が何者で、何をしたかを聞きたいそうだ。その部分だけは騎士たちに話を聞いても俺をかばって証言するので要領を得ないそうだ。
まぁ、騎士たちならそうするだろう。騎士たちはありがたいことに俺を大切だと思ってくれているようだからな。本当に嬉しい限りだ。
だが今回ばかりはそうも言っていられない。俺のせいで騎士たちとはやての立場を悪くするわけにもいかない。
それに、今の状況ではどの道俺を庇いきる事は不可能なのだから
目が覚めて二週間ほどが経ち、ある程度体力が回復した俺はついに管理局の事情聴取を受けることとなった。
とはいえまだまだ移動には車いすが必要なのだが。どうもこれ以上局としては待てないらしい。
「いいか希。くれぐれも自分に不利になるようなことは言うな。我々を庇ったりもするんじゃないぞ」
事情聴取に向かう道中、シグナムが言い聞かせるように言ってきた。
まったく、これで何回目だ。
「ふっ、お前が言うかシグナム。さんざん俺を庇った発言をしておいて」
「笑い事じゃねーよ! つーかあたしたちはいいんだよ! 絶対変なこと言うなよ! むしろなにも関わってなかったって言え!」
ヴィータまでも咎めるよう指をさしながら言ってくる。
いや、気持ちは嬉しいが。
しかし
「それは無理があるだろうヴィータ。俺はあの時あの場に居たんだから」
「ならせめて知っていただけで手を貸したことはないということにしてくれないかしら。それなら」
シャマルは説得しようと訴えかけるように言うが俺はそれを途中で遮ってしまった。
「シャマル。それも散々話し合った事だろう」
「……やはり、我々も付いて行けないだろうか?」
ザフィーラもとても心配そうに言ってくる。
この話を聞いた時から何回もそんなことを言っているな。
「いや、それは仕方がない。呼び出しは俺だけだからな。すまないが待っていてくれ」
「しかし、なぜ希だけが本局で事情聴取なのでしょう? 我々や主はやてでさえそこまで呼び出されたりはしなかったというのに」
リインフォースはまだ納得できないといった様子だ。
今回、俺だけが事情聴取を時空管理局本局で行われる。しかもその期間も正式に決まっておらず、帰りがいつごろになるのか分からないらしい。
それを初めて聞かされた時のはやてと騎士たちの動揺と怒りは凄かった。
伝えに来た執務官に掴みかからんばかりの勢いだったな。
「さあな。向こうにも事情があるんだろう。そこまで心配そうにしなくても平気さ、リインフォース」
「でもやっぱりおかしいです! 断固抗議すべきです!」
ツヴァイは座っていたリインの肩から立ち上がり、今にも飛んで行きそうだった。
いや、ここに居るアースラスタッフに抗議したところで意味はないだろう。だってこの命令はもっと上層部から下されているのだから。
そもそも艦長や執務官たちだってもうすでに抗議していたが結果は変わらなかった。
そうツヴァイにも何度も教えたのだけれどな。
「ツヴァイ、抗議なんかしなくてもいいさ。うまくやってくるからさ」
それに、俺にはなぜ俺だけ本局に呼ばれたのかが大体予想出来ている。
……あまりいい予想ではないのでできれば外れて欲しいのだが。
「……ちゃんと、帰ってきてな。まっとるから」
はやては俺の服の裾をそっと掴んで呟くように言った。
この話を聞いてからはやてはずっと寂しそうだった。
もちろん、俺だってはやてと離れ離れになるのはさみしい。一日離れ離れになるのだって耐えがたいというのに。何日になるか分からないだなんて。寂しくて死んでしまいそうだ。
しかし、それを今はやての前で見せるわけにはいかない。
はやてを不安にさせたくはないから。
「はやてが待っていてくれるというのなら、俺はどこからだって帰って来て見せるよ。俺の帰る場所は、愛するはやてのところ以外ない」
「……うん、まっとる。でもそれ恥ずかしいセリフやよ」
「はやて、今の流れでも駄目なのか?」
俺ががっくりと肩を落としながら言うとはやては小さく笑っていた。
せっかく情けないところを見せない様に頑張ったのに。というか今のは恥ずかしいセリフだったのだろうか? いまだに基準がわからない。
しかし、はやてが笑ってくれたから良しとするか。
そうこうしている間に移動用の船の場所までついてしまった。
