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―――どうしてわたしは、ここにいるのだろう。
彼女は、自問自答する。しかし、それに答えてくれるものはいない。仮に答えてくれるものがいたとしても、彼女が背中に感じている視線の山から解放されるわけではない。
時は温暖化のせいか、過去には四月のシンボルでもあった桜が散り始め、若葉にもなろうかという四月。卒業という別れの儀式を終え、入学という新たな出会いの儀式が行われる月。
当然、彼女―――織斑一夏にもその季節は訪れ、彼女も入学式を迎えていた。今日はその入学式当日。それ自体は喜ばしいことだ。一夏もそう思っている。しかし、問題が一つだけあった。
―――これは、想像以上につらいものね……。
一応の覚悟はしていた。兄である織斑千冬(おりむら せんと)にも覚悟しておけよ、と言われていた。しかし、想像して、覚悟していた以上に辛いものがあった。もしも、気の弱い女の子であれば、涙でも流しながら教室を逃げ出していただろう。彼女が逃げ出さないのは、意地だ。少なくとも、流されたとはいえ、この境遇を受け入れた。しかし、歯を食いしばっておかなければ耐えられないほどに辛い。
男子、総勢29名の中に女子1名という状況は。
まず、なにより視線だ。こちらを伺うような視線。しかも、視線に気づいて、そちらを向けば、視線を送っていたであろう集団は、そろいも揃って視線を逸らす始末。もしも、視線を合わせて、手を振ってくるぐらいの気概があれ、こちらも振り返すぐらいの愛嬌は持ち合わせているというのに。
しかも、用意された席が悪い。一番前の真ん中の席。いや、これは場合によっては、感謝すべきなのかも知れない。少なくとも一番前というだけで、正面を向いていれば、教室にいる男子を視界に入れなくてもいいのだから。もしも、一番後ろならば、こちらに視線を送ってくる連中と視線を合わせる羽目になっていただろう。
―――せめて、誰か味方がいればいいのに。
そう思って、一夏は窓際に視線を向けてみる。窓際に座った彼―――男子にしては珍しい長い髪をうなじの辺りで結い、どこか固い表情をしている―――は、一夏が視線を向けたことに気づいたのか、ふいっ、とわざとらしく視線を窓側に逸らした。
おのれ、6年ぶりに再会した幼馴染に対する態度がそれか……、と一夏は思うものの、よくよく考えれば、6年前といえば、小学生だが、今は高校生だ。男女の違いはかくも高い壁を作ってしまうのだろう。もっとも、現状、藁も掴む思いで、憩いの場所を求めている一夏としては、その壁を取っ払って欲しいと思っているのだが。
「あの~、一夏さん? 織斑一夏さん?」
「は、はいっ!」
思わず返事をして、今更ながら、正面に人がいることに気づいた。
身長は一夏よりもやや低め、少し背伸びした少年が少し大きめのスーツに身を包んでいるような服装で、童顔でカッコいいというよりも可愛いと形容できる容姿で副担任の山田真耶(やまだ しんや)先生が、両手を振って必死に自分の存在をアピールしていた。
ああ、そういえば、自己紹介の途中だった、と一夏は思い出した。自己紹介をしている男子以外の視線があまりにも自分に集まっているものだから現実逃避気味に思考に逃げ込んだのだ。もちろん、そんなことを知らない山田真耶先生は、自分が何か不愉快なことをしてしまったのか―――しかも、教室の状況から分かるに一夏はある種、特別な生徒といっていい―――と、今にも泣きそうな顔でぺこぺこと頭を下げていた。
下手をすれば、中学生と言ってもいいんではないだろうか、という童顔で、泣きそうな顔が、またその幼さを助長し、女性なら誰もが持っているのだろう母性本能が少しだけキュンと反応してしまう。だが、瞬時に、いやいや、相手は先生だ、と思いなおす。
「山田先生、そんなに謝らないでください。ちゃんと自己紹介しますから」
「ほ、本当ですか?」
だから、その泣き顔はやめてくれ、と一夏は、言いたかったが、それを言うと、この先生はきっと傷ついて、今度こそ本当に泣かせてしまうかも、と思って、一夏は、何も言わず自己紹介をするために立ち上がり、後ろを向いた。
―――うっ。
振り返れば、そこには、男、男、男、男。一夏は、その状況に少しだけ怯んだ。前の学校は共学だった為、男子になれていないわけではないが、それでも教室の自分以外の生徒が男子という境遇は初めてだ。しかも、各々が興味津々と言う感じでチラチラと一夏を見てくるくせにまっすぐ彼女を見るものはいない。おそらく、照れているのだろうが、それでも反応があまりに女慣れしてなさすぎる。
「えっと、織斑一夏です。よろしくね」
これからクラスメイトとしてやっていくのだ。少なくとも愛想よくいくべきだろう、と判断して一夏は、笑みを浮かべて、至極簡単に挨拶をする。
しかし、返ってきた反応は微妙だった。
え? それで、終わり? とでも言うべき反応。期待はずれだ、とでも言いたそうな反応だ。だがしかし、一夏としても、それ以上、何を話していいのか分からなかった。
―――えっと、他に何を話せばいいんだろう? スリーサイズ? いや、確かに驚くかもしれないけど、ここは女子校じゃなくて、限りなく男子校に近い場所なんだよ。捨て身の冗談なんて言えない。
何らかの反応はあるだろう、と考えていた一夏にしてみれば、この反応は予想外であり、思わず混乱してしまう。
―――ああ、もうっ! ほんと、どうしてわたしこんなところいるんだろう?
