あれから十年の月日が流れた。
はやてと別れてから十年。
長い、長い、年月だ。
その間に、俺も変わってしまった。
せっかくはやてたちとの生活で得られた人間らしさも、もう失った。
はやてと出会う前に逆戻りだ。
いや、それよりもひどいのかもしれない。
思えば、何年も両親と会っていない。
ここ数年は楽しいと感じることなどなくなっている。
会話はすべて相手との腹の探り合いで、どうすれば互いに利用できるかと考える。
俺と接する人間は、大体がこれだ。
人の醜い欲望、怨嗟の声を聞く日々。
せっかくこれを聞かないために能力の訓練をしたというのに、全く無駄になってしまった。
まぁ、今更どうでもいいことだが。
それでも、俺は管理局内で生き残っていた。
どんなに危険な目に会おうとも、人間に嫌気がさしてしまう様な事が起ころうとも、局を辞める気は起きなかった。
それは、彼女を守るため。
彼女をこちら側に引き寄せないよう、引き込まれないように守るためだった。
この、管理局の闇と言える部分から眼をつけ、魔の手を伸ばそうとした奴らをを叩き潰す。
そのためだけに俺はここに留まっていた。
幸い、彼女の周りには優しい人が集まってくれる。
その人たちに守られ、今も正しく、光のあたる世界で安全に暮らしている。
とても幸せそうに。
それだけが、俺にとっての救いだ。
だから
これからも、彼女の平和と安全は守って見せる。
例え、はやての敵になろうとも。
【Sideシグナム】
先日、ついに主の初部隊、機動六課が始動した。
主の夢、管理局の改革、その第一歩となる部隊だ。
この部隊には主の夢に賛同した、多くの仲間が集まってくれた。
我らヴォルケンリッターはもちろんのこと、高町やテスタロッサ、シャーリーやグリフィスと言った付き合いの長い優秀な仲間たち、将来が期待できる、伸びしろの大きな新人たちなどなど。
今、用意できる最高の人材をそろえる事が出来た。
これだけのメンツがいれば、どんな敵にも負ける気はしない。
最強の部隊だ。
そう、新たな上司となったテスタロッサは自信満々に私に言う。
それは、私にとっては嬉しくもあり、悲しくもある複雑な言葉だった。
確かに、主は今集められる最高の人材を集めることができただろう。
これだけのメンツを集めるなど、相当の努力をしたに違いない。
そこが褒められるのは嬉しい。
だが、足りなかった。
私には、欠けてるようにしか見えなかった。
一番大事なピースが。
希が、この部隊にはいなかったから。
とはいえ、実際はこの部隊に死角などないだろうとも思っている。
陸との軋轢の関係で創立前はごたごたがあったようだが、今は連中も大人しくなっている。
どうやったのかは聞いていないが、なんと主は騎士カリムだけでなく伝説の三提督まで後ろ盾につけることに成功したらしい。
おかげで不快に思っている連中もうまく手を出せないようだ。
部隊の進行は、順調そのものだ。
だから、私が感じている喪失感など所詮の個人的な未練だ。
もう、十年もたつというのに……
十年、か……
十年間、我々と手何もしなかったわけではない。
なんとか希に接触を試みようとした。
しかし、すべてが徒労に終わってしまう。
どうやっても、希に会う事が出来なかった。
おそらく、能力で我々の行動を先読みして、会わないようにしているのだろう。
どんなに我らが力を示そうとも、希は帰ってくることはなかった。
何故、あいつは一人で……
「シグナム。そろそろ、出動の時間だ」
ザフィーラに声をかけられ、私はハッと思考の海から帰ってくる。
そんな私を見て、ザフィーラは咎めるような声を出した。
「この課が始動してから、初めての出動だ。気を抜くな」
「……あぁ、わかっている」
そうだ。今は任務中だ。
意味のない事を考えている余裕などないはずだ。
そう思った私は自分に気合を入れ直し、出動の準備をする。
そんな私の様子に、ザフィーラは何も言わずにいた。
何か思い当たることはあったのかもしれないが、何も言わなかった。
私とザフィーラは、レリックの目撃情報があった研究所へと向かっていた。
場所は六課から遠かったものの、機動六課はレリック専門という名目で設立されたため、我々が駆り出された。
無論、そのことに不満などかけらもない。
むしろ実績を作るためにはどんどんレリックを回収したかった。
とはいえ、まだ新人たちは使えないので、しばらくは隊長陣が事に対処することになっているので若干の人手不足感は感じているが。
まぁ、それも二、三カ月の辛抱だろう。
それまでの間、我々だけで十分な実績を作っておこう。
そう思い、私とザフィーラは急いで現場へと向かった。
最初に違和感を覚えたのは、研究所についた時だった。
どうも静かすぎる。
事前に得た情報では研究所には常に十人近い研究者が常駐しているとの話だったが。
それなのに、人の気配を全くと言っていいほど感じなかった。
「ザフィーラ」
「……あぁ、妙だ。気配を感じない。だが、臭いはする。おそらく、十人以上はいるはずだ」
ザフィーラは鼻をひくつかせ、中の様子をうかがいながら言う。
おかしい。それだけの人数の気配を消すことなんてできるのだろうか?
