その後テスタロッサに会うことはなかった。
まぁ、向こうは忙しそうにしていたし、こっちの名前すら知らないのだから当然か。
学校では、高町がジュエルシード集めのためにしばらく休んだり、それによって元気のなくなったバニングスと月村を励ましたり、高町が悩みを解決して戻ってきたりしたが、その後は特にたいした事件もなく平和に時が過ぎて行った。
そして今は6月3日の午後十時半。
はやての家から帰ってきた俺は台所を占領していろいろと仕込みをしている。
明日ははやての誕生日なのだ。
はやてと交渉した結果、明日だけは俺が料理を作ってあげることに同意してもらった。
なので、今ここには一か月前から用意した明日のパーティー用の仕込みがすべてそろっている。
はやてもさすがにここまで手の込んだ料理は作ったことがないだろう。明日は人生で最高の時間をはやてに過ごしてもらうつもりだ。そのために、今日は寝る間も惜しんで準備をしなくては。
こうして、明日への期待を込めて、俺の一世一代の計画は進行していった。
この後、計画を狂わす大きな事件が起きるとも知らずに。
翌日、俺は張り切ってはやての家に向かっていた。
リュックサックには昨日仕込んだ料理や誕生日プレゼントが詰まっている。
そして両手には特に丹精込めて作った特製ソースの入った鍋を持っている。
これを作るのに一カ月近くかかったのだ。万が一にも零すことはできない。そのために、リュックに入れずに手で持ってきたのだ。
はやての家までついたら、まずは一番におめでとうと祝福しよう。そのあとは部屋を誕生日使用に飾り付けをしてお昼にはやての手料理を食べてから少し外に散歩にでも行こう。
家に帰ってきたらこの特製ソースを使った料理とケーキを作り、盛大にお祝いをしよう。最後に誕生日プレゼントを渡せば完璧だ!
こうして、今日一日のスケジュールを確認しつつ、俺は浮かれ調子で歩いていた。
それでも鍋にはかなり気を使って歩いていたので、はやての家まで特製ソースを一滴もこぼさずにたどり着くことができた。
家にたどり着くと俺は鍋をこぼれないように注意しながら横に置き、玄関のチャイムを鳴らした。
はやてが喜ぶ顔を想像しつつわくわくして扉が開くのを待っていると――――――――中から薄紅色の髪をポニーテールした知らない女が出てきた。
瞬間、状況判断しようと頭をフル回転させる。
この女を俺は見たことがない。はやての話にもこんな特徴をもった女など出てきたことはなかった。
そしてこの女の服装。
薄手の黒いインナーウェアのみである。
明らかに普通ではない。
不審者と確定。
能力を発動し交戦体制をとる。
すると中にも知らない男女が三名いることが発覚した。
くそっ! こいつを瞬殺してはやてを助けなくては!
すると女もこちらの殺気に反応してすぐさま攻撃を仕掛けようとしてきた。
心を読んで腹部に蹴りを入れてこようとしているとわかった俺はカウンターを狙った。
しかし、外見とそぐわない神速の蹴りに俺は避けるので精いっぱいだった。
明らかに普通ではありえない。
最近は鍛えているから能力を使えば俺は問題なく大人だって倒せるのに。
なんだこいつは!
しかし、驚いているのは向こうも同じだった。
(馬鹿な! 今のタイミングでかわされただと! ならば!)
「レヴァンティン!!」
掛け声とともに女の手には剣が現れた。
これは魔法!!
俺は内心驚愕したがそんな反応をしている暇などなかった。
そのまま女は袈裟がけに俺に切りつけてきた。
目を見開き、全神経を集中してこれを躱すが返しが速い。
すぐに第二撃が迫ってきた。
くそっ! まだ中に三人もいるのにこのままではジリ貧だ! こいつに触れることさえできれば勝機はあるのに!
しかし、そんな余裕なんて欠片もなかった。
それどころか、このままではあと数回避けるのが精いっぱいだ。
かといって強引に距離を詰めることもできない。
完全な手詰まりの状況がさらに悪いほうへと進んでいった。
女の仲間が騒ぎを聞いて玄関まで出てきたのだ。
(敵か!!)
