Stage6 ~天使の空間~
本来ならば何であろうと立ち入れない領域
その空間は天でも無く地でも無く空でも無く
この世の全てとかけ離れていた
「──」
そこは、幻想だった。
言葉の表現としておかしいのは理解している。
しかし最も適切な言葉を上げるとなると、やはり幻想だと言うべきだ。
博麗霊夢は、素直にそう思う。
黒い、空間。
背後の入り口から先に広がっているのは、無限の空間。
入り口の後ろにさえ、何も無い。
地面が無く、空を飛ばなければ真っ逆さまに落ちて行くだろう。
黒い世界には、光がある。
小さな小さな光点が、遠くに。
沢山の光点は銀河のようで、まるで月から見た宇宙のよう。
「来たか。君が来ると思っていたよ」
そんな、幻想の空間に通る声。
空気を震わせたとは思えないような、透き通った声。
これ程、声で無いとはっきり分かる声も少ない。
「……アンタが異変の犯人ね」
「そうだ。良く来てくれたね、歓迎しよう。生憎と、お茶は出せないが」
声の主は、ふわりと霊夢の前に浮く。
紅白の巫女服を揺らす彼女は、ソレを見た。
一目見て思ったのは、人間では無いということ。
長い、宝石の如く輝く金の髪に、金で作られたような輝くローブ。
ローブの隙間から見える素足は、彫像のように白く完璧だった。
瞳は、透き通る蒼さ。
人では無い者の、輝き。
~守護天使~ エイワス
ここまで人の外見に違和感を覚える人外は、始めてだった。
(結構、やばいかもね……)
弾幕ごっこは単純な実力で決まらないとはいえ、実力も少なからず関わってくる。
そういう意味では、目の前の人外はかなりの危険度だと、霊夢の勘を含む全てが警報を鳴らしていた。
「それじゃあ、今すぐ異変を止めなさい」
霊夢の言葉に、揺らぎは無いが。
「ふむ。私の目的はもう果たされた。なのでもうjhamlguxnyを解除してもいいのだが──」
「はっ?」
言葉に紛れ込んだ、不思議な言語。
まるでノイズをかけたかのような、変な言語に霊夢の耳には聞こえた。
エイワスも失敗だと思ったのだろう。
顎に手を当てつつ、
「いや、すまない。言語に表すのは難しい事柄なのだよ。簡単に言うと、そうだな。『震動』と言おうか」
魔術などでは、言語で説明出来ない事柄が幾つか実在する。
膨大な理論と概念と現象を、一言で纏めれる言葉が存在しない、もしくは世界が表し切れ無いのだ。
霊夢は幸いにもそれを知っていたため、特にどうこう言うつもりは無かった。
「で?目的が何か知らないんだけど、もう『震動』を止めてもらえるかしら?」
「ほう、意外だな。博麗の巫女」
彼、もしくは彼女は笑う。
まるで、玩具を見つけた子供のような、少しばかり悪寒が走る笑顔。
「君は力づくで問題を解決するのだろう?」
「それは私だけじゃないわよ。他の奴らだってそうでしょ?」
心外だ、と言わんばかりの態度で反論する霊夢。
しかし、エイワスの言葉に揺らぎは無く、得体のしれない言葉は続く。
「そうだな。だが、君は違う。博麗の巫女──誰にも縛られず、何物にも縛られない。誰に対しても平等で、絶対的な中立。余りにも、異常な存在」
霊夢の表情が歪んだ。
当たり前だ。
自分の性格やら存在のあり方やらを赤の他人に事細かく言われたりしたら、誰だって多少は不愉快になる。
「故に、君は自分の望む通りに行動出来る訳だ。ならば何故、その力を振るうのを躊躇う?」
「……あのねぇ」
はぁ、と霊夢はため息を吐く。
そんな簡単なことか、とばかりに。
吐いて、吐いて、吐き出してから、疑問を投げかけた人外へこう答えた。
「面倒だからに決まってるでしょ」
質問の答えが、予想外だったのだろう。
呆然と、エイワスの表情から力が抜けた。
目を見開き、キョトンという擬音が似合う表情。
それは、次の瞬間に一転して、