ここから先ははやてたちは来れない。
しばしの別れの時間だ。
「それじゃあ、みんな」
俺ははやてたちの方を向き、微笑む。
「いってきます」
「「「「「「「いってらっしゃい、希(君)」」」」」」」
温かい家族たちに見送られ、俺は本局へと転送された。
【Sideはやて】
希君が本局に行ってから三日ほどたってから初めて私達は一時帰宅が許された。
どうも後は希君の証言さえ得られれば私たちは正式な判決を待つだけやから特にすることもないらしい。
それならば、今のうちに着がえとか必要なものとってきた方がええと言う話になって一時帰宅することになった。
もちろん、監視は付くけれど。
その監視もクロノ君とフェイトちゃんやし。普通にお友達を家に招待しているような感覚や。
「いや~、やっと家に帰れるんやな。シャバの空気はうまいわ~」
帰宅途中、私が冗談でこんなことを言っているとクロノ君にあきれられてしまった。
「何を言っているんだ。こっちは散々一度家に戻っていいと言っていたのにそっちが勝手に帰ろうとしなかったんじゃないか」
「そうだよね。はやてたち希が目を覚ますまでてこでも動かなかったし」
「あははっ、そうやったけ?」
まぁ、そうなんやけどね。でも、あのときは家に帰る余裕なんかなかったからしゃあないよね。
しかしフェイトちゃんまで突っ込んでくるとは……
「でもでも、お家に帰るの楽しみです。ツヴァイは入るの初めてですから」
「そうですね。私も楽しみです」
「あぁ、リインとツヴァイの部屋も用意せんとあかんね。まぁ、部屋も余っとるし平気やろ」
「いいのですか? 主」
「いや当たり前やん。家族なんやし」
「ありがとうです、はやてちゃん♪」
「ありがとうございます、主はやて」
うんうん、二人とも喜んでくれてよかったわ。
今度ちゃんと模様替えせなあかんな。後食器とか服とか必要なものも買わな。
と、その前にリインの採寸もせなあかんか。
楽しみやな♪
「……リイン、覚悟しといたほうがいいぞ」
「? 何のことですか、シグナム?」
シグナムがなんか達観したような顔でリインと話とるけど……何をゆうとるんやろ?
「でも、みんなで一緒に暮らすにはもう少し時間がかかりそうね。はやてちゃんのリハビリもあるし」
シャマルが少し残念そうに言う。
「なぁ、シャマル。はやての足ってどれくらいで治りそうなんだ?」
ヴィータが不安そうにシャマルに聞いた。
シャマルはお医者さんでもあるからな。
「う~ん。普通なら自力で歩けるようになるまで3年、完治まで6年ほどといったところなんでしょうけど……あれがあるからもっと早く治ると思うわ」
「あれってそんなすごいん?」
あれと言うのは希君が別れ際に渡してくれたリハビリ用トレーニングの本のことや。
私の足はもう麻痺はなくなっているから後は筋力を戻して歩き方を思い出させるだけなんやけどそれを見越して希君が用意してくれたらしい。
しかも自筆で。
「えぇ、私も驚いたわ。パッと見でもとても効果的なトレーニング方法がたくさん載っていたもの。人体の仕組みと筋肉のことを詳しく知っていないと、こんな物作れないわ」
……そんなにすごい物やったんか。そういえば石田先生にこの本見せた時もなんか驚愕しとったな。著者は誰かしつこく聞かれてもうたし。
「いやはや、希君はほんまに……なんかいろいろと卓越しとるな」
「うん、でも私は納得したな」
「? なにがや、フェイトちゃん?」
「だって希、学校ではいつも医学の本を読んでたんだよ。それも、外国の難しそうなやつばかり。あれははやてのためだったんだね」
「……そうやったんや」
知らんかった。
希君がいろんな本を読んどるんは知っとったけど、あの外国の本が医学書やったなんて。
「やっぱり希ははやてのことをとても大切に思っているだね。じゃないと、こんなことできないよ」
「そうだな、希にとって主は特別な存在だからな」
シグナムもうんうん頷いている。
あかん、めっちゃ嬉しいけど少し恥ずかしいわ。
「あぁ、確かに特別なんだろうな。僕も八神と話している一ノ瀬を見て驚いた。別人かと思ったほどだ」
「あれは私も驚いたな。希があんな風に笑ってるとこなんて初めて見たよ」
そんなに違うもんなんやろか? 想像できへん。
というか