「グラーフアイゼン!!」
しかもこいつも魔導師のようだ。
ハンマーのような武器を出しやがった。
少女のなりをしたそいつは仲間の加勢をしようと俺にハンマーを振りかざしてきた。
女もそれに合わせて剣を振ってくる。
これは……避け切れない。
せめて、こいつらの顔を脳裏に焼きつける。
もし、はやてに何かしたら草の根分けてでも探しだして殺してやる。
そう覚悟して最後の時を待っていると
「やめーーーい!!!」
はやての叫び声が響いた。
すると俺に迫っていた剣とハンマーがピタリと止まる。
家の中を見るとはやてがすごい顔でこちらを睨みつけていた。
後ろには女の仲間と思われる金髪の女と犬耳の男が驚いた顔で固まっている。
「シグナム! ヴィータ! 何しとんねん!」
女と少女も驚いたまま固まっている。
かく言う俺も驚いているのだ。ここまで怒っている姿は初めて見る。
「し、しかし主、この男は」
「その人は私の大切な人や! 乱暴は許さへん!」
はやての有無言わせぬ迫力に二人はしぶしぶ武器を収めた。
しかし、まだ俺に対する警戒を解いておらず、いつでも襲いかかれる準備をしている。
だが俺はそんなことどうでもよかった。
はやてが俺を大切な人と言ってくれたのだ! こんなに嬉しいことはない! 涙が出そうだ!
俺が感動を噛み締めているとはやては心配そうに車椅子で俺に駆け寄ってきた。
「大丈夫か希君! どっか怪我とかしてへんか!?」
「……大丈夫だ。はやてが止めてくれたおかげで一撃も喰らっていない」
「ほんまに大丈夫か? ごめんなぁ、痛いところもないか?」
はやては俺が涙ぐんでいるのを勘違いして俺の体を調べ始めた。
優しさを直に受け取れてとても嬉しいがこのまま心配をかけるのは忍びないので調べ終わった後も心配そうにしているはやてに微笑みかけてあげた。
「本当に大丈夫だから。心配してくれてありがとう、はやて」
俺の言葉を聞いたはやてはようやく落ち着いてほっと息を吐き出した。
そして顔を上げると女と少女のほうを向いて叫んだ。
「シグナム! ヴィータ! どうしてこんなことしたんや!」
名前を呼ばれた二人はオロオロとしている。
はやてに怒られたのが堪えているようだ。
「いや、あたしは……シグナムが戦っているからてっきり敵だと思って」
「……すみません主。その男がいきなり殺気を出し始めたのでつい」
「だからっちゅうていきなり襲いかかることはないやろ! 武器まで取り出して! 死んだらどないすんねん!!」
「いや、これは一応非殺傷設定をしてありまして」
「そうゆう問題やない!」
「とりあえず、家に入って事情を聞かせてくれないか?」
なんだかこのままここで説教を始めそうだったのでとりあえず仲裁してあげた。
心を読んだところ、今の言葉に偽りはなく、はやてを守ろうとしただけだとわかったからだ。
なぜこんな状況になったかは知らないがとりあえずは敵じゃなさそうだ。
「……うん、そうやね。でもその前に、二人はちゃんと希君に謝りや」
「……悪かったよ」
「……すまなかった」
二人は渋々といった風だがちゃんと謝ってきてくれた。
まだ警戒を解いてはいないがここはこれで良しとしよう。
こちらとて警戒を解いたわけではないのだし。
「あぁ、こちらもいきなりすまなかった。てっきりはやてを襲う不審者だと思ってな」
俺も素直に謝ったが二人は釈然としないようだった。
仕方がない。とりあえずは事情を聞いてからどうするか考えるとしよう。
そう思ってはやての家に入ろうとして
「ああっ!!!」
「っ!? どうしたん!? いきなり!?」
俺の特製ソースが倒れていることに気がついた。
先ほどの戦闘中に倒れてしまったのだろう。
しかし、そんなことって……せっかくはやてのために一カ月丹精込めて作ったのに……今からじゃ作り直すことなんかできない……
俺がこぼれたソースの前で絶望に打ちひしがれていると襲ってきた二人は初めてばつの悪そうな顔をしてきた。
「いや、その……すまなかったな」
先ほどとは違い今度はちゃんと謝ってきてくれる。
しかし…………今更そんな謝罪なんかいらん!!
しばらくその場で打ちひしがれていた俺がようやく復活するとみんなでリビングまで移動した。
そこではやては昨日起こったことを俺に説明してくれた。
なんでも、誕生日の瞬間を迎えようと12時まで起きていると急に本棚の本が光り出してこの四人が現れたそうだ。その時は気絶してしまったが朝起きるとまだいたので事情を聴くと彼女たちは光り出した本、闇の書と呼ばれる者の守護騎士なのだそうだ。
守護騎士たちは主を守ることが使命でその主とは本の所有者であるはやてのことらしい。
「と、いうわけで、私はこの四人の主として衣食住の面倒をみることに決めたんよ」
……何がと、いうわけでなのかは分からないがともかく四人の面倒をみることにしたらしい。
はやてらしいと言えばはやてらしいが。
しかし、大丈夫なのだろうか?
