すぐには言葉が出なかった。
帰ってきたら、いっぱい、いっぱい話したいことがあったのに。希君に会えたことで、それらすべてを忘れてしまった。
「すまない、少し帰ってくるのが遅くなった」
久しぶりに聞く希君の声が耳に心地よく、涙が出そうになる。
「はやて?」
「……遅いやん。心配、するやろ」
頑張って出した声も、涙声だった。ちゃんと、笑顔で出迎えてあげようと思っていたのに。
「ずっと、まっとったんよ。希君がいなくて、ずっと、ずっと、寂しかった」
「はやて……」
ついに涙があふれて来てしまう。
こんなにも、希君が帰ってきてくれたのが嬉しいなんて……
「ごめんな。寂しい思いをさせて……もう……そんな思いさせないから……」
「……うん、うん。約束してや」
「あぁ、約束、するよ」
その言葉が嬉しくて、私は心が満たされた様な気持ちになっていった。
「お帰り、希君」
そうして、ようやくこの言葉を希君に言うことができた。
少し泣いたおかげで落ち着いた私はようやくちゃんと希君と話せる状態になった。
というか私希君の前では泣きすぎやな。
まさか一カ月会えなかっただけでこんなにも涙が出てくるなんて。
こうして一緒にいるだけで心が落ち着くし。
どんだけ惚れとんねん、私は。自覚なかったけど。
……なんやこれ。自覚しただけで急に恥ずかしくなってきてもうた。
まともに希君の顔みれるんかな?
こんな状態でこ、告白もせなあかんし……
「はやて、どうした?」
「へ? 何でもない! うん! 何でもないで!」
あかんあかん! 希君は勘がええからな。不審がられてもうた。
逆に変なところで鈍いところもあるけど。
……とはいえいきなり告白っちゅうんもあれやし……もっとムードを作ってからにせんと……
うん、そうや。ムードが大切や。
希君じゃあるまいしいきなり話の流れも考えずに好きだとか言うんは恥ずかしすぎる。
まずは話の取っ掛かりを作ってからにしよう。話したいことは山ほどあるんやし。
とりあえず、向こうで何しとったか聞いてみようかな?
そう思って口を開こうとした瞬間
「はやては、この一カ月どんなことしていたんだ?」
希君が先に聞いて来てしまった。
あれ? かぶってもうたか。
でも、まぁええわ。私のは後で聞けば。
「うん。あんな……」
それから私は希君がいない間に起こったことを次々に話してあげた。
家に帰ってクリスマスの飾り付けがされていて驚いたこと。
希君の両親に謝りに言った事。
なのはちゃんやフェイトちゃんが模擬戦をしている様子を見たこと。
アリサちゃん、すずかちゃんがお見舞いに来てくれたこと。
私も初めて模擬戦に参加してみたこと。
シグナムが模擬戦にはまってしまいフェイトちゃんが大変そうにしていること。
ヴィータが希君のアイスが食べれないと言ってふてくされてしまった事。
シャマルがお見舞いといって手作りクッキーを作って持ってきたので焦ったこと。
ザフィーラの子犬フォームが可愛すぎて似合わないと言ったら落ち込まれてしまった事。
リインの料理がうまくいったおかげで八神家食卓の危機が去ったこと。
ツヴァイが一人部屋がいいと言ったので用意したら寂しがって結局リインと同じ部屋になった事。
などなど。
自分でも驚くほど話が止まらなかった。
希君と出会う前の私だったら、こんなに楽しく日常のことを語れなかっただろう。
私はもう、独りぼっちじゃない。
家族が、友達がいてくれる。
それは、とても幸せなことや。
だけど、やっぱり希君と話している時が一番楽しくて、一番幸せを感じられる。
こうやって一度離れ離れになって、初めて気がついたけど。
やっぱりアホやね、私は。
こんなことにすら気が付いていなかったなんて。
こうして、私は幸せを噛み締めつつ希君に話をしていった。
これからは、もっと楽しくなる。
だって希君が帰ってきてくれたんだから。
「……そんでな、希君が残してくれたリハビリも実践しとるんよ」
「あれか? あれ、きついだろう。大丈夫だったか?」
「うん。平気や。私、頑張ったんやから」
そう言って私は得意げに胸を張った。
実際、かなり頑張ったと思う。そのおかげで先生も驚くほどのスピードで回復してるって言うとったし。
あっ! そうや!