全員が経つ人クラスの実力を持っているとも考えにくい。
だとすると
「こちらライトニング02、今から突入する」
「了解、ご武運を」
ロングアーチに連絡を入れ、私とザフィーラはゆっくりと研究所内部に潜入した。
神経を集中し、周囲の気配を探る。
しかし一向に何の気配も感じ取ることはできなかった。
そのまま、研究所の奥へと進み、ついに見つけた。
「……やはりか」
何者かにやられ、倒れている研究員たちを。
すでにこの研究所は、襲撃されていた。
だから誰の気配も感じることができなかったのだ。
私とザフィーラはそのまま警戒しつつ、倒れている研究員を調べる。
「死んではいないようだな」
「あぁ」
その事に多少の安堵をおぼえ、同時に大きな疑問が浮かんできた。
これは、妙だ。
レリック関係の研究所だから、てっきり私はガジェットに襲われてしまったのだと思っていたのだが。
職員が死んでいないとはどういう事だ?
奴らからしたらわざわざ生き残らせておく必要などないだろうに。
しかも全員無傷で気絶だけさせられている。
こんな高等技術、ガジェットには無理だ。
そもそも、ここまでの道中にだって破壊の形跡など一つもなかった。
まさかガジェット以外の者がレリックを狙っているとでも?
だが、これらの疑問はすぐさま消えてしまう。
いや、吹き飛んでしまった。
突然に眼の前に現れた、この男によって。
そこに、希がいた。
言葉が、出なかった。
思いがけないの再開に対する驚きと、その変貌に。
それは確かに希だった。
背は伸び、声も低くなっているものの、顔には昔の面影がある。
そもそも、私達が希の姿を見間違えるはずがないという自信があった。
例え十年離れていようと。
しかし……
眼が違った。
私たちと暮らしてきた時とは全く違う、鋭くも冷え切った目。
こんな目を向けられたことなど、一度もなかった。
……いや、違う。一度だけ、これは
「機動六課、だな」
初めて相対した時に見せた、敵意を向けた眼。
そう、希は明らかに我々に対して敵意を向けていた。
それだけで私は金縛りにあったかのように動けなくなってしまう。
「レリックの回収にでも来たか。だが、遅い。貴様らの仕事などもうない。失せろ」
何故? 何故だ? なんで、希はそんな目で私たちを……
そうやって私が混乱している中、先に正気に戻ったザフィーラが希に言う。
「……失せろ、とは、どういう事だ?」
しかしその声は若干震えていた。
動揺しているのだろう。
そんなザフィーラに対する希は、酷く冷淡だった。
「言葉通りだ。貴様らがやることなどない。それにここの管轄は六課ではない。俺になった」
「なに?」
驚き、戸惑っている我々に対し、希は事実のみを告げる。
「見ての通り、この研究所の発見、制圧はすでに俺が済ましてある。レリックの回収もだ」
そう言って希はレリックの入ったケースを見せる。
「ならば貴様らにやることなどないだろう。それとも、手柄だけよこせと言う気か?」
「……いや、そうではない」
確かに、制圧、回収が終わっているのなら我々にやることなどない。
だが、なぜ希がそんな事をやっている?
当然、気付いているだろう私の疑問に、希は答えてくれなかった。
「なら、失せろ。今は現場検証中、つまり、ここにいられると迷惑なんだ」
一貫した冷たい目線のまま、我々を追い返そうとする。
「レリックの対応は六課の仕事だったはずだ」
ザフィーラは何とか食い下がろうとするが
「だからと言って六課以外がレリックに対処してはいけないとは決められていない。それに今回は別件の調査の過程で偶然レリックを発見したので回収したまでの事だ。危険なロストロギアだからな。局員として、当然の行動だ。責められるいわれはない」
意味はなかった。
希はあらかじめ用意してきたかのような正論ですぐさま反論してきた。
「……そうか。すまない」
しかし、だからこそおかしかった。
偶然なんてありえない。
十年も避けておいて、こんな程度のことで会うはずがない。
希が今の我々の、主の仕事の事を調べていないはずがないのだから。
今までの希なら当然、レリック関係の仕事は遠ざけるはずだ。
それをせず、接触してきたということは絶対に何か裏があるはずだ。
しかし、それを確認する方法などなく、我々はこの場を追い出されてしまった。
「……うん、そっか。ご苦労さま、二人とも。まぁ、出鼻をくじかれた感はあるけど……ええんちゃう? 実質、被害とかは何もなかったわけやし」
結局何の成果もあげられず戻った我々に対し、主は優しい言葉をかけてくれた。
だが私の気分は晴れなかった。
任務に失敗した事よりも、希の意図が読めない事に気が行ってしまう。
本当になぜ、希は我々の邪魔をしたのだろう?
