「ねえ、箒」
「なんだ?」
一夏が放課後に箒から剣道を習うようになってから5日後。つまり、セシルとの模擬戦闘当日。彼らはIS学園の制服のまま第三アリーナで待機していた。
おそらく、第三アリーナの外では、たくさんの男子学生が詰め掛けているだろう。普通の模擬戦なら、来るのはちらほら、よほど注目のカードでもなければ、クラスメイトぐらいだろう。だが、今日の模擬戦は、世界で唯一ISが動かせる女性である織斑一夏が対戦相手というだけで、特別な模擬戦である。
そのため、観客の入りは、ほぼ満員。噂のISに搭乗できる女子を一目見ようとIS学園のほとんどの生徒が第三アリーナに集結していた。
そんな中、準備もせず、まるでデートで待ちぼうけを食わされたように織斑一夏は、第三アリーナのピット搬入口の前に立っていた。一夏と箒の目の前にある扉は二人を拒むように固く閉ざされている。本来なら、そろそろ準備しなければならないのに、だ。
「どうして、わたしのIS来ないんだろうね?」
「………」
一夏の問いに関して、箒は無言だった。いや、答えを知らない箒が答えられるはずもない。一夏も、答えを期待したわけではなく、純粋な疑問なのだ。
そう、一夏に専用機が用意されると千冬から聞かされて一週間。未だに一夏の専用機は一夏の元に届いていなかった。後、一時間もしないうちに模擬戦が開始する現段階になっても、だ。一夏の兄である千冬が嘘を言うとは思わないのだが、これ以上、遅くなるようであれば、一夏の不戦敗にもなりかねない事態だ。
もしも、手元にISがあって、全力でセシルにぶつかり、負けたなら、まだ納得がいく。しかし、ISが手元にない故に負けたとなれば、悔しさは単純に負けたときよりも、一入になることは間違いない。せっかく、指導してくれた箒の協力も、一週間詰め込んできた知識も、毎朝、眠気に耐えながらジョギングした日々も無駄になってしまう。
だからこそ、一夏は、早く、早く、と自分のISがくることを待ち焦がれていた。
そして、待つこと20分後、ついに待ち焦がれた瞬間がきた。
「織斑さん織斑さん織斑さ~んっ!!」
一夏の苗字を合計三度も呼びながら、小柄な副担任である山田真耶が一夏たちに向けて走ってきていた。ただし、その足取りはおぼつかなく、下手すると何もないところで転びそうなほどである。
「山田先生、落ち着いてください」
「は、はい」
よほど急いできたのだろう。小柄な体に見合う体力しかないのだろう。肩で息をしている真耶をいたわるように一夏は声をかける。一夏から声をかけられた真耶は、少しだけ落ち着いたのか、落ち着こうとしたのか、一夏と箒の前まで来ると大きく深呼吸をする。深呼吸を2、3度繰り返すとすっかり真耶の呼吸は落ち着いていた。
「お、織斑さんっ! き、来ましたっ! 織斑さんのISがっ!!」
「本当ですかっ!?」
ようやくの一夏のISの登場に一夏は目を輝かせる。待ち焦がれていたものが来たのだ。喜ばないわけがない。もっとも、来たという報告が入ってきたのは、模擬戦開始まで十分程度しかないのはいかがなものか、とは思うが。
「織斑、すぐに準備をしろ。準備の時間が取れないのは、痛いが、アリーナを使える時間は決まっている」
「え? それって……」
どういう意味ですか? と問い返す時間はなかった。千冬も真耶も本当に急いでいるように見えたからだ。一夏が問いかけるのも気づかないのか、無視するような形で、視線をピットの固く閉ざされた扉に向けられる。同時に、ごごごんっ、という鈍い音と共にピットの搬入口が開く。おそらく、厚さが数十センチはあるであろう鋼鉄の扉は、ゆっくりと開きながらその向こう側を晒した。
―――そこに鎮座していたのは『白』だった。
白。真っ白。純粋無垢の穢れなき白を纏ったISが、その装甲を解放して操縦者となる一夏を待っていた。
「これが……」
「はいっ! 織斑さんの専用IS。その名も『白貴(びゃくき)』ですっ!」
それを初めて目に入れた瞬間、一夏が漏らした感嘆の声に真耶がどこか誇らしく目の前の白い専用機の名前を告げる。
しかし、一夏には真耶の言葉は耳に入っていなかった。ただただ、一夏は目の前の白に目を奪われていた。まるで、一目ぼれのように。
