俺たちが帰宅するとはやては早速皆を着替えさせ、ファッションショーを始めた。騎士たちは困惑していたがはやては実に満足そうだった。
俺はその間急いで部屋をパーティー用に飾り付けをしていたので見ていなかったが。
その後、遅めの昼食を取ってから俺はキッチンを独占した。本当ならはやてと遊ぶ予定だったが量が増えてしまったので今から作り始めなくては間に合わなくなってしまうのだ。
はやても騎士たちのバリアジャケットの形を考えなくてはならなず、忙しいので仕方ないのだが。
それでも残念だ。
そう思って若干ローテンションで料理を続けているとシグナムがキッチンに侵入してきた。
俺は手を止めずに声をかける。
「何か用か? 心配せずとも毒なんか入れていないぞ」
シグナムは俺の言葉に反応せず、ただ黙って俺を険しい顔で見ているだけだった。
仕方がないので能力を使って探ってみると
(この男は本当に何者だ。ザフィーラとヴィータの話を聞く限り、主への好意は本物のようだが油断できない。そもそも、こんな子供になぜ私の剣が見切れる? 確かに、魔導師ならば稀に幼くして私と戦えるほどの才能を開花させている奴もいるが、それでもあのタイミングと間合いで避けるなんてまずできないだろう。ましてこいつは非魔導師だ。用心に越したことはない。万が一にも、主を危険にさらすわけにはいかないのだ)
……なんというか、随分と高い評価を貰っているな。
しかし、こうも皆がはやてのことを思っているとなると少々こいつらへの態度を軟化させてもいいかもしれないな。
まだ警戒は解かないが。
とりあえず、いい機会だからこいつにも俺の考えを教えておくか。
「警戒を解けとは言わないがいつまでもはやての前でそんな態度を見せるなよ。はやてが気に病む」
「……その話は聞いた。貴様の提案に乗るのは癪だが主のためだ。協力してやる」
なんだ、素直に協力してくれるのか。意外だ。
しかし、それならば俺から言うことはもうないな。
「ならいい。後は好きにしてくれ」
そう言って俺は料理に集中しようとしたがシグナムの話はまだ終わっていなかった。
「一つ聞きたい。なぜお前は私の剣を見切ることができた? ただの子供にそんな芸当ができるはずがない。我々がお前を警戒する一番の理由はそれだ。納得のいく説明がほしい」
「さっきも言ったろう? 多少体を鍛えていたし、何より、俺は動体視力が良いんだ」
「多少動体視力がいい程度で避けられるほど、私の剣は甘くない」
シグナムは納得できないようだ。
相当剣に自信があるのだろう。確かに凄まじかったからな。能力がなければ初撃でやられていただろうし。
しかし、本当のことを喋るわけにもいかない。何とか誤魔化さなくては。
そう思った俺はメモ帳を指差し、シグナムに指示を出した。
「そのメモ帳の何処でもいいから好きなことをかけ。そして閉じた後、俺に向けてできるだけ早くパラパラと捲ってみろ」
シグナムは言われたとおりに何か書いた後、俺に向けたメモ帳を捲って見せた。
「……45ページの右下に小さく『烈火の将』か」
「何っ!」
驚いたシグナムはあわてて自分が何ページ目に書いたのか調べ始めた。
このメモ帳にはページ数はかいていない。
つまり俺はあの一瞬でページ数まで数えていたのだ。
確認を終えたシグナムはさらに驚いていた。
「これでわかっただろう? 俺の眼の良さは多少程度じゃないんだよ。弾丸に書かれた文字だって読み取れる自信はある」
実際はそこまで出来るとは思わないが多少誇張したところで今は信じるだろう。
それにこれくらいは言わないと、シグナムの剣を避けた言い訳にはならないだろうからな。
案の定、シグナムは俺の言葉を信じたようだった。
「……確かに多少程度ではないようだな」
「あぁ、それに避け方自体はそれほど熟練したものではなかっただろう? 格闘技の本を読んだことはあるが戦闘の経験はないからな。紅の鉄騎が加勢に来なかったとしてもあと1,2撃避けるのが精一杯だっただろうし、何より反撃の手段がなかった」
確かに、とシグナムは先ほどの戦闘を思い出して考えていた。
俺の戦い方は避けれている割には精彩さに欠けていたようだ。
ふむ、いつ敵が来るかわからない状況になってしまったことだし、もう少し鍛えてみるか。
しかし、シグナムはまだ疑問が残っているようだ。
「その目はどうやって手に入れた」
俺の異常な目の良さに何か改造処置を施されたものだと思ったようだ。
