【Sideリイン】
前回の希の対応から、主はやては部隊の方針を少しだけ変え、レリックの捜索よりもガジェットの撃退に重きを置くようになった。
はっきり言えば、希と同じ土俵に立って戦うのには無理がある。
なので、希にはないこちらの利点、戦力で対応することにしたようだ。
この方針変換のおかげで少しづつだが、隊の評価を上げることができてきた。
とはいえ、まだまだ一連の事件に関する進展はほとんどないので批判的な意見の方が多いが。
こればかりは地道に頑張るしかない。
今日はそんな任務の一環として、ホテルアグスタの骨董品オークションの警護に来ている。
この骨董品内には数多くのロストロギアが混じっているのでガジェットが襲ってくる可能性が高い。
ここでうまくガジェットを撃退できれば、また隊の評価を上げることができる。
それに、この任務は希にはできない。
今度こそ、挽回のチャンスなのだ。
結果から言えば、私達の予測通り、ガジェットが現れた。
それも、うまいこと撃退することができた。
ただ、途中で現れた召喚士のことは気になるが……
まぁ、上出来でしょう。
主はやてもこの結果には満足しているみたいだった。
主と今回の戦果について話していると、ロッサがやってきた。
ロッサと会うのは何気に久しぶりだ。
機動六課の仕事で、いろいろと忙しかったから。
主はやても久しぶりに楽しそうに、ロッサと話しをしている。
最近は主はやても気を張っている事が多いので、良い息抜きになればいいのだが。
私がそんなふうに、考えているところに
「失礼、ご歓談中申し訳ないですが、少しよろしいですか? 八神はやて二佐」
唐突に、希が現れた。
その登場に、私は驚いて固まってしまった。
全く心構えもしていなかった状態で、一番会いたかった人が現れて。
主はやても私と同じように固まっていた。
今まで何度も連絡を取ろうとしていたにもかかわらず、希は一度も応じていなかったのですから当然だろう。
「はやてに何の用ですかな?」
こうやってすぐには動けなかった私達の代わりに、ロッサが希に対応しはじめた。
主と希の間に割って入って。
事情は知らないはずですが、主と私の様子から何かあると思ったようだった。
そんなロッサを希は冷淡に見つめながら冷えた声で対応する。
「貴方には関係ない話です。できれば席をはずして欲しいのですが。ヴェロッサ・アコース査察官」
しかし、そんな事ではロッサは引かない。
「失礼だがそれはできない。はやては僕の大事な妹分だ。関係ないことはない」
希を睨みつけ、頑として動こうとしなかった。
緊迫した空気の中、二人で睨みあっていましたが、先に希は諦めたのか
「なら、ご自由に」
と、言ってロッサから視線を外し、主はやての方に眼をやる。
すると主も固まりが解消されたようで、希に応じ始めた。
「それで、お話とはなんですか? 一ノ瀬捜査官」
若干緊張した様子でしたが、なんとか平静を保っているようだった。
対する希も冷たい空気を保っているように見える。
主はやてと、十年ぶりに顔を合わせる事が出来たというのに。
そんな、まるで敵みたいな……
「単純な要求です。いまさらになってしまいましたが……レリックの件から手を引いて欲しい」
「なんやて?」
眉一つ動かさず、希は要求を口にした。
逆に主はやての顔を険しくなる。
「……どういう事ですか?」
「どうもこうもない。言葉通りの意味です。できれば、自分から手を引いてくれるのが後腐れなく、理想的だったのですが……そろそろ本気で邪魔なので。それにあなたたちは事件の調査を進展させる事が出来ていない。上の説得はこちらでするので、レリック事件をすべて任せて欲しい」
希はそう言って詳しい理由を説明しようとしなかった。
当然、主もそんな要求受け入れない。
「それで、はいそうですか分かりました、とでも言うと思っとるんですか?」
「もちろん思っていません。ただ……」
すると希はデバイスを取り出す。
