一ヶ月間は俺の力を見せつけるのに十分な時間だった。
拘留中の次元犯罪者達から情報収集、不法所持されていたロストロギアの回収、犯罪者集団の拠点の発見などのさまざまな働きを見せ、確実に功績をあげていく。
それはもう、異常と言っていいほどの働きぶりだった。
そんな俺を見て、局の奴らは予想以上に使える道具が手に入ったと歓喜した。
と、同時に恐怖も感じていた。
一ヵ月後、俺の罪は完全に帳消しとされた。
公式記録も改ざんした。
これでもう、俺が闇の書事件にかかわったことはないとなった。
はやてたちの刑も決定した。
やってしまった事と比べれば、破格の軽さだった。
俺へのご機嫌取りのつもりらしい。
俺は約束の一カ月が過ぎたので一度海鳴に帰ることとした。
上の連中はなんだかんだ理由を付けて俺を手元から離そうとたがらなかったがこればかりは強行することにした。
帰って、やらなければならないことがあるからだ。
だから俺は、局内で得たさまざまな秘密を材料にし、上の連中を黙らした。
こうして、上の連中を無理やり説得した俺は一カ月ぶりに海鳴へと帰ってきた。
まずは、ハラオウン艦長と執務官にこれからの事を話した。
必死になって止めようとしたが俺は聞き入れなかった。
二人ははやてたちに話そうと考えたのでそれは無駄だと諭した。
その上で、話をしたら潰すと脅しをかけて、去っていってしまった。
高町たちには話もしなかった。
聞き入れてもらえるとは、到底思えなかったから。
通学路で待ち伏せし、隙をついて4人全員の記憶を奪ってしまった。
ごめんな。
恩があるお前達にこんな真似をして……
両親には俺の能力とやろうとしていることを話した。
両親は悲しそうに一言、「やめて欲しい」と諭してきた。
初めて両親に止められてしまった。
しかし、それでもやると言ったらもう、何も言わなくなってしまった。
黙ったままの二人からははやての記憶を消した。
ごめんなさい、父さん、母さん。
騎士たちとも話を付けてきた。
話すつもりなど、なかったのに……
シャマルに感ずかれ、無理に奪うことができなくなってしまった。
聞いたところで、彼らが辛い思いをするだけなのに……
みんなに涙を流して止められてしまう。
その光景を前に、記憶を消すことが、できなかった。
……ごめん、みんな。
はやてにも、何も言うつもりはなかった。
少しでも、はやてを傷つけたくはなかったから。
ただ、いつも通りを装って近づき、静かに記憶を奪うつもりだった。
彼女に止められてしまえば、やりきる自信が、なかったから。
「ただいま、はやて」
病室に入り、一カ月ぶりに、俺ははやてと対面した。
ずいぶんと久しぶりにはやてをみる。
やっぱり、はやてはかわいいな。この時をどんなに待ち望んだことか……
と、以前ならば嬉しい気持ちでいっぱいになったはずの面会も、今は……
だが、そんなことはかけらも表情に出してはいけない。
「すまない、少し帰ってくるのが遅くなった」
だから、気持ちを胸の内で押し殺し、普段通りを装った。
このまま、気付かれないうちに記憶を消さなくては……
しかし、妙なことにはやての反応はなかった。
てっきり遅くなったことに対して怒られると思っていたんだが。
「はやて?」
なかなか反応しないはやてに声をかけて、驚いた。
はやての目に、みるみる涙が溜まっていっている。
「……遅いやん。心配、するやろ」
やっと出てきた声も、涙声だった。
「ずっと、まっとったんよ。希君がいなくて、ずっと、ずっと、寂しかった」
「はやて……」
ついにはやての目に涙があふれて来てしまう。
こんなにも、俺のことを心配してくれていたなんて……
「ごめんな。寂しい思いをさせて……もう……そんな思いさせないから……」
「……うん、うん。約束してや」
「あぁ、約束、するよ」
その姿がいたたまれなくて、俺はまた嘘をついてしまった。
酷い嘘を。
「お帰り、希君」
そう言ってはやては微笑む。なにも疑っていない、安堵の微笑みを。
……お帰り、か。
……俺は最低な奴だ。
はやての近くに座りながら、俺は泣いてるはやてが落ち着くまで待った。
本当なら、こんなことをするべきではないことは分かっている。
さっさと記憶を消し、すぐにでもここから去るべきだ。
そうしないと、離れることに躊躇してしまうかもしれないから。
だけど、俺ははやてと話がしたかった。
だって、最後だから……
そうやってまっているとはやてはだんだんと落ち着いてきたようだったが、何だか様子がおかしくなっていった。
一人で勝手に顔を赤くしている。
「はやて、どうした?」
「へ? 何でもない! うん! 何でもないで!」
不審がって聞いてみたが誤魔化されてしまった。
なんだったのだろう?
