[1]王の召喚
その日、ルイズは必死だった。
場面は二年生に進級したばかりの春.
メイジにとって己の生涯のパートナーとなるべき使い魔を呼び出す神聖なる儀式、『サモン・サーヴァント』の最中。
使い魔はメイジにとって、「メイジの実力を知るなら使い魔を見よ」と言わしめるほどに重要なものだ。
当然、失敗など許されない。
由緒ある貴族であるヴァリエール家の三女として。
しかし―――
「おーい、ルイズ。これで一体何回目だ?」
召喚を成功させ、自身の使い魔を横に控えさせた同級生らが、小バカにした様子で嘲笑う。
ほとんどの生徒がただの一度で儀式を成功させているというのに、ルイズだけはすでに何度も召喚に失敗していた。
昼間だった時間もすでに夕刻に移り、空には月の姿が見えつつある。
ルイズの家、ラ・ヴァリエール家はトリステインにその名ありと言わしめられるほどの大貴族として、幾人もの優秀なメイジを輩出してきた。
しかしその由緒ある血筋の三女だというのに、ルイズには魔法の才能というものが全くといっていいほど無かった。
『火』『水』『風』『土』の四元素のなにを試してもロクに成功せず、それどころか原因不明の爆発が起こり他者の顰蹙を買ってしまう始末。
そんな彼女に付けられた二つ名は『ゼロ』。
使える魔法が一つも無いことを由来とする、不名誉極まりない名前である。
だからこそルイズは、この『サモン・サーヴァント』でこそは皆を見返してやろうと決心していた。
昨晩も目の敵にしているツェルプストー家のキュルケに対して、
「私、召喚魔法『サモン・サーヴァント』にだけは自身があるの。絶対、アンタなんかのとは比べ物にもならない、神聖で、美しく、そして強力な使い魔を召喚してみせるわ」
などと、堂々と言い放ってしまった。
この場には当然そのキュルケもいる。
ちなみに彼女が呼び出した使い魔はサラマンダー。
文句なく見事な使い魔だ。
すでにここまでの失態を繰り返した以上、恥の上塗りを避けるためにも立派な使い魔を召喚しなくてはならない。
そういう意気込みもこめて、ルイズは再び呪文を詠唱し始めた。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」
誇りとする、己が名を口にする。
『サモン・サーヴァント』は神聖な儀式として、術者は厳かな神秘性を帯びるものだが、今回はそんなものよりも気合いを重視して叫ぶ。
「宇宙の果てのどこかにいる、私の僕よ。神聖で、美しく、そして強力な使い魔よ。私は心より求め、訴えるわ。我が導きに応えなさい!!」
呪文と共に、ルイズは力一杯杖を振り下ろした。
あまりといえばあまりな呪文に周りの人間たちはクスクスと嘲笑を漏らしている。
この時、ここにいた大部分の者がまた失敗するだろうと予想していた。
ルイズの魔法の成功率は限りなくゼロに近い。
それはこれまでの一年、共に学んできた彼ら自身がよく知っている。
また原因不明の爆発が起きて、それで終わりだと、誰もが予想した。
だがそんな彼らの予想は、完全に外れることになる。
「うわっ!な、何だ!?」
ルイズが杖を振り下ろした瞬間、どこからかその場に猛烈な大気の旋風が吹き荒れ始める。
その風圧に周囲の人間は視界を封じられ、立っていることもままならなくなる。
そんな中、荒れ狂う突風を踏みとどまって必死になって耐えながら、ルイズは確かに見た。
世界のどこからか使い魔を呼び寄せる、光輝く鏡のような『サモン・サーヴァント』の“ゲート”が開いているのを。
「やった!!」
ようやくの成功にルイズは喝采を上げる。
だが異変は突風だけに留まらない。
召喚のゲートからはいつしか燐光が漏れ始め、無色の輝きであったはずのゲートの光は黄金に輝いていた。
こんな現象は、少なくともこれまでの生徒たちの『サモン・サーヴァント』にはなかった。
まるで何か強大な存在が殻の中より生誕しようとしているかのように、光と突風はますます強くなっていく。
(何?何が召喚されてくるの?)