「ちょっと見とってな」
「ん?」
そう言って私はベッドの縁まで移動した。
ふふふっ、いまこそ希君を驚かそう作戦を実行する時や!
そのまま私はベッドの縁を掴んで、ゆっくりと両手と足に力をこめる。
「は、はやて、さすがにまだ……」
「大丈夫やって」
その様子を希君は心配そうに見ていた。
大丈夫。希君のいない間、私だって遊んでただけじゃないんやから。
こうして、両手で体を支えつつ、徐々に足に体重をかけていく。
そして、ついに誰の補助もなしでつかまり立ちをすることができた。
よし! まだプルプル震えるけれど、なんとか成功した。
「!! もうそんなに……」
私が立った姿を見て、希君は眼を見開いて驚いていた。
「ふふっ、頑張ったって言うたやろ」
よっしゃ! 作戦成功や!
思わずガッツポーズをしたくなってしまう。
ただ、そのせいで少し調子に乗ってしまった。
「ほら、こんなことだって」
そう言って片手を離そうとしてしまった。
だが、さすがにそこまで筋力は戻っていなかった。
「あっ!」
気付いた時はもう遅く、私はバランスを崩してしまった。
しもた! やってもうた!
しかし、私が地面にぶつかることはなかった。
「はやて!」
咄嗟に飛び出た希君が、抱きとめてくれたから。
……あかんな。また希君に助けてもらってしもた。恥ずかしい。
でも、希君が近くて、嬉しい。
希君はどうせすぐ離そうとしてしまうやろうけど……
しかし、希君は珍しくそもまま私を離そうとしなかった。
どうしたんやろう? また理性とんだんかな? 嬉しいからええけど。
顔が見えへんから分からんわ。
「……ごめん、はやて。もう少し、このままでいいか……」
「……うん、ええよ」
そう言って希君はゆっくりと私の背に手を回し、優しく抱きしめてくれた。
同じように私も希君の背中に手を回す。
希君はそのまま何も言わずしばらく私を抱きしめ続けた。
……あかん。めっちゃドキドキする。
心臓の音が聞こえてしまってるんじゃないかと心配になるくらいに。
こんなにドキドキしたのは、あの温泉旅行の時以来や。
だけど、全く嫌じゃない。
むしろ、このまま時が止まって欲しいと思うほど、心地いい。
改めて、確認できる。
私が希君のことを、どう思っているのかを。
だから、言おう。今こそ
「あんな、希君。私、希君に伝えてなかったことがあるんよ」
「ん?」
いまさらだけど、大切なことを。
「私…………希君のことが好きやねん」
それを聞いた瞬間、希君は体をビクンと震えさせた。
「は、や、て?」
「出会ってから、ずっと傍にいてくれて。私が寂しい時、一生懸命支えてくれて。私が泣いている時、大丈夫だよと勇気づけてくれて……」
言葉は、まるで決められていたかのようにスラスラと出てきた。
「そんな希君に、私はずっと前から惚れてたんよ」
希君はそれを聞きながら小さく震えている。
そんな希君をたまらなく愛おしく感じた。
だから、言おう。今さらだけど。今だからこそ。私の本当の気持ちを。
「私は、希君が好きやから。世界で一番、希君が好きやから。だから……ずっと、傍に居てほしい」
「……はやてぇ」
あたしの頬に、自分のものではない温かい液体が落ちてくる。
気付けば、希君は涙を流していた。
「……俺も、はやてが大好きだ。今も、今までも、これからも。初めて出会った時からずっと! だから、だからこれからもずっとずっとはやてと共に居たい! 一緒にご飯を食べて、おしゃべりして、笑いあって、時には喧嘩をして…………はやてと共に時間を過ごしていきたい」
「……うん」
その言葉はいつも以上に気持ちがこもっていて、それが嬉しくて、いつの間にか私まで涙が流れてきていた。
私たちはいつの間にか互いに向き合っていて
「愛してるよ、はやて」
「私も、愛してる。希君」
そっと唇を重ねた。
あぁ、やっと、こうすることができた。何時かと、夢に見ていたことが。
そのまま希君は私の頭をそっと支え
私は意識を失った。