まぁ、いい。
そこまで時間に余裕があるわけではない。
ここにいられる時間も今日が最後だ。
話事態は何でもいいのだ。
はやてと話すことができれば、俺はなんだって嬉しいから。
「はやては、この一カ月どんなことしていたんだ?」
だから、俺がいないときに何があったのか聞いてみた。
「うん。あんな……」
それからはやては俺がいない間に起こったことを次々に話してくれた。
家に帰ってクリスマスの飾り付けがされていて驚いたこと。
両親に謝りに言った事。
高町やテスタロッサが模擬戦をしている様子を見たこと。
バニングス、月村がお見舞いに来てくれたこと。
はやても初めて模擬戦に参加してみたこと。
シグナムが模擬戦にはまってしまいテスタロッサが大変そうにしていること。
ヴィータが俺のアイスが食べれないと言ってふてくされてしまった事。
シャマルがお見舞いといって手作りクッキーを作って持ってきたので焦ったこと。
ザフィーラの子犬フォームが可愛すぎて似合わないと言ったら落ち込まれてしまった事。
リインの料理がうまくいったおかげで八神家食卓の危機が去ったこと。
ツヴァイが一人部屋がいいと言ったので用意したら寂しがって結局リインと同じ部屋になった事。
などなど。
とても楽しそうに話をして言った。
それを聞いていて、思う。
はやてはもう、独りぼっちじゃない。
家族が、友達がいてくれる。
だからもう、大丈夫だ。
俺がいなくなったところで、はやてはもう、大丈夫。
充分、幸せになれる。
だからもう、俺が傍にいるべきじゃない。
だって、俺は不幸しか呼ばないから。
「……そんでな、希君が残してくれたリハビリも実践しとるんよ」
「あれか? あれ、きついだろう。大丈夫だったか?」
「うん。平気や。私、頑張ったんやから」
そう言ってはやては得意げに胸を張った。
実際、あれはかなりきつかっただろう。手加減なしで書いたからな。
するとはやては何か思いついたような顔をした。
「ちょっと見とってな」
「ん?」
そう言ってはやてはベッドの縁まで移動した。
そのままベッドの縁を掴んで、ゆっくりと両手と足に力をこめだした。
「は、はやて、さすがにまだ……」
「大丈夫やって」
その様子を俺は心配そうに見ていた。
はやては大丈夫といったが……
あれを使ったからと言ってそこまで早く回復するものではない。
よほど頑張らない限り……
はやては両手で体を支えつつ、徐々に足に体重をかけていく。
その様子を俺は、はらはらしながら見守っていた。
そして、ついに誰の補助もなしでつかまり立ちをすることができた。
「!! もうそんなに……」
はやてが立った姿を見て、俺は眼を見開いて驚いていた。
「ふふっ、頑張ったって言うたやろ」
もう、こんなに回復しているなんて……
はやてには驚かされてばかりだ。
ただ、次の行動はさすがに無理があった。
「ほら、こんなことだって」
そう言って片手を離そうとしてしまった。
だが、さすがにそこまで筋力は戻っていないはずだ。
「あっ!」
案の定はやてはバランスを崩してしまった。
「はやて!」
それを予測した俺はすぐさま飛び出た。そのおかげではやてはなんとか地面にぶつからずに済んだ。
よかった。
しかし、助ける過程で抱きとめる形になってしまった。
俺はすぐ離そうと思った。
しかし、それはできなかった。
はやてに触れたぬくもりが、俺に伝わってきて……
「……ごめん、はやて。もう少し、このままでいいか……」
「……うん、ええよ」
そう言ってゆっくりと私の背に手を回し、優しく抱きしめた。
同じようにはやても俺の背中に手を回してくれる。
こんなことはするべきではない。
すればもっと別れ難くなる。
辛さが増すだけだ。
それがわかっているはずなのに、俺はなかなかはやてを離すことができなかった。
そのまま何も言わずしばらくはやてを抱きしめ続けた。
このまま時が止まってくれればいいのに……
するとはやては真剣な様子で話し始めた。
「あんな、希君。私、希君に伝えてなかったことがあるんよ」
「ん?」
そして、言う。
とてもとても、大切なことを。
「私…………希君のことが好きやねん」
それを聞いた瞬間、思わず体がビクンと震えた。
「は、や、て?」
「出会ってから、ずっと傍にいてくれて。私が寂しい時、一生懸命支えてくれて。私が泣いている時、大丈夫だよと勇気づけてくれて……」
言葉は、まるで決められているかのようにスラスラと出てきた。
「そんな希君に、私はずっと前から惚れてたんよ」
それを聞きながら小さく震える。
待ち望んだ言葉だった。
いつか、何時かそう言ってもらえたらと思い、そうなりたいと思いながら、今まで頑張ってきた。
だけど、なぜ、今……
「私は、希君が好きやから。世界で一番、希君が好きやから。ずっと、傍に居て」
「……はやてぇ」
我慢なんて、できなかった。
気付けば、俺は涙を流して本音を漏らしていた。
「……俺も、はやてが大好きだ。今も、今までも、これからも。初めて出会った時からずっと! だから、だからこれからもずっとずっとはやてと共に居たい! 一緒にご飯を食べて、おしゃべりして、笑いあって、時には喧嘩をして……はやてと共に時間を過ごしていきたい」
「……うん」
だけど、それは無理なのだ。
俺が、弱いから。
俺が、人とは違うから。
俺が、異常だから。
なぜ、俺はこうなんだ……
俺たちはいつの間にか互いに向き合っていて
「愛してるよ、はやて」
「私も、愛してる。希君」
そっと唇を重ねた。
あぁ、やっと、こうすることができた。何時かと、夢に見ていたことが。
だけど、これでおしまいだ。
最初で最後のキスの最中、俺ははやての頭にそっと触れ
はやての記憶を、消し始めた。
そこで初めて、はやての思いに触れる。
クリスマスのこと。
お見舞いに行った時のこと。
旅行に行った時のこと。
お祭りに行った時のこと。
騎士たちとの日常。
両親との夕食会。
初めて騎士たちと会った時のこと。
初めてはやての家で夕食を食べた時のこと。
初めてはやての家に行った時のこと。
そして、初めてはやてに出会った時のことを。
すべて。
はやては、こんなにも俺との思い出を大切にしてくれているなんて……
それを、一つ一つ消していく。
自らの手で。
……なんで、俺にはこんな力が……
すべてが終わった時、涙はもう、枯れ果てていた。