「それはアリサちゃん達からも聞いとったけどいまいち納得できへんねん。だって希君シグナム達とも楽しそうに話とるよ」
そんな私の疑問に、クロノ君が苦笑しながら答える。
「それとはちょっと違うな。要は僕らからしたらあの一ノ瀬がデレデレしている様子が想像つかなかったということだ」
「デレデレって……」
確かにそうなんやけど……なんか人に改めて言われるんは恥ずかしい。
「でも確かにシグナム達とも仲がいいよね。ちょっと羨ましいな。私たちに対する扱いと少し違ってて」
フェイトちゃんは病院での様子を思い出したのか、羨ましそうに言った。
そんな気にする必要なんかないと思うんやけどなぁ。
「気にすることはない。希はテスタロッサ達のことをキチンと友人だと話していた。大切に思っているはずだ。ただ、態度が少し違うのは私達を『家族』として扱ってくれているからだろう」
と、シグナムがフェイトちゃんをフォローをする。ただ、家族として扱ってもらえるというところは若干誇らしげだった。
「そうですね。本の中で見ていましたが、私とツヴァイもあんな風に接してもらえるのでしょうか」
そんな中、リインは少し心配そうに呟いた。
まだ一緒にいる時間が短いから心配なのだろう。
でも
「何言ってるのよ。当然じゃない。あなた達二人も私たちの『家族』なのだから」
うん、シャマルの言う通りや。
もうちゃんと、私達にとってはリインもツヴァイも家族の一員や。
もちろん、希君にとっても。
「せや、なんも心配する必要なんかないよ」
「そうです。その証拠に私もお姉ちゃんも家族の仲間入り記念のプレゼントをもらえたじゃないですか♪」
そう言ってツヴァイは見せびらかすようにクルクルとその場で回り始めた。
今のツヴァイが着ている服は希君がプレゼントしたものや。
しかも手作りの。入院中、リハビリも兼ねて何着か作ったらしい。
ツヴァイのサイズでは人形用の服しか着れないのも理由の一つだと言っとった。「人形用の服じゃごわごわしていて着心地が悪いだろう」とのことや。
これを貰ってからツヴァイはずっと上機嫌や。
「そうですね。そんな心配をする必要はないのかもしれませんね」
「そうですよ~♪」
リインは一冊の本を取り出して、嬉しそうに微笑んだ。
リインへプレゼントした料理の本や。
しかもこれも自筆。
……ちょっとやり過ぎとちゃうか? どんだけやねん。
まぁ、これをリインに渡した理由はわかるけど。
希君はまだ帰ってこれへんし、私ももうちょっと病院におらなあかんからな。そうなると、八神家に台所を任せられる人が居らんくなってまう。
シグナムはやらへんやろうしシャマルは……
そんなわけでリインに料理を任せようと思ったんやろ。
「ツヴァイ、あんま派手に動いてんじゃねーよ。誰かに見られたらどうすんだよ」
テンションの上がっているツヴァイをヴィータがちょっと拗ねたように注意する。
それに対しツヴァイはからかう様に反論した。
「今はだれも近くに居ないから平気ですよー。ヴィータちゃんはまだ希から何も貰えなかったからって拗ねてるんですか?」
むぅ、あかんなぁ。実際その通りなんやろうけど、そんなふうに言うたら。
そんなことしたらヴィータは
「はぁ! 別に拗ねてねーです! お前がバカみたいにいつまでもはしゃいでいるから注意しただけですよーだ!」
「バカみたいとはなんですか! ヴィータちゃんこそ図星を突かれたからってバカみたいに大声出さないで欲しいです!」
あぁ、あかん。案の定怒ってもうた。しかもツヴァイまでバカって言われてムッとしてるし。
どうもツヴァイは精神年齢が低いみたいやなぁ。まぁ、ほとんど生まれたばかりみたいなもんやから仕方ないんやろうけど。
ヴィータは……前からこうやったし。
まったく、しゃーないなぁ。
「なんだと!」
「はいはい、喧嘩したらあかんよ。仲良うしいや」
「だってはやてちゃん、ヴィータちゃんが」
「いやはやて、ツヴァイが」
「仲良くできへんのやったら二人とも家に入れてあげへんよ」
「「ううっ」」
喧嘩ばっかりしたらあかんよ、まったく。
「何かはやて、二人のお母さんみたい」
「いや、フェイトちゃん。私はまだ9歳やで」
フェイトちゃんはまた変なこと言うて。
でも確かに、私は夜天の書の主やからみんなの保護者とは言えるんかな?
