その後、俺は泣きやんだはやてとともに夕食を一緒に食べた。
はやての作った料理は小学生が作ったものとは思えないほどうまくて、褒めまくっていたらまた「恥ずかしいことばっか言わんといて!」と怒られてしまった。
反省せねば。
しかしそのおかげでちょっと気恥ずかしそうにしていたはやてと元通りにしゃべることができるようになったので良しとするか。
夕食の片づけをした後、二人で少しおしゃべりをしてから俺は帰宅することとなった。
泊って行こうかとも思ったがはやてに「もう大丈夫やから、それに明日も学校あるんやろ?」と言われてしまったので仕方がない。
特に無理している様子もなかったので丈夫だろう。
その日以降、俺は毎日はやてのうちに遊びにいくようになった。
平日は学校が終わってから図書館で落ち合い、本を読んだ後家に行き少し遊んで夕食を食べておしゃべりをしてから十時くらいになったら帰る。
休日は朝から八神家に行き、家事を手伝い、午後になると一緒に遊んだり本を読んだりして、また夕食を食べて十時くらいになったら帰宅するいった具合だ。
さすがに毎日夕食を御馳走になるのは忍びないので一度食費を渡そうとしたが断られてしまった。
「お金ことは気にせんでええ」と言って見せてきた通帳には桁が一個ほど間違っているのでないかというほどの額が入っていて大変驚いた。
それでも、何かお返しがしたかったので自分で作ったお菓子を持っていったりしている。
おかげで菓子作りならはやてよりも上手にできるようになった。
はやては悔しがっていたが。
後は、偶に自宅に招待して夕食を食べてもらっている。が、これははやてのためというよりも両親のためだった。
両親は俺を溺愛しているので夕食を一緒に食べれないことが悲しいらしい。
だが、俺の気持ちも知っているので邪魔することもできない。
その分朝食の時間を長めにとって話をしているのだがそれでは足りないようだ。
なので、両親の我慢が限界に達したときには、はやてを連れてうちで食べることにしたのだ。
幸い、両親ともはやてを実の娘のように可愛がってくれるし、はやても両親と仲良くしてくれるので問題はない。
いっその事毎回一緒に食べないかと両親に誘われたこともあったが、二人っきりで過ごしたいと本心を語った後は諦めてくれた。
しかしさすがにわがままが過ぎる気もするのでお菓子作りの時は感謝の気持ちを込めて一緒に両親の分も作ることにしている。
そのほかに、体力づくりとしてランニングも始めた。
介護には体力も必要だからだ。
これで万が一病気が治らなくても大丈夫だろう。
もちろん病気の原因は自分でも調べている。医学本だけでなく、インターネットを使って様々な医者と意見交換をして解決の糸口を探っているところだ。
正体は隠しているがそれなりに有名になってきたため、最近は情報が集めやすくて助かっている。
そんなこんなで時間はあっという間に過ぎて行ったが、四月末ごろになると一つ事件が起きた。
いつものように、授業中に能力の訓練をしていると高町が変なことを考え出したのだ。
まるで、脳内で誰かと話しているようだ。
気になって能力の範囲を広げてみるとなんと話し相手を見つけてしまった。
初めは自分と同じような能力を持っている人かと思ったがどうやら違うらしい。
二人の話をまとめると、どうやら高町は魔法少女になったようだ。
……リアル魔法少女がいるとは。世の中広いな。
なら俺の能力も実は魔法なのではないか?
そう思って話を聞いているとどうやら違うらしい。
俺には昨日、ユーノ君とかいう魔法使いが使っていた念話とか言うものが聞き取れなかったからな。
魔法が使えるのなら問答無用で聞き取れたはずだというし。
しかし、だとしたら俺の能力は何なのだろう?
