機動六課の宿直室は、主にはやてが使っている部屋だ。朝は新人たちの訓練、昼は引き続き自主訓練の付き合いがあるため、他に
常駐する者はそうそういない。暇になったシャマルやシグナムにリイン妹、てきぱきと仕事を終えた猫姉妹が休憩所のように使う
以外は、基本的にはやての仕事部屋だ。
ただ夜から朝への引き継ぎの時間はなのはをはじめ、朝の訓練にかかわる指導陣が一部寄り合い所のように集まり、業務について
情報交換が行われる。グレアムは手が離せないことがよくあるものの、猫姉妹から報告を受けているし、受けなくても業務内容は
全部把握しているので大丈夫というわけだ。
「えっ、けーとくんと連絡取れたの!?」
その中で出た報告に、なのはは思わず問い直した。
早朝に顔を合わせたシャマルとヴィータが憔悴しきっていたので何かがあったとは思っていたが、これはさすがに予想外。昨日の
出来事については、はやてとはやてから連絡を受けたフェイト、そして巻き込まれたすずか(現地協力者扱い+割と本気出した)の
3人から逃げおおせたところまでしか聞いていなかったのである。聞いたその時は「なにそれ」と思うばかりだったが。
「それで、それで? いつ帰ってくるって? ……あ、あと、なにか言ってた? えと、わたし宛てのこととかも……」
「全員に言伝てが。『愛を守るために旅立ったら明日を見失ってしまったんだ』やて」
見失ったのは帰り道とキメラのつばさではないか、となのはは思う。
「あと『駄目だ拒否された。そのうち自分で帰ると言っている』ってなのはちゃんにゆーといてくれと」
「ええぇ……なにその孫悟空連れ戻そうとする神龍みたいな伝言……」
「シェンロンちゃう。ポルンガや」
「細かいよ……」
宿直室では地球のネタが蔓延していた。
それもそのはず、この場にいるのは地球出身の者ばかり。管理局勤めの長い猫姉妹もヴィータやシャマルも話を聞いていたが、
話が通じないのは一人もいなかった。約10年の積み立ての成果である。
「本人があと1戦ってゆーとるし、大目に見ようかと」
「……瞬間移動習得フラグとか、立てようとしても無駄なのに」
「甘い。わたしは最終回にウーなんとかさんと二人っきりで浪漫飛行フラグと見とるわ」
ラスボス関係の情報もわりと筒抜けだ。しかしながらソースがソースなうえ未来もいろいろ変わってきてしまっているので、今は
まだほとんどネタ扱いなのであった。油断したところに「リインシリーズ……完成していたの……?」ということになったら困る。
「それだと、けーとくんがそのウーなんとかさんたちの本拠地に行っちゃうんだけど」
「まさに『借り暮らされるスカリエッティ』……いやPSPとモンハンをバラ撒いて『狩り暮らしのスカリエッティ』……流行る!」
「はやてちゃん……海鳴で上映終わっちゃったからって自力でパチモノ作ろうとしちゃ駄目だと思う……」
入学前後のごたごたで機を逸したはやてたちだった。
「う、うるっさいわ! なのはちゃんかて観たかったんやろー!」
「み、観たかったけど! 観たかったけどさぁ!」
「あんたたちさっさと引き継ぎしなさいよ……」
宿直室は今日も賑やかです。
敵方がたぶん完全に本気を出していなかった(ヴィータ評)とはいえ、先の任務は全員無事に完遂できた。結果としてはひとまず
大成功といえる。もう片方の追跡任務は失敗と言っていいが、そちらはまだチャンスはある。それに追跡対象自身がそのうち帰ると
言っているのだ。そうまで行ったからには、しばらくすればボールみたいな宇宙船で帰ってくることだろう。まだあわてる時間じゃ
ない。
そういうわけで任務の翌日からもう、新人たちの訓練は再開されることになったのだが。
初陣はどうやら、新人たちにいい影響をもたらしたようだ。頭の上に豆電球が飛び出すほどの強敵ではなかったものの、それでも