彼女―――織斑一夏がこの学園、IS学園に来ることになった理由は、遡ること一ヶ月程度前のことになる。
◇ ◇ ◇
まず最初に断わっておくと、一夏は、IS学園に入学するつもりなどなかった。
そもそも、IS学園と冠している通り、一夏の学園はIS搭乗者を育成するための国際機関だ。
ここで、IS《インフィニット・ストラトス》とは、現存する最強の兵器だといえる。元来の目的は、宇宙開発用の作業服だが、そんな目的は葬られ、現在は停滞している。それよりも、見るべき点は、そのものが持つ戦闘能力。一機で、戦闘機が四方八方から襲い掛かっても容易に回避、および撃墜が可能な最強の兵器。
それは、単なるスペックだけの話ではない。事件として、ISは、ミサイル二千発を撃墜し、さらに、各国の軍艦、戦闘機のことごとくを沈めた実績を持っている。しかも、それは初期のISで、だ。開発が進み、第三世代にもなろうかというISの戦闘力は、過去の遺物では語ることはできないだろう。
その圧倒的な戦闘力のため、現在は、ISの軍事目的は国際条約で禁止されている。もっとも、それは建前であり、実際は前時代の核兵器に近い。つまり、伝家の宝刀。抜く事ができない必殺の武器なのだ。しかし、抜く事ができないとはいえ、その宝刀が竹光でないことを証明しなければならない。よって、現在はIS同士による戦闘がスポーツとして認められている。
言い換えれば、国同士の戦争と言ってもいいのかもしれないが。
さて、現存する兵器の中で最強を誇るISだが、ISにも弱点は存在する。
まず、数の問題だ。ISには、ISそのものともいえる核が存在する。それを開発できるのは過去の中でたった一人だけ。ISの開発者―――篠々之束(しののの たばね)だけだ。しかしながら、現在、彼は行方不明で、国際手配されている。そして、彼が消失するまえに作られた核の数は467。つまり、各国は、467というパイを奪い合うことになる。
五百に満たないISの核。これを少ないとみるか、多いとみるか。多いとは考えられないだろう。国連の加盟国は約二百なのだ。単純に計算しても、平等に分けるなら、1国につき2から3機になるだろう。しかし、たった2機で国防が可能とも限らない。そもそも、国土に比例せず配備されるなら、某大国は、おそらく州を一国として計算するように求めるだろう。それに、教育のために一定数以上は必要になる。しかし、ISは、最強の兵器なのだ。ISの数は直接国防に直結する。そのため、国際条約で国際IS委員会の設置が決められた。
次に、ISに相性が存在すること。誰もが訓練すれば乗れるというものではない。相性が悪いものは、歩行すら困難だが、相性がいいものは、ISの実力を存分に発揮し、空の王者にもなれるというもの。絶対的な格差が存在していた。現在の兵器が訓練すれば、誰でも使える―――才能の有無はあろうが―――ことを考えれば、相性が存在するのは弱点になりうるだろう。
そして、上記の弱点の続きにもなるのかもしれないが、ISは何故か、男性にしか乗れない。原因は分かっていない。原因を知っているとすれば、篠々之束だけだろうが、彼が行方不明である今、理由を知っているものがいるはずもない。
しかしながら、そのような弱点に目を瞑れるほどの強さがISにはあった。そもそも、男性しか乗れないというのは、あまり問題にならなかった。確かに軍には女性もいるだろうが、全体から見れば、半々とは到底いえない。よって、あまり問題になることではなかった。軍に陸海空の三部隊に新たにIS部隊が設置されたぐらいで。
新設されたIS部隊は、人気と給金がもっとも高い部署になったのは言うまでもないが。
―――閑話休題。
上記の理由により、一夏は、IS学園に入学するつもりは―――いや、正確には入学できなかった。入学したのはまったくの偶然。それは、彼女が高校の入試試験を受ける当日の話。入試会場で迷い込んだ一夏は、会場で鎮座するISを発見し、興味本位から触ってみると、なぜかISが起動してしまったというものだ。
もちろん、世間は天に地に大騒ぎ。織斑一夏の名前は、世界中に流れることになった。
―――世界で唯一ISを扱える女性として。
そして、現状、織斑一夏は、保護の名の下、IS学園に入学した。この男しかいない学園の中に唯一の女として。
◇ ◇ ◇
「え~、あ~、特技は、炊事、洗濯、料理。趣味はお菓子作りです。特に最近作ったチーズケーキは評判もよくて、あっ、今度、一緒のクラスになったお祝いに作ってくるんで、食べてくださいね」
視線の数という名の暴力に負けた一夏は、やけくそ気味に自分の特技やら得意なことを言ってみる。嘘は言っていない。両親は不明で、月に1度か2度しか帰ってこない兄しかいない一夏にとって、炊事、洗濯、料理ができないことは死活問題だからだ。趣味のお菓子作りは、そこから派生したものである。