そうやって取り留めのないことを考えながら盗み聞きを続けていると話はだんだんキナ臭い方向へと進んでいった。
なんでも、ユーノ君とやらが発掘し、運送していたジュエルシードなる危険物が事故でこの海鳴市にばら撒かれたらしい。
それに責任を感じたユーノ君が自分で回収しようとしたが無理だったために高町に助けてもらったのが今回の成り行きか。
……しかし、これってユーノ君別に悪くないよな?
確かに危険物がばらまかれたのはいい迷惑だが事故ならば仕方無いことだ。
故意なら許されないが。
それに対して必要以上に責任を感じているようだがはっきりいってその思想は危険だ。
今も若干暴走気味と言っていいし、何より迷惑かけたくないからと言ってやっていることなのに高町に迷惑をかけるのはいいのか?
……まぁ、俺が口をはさむようなことではないか。高町も気にしていないようだし。
ここでの一番の問題点はいかにはやての安全を守るかだ。
後、できれば自分も。
そのジュエルシードっていう奴の特徴はわかったので近づかないようにするのが一番いいかな。
はやてもそんな宝石が落ちていたら猫ババなんかせずに交番に届けるだろう。
下手に首を突っ込まないで、静かに問題が解決するのを待つことにしよう。
そう思って放置をしていたらまたしても問題が起きてしまったようだ。
順調に進んでいたジュエルシード集めに邪魔者が現れたようだ。しかも高町はそいつと仲良しになりたいらしい。
……いや、普通はそう思わないと思うんだが。そういえば高町は喧嘩してから友情を芽生えさせる武道派だったな。
しかしそのことで悩んでいたらバニングスと喧嘩になってしまったではないか。
なんでも、辛いくせに自分を頼らずに一人で抱え込んでしまう高町が許せないらしい。
なんで親友なのに自分を頼ってくれないのかと思っているようだ。
事情が事情だけに話したくても話せないというのが本当なんだがそんな事を知らないバニングスからしたら歯痒くて仕方がないのだろう。
しかし、これはどうしたものか。
別に他の人物なら気にすることもなく普通に放っておくのだがバニングスなら話は違ってくる。
彼女には恩がある。
その恩をここらで一つ返しておきたいのだが首を突っ込んでも余計なお世話なのではないか? バニングスはプライドも高いし……
そんなことを考えていると不意にはやてが声を掛けてきた。
「どうしたん? 珍しく悩んでるようやけど」
これには俺も驚いた。そんなそぶりを見せていた覚えはないのだが。
「いや、なんとなくやけど。なんや悩みがあるんやったら相談に乗るで」
そう言ってはやては俺に促すようにえがをお向けてくる。
うん、超絶可愛い。
だが、これはどうしたらいいんだろう?
俺のことをよく見てくれているのは素直に嬉しいがこういうときには困ってしまう。
直接は相談できないし、何よりこんなこと言ったらはやての重荷になってしまうんではないか?
そう思って渋っているとだんだんはやての眉根が寄ってきた。
怒りだす前兆だ。
「なんや私に隠し事か?」
「いや、はやての手を煩わせるわけには……」
「ほう?」
あっ、やばい。これはスイッチ入れてしまったかも。
「私には一人で抱え込むなゆうといて自分は一人で抱え込むんか?」
そう、問い詰めるはやての顔は笑顔だったが目だけは笑っていなかった。
はっきり言ってかなり怖い。
小学生がなんで出せるって感じのオーラまで出始めている。
こうなったらおれは降参するしかない。
素直に相談することにした。
ただし、隠すべきところは隠して。
「実は友人がほかの友人と喧嘩してしまってな。その友人には恩があるし、悩んでいたみたいだから和解させてあげようかと思っているのだが。この件に関して俺は完全に部外者だから余計なお世話なのではないかとも思ってな。そいつはプライドも高いし」
俺の説明にふんふんと頷いていたはやてだったが聞き終わる実に簡単なことのように答えを教えてくれた。
