篠ノ之箒は、朝早くから寮の中庭で木刀を一心不乱に振っていた。これが篠ノ之箒の日課である。
いつもなら、木刀の太刀筋を確認しながら、一振り、一振り丹念に木刀を振るうのだが、今日はいつもと少し勝手が異なった。
―――これでよかったのだろうか。
箒が思い返しているのは、昨日の四時間目のことである。
クラスメイトであるセシル・オルコットと幼馴染の織斑一夏が言い争いの末、ISを使った模擬戦を行うことになったことだ。あの時、箒は彼らをただ見ているだけだった。いや、最初は割って入ろうとも思った。しかし、一夏がセシルに対して言い返したことで箒は、彼らの間に入り込むのをやめた。
箒は自分が口下手であることを知っている。素直に思っていることを伝えられないことを知っている。故に、あのような舌戦に割ってはいることはできないのだ。たとえ、入ったとしても一夏の立場をより悪い位置にやりかねない。だから、箒は静観しているしかなかった。
話の途中までは、箒が静観していて正解だと思えるような流れだった。しかし、最後の最後で大逆転が起きてしまった。担任であり、織斑一夏の実兄である千冬の乱入だ。一夏が不利だということは目に見えて明らかなのに彼は、一夏とセシルに対してISによる模擬戦をクラス長を決定する決闘の種目に決めてしまった。
千冬が言うことは妥当だということは分かっている。ならば、恨むべきは、己の未熟さか。
セシルと一夏が言い争いを始める前に自分が、間に入ればよかった。口下手な自分に何ができたかわからない。
しかし、それでも、最後にはISによる模擬戦が決められてしまうのであれば、少なくとも自分は、彼女の代わりに模擬戦の対戦相手になることぐらいはできたのではないだろうか。もちろん、箒が対戦相手になったところで、セシルには適わないのは分かっている。相手は、国家代表候補であり、箒は、兄の所為でここにいるに過ぎないISランクCなのだから。
だが、一夏は、今、セシルと戦うということでさらに注目を集めている。もしも、自分が戦っていれば、少なくとも、今ほど注目が集まることはなかっただろう。
自分に少しの勇気がなかった所為で、彼女をさらに視線を集める立場に追い込んでしまった。それは、箒の自惚れなのかもしれない。もしかしたら、彼が動いても何も変わらなかったかもしれない。しかし、今の箒にとっては、動かなかったことこそが後悔なのだ。
「あれ? 箒じゃない」
自責の念に駆られながらも、身体は機械のように木刀を振り続けている箒の名前を呼ぶ声が聞こえた。しかも、それは、このIS学園では本来聞く事ができないはずの男では出す事ができない高い女の子の声だ。現状、その声を出すことができるのはただ一人だけであり、箒が自責の念に駆られる原因だった。
「……一夏」
木刀を振る腕を止めて振り返ると少し離れたところから、彼が予想した通り一夏が箒の方に向かってジョギングのペースで走ってきていた。
「おはよう、箒」
「ああ、おはよう」
箒から少し離れたところで立ち止まると一夏が挨拶をしてきたので、箒も挨拶を返す。素っ気無いような挨拶になってしまったが、それも仕方ない。なぜなら、箒の意識は、今それどころではないのだから。
振り返った箒の視界に入ってきたのは、ピンク色のジャージに身を包み、タオルを肩にかけ彼女の特徴とも言えるポニーテールを揺らす一夏だった。一夏は、たった今、寮から出てきて走り始めたのではないのだろう。彼女の白い頬は、ほんのり上気しているし、額にはうっすらと汗をかいている。しかし、彼女が近くに寄ってきたときに香る匂いは、ほんのりと甘い匂い。彼女も走ってそれなりに汗をかいているはずなのに。中学生時代、剣道部に所属していた箒は、夏の地獄を知っている。同じ人間でも男女でこんなにも違うものか、と箒は女性の神秘のようなものを感じた。