それは、ずっと一夏を待っていた。ずっと、このことを待っていた。この時を。ただ、この時をだけを。
「織斑、身体を動かせ。すぐに装着―――っと、お前、まだ着替えていなかったのか? 早くしろ。時間がないぞ」
白貴に見惚れていた一夏を現実に戻したのは、兄の言葉だった。はっ、と現時に戻った一夏は、兄の言葉の意味を理解すると、大丈夫だという風に笑った。
そう、ISに搭乗する時は、普通の服ではダメなのだ。インナースーツと呼ばれる特殊な服を着る必要がある。これを着ることによって、ISとの同調率を上げ、より細かい操縦を可能とする。しかしながら、これには、一夏が見過ごすことのできない弱点があった。
「ちょっと待ってくださいね」
そういうと、一夏は白貴が置かれた場所から少し離れた影になった場所へと移動する。
一夏が物陰に移動するのを見ていた千冬としては、まさか、そんな場所で着替えるつもりか? と言おうと思ったが、さすがにそれはないだろう、と思いなおす。千冬が知る一夏は、そんなに恥知らずな妹ではないからだ。
ならば、なぜだ? と考えたが、答えはすぐに出てきた。
「お待たせしました」
そう言いながら、物陰から出てきたのは、インナースーツに包まれた一夏。片腕をハンガーのようにして持っているのは、一夏が身に纏っていた制服だ。おそらく、一夏は、最初からインナースーツを着て、その上から制服を羽織っていたのだ。どうして、インナースーツのままではなかったのか、それは、千冬の横にいる二人の反応が物語っていた。
「きゅぅ」
「ぶっ!」
一人は、一夏の姿を見た瞬間に顔を真っ赤にして、気絶し、ピットの冷たい床に倒れこみ、もう一人は、噴出したかと思うと一夏を視界に入れないようにそっぽ向いた。ちなみに、気絶したのは真耶、視線を逸らしたのは箒である。
ああ、そうだった。と今なさらながら、千冬は己の失敗を自覚した。
同じような失敗は、IS学園を受験するときにも起きていた。つまり、一夏のインナースーツ姿を見て、二十歳を越えようというのに女性に免疫のない山田真耶が気を失うということは。箒も視線は逸らしているものの一夏のインナースーツ姿を視界に入れてしまったのだろう。顔を真っ赤にしている。
一夏のインナースーツというのは、丈の短い黒いチャイナドレスのようなものだ。そして、脚部は一夏が常日頃穿いているニーソックスのようなもので覆われていた。ところで、チャイナドレスというのは、体のラインがはっきりと分かるため、着こなせる人は少ない。さて、ここまで示せばわかるだろう。
織斑一夏のインナースーツ姿で一番目を引くのは、大きいともいえる胸部だった。いつもその胸のせいで大きめの服を着ているため目立つことは目立ったが、今の姿ほどではないだろう。インナースーツは彼女の大きな胸部をはっきりと示していた。しかも、胸が大きいだけならまだしも、一夏のスタイルは彼女が意識しているのか、そこらの女性では太刀打ちできないほどに整っている。くびれのある腰、細い足ながら、むっちりとした太もも。その上、顔立ちまで整っているのだから、武将で言うなら天下無双で有名な呂奉先に赤兎馬というような無敵具合である。天は一夏の容姿に関しては2物も3物も与えたようだ。
「織斑、さっさと装着しろ」
千冬は、そう言うしかなかった。これからISを操縦しなければならないというのに上に何かを羽織れとはいえない。ISを操縦するためにはインナースーツ以外ではダメなので、着替えろともいえない。ならば、せめてISを装着させて肌を露出する面積を減らすしかない。
もっとも、白貴の起動はこれが初めてなので、どのような形状になるかまったく想像できないが。
「は、はい」
千冬に言われた一夏は、視線を逸らす箒の横を通って、教本通りに白貴に背中を預け、椅子に腰掛けるような感じで一夏は身体を預けた。次の瞬間、一夏は、白貴が自分を受け止めるような感覚を受け、白い装甲が展開し、一夏を包み込むように動き、閉じた。
かしゅっ、かしゅっと空気が抜けるような音が響く。次に一夏が感じたのは、生まれたときから自分の体の一部だったような一体感だ。まるで、白貴の中に一夏が溶け込むように融和し、適合するように、最初から一夏のためだけに存在するように白貴と一夏が繋がるような感覚。