「なんやそんなことで悩んどったんか。ええやん。和解させたりーな」
「しかし、お節介かもしれないのだぞ?」
「お節介上等やん。その子が悩んどるんだったらそんなん気にする必要なんかない。文句言われたとしても結果的に和解させることができればその子も納得すると思うで。和解さすんはできるんやろ?」
……なるほど。確かにはやての言う通りかもしれない。
和解させれば後はどうにでもなる。
しかし、はやては俺のことを信じてくれているんだな。和解さすことは簡単みたいに言ってくれる。
「もちろんだ。ありがとう、はやて」
「ええよ、またなんか悩みがあったら相談に乗るよ」
そう言ってくれるはやての顔は実に頼もしく感じた。
さて、はやての期待にこたえるためにも少し出しゃばってみるか。
翌日、俺が登校すると案の定二人はまだ仲直りしていなかった。
いつもなら三人で仲良くお喋りをしているのにバニングスは自分の席について憮然としているし、高町はバニングスのほうをときどき見るが基本しゅんとしているし、月村は二人の間を行ったり来たりしてオロオロしている。
普段クラスで一番目立っている三人組の突然の喧嘩に教室内には気まずい空気が流れていた。
まったく。何をやっているんだか。
そんな中、俺は空気を読まずバニングスの説得をしていた月村に声をかけた。
「悪いな月村すずか。またアリサ・バニングスを少し借りるぞ。またすぐ返すから安心してくれ」
「えっ?」
こんな状況で俺に突然声を掛けられて月村はかなり驚いていた。
俺とバニングスの顔を交互に見てどうしようか考えているようだ。
しかし月村が答える前にバニングスが俺を睨んできた。
「悪いけど今はあんたの相談に乗ってあげる気分じゃないの。あっちに行ってくれる?」
口調こそ荒げていなかったがどうやらかなり機嫌が悪いようだ。
でもそんなことは気にする必要がない。
「あぁ、お前には聞いていない。俺は月村すずかに聞いているんだ」
「なっ!!」
そう、今はバニングスの意見はどうでもいいんだ。
しかし俺の言いようにバニングスは激高してしまう。
「ちょっと! 何勝手なこと言ってんのよ!」
机を叩きつけながら立ち上がり、俺を睨んでくる。
月村は展開についていけずオロオロとしたままだ。
「否定の言葉がないようなので肯定と取るぞ。じゃ、すぐ返すから」
「っ!? ちょっと! 離しなさいよ!」
そのままバニングスの手を掴んで俺は教室の外に出て行ってしまった。
教室内の生徒には俺の突然の行動に反応できる者などいなかった。
そのまま俺はいつぞやと同じように中庭までバニングスを引っ張って行った。
最初こそ抵抗していたバニングスだったが俺の予想以上の腕力に抵抗を諦め、今はおとなしくしている。
逃げる気もなくなったようなので手を放してやることにした。
「……なによ。私は今人の相談なんか聞いている場合じゃないのに。空気ぐらい読みなさいよね」
いつものように勝気な態度を取ろうとするバニングスだったが今一つ元気がない。
俺は説得がやりやすいように能力を使うことにした。
(ほんとにこんなことしてる場合じゃないのに……なのはとどうやって仲直りしたらいいか考えなくちゃいけないのに)
やはり高町と仲直りしたいようだ。まったく、素直じゃない。
「今日は相談じゃない。借りを返しに来ただけだ」
「借りって……あぁ、あれね。気にするなって言ったでしょ」
(なのは怒ってるかな。でも、なのはが悪いんだから)
「俺の気分の問題だ」
そう、あくまでこちらの一方的なお節介なのだ。
でなければ、心ここに有らずな人間をこんな風に無理やり連れ出したりはしない。
「と、いうわけで、アリサ・バニングス。お前と高町なのはを仲直りさせてやる」
「はぁ?」
バニングスは一瞬ポカンと驚いたようだが、俺の言っている意味を理解するとすぐに食って掛かってきた。
「何言ってんのよあんた! 関係ないでしょ! すっ込んでなさいよ!」
(何言ってるのこいつ! 関係ないくせに!)