「どうかしたの?」
「いや、なんでもない」
まさか、一夏から香ってくる匂いでドキドキしていたなどと変態めいたことを言えるはずもなく、箒にできたことは、純粋に小首をかしげて尋ねてくる一夏から視線を外すことだった。
「……なんで、走ってたんだ?」
これ以上、追求されては困る、と箒は必死の覚悟で話題を振った。幸いなことに一夏は箒に不審な態度を感じなかったのだろう、話を変えられたと気づくことなく、箒の質問に答えてくれた。
「ああ、これ? 一週間後に備えて、体力づくりよ」
「体力づくり?」
一週間後というのはセシルとのIS模擬戦というのはわかった。しかし、箒には、それがどうして体力づくりに繋がるのか分からなかった。一夏も箒が疑問系で聞いたことに気づいたのだろう。箒が分かるようにわざわざ説明してくれた。もっとも、箒は知る由もないが、その説明は、昨日の千冬の説明を踏襲したものではあったが。
「なるほど」
一夏の説明に箒は、納得した。確かに、ISは、戦闘機のように操縦桿を握るわけではない。ISをパワースーツのように身にまとって動かすのだ。ISを全力で動かすためには体力もそれなりに必要だろう。だが、それが一年後なら分かる。しかし、模擬戦は一週間後だ。一週間ちょっと走ったぐらいで一体どれだけ体力が向上できるのだろうか?
「だったら、どうするの?」
そのことを尋ねた箒は、逆に一夏から質問される羽目になってしまった。
「一週間しかないから、一週間じゃやっても意味ないから。そんな理由で、何もやらないで、あっさり負けるの? わたしは、嫌だな。確かに足掻きかもしれないし、意味がないかもしれない。でも、頑張った事実は、わたしが実感している。その事実が最後の一押しに、もしかしたら、あの男に一矢報いられるかもしれないでしょう」
それに―――と、一夏は続ける。
「もし、あの男に負けて後悔する事があっても、やらないで後悔するより、やって後悔したほうがきっと気分がいいと思うから」
一夏のその言葉に箒は衝撃を受けた。
そう、そうだ、自分は何を考えていたんだ、と。その言葉は、先ほど自分が自責の念に駆られていた理由となんら変わりない。やらずに後悔して、酷い後悔に陥ることは箒が実体験しているではないか。だというのに、自分は無神経な質問をしてしまった。
「すまない」
「え? なにが?」
本当に分かっていないみたいだった。当然といえば、当然だ。一夏は箒が昨日のことで後悔しているなど知らないのだから。一夏からしてみれば、箒が純粋に聞いただけと思っているのだろう。だから、箒が謝罪した意味が分からない。一方の箒も一夏に上手く説明できるはずもなく、誤魔化すように、なんでもない、というのが精一杯だった。
「あ、いけない。そろそろ時間ね」
「ん? まだまだ、時間はあるが?」
この後は、朝食、授業という流れになっているのだが、朝食を食べに行くにはまだ三十分以上ある。箒が木刀の素振りを終えるのは、いつも、朝食開始時間の十五分前だ。だから、箒は、そろそろ時間だ、という一夏が分からなかった。
しかし、それは一夏からしてみれば、箒のような男子の意見だったのだろう。一夏は、くすっ、と笑って、烏の濡れ羽色のポニーテイルを翻し、少し小ばかにしたような口調で箒に言葉を残す。
「バカね。女の子は、身支度に時間がかかるのよ」
