機動六課の、新人訓練が始まった。
すでに新人であって新人でないようなのも1人混ざっているが、それでも根本的な扱いはティアナたちと同じ。午前のシフトを
担当するなのはの指揮のもと、グレアムの監督下での少人数指導だ。
技術豊かななのはに加え、近接戦ではその力量を上回るヴィータ。さらにその穴を埋めるようにリーゼ姉妹が控え、加えて午後の
自主訓練にはフェイトが付き合えるという豪華な陣容だ。
訓練の質は非常に高く、上昇志向の強いティアナにとっては特に、刺激的なやり甲斐のあるものになっていた。
しかし早くも、その厳しさに参ってしまっている者がいた。スバルだ。
「さて。シャワーを浴びる前に、もう少し汗を……スバル、アンタも来る? 自主練してくるけど」
「あ、あう、うう……せ、せっかくティアに誘われたのに、体が、からっ、うああぁっ」
「はいはい無理ね。まぁ、だから誘ったんだけど」
「ひどい……」
「それにしても、どうしてそんなことになってるのよ。私の方もキツかったけど、夜まで響きはしなかったのに」
「と、途中までは普通だったけど……ヴィータさんが『エッケザックスぶん回すゼフィールはこんな感じだったな』って言ってから何かが……」
何を指すのかスバルは知らなかったし、もちろんティアナにもよくわからなかった。
しかしそれでも、訓練の内容は知っている。昨日今日とティアナがなのは、エリオがリーゼロッテにそれぞれついてもらっている間、
スバルとキャロはヴィータにしごかれていた。内容はたしか、撃ち込みに対する防御魔法の訓練だったはずだ。
大方、魔法障壁の許容を越えた攻撃をもらい続けでもしたのだろう。過剰に魔力を使い続けたなら、疲れてへとへとになりもする。
「そうなる前にヴィータさんに直接言いなさいよ」
「だ、だって……キャロが隣でがんばってるのに、私だけ降参するわけには……」
「……へぇ、アンタが他人の様子を気にするなんてね。暢気でマイペースで楽天家のアンタが」
「どれかに絞って……せめてひとつに……」
新人らしからぬ新人であるキャロについては、既にチーム戦に不慣れな事実が明らかになっている。そのためなのはたちの方針として、
常に他の新人ひとりとのペアで訓練させることにしたようだ。
たまたま最初の1週間はスバルとキャロがペアを組むことになった。
単騎で突撃することが比較的多かったらしいから、まずは手始めに前衛経験者どうしで、という計画なのだろう。
なるほど確かに、ペアで技量を確かめあえば連携の強化にはもってこいだと、自分を振り返りながらティアナも思ったものであるが。
しかしよろしくない面もあったらしい。自分と十分以上に張り合えるキャロとの年齢差を考えて、さすがのスバルも気が気でないと
いったところか。
「はい、右腕」
「いたたた、いたっ!」
「ほら左手」
「ななな、なんで後ろに引っ張るの!? 私、てっきりマッサージしてくれるのかなって」
「さっさと足出せ」
「ティ、ティア、目が笑ってる! 笑ってるって!」
「幻覚よ。知ってると思うけど、世の中にはフェイクシルエットっていう魔法があってね」
「そんな使い方聞いたこともないよ! ……あっ。も、もしかして、昨日勝手に冷蔵庫のチョコ食べたの怒って……」
「……あれはアンタだったのね、やっぱり」
「う、うわわあっ! ご、ごめんなさいごめんなさい!」
訓練校時代から振り回されているお礼を丹念に返すティアナ。勝手に墓穴を
掘ってその中に足を突っ込んでいるスバル。
一方そのころキャロは今日も元気にヴィータに吹っ飛ばされたのを反省し、対抗するべく新たな装備を考案中だった。しかし
そうして出来上がった防御魔法は、鉄のチェーンを半径20メートルに召喚術で張り巡らせた『鎖の結界』ただひとつ。
特定条件下ではなんとなく死亡フラグの香りがしそうな一品だ。時間操作系能力者には気をつけよう。
「さてと。あたしはもう行くから、そのままゆっくり死んでなさい」
「うぅ……キャロは、どうやって体力つけたんだろう。私もちょっとは自信あったのに」
「そんなに気になるなら、まずフェイトさんから当たってみたら。近接戦闘の一部はフェイトさんから盗んだらしいし」
「えっ! ティア、どうして知ってるの?」
「今朝ディスカッションしたとき本人から聞いたのよ。アンタは寝てたけど」
「それって何時?」
「4時半」
スバルは思った。これからは早起きの訓練もしなければならない。
そんなわけで翌日の午後、スバルはフェイトのもとを訪れていた。
