はぁ、と織斑一夏は放課後のHRが終わると同時にこっそりと大きく息を吐いた。ようやく、終わった、と思うと一息つきたくなるのも無理のないことだ。何より、一夏は色々と疲れていた。
まず、授業が難しい。専門用語が羅列されるIS関連の授業。つい数週間前までは、ISとはまったく関係のなかった女の子だっただけに、にわか仕込みの知識では授業においていかれないようにするのが精一杯だった。
しかし、授業だけならため息を吐きたくなるほど疲れることはなかっただろう。さらに疲れる要因としては、この環境だ。周りに男子しかいない環境。学園の中で唯一の女子というだけでも、緑の草むらの中に赤いざくろが咲いているようなものなのに、一夏は贔屓目なしに見たとしても美少女と言って過言ではない容姿をしており、スタイルも一部に目を引かれるほど整っている。それがまた無駄に誘蛾灯のように男子をひきつける。
休み時間のたびに他のクラス、他の学年から一夏を見るために廊下に、教室に男子がやってくるのだ。
一夏は、誰でもわかるが、女の子である。女の子が異性からの視線を気にするのは、至極当然のことである。もしも、女の子が他にいるならば、気を抜く瞬間もあっただろうが、ここには一夏一人だけだ。一瞬たりとも気が抜ける瞬間がなかった。
ならば、長い休み時間である昼休みは、というと、これも似たような状況で、気を抜くことなどできなかった。
一夏は本来、弁当を自分で作る派だった。しかし、ここ数日は、引越しのため忙しかったし、今日も入学式ということだけあって、早めに準備したため、昼食を用意するような時間はなかった。だから、仕方なく学食を利用したのだが、これもある種の地獄だった。
一夏が学食に行く事が分かったのか、クラスからぞろぞろと一夏の後ろからついてくるクラスメイト達。気分はまるでハーメルンの笛吹き男のようである。もっとも、連れ去るのはネズミでも子どもでもなく、軍隊を目指すような男たちではあるが。
学食についてからも、いや、学食についてからのほうが一夏の注目度はより高まった。学食はIS学園に一箇所しかない。そのため、全学年が同じ場所に会するのだ。本来、IS学園で見ることがない女子が、しかも、IS学園の制服を着ていれば目立たないはずはなかった。
災難は、それだけでは終わらない。
一夏が学食の中を移動すれば、モーゼのように男子の波が割れ、学食がほぼ満席の中、一夏がようやく空いている席を見つけて座れば、そこから半径5メートル以内に座っていた男子は、席を移動し、一夏の周囲に空白地帯が生まれる。しかし、男子の視線は四方八方からそそがれる。
おかげで、一夏はほぼ食事の味も分からず、食べ方一つにも注意して食べなければならなかった。しかも、学食の定食は、男性用―――しかも、食欲旺盛な高校生男子―――に作られていたのだろう。女の子の一夏にはとても食べきれるはずもなく、出てきたおかずのうち数品を残す羽目になってしまった。
家計を預かる一夏としては許されざる暴挙だが、今回だけは許してもらおうと思った。なにより、あの量を全部食べてしまえば、太ってしまう。いつだって、女の子の敵は体重計なのだ。
さて、そんな風に一日中、男子達の監視のような視線に晒されている一夏だが、それは放課後になった今も変わらない。遠巻きに一夏を見る視線は、昼休みよりも増えているような気がする。
はぁ、と小さく内心でため息を吐くと、この状況を妥協することにした。今は、IS学園で珍しい女子が入ってきたことで上野動物園のパンダのような状況なのだと。今は、珍しいから目立っているだけで、すぐに目立たなくなる、と一夏は自分にそう言い聞かせた。
用事もないのに教室に残っている男子達は、一夏のほうを見ながら何か小声で話している。内容が気にならないといえば、嘘になる。しかし、小声で内緒話をされて気分がいいものでもない。
だから、一夏はこの場所を早く立ち去ることにした。どうせ、別の場所に用事があることだし。
鞄を手に持った一夏は、教室の出口に向かって颯爽と歩き出す。ポニーテールにした髪が揺れ、この学園で唯一のスカートを揺らしながら、教室の出口へ向かう一夏。そんな彼女にありったけの勇気を振り絞ったのか、偶然、出口の近くに座っていた男子が意を決したような表情のまま口を開いた。
「お、織斑さん、また明日っ!」
「ええ、また明日」