あ、と箒は思う。容姿が変わり、綺麗になったと思っていたが、箒の中では、まだ一夏は小学生のままだったのだ。だから、女性が身支度に時間がかかると一般的な知識は知っていても、それが一夏と繋がることはなかった。しかし、今の一夏の言葉で箒ははっきりと理解した。理解してしまった。もう、あの頃とはまったく違うのだと。
それが寂しいようで、しかし、どこか新しい一夏を知ったようで、箒の心臓はドキドキと高鳴るのだった。
◇ ◇ ◇
授業を始めるために千冬先生が教室に現れると同時にふぅ、と一夏は大きく息を吐いた。
休み時間よりも授業時間のほうが気が楽になるとは、一体どういうことだろうか。普通は逆だとは思うのだが。
一夏が授業中のほうが気が楽に感じるのは、視線の数だ。休み時間のたびに感じる周りの男子からの視線。『興味津々ですよ、でも、どうしていいのか分かりません』という感じの視線だ。いっそのこと、話しかけてくれたほうが気が楽になるのだが、誰もその突破口を開こうとはしない。
しかも、休み時間のたびに廊下からも視線が増える。おそらく、他クラスや他学年の学生なのだろう。しかも、その数は、入学初日よりも増えているような気がする。しかも、ところどころの会話を拾ってみれば、『国家代表候補』『模擬戦を』『月曜日に』『第三アリーナ』などの言葉だ。おそらく、昨日のセシルとの模擬戦の事が話題になっているのだろう。
休み時間は、そのような多数の視線に晒されるわけだが、授業中はそうはいかない。自分のクラスで授業があるし、授業中に自分に視線を向ける余裕があるわけではない。いや、時々、感じるのだが、休み時間の数と比較すれば、無視できる程度のものである。
もっとも、一週間後に模擬戦を控えた身としては、ISに関する知識は何よりも必要であるため、気が抜けないのは同じなのだが、気疲れという点では、授業中のほうが圧倒的に負担が少なかった。
「授業を始める前に織斑、お前のISだが、準備までに時間がかかる」
「え?」
授業の前にいきなり名前を呼ばれて一夏は驚いたように変な声を上げてしまった。しかし、それを気にせず、教卓の前に立った千冬は話を続ける。
「予備機がない。よって、学園のほうで専用機を用意するそうだ」
千冬の言葉にクラス全体がざわついた。理由は、一夏も分かっている。『専用機』その言葉だ。
一夏は、自分が特別だとは思っていた。なにせ、女性で唯一、ISを扱えるのだから。しかし、認識はまだまだ甘かったというべきだろうか。まさか、実力も示していないというのに専用機を用意してもらえるとは。もっとも、それは初の女性搭乗者ということでデータ集め、実験機という色合いのほうが強いのだろうが。
しかし、それでも一週間後の模擬戦を控えた一夏にとっては、朗報であることは間違いなかった。
専用機という言葉を聞いて、何人かは驚いたような表情をしており、何人かは羨ましそうな羨望の眼差しを一夏に向けていた。当然といえば、当然である。要するに専用機とは、IS搭乗者を目指すものたちの究極の目的と言ってもいいのだから。
「はっはっはっ! そうか、お前にも専用機が与えられるのか。安心したぞ。まさか訓練機で、この俺に立ち向かおうなどという馬鹿な選択は考えてなかっただろうがな」
一夏が専用機を与えられると聞いて、一番大きく反応したのは、一週間後に模擬戦を行う張本人だった。セシルは、椅子に座ったまま腕を組んで、偉そうな態度を崩さず笑っていた。
「まあ、例え、専用機を与えられようとも、俺にハンデがあろうが、最初から勝負は見えているが。このセシル・オルコット操るイギリス第三世代専用機『ブルーティアーズ』に適うはずもあるまい。せいぜい、無様に負けないようにするんだな」