心を読む限りこの説明に嘘偽りはないようだがだからといってすぐには信用できない。
こいつらがはやてを慕っているということもわかるが、何か大きなトラブルを巻き込んでくる可能性が高い。第一、何でこんなアイテムがはやての家に在るのかが一番の謎だ?
そこら辺をはやてに質問してみると
「わからへん。私が物心着いた時にはもう会ったやつや。あの、希君もみた鍵がかかっていたやつや」
あぁ、あの本のことだったのか。
しかし、問題解決とはなっていない。
仕方がないので騎士とやらに話を聞こうとすると
《主、これ以上この男に我々の情報を話すべきではありません》
話してくれる気はないようだ。
念話を使ってはやてに釘を刺してやがる。さっきから一々やっているが、意味がないってわからないのか?
《大丈夫やって、希君なら》
ほらまた却下されているじゃないか。
そんなに俺が信用ならないか。確かに第一印象は最悪だがそこまで警戒されるなんて。
過去に何かあったのか?
しかし、警戒されていようが今は手掛かりがこいつらしかいないので聞くしかない。
最悪、応用能力その一を使えば無理矢理でも情報は得られるが普通に聞けることは普通に聞いておこう。
そう思って俺は質問を続けることにした。
「それで、お前らのほうに心当たりはないのか?」
案の定騎士たちは話すのを渋ったがはやてに促されて仕方なしといったように教えてくれた。
「……闇の書は主が死ぬとランダム転移をするようになっている」
これも嘘はないな。その転移先がたまたまここだったというわけか。
しかしそうなると……
「前の主の死因は?」
「覚えていない」
これは半分嘘か。
くそっ! ちゃんと覚えていないだけで殺されているじゃないか! 最悪だ! なんでかは知らないがこの闇の書っていう奴は追われる立場ってわけか!
どうする? こんな危険なものはどこかに捨てておきたいがそれははやてが許してくれないだろう。
もうこいつらを受け入れると決めてしまったからな。
こっそりやるにしてもこいつら自身意思がある上俺よりも強いときてる。
だとすると俺に出来ることは……
俺が今後どうしようか考えているとはやては騎士たちに質問を続けていた。
「これでこの本に関することは全部教えてもろた形になるんか?」
「いえ、まだ続きがあります」
「なんなん?」
「ですが……」
騎士は俺のほうをちらりと見てまた渋っている。
まだ何か厄介なことがあるとでも言うのか?
「ええから」
やはりはやてには逆らえないようで続きを話し始めた。
「はい、闇の書には『蒐集』という能力があります。ほかの魔導師や魔法生物のリンカーコアを取り入れることで本のページが埋まっていきすべてのページを埋めることができれば主のどんな願いも叶えることができます」
「なんだと!!」
俺は思考をおもわず中断して叫んでいた。
どんな願いも叶えるだと! それなら、それなら!
「はやての病気も治すことができるって言うのか!!」
「……可能だ」
はやての病気が治る! なら捨てるなんてとんでもない!