期待と不安を均等に覚えながら、ルイズは未だ脈動し続けるゲートを見据える。
そして落雷が落ちたかのような轟音と閃光と共に、ひときわ凄まじい突風が吹き抜けた。
「うくっ・・・!」
吹き荒れていた風も止み、まるで嵐の後の静けさのような静寂に包まれる中で、ルイズは閉じていた目をゆっくりと開けていった。
そして、召喚のゲートより現れた者を見た。
人間だった。
堂々たる長身に磨き抜かれた黄金の鎧を身に纏い、燃え立つ炎のように逆立った金色の髪、端正というには華美すぎるほどの艶やかな美貌を面に表した青年。
それがルイズの呼び出した使い魔の姿だった。
「貴様か。我をこの浮世に再び降臨させし召喚者は」
問いと共に、青年のその閉じられていた双眸が開かれる。
その眼下にさらされた途端、ルイズはそのまま魂が吸い寄せられるような錯覚を覚えた。
目蓋の奥から現れたのは血のように深い紅の瞳。
その双眸に映した瞬間、有無言わさず相手を屈伏させてしまいそうな絶対の意志を感じさせる瞳は、青年の全体の出で立ちと相まって理屈抜きの圧倒的な高貴さとカリスマを放っていた。
「あなた・・・誰?」
そんな青年の瞳に正面から見据えられ、その魔力じみた迫力に当てられながらもルイズは何とか絞り出すような声でそう尋ねた。
「我が名はギルガメッシュ。古代ウルクの支配者にして、この世のすべての財を手にした人類最古の英雄王よ」
「ギルガメッシュ・・・」
言っていることの半分以上はよく分からなかったが、それでもルイズはなぜだか無意識の内に胸の中に固く刻み込んだ目の前の青年の名を反芻した。
「して、貴様は何用でこの我を召喚した?もしつまらぬことで王であるこの我を煩わせようというのなら、その罪は重いぞ」
あまりに高慢な青年―――ギルガメッシュの物言いにルイズは少しムッとした表情となる。
この男がどんな存在なのかは知らないが、召喚のゲートを通ってきたということは自分の使い魔であることに変わりはないのだ。
主人に対するこの態度はぜひとも更生させねばなるまい。
ルイズはその平らな胸を精一杯張って威厳らしきものを見せながら、ギルガメッシュの問いかけに答えた。
「私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。『サモン・サーヴァント』の儀式に従い、アンタを使い魔として―――」
「たわけっ!!」
言葉の途中で発せられたギルガメッシュの怒声に、ルイズは今度こそ完全に総身を震わせた。
ギルガメッシュより放たれているもの、それは並の者ならばそれだけで気を失ってしまいかねないほどの、圧倒的な殺気。
そのあまりの迫力に、ルイズは無様にも尻もちをついた。
「真の王たるこの我に対してよりにもよって使い魔だと?その無礼、もはや万死にも値する大罪よ」
言いながらギルガメッシュは、自身の後方の何もない虚空の空間へ何かを取り出そうとするように手を伸ばす。
するとその伸ばした手がズプリと空間の中に沈み込んだ。
「その罪もはや酌量の余地無し。この場を以て王自らの裁きを―――!」
と、そこまで言った所で、ギルガメッシュの言葉がはたと止まる。
ギルガメッシュは虚空へと手を伸ばしかけたまま、頭上に広がる大空を見つめた。
「この大気は・・・我の知るものとは微細な差異がある。それによく見てみれば星の並びも明らかに異なっているし、何よりあの双月は・・・」
ブツブツと呟きながら、ギルガメッシュは周囲を見回したり空を見上げたりと何か確かめるように観察を行う。
つい先ほどまで今にも殺されんばかりの殺気を向けられていたルイズは、その様子に何も言えず、ただポカンとギルガメッシュの姿を眺めていた。
やがてひとしきり周囲の観察を終えた後、ギルガメッシュはルイズへと向き直って告げた。