魔法ってそんなこともできるのか? だとしたらすごいな。
「生まれる付き良かったが本を大量に読むために鍛えた。はやてに聞けばわかると思うが俺の特技は速読だ。今のようにパラパラと捲っただけで本の全内容を記憶できる」
これははやての前でも普通に見せている。初対面の時もやってしまったしな。
一度、本当に読めているのかと疑われたときにテストされたが余裕で全問正解だった。
この時ははやてに褒められてすごい嬉しかったな。
だが、調子に乗って手あたりしだいに速読したらすぐにはやてと通っている図書館の本もすべて読み切ってしまった。おかげで図書館にいるのに別の所から持ってきた本を読まなくてはならなくなってしまった。
まったく、面倒臭い。
「主に確認を取って見るがとりあえず信じてやる。だがまだお前を信用したわけではない。妙な真似をしたらすぐにたたっ斬ってやるから覚悟しておけ」
そう言い残してシグナムはキッチンから去って行った。やれやれ、なんだかんだ言っていたが本題は俺に釘を刺すことか。
言われなくても、俺ははやての害になることなんかしない。
しかし、とりあえず話し合いができて良かった。
後一人、話していない奴もいるが、とりあえずは料理に集中するか。
そして俺はパーティー料理作りに専念することにした。
しばらく料理を続けていると今度ははやてがやってきた。
なんだろう? つまみ食いにでも来たのか?
「どうしたはやて? 何か用か?」
「うん、あとどれくらいでできるんかなぁと思て見に来たんよ」
「あぁ、それならもう少し時間がかかる。すまない。お腹がすいてしまったのか?」
思っていた以上の量にだいぶ時間が押してしまっているからな。
はやてを空腹にさせてしまっただろうか? それならば急がないと。
「あぁ、そうやないねんけど。それならちょっとの間こっちの部屋に入らんでくれるか?」
「部屋に入らないで欲しい?」
なぜだろう? まさか奴らに説得されて俺のことが嫌いになってしまったのだろうか?
いや、はやてはそんなことで嫌ったりはしないはずだ。それに奴らもそこまで変なことを言っていなかったはずだし……
いや、でも、万が一……
「いや別にそないな顔せんでも変なことは言わへんよ。別に希君のことを嫌いになったわけでもない」
そう言ってはやては俺のことを窘めた。
……そんなに顔に出ていたか? 自分じゃ何も変わっていないと思っていたんだが。
しかしそれなら何を話すんだろう?
「俺が聞いたら拙い話でもするのか?」
「う~ん、まぁそこまで聞かれたらまずいっちゅう訳やないけど……聞かれたらはずいねん」
「ん? すまないはやて。よく聞こえなかったんだが」
なぜはやては赤くなっているんだ? 可愛いけど。
「ああ、もう! あれや! ガールズトークするつもりやから希君は聞いたらあかんねん!」
「ガールズトーク?」
「そうや! そうゆうわけやから聞いたらあかんで。終わったら言うからまっとってや」
「? わかった」
そう言ってはやてはそそくさと部屋に戻ってしまった。
しかし、ガールズトークって何を話すのだろう? というかガールズなのにザフィーラはいいのか?
……気になる。
だが、はやてに聞くなと言われてしまったからな。我慢しよう。
後、能力も切っておかなければ。勝手に聞こえてしまう。
騎士たちを監視から外すの少々不安だが、今までの奴らの行動と考え方を見ればはやてに害なすことはしないだろうし。
しかし、気になるなぁ。何を話す気なんだ? はやては。
しばらくしてはやての話が終わるころとなると、俺の準備もすぐに終わった。
「……これは」
「……うめぇ」
「あらあら、おいしいわねぇ」
「…………」
夕食時、出来上がった料理を振舞ったがとても好評だった。
シャマルは普通においしいと言ってくれたしヴィータやシグナムも思わず声が出てしまっていた。ザフィーラは感想を言ってくらなかったががつがつと食べまくっていたのでおいしかったのだろう。
何より
「メチャうまいやん! さすが希君やなぁ」
はやてが喜んでくれている。
これだけで頑張った甲斐があったというものだ。
「ありがとう、まだあるからどんどん食べてくれ」
俺は笑顔で皆に促した。
はやてがおいしいと言ってくれる度に、俺の顔はどんどん弛んでいった。
あぁ、おいしそうに料理を頬張るはやて可愛い。天使のようだ。これを見るために俺は生まれてきたんじゃないだろうか。ずっと見ていたいなぁ。あぁ、可愛いなぁ。なんでこんなに可愛いのだろう?