「アハト」
[Jawohl]
希が指示を出すと、機動六課の隊員たちの詳細な個人データが映し出された。
戦闘スキルや得意魔法、専門分野に将来の目標などなど、を。
その中にはもちろん、主はやての名前もあった。
「貴方はまた随分といい人材を集めましたね。エース級のストライカーたちに将来有望な新人、優秀なスタッフ。皆、素晴らしいと思います。そんな彼らを集められるあなたはよほど人望があるみたいですね。それに、政治力も。ただ……」
そんな前置きの後、こちらが凍りつく様な事を言い出す。
「そんな政治的な力を持っているのは、この中に何人くらいいるのでしょうね?」
「……はい?」
急には、希の言っている事が理解できなかった。
いや、理解したくなかった。
だって希が……
「例えば、高町なのは一等空尉。エースオブエースと名高い彼女ですが、政治力の方はどうですか? あまりそういうところに強いというイメージはないですね。気をつけないと、急に空を飛べなくなってしまうかもしれません。ティアナ・ランスター二等陸士はどうですか? 彼女は亡き兄のために執務官を目指しているようですが、上からへんな圧力がかからないとは言い切れません。兄の死因が死因ですから。他にもシャリオ・フィニーノ一等陸士やグリフィス・ロウラン准陸尉もやりたい仕事をやるだけの力があるといいですね」
主はやてに対して、仲間を人質に脅しをかけるなんて。
主の、一番弱い、そして一番嫌がる卑怯な方法をとるなんて。
「……どういう意味ですか?」
「貴方の思った通りの意味ですよ。さて、交渉に戻りましょう」
主の確認には明確に答えず、希は自分の要求を言う。
「貴方達がレリック事件の調査から手を引き、主な業務を新人の育成に変更するというのなら、機動六課に対して批判的な意見を主張している連中をすべて黙らせましょう。一年という試験運営機関を短くするなんてことはさせず、むしろあなたが望むのなら伸ばしていせます。レリックから手を引いたことであなたのキャリアを傷つく様な事もないようにします。いや、新人教育さえ成功させればプラスになるようにします。無論、他の隊員たちのキャリアアップもスムーズに進むよう取り計らって見せます。いかがですか?」
まさに、飴と鞭だった。
六課を今の危うい立場から抜け出させ、更には将来の事まで。
「手を引く、そう約束してくれるだけでいい。それだけで、機動六課全体の未来は守られる。こちらとしては破格の条件だと思うのですが……交渉に応じていただけないでしょうか?」
それは、主はやてからすれば甘い甘い誘惑の様に聞こえたかもしれない。
主の夢は管理局の改革。六課はその足掛かり。
この部隊で成功を収めれば、その夢への大きな一歩となるはずだから。
逆を言えば、失敗してしまえば自分の今の立場さえ危ぶまれる。
これだけの戦力を集めておいて失敗とは、と。
そんな是が非でも成功させたいところで、今の窮地、そして、この助け舟。
それに加えて、周囲の人間に対する影響。
自分一人ならまだしも、断れば周りの人まで窮地に陥ってしまう危険性を孕む。
普通なら、すぐにでも飛び付きたいと思ってしまうだろう。
まさに、悪魔の誘惑と言ったところだろうか。
でも……
私にはこれが懇願に聞こえた。
以前、主に闇の書を起動させようとした時と同じ種類の、自分の気持ちを押し殺した……
主はやてもこれには悩んだ。
この決断で、部隊全体の未来が決まってしまうかもしれないので当然だ。
考え抜いた末に
「………………嫌や」
主はやては希の要求を断ってしまった。
「……何故です?」
その答えに、希にもわずかながら驚きと、動揺が見られた。
主はやてならば、仲間を思って受け入れてくれると思ったのだろう。
私も、驚いた。主は受けてしまうと思っていたから。
それに対し、主は
「引くわけにはいかん理由があるからや」
それだけ、しかし強い意志を持った声で言った。
引く気はまるでないようだ。