刺激になったらしい。
「今後の目標が、もうひとつできました」
「へぇ、いいわね。閃きたい技でも見つけたの?」
「召喚獣より強い召喚士になろうと思います!」
「それもう召喚獣いらないじゃない」
目標の方向性を誤っているキャロはともかくとして。先日の戦いでガジェットを相手に「あたしがアイゼン横に構えて砲撃したら
やっぱヒュンケルのグランドクルスになんのか……?」等とぼやきながら大立ち回りを繰り広げたヴィータの姿を間近で見て、他の
メンバーもやけに気合いが入っていた。キャロもガジェットを後ろから淡々と鎖で締め上げる作業をこなしていったのだが、それは
誰にも真似できない事だ。攻撃にシフトした3人にとっては最も参考になるのがヴィータである。
「うぅ……」
「あらスバル。今日は早起きじゃない」
「えう……だってティア……昨日のディスカッション、朝のうちにするって言って……んあっ、も、もう始まってる!?」
「は、始まってませんけど……」
「さっさと顔洗ってきなさい」
慌てふためいたスバルの姿が見えなくなってから、姉妹みたいだとエリオが言う。「悪い冗談にしか聞こえないわ」とだけ返して、
ティアナはばさばさと髪をかいた。普段なかなか起きなかったり、時には寝ぼけてティアナの枕を勝手にかじったりしているスバルも、
今日はどこかやる気を出しているらしい。いつもより頑張ったというのは、まぁ認めてあげることにしよう。
「さて、じゃあはじめましょっか。……昨日の話の前に、そろそろまたリインさん道場が迫ってるからそっちが先ね」
「対策といっても……全員でかたまったらまとめて吹っ飛ばされるし、バラけたら各個撃破だし……」
「キャロはけっこう持ってるけど、あれはどうやってるの?」
「カンで逃げてるだけです」
野性の力は奇想天外だった。
思わず「野生のキャロが現れた!」というフレーズを思いついてしまったティアナだが、あんまりにも失礼なので忘れることにした。
「あ、人読みも半分くらいは」
「それも変わらないね……うう、難しいなぁ。私たちくらいの頃って、なのはさんたちはどうやってしのいできたんだろう……」
「でもシグナムさんなんかは、4割くらい勝ってますよ?」
水を飲んでいたスバルがむせた。
「嘘ぉっ!? ど、どうやって!?」
「なんでも以前、偶然剣の柄がリインさんに当たって、それをヒントに無心無想の剣の原型を閃いたとか」
「世間ではそれをファンタジスタって呼ぶのよ……」
「そうとも言います」
あまり参考にならなかった。
「転送したと見せかけたフェイクシルエットと、フェイクシルエットで偽装した転送を無言のサインで交換すれば……!」
「でしたらあらかじめゲートを設置して、弾丸もいっしょに転送すれば偽装度が高まりません?」
「けっこう広域の戦闘になりますね。僕とスバルさんで、なんとかくい止めるのが前提になりそうな……」
「1番正面のアンタが踏ん張んないといけないんだからね」
「わ、わかってるよ! 任せといてっ! ……とは、ちょっと言いづらいけど……」
いずれにせよ道のりは遠い。搦め手の多用も視野に入れながら、今後の戦術を練っていく新人たちだった。
(あれがファンタジスタ……)
(ファンタジスタシグナムさん……)
「……視線をあちこちから感じるんだが。探しているのはお前たちじゃないか?」
「また誰かがあたしの背中を……ん、あれ? なんか、違うみたいだけど」
「ならば私も違うな。となると消去法だ」
「ん?」
知らぬところでファンタジスタの称号を得たシグナムだった。
(続く)
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ファンタジスタシグナム
地の文ちょっとすいてみた