何としてでも追手に捕まる前にすべてのページを集めなければ。
そう思っている俺の横ではやてはとんでもないことを言い出した。
「蒐集なんかする必要はないよ。叶えたい望みなんか特にないしな」
「「「「「なっ!!」」」」」
これにははやて以外の全員が驚きの声を上げた。
「なぜですか主!? 病気が治るかもしれないのですよ!!」
「そうだはやて! なんでだ!!」
俺と騎士が詰め寄るとはやては頑として言い放った。
「その蒐集ゆうんは集めるんが大変で相手にも迷惑がかかるんやろ? 私はシグナム達にそないな危険なことをしてほしくない。みんなには私の『家族』になってほしいんや。その『家族』が危険なことをしようとしとったら止めるんは当たり前の話や」
はやての目には強い意志が感じられた。こうなったら意見を変えることは不可能だろう。
せっかくのチャンスなのに。
そう思って落胆しているとはやては俺のほうを向いて微笑みかけてきた。
「希君にもそないなことの協力はしてほしくないな。心配せんでもいつか自分で治して見せるから安心してや」
……そう言われてしまったらもう何もできない。
仕方がない。はやてがそう望むのならあきらめることにしよう。
当初の予定通り、俺がもっと勉強して治せるようになればいいだけのことだ。
騎士たちのことも、面倒だがなるべく見つからないようにしてあげよう。
はやてがそう望んでいるからな。
こうして、騎士たちへの尋問は終わったが今度は騎士たちから俺への尋問が始まった。
「次は我々の番だ。一つ目、貴様は何者だ」
「ただの本好きの小学生だ」
これはウソ。ただの小学生は心の声なんか聞こえない。
「時空管理局の魔導師か?」
「ちがう、魔導師なんかじゃなければ時空管理局なんて知りもしない」
半分嘘。時空管理局のことは知っているが魔導師ではないはずだ。
「うそつけ! じゃあなんでシグナムの攻撃が避けられんだよ!」
「目がいいんだよ。動体視力が特にな。なんなら、調べてくれて構わないぞ?」
本当。だけどすべてではない。
確かに避けるのにこの目も必要だったが心を読んで先に動き出さなくては避け切れなかっただろう。
「シャマル」
ピンクのポニーテールの女が言うとシャマルと呼ばれた金髪がペンデュラムをとりだし俺の周りに展開させた。
「……本当よ。彼にリンカーコアはなかったわ」
どうやらこれで調べられたらしい。
それを聞いたヴィータとかいう少女が驚いた顔をしている。
「……では、なぜ主のそばにいる?」
「惚れているからだ。純粋に、守ってあげたいと思っている」
本当だ。これ以上にはっきりとした事実なんかないというくらいに。
はやては顔を赤くしていたが今回は場の空気が真剣だったために怒られることはなかった。
ただやはり恥ずかしいのか、この尋問を強制的に打ち切ってしまう。
「はいはい、もう質問タイムはおしまいや! 私は今からみんなの洋服を買ってくるから。希君、手伝ってな。シグナム達は留守番しといて」
しかしこれをシグナムとかいう騎士が止める。
「主! 危険です! せめて私たちにもお供させてください」
「いや、お供させろいうても着ていく服がないやん。そんなカッコじゃ外歩けへんよ」
「ぐっ! しかし」
きっぱりと断ったはやてになおも食い下がろうとする。
そんなに信用がないとはね。
というかはやてが困ってるだろうが。
仕方ない。
本当なら二人きりで行きたいのだが助け舟を出してやるか。
時間もないことだし。
「ならそこの紅の鉄騎とやらにはやての服を貸してお供させればいいだろう。ほかはサイズないかもしれんがそいつくらいならはやての服も着れるだろう」
俺の思わぬ助け船に少々警戒していた騎士たちだが、ほかに方法もないのでこの案を受け入れてくれた。
「なら、俺はこの蒼き狼とやらの採寸をしてくるから。そっちも終わったら教えてくれ」
こうして俺はザフィーラとか言う犬耳マッチョとともにニ階の部屋に移動していった。
無論先ほどの助言も今回の手伝いもただの好意からではない。
この守護騎士とやらと一対一で話がしたかったからだ。はやての前では言えないことをいろいろと言わせてもらおうじゃないか。
俺とザフィーラは無言のまま採寸を進めていった。
てっきり向こうから何か言ってくるかと思っていたが何も話しかけてはこない。
しかし、俺にとってはその方が都合がいい。
無言でいるときはたいてい何か考えているときだ。
その考えが誰かに聞かれているなんてまず思わないのでいろいろと情報収集ができる。
案の定、ザフィーラは俺とはやてについて考えていた。
(今回の主はかなり変わっているな。蒐集をしないどころか我らに家族に成れとは。しかし、悪い気はしない。主も望んでいるのだから、しばらくは様子を見ることとしよう。問題は管理局、そしてこの少年だ。管理局についてはとりあえず大丈夫だろう。ここは管理外世界のようだからな。蒐集をする必要もないので静かに暮らしていればまずみつからんだろう)