「先の貴様の無礼、特例として許そう。並行世界とも違う全く未知なる異界か。フム、雑種ばかりの俗世にも飽いていた所。退屈しのぎにはちょうど良い」
それだけ言うとギルガメッシュは腰を抜かしたままのルイズを放置してどこかへと歩き出してしまう。
その進行の先にいた生徒たちは何か言われるまでもなく道を開けた。
傍目にはメイジが召喚した使い魔が勝手にどこかへ立ち去ろうとしているというのに、それを咎める者はいない。
この場にいる誰もが、担任のコルベールでさえも、その途方もないオーラに圧倒され、思考が追い付いていかないのだ。
その中で、何とか立ち直ったルイズが去っていくギルガメッシュの姿に慌てて立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ―――!!」
叫びながらルイズは問答無用に歩いて行く彼女の使い魔(未定)の後を急いで追いかける。
そんなルイズの姿を、コルベールや他の生徒たちは呆然と見つめていた。
時刻は生徒たちも寝静まり始めた夜。
授業もとうに終わり、ルイズはそれぞれの生徒に与えられた自室へと戻っていた。
その表情は不機嫌を絵にかいたように険悪そのもの。
幼い体型ながらも端正な作りをした顔立ちに疲労の翳りを見せて、ベッドに腕を組んだまま腰かけて何かを耐えるように黙り込んでいる。
そして彼女が向かい合うその先には―――
「どうした?我に話があるのだろう」
ルイズの机のイスに堂々と腰かけて、ルイズ同じく腕を組んだ姿勢で(しかしその仕草からくる高慢さはルイズの比ではなかったが)、ギルガメッシュは悠然とそう問いかけた。
「貴様があまりにしつこい故、こうして我が謁見の機会を与えてやったのだ。黙り込んでいるのは無礼であろう」
少し口を開けばこれである。
この男の頭には自分こそが無礼だなどという思考は片隅にも無いらしい。
ルイズとて今まで様々な貴族と接してきたが、ここまで傍若無人な者には出会ったことがない。
夕刻の召喚から時刻がこうして夜に映っているのも、あれからずっとこの自分勝手な使い魔(未定)を追いかけ回して、こんな時間になってようやく自分の部屋に連れ込めたという始末だ。
確かにこの男は自分の要望通り、神聖で、美しく、そして強力そうではある。
しかしトリステインに名高いヴァリエール家の三女である自分が、なぜここまで見下されねばならないのか。
本当なら今すぐにでもこの金ピカ男に怒りをぶちまけたいところではあったが、ここで感情的になってはならない。
そんなことをしていてはいつまで経っても話が進まない。
そう自分に言い聞かせて、ルイズは深呼吸と共に改めてギルガメッシュへと向き直った。
「改めて聞くわ。アンタは一体何者なの?」
「二度も同じことを言わせるな。先ほど言ったであろう。我は古代ウルクの英雄王ギルガメッシュだと」
「あのね。古代だかなんだか知らないけど、ウルクなんて国は聞いたことがないわよ」
そう言い返すが、ギルガメッシュは別段動じた様子もなく平然と答えてきた。
「確かにこの世界の歴史に我の存在はあるまい。どうやらこの世界は、我の治めた地とは根本から異なっておるようだからな」
「どういうこと?」
「一言で言えば、我は異世界に召喚されたらしい」
あくまで自分を主体に話すギルガメッシュ。
ルイズはしばしポカンと呆けた表情をしていたが、やがてポツリと尋ねた。
「・・・本当に?」
「無論だ」
きっぱりとそう告げられる。
それを受け、ルイズはその話を信じてよいか迷った。
異世界などと、あまりといえばあまりに突拍子のない話だ。
そんなことをいきなり言われたところで、信じろというほうが無茶だろう。
だが今の話をただの虚言と切って捨てるのは、目の前の人物のオーラが許さない。
判断に迷い、とりあえずその事は横に置いて、ルイズは質問を続けた。