「フ、フフフッ……」
笑いに転じた。
顎に手を当て、緩やかな微笑みを浮かべる。
絵にしたら間違い無く一世紀以上に渡って名を響かせる名作になるだろう。
それだけ、その姿は完璧なまでに美しい。
「何よ」
「いやいや、博麗の巫女は常識にすら縛られないのかと思うとつい、な」
「最低限の常識はあるわよ。異変を解決するくらいには」
他人が聞いたら首を傾げてしまいそうな反論。
それを受けて、エイワスは更に笑みを深めつつ言葉を発する。
「興味深いな。やはり、異変を起こして正解だったよ」
「馬鹿みたいな目的ね。こっちは大変迷惑だったってのに」
「蜂蜜代わりの餌としては、丁度いいと思ったのだがね」
「まぁいいわ」
で、と。
霊夢の言葉が区切られると同時、札が彼女の周りを舞い始めた。
空間が特殊でも札の動きに差異がないことを、彼女は確認する。
面倒だと、思いながら。
「目的も、心底苛つくけど叶えたようだし、震動を止めてもらえるのよね?」
「そうだな……こんな言葉がある」
エイワスは、上へと浮かぶ。
上や下などの概念が辛うじて存在するその空間で、
それは両腕を横に広げた。
磔にされた聖人のように、穏やかに、美しく。
瞬間、翼が出現した。
蒼い、翼だった。
逆に目に悪影響をもたらしそうな程輝く翼。
異常な程の力を持つ翼が、遮る物のない空間に広々と広がる。
百メートルを越す翼は、空間へと蒼白い不気味な光を放ち、エイワスの頭上には、一つの蒼い輪。
これこそが、真の天使の姿。
しかし、霊夢が引き下がることはない。
「『汝が法を示せ。それが汝の法とならん』」
「良い言葉ね。間違い無く私向き」
幻想郷の巫女として、博麗霊夢として、彼女は構える。
対するエイワスは、未だに笑っていて、翼だけが僅かに縮小した。
「見せてみたまえ、君の法を」
「私の法は結構キツイわよ!」
弾幕と弾幕が衝突し、無限の演奏曲となる。
響き渡るのは、光と音。
楽しい楽しい、弾幕ごっこの証。
ドパアンッ!!と、音が何処までも響き渡った。
大地も天も無いため、音が現実ではあり得ない距離まで響いて行く。
音の原因たる大量の札を放った霊夢は、
「むっ」
顔をしかめる。
放った茜色の札の数は百。
文字通りの弾幕として放ったそれは、全て吹き飛ばされていた。
蒼い翼の一振りで。真横に翼が振られただけで。
簡単に、一瞬の拮抗さえ無く。
烈風は彼女の体を叩き、空間を何処までも吹き荒んで行く。
(まいったわね)
どうやら単純な力の総量が桁違いのようだ。
一方通行より、ある意味ヤバイ敵。
普通のただの殺し合いなら、霊夢の勝ち目は一割を切っていたかもしれない。
それくらい、目の前の存在は危険だった。
そもそも、世界へ何の影響も無しに存在していいものでは無い。
この天使かどうかさえ怪しい存在に勝てる者など、精々龍神くらいだろう。
だが、これは弾幕ごっこなのだ。
妖精でさえ神様に勝てる。
それが、弾幕ごっこの肝。
「さて、まずは一枚目と行こうか」
翼を背中側に伸ばし、エイワスは告げる。
表情はこれからの楽しみ以外、眼中に無いと分かる笑み。
その手には、何時のまにか一枚の蒼いカードが握られていた。
星のように輝くカードは、エイワスの意思を持ってして発動する。
彼女の上空から、何処までも響く不思議な声が放たれた。
「第一番目「銀の如きもの」」
霊夢は飛んだ。
その動きに一瞬経たず、銀が弾ける。
先程の翼の攻撃を、霊夢は体を下げることで躱した。
かなりの余裕を持って。
が、これは弾幕だ。
そして、体を高速で動かさないと当たるような。
「くっ!」
襲ってきたのは、小さな銀色の礫。
流星群のように空間を駆け巡り、時折合体したり分離しながら空間を埋め尽くしてゆく。
かなり、動きとしては単純な弾幕だった。