まぁ、こうなるか。バニングスの言う通り、俺は部外者だしな。
「確かにお前の言うとおりだ。これは余計なお節介というものだよ。だが、現状を鑑みるに最善の手で最も早く仲直りできる方法があると思うのだが」
「うっ!」
(なんでこいつのお節介なんか受けなきゃいけないのよ。……でもなのはとは早く仲直りしたいし……)
「何、一つのやり方を提示するだけだ。聞くだけ聞いてみろ。嫌ならやらなければいいだけのことだ」
バニングスはそのまま黙りこくってしまう。
心の中では様々な感情が入り乱れているようだ。
(……どうしよう。確かにこいつの言うとおり聞くだけ聞いてもいいかもしれない。でもそれじゃ、私がまるでなのはと仲直りしたいみたいに取られちゃうじゃない。今回の喧嘩は私が勝手に怒ってるだけみたいなものなのに。確かになのはとは仲直りしたいけどそんな風に思われるのは嫌だし)
「それに俺から仲直りの方法を聞いたということも言わなくて構わない。俺も誰にも言わないと約束しよう。ここに連れだしたのもいつもみたいに相談ごとを聞くためだったとでも言えばいいさ」
バニングスは俺の言葉に驚いていたようだ。
まぁ、俺は心を読んでいるのだから懸念を払うなんて造作もないことだ。
「……聞くだけよ」
(そうよ、ここまで言っているんだから。聞かないと可哀そうよね。こいつも約束は守ってくれるだろうし)
やっと受け入れ態勢になってくれたか。
しかし、ここからが正念場だな。
俺はなるべくあっさりと、簡単なことのように解決策を提案した。
「簡単なことだ。お前が謝ればいい」
「なっ!」
バニングスは期待していた俺の策がこんな簡単なことで驚いたようだ。
同時に、怒りも覚えた。
「なんであたしが謝らなくちゃいけないのよ!」
(それができないから苦労してるんでしょうが! やっぱり、こいつに期待したのが間違いだったわ!)
この反応は予想通りだが何気に俺の評価低いな。
ずれたことばかり言ってきたからしょうがないと思うが。
「それが一番手っ取り早い」
「私は悪くない! 事情も知らないのに勝手なこと言わないで!」
(そう、あれはなのはが悪いのよ! あの子が何も言わないから)
「そうだな、俺も事情は知らない」
嘘だけどな。心読んでいるから全部知ってるんだが。
「だけど、お前らの性格くらいは知っている。予測するに喧嘩といっても互いのことを思いやって、それがつい擦れ違ってしまっただけだろう? 例えば、高町がお前らに秘密を持っていてそれについて悩んでいる。それをお前が何とかしてあげようとして聞き出そうとしたが話してくれなくて頭に来たとか」
「うっ!」
(なんでこいつこんなことが分かるのよ!)
俺のそのものピタリの推論にバニングスはたじろいだ。
実際、これくらいの推論は心を読まなくてもできただろうに。
それくらい、こいつらの性格はわかりやすい。
純粋無垢だからな。
「図星だな。なら、どっちが悪いもない。それならお前が謝るべきだ」
「……だから、何で私なのよ」
(なのはが謝って放してくれれば、私もすぐに許すのに)
「意志の硬さの問題だ。高町の意思は相当固い。あいつは決して曲がらない。それくらいは知っているだろう?」
「……」
(確かに。あの子以上の頑固者、私は見たことはないわね)
「それに、親友のお前らにすら話せないんだ。何か事情があるのかもしれない。もしそうなら、彼女は絶対に話してくれないだろう」
「……そうかもしれない。それでも」
(私は話してほしい。親友が困っているのに何もできないなんて悲しすぎる)
……まったく、なんて顔をしている。そんな風に思わなくても、お前にもできることはあるというのに。
俺は励ますように、バニングスへの説得を続ける。
「そんな顔をするな。お前にもできることはある」
「私に……できること? 」
(いったい、あたしに何が……)
バニングスは必死で何ができるのか考えていた。
しかし、いくら考えても答えがわからず、すがるような眼で俺を見つめてきた。
そんなに考えなくても、答えは簡単だというのに。
俺はバニングスの目をまっすぐ見据えて、答えを教えてあげた。
「簡単だよ。『信じて待ってる』と、言ってあげればいい」
「……それだけ」
(そんなことで、なのはを助けてあげることができるの?)