繋がったことを理解した瞬間、ISたる白貴が動き出し、一夏に一気に情報が流れ込んでくる。しかし、一夏はそれらすべてを最初から知っているように理解できた。
動き出した白貴が、ピットを飛び出した先にセシル・オルコットがいることを確認する。それは、ISが持っているハイパーセンサーの動きだ。
「一夏、気分はどうだ?」
「ええ、良好よ。千冬兄」
普段なら、苗字で呼ぶところを今は、名前で呼んだ。つまり、兄妹として心配したのだろうと思って、一夏も返事をする。事実、千冬の声は、ISでなければ確認できない程度であるが、震えていた。
千冬も心配していたのだろう。公私を区別する千冬なので、このような失敗は珍しい。
「一夏、まだ白貴は、お前の専用機にはなりきれていない」
意味は理解している。今の瞬間もフォーマットとフィッティングが行われているのがわかるからだ。今、白貴は、本当の意味で一夏専用になるために莫大な量の情報を処理している。
「その状態で戦おうなどと無謀な真似はしないことだ」
「分かった」
おそらく、教師という区分を超えた助言。いや、名前を一夏と呼んでいることから、おそらく兄としての助言なのだろう。それを一夏はありがたく受け取る。
「一夏」
そして、この場にはもう一人、一夏を心配する幼馴染である箒の姿がある。今は、先ほどのインナースーツだけの姿とは異なり、白貴によって大部分が覆われているため、箒もまっすぐと一夏を見ていた。
「―――悔いのない戦いを」
「ええ、勿論」
それが見送りの言葉だった。だが、それだけ十分だ。勝て、でもなく、頑張って、でもなく、悔いのない戦いを。後悔しないための戦いを、と言い続けてきた一夏に指導してくれた箒だからこその言葉。その言葉に笑顔で応えて、一夏は白貴を動かす。
かすかに身体を傾けるだけで、白貴は一夏の意思を酌むようにふわりと浮き上がって動き出した。そこに感動はない。なぜか、一夏には最初から動かし方が分かるからだ。それを当然のことと受け入れる。
―――さあ、行こう。
一夏は、白貴と共に第三アリーナAピットから飛び出した。彼女の戦場へ向けて。
◇ ◇ ◇
ピットから飛び出した一夏が目にしたのは、大きく広がるグラウンドと観客がほぼ満員の第三アリーナだ。ISによる戦闘は、流れ弾や音速が超えるが故のソニックブームやらが心配されるが、当然、アリーナには対策がしてある。遮断シールドによる保護で、観客には一切の流れ弾が飛ばないようになっているのだ。そうでもなければ、おちおち観戦などできない。
さらに、白貴によるハイパーセンサーで観客一人ひとりが確認できる始末だ。初めて見たが、こんなにも高性能とは思わなかった。だが、よくよく考えてみれば当然だ。ISは元来は宇宙開発用のスーツなのだ。地球とは比べ物にならない宇宙で相手や自分の位置を確認できるような性能を持っているISがたかだかアリーナごときを一望できないはずもなかった。
ここで、一夏は怪訝に思う。そろそろ、模擬戦開始時間なのに相手のセシル・オルコットが見えないのだ。逃げ出したとは到底考えにくい。あれだけ自分の腕前を誇っておきながら、逃げ出すとは到底考えにくい。ならば、どこにいるのだろうか? とハイパーセンサーを使って検索したところ、すぐに発見した。
なぜか、セシル・オルコットは、Bピットの突き出した出口に己を誇示するように立っていた。
なにやってるんだ? と一夏が思うのも無理はない。そんな一夏の疑問を余所にセシルは、不意に自分の腕を突き上げると手首についている蒼い腕輪を見せ付けるように掲げ、そして何かを口にする。一夏の白貴のセンサーはセシルの声を拾っていた。
「さて、行こうか。『舞い踊れっ! ブルーティアーズっ!』」