一つ一つの威力と速度と、数を除けば。
威力は、森を吹き飛ばす程。
速度は、音速と同格。
数は、万を越していた。
「っ!」
視界を埋め尽くす銀色。
圧倒的な弾幕。
普通の者ならば躱すことを諦め、最低限の被弾で済ませようとするだろう。
中には、音速以上の速度で弾幕に対抗したり、弾幕自体を破壊する者も居るかも知れない。
だが、霊夢は躱した。
「!」
ジグザグに、スピードに緩急をつけながら横移動を繰り返す。
頬を銀色が掠るのにも構わず、流星の中を翔る。
結界を張ることも、弾幕を相殺することもない。
ただ、躱す。
身を捻って、袖が撃ち抜かれても彼女は前進を止めず、
「ふっ!」
「ほう」
エイワスの十メートル手前まで接近した。
今だに弾幕は星となって降り注いでいるが、彼女は無視している。何故か、彼女の居る場所には弾幕が降り注がなかった。
関心したように呟く人外へと、彼女は腕を振るう。
生半可な一撃では駄目だ。
それなりの一撃を叩き込まなければ、スペルブレイクさえ不可能。
「霊符「夢想封印 集」!」
なので、それなりの力を叩き込む。
霊力の波動による、スペル発動の光と音が巻き起こる。
普段よりも輝く光球が彼女の周りに出現し、真っ直ぐ解き放たれた。
銀色の礫を砕き、光球は虹の輝きを放ちながら、浮かぶエイワスへと向かう。
エイワスは、一切の防御行動を取らなかった。
翼さえも、ぴくりとも動かない。まるで、全てを受け入る女神のように。
そして、まともに衝突。
光が炸裂し、大爆発が引き起こされた。
空気を震わす轟音が、辺りを駆け巡る。
音とともに衝撃による波が、周囲を叩く。
「っ、とっ!」
衝撃波は近付いていた霊夢の体さえ叩いた。
僅かに吹き飛ばされ、宙でバク転を演じる。
周りに、銀色の礫は無い。
全て消え去っていた。
(スペルブレイク)
まず一枚。
そう霊夢は考えた。
次のスペルの準備をしつつ、彼女は爆破点を見る。
不自然な風が吹いているため、爆煙は普通の三倍以上のスピードで消えて行く。
そんな中、霊夢は見た。
爆煙の中から、全くの無傷で出てくるエイワスの姿を。
「……あんた、本当に何者?今まで幻想郷にあんたみたいのが居るって知らなかったんだけど」
「色々事情があってね。私はjmuykgbhから──いや、すまない。『ここ』から出る際には力が落ちるのだよ」
周囲の空間を指しながら、エイワスは霊夢の疑問へ簡素に答えた。
「『ここ』は特別であり、私は大量の力をこの場で振るえる。異変を起こせたのも、この空間があってこそだ」
さて、と区切る。
エイワスは、視線を上げた。
その蒼い透明な無機物の視線が、博麗霊夢の全てを捉える。
視線を受けて、僅かに彼女の手に力が入った。
「まさか、無傷で突破されるとは。正直予想外だ」
「無傷じゃないわよ」
ヒラヒラと、撃ち抜かれて穴が空いてしまった袖を見せつけながら霊夢は呆れながら返した。
その言葉に、エイワスは小さく笑う。
「ふふっ、確かにそうだな」
「後で弁償しなさいよ」
「そういうのは御坂美琴に言ってくれると助かる。私はそういうのが苦手なのだ」
「?」
誰、それ?と首を傾げるが、思い出す。
確か雷を使っていた少女がそんな名前だった筈だ。
納得する霊夢を差し置いて、
「第二番目「金の如きもの」」
黄金の魔法陣が展開された。
「っ!」
下方。百メートルは下の空間。
km単位で展開された巨大な魔法陣。
遥か遠くまで広がっているこの魔法陣は、スペルによる現象だろう。
普通に考えて、魔法陣から弾幕が発射されるに違いない。
そしてレーザー型の弾幕だった場合、躱す難易度は最大級となる。
(魔法陣の外へ移動するのは無理。となると)
莫大な力が魔法陣に集まっているのを感じつつ、しかし霊夢の思考に慌てた様子はない。