「あぁ、それだけだ。さっきも言った通り、あの子はまっすぐだが何かとため込んでしまうタイプだ。だが、自分を信じてくれる大切な人がいれば、いくらでも頑張れる。だいぶ心も軽くなるはずだ。心を軽くしてあげれば、あの子はきっとうまくやれる。だから、お前が心を軽くしてやれ」
「……うん」
どうやら、納得してくれたようだな。
しかしまだ渋っているようだが
(でも、今更謝ったって。許してくれなかったらどうしようかと思うと怖い)
なるほど。わからないでもないな。
俺だってはやてと喧嘩して許してもらえないかもと思うと怖くて仕方がないからな。
しかし、ここは頑張って勇気を出してもらわないと。
……仕方ない、少々きついが荒療治ということで我慢してもらおう。
「はっきり言って今のままでは逆にお前は重しになってしまっている。ただでさえ抱え込んでる所にさらに重りを加えてるんだ。下手したら潰れてしまうぞ。そうなったら、回復するのにかなり時間がかかるか、最悪壊れてかもしれないぞ」
「そ、それは!」
(いやだ! なのはが壊れてしまうなんて!)
「俺が言いたいのはここまでだ。先に教室に戻っている、よく考えておくことだな」
「あっ!」
バニングスは何か言いたそうだったが俺はそのまま彼女に背を向けて、振り返らずにこの場を去った。
ここまで言えば大丈夫だろう。彼女は頭が良くて、優しい子だからな。
後は自分できちんと正解までたどり着けるだろう。
これで、自己満足な恩返しはできたかな?
俺はそのまま教室に戻らず、図書室に来ていた。
朝のホームルームまではまだ少し時間があるからな。それまで本でも読んで待つとしよう。
きっとバニングスは、俺がいると気恥ずかしくて高町に謝りにくいだろうから。
案の定、俺が教室に戻ると高町とバニングスは仲直りをしていた。
状況把握のために能力を使ってみると何とバニングスは皆の前で高町に頭を下げたらしい。
正直驚きだ。
てっきり二人っきり、もしくは月村との三人だけになったタイミングで謝ると思ったのだが。
よほど最後の荒療治が効いたのか。
まぁ、なんにせよこれで胸を張ってはやてに報告ができる。
昼休み、俺が図書室に行こうとするとバニングス、月村、高町の三人娘がこちらに近づいてきた。
なんだ? 俺に用でもあるのか? めずらしい。
「ねぇ、今日私たちと一緒にお昼食べない? 朝のお礼もしたいし」
そう言ったバニングスに月村と高町もうんうんとうなずいてきた。
「アリサちゃんから聞いたの。ありがとう。私たちの仲直りに協力してくれて」
高町の言葉で俺はようやく納得をした。
なんだ。
秘密にしていていいと言ったのにバニングスは喋ったのか。律義な奴だ。
しかし、俺の答えはすでに決まっている。
「悪いな。昼休みは本を読むことにしてるんだ」
最近は午後ははやての家で遊んでいるからな。
以前と比べて読書量が減ってしまった。
その穴埋めをしなければ。
そのまま立ち去ろうとしたのだがバニングスに襟首を掴まれたせいで止まってしまう。
なんだかご機嫌斜めのようだ。
「……あんた、こんな美少女達にお昼誘われてるっていうのに断るとはどういう了見よ」
「間違っていないと思うが自分で美少女というのは反感を買うことがあるからやめておいたほうがいいぞ」
数年後、黒歴史となる可能性も高いしな。
大体、いくら美少女に誘われようと俺にははやてがいるのだからなびくわけがないことぐらい知っているだろうに。
「いいから来るの! ほら! すずかもなのはも早く行くわよ!」
そのままバニングスは俺を引きずって行こうとする。
そこまでして一緒に飯が食いたいのか? お節介な奴だ。