「ねぇ。アンタ、自分のことを王とか言ってたけど、それなら貴族なの?」
「高貴なる者の意を指すのであればまさしくそうだ」
「じゃあ、メイジなの?」
「それは魔術師のことか?我をそのような日陰者どもと一緒にするでない。我こそは半神半人の魔人。この世のすべての生命の頂点に君臨するものよ」
このハルゲギニアにおいて絶対的権力を持つメイジを日陰者呼ばわりである。
これにはさすがのルイズも不快を露わにしたが、同時に心のどこかでギルガメッシュの言葉に納得もしていた。
この男が全身から放つ、ただ在るだけで自らを最強であると示す超越者としてのオーラ。
そこにはもはや平民貴族の括りは何の意味も持たない気さえする。
「まあいいわ。とりあえずアンタの身の上については一旦は置いておくとして、ここからが本題なんだけど」
「何だ?」
「アンタが元いたところでどんな存在だったかは知らないけど、『サモン・サーヴァント』で呼び出されたからには私の使い魔よ。そこははっきりさせてもらうわ」
精一杯気丈に、主人としての威厳を見せつけてルイズは告げた。
ルイズにとってはそれこそが何よりも重要だった。
この『サモン・サーヴァント』の儀式で使い魔を付けることが出来なければ、二年に進級することが出来ない。
つまりは留年だ。
そんな恥さらしな真似を、由緒あるヴァリエール家の三女たる自分が出来るはずがない。
そのためには、目の前の男には自分の使い魔になってもらわなければならないのだ。
正直いって目の前の男を従える姿というのはあまり想像できなかったが、そこはルイズは『サモン・サーヴァント』の特性に懸けていた。
『サモン・サーヴァント』とは、強制的に幻獣の類を呼び出して下僕とする術ではない。
このハルケギニアのどこかの、術者と相性のいい生物の前に“ゲート”を開き、その呼びかけに応じた者を使い魔とするのだ。
すなわちそれは“ゲート”をくぐる前に相手側の了解も取れているということであり、故にその後の契約も滞りなく行われる。
この男とて“ゲート”を通ってきた以上は自分の使い魔になることに同意したはずである。
しかし、ルイズのその考えが間違いであることはすぐに証明された。
「たわけ。この我が貴様ごとき小娘に従う道理はないわ」
にべもなく、ギルガメッシュはルイズの言葉を一蹴する。
「どうしてよ!!アンタ、“ゲート”を潜ってきたんでしょ。だったら私との契約に同意したってことじゃない!?」
「フン、何を勘違いしているか知らぬが、我はそんなものをくぐった覚えはない。気がついたらここにいただけだ。当然、貴様の契約とやらに同意した覚えもない」
「そんな―――」
「そもそも、この我を従えられる者など天地のどこにも存在しない。我が存在を受け止めきれる器を持つ者など、我が朋友以外に在りはせんからだ。さて・・・」
そう言ったところで、ギルガメッシュは腰かけていた椅子より立ち上がり、悠然とルイズの前に立った。
冷気さえ感じさせる残忍な色をその真紅の瞳に湛え、ルイズを見下ろして告げる。
「一度ならず二度までも我のことを使い魔などと称した罪、もはや許しがたい。一度は特例として許したが、二度目はないぞ」
そう告げるギルガメッシュから放たれるのは、先ほどと同じく向き合うだけで相手の心を押し潰してしまいかねないほどの巨大な殺気。
それを真正面から受け、ルイズは自分の身体が震えているのを感じた。
相手がメイジでないことなど関係ない。
そんな瑣事よりももっと根本的な本能によって、この存在には決して勝てないであろうことを悟った。
しかし―――
「いいわ。だったら私も教えてあげる。アンタが従うべき者の器ってやつをね」
そう言い放ち、ルイズは杖を抜いた。
