それからさらに一週間がたった。
この頃になると私達の拘束はもうほとんど解けていた。
魔法の無断使用こそ封じられているものの、騎士たちはあと少しの更生プログラムを受ければ自宅に戻ってもいいらしい。もちろん呼び出しを受ければすぐにいかなあかんけど。
ただ、私はそのほかにも精密検査やらなんかがあるから家に戻れるのはもう少し時間がたってからになるみたいや。
なのはちゃんやフェイトちゃんは毎日遊びに来てくれた。
二人はシグナムとヴィータとよく一緒に模擬戦をしている。一回その模擬戦の様子を見せてもらったけど私のボキャブラリーではもう、凄いとしか言いようがなかった。
なんかアニメを見ているようやった。というか二人ともえらい楽しそうに戦っとったなぁ。希君が武道派だというだけのことはあるわ。
……その希君はまだ帰ってきていない。
希君が本局に行ってもう10日になるというのに。クロノ君に何時頃帰れるか聞いてみたけれど、もう少しかかるかもしれないとしか言ってくれなかった。
どうも希君の事情聴取の内容はこっちに知らされてきてないようやった。
そのことをシグナム達は怒っていたけれど、だからと言って私たちにできることなんかなかった。
私たちにできることは待つことだけだ。
けれど、大丈夫。希君は必ず帰って来ると言ってくれたから。私はその言葉を信じる。
もどかしくても、信じて待つ。だって希君は帰ってくるって言ってくれたから。
私は希君が帰ってくるのを待つ間、渡された本を参考にシャマル監修の元リハビリを始めた。
ただ、この本のリハビリ方法の効果は保証付きだったがその分辛さも相当のものだった。
さすが希君、私相手でも手加減なしや。
シャマルにもう少しゆっくりやった方がいいんじゃないかと勧められるほどやった。
それでも私は頑張ることにしている。
だってせっかく希君が用意してくれた物やし。
それに、私には秘かな企みがある。
希君が戻ってくるまでに少しでも立つことができるようになって驚かせようという企みだ。
希君には驚かされっぱなしやしなぁ。たまには驚かせてみたいわ。
きっと喜んでくれるやろうし。
そういうわけで今日もリハビリをがんばってからシャマル、リイン、ツヴァイと共に部屋に戻ると、意外なお客さんが来ていた。
「はやて! ひさしぶり!」
「はやてちゃん、こんにちは。ひさしぶりだね」
「アリサちゃん! すずかちゃん! なんで二人がここに!?」
私が二人の出現に驚いて声をあげるとアリサちゃんに睨まれてしまった。
「何よ? 私達がはやてに会いに来ちゃいけないっていうの?」
「へ? いや、そうゆうわけとちゃうけど、その、驚いて……」
私が慌てて弁明しようとするとアリサちゃんはふっと笑いだした。
「冗談よ冗談」
……しもた。からかわれてもうた。
「私たちがここに居るのは、なのはちゃんとフェイトちゃんに頼んだからだよ」
「なのはちゃんとフェイトちゃんに?」
「そうよ。あんた病院からいきなりいなくなっちゃったじゃない。病院の人は退院したっていうけどそんな急に退院なんておかしいから事情を聞こうと思って希に連絡を取ろうとしたらあいつまで家に帰っていないって言われちゃって。希の両親はあんた達がどこに居るのか教えてくれないし。それで心配になってなのはたちと相談してやっとはやてがここに居るって知ったのよ」
「本当はもっと早くに来る予定だったんだけど手続きとかいろいろあって今までこれなかったの」
そこまで手間をかけて来てくれたなんて。
本当にええ友達をもてたなぁ、私は。
「ありがとう二人とも。ごめんなぁ、心配かけてもうて」
「まったくよ! 連絡くらいしなさいよね! おかげでだいぶ遠回りしちゃったじゃない!」
「うん、でもしょうがないよ。大変、だったんだから」
どうやらアリサちゃん達は事情をすべて知っているみたいや。
……ほんまいろんな人に心配かけてもうた。
するとそこになのはちゃんとヴィータが共にやってきた。
「あっ、はやてちゃん。やっぱり行き違いになっちゃてたみたいなの」
「だから部屋で待ってた方がいいっていったんだよ」
「ムぅ、だったらヴィータちゃんは部屋で待ってればよかったのに」
「なのはだけで行ったら迷子になっちまうだろう」
「そんなことないもん!」
「ヴィータちゃん、そんなこと言っちゃだめでしょ」
「なのはちゃんもきとったんか」
シャマルはヴィータを叱っていたが私はスルーしてしまった。
だってこの二人こうやっていつも仲良くしてるし。喧嘩友達っちゅう奴かな?