そんなふうにだらしなく笑っている姿を見て、騎士たちは驚いていたが俺は無視した。
今ははやての顔を見るのに忙しいのだ。
そうやって見続けているとはやてもそのことに気付いたようだ。
「なんや、私の顔になんかついてるか?」
そう言って確かめるように自分の顔をペタペタと触りだした。
あぁ、本当に可愛いなぁ。
「いや、はやてが俺の料理をおいしそうに食べているのを見れて幸せだなぁと思って。可愛いよ、はやて」
俺の素直な感想にはやては
「だから恥ずかしいセリフは禁止やってゆうとるやろ」
と、注意してきた。さすがにもう慣れたのか顔が真っ赤にはなっていない。
「……でも、まぁ、ありがとうな」
しかし、若干耳を赤くしてお礼を言ってくれた。
いろいろと予定がくるってしまい大変だったがそれだけでもう、今日一日の苦労が報われた気がした。
「どういたしまして。それと、誕生日おめでとう」
そして、思い出してみれば今日一日ずっと言っていなかったお祝いの言葉をはやてに伝えた。
俺の料理は最後に出した誕生日ケーキまですべて好評価をもらえた。特に、最後のケーキに至ってはヴィータを『ギガうめぇ!』と叫ばせるほどのものだった。
菓子作りが一番得意だからな。特製ソースが使えなかった分、特に気合を入れた甲斐があったというものだ。
料理を食べ切った後、俺ははやてに誕生日プレゼントを渡した。前にはやてが欲しがっていた新しい鍋だ。
「ありがとう、希君。覚えとってくれたんやね」
今度ははやてもちゃんと受け取ってくれた。
よしっ! やっとプレゼント作戦成功だ!
俺は思わずガッツポーズをして喜んだ。
騎士たちは誕生日プレゼントが用意できなかったので悔しそうに俺の様子を見つめていた。
それに気付いたはやてが慰めたおかげだいぶ機嫌は治ったが少し落ち込んでいるようだ。
その後、俺が後片付けをしている間にはやて、ヴィータ、シグナムの三人はお風呂に入った。できれば、家にいる間はずっと一緒に居たかったのだが何もしないでいるとはやては片付けを手伝うと言いだしそうだったので、俺が勧めたのだ。
それに、まだ話したい人もいたのでな。
片付けが終わり、俺がリビングに行くと相手も待っていたようで俺に話しかけてきた。
「少し、お話ししない?」
「あぁ、俺も話がしたいと思っていたところだ。風の癒し手」
俺がシャマルの前に座るとザフィーラは立ち上がり部屋を出て行った。
どうやら一対一で話をしたいらしい。
こちらとしてもありがたいことだ。
先に話を切り出してきたのはシャマルからだった。
「あなたの考えは他の騎士たちから聞いたわ。あなたは私たちがあなたを信用していないのを知っている。その上で、私たちにあからさまな敵意を見せないでほしいのよね。はやてちゃんのために」
「その通りだ。加えて言うのなら俺もお前たちを信用していない」
おおむね、状況は把握しているようだ。さてどう出るかな。
するとシャマルは意外なことを言い出した。
「そう。なら一つだけ。ヴォルケンリッターとしての意思はあなたの知っている通りだけど、私個人のとしてはあなたを信用してもいいと思っているわ」
「なに?」
何かの罠かと思い、能力で確かめてみても今の言葉に偽りはないようだった。
「あなたの今日一日を監視させてもらったけど、すべてはやてちゃんのためを思った行動をしていたわ。特に、夕食時の会話は演技とは思えないほど嬉しそうだった。少なくとも、はやてちゃんの害になるようなことはしないと判断できるほどに」
なるほど、そんなに嬉しそうだったか。確かに嬉しかったがそんなに顔に出ていたとは。
自分ではわからないものだな。
シャマルの話はまだ続いた。
「シグナムの剣を避けれるほどの戦闘能力は確かに脅威だけれど、それも決して抑えきれないものではないわ。それに、ここは管理外世界のようだし時空管理局とのつながりがある可能性も極めて低い。何より、はやてちゃんも好意を持っているようだし」