その言葉が、キーワードだったように、一夏のときと時は異なり、セシルの周囲に光が舞い踊り、脚部からゆっくりと見せ付けるように蒼い装甲が装着されていく。それはまるで、中世に存在した騎士が身にまとう甲冑のようだ。特徴的なのは、フィン・アーマーを4枚、背に従えている。最後に頭部に王冠のように青い宝石が付随したサークルが装着され、セシル・オルコットが誇るイギリス第三世代IS『ブルーティアーズ』の装着が完了した。その姿は、セシルの外見と同じく気品溢れるもので、なるほど、イギリスの専用機だけあって、王国騎士のような気高さを感じさせる。
「でも、あのキーワードみたいのなんだったんだろう?」
呼び出す前にセシルが口にした言葉が気になる一夏。確かに、他のISによる大会を見ても、IS搭乗者は、専用機が形を変えて存在しているアクセサリーなどを誇示した後に何かをつけて、自分の専用機の名前を叫んでISを装着していたような気もする。
『あれは、ISを召還するときに必要な儀式のようなものだ』
「儀式?」
一夏の呟きを聞いた千冬が一夏の通信に入ってきた。千冬による説明は以下の通りである。
量子変換によって形を変えたISを召還するときは、何らかの命令とISの名前を呼ぶことで召還し、装着できるらしい。それ以外の方法では、召還も、装着もできない。理由は分からない。分かるとすれば、製作者の篠々之束だけだろう。しかも、命令の部分は何でもいいわけではなく、IS本体が気に入った文言でなければ、召還はできないらしい。なんとも面倒なシステムである。
ちなみに、千冬が世界大会で戦ったときの機体である夜桜を召還するときは、『君臨せよ、夜桜』だったらしい。
人によっては実に恥ずかしい行為だが、若い男性は、しばしセシルのようにノリノリで召還するものもいるようだ。
しかし、千冬も一夏も思ってもみないだろう。製作者である篠々之束が、朝の特撮ヒーローを見て、『変身っ!』という言葉を叫んでから変身するのを見て、カッコイイっ! と思い、ISの召還も同様にしたなどと。
閑話休題。
ブルーティアーズを展開したセシルは、一夏とは異なり、危なげなく手馴れた様子で天空まで舞い上がってきた。一夏の白貴のハイパーセンサーは警告を表示する。
―――戦闘状態のISを感知。操縦者セシル・オルコット。ISネーム『ブルーティアーズ』。戦闘タイプ中距離射撃型。特殊装備あり。
「ふん、逃げずにやってきたようだな」
鼻を鳴らし、相変わらず腕を組んだまま偉そうな態度でセシルが口を開く。
「試合が始まる前に最後の機会をやろう」
セシルは、偉そうな態度を崩そうしないまま、人差し指を突き出した状態で向けてくる。人を指差すのは礼儀知らずだ、と言いたかったが、それよりも、セシルの言葉のほうが気になる。
「機会?」
「その通り。このまま、俺とお前が戦えば、俺が一方的な勝利を得るのは自明の理。ならば、ボロボロになった惨めな姿を晒す前にこの場から退場する最後の機会だ」
「いらないわ」
セシルの温情ともいえない言葉に一夏は即答した。当たり前だ。ここまできて引けない。引くつもりもない。今までの努力を水の泡にしてしまうような選択を取るはずがない。セシルもそれは分かっていたのか、肩をすくめ、しょうがない奴だ、とでも言いたそうな表情をしていた。
「いいだろう。ならば、我が『ブルーティアーズ』をもってお相手しよう。ワルツは得意か?」
「残念ながら、踊れないわ」
「そうか、ならば、教えてやろう。やや、手荒になるがな」
そういいながら、セシルの周りに展開される4つの自立機動兵器(ピット)。おそらく、これがイギリス第三世代のBT兵器ブルーティアーズなのだろう。今回、兵装が制限されているセシルが選んだ兵器がこれだと思われる。当然といえば、当然だろう。彼の機体の存在意義は、この兵装であり、この兵装がないブルーティアーズはブルーティアーズではないのだから。
それ以上は、お互いに口を開くことはなかった。なぜなら、もう試合開始時刻が迫ってきてるからだ。こう着状態。お互いににらみ合う状態が続く。もしも、次に動く事があれば、それは試合開始だろう。そして、そのときは来た。
ぶんっ、という通信を繋ぐ音がした後に、ISによる通信チャネルが開かれ、審判を勤めている千冬の声が聞こえる。
『それでは、今からセシル・オルコットVS織斑一夏の模擬戦を始める。試合―――開始っ!!』
セシル・オルコットと織斑一夏の戦いの火蓋が切って落とされた。
◇ ◇ ◇