その主の様子に、希は初めて目に見えて悲しそうな表情になり
「……予言、か。余計な事を」
忌々しげにつぶやく。
しかし、それも一瞬のことですぐさま元の、いやそれ以上に冷淡なまなざしを主に向け
「……そうですか、なら、仕方ない」
私たちに最後警告を発する。
「力ずくで、潰す」
明確な敵意を持って
それでも主はやては引かない。
「上等や。私たちはあんたが思っとるほど、弱ないで」
希の言葉を、真っ向から受け止める。
それを聞くと希は主に背を向け、用は済んだとばかりに立ち去ってしまった。
「待て! はやてに手を出すというのなら、僕も黙っているつもりはない! その事を忘れるな!」
ロッサは去り際の希の背にこんな言葉をかけていましたが、結局私には何も言う事ができませんでした。
希がこの場を去った後、私は主に改めて聞いてみた。
「主はやて、引けない理由とは、何でしょうか? それに、予言とは?」
私には不可解だった。
希が残した言葉も、主が断った理由も。
「それは……」
しかし主は私の問いに言い淀んでしまう。
それを見たロッサが険しい表情を主に向ける。
「はやて、君はリインフォースにも黙っていたのかい? 六課の本当の意味を」
若干咎めるようにロッサに言われた主は顔を伏せてしまった。
それを見たロッサは溜息をついてしまう。
「はぁ、前から言っているだろう。そうやって一人でため込むのは君の悪い癖だって」
それからロッサは私の方を見て
「ここじゃ、さすがに拙い。仕事が終わったら、少しみんなでお茶しよう。そこで、全部話してあげるよ。いいね、はやて」
「……うん」
そう約束すると、ロッサは一旦この場を去って行った。
仕事が終わると私たちは約束通り三人で集まった。
そこで改めて主から聞く。
六課の本当の存在意義を。
騎士カリムの予言。
管理局崩壊の危機。
それを防ぐための戦力。
さすがに私も驚きを隠せなかった。
騎士カリムのレアスキルのことは聞いていたが、まさかそんな事になっているとは……
そこまで主が説明をすると、今度はロッサが説明を引き継いだ。
「とはいえ、管理局を崩壊させるなんて現実的じゃない。だから上の連中も半信半疑だ。特に陸のレジアス中将なんか全く信じていない様だよ。僕だって本来なら信じられないさ。そんな事ができる人間がいるわけがないってね。でも、一人、例外がいた」
例外。
私にも思いついてしまった。
管理局崩壊なんて、とほうもない事を実現できそうな、人物を。
「一ノ瀬希。あの悪魔なら、それをやってのけたとしても不思議はない」
そう、希ならば。
希ならばそれも可能ではないかと、思ってしまったのだ。
「悔しいが奴は天才だ。その能力、その頭脳。常人の範囲を超えている。明らかに異常だ」
ロッサは悔しげに、希を評価する。
だけど、私はそれ以上聞きたくなかった。
「第一、この予言が出てから真っ先に疑われた人物のにもかかわらずレリックに関わる活動を認められているという事がそもそもおかしいんだ」
手が、否応なしに震えてしまう。
「だから、この件を奴に譲ったらいけない。それこそ奴の思うつぼだ」
希が……そんな事を……
そこでロッサは私の様子がおかしい事に気がついて。
「すまない、こんな危険なことに君の主を巻き込んで。でも大丈夫、僕も義姉さんもクロノも、それに非公式ではあるが三提督も付いているんだ。悪魔なんかに負けやしない」
励ますように言ってくれたけど、あまり意味をなしていなかった。
「……ありがとう、ございます」
それでも、なんとか気を張ってこの場はやり過ごす。
今、主に私の悟られるわけにはいかないから。
例え、心の中がぐちゃぐちゃになっていても。
その夜、恒例となってきた騎士たちのみの会議で今日あった事を話した。
「……と、言うわけだ。すまない。せっかくのチャンスだったのに、主の手前、追いかけることも話し合う事も出来なかった」
「いや、気にするな。希を捕まえられなかったのは我々も一緒だ」