あぁ、それは俺も言えないか。
「わかった、自分で歩く。その前に弁当箱と本だけ取らせてくれ」
俺はしぶしぶ図書館に行くのをあきらめた。
……たまにはいいか。はやてにも友達と仲良くしろって言われているし。
屋上へと行く道中も、俺はバニングスにいろいろと文句を言われ続けた。
初めっから素直に来いだとか本ばっか読んでるんじゃないとかもっと友達を大切にしろとか。
……確かお礼がしたいからって呼ばれたはずなんだが。
月村と高町はそんなバニングスを窘めてくれていたがあまり効果はなかった。
しかし屋上まで来るとバニングスは文句を言うのをやめ立ち止り、俺のほうに向き直ってきた。
月村と高町も同じように向き直る。
「改めて……今朝はどうもありがとう。あんたのおかげでおかげでなのはと仲直りができたわ。本当にありがとう」
「「ありがとう、一ノ瀬君」」
そう言って三人そろって頭を下げてきた。
……いやはや、本当に律義な奴らだ。わざわざ俺なんかに頭を下げるなんて。
「気にするな。朝も言ったがこっちの勝手なお節介だからな」
「それでも、私は救われたわ。だからお礼を言うのは当然のことよ」
「そうだよ! お節介なんかじゃないの!」
「うん、だから、お礼を言わせてほしいの」
本当に三人とも素直ないい奴らだな。そこまで言うのならこちらも素直にお礼を受け取るとしよう。
「なら、どういたしまして。よかったな、仲直りできて」
「「「うん!」」」
三人ともすごくいい笑顔で返事をしてくれた。
悪い気はしないな。はやての言う通り、お節介もたまにはいいものだ。
この後、俺たちは三人にとって定位置になっているらしい屋上のベンチに腰をかけ昼食をとることにした。
その間、俺は高町と月村から質問攻めにあってしまうが特に当たり障りのない答えを返し続けた。
今までもそうしてきたがこうすればこちらに対して興味も嫌悪感も持たれずに済むのだ。
多少つまらない奴とは思われるかもしらんが問題はない。こうして受け答えをしているうちに弁当を食べ終わったので、本を読もうとしたらバニングスに止められてしまった。
「ちょっと! 何本を読み始めようとしてんのよ!」
「ん? 食べ終わったからだが」
「話している途中でしょ!」
「確かに話の途中に本を読むのはマナー違反だと思うがそちらの都合に合わしてあげたのだからこれくらいは勘弁してほしい。読みながらでもちゃんと受け答えはできるから安心しろ」
「生返事しかできないでしょうが!」
そう言って本を奪い取ろうとバニングスが手を伸ばしてきた。
俺は本を読んだままその手をかわす。
ちらりとも見ずに手をかわした俺にバニングスは驚いたが再び俺の本を奪おうとする。
それもまた本を読んだままかわす。心を読んでいればそれくらい造作もない。
バニングスはムキになって何回も本を取ろうとしたがすべてかわし続けるとだんだんと怒りだしてついには立ち上がって怒鳴り出した。
「なんで全部かわすのよーー!!」
「本を取ろうとするからだ」
俺が平然と答えたのが癪に障ったのかバニングスはそのまま俺に襲いかかってこようとしたが月村に止められてしまう。
「まあまあ、アリサちゃん、落ち着いて」
月村に窘められたバニングスは一応座りなおしたがまだ俺を睨みつけている。
高町はそんなこと気に留めずに俺を驚いた眼で見つめていた。
「一ノ瀬君すごいの。なんで見ないでアリサちゃんの手を避けられるの?」
そう言えば高町は魔法少女で戦闘もよくしているのだったな。
確か、攻撃を避けるタイプでもなかったよな。なら俺の動きはすごいことだと思ってしまうだろう。
だが