ただ落ち着いて、状況を計算し、考える。
銀色の礫は躱せると分かったからこそ、躱したのだ。
次は躱せる感じがしない。
キュィィィィンッ、と、魔法陣の各所に黄金が集束し、
「夢境「二重大結界」!!」
巨大な結界が張られると同時に、閃光として弾けた。
爆音を置き去りにして、上へと光は翔る。
下から上へと舞い上がる、黄金の滝登り。
数百、数千を越す光線は空間を突き抜けて行く。
青い霊力で編まれた結界へと当たった物は直撃して尚惜し進もうとしたが、結界に弾かれて有らぬ方向へと残照を残して消えた。
しかし当然のように、光線を浴び続ける結界にも多大な負荷がかかる。
「ぐっ、ぐぐぐっっ……!」
マスタースパークとはまた違う、連続した光線による衝撃。
霊夢はそれを、両手で押さえつける。
目が眩みチカチカしながらも、とにかく霊力を維持して結界を持たせようとするその姿に、弾幕を放つ余裕は無い。
本来ならば、このスペルは弾幕も幾つか放てるというのに。
(面倒ね、ほんと……!)
しかし、
「はぁぁぁっ!」
甲高い音を立てて、結界が砕け散った。
欠片が舞い、青い光を放ちながら消えて行く。
黄金の魔法陣は、もうない。
時間切れによるスペルブレイク。
正に丁度、間一髪だった。
「──っ!」
そして直ぐに体を動かす。
残像が見えてもおかしくない程の速さで避け、
縦に振られた蒼い翼の轟風に、体を吹き飛ばされた。
轟!!と、後になってから響く空気の音。
これで余波だというのだから、まともに当たってしまえばどうなっていたのか。
まず間違いなくグチャグチャのドロドロに……
「うぇ」
気持ち悪い想像をし、吐き気がこみ上げつつも霊夢は態勢を立て直す。
翼が振られた際に放出されたのか、蒼い羽の弾幕が僅かに揺れ動きながら迫ってきた。
光の軌跡を描くそれらを、針や札で撃墜する。
スペルは確かに桁違いの出力だが、普通の弾幕は差程異常ではない。
「当たらなければどうってことない、ってね」
今度は斜め上からの翼を、逆に前へと飛ぶことで躱す。
目指すは翼の主たる、人外。
エイワスは、真っ正面から迫って来る霊夢を目を細めて眺めた。
巫女服を空気抵抗ではためかせるその姿は、幻想郷の守護神と呼んでも差しつかえ無いだろう。
そして。
「では、三枚目と行こう」
天使は、更なる試練を吐き出す。
全くもって容赦が無いが、霊夢に文句を言う時間は無かった。
「第三番目「貴き水の石」」
今度の弾幕は、水。
膨大な水の塊がエイワスの目の前に凝縮されたかと思うと、背中の翼に叩き潰され、破裂する。
精錬たる刃となった水の塊が、周囲へと撒き散らされた。
「っ……」
霊夢は体を急停止させ、一旦宙に留まる。
そして迫って来た水の刃を──
「!?」
──掴み取った。
どんな方法で生まれていようが、水は水。
ナイフのように掴みとることなど、本来なら不可能だ。
だがこの弾幕は違う。
水が、完全な固体へと変質していた。
石のような鉱石へと。
ブクブク!と、何かの音が背後から響く。
其方を見ると、今にも破裂しそうになった水の塊が出現していた。
彼女が慌てて移動すると同時に、破裂。
辺りに水を、不思議な固体によるナイフがばら撒かれる。
そしてナイフ同士が衝突すると、水のように合体した。
「やけに変化が多い弾幕、ね!」
文句を彼女が叫ぶと同時、合体した水の塊が再度破裂し分離する。
それによって生まれた破片を、霊夢は体を下に下げて避けた。
そんな現象が、空間の至る所で起きて次々と炸裂音が宇宙のようなこの場に響き渡り、水の刃による牢獄が形成された。
正直に言って、休む間も無いこの弾幕はかなりの苦痛をしいらせる。
単純な水の刃という弾丸だからこそ、一気に躱すような芸当が許されない。
「……」
霊夢は、それでも揺らがない。