多少上ずった声で、やや緊張の色も含んでいたが、一夏はそのことには触れず、笑みを浮かべて極自然にやや会釈をして、挨拶を返した。
返事がもらえるとは思っていなかったのだろう。あるいは、一夏の笑みに当てられたのか、呆然としている男子に気づかないまま、一夏は多数の視線に囲まれながら、教室を後にした。
◇ ◇ ◇
「それで、わたしはどうすればいいと思いますか? 織斑先生」
教室を後にした一夏は、入学式の前に渡された地図を片手に職員室まで来ていた。
最初、職員室に入った一夏は、驚いた。いくらIS学園がISを教えるための学園とはいえ、教師まで全員が男性とは思わなかったからだ。職員室の中であっても一人だけ性別が異なる一夏は、職員室であろうとも非常に目立った。
もっとも、さすがに、大人の男性だけあって、職員室に入室した直後は視線を集めてしまったが、すぐに興味をなくしたのか、一夏が教室で感じたような視線はほとんどなくなっていた。それをありがたく思いながら、目的の人物を探し出した一夏は、彼の元へと歩み寄り、先ほどの言葉を口にしたわけだ。
「何を言っているんだ? おまえは」
「いえ、ですから、一週間後のことですよ」
あ~、なるほど、とでも言うように一夏の兄である千冬先生は、ようやく合点がいったような声を出していた。さすがに一夏の言葉だけでは、意味が不明だった様だ。
ちなみに、一夏が今も実兄である千冬に敬語で話しかけているのは、ここが職員室であるということも起因している。いくら兄妹とはいえ、職員室で立場的には教師と教え子がタメ口で話しているというのは、外聞が悪いし、兄の評価にも繋がるだろう、という気遣いからだ。
一夏のISに関する知識はまだまだ付け焼刃だ。だからこそ、何をやっていいのか分からない。そもそも、ISを操縦するという目的の授業は、これからであり、いきなり一週間後にISを使った模擬戦といわれても無茶である。一週間の授業だけで模擬戦ができるような腕前になるようであれば、IS学園などいらないだろう。
一夏がセシルにISで適わないことぐらいは、分かっている。ISの腕前とは基本的には搭乗時間に比例する。もちろん、ISとの相性も関係してくるだろうが、あのような態度であろうとも国家代表候補なのだ。ISとの相性が悪いとは到底考えにくい。
ISの搭乗時間に関して言えば、一夏は十五分程度であり、セシルは国家代表候補である以上、かなりの時間をISに搭乗していることは容易に想像できる。今日から一週間、毎日ISに乗ったとしてもセシルの搭乗時間に追いつくのは不可能だろう。
だが、簡単に負けたいとは思わない。一夏は自分がそれなりに穏やかな性格だとは思っているが、その一夏をして堪忍袋の尾を切らせるようなやつなのだ。セシル・オルコットという男は。負けるにしても一矢報いたい気持ちが一夏にはあった。
しかし、独学では、到底不可能だ、と授業の合間に結論付けた一夏は、こうしてISの操縦に関しては、おそらく世界で一番詳しいであろう実兄の千冬に相談に来たのだ。
「お前は、オルコットに勝てると思っているのか?」
「勝てないと思います。でも、負けるのが当然だから、という理由で何もしないのは嫌です。せめて一矢ぐらい報いたいじゃないですか。それに―――」
そこで、何かを思い出すように一呼吸おいて、一夏は続きを口にした。
「女ってだけで、馬鹿にしたあの男の鼻を明かしてやりたいと思いまして」
そう、クラス長に一夏が推薦されたとき、セシルは、一言たりとも一夏の名前を呼ぶことはなかった。もしも、一夏本人を馬鹿にしているならまだ、納得できる。しかし、彼の言い方は、『女が』『女のくせに』だった。まるで、すべての女性を見下すような言い方に一夏は頭に来ていた。
しかし、悲しいかな。彼にISで対抗するための女性は、今のところ一夏しかいないのだ。ここで一夏があっけなく当然のように負けてしまえば、彼の女性に対する認識は変わらないだろう。だから、勝てないまでも、せめて無様に負けることは許されないのだ。すべての女性の威信を守るために。
などと格好いいことを考えてみるが、単に一夏が、女という性別だけで馬鹿にするセシルが許せないだけなのだが。
一方、千冬は、一夏の言い分を聞くとにっ、と笑っていた。
「なるほどな。お前の心意気は分かった。いいだろう、えこひいきはできんが、教師として協力できる部分は協力してやろう」