杖はメイジにとって魔法の依り代となる最大の武器。それを抜いたということは、すなわち戦いの意志表示に他ならない。
「本気か?貴様ごとき小娘が、この我に挑もうなどと」
小バカにしてギルガメッシュは嘲笑を浮かべる。
だがふざけつつも、その瞳に映る殺意の色だけは決して色あせることはない。
疑いようもなく、この男は自分のことを本気で殺すつもりだ。
そして自分がこの相手には決して勝てないであろうことはよく分かっている。
だがそれでも、ルイズは今にも膝をついてしまいそうな精神を奮い立たせ、手にした杖をギルガメッシュへと向けて突きつけた。
「私は貴族よ。貴族とは魔法を使える者をそう呼ぶんじゃないわ。敵に後ろを見せず、己の誇りと名誉を最後まで守り抜ける者をそう呼ぶのよ。私は、私の誇りと名誉のためにも、アンタに決して背中を見せたりしない!!」
気丈に発言しつつも、ギルガメッシュに突きつけた杖の先は絶えず恐怖で震えている。
それでもルイズはギルガメッシュの赤き双眸から決して目を離そうとはしなかった。
ここで恐怖に背を背けることは、それはすなわち自分の敗北を認めることになる。
例え実際に敵わずとも、心だけは決して屈しまいとルイズは硬く決めていた。
そんなルイズの姿を、ギルガメッシュは殺気はそのままに、しばしの間黙して見つめていた。
「フン、この我の面前に立ってなおその気概。ただの脆弱な小娘かとばかり侮っておったが、なかなかどうして、気高き輝きをその身の内に秘めておるようだな」
そう呟いて、ギルガメッシュは放っていた冷然な殺気を解き、いきなり大仰に笑いだした。
突然の行動に呆気にとられ、ルイズは杖を突きだしたままの姿勢でその様子を眺める。
それから少しして、十分に笑い終えてからギルガメッシュは心底愉快そうな笑みを浮かべてルイズに向き直った。
「気に入ったぞ、小娘。貴様、名は?」
「え?・・・って、召喚した時に名乗ったじゃない」
「あの時はつまらん雑種としか思っていなかったのでな。覚えておらぬ」
ぬけぬけと言い放つギルガメッシュにルイズは再び頭に血を昇らせ掛けるが、せっかくこの男が何やらやる気になったのだ。
気の変らぬ内にさっさとしてしまおうと、なんとか踏みとどまって答えた。
「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」
「ルイズか。ではルイズよ。貴様に我へ意見を述べる名誉を与える。外見だけならば、貴様の使い魔になってやろうではないか。その矮小な身に余る光栄に歓喜せよ。この我と対等に弁を交えられる者など、そうそうはおらんぞ」
どこまでも相手を見下した物言いでギルガメッシュは告げる。
その物言いにはルイズも少々カチンときたが、とりあえず自分の使い魔になってくれるらしい。
そのことにルイズはまず満足した。
使い魔を得られることもそうだが、何だかこの男に勝った気がしたのだ。
そのことがルイズには何よりも誇らしかった。
「それで、ルイズよ。契約の儀はどうするのだ?」
と、ギルガメッシュに尋ねられて、ルイズはハッと『コントラクト・サーヴァント』のことを思い出した。
呼び出した使い魔とパスを繋ぎ、正式なメイジと使い魔との契約を結ぶ儀式。
これを成功させなければ、どれほどのものを呼び出そうと己の使い魔とは言えない。
それは無論、ルイズにも分かっている。
分かってはいたが、ルイズは躊躇いを見せていた。
ギルガメッシュを使い魔とすることには、特に文句はない。
人間であるのは気になるが、自分が希望した通りの神聖で強力そうな使い魔だ。
そもそもギルガメッシュを使い魔としなければ留年なのである。
最初から選択の余地などないのだ。
だというのにルイズが契約を躊躇うのは、肝心の『コントラクト・サーヴァント』のやり方にあった。