ゆらりゆらり、まるでダンスのごとく、弾幕を綺麗に躱す。
まるで躱す姿が舞いのようで、死の弾幕の中でこそ、その姿が映えるのだと見るものに思わせた。
「これ程、弾幕を躱す姿が似合う巫女も居るまい。やはり興味深いよ、博麗霊夢」
エイワスは見下ろしながら賞賛を送る。
何時、移動したのか。
霊夢と弾幕の範囲より更に上空に浮いていた。
ふわりふわりと、雲のように。
パチン、と。
エイワスの指が鳴ることにより、弾幕が消失した。
突然、躱し続けていた水の刃が消えたことにより、霊夢は動揺
「そこぉっ!霊符「夢想封印」!!」
してなかった。
それどころかスペルカードを発動し、反撃までやってのける。
更に光球を収束させつつ、札を周囲に展開させ連撃の準備まで整えていた。
経験や才能だけでどうにかなるレベルではない。
直感や攻撃に移れる思い切りのいい性格。
それらがあってこその、超人技。
「それでこそだ」
人外、エイワスはそう呟いてから、
「第四番目「火の究極なる閃光」」
四枚目を、発動させた。
蒼いカードが弾け、蒼い閃光が一閃。
手から放たれたそれは、剣のように振り下ろされた。
「──!」
彼女は、夢想封印と札の全てを光線へと叩きつける。
が、ジュッ、という音とともに攻撃の全てが蒼い光に掻き消えた。
背筋に嫌な汗が一筋流れた後に、真上から閃光が振り下ろされる。
まるで魔剣だった。
全てを消し去る、最凶の剣。
「冗談じゃないわ、よっ!」
翼よりも遥かに危険な閃光から、霊夢は距離を取る。
熱波が肌を焼くが、大した物ではない。
余波など気にしている場合では無かった。
直接閃光を浴びてしまえば、気体の仲間入りをしてしまう。
(本人を叩く!)
そう考えて、同時にまかれた小さな蒼い光球を躱す。
閃光に当たりさえしなければ、勝てる自信が有った。
蒼い雨、弾幕を避けながら上昇して行く。
「そう簡単に行くかな」
エイワスのそんな呟きが、耳元で聞こえたかのように響いた。
蒼い光球を相殺していた霊夢へ、閃光が横薙ぎに振られる。
熱波が、襲い掛かって来る。
「宝符「陰陽宝玉」!」
閃光に、陰陽玉が衝突した。
零秒で放たれた陽と陰の二つで構成されている宝玉は、蒼い閃光と僅かな時間、拮抗する。
だが僅か数秒足らずで破壊され、溶かされた。
空気となった陰陽玉を消し飛ばし、閃光は宙を通過する。
陰陽玉を放った霊夢は、居ない。
「むっ」
エイワスは即座に手から溢れ出ていた閃光を消し去り、手を後ろへとやる。
「はっ!」
普通の人間では絶対にあり得ないレベルの霊力が練られた蹴りが、その手へ勢いよく叩き込まれた。
エイワスの手は負荷に耐え切れず消し飛び、銀色の欠片となる。
一気に彼女は、そのまま顔面をも蹴り飛ばした。
ドゴンッ!!という激突音。
空気の層を貫いて、エイワスの体が、あの翼が、吹き飛んで行く。
「よし」
蹴りを叩き込んだ彼女、霊夢は納得の声を上げた。
翼による反撃を冒してまで背後に回ったかいは有った。
空間移動をした価値も、充分。
「スペルブレイク。さぁ、次は?」
お払い棒を改めて握り直し、彼女は問いかける。
壁が無いため、遥か遠くに吹き飛んで行くエイワス。
その姿が、
突如、五メートル前に現れる。
霊夢は大して驚かない。
大方、空間移動でもしたのだろう。
しかし、直ぐに腕が再生されついるのには少しだけ苛ついた。
かなりの労力が無に帰ったようで、いい気分はしない。
「本気では無いとはいえ、天使の肉体を一部破損させるとは。君は私の予想を軽々と飛び越えていくな」
「ならさっさと負けてくれない?」
本心からの言葉を投げかけるが、エイワスはただ笑っている。
「では、それなりの努力をするべきだ」
「努力は嫌いなのよ」
……ギチ、ギチッ、メギメギッ……!!