千冬の返事に、一夏は心の中でよしっ、とガッツポーズを取った。千冬の協力を得られたことは大きい。なぜなら、千冬は、ISの国際大会において、日本代表として出場し、総合部門で優勝した覇者なのだ。つまり、ISでの戦闘では、上から数えたほうが早い実力者。その実力者の協力は小さいものではない。
「そうだな、助言としては、基礎体力、知識、それと相手の詳細だな」
「基礎体力と知識とあの男の詳細……ですか?」
千冬の言葉の意味をよく理解できなかった一夏は、思わずそのまま問い返してしまう。その態度で、理解していないと感じたのだろう。千冬が一つ一つ丁寧に説明してくれた。
基礎体力。これは言うまでもない。ISは確かに強力な兵器ではあるが、扱うのは人間だ。しかも、ISは人間の手足の延長のように扱うことで動かす事ができるのだ。つまり、ISで戦闘することは、生身で戦闘することと体力的には変わらない。いや、音速に近い速さで戦闘したりすることを考えると体力は生身よりも必要なのかもしれない。
次に、知識。ISは兵器である。つまり、扱い方がある。今の一夏の状況は、自動車でいうなら、教習所に通い始めたばかりの学生である。ISを扱うためには、アクセルはどこか、ブレーキはどこか、標識の意味は、ギアを変えるタイミングは、などと色々知識不足の部分がある。その状態で車を、ISを動かすことなどできはしない。つまり、ISに関する知識を完璧にすることは急務であった。
最後に、相手の詳細。本来であれば、自分のISとあわせて見ていくべきなのだろうが、残念ながら、一夏のISは手元にないため、それは不可能である。よって、せめて相手の特徴だけでも掴んでおくべきであるというのが、千冬の言葉であった。もっとも、セシルは専用機持ちなので、詳細を調べることは難しいらしいが。
「まあ、一週間という期間を考えれば、このくらいだろう」
「そう、ですね」
千冬の言葉に相槌を打ちながら、一夏は、千冬が言った内容を吟味していた。
基礎体力―――たぶん、問題ないはず。体型維持や体を引き締めるためにジョギングも毎日やってたし。
知識―――少し不安。でも、一週間あれば、かなり覚えられるはず。
相手の詳細―――こればかりは不明。でも、少し考えれば、あの男から聞き出すことも可能かも?
以上が、一夏が結論付けた内容だった。
あのセシルに勝つことが、厳しいのは最初から分かっている。だが、やるしかない。やるべきこと、やれることは、もう千冬が示してくれたのだから。後は、一週間後、もしも、負けたときに後悔しないように頑張るだけだ。
「ありがとうございました」
「ん、頑張れよ」
最後の一言だけは、教師としての織斑千冬ではなく、織斑一夏の兄としての織斑千冬の言葉だということがわかって、一夏は少しだけ嬉しかった。ここに素直に応援してくれる唯一の肉親がいることが、無性に嬉しかったのだ。
さて、応援もしてもらったことだし、早速頑張るぞ、と気合を入れたところで、まるで、その気合を根こそぎ抜いてしまうような声が職員室の中に響いた。
「織斑さ~ん」
自分の名前を呼ぶのは誰だろう? と振り返ってみると、そこには、大きく手を振りながら、職員室の先生達に埋もれるようにして、少し大きめのスーツを着た、いや、彼の場合、スーツに着られている、という表現がぴったりな一夏のクラスの副担任である山田真耶がようやく飼い主を見つけた子犬のような表情で一夏の方に向かっていた。
「はぁ、よかった。ここにいたんですね。教室にいなかったので、探してたんですよ」
もしかして、放課後から今まで自分を探してくれていたのだろうか。そう思うと申し訳ない気持ちになる。
「すいません。勝手にいなくなってしまって」
「ああ、いいんですよ。僕が何も言ってなかったのが悪いんですから」
「……そうですか」
真耶が笑って、あっさりと自分が悪いという真耶に申し訳ないと思ったが、ここで自分が何を言っても真耶は譲らないだろう。だから、一夏は、とりあえず、この場は納得することにした。
「それで、どうかしましたか?」
「あ、そうでした。実は寮の部屋について説明があることを忘れていまして。織斑さん、まだ部屋の鍵も貰ってないでしょう?」
真耶に言われて一夏は、ようやくその事実に至った。今日は、一日、気が抜けなかったので、そんなことにまで気が回らなかったのだ。