管理局に対しては同意見だな。
先ほど、能力で高町を探って見たが特に何か感じていた様子もなかった。
ならば、騒ぎさえ起こさなければ、こんなところにわざわざ調査なんかに来ないだろう。ただでさえ人手不足なのだから。
(今はこの少年、こちらの対処の方が火急の問題だ。主とそれなりに親しいようだが。ただの人なら気にする必要もないのだろうがこいつはシグナムの剣を避けれるほどの戦闘能力を持っている。非魔導師でありながらだ。こんなことは、今までいろいろな世界にいたがあり得ないことだ。何か秘密があるとしか思えない。その秘密が主にとって害になるのかどうかが問題だが……)
あり得ないっていうのは言い過ぎだと思うが。
確かに俺は異常だが、この街には俺以外でもあの剣に対抗できる人間くらいいる。高町の兄とか。あの一家も普通ではないが。
しかし、警戒はされているがヴィータとシグナムほどではないようだな。
思考も終始、はやての安全のためのものだったし。
これなら、俺の要求も通りやすそうだ。
「採寸は終わった。まだあちらは時間がかかりそうだから今のうちに話しておきたいことがある」
「……なんだ?」
俺の唐突な発言にザフィーラは警戒心を強めるが、聞く姿勢は保ってくれている。
これならちゃんと最後まで話せそうだ。
「俺はお前らのことを信用していない」
「…………」
「魔導師云々のことは信じるとしても他はまだ信用できない。はやてを守護するために現れたとか言っていたがそれが一番信用ならない。大体お前らは追われる立場なのだろう。むしろ、厄介事を運んできたようにしか見えない」
「…………」
「だが、はやてはもうお前らを受け入れてしまった。俺がどうこう言ったところでどうにもならない。ならばせめて、俺だけでも警戒はさせてもらう。はやてに火の粉がかかるようなことをするようなら、全力でお前らを排除するからそのつもりでいろ」
「……好きにしろ。我らとて貴様を警戒している」
ザフィーラは黙って俺の言葉を最後まで聞き続けてくれた。
ヴィータやシグナムなら話の途中で激昂して、前に進めないところだっただろう。
こいつを初めの説得相手に選んだのは正解だったようだな。それに、多少なりとも思い当たる節もあるようだ。
さて、ここからが本題だ。
「しかし、それだははやては納得しないだろう。おそらく、俺とお前らにも仲良くしてほしいと思っているはずだ」
「……何が言いたい?」
ザフィーラは怪訝な顔をして俺に訪ねた。
(確かに主はそう思っていそうだが先ほど、双方相容れないと言いきったばかりだ。この問題はどうしようもないだろう)
そんなことを考えているようだが、手がないわけではない。
それを今教えてやろう。
「この問題を解決するためにはせめて、はやての前だけでも態度をもっと軟化させてほしい。俺は頻繁にこの家に来るからそのたびに先ほどのような態度を取られてははやての負担になる。はやての前以外では別にどんな態度でもかまわないから少しだけ協力してほしい」
そう言って俺はザフィーラに頭を下げた。
少なくとも、俺はそうするつもりなのだ。できれば騎士たちにも同じことをしてもらった方がいい。
その方がはやての負担にならないで済むからな。
「……なぜそこまでする。我らのことが気に入らないのではなかったのか?」
俺が頭を下げたのが意外なのか、ザフィーラは驚いていた。
先ほどまで敵意むき出しだったがしょうがないか。
しかし、ずいぶんとまた間抜けなことを聞いてきたものだ。さっきも言ったと思うのだが? 聞いていなかったのか?
「はやてに惚れているからだ。はやてに笑顔でいてもらうためなら、この程度のこといくらでもしてやる」
俺は真っすぐと、真剣な表情で言い切った。
嘘偽りのない、正直な気持ちだった。
ザフィーラはしばらく黙って考えていたが、そうしている間にはやての採寸も終わり部屋に戻ることになってしまった。
このまま答えを聞けずに終わるかと思っていると
「まだ、貴様のことを信用はできない。しかし、貴様の言うことも尤もだ。主のためにもいつまでもこのような態度を取ることは止めにしておいてやる」
そう言い残してさっさと一人で戻ってしまった。
説得成功だな。後は、強情そうな二人をどうするかだが、それははやてとの買い物を楽しんでいる間に考えることにしよう。
そう思った俺ははやてを待たせてはいけないので急いで部屋に戻って行った。
部屋に戻るとシグナムとシャマルが疲れた様にぐったりとしていた。
はやてははやてでホクホク顔で「いや~、これはええもんやったわ。はまりそう」とか言っているし。