異音が、響く。
会話を交わしながら、お互いの間に力場が生まれ始めた。
とんでもない量の力が、二人の間を渦巻き、弾け、霧散し、収束する。
方や霊力、方や天使の力。
双方の力は膨大で、目に見えて変化が生まれる。
霊夢の髪が、服が。はためき、僅かに逆立ち始めた。
お払い棒には青い霊力が集中し、空気を蜃気楼のように歪ませる。
エイワスの翼が更に伸び始めた。後方へと長大に、長く長く。
輝きを増し、遥か太古の太陽の如く蒼の光を放ちながら、翼は長く長く増大して行く。
次の一撃が、最後の一撃となり、もっとも巨大で強力で美しい一撃となる。
二人を見たもの全てが、そう思う。
見た瞬間、分かってしまう。
そこに理由など無く、ただそうなのだからとしか言いようがない。
「さて、ではラストだ。期待しているよ」
「言われなくても」
キュパッ、と。
空気の層を突き破って二人は同時に後方へと飛ぶ。
二人の間は一気に五十メートルまで広がり、普通の存在が意思疎通するには難しい間となった。
だが、この二人にはそんなもの関係無い。
「全力で叩き潰す!!」
霊夢の叫びとともに、辺りへ霊力の波動が放たれた。
物質的にさえ吹き飛ばされかねない波動。
それを受けて、エイワスは、
「それでは、行くぞ?」
一旦問いに間を開けて、
「「法の書」」
短い一言だった。
最後を飾るにしては、余りにも短く軽い一言。
最大の一撃だという重みも、最強の一撃だという荒々しさも、言葉には篭っていない。
ただ、翼だけがそれに反応し、強く羽ばたいた。
翼は単純な風では無い、もっと別の何かを浮力に変えて、エイワスの体を上へと押し上げる。
一瞬で点となり、霊夢の目にはもはやただの蒼い光点にしか見えなくなった。
そして、光点は彼女へと墜落する。
様々な大きさの蒼い光弾を率いる、龍星となって。
龍。
全てを引き裂き、喰らい尽くし、存在を消し去る物。
霊夢は上を見上げ、勘と経験が命じるままに飛ぶ。
熱波と衝撃音が鳴り、
音を後方へ置き去りにして、星となったエイワスが霊夢の居る空間を引き裂いた。
「きゃっ!?」
悲鳴が漏れる。
躱したのだが、ギロチンのように両サイドに広げられた翼から吹き出す烈風によって霊夢の体が強制的に飛ばされたのだ。
圧巻の光景。
蒼い光が空間に散り、幻想的な姿を作り出す。
予想以上の一撃に、霊夢の意識が吹き飛びかけるが、
「ぐっ、ふんっ!!」
体を無理矢理制止させ、踏ん張った。
それでも二十メートルは吹き飛んでいる。
それでも蒼い光弾が近くを通過して行くことから、とんでもない広範囲へ弾幕がばらまかれているのだろう。
下へ視線をやると、遥か下方に蒼い光点が。
(次のは、躱せない)
運の要素が強過ぎた。
賭けに出ることに、霊夢が躊躇うくらいには。
ただでさえ弾幕の範囲が広いというのに、あの突撃には対抗出来そうに無い。
隕石を普通の人間が受け止められないのと同じだ。
あの一撃は、真正面から対抗しても無駄の一言で片付けられるもの。
「……仕方無い」
なので、搦め手で行くしか無い。
音速移動、時止め、氷結、特別な斬撃、高度な幻術、奇跡の力、気質操作。
者によって様々な手段を取るであろう。
そして、霊夢も。
「「夢想天生」」
己の力を最大限に行使した。
「!」
エイワスは、空間を通過したのに何の感触も無いことに、驚ろく。
そして今度は、霊夢の姿が無いことに二度目の驚き。
(ふむ?どこかに隠れたか?)