IS学園は、ISの操縦者を育てる学園だ。そして、IS操縦者というのは国防の要であり、重要人物であることは疑いようがない。そのため、IS操縦者たちを保護するという目的の下、IS学園は全寮制の制度を取っている。もっとも、IS学園は世界規模の学園のため、留学生が自然と多くなり、部屋を確保するのも一苦労するため、という裏話もあるのだが。
そして、そのIS操縦者達の中でも一夏はさらに特別だ。なぜなら、60億の人類の中で唯一ISを操縦できる女性なのだから。その希少性は、IS学園に存在するどの学生よりも高い。そのため、部屋のセキュリティー等が特殊なものになるため、寮の部屋に関して説明がある、と入学式のときに言われたのを一夏はようやく思い出した。
「すいません、すっかり忘れていました」
「いえいえ、どちらにしても、部屋の前で思い出すでしょうから問題ないですよ。それじゃ、早速行きましょうか」
「あ、はい」
膳は急げとばかりに、歩き出す真耶。彼を追いかけようと一夏も歩みを進めようとするが、その前にやらねばならない事があった。
「では、織斑先生。また、明日」
「ああ、気をつけて、帰るんだぞ」
職員室から寮までは、外を出てから50メートル程度しかないのに、気をつけるも何もあったもんじゃないんじゃないだろうか、と思い、兄も心配性だな、と内心で苦笑しながらも、表面上は、「はい」と答えて、一夏は千冬に背を向けた。
真耶の後を追って、少しだけ小走りに歩いた後、不意に後ろから別れを告げたはずの千冬が背中越しに話しかけてきた。
「ああ、そうだ。お前の幼馴染の篠ノ之がいるだろう。彼と縁がまだ続いているのであれば、彼から剣道を鍛えてもらうといい」
千冬の言葉があまりに唐突すぎて、意味を解しかねる一夏だったが、千冬が今更意味のないことをいうはずがない、と思い、とりあえず、「分かりました」と答えて、今度こそ本当に千冬は、職員室を後にした。
◇ ◇ ◇
IS学園の寮の一角。本来ならば、男子しかいない寮に唯一存在する女子として、一夏はたくさんの視線に晒されながらも、真耶の先導の下、自分の部屋の前に来ていた。
「はい、ここが織斑さんの部屋です」
「普通の……部屋ですよね?」
特別なセキュリティーがあるなどと言っていた割には、見た目上は、周りの部屋と変わらない。
「それはそうですよ。ここは、織斑さんが来るから、特別に急ごしらえで改造した部屋なんですから」
あっけらかんという真耶の言葉に驚く一夏。自分一人のために特別に一室を急ごしらえで改造するとは考えられなかったからだ。しかし、よくよく考えてみれば、一夏のためだけに女子寮を併設するわけにはいかないだろう。なにせ、ISを動かせる女子は世界で一夏しかいないのだから。女子寮を建てるということは、一夏の家を建てるのと変わらない。
ならば、一室を改造したほうが安上がりになるのは間違いない。
「いいですか、部屋に入るときは、まず、ここに番号を入力します」
そういうと、真耶は部屋のドア付近の壁に設置されたテンキーのようなものから4桁の数値を入力する。すると、一見、普通の壁のように見えた場所が、急にぱかっ、と開き、中からまるで、プラスチックの画面のようなものが出てきた。
「それで、ここに織斑さんの指を置いてください」
「こう、ですか?」
とりあえず、言われたとおりにプラスチックの上に親指を置いてみる。すると、親指を置いて数秒後、ガチャっ、という鍵でも開いたような音がドアから聞こえてきた。
「はい、これで、部屋の鍵が開きました」
どうやら、一夏の考えた音の予想は外れではなかったらしい。
しかし、ずいぶん厳重だと思う。まず部屋に入るのは4桁のパスワードが必要で、しかも、指紋と静脈認証が必要となっている。どこの機密が詰まった研究所なんだ? と言いたくなる。
「はい、今度は入ってみてください」
部屋の頑丈さに驚きながらも、一夏は真耶に言われるままにドアを開いて部屋に入る。その後ろから、ドアを開けたまま真耶が部屋に入らず、呆然としている一夏に声をかける。
「どうですか?」
「なんというか……すごいですね」
一夏が驚いたのも無理はない。なぜなら、そこは、一夏の実家での一夏の部屋よりも広いのだから。壁の埋め込み式のクローゼット、本棚、勉強机、ベット、簡易キッチン。一人暮らしするには十分すぎるほどの設備が揃っていた。ただ、引越しのために持ってきたダンボールが少しだけ無粋だったが。