こ、これでもダメだろうか? と反応をうかがってみると、男子たちは、それぞれ両隣や前後で、「お、おい、料理だと?」「しかも、手作り?」「これ、マジか? 漫画の世界じゃないよな?」などと話している声が聞こえる。他にもガヤガヤと声がするが、似たり寄ったりで、先ほどの無反応に比べれば、かなり改善したといってもいいだろう。後ろの真耶先生も「わぁ~、ケーキ。僕も楽しみです」なんて言ってるし。
IS学園に行くと言ったときに、心配してくれた親友が、「男は餌付けしておけば、安心よ」などと言っていたことを思い出して、とっさに言ってみたが、今だけは親友の助言に感謝するとしよう。
「い、以上です」
もはや、これ以上、自分が何を言っても彼らは聞かないだろう、と判断した一夏は、自分の席に座る。それと同時に、まるで、タイミングを計ったように、教室の前の扉が開かれる。自動ドアになっている向こう側から姿を現したのは、一分の隙もなく黒いスーツに包まれた長身の男性。スーツのシャツ越しでも、彼の肉体が鍛え上げられていることは容易に想像できる。ただ、その場にいるだけで、威圧感のある男性。
一夏は、彼をよく知っていた。知らないわけがない。なぜなら、彼は一夏にとって唯一の肉親だからだ。
「せ、千冬兄?」
「馬鹿者。ここでは、織斑先生と呼べ」
一夏は、突然現れた実兄の姿に驚いた。彼女は、実兄の職業を知らなかったからだ。ただ、毎月、預金通帳に普通では考えられないほどの入金があることは知っていた。普通じゃない仕事をしているんじゃないだろうか、と心配になった一夏は、一度聞いた事があるが、お前が心配することじゃない、と斬り捨てられたことがある。
ああ、確かに心配することではなかった。しかし、まさかIS学園の教師をやっていようとは思ってもみなかった。
「織斑先生、会議は終わったんですか?」
「ええ、山田先生、クラスへの挨拶を押し付けてすまなかったな」
いえいえ、これでも副担任ですから、とまるで子どもが胸を張るように威張る真耶。そんな彼を余所に千冬は、ツカツカと正面の教卓の前へと歩みを進めると真正面からクラスの全体を見渡した。
「諸君、俺が織斑千冬だ。お前達を一年間でISの操縦者へと育てるものだ。俺の言うことを理解し、実践しろ。理解できなければ、理解できるまで指導してやる。俺の仕事は十五歳から十六歳までの一年間を鍛えあげることだ。逆らってもいいが、俺の言うことは聞け。以上だ」
なんという、暴力宣言なのだろうか。いや、しかし、男性社会ではこれぐらいが普通なのだろうか? と一夏は思う。なぜなら、これだけ言われたにも関わらず、彼らは何も反論しないからだ。ただ、千冬が名乗ったときに僅かにざわめいた。その中で気になる単語が二つ。『アーサー王』と『人類最強』という名前だ。それが意味するところを一夏はまだ知らない。
さて、自己紹介の続きか、と思われたとき、不意に千冬が口を開いた。
「ああ、それと言い忘れていたが、このクラスには、女子が一人だけいる。部屋も特別に一室用意されているとはいえ、同じ寮だ。そこで、お前らに一つだけ言っておく」
そこで区切った直後、千冬の雰囲気が変わる。威圧感が増すとでもいうのだろうか。ライオンなどの肉食獣を前にした威圧感とでも言うのだろうか。威嚇だ。だが、本気の威嚇だ。一夏が、たった一度だけ見た事がある千冬の本気だった。その威圧感を身に纏ったまま、千冬は口を開く。
「いいか、決して、彼女に関して問題等を起こすな、起こそうとするな。手を出せば、社会的に死ぬぞ」
それは誇張でもなんでもない。IS操縦者というのは国防の要であり、スポーツとしてメディアに出ている以上、国の代表と言ってもいいのだ。そして、ここに集められているのは、その国の代表候補なのだ。そんな彼らが女性で問題を起こしたとなれば、それは、大問題というレベルではないだろう。そんな人間を代表候補に選んだ国の品格の問題にもなる上に、国の名前に泥を塗ることになるのは間違いない。
「それと、俺がそんな真似を許すとは思うなよ。ちなみに、これは俺の妹だから、ということは関係ない」
最後のは私怨だろう、とは思うが、教室の中で、反論できるものなどいない。千冬の威圧感の前に、その言葉を魂に刷り込むだけだ。目の前には決して手を出してはいけない御方がおり、その人物が守る至高の宝に手を出せるわけがないのだから。
男子達が魂に千冬の言葉を刻む一方、一夏としては、兄に守られているようで、兄の言葉がどこか嬉しかった。
つづく
あとがき
一夏の特技が家事全般というのを見て。ついでに、逆転していたら、問題なんじゃね? という発想の元に生まれた作品です。