相変わらず頭にくる言い方をする奴だ、と一夏は思ったが、それは表に出さなかった。ここで憤っても意味がないからだ。むしろ、それは模擬戦まで取っておく。きっと、この馬鹿にされたときの悔しさがばねになるだろうから。
しかし、それでも、負けないという決意を新たにするには十分だった。
さて、千冬から一夏の専用機に関する爆弾発言の後、果敢なくISに関する授業は終了した。次は、お昼休み。誰も彼もが昼食を食べるためにどこかに移動する時間だ。そんな中、一夏は、初めて自分から行動した。相手に迷惑がかかってしまうかもしれないが、背に腹は変えられない。勝つためには、彼の協力が必要なのだから。
………たぶん。
「箒、ご飯食べに行きましょう」
「え?」
突然、話しかけられたことに驚いたのだろうか、箒の呆けた顔が少しだけ笑えた。
二人並んで学食へと向かう。二人に向けられる視線は倍になったような気がする。いや、一夏に向かう視線は減り、減った分の視線がそのまま、箒へと向けられている。「誰だ、あれ?」「篠ノ之ってやつだろう?」「織斑さんと何か関係あるのかな?」という囁きも聞こえる。
やっぱり、やめたほうがよかったかな、と一夏は思ったが、箒は視線を気にした様子はなく、無言だが、黙々と学食に向かっているのがせめての救いだった。
学食にはすぐに到着する。学食は昼食を求める学生達でごった返しており、注文するのも一苦労しそうな感じだ。しかし、その人ごみはあまり一夏には関係なかった。なぜなら、一夏が通れば、まるでモーゼのように人の波が割れるからだ。まるで、一夏は触れてはいけないもののように扱われている。
もっとも、これは一夏にとっては幸いだった。なぜなら、もしも、この人ごみに押しつぶされるとすれば、一夏にとっては恐怖だからだ。一夏の身長は155センチ。しかし、周りの男子は誰もが頭一つ分は身長が高い。つまり、一夏にとっては、男子は壁のように感じるのだ。
だから、視線を集めるのは嫌だが、学食に来るときだけは、便利だと思っていた。
「こっちが空いてる」
二人して、日替わり定食を頼んだ後、一夏よりも、周りの男子よりもよっぽど背が高い箒が席を見つけてくれる。箒を誘って助かった、と思った。この人ごみの中、一夏だけでは席を見つけるのも一苦労だからだ。
一夏と箒は、箒が見つけた席に対面で座り、いただきます、と手を合わせた後、日替わり定食を食べ始める。今日は焼き鯖と味噌汁などの和風だった。IS学園の学食は、料理が趣味で多少、味には五月蝿いはずの一夏をして満足させるほどの出来だ。しかし、問題があるとすれば、昨日も感じたが、その量だ。
丼のような茶碗に、焼き鯖二匹、味噌汁と明らかに高校生男子用に作られた食器と食事。女の子の一夏には辛い食事だった。
「ねえ、箒。これ、食べる?」
「……………貰おう」
差し出した焼き鯖を受け取る箒。美味しいのに残してしまうのは、心が痛むのだ。だから、箒が受け取ってくれてよかった、と思った。少し、軽率だったかな、とは思うものの、こっそりだったし、一夏が箸をつけたわけでもないので、冷やかされる要素はないだろう、と考える。
「それで、何用だ?」
いきなり、箒が切り出してきた。話が早いというべきか、いきなりだなぁ、という感想を持つべきか悩んだが、こちらも時間がないのだ。だから、いきなり話を切り出してくれた箒に感謝しながら、一夏は箒に頼む内容を告げる。
「あのね、箒に剣道を教えて欲しいの」
それが箒を誘った理由だ。昨日、帰り際に千冬が言った言葉。千冬があの場で、意味のないことを言うわけがない。むしろ、最後の最後に言う辺り、大切なことになのだろう。それは実兄に対する信頼だった。
「ふむ、そうだな……」