エイワスは宙で急に止まる。
それによって轟風と弾幕が凄まじい速度で弾き出されるが、人外は特に気にしない。
今空間上に漂っている蒼い弾幕達に感覚を向けても、霊夢の気配は感じ取れなかった。
何処に居るのか。
何らかの力を使ったのか。
(私が、居ることを認識出来ないとは……)
エイワスは今までの長い生の中で、三番目くらいの驚きを味わっていた。
自分の力が最大限振るえる『ここ』で、相手を認識出来ないなどという現象が起きるとは。
しかし、感じ取れないならば感じ取れないなりの戦い方がある。
(一掃)
翼が横に広がり、振るわれた。
ギュパッ!!と三次元空間を切り裂いてしまったのでは無いかと心配してしまうような音が鳴り、蒼い残照が走る。
それとともに、蒼い欠片で構成された羽の弾丸も。
縦、横、斜め。
自分から数百メートルの範囲を一対の翼が駆け巡り、大剣のように全てを破壊してゆく。
風が吹く前に次の風が吹こうとしてぶつかり合い、相殺した余波がまた翼によって叩き潰される。
神秘も幻想も、全てを破壊してしまいそうな最強の嵐。
その中に、半透明な姿になった博麗霊夢を見た。
干渉を全て遮るような、異端の力だ。
そう長く使えないだろう。
(さて、どうする?)
エイワスが、そう思った時だった。
突如として、茜色の壁が出現する。
壁の正体は、弾幕。
札による霊弾達。
それらが千を超えて、エイワスへと殺到した。
視界を埋めつくし、一つ一つが何処までも追いかける追尾性を持って。
(なるほど。数で来たか。だが)
関心し、しかしエイワスから圧倒的余裕は消え去らない。
第一、既にエイワスは一度弾幕の壁を消し去っているのだから。
腕が振られ、黄金の衣が連なって動く。
それだけで、弾幕の壁の一部がごっそりともぎ取られた。
百枚程が消え、残りの弾幕のコントロールが効かなくなったのか、一気にばらけ、エイワスの後方へと飛んで行く。
エイワスは其方を見ない。
第二陣が迫っていたからだ。
「物量で押し切れるなどとは思わないことだ」
札が、次は二千。
普通の人妖ならば絶望しておかしくない物量だが、エイワスにとっては塵に等しい。
翼が動く。
蒼が散ったと思った時には、弾幕は全て消えていた。
遅れて烈風が吹き、空間が悲鳴を上げる。
僅かに残った札は、第一陣と同じように何処へ消えて行った。
漂っていた自分の弾幕すら掻き消し、エイワスは頷く。
「……なるほどなるほど、"そういうことか"」
そして、
後ろに居る、博麗霊夢を視界に入れた。
「してやられたな」
最初の弾幕は囮。
いや、二度目の弾幕も全て。
半透明とはいえ、僅かながら視界に捉えることが出来る彼女は弾幕の壁に紛れて接近していたのだろう。
翼の一撃を受けるかもしれない危険を冒して、彼女はエイワスへ正面から迫ったということ。
代償を払えば、それなりの結果が帰ってくるのがこの世界の理。
「終わりよ」
霊夢の宣言。
段々と色がはっきりし始めているその指先には、一枚のカード。
莫大な霊力が込められたそれを服へと直に突きつけられ、エイワスは苦笑する。
少女の言葉が、ただの死刑判決にしか聞こえなかったからだ。
翼を振るえば反撃出来るかもしれないが、余りにも彼女が近過ぎて自分にまでダメージが及ぶ可能性がある。下手をすると、躱されるかもしれない。
なので、エイワスはこう答える。
「そうだな。私の負けだ」
本気でないとはいえ、エイワスが負けることなど久方ぶりのこと。
しかしエイワスは特に疑問を抱かない。
それは恐らく、
「神霊「夢想封印」」
博麗霊夢という存在に、納得したからだ。
巨大なる虹の光が、空間を満たし、炸裂した。
この一撃にて、『超天震異変』は終了を迎える。
少女祈祷中……
設定
~守護天使~
名前・エイワス
種族・天使?