だけどツヴァイはともかく他のみんなのお母さんと言うには無理があるやろ。
それに私がお母さんと言うならお父さんは………
「どうかしましたか主? 顔が赤いようですが」
「! 何でもない何でもないでザフィーラ!」
あかん、変なことを想像してもうた。フェイトちゃんが変なこと言うからや。
「? ならいいのですが」
「うん、気にせんでええよ! ほら! 家にも到着や!」
話とる間にだいぶ進んでたみたいや。
ちょうどええタイミングで助かったわ。
「「「「「「「ただいま~」」」」」」」
みんなで声をそろえて言いながら、私達は約1カ月ぶりに我が家へ帰ってきた。
うん、やっぱり自宅の雰囲気は落ち着くなぁ。
「「おじゃましまーす」」
しかも、お友達を招くなんていつぶりやろ?
ちょっと事情が違うとはいえ、なんか嬉しいな。
「いらっしゃい。私らは荷造りせなあかんけど、二人はリビングでまっとってくれへん?」
「そう急ぐこともないさ。荷造りも少しのんびりしてからでいい」
「ありがとう、クロノ君。じゃあ、ちょっとゆっくりしよか」
そう言って私たちは全員でリビングに移動した。
そこで
「ん?」
見事に飾り付けがされたクリスマスツリーを見つけた。
見れば部屋の内装もクリスマス用に綺麗に飾り付けられている。
「……そういえば、最後に家に居たんはクリスマスやったな」
私は入院しとったから知らないけど。みんなでやったんかな?
しかし見てみると私と同じようにみんなも驚いていた。
となると
「希君がやったんやね」
「……そう、でしょうね。我々には、あの時こんなことまでする余裕はなかったですから」
やっぱり。
「おい! 机の上見ろよ!」
ヴィータが指差した方を見るときれいにラッピングされたプレゼントが机に乗っていた。
その一つ一つに騎士たちの名前とメッセージカードが付いている。
騎士たちはそれぞれ自分の名が書かれたプレゼントを手に取り、中身を空けた。
「これは……」
「うわぁ」
「まぁ」
「……ふ」
そして、メッセージカードを読んで嬉しそうに笑っている。
1カ月遅れのクリスマスプレゼントやったけど、みんなの心にはちゃんと響いたみたいやった。
「よかったなぁ、みんな」
ついつい私まで嬉しくなってもうた。
私たちはしばらく時期外れのクリスマスの雰囲気を楽しむと、荷造りを始めた。
もちろん、みんなの荷物の中には希君のプレゼントが入っている。
きっとこれがあったから、希君はリインとツヴァイにもプレゼントを渡してたんやな。おかげですっかりヴィータの機嫌も直ってしまった。現金なやっちゃ。
ちなみにプレゼントはシグナムには将棋の駒と盤、ヴィータには呪いウサギのデザインが入ったアイス用のガラス製の器とスプーン、シャマルにシャマル専用料理器具セット、ザフィーラには狼形態でも使えるチョーカーだった。
うん、希君らしいな。実質本位で。
ただ、それを見て今度はツヴァイがうらやましそうにしていた。
まったく、希君は大人気や。
こうして荷造りを終えた私たちはすぐにアースラに帰らなくてはならなかったが、クロノ君にお願いして一ヶ所寄り道をさせてもらうことにした。
……正直、ここに行くのは緊張する。
騎士たちも、気が重そうだ。罪悪感で押しつぶされそうになる。
でも、いかなあかんかった。ちゃんと、謝罪しないと。だってこの二人も私達のせいで被害をこうむってしまったのだから。
玄関のチャイムを鳴らすと、その人はすぐさま出てきてくれた。
「は~い、どなた? って、あら?」
「……こんにちは、お母ちゃん」
希君のお母さんは驚いたように目をパチクリさせている。
……当然や。希君の両親は今回の事件の概要を知っている。
希君が意識を失っている間に、リンディさんからすべてを聞いたのだ。
私のせいで、希君が犯罪者になって、拘束されてしまったことも。
怒っているに違いない。だって二人は希君のことを深く深く愛しているんやから。