ずずぅ、と味噌汁を吸いながら、箒は何かを考えていた。一夏は、そんな箒を食事を続けながら、答えが出るのを待つ。しばらく、食が進み、ようやく箒が答えを口にしようとしていた時、不意に隣から人が立つ気配がした。
「なあ、君、噂の子だろう?」
声に反応して、見てみると一夏のやや後方に人が立っていた。おそらく、三年生。首の辺りのマーカが赤だからだ。一年生は、青、二年生は、黄色、三年生は赤だ。
本来は、敬意を払うべき年上の先輩だ。しかし、一夏には敬意を払う気にはなれなかった。なぜなら、彼が浮かべる笑みが、自然な笑みではなくニヤニヤとでもいうべき笑みだからだ。その笑みは、一夏もよく知っている。駅前で親友と待ち合わせしていれば、何度も遭遇する笑みだ。
「どの噂か分かりませんが、そうでしょうね」
だから、彼の質問に一夏は素っ気無く答えた。
素っ気無く答えれば、やがて興味を失うことは一夏の経験則だ。しかし、その先輩は、空気が読めないのか、あるいは、一夏が素っ気無い態度を取っていると気づいていないのか、一夏の断わりもなく、隣に腰掛けた。
「代表候補生の奴と勝負するって聞いたが」
「ええ、そうですね」
一夏は視線を合わせることなく、斬り捨てるように端的に答えた。どうせ、相手も自分の顔など見ていない。彼が見ているのは、一夏の胸であることは分かっていた。女の子というのは、自分が見られている視線には鋭い。特に一夏は、その目立ちすぎる特徴で何度も不快な目にあっているので、特に鋭いのだ。
見るな、とは言わない。自分の胸部が目立つのは自覚があるからだ。しかし、じっと見るのは、どうなのだろうか。せめて、箒のようにすぐに逸らすぐらいの紳士さは見せて欲しいと思う。
「でも、君、素人だろう? IS起動時間いくつよ?」
「15分ぐらいでしょうか」
「それじゃ、無理だな。ISってのは起動時間がものをいうんだ。代表候補生ぐらいなら300時間は乗ってるだろうな。だからさ―――」
そこまで言うと、不意にその先輩は、一夏の方に向かって体を寄せてくる。昼食の最中だということもあって、一夏の反応も少し遅れてしまう。もしも、常時であれば、こういう手合い相手にはもう少し緊張感を持つのだが。時と場所も選ばないとは思わなかった。
「俺が教えてやろうか。ISについて」
ぞわっ、とした嫌悪感が這い上がる。名も知らぬ先輩が浮かべる笑みと視線には明らかな下心が隠しもせず含まれており、そんな男が隣に座っていると思うと、一夏の身体全身に鳥肌が立つほどの嫌悪感を感じたのだ。
「心配無用。彼女には俺が教えます」
不意に割り込んできた声。それは、正面に座った箒のものだった。突然、割り込んできた声に反応したのだろう。先輩は、少しだけ体を一夏から離すと、箒をまっすぐ睨みつけた。
「あぁん? んだよ、一年はすっこんどけよ。三年の俺のほうが上手く教えられるに決まってるだろう」
「……俺は、篠ノ之束の弟です。その言葉の意味……分かりますよね?」
その言葉と共に箒もまっすぐ先輩を睨みつける。しかし、同じ行動にしても箒と先輩では威圧感が異なる。当然だ。先輩は、ただ年上という年齢だけを根拠にしたものだが、箒のそれは、彼の実力を背景にしている。仮にも全国一に輝いた男だ。威圧感で勝負になるはずもない。
「くそっ……」
吐き捨てるようにして、舌打ちすると先輩は、逃げるように一夏の隣から立ち上がるとその場から姿を消した。一夏の周りに座る男子達の怒りの篭った視線に晒されながら。実は、一触即発だったのだな、と今更ながら一夏は気づいた。おそらく、あのタイミングで箒が入ってこなければ、周りの無数の男子が彼を襲っただろう。危うく入学二日目にして騒ぎを起こすところだった。
「あ、あの……箒、ありがとう」