私が謝ると、シグナム達も悔しそうにしていた。
あの場にいたにもかかわらず、シグナム達は希を見つけることができなかったのが相当悔しいようだ。
「でも、収穫はあったわね」
そんな重々しい雰囲気の中、シャマルは努めて冷静に、状況を分析しようと頷いている。
「予言……予言ね。管理局崩壊の……」
「あの……」
それに対しツヴァイは不安そうに、私に訊ねてきた。
「本当に、希は管理局を崩壊させようとしてるんでしょうか?」
その問いに、皆答えられなかった。
出来るかどうかで言えば、できるだろう。
やろうとするかで言っても、希ならそれをやろうとしてしまうかもしれない。
でも、それは必ず……
「主のためになるなら、希はそれをやってしまう男だ」
沈黙ののち、ザフィーラが答えた。
そう、主はやてのためならば。
でも、今回はそれがなぜ主のためになるのかが分からない。
私達がそうやって悩んでいると
「……そうね。でも、希君がそれをやるとは限らないわ」
シャマルが別の切り口から推論を始めた。
「根本が、違うのかもしれない。希君の目的が管理局を襲うんじゃなくて、管理局を襲おうとしている人の注意を自分に向ける事だったら」
その言葉に、皆が反応する。
そんな中、シャマルはどんどんと推論を進めていった。
「考えてみればおかしいのよ。もし、仮に希君が本気で管理局を潰すために六課と対峙しているのならもっと裏から働きかけてくるはずだわ。気がついた時には、もう終わっているような。でも、今回はそれとは真逆。最初っから、見せつける様に敵として現れた。こんなリスク犯すとは思えない。でも、もし、それが本当の敵の眼を自分に向けるためだったら? レリックを集めたいのが希君じゃなくて、他の人間で、そいつの眼を六課に向けさせないためにわざとこれ見よがしにレリックを集めているとしたら?」
沁み込むように、シャマルの推論は私たちにもすんなりと入りこんできた。
「六課を解散させようとするのも、本当の黒幕が動き出す前にはやてちゃんから戦力を取り上げたかったからなんじゃないかしら? 戦力がなかったら、いくらはやてちゃんだって立ち向かう事ができないはずだわ。だから、わざと自分が敵になって安全に六課を解体しようとしているんじゃ?」
「つまり」
そこでヴィータが悔しそうに言う。
「希はあたしたちじゃレリック事件の黒幕に勝てないって思ってる。そういうことか?」
「……えぇ、そうね」
シャマルも、同じようにそれを肯定した。
しかし、そう考えれば、納得がいくものだった。
今までの行動も、主の前で見せたあの表情も。
希はまた、一人で泥をかぶって危険な道に進む気なのだろう。
「……あいつ、また」
「十年前と、同じことを」
シグナムは拳を握りしめ、苦悩の表情をしている。
このままでは、十年前の繰り返しになってしまうから。
「それで、どうするの? このまま希君の意思をくみ、はやてちゃんだけの安全を考えるのなら六課を解散させて大人しく手を引くべきだと思うけど……」
「そんな選択、嫌だ」
シャマルの案に、ヴィータが強く反発する。
「六課は潰させない。はやての安全も守る。その上で、希の事も守って見せる」
これは、欲張りな選択なのかもしれない。
全部、手に入れようだなんて。
だけど
「そう、だな。私も、ヴィータに賛成だ」
今回は、何も失いたくない。
十年前のあのときは、何も知らない間にすべてが終わってしまっていたけれど
「えぇ、もちろん、私も」
今度はまだ、間に合う。
それに
「……我々とて十年前とは違うのだ」
「あいつに勝手に決め付けられるほど、あたしたちは弱くねー」
そうだ。
二度とあんな思いをしないために、何時か希を取り戻すことができるように、私たちは力をつけてきたはずだ。
「はいです! それを希に証明してやるです!」
「そうだ。そして今度こそ、希を守りきって見せる」
もう、二度と同じ過ちは繰り返さない。
「騎士としての誇りに賭けて」