能力・「主に天使の力を使う程度の能力」
一方通行などが形式上仕えている天使と呼ばれる者。
性格は比較的穏やか。全ての者に対して余裕がある。
何らかの事情があり、極一部の者達の前でしかその姿を現さない。謎の存在。
天使とは本来、神より下の僕的存在であり、莫大な力の塊に最低限の思考能力を付与した物だという(※1)。
一部の天使には人間のような思考能力が与えられているが、それでもエイワスのような者は異常である。
明らかに天使という存在から外れた天使であり「世界の歪み」とは八雲紫の言。
守護天使と呼ばれてはいるが、神学や宗教で説明出来ない天使のためそう呼ばれているに過ぎない。
魔女達の話によると、アレイスター・クロウリーという世界最大の魔術師(※2)に『法の書』と呼ばれる魔導書の内容を伝えた天使なのではないかということらしい(※3)。
ただその場合、一体何故一つの場所に巨大な力ごと縛られているのかは不明である(※4)。
興味を持った者にしか接触しないため基本的に交友範囲が狭く、気まぐれな行動が多い。
今まで相対して来た者達全てが無事なため、危険度は零。
その代わり、見た目の存在に驚くだろう。
能力は「主に天使の力を使う程度の能力」。
主にとなっているのは、明らかに天使の力以外にも使っているためである(※5)。
ただその力の正体は分からず、本人も多くは語らない。
本人曰く、「次の時代の観点を持ってして私を見れば分かる」とのこと。
翼は天使の記号を持ってはいるが、本当の天使の力で構成されていないようだ。
※1
山の神達からの情報。
※2
誇り高い彼女達が世界最大と呼ぶ魔術師である。どんな者なのか想像がつかない。
※3
有名な物らしく、正しければ全魔術師の憧れだとか。
※4
七曜の魔女の推測によると、何らかの封印をアレイスター、もしくは別の何者かがかけたのでは無いか。
※5
相対した魔女曰く「あんな言葉に表せない力は始めてだぜ」とのこと。
スペルカード集
第一番目「銀の如きもの」
第二番目「金の如きもの」
第三番目「貴き水の石」
第四番目「火の究極なる閃光」
■■「Abrahadabra」アブラハラブラ
■■「Hoor」ホール
■■「Aum」オウム
■■「Coph-Nia」コフ-ニア
■■「Ra」ラー
■■「Bahlasti」バーラスティ
■■「Ompehda」オムペーダ
■■「Hadit」ハディート
■■「Nu」ヌー
■■「Ra-Hoor-Khuit」ラー-ホール-クイト
■■「Bes-na-Maut」ベス-ナ-マウト
■■「Niut」ヌィット
■■「Ta-Nech」ター-ネク
■■「Mentu」メントゥ
■■「Ankh-af-na-khonsu」アンク-アフ-ナ-コンス
■■「Tum」トゥーム
■■「Khephar」ケベラ
■■「Ahathoor」アハトール
■■「Khabs」クハブス
■■「Khu」クー
■■「Hoor-pa-kraat」ホール-パ-クラアト
■■「Heru-ra-ha」ヘル-ラ-ハ
■■「Hrumachis」フルマキス
■■「Ra-Hoor-Khu」ラー-ホール-クー
■■「Kiblah」キブラー
■■「Tahuti」タフティー
■■「Asar」アサル
■■「Isa」イサ
■■「Thelemites」セレマイト
■■「obeah」オベア
■■「wanag」ワンガ
■■「Aiwass」アイワス
「法の書」
合計37枚