正直、私の顔なんか見たくないかもしれない。このまま追い返されるかもしれない。
それでも、ちゃんと謝らな。
許してもらえなくても、私は……
そう思って覚悟をしていたのに、お母ちゃんの行動は全くの予想外のものだった。
「キャー! はやてちゃんじゃない! いつこっちに帰ってたのよ! 母さんびっくりしちゃった! ねぇ、父さーん! はやてちゃん達よー!」
そういっていきなり抱きついてきたかと思うと、すぐさまお父ちゃんまで現れた。
「なぬ! ホントだはやて君じゃないか! シグナム君にヴィータ君にシャマル君にザフィーラ君も! 会いたかったぞー!」
そのままお父ちゃんまで抱きついて来ようとしたがそれはお母ちゃんに止められてしまう。
「あら、だめよ父さん。希ちゃんが嫉妬しちゃうからはやてちゃんに抱きついちゃ」
「しかし母さん。私だって寂しかったのだぞ。少しくらいいいじゃないか。母さんだけずるいぞ」
「もう、父さんったら。なら少しだけよ。希ちゃんには内緒ね。はやてちゃん達も希ちゃんには内緒にしてね」
「しかし母さん、希に内緒ごとなんてできるんだろうか?」
「う~ん、難しいわね。じゃあ諦める?」
「そんなとんでもない! そうだ! はやて君の許可を得よう! そうすれば希もわかってくれるさ!」
「それはいい考えね! そうしましょう!」
「そうと決まればはやて君! 久しぶりの再会を祝して抱きついてもいいかい!」
「へ? あ、ええですけど……」
「ありがとう愛しの娘よ!」
そういってお父ちゃんまで抱きついて来てしまった。
というか娘って……私は……
「あら、あなた娘は気が早いわ。はやてちゃんが困惑しているじゃない」
「む? そうか。すまないはやて君。父さんちょっと先走ってしまった」
「いや、困惑している理由はそうじゃないだろう」
クロノ君が呆れながら二人に突っ込みを入れる。
話は聞いていたが、二人の勢いに少々面食らってしまったようだ。
すると二人は初めてクロノ君達に気がついたようだった。
「あら? そちらの方たちは?」
「あ、はじめまして。フェイト・テスタロッサです」
「ほう、君がフェイト君か。希から話は聞いているよ。いらっしゃい、よく来たね」
「あら、希ちゃんのお友達の!」
フェイトちゃんの挨拶を聞くとようやく二人は私を離してくれた。
それに続いてリインとツヴァイがおずおずとあいさつする。
「私はリインフォースです」
「リインフォースⅡなのです。あ、あの私たちは」
「まぁ! あなた達が新しく八神家の一員になったリインちゃんとツヴァイちゃんね! まあまあなんて可愛いのかしら! これからよろしくね!」
「うんうん、家族が増えるなんて喜ばしい限りだ! これからも楽しくなりそうだな!」
そのままお母ちゃんはリインとツヴァイに抱きつき、お父ちゃんはあごに手をやって感慨深げにうんうん頷いている。
最後に、クロノ君が自己紹介をする。
「僕は時空管理局執務官のクロノ・ハラオウンです」
その瞬間、二人の雰囲気が一変した。
クロノ君に対して氷のような視線を投げかける。
その視線に、クロノ君も若干怯んでいた。
私も二人のこんな顔、初めて見た。
「ほう、管理局の……」
「管理局、ね」
そう一言呟いてからまたくるっと表情を一変させて私達の方を見る。
「まぁ、そんなことは置いといて中に入ろうじゃないか!」
「そうね! ここじゃ寒いものね! あったかいココアも用意するわよ!」
そうして、促されるままに私たちは希君の家の中に入っていった。
「寒かっただろう。すまないな。ついつい玄関で長話をしてしまって」
「ごめんなさいね。はやてちゃん達に会うのが久しぶりすぎてついついテンションが上がってしまって。今すぐココア持ってくるから」
「ありがとうございます。でも、その前に少し、ええですか?」
私は部屋に案内してすぐにキッチンに向かおうとしたお母ちゃんを呼び止める。
その様子に何かを感じ取ったのか黙って二人は座ってくれた。