午後を担当するフェイトのシフトは、なのはが午前、はやてが深夜に入った隙間を埋めた形だ。
自分の手持ちの仕事がない間は新人たちの自主訓練に顔を出し、アドバイスをしたり組み手をしたりでよく交流している。
静かで控えめだが、助言はわかりやすく的確だ。もともと彼女を慕っているエリオやキャロと同じように、スバルとティアナにも
その実力と知識を信頼されていた。
「ど、どうしたのスバル、そんなにボロボロで……」
「きょ、今日は、ヴィータさんが『アイツがアルマーズ持ちヘクトルの必殺の一撃を見たがってたな』って言いだして……」
今日もスバルは午前中の訓練で大変な目にあった。昨日の疲れは一晩ぐっすり休んでほとんど完全に治ってしまったものだから、
そんな様子を見せてしまってはヴィータに手加減はない。もともと手加減を望んでいるわけではないけれども。
ちなみにキャロの「結界」は割とあっさり突破され、また今日も元気に吹っ飛ばされていた。吹き飛ばされた先には何故だか
貯水槽のようなものがあった。そこにたたき付けられたキャロ。その後射撃魔法であらぬ方向を撃ち、時計台を破壊していた。
ヴィータにはやたらウケたという。
「それで、スバル、どうしたの? どこか悪いなら、シャマル先生にベホマかけてもらう?」
「えっ。なんですか、それ?」
「あれ、知らなかったんだ……だいたいの怪我は治っちゃう、すごい回復魔法なんだけど」
「……い、今、それ使って凶悪な訓練と回復を繰り返すっていう、すごい訓練法思いついちゃったんですけど……」
「それ、はやてが実験してたよ。オーバーワークすぎて、あんまり効果がなかったみたい」
「バーチャル空間で例の人が操作する待ちガイルと対戦しとった方が8万倍くらいためになる」そうだ。
あのときははやてもあの人もすごく楽しそうだったな、とフェイトは思う。今となっては、とある予言により片方を部隊でも
捜索することになったけれど。
その状況も、なんだか10年前を思い出すようで。ほんの少しだけ懐かしいとか思ったり。
「それでフェイトさん、少しお話が……あるんですけど」
「あ、うん。いいよ、どうしたの?」
「キャロって、どうやって体力つけたかご存知ですか?」
フェイトは答えに窮した。
キャロに関してはもう、例のあの人に連れられていろんな秘境を探検したらしく、何があったかフェイトも把握しきれていない。
そういうときの同行者はだいたいユーノやザフィーラあたりだが、ふたりともこの場にはいなかった。
ちなみにキャロと初めて組み手をしたのは、キャロ自身に請われて、ちょうど1年前のこと。
砲撃を除く射撃はなのはを、格闘はフェイトを参考にしたらしい。さらに出どころの分からない召喚魔法と見たことのないマジック
アイテムを使いこなすキャロは、そのときから総じて強かった。
今でも自分の姿を見つけると「フェイトさんっ、フェイトさーんっ」とニコニコしながら手を振ってくれるのは、思わず抱きしめ
たくなるほど可愛いけれど。
訓練中にそれは危ないと、フェイトはそのたびにハラハラするのだ。
「え、ええと……えっと……」
「もしかして、フェイトさんもご存知なかったり……?」
「そんなことないよっ。た、ただ……野山を駆け回っていたら、体力も勝手についていたというか……」
「そ、そんなぁ……今から野山を走りまわるわけには……」
「あ、でも……あの人とザフィーラと一緒に出掛けると、何故か毎回新しい技を覚えて来てたような」
スバルは疲れも忘れて駆けだした。
「ヴィータさんを倒して、私がザフィーラさんと組みますっ!」
「おお? 大きく出たな。お前ごときにザフィーラを乗りこなせると思うなよ……」
「待ってください。ザフィーラさんはこれから私と、遠乗りに行くんです」
「離せお前たち」
ザフィーラの背中を巡り、ヴィータとキャロと三つ巴で取り合いになったという。
「アルフさん、お願いします!」
「おっけー。騎兵の練習なら踏ん張りなよ、振り落とされても知らないよ!」
一方エリオはアルフに頼んだ。
(続く)
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キャロ「何故だかこのリアクションをしなければいけない気がしたんです」
03/03 0:54
誤字修正。>>576さんをはじめ、ご指摘くださった方ありがとう。
「ど」が「で」に化けるなんてどういうキーの使い方してんだよと思われるかもしれませんが
携帯でかな打ってるとよくあることなんです。