「27分か。十二分に持ったほうではないか? 少なくとも初見でここまでブルーティアーズの猛攻に耐え切れた奴はいない」
褒めてやろうとでも言いたげだ。一夏としては何かを言い返したかったが、言い返す気力もなかった。
試合は、ある種の一方的な展開となった。ブルーティアーズを使ったセシルの射撃、射撃射撃射撃。まさしくビームが雨霰のように降り注ぐ。それらの攻撃を一夏は避けることに全力を傾けた。
確かにセシルの操るBT兵器は強力だ。しかし、避けることのみに注力すれば、IS初心者の一夏にも避けられないわけではなかった。情報はすべて白貴が拾ってくれる。後は、白貴のオートガードとISにリンクしていることで、高速に処理し、退路を見つけ、何とか避ける。
セシルの兵装が制限されており、ブルーティアーズしかないのが助かった。もしも、他に兵装があれば、一夏は避けたところを狙われていただろう。一夏も、隙を見て攻撃などと色気を出さなかったので、幸いなことに直撃はなかった。
現在の状態はシールドエネルギー残量120.実体ダメージ小破。武器は未だに一覧すら見ていない。そんな暇はなかった。
27分。よく避けきったものだと思った。しかし、一旦、セシルが自分の手元にビットを呼び戻したことで、一夏もようやく気づいた。彼が勝負に出てくることを。
「しかし、そろそろ踊るのにも疲れてきた。だから、そろそろフィナーレといこうかっ!!」
「―――っ!!」
どうするか、などと考える余裕はない。すぐさま回避行動に移る。しかし、セシルの攻撃パターンが今までとは異なった。
セシルのブルーティアーズによる攻撃パターンを一夏はしばらくして掴んでいた。まさしく、彼の言うとおり、ワルツだ。四機のビットのうち二機は、一夏による牽制。残り二機で一夏の死角となる場所からビームを撃ってくる。その動きは、まさしく円舞踏(ワルツ)だ。
だからこそ、自ら隙を見せることで死角を操作し、自分で避けやすいに動いていた。死角から来たとしても、くると分かっている攻撃はもやは奇襲ではない。故に避ける事が可能だった。
しかし、今の攻撃は違う。四機で問答無用で攻撃している。しかも、どこかに誘われているような気がする。これは不味いと思っても、誘導されざるを得ない。別の場所に逃げれば、ビームの餌食になるからだ。どうするべきか? と必死に頭を回転させる一夏。しかし、その答えを導き出すには多少遅かったようだ。
「ようこそ。そして、さようなら、だ」
いつのまに移動したのだろうか。開始直後からほとんど移動していなかったはずのセシル・オルコットが真正面、およそ30メートル先に居た。腕の大きな袖のような部分を広げて。しかも、その袖の部分から見えているのは発射口。
「―――くっ!!」
気づいて急旋回しようとするが、それでも間に合わない。照準は一夏だ。しかも、そこから発射されたのはミサイルだった。
正面からミサイル。後方は、すべてビーム兵器で固められている。前門の虎、後門の狼とはまさしくこのことか。
直後―――ドカァァァンという爆音と共に赤を越えて白い爆発に一夏は巻き込まれた。
◇ ◇ ◇
「織斑さんっ!!」
モニターを見つめていた真耶が叫ぶ。真耶の後ろで覗き込んでいた箒も何かに耐えるような表情をし、制服の袖を握っていた。
いくらISに絶対防御があるからといって、知り合いを心配しない人間はいない。それが親しい人ならば、なおさら。ならば、一夏がビームによる猛攻を避けるのを内心ハラハラしながら見ていたであろう彼女の実兄である千冬は、よほど心配しているだろう。
だが、その予想は大きく外れていた。モニターを見ている千冬の顔は、心配そうな表情を浮かべている二人とは異なり笑っている。
「ふん、ようやくか。反撃開始だな、一夏」
千冬、真耶、箒の三人が注目するモニターに変化が起きる。
黒煙で覆われていたはずのモニターが一気にクリアになる。僅かに残っていた煙は、不意に吹き飛ばされたのだ。
その中心には、一夏が操る白い機体が佇んでいた。
白貴の真の姿をもってして。
これこそが、千冬が、一夏が待ち望んだ瞬間だ。今からが、一夏の本当の戦い。そして、反撃の狼煙だった。
つづく