「今のところ我と貴様の間には魔術的な繋がりは感じられん。呼び出した後に何らかの儀式があるのではないか?」
「―――スよ」
「うん?」
「キスよ、キス!!それが『コントラクト・サーヴァント』の条件!!」
顔を真っ赤にして、ルイズは声を上げた。
そう、呼び出した使い魔に口づけをすること。
それこそが『コントラクト・サーヴァント』の契約方法だった。
これが相手がグリフォンやフクロウとかならば、ルイズもこれほど動揺したりはしなかっただろう。
しかし彼女の契約相手は人間。
それも口さえ閉じていれば絶世と呼んでも差し支えない容姿を備えた美青年である。
ルイズの緊張も、無理からぬことだった。
ましてルイズにとってこれは初めての、つまりファーストキスなのだ。
「接吻か。それならそうと早く言え」
しかし、ルイズのそんな内心の動揺には全く構わず、ギルガメッシュは強引にルイズの腕を取り自らの元まで引き寄せると、そのままその唇を奪った。
「っ!!?」
はっと目を見開き、ルイズはギルガメッシュの腕の中で硬直する。
強引に為された初めてのキス。
その感触は衝撃となってルイズの体内を駆け巡った。
それから数秒後、ギルガメッシュは抱きしめる腕の力を抜き、ルイズを開放した。
「な、な、な、・・・っ!?」
緊張やら怒りやら驚きやら羞恥やらの様々な感情が入り混じって、もはや口にすべき言葉すら見つからない。
そんなルイズを尻目に、ギルガメッシュは額あたりに感じる熱さにどこからか鏡を取り出して自らの顔を見る。
そこには、額に輝く使い魔の証のルーンがあった。
「フム、これが使い魔の刻印という訳か」
と、しばらくの間そのルーンを見つめていると、唐突にその輝きが失せ、額に表れていたルーンも消えた。
その事態にギルガメッシュはやや怪訝そうな表情を見せる。
「まあ、ラインは繋がっておるようだし、定着したということで問題あるまい」
それからギルガメッシュは、『コントラクト・サーヴァント』のキスの後放置したままであったルイズの方に目をやる。
使い魔とはいえ、自分のファーストキスを捧げた相手の視線を受け、ルイズは思わずドキッとする。
しかし次にギルガメッシュの口から出てきた言葉は、そんなルイズの乙女心を粉々に打ち砕くものだった。
「ぎこちなさはあるが、味自体は悪くない。が、いかんせん身体つきが幼すぎるな。これでは興も入らん。まあ、将来性に期待しておくか」
嘲笑まじりのギルガメッシュの言葉。
ルイズはカチンときた。
今までのどの物言いよりもカチンときた。
強引に自分のファーストキスを奪っておいて、よりにもよって身体つきが幼なすぎる?
将来性に期待?
これまで何とか堪えてきたルイズの怒りのパラメーターも、ついに限界を突破した。
「興が入らなくて悪かったわね・・・」
震える声で言いながら、ルイズは一度仕舞った杖を再び抜いた。
そしてそれを勢いよく頭上高く振り上げる。
「こんのぉぉ!!バカァァァ―――!!」
叫びと同時にルイズは振り上げた杖を、渾身の力を込めて振り下ろした。
新たな一年生を加え、二年生となる生徒は使い魔を得た、学生達にとっては記念すべき日の夜。
トリステイン魔法学院の生徒達は、まどろんだ眠気からも瞬時に解放させる巨大な地響きと爆発音を聞いたという―――
「おい、ルイズよ」
「・・・・・」
完全無欠に爆砕され、もはや見る影もなくなった部屋の中で、端正な容貌をやや煤けさせながらギルガメッシュは口を開いた。
「この我に攻撃を仕掛けた無礼は、まあ置いておくとしてだ」
「・・・・・」
目の前のルイズの姿を見ながら、ギルガメッシュは続けた。
「しかし、自分まで爆破してどうする?」
「・・・うるさいわね」
ギルガメッシュと同じく、というより鎧などで武装していなかった分、むしろひどく焼け焦げ、ボロボロとなったルイズがポツリとそう答えた。