二人は、私の予想していたようなことはしなかったけれど、それでもきちんとけじめをつけな。
「まずは、これを……」
そう言って私は二人に希君からの手紙を渡した。私は読んでいないけど、これには希君から見ての事件の経緯や二人に対する謝罪が書いてあるらしい。
希君の能力については、帰ってきた時に直接話したいそうだ。私達には話してこの両親に話さないわけにもいかへんもんな。
二人がその手紙を読み終えると、私達の謝罪は始まった。
「二人ともごめんなさい。私のせいで、希君が大変な目に……」
「父上殿、母上殿、申し訳ありません。私達が至らないばかりに、希に辛い思いをさせてしまいました」
「父ちゃん、母ちゃん、ごめん。あたし達のことに、希を巻き込んで……」
「お父様、お母様、すみませんでした。私達のせいで、希君が……」
「父上、母上、すまない。我々にもっと力と知識があれば、こんなことにならずに済んだのに……」
「御父様、御母様、申し訳ありませんでした。すべての原因は私達です」
「お父さん、お母さん、ごめんなさいです。私達が暴走したせいで、いっぱい希を傷つけて……今も二人と会えない状況にしちゃって」
「「「「「「「本当にごめんなさい」」」」」」」
そういって私たちは一斉に頭を下げた。
しかしその状態は長くは続かなかった。
「うん、みんなの気持ちはよくわかったわ。母さんそんなみんなを許しちゃう。父さんはどう?」
「うん、そうだな。父さんも許しちゃおう。と、言っても元々怒っていたわけじゃないけどな。だから顔をあげてくれ」
「そうよ、せっかく会いに来てくれたのに、そんなふうに頭を下げていたら楽しくおしゃべりもできないじゃない」
「で、でも」
私が躊躇していると、いつの間にか目の前に来ていたお母ちゃんが私の肩に手をおいた。
「はい♪ もう謝るのはおしまい。じゃないと母さんとお喋りできないでしょ?」
「そうそう、だから騎士のみんなも早く顔をあげなさい。せっかく久しぶりに会ったというのに、顔を見れないなんて寂しいじゃないか」
「お母ちゃん、お父ちゃん……」
私達が顔をあげると、二人は笑顔を向けてくれる。
いつもと変わらない、太陽のような笑顔だった。
「なんで……そないに簡単に……」
許してもらえるならうれしい。
だけど、不可解だった。二人はあんなに希君を愛していたのに。
二人からしたら、一日でも離れ離れになりたくない相手を引き離してしまった張本人なのに。
そう思っておずおずと聞いた私に対して、二人はケロリとした調子で即答した。
「あぁ、それははやてちゃん達のせいなんかじゃ全然ないと私たちは思っているからよ」
「その通り。むしろはやてちゃん達がそこまで気に病んでいることに対して逆に申し訳なく思うほどだよ」
「え?」
予想外の答えに、私は困惑してしまった。
「しかし、事実我々がいなければ希はこんなことに巻き込まれないですんだのですよ」
シグナムも信じられないといったふうに反論する。
「だが、その君達にかかわると決めたのは希だ。今回の結末はあくまで希の自己責任さ」
「そうよ。だって希ちゃんにはあなたたちを見捨てるという選択肢もあったはずだもの」
……確かにそうや。希君は私たちを見捨ててさえいればこんなことには巻き込まれたりしなかった。
「それでも、希ちゃんはあなた達を見捨てなかった。あなた達のため、はやてちゃんのために動いた」
「その結果がこれだ。だから君達が巻き込んだという表現は違うよシグナム君。希が自分で首を突っ込んだという方が正しい」
でも、そんな希君を突き放すような言い方をこの二人がするなんて……
この両親の言い分に対して、今度はヴィータがはじかれた様に反論した。
「でも希は悪くねーよ! 悪いのはあたしたちだ!」
このヴィータに対して両親は困ったように顔を見合わせてから優しく諭しだした。
「ヴィータ君。何も私たちは希が悪いと言っているわけじゃないんだよ」