「完全に見ていないわけじゃない。視界の端に少し映るし、単純な動きしかしていないから避けるのは簡単だ」
お前のレベルの戦闘基準で考えないでほしい。
こんなの所詮子供のじゃれあいだ。
お前みたいにビームを防御できるほうが断然すごいに決まっているだろうに。
「そうかなぁ」
「そうだ」
高町は納得していないみたいだったかこれ以上は何も言ってこなかった。
兄たちのような人間もいるのだからこれくらいできてもおかしくはないと思ったようだ。
すると今度は月村が声をかけてきた。
「本当にちゃんと受け答えしてくれるんだね。邪魔じゃない?」
「これくらいは問題ない」
百人単位でいっぺんに話されたってちゃんと聞きわけができるのだ。
それに比べればこれくらい簡単すぎて欠伸が出るくらいだ。
「そう、よかった。なんの本を読んでるの?」
「菓子作りの本。最近よく作るから」
本当なら医学書を読もうと思っていたのだがさすが俺がそんな本読んでいたら不審がられるだろう。
下手すりゃ会話が嫌でわざとやっていると思われてしまう。
それはさすがに失礼極まりないからな。医学書のほうは帰ってから読むことにしたのだ。
「お菓子作りができるんだ。すごいね」
「作り始めたのは最近だがな。なかなか面白いぞ」
月村は感心したように褒めてくれた。
はやてのために作り始めたものだが実際、やってみるとなかなかおもしろかったのだ。
はやてがおいしそうに食べてくれるとこちらもうれしくなるし。
バニングスは俺の答えを聞いて訳知り顔でニヤニヤしていたが気にしないでおこう。
「あっ、家は喫茶店なんだけどそこでケーキとかシュークリームとかも作っているよ」
「あぁ、知っている。シュークリームが絶品だと聞いている。研究がてら今度食べに行こうと思っていたところだ」
「うん! 待ってるから」
「桃子さんの作るシュークリームは最高よ! 期待していていいわ!」
「それは楽しみだ」
そんな風にお喋りを続けているとすぐに昼休みは終わってしまった。
初めは面倒くさいと思っていたがなかなか楽しかったな。
偶にならこういうのも悪くないかもしれない。
あくまで、偶にならだが。
「そろそろ教室に戻るか。今日は誘ってくれてありがとう、アリサ・バニングス、月村すずか、高町なのは。思いの外楽しかった」
俺が素直に礼を言うと三人は変な顔をしてしまった。何か変なことを言っただろうか?
「あんたねぇ、何でいつもフルネームで呼ぶのよ。普通にアリサでいいでしょ」
「私もすずかでいいよ」
「私も、なのはって呼んでほしいの」
あぁ、なるほど。確かはやてと初めて会った時も同じようなことを言われたな。
しかし
「ならバニングス、月村、高町と呼ぼう。それで勘弁してくれ」
友人なら、これで勘弁して欲しい。
「なんでみんな名字なのよ!」
バニングスは怒ってしまったがこればかりは譲れなかった。
なぜなら
「悪いな。俺が名前で呼びたい女は一人しかいないんだよ。その代わりそっちはどう呼んでくれても構わないから」
気分の問題だがな。特別ははやてだけだ。
「あんた……よくもまぁ恥ずかしげもなくそんなことを……わかったわ。それで我慢してあげる。すずかもなのはもそれでいいでしょ?」
「……うん」
「希君ってやっぱりなんかすごいの」
俺の答えを聞いた三人は顔を赤くしていたが何とか了承してくれた。
その代わり、彼女たちは俺を下の名前で呼ぶようになった。
これ以来、俺達はたまに昼を一緒に食べるようになった。
ただ、この時のことをはやてに話したらまた「恥ずかしいことゆうなや!」と、怒られてしまった。
……はやての名前は出していなかったのに。何がダメだったんだろう?