「うん。後フェイトちゃんも来てるよ。今はシグナムさんとザフィーラさんと一緒に飲み物を買いに行ってるの」
そう言ってなのはちゃんはヴィータとの口論をすぐやめてリインが用意してくれた椅子に座った。
「なんや全員集合やないか。わざわざありがとう」
「ううん、お礼なんかいいの。私達が来たくて来ているだけだもん」
嬉しいこと言ってくれるなぁ、なのはちゃんは。友達になれてほんまによかったわ。
少しするとすぐにフェイトちゃん達も部屋に戻ってきた。
そのままプチパーティーのような感じになっておしゃべりに花が咲いた。
若干ザフィーラは居心地が悪そうやったけど。
まぁ、これだけ女の子が集まっとるから当然やな。ずっと狼形態のままやし。
近況などのあらかたの話がつき始めると、話はだんだんと希君の話題へと変わっていった。
「え? それじゃあはやてちゃんがやってるリハビリって希君が考えたものなの?」
「うん、そやねん。シャマルのお墨付きやよ」
「私も初めて聞いたときはびっくりしちゃったの。それも結構すごい物なんでしょう?」
「ええ、私も専門じゃないからちゃんと石田先生に意見を聞いてみたけどかなり効果的だろうっていってくれたわ」
「そう言えばあいつ医学系の本ばっか読んでたわね。やっぱりこのためだったんだ。だけど、そこまでしといて希ったら何してるのかしらね。はやてをほっておいて」
「まったくだぜ。遅すぎんだよ。帰ってきたら思いっきりとっちめてやらねーと」
「まぁまぁ、希だって何も好きで行っているわけではないのですから」
そう言ってリインがプリプリ怒っているアリサちゃんとヴィータをたしなめる。
でも私は特に何も言わなかった。
だって私も多少思うところくらいあるからなぁ。
……ちょっと遅すぎんねん。
「でも、希君大丈夫なのかな? こんな長い間はやてちゃんと離れ離れになって」
「あ~、確かに。あいつったら一日だってはやてと離れたくないって言ってたもんね」
「ちょっとまった! 希君アリサちゃん達にそないなことゆうてんの!?」
何恥ずかしいこといっとんねんなのアホは!
するとアリサちゃんは愉快そうに笑みをつくりだした。
あかん、完全に遊ぶ気満々の顔や。
「そうよ~。希ったら私達がいくら遊びに誘ってもはやてと一緒に居たいからって言ってことわってくるんだもの。まったく、見せつけてくれるわよね~」
「そう言えば希と放課後遊んだのって私が転校した日にお祝いで一回家に来た時だけだったね。しかもそのときだってはやてに会いたいからってケーキ作ったらすぐ帰っちゃったし」
何を外で堂々と言うとんねん! 恥ずかしいからもっと自重せえといつも言うてるのに!
……帰ってきたら説教せなあかんな。
「何やっとんねんなのアホは」
「ふふっ、希らしいじゃないですか主」
「あははっ、そうだよ。それだけはやてちゃんが想われてるってことなの」
「それを誰かれ構わず言いふらしすぎやっちゅうねん。それに毎回断らんでもなのはちゃん達と多少遊びにいっても夕飯前に帰ってくればいいだけやないか」
まったく。なんで希君は頭いいくせにたまにこんなアホなことをするんやろうな。
「あっ、はやての家に帰る前提なんだ」
フェイトちゃんがやっぱりといった感じで言うので私は数秒かたまってしまった。
…………しもたぁ! 墓穴掘ってもうたぁ! あぁ、あかん! 恥ずかしい! アリサちゃんはなんかめっちゃにやついとるし!
「いや~ほんと、見せつけてくれるわね。このバカップルは」
「バカップルちゃうわぁ! とゆうか今のはあれや! その、あの、希君がいつもうちに来て夕ご飯を一緒に食べとるからつい」
「はやてちゃん、それも墓穴だよ。私達希君が毎日はやてちゃんの家で晩御飯食べてるなんて知らなかったもの」
「なんやて!」
またやってもうたぁ! 希君はいろいろ恥ずかしいことは言っておいてこれは言っとらんかったんか! ちゅーかすずかちゃんまでたのしんどる!?
「あんた達も大変ね。こんな四六時中いちゃついてるのと一緒に暮らしてて」
「もう慣れちゃったよ。だってあたし達が一緒に住み始めてからずっといちゃついてるんだぜ」
「ヴィータ! ウソゆうなや! 別にいちゃついてなんかいないやろ!」
「あのねはやて。あんたたちみたいにどこでもラブラブオーラ出して好きだ好きだ言い合ってるのは世間一般じゃいちゃついてるっていうのよ」
「諭すようにゆうなぁ! ちゅーかどこかれ構わず好き好き言ってくるんは希君だけや! 私はぁ!」
私は! ………………あれ?