そこでシャマルの話は終わったようで俺の反応を待っている。
しかしおれは最後の言葉が気になってそれどころではなかった。
「本当か? 本当にはやては俺に好意を持っているようだったか? 勘違いとかじゃないのか?」
「え、えぇ。私が見る限りそう感じたわ」
俺の異常な詰め寄りにシャマルは若干引いていたがそんなことは気にならなかった。
そうかぁ。よかった。
俺自身嫌われているとは思っていなかったがたまに不安になることがあったからな。俺が勝手にそう思っているだけではないかって。
しかし、他人から見ても好意的だったとなれば勘違いではないのだろう。
本当に良かった。
俺がトリップしているとシャマルが気遣って声をかけてきた。
「あの、どうしたの?」
「あぁ、すまん。ちょっと嬉しくてな」
その声で現実に戻ってきた俺は気を引き締め、真剣な表情をして自分の考えをシャマルに伝えた。
「信用してくれると言うなら俺も言うことはない。ただ、それだけではまだ俺の方は完全にそちらを信用はできない。しかし、こちらももっと時間をかけてお前らを見極めてからなら、仲良くできるかもしれない。はやての家族なんだ、できることなら俺も仲良くしたいからな」
「……私たちをはやてちゃんの家族として認めてくれるの?」
シャマルは意外そうに驚いていた。だが、これは俺がどうこう言うものではない。
「はやてがそう望んだからな。俺が何を言おうと、もうそうなってしまっている」
「……ありがとう」
俺の言葉を受け取ったシャマルは嬉しそうに礼を述べた。
それで話し合いは終わり、ザフィーラも部屋に戻ってきた。
念話で呼んだのだろう。
程なくしてはやてたちもお風呂から上がり、今朝のような殺伐とした雰囲気もなく俺たちはまったりと時を過ごすことにした。
騎士たちも俺との約束を守ってくれているようだ。
やがて、俺は帰る時間なる。
はやてが玄関まで見送りに来てくれたが、騎士たちは空気を読んだのかついてこなかった。
シグナム辺りは付いてくると思ったんだが。
まぁ、二人っきりになれて嬉しいからいいか。
「名残惜しいが今日はもう帰るよ」
「うん、今日はいろいろとありごとうな。楽しかったわ」
「俺も楽しかった」
そう言って帰ろうとしたが俺はあることに気付いた。
「っと、そうだった。忘れるところだった」
「? どうしたん?」
俺はそう言ってポケットから小さな包みを取り出すとはやてに渡した。はやてがそれを開けると中にはヘアピンが一組入っていた。
「これも誕生日プレゼントなんだ。ただしこれははやての欲しい物じゃなくてただ単に俺があげたいものだ。受け取ってもらえないか?」
バニングスに誕生日プレゼントのことを話した時「鍋なんてありえない!」と言われたので念のため用意したものなのだが、はやてが鍋を喜んでいたので忘れていた。
俺が持っていても仕方がない物なのでできればもらってほしい。
それに、つけている姿も見てみたい。
「ええの?」
はやては遠慮がちに聞いてきたので俺は笑顔で答える。
「はやてに貰ってほしいんだ」
「……ありがとう」
するとはやてはすぐにそのヘアピンをつけてくれた。そしてうれしそうに俺に感想を求める。
「どうや? 似合ってるかな?」
「……あぁ、最高だ。可愛いよ」
そのまま、嬉しそうにヘアピンを眺めているはやてを見て俺まで笑顔になる。
あぁ、このまま時が止まればどんなにいいだろうか。
しかし、そういうわけにもいかず今度こそお別れの時間になってしまった。
「それじゃあ、またな、はやて」
「うん、またね、希君。このヘアピン、大切にするからな」
そして俺ははやての家を後にした。
色々あったが最後にはやての笑顔を見ることができたので、良しとするか。
そう一日を振り返りながら、俺は帰路についた。