「問題ない。放課後、剣道場だ」
実に簡単な言葉。しかし、それだけで分かった。先ほどの先輩に言った言葉は嘘ではなかったのだ。箒はどうやら本当に一夏に剣道を教えてくれるようだ。
「うん、分かった」
一夏は、先ほどの不快なことはしっかりと水に流して、放課後に思いを馳せながら少し冷めた昼食を口にするのだった。
◇ ◇ ◇
さて、どうしてこうなった? と篠ノ之箒は、放課後、剣道着を防具なしの状態で着ながら考えていた。ちなみに、一夏は今は着替えに行っている。更衣室は交互に使うしかなかったからだ。
あの時、箒が考えたのは、自分が本当に剣を教えていいのか、という自問だった。全国大会で優勝したとはいえ、まだ母の剣に届いたとは思っていない。そんな自分が本当に剣を教えていいのか、と。もっとも、それは、とある先輩の乱入で思わず肯定してしまっていたのだが。
―――しかし、一夏と一緒に剣道か……久しぶりだな。
篠ノ之家と織斑家の付き合いは長い。しかも、母親が剣道場を開いていたので、小学生の頃は、箒と一緒に一夏も剣を振ることは珍しくなかった。しかし、だんだん、大きくなるにつれて、一夏は剣よりも料理に興味を示し、稽古の途中で、父親と一緒に夕食を作る事が多くなったが。
その間、自分は母と一緒に剣を振るい、夕飯ができると母と一緒に父と一夏が作った夕飯を食べていた。
なんだか、父と母が世間一般の役回りとは逆のような気もするが、気にしない。家庭はそれぞれだ。
「お待たせ」
着替えに行っていた一夏が戻ってきた。ふむ、と箒は、一夏の剣道着姿を見る。一瞬、羽織る形だけの剣道着の上着だけに一夏の目立つ一部が強調されていたが、慌てて視線を逸らしていた。
「そ、それじゃ、まずは素振りからやるか」
最初は並ぶ形で一緒に素振りを行う。一夏も、まったくの素人というわけではないのだ。しかし、剣道は、三日のサボりを取り戻すには七日必要というように腕が鈍る。いや、勘を忘れてしまう。見たところ、一夏が剣を振るっていた様子はない。おそらく、一週間という期間でできるのは勘を取り戻すことだけだろう。
それでもいいのだと思う。やらないで後悔するよりも、やって後悔したほうがいいのだから。
しかし、箒の予想はいささか外れていた。確かに、一夏は勘を忘れていたといっても良い。だが、少し一緒に素振りを行って、箒が一通り、指摘してやるとすぐに会得するのだ。まるで、スポンジが水を吸うように。もっとも、彼女は女の子だけあって、力がやや足りないが、それも補っていくしかないだろう。
なにより、振り方がしっかりしていれば、ISに搭乗する以上、力はあまり関係ないはずである。
―――色々な技を教えるべきか、あるいは、基本を繰り返させるべきか……
習得時間が短いのであれば、様々な小手先の業を教えてやるか、あるいは、土台をしっかりするために基礎とそこから派生する技にするか、どちらかを選択するか、一夏の育成計画で悩む箒だった。
セシル・オルコットとの模擬戦まで残り5日、一夏の剣の腕前は箒にかかっているのだった。
つづく
あとがき
箒の両親の設定変更。
タイトル決定『織斑一夏は誰の嫁?(全員性別反転:ALL TS)』です。タイトルの考案ありがとうございます。
次は、ISの待機状態の形状を募集。アクセサリーがいいのかな? なんか、アイディアあれば。
さて、以下、TS化イメージ。
織斑一夏:原作、篠ノ之箒をもうちょい胸を大きくした感じ
篠ノ之箒:原作、織斑一夏+長髪(うなじ辺りで結っている)
セシル・オルコット:ラインハルト・ローエングラム
織斑千冬:原作、織斑一夏を筋肉質にして切れ目にした感じ
山田真耶:ネギ先生っぽい感じ