「どうしたですか? はやてちゃん?」
私が急に黙ってしまったのでツヴァイが不思議そうに聞いてきた。
しかし私はそれどころではなかった。
あれ? そないなわけないよね? でも、もしかして私……
「なによいきなり? どうしたのはやて?」
「…………ない」
……やっぱり。いくら思い返しても……
「ないってなにが?」
「…………私から希君に好きって言った事がない」
一瞬の沈黙。
そして
「「「「「「「「「「えぇ!!!」」」」」」」」」」
全員の驚愕の声が部屋中に響き渡った。
「本当なの! はやてちゃん!?」
「希に好きだって言った事ないの!?」
「……うん、ない。思い返してみたけど」
聞き直してきたなのはちゃんとフェイトちゃんは信じられないといった様子だった。
「……確かに。主が希に向かって好きだと言っているところを見たことはなかったが」
「それにしたって一回くらいちゃんと気持ちを伝えているのかと思っていたわ」
シグナムとシャマルも思い返してみた見たいやけど思い当たる節はなかったようだ。
それでも、驚きは隠せないでいる。
するとリインが私に確認するように聞いてきた。
「主はやては希に恋愛感情で好きなのですよね?」
「それは……そうやけど」
改めて聞かれると恥ずかしいけど。この気持ちはそうや。うん、絶対に。
「じゃあ、なんではやてちゃんは希に好きだって言わないのですか?」
ツヴァイが不思議そうに聞いてくる。
「いや、それは……なんでって言われても……タイミングとかなぁ……希君はあんなやし……」
何より、改めて言うとなるとかなり恥ずかしいのだ。
想像しただけで顔から火が出そうだ。
それに
「それに今さら言わんでも希君ならきっとわかってくれとるやろうし……」
「主」
私が歯切れの悪い受け答えをしていると先ほどまで黙って話を聞いていたザフィーラが立ち上がり、話に割って入ってきた。
「それは駄目です」
いつものように言葉数は少ないものの、その目は真剣そのものだった。
「伝わっていると思っていても、言葉にしなければならないこともあります」
ザフィーラがこんなことを言うなんて……
でも、確かにそうや。伝わっていると思っても、言わなければいけないこともある。伝えなきゃいけないこともある。
それにすずかちゃんも続く。
「うん、私もそう思う。きっと希君も待ってると思うよ」
「……うん」
そうか。私は大事なことを忘れとったんやなぁ。
これじゃ、希君のことをアホだなんて言えへんわ。アホは私やないか。
そうやって私がちょっと落ち込んでいると、アリサちゃんが励ますように明るく声をかけてくれた。
「元気出しなさいよ! もう二度と会えないわけじゃないんだから! それに今回希も頑張ったんだし、行ってあげればいい御褒美になるんじゃない?」
それに続くようにヴィータも明るい調子で言う。
「そうだぜはやて! つーか希はやてにそんなこと言われたら嬉しすぎて昇天しちゃうんじゃねーか?」
「そうね! 希ならきっとそうよ!」
「そう……やろか?」
「絶対そうよ!」
……うん、そうやな。次に会ったら、ちゃんと伝えよう。
希君に私の気持ちを。今までの分も、全部。
私はこの日、そう心に深く決意した。
「あっ、その時の様子はちゃんとあとで教えてね♪」
「いや、すずかちゃん。ちょっと勘弁してや」
「だめよ、ここまで言っておいて逃げられると思ってるの?」
「私も知りたいな」
「私も」
そう、キラキラした目ですずかちゃんとアリサちゃん、なのはちゃん、フェイトちゃんに迫られてしまった。
……逃げられそうにないなぁ。頑張らな。
それからさらに10日が経った。希君はまだ帰ってこない。
さすがに遅すぎとちゃうか?
クロノ君に頼んで連絡を取ろうとしたけれど情報規制とやらのせいでそれもできないらしい。
少し、心配になってきたわ。
ついに希君が本局に行ってから1カ月がたってしまった。
私は一人で病室にいると、そのことばかり考えるようになってしまった。
ここまで来るともう希君が帰ってこない原因は別の所にあるのではないか?
だってクロノ君は遅くても二週間ほどで帰ってくるだろうっていっとったのに。
まさか向こうで希君の身に何かあったんじゃ……いや、それならこっちにも連絡が来るはずや。
それなら、別の理由だろうか? ……もう、私に愛想尽かしてもうたんかな? いっぱい迷惑かけてもうたし。
それに対して、私は希君になんも返してあげてない。貰ってばっかやった。その癖自分の気持ちすらきちんと話してないんやから……愛想尽かされてもしょうがない。
もう、戻ってこなかったらどうしよう……
そんなことを考えてはまた我に帰って自分を叱咤する。
あかんあかん! またネガティブなことを考えてもうた! それはあかん!
どうも一人で部屋に居ると思考が後ろ向きになってしまう。
前にこうして一人で悩んでるところを見られてシグナム達に怒られたばかりやないか。
しっかりせな。大丈夫。希君は必ず戻るっていうとったやないか。
信じてあげな。
そう思った私が気合を入れるように両手で頬を叩いているとふいに病室の扉がノックされた。
誰やろ? シグナム達はもうチョイ時間がたってから来るはずやし。なのはちゃん達かな?
「どうぞ」
そう考えながらさっきのネガティブ思考を頭の隅に追いやって返事をする。
また落ち込んどるすがたを見られたら心配させてまうからな。
しかし現れたのは私の予想していたのと大きく違っていた。
現れたのは…
私の待ち望んでいた人
「ただいま、はやて」
希君が帰ってきた。