……なんだかはやてがよくない物に目覚めてしまった気がしてならない。
……いいか、スルーしよう。
現在、俺ははやてとヴィータとともに近くのデパートまで来ている。
ヴォルケンリッターズの服と、今夜のパーティー用の食材を買い足すためだ。
騎士たちが来るなんて考えてもいなかったので用意していた量だけでは足りなかったのだ。特製ソースもなくなってしまったし。予定が完全に狂ってしまった。
俺のソースが……
そんなふうに若干落ち込んでいる俺を放っておいて、はやてはヴィータと共に楽しそうに服を選んでいた。かれこれ二時間近くは選んでいる。
対するヴィータははやての好意的な態度に若干戸惑っているようだ。今までの主は騎士たちを道具扱いしかしていなかったようなので仕方ない。
しかし、はやてをそんな奴らと一緒にしないでもらいたいな。
はやてはとても優しい子なのだから。
やっと服を選び終えた俺たちは地下の食品売り場まで来ていた。
後は、俺が食材を買いそろえれば買い物は終了だ。
「ほな、シグナム達も待っとるし、さっさと終わらせようや」
そう言ってはやても一緒に食材コーナーへと進もうとしたが
「待ってくれ、はやてはここで待機していてくれないか?」
俺はそれを止めた。
「なんでや?」
はやてが振り返って不思議そうに聞いてきた。
やばい。メチャクチャ可愛いじゃないか。カメラ持ってくるんだったな。
「パーティー料理はサプライズが基本だからな。材料もなるべく秘密にしておきたい。なるべく早く帰ってくるから少しだけ待っていてくれ」
「う~ん、わかった。ほんなら、待っとるわ」
はやては少し残念そうにしていたが素直に俺に従っていくれた。
そのままはやてをベンチまで連れて行き、
「すぐ戻ってくるからな。行くぞ、紅の鉄騎」
ヴィータに声をかけた。
するとヴィータは俺のことを睨みつけてきた。
「なんであたしまで行かなくちゃいけねーんだよ」
当然のようについてくる気はなかったようだ。
というかはやてのそばを離れる気がないのだろう。
今までだって車椅子を押すのこそ俺に任せていたがずっと横に張り付いていたし。
しかし、ここで来てもらわなくてはこちらが困る。
「一人では持ち切れないし時間がかかる。それに、誰のせいで買い足しをする羽目になったと思っているんだ」
「うっ」
俺の正論にヴィータは少し怯んだ。料理を駄目にしたことに多少なりの罪悪感はあったようだ。
「ヴィータ、手伝ってあげてや。私は一人で大丈夫やから」
「くっ、はやてがそう言うんなら。さっさと行くぞ」
はやての援護もあってヴィータは俺についてきてくれることとなった。
よし、うまくいった。
俺たちははやてをそのままベンチに残し食品コーナーまで歩いて行った。
はやてが見えなくなった辺りで俺は本題に入る。
「さて、紅の鉄騎。お前に一つ忠告しておく。あまりはやての前で俺に殺気を向けるな。はやてが気にするだろう?」
「あぁん! だったらテメーが消えればいいだけのことだろう」
ヴィータはすごい勢いで俺を睨みつけてきた。
今にも俺に殴りかかってきそうな勢いだ。
「それはできない。お前らが俺を信用していないように、俺もお前らを信用していない。そんな奴らにはやてをまかしておくことなんてできない」
「なんだと!」
ヴィータが怒鳴り声をあげたせいで周りの人たちがビクッと反応する。
予想していたとはいえもうちょっと周りのことも考えてほしい。
はやてに聞かれたらどうするんだ。
「しかしはやてがお前らを受け入れている以上俺にはお前らを排除することができない。だから警戒だけでもしておく。ただ、そんな態度を取っていればはやてが気にするからそれを見せないようにくらいはしないとな。別に仲良くしろと言っているわけではないんだ。はやてのためにはどうした方がいいかくらい考えろ。じゃあ、俺は精肉コーナーに行ってくるからお前はこれを買っておいてくれ」
俺はそう言ってヴ―タにメモを渡すとそそくさとその場を離れてしまった。
ヴィータは何か言いたそうにしていたがそのまま追ってくることはなかった。
こいつはすぐ熱くなるタイプのようだから、少し間を置いた方がいい返事が利けるだろう。
欲しい物をそろえてレジに行くとタイミング良くヴィータもレジに来ていた。
まぁ、能力使って監視していたので当たり前なんだが。
ヴィータも俺を見つけると睨みつけながらも近づいてきた。
「……書かれたものは揃えたぞ」
「あぁ、ありがとう。さっさと買ってはやての元に戻るとしよう」
すぐにレジを済ませてはやての元に戻って帰ることにした。
道中、ヴィータは相変わらず俺に友好的ではなかったがそれでも殺気を向けては来なくなった。
なんだかんだでわかってくれたようだ。
さて、あと二人か。どうなることやら。