「う~ん、そうやな。せっかくだから一ノ瀬捜査官にも調査協力、お願いしてみようかな」
主はそんな事を言っているが、おそらくそれは無理だろう。
希は絶対にそんな申し出は受け入れない。もう、主と共にいる道は完全に諦めているはずだから。
そう思い再び暗くなった私を見て、主は勘違いした様だった。
「ん? あぁ、大丈夫やって。確かに一ノ瀬捜査官は悪魔やなんやいわれとるけど、さすがに調査協力要請したくらいで潰しにはこないやろ。ちゅーか話してみたら案外いい人かもしれんよ? 噂っちゅうんはあてにならんからな」
そう、笑いながら主は言う。
その言葉に、私は何とも言えない気持ちになって、主の部屋から失礼させてもらった。
……確かにそうだろう。希が主を潰そうとするなどあり得ない。
希の願いはただ一つ、主の幸せと安全だけだったはずだ。
そのためにはどんな事でもする男だ。
例え、自分を捨てようとも……
その夜、我々ヴォルケンリッターは主に秘密で集まり、今日の事を話しあうことにした。
「……そんなことが」
「なんでですか? のぞみ……」
皆驚きを隠せないでいる。
当然だ。やっと会う事が出来たと思えば、まるで敵になったかのようなふるまいをされたのだから。
「……私にはわからない。何故、希は私にあんな眼を……」
恨まれるのは仕方がない事だと思う。
結果的に私には何もできなかったのだから。
あの時の希を止められず、その後も、何も……
いや、違う。
何もできなかったどころか、主と希が分かれる原因に……
「落ち着いてシグナム。今は昔のことを悔いていても仕方がないわ」
「……あぁ」
シャマルに諭され、私は沈みかけていた気持ちを何とか元に戻す。
いかん、癖になっているな。今はそんな事を考えている場合ではない。
私が顔を上げるのを見ると、シャマルは自分の推論を語り始めた。
「希君がまた私達の前に姿を見せた……そうね。考えられる理由は何個かあるわ。まず一つ、もう一度私たちと共に歩んでもいいという気持ちになってくれた。これは希望的観測ね、私の願望といってもいい。でも、可能性は極端に薄いわ。二つ、避ける必要がないと思うほど、私たちに対する興味を失った。これは……一つ目よりは可能性は高い。悲しいけど、ある意味ふっきれたという事かしら。でも、それなら敵意を見せる意味がわからないわよね。三つ、再び私たちに会わなければいけない様な、外部からじゃ手の施せない様な危機がはやてちゃんに迫っている? 希君の今までの行動を考えても、これが一番しっくりくるわ」
最後の方は自問自答するように声が小さくなっていったが、確かに納得できる部分もあった。
私もおそらく、三番目の推論が正しいと思う。
しかし、どんな危機だというのだろうか?
それに、危機が迫っているのだとしたら、なぜそれが我々の邪魔をすることにつながるのだろう?
わからない。
いったい希は何を考えているんだ?
そんなふうに私が思考の迷路に陥っていると、ヴィータが突然ドンっと机をたたいた。
「関係ねーよ!」
そのまま立ち上がり、私たちにむかって訴えかけるように言う。
「いまさら希の意図なんて関係ねー! そんなもん知るかだ! あいつはそんなの無視されても仕方がない様な事、あたしたちにしてきただろう!?」
「ヴィータちゃん、それは」
「あぁ、分かってるよ! そういうことされても仕方がないような事を、あたしたちだってしちまった! 希とはやての別れの原因になるなんて、とんでもねーことを! でも! でも……」
そこから先はもう涙声となっていた。
「そんなふうにあたしらが罪悪感抱えて、動けないうちに十年もたっちまったじゃねーか。このままだったら、これから先もずっと動けねーよ。あたしたちと違って、希とはやては年を取ってくんだぜ。これ以上はもう、取り返しがつかなくなっちまうよ」
ヴィータの訴えに、私たちは何も言えなかった。
ヴィータの言うとおりだったから。
だから、と、ヴィータは続ける。
「希の意図なんて無視する。せっかく捕まらない希が自分から現れてくれたんだ。次は、なんとしてでも捕まえて、どんな手を使ってでも改心させて、はやての記憶を元に戻させる。あたしは、そのために動く」
涙が溜まった眼をこすり、ヴィータは力強く宣言した。
その決意は、固い。
……ふっ、そうだな。いつまでもいつまでも女々しく後悔など続けているなど、無意味なことだ。
第一、私らしくもない。
「そうだな。ヴィータの言うとおりだ」
「えぇ、希君の意図が何であれ」
「我々がやることは一つ」
「主はやての記憶を取り戻し」
「希に帰って来てもらうです!」
今度こそ、逃がさないぞ、希。