「ごめんなさいね。言い方が悪かったわ。あくまであなた達に責任があるわけじゃないってことを伝えたかっただけなのよ」
「え? でも今回の結果は希君が首を突っ込んだせいだと」
シャマルが疑問の声をあげるとすぐさま答えが返ってきた。
「原因を言うならそれというだけよシャマルちゃん。それが悪いだなんて一言も言っていないわ」
「そうだよ。今回の経緯は聞いた。その上で私たちは希や君達が間違っていただなんて欠片も思わなかった」
「世界崩壊の危機? それがなんだって言うの? むしろ、私達の可愛いはやてちゃんやシグナムちゃん達が消えなければ成り立たない世界だって言うのなら……」
「「いっそそんな世界壊れていまえばいい」」
そうきっぱりと言い切った二人に迷いなんて欠片も見られなかった。
……でも、世界を犠牲にしてまで生きるなんて、私には……
私がそう思っていると、二人はそれを察して言葉を付け加えてきた。
「まぁ、はやて君はそんなことを望むわけもないから実際にそんな場面になったら私達にはそんなことできないだろうが」
「希ちゃんはやろうとしてしまったのよね。希ちゃんはたまに人の心を知っていて無視するから」
「そこら辺はよくない傾向だとは思うがね。はやて君達と会ってからはだいぶ改善されてきてはいたんだが」
「希ちゃんもまだ子供だから間違ったりもするでしょう。でも、その点だけね。私達が今回のことで希ちゃんが悪いと思った点は」
「そうだね、全体的に見て私たちは希が悪いとは思わなかったよ。第一、私たちの教育方針は『希の望むがまま』だしね」
「『希の望むがまま』……ですか」
「そうさザフィーラ君。だから今回も、希が望むがまま動いた結果なのだから、受け入れるまでさ」
「だからちょっとくらい寂しいのなんて我慢するわ。大丈夫、希ちゃんは優しくて賢いからきっと素敵な埋め合わせをしてくれるもの」
そう言って、二人は私に笑顔を向ける。
「もちろん、はやてちゃん達が大好きというのも理由の一つだがね」
「そうね、私もはやてちゃん達のことが大好きだもの。恨むなんてできるわけないじゃない」
そこまで言うとお母ちゃんはココア入れに行ってしまった。
私の質問に関する答えはそれですべてなのだろう。
希君の望むがまま。確かにそうだ。二人が希君の求めることを断ったり叱ったりするところを、私は見たことがない。
二人は、希君のすべてを受け入れるつもりなんや。いいところも悪いところも、そして、希君自身が言う異常なところも……凄い二人や。私には、それができるんやろうか?
「さあさあ! 辛気臭い話はこれくらいにして! 楽しいお話をしましょう!」
「そうだ! せっかく新しい家族ができたんだからいろいろと聞きたいこともあるしね!」
その後はまた二人はいつもの調子に戻り、私たちは久しぶりのおしゃべりを楽しんだ。
リインとツヴァイは特に質問攻めにあっていたが実に楽しそうだった。ヴィータ達も二人と前と同じように話ができて嬉しいみたいや。
まるで、普段開かれている希君の家での夕食会のようやった。
ただ、そこに希君がいない。それが私にはとてつもなく寂しく感じた。
楽しい時間は終わるのも早く、すぐに帰らなくてはならない時間になってしまった。
二人は名残惜しそうにしていたが、あまりクロノ君に迷惑をかけられないというと渋々諦めてくれた。
帰り際、玄関まで迎えに来てくれたお母ちゃんは私にそっと耳打ちをした。
「大丈夫。希君はすぐに帰ってくるわ。だって希君ははやてちゃんのことが大好きだもの」
そういってにっこり笑うとシャマルと何やら話していたお父ちゃんの傍まで行き、私たちに手を振る。
「それじゃあみんな、また来てちょうだい」
「私たちはいつでも歓迎するよ。また会おう」
……そうや。希君は帰ってくる。
だから、また来ればいいんや。今度は、全員そろって楽しめるように。
「うん。また来ます。全員で」
私がそう言うと二人は満足そうに笑った。