「元々、ルームシェアすることを前提に作られてますからね」
なるほど、それならば、部屋の広さにも納得だ。しかし、女性は一夏一人であり、ルームシェアする女性などいないわけで、この部屋は一夏の部屋となっていた。
「部屋に備え付けてある備品は自由に使ってもらって構いません。あ、後、お風呂についてですが、ごめんなさい。本当は、寮には大浴場があるんですけど、織斑さんは、部屋のお風呂で我慢してもらえませんか?」
「え?」
真耶の言葉にちょっとだけ残念に思う一夏。一夏は、お風呂好きであり、実家にいるときは、一時間でもお風呂に入れるほどのお風呂好きだ。特に広いお風呂は好きであり、温泉などにも目がない。それなのに、大浴場に入れないとは。
「ああ、ごめんなさい。他の皆さんが、男の子でしょう。だから……その、織斑さんが、大浴場に入るとなると色々問題が……」
おそらく、色々問題の部分は、話したくないのだろう。一夏を誤魔化すようにお茶を濁す形で言う真耶。だが、真耶の気遣いも虚しく、一夏はおおよその理由を理解していた。ここにいるのは思春期の男子だ。そして、一夏は唯一の女子。状況がそろいすぎている。学園側としても、学生を信じてはいるが、問題となる行為が起きる前に芽を潰しておこうということなのだろう。
「分かりました。大浴場に入れないのは残念ですけど、部屋のお風呂で我慢します」
「ありがとうございます」
本当なら、心配してもらった一夏がお礼を言う場所なのだが、逆にお礼を言われてしまって、一夏はなんだか、申し訳ない気分になってしまった。
「そうですね、気をつけて欲しいのは、この部屋はオートロックになっています。ですから、きちんとドアを閉めてくださいね。また、この部屋に男子を入れるのは厳禁です。もしも、男子と話があるときは近くのサロンを使ってください。あ、後、必ず部屋を尋ねてきた人には、対応する前にこのインターフォンで相手を確認してください」
どうやら、学園側は、本当に一夏の安全を確保するつもりらしい。というか、学園側の男子を信用していないのだろうか。いや、15歳から18歳ということを考えれば、どんな行動に出てもおかしくない、と考えているのかもしれない。もしも、大丈夫だろう、で構えており、一夏に被害がでれば、それは世界の損失になりかねないのだから。
しかしながら、いささか過剰すぎる気もするが。
「それじゃ、後は大丈夫ですかね? 一応、このインターフォンからは、僕と織斑先生へつながりますから、何かあれば、すぐに連絡してください」
それじゃ、引越しの片付けなんかもあるでしょうから、僕は、これで、という言葉を残して、真耶は、寮の廊下へと消えた。ドアが閉まった後、真耶の言葉を証明するようにガチャっ、とオートでロックがかかる。
「……とりあえず、片付けますか」
自分ひとりのために過剰じゃないだろうか、と少し考えていたのだが、用意されてしまったものは仕方ない。何より、この空間は一夏にとってありがたかった。この学園では気を抜く場所などないと思っていた。しかし、この部屋であれば、誰からも見られる心配はない。
間違いなく、この部屋は一夏の城だった。
女の子とは見られることを意識する生き物である。一夏は、今日、一日でかなりの数の男子から見られていることも、一部に視線が集中していることも気づいていた。視線そのものは、中学時代にも味わった事がある視線で今更、どうということはない。しかし、いつも見られているということを自覚しているのは大変だ。
女の子である以上、みっともない姿を見られたくない。可愛い自分を見て欲しい、と心のどこかで必ず思っている。故に、一夏はこの学園では気が抜けないのだ。
しかし、この部屋は別だ。この部屋は本当に一夏のプライベート空間だ。十分に気を抜いてもいい。こんな空間があるならば、学園生活もかなり楽になるだろう。
こんなに良い部屋を用意してくれた学園に感謝をしながら、一夏は、鼻歌交じりに引越しの荷物を片付けるのだった。
つづく
あとがき
一夏の部屋を誰が用意したのかは語るまでもない・
タイトル『織斑一夏は誰の嫁?』『TS〈トランス・ストラトス〉』
『ISで乙女ゲー』『IS/TS』『織斑一夏は誰の嫁?』『IS SOT』『Infinite Lithosphere(インフィニット リソスフィア)』
すべてのタイトル候補の後には『全員性別反転(ALL TS)』を追加