[2]王の振る舞い
『サモン・サーヴァント』を終えての最初の朝。
眠気の残る目蓋をこすりながら、ルイズは眼を覚ました。
ゆっくりと身を起こしながらルイズは寝ぼける意識を徐々にはっきりさせていく。
(そうだ。私、使い魔を召喚したんだっけ)
ぼんやりと、ルイズはその事を思い出す。
自分が呼び出した、あの尊大が服を着て歩いているような金ピカ男と、自分は確かに『コントラクト・サーヴァント』を成功させた。
(それで、その後どうしたんだっけ?)
まだ残る眠気を払いながらルイズは思い出していく。
そして昨夜の部屋爆破の事を思い出し、その表情を曇らせた。
(そうだった・・・。私、部屋壊しちゃったんだっけ。あの後はいろいろあって疲れてたからそのまま寝ちゃったけど、片づけなきゃダメよね・・・)
朝から面倒そうな作業のことを思い、ルイズはげんなりとする。
しかしいつまでも現実から逃げているわけにもいかず、ルイズは自身が破壊した自室全体へと目を向ける。
(ええと、使用人を呼んで・・・。そうだ!部屋の掃除はあいつにやらせるってのはどうかしら。何たって私の使い魔なんだし、ご主人様の身の回りの世話をするのは当然・・・って、そう言って聞く奴じゃないわよね―――!)
そんな事を考えながら見まわした、昨夜破壊したはずの自分の部屋。
その姿を視界に収めると、ルイズのまだ僅かに残っていた眠気も完全に吹き飛んだ。
「って、なんなのよこれは―――!!?」
破壊されたはずのルイズの部屋。
だがルイズの視界に飛び込んできたその光景は彼女の知るものとは何もかもが異なっていた。
天井には豪奢な宝石を散らばらせて装飾されたシャンデリアが下げられ、床には見るからに滑らかでフカフカとしていそうな鮮やかな毛皮の絨毯がひかれている。
他にも机や家具、それに壁紙など部屋の至る所が、すべて黄金を中心とした眩い輝きを放つ至宝の品へと取り替わっていた。
壊された部屋はすっかり生まれ変わり、というかもはや異界となってルイズの前に現われていた。
「なんだ。朝方より騒々しい・・・」
と、ルイズの叫び声に反応して、ギルガメッシュは眠っていた天蓋付きのベッドより身を起こす。
そのベッドもやはりルイズの知る部屋の記憶にはない。
それも他と同様見るからに最良の材質が使われた最高級の品で、ルイズの使う貴族用のベッドが妙に安っぽく見えてしまった。
「アンタ、これ!どういうことよ!?」
「これ・・・?ああ、この部屋のことか。なに、仮にも我が住を構えるというのに、あのままではあまりに質素であったのでな。まだ十分とは言えんが、とりあえずこのように改装しておいた」
事もなげに平然とギルガメッシュは言ってくる。
その姿があまりに腹立たしくて、ルイズは怒りに身体をプルプルと震えさせた。
何の断りもなく、主人の部屋を勝手にこんなふうに改装してしまうなんて、何という使い魔だろう。
こんな―――家具や装飾品のどれもが貴族の一財産に匹敵しかねない逸品を取り揃え、それを絶妙な配置で際立たせている。
全体に黄金を散りばめながら、しかし成金的な悪趣味に走ることなく綿密に計算されたコーディネイト。
これほどの豪奢な一室は実家のラ・ヴァリエール家はおろか王宮にさえありはしないだろうと確信させる、こんな部屋に。
「・・・まぁ、いいわ」
部屋を見ている内に、別にこれもいいかな、という気分になって、ルイズは出かけていた怒りを萎ませる。
まあ元々、この部屋は破壊されていたのだし、それが修理され、なおかつその内装に脚色が入ったと考えれば、別に問題もない。
無断で、というのが少々気に食わないが、まあそれも今の自分の部屋の内装の素晴らしさを差し引けば些細なことだろう。
ルイズはそう自分を納得させた。
「フム、もう朝か」
ルイズが思考に没頭している内に、ギルガメッシュは早々にベッドから出る。
半裸で眠るギルガメッシュのたくましい裸体が顕わになり、その初めて見る男子の身体にルイズは頬を朱に染める。
そんな乙女らしい恥じらいを見せるルイズであったが、次に目に映ったギルガメッシュに手にした衣服を渡していく妙齢の女性の姿にそんな感情はどこかに吹き飛んだ。
「って、ちょっと待ちなさい!!その人誰!?」
「ん?ああ、これか」
問いかけられ、ギルガメッシュは何気なく自分の服を持って控える女性に目を向けた。
「これは我の身の回りの世話をさせるために取り出した魔法人形だ。この部屋の改装をしたのもこいつらの手によるものだぞ」
「魔法人形って・・・、これがガーゴイルなの!?」
ルイズは改めてギルガメッシュの着替えの手伝いをしていく女性を見る。
表情こそ確かに無表情のまま動いていなかったが、ルイズの目にはそれはどう見ても生の人間にしか見えなかった。
興味を引かれ、ルイズは女性も元まで歩み寄り、その肌に触れてみる。
そこに感じる温もりは、どう考えても血の通った人間のものとしか思えなかった。
「・・・ねぇ、あなた。本当にガーゴイルなの?」
半信半疑といった表情で、ルイズは本人へと尋ねてみる。
女性は視線をルイズへと移して淡々と答えてきた。
「はい。私はギルガメッシュ様に所持される人形でございます」
「使用人として必要な技能はすべて備えている、それなりに便利な品だ。まあ所詮は人形ゆえ、反応の面白みには欠けるがな。侍女などを取り揃えるまでの繋ぎにはちょうどよかろう」
女性から受け取った衣服を次々と着込みながらギルガメッシュは言う。
ギルガメッシュは何気ない様子であったが、ルイズの方は驚きで開いた口が塞がらない。
これほど人間に近付いたガーゴイルは、恐らく最もその方面の技術で進んでいるガリアにも無いだろう。
こんなものを生み出せるのなら、それは人間そのものを生み出す事とどれほどの違いがあるというのか。
「アンタ、部屋のこともそうだけど、どこからこんなとんでもない物持ってきてるのよ」
「どこかなど決まっていよう。これらはすべて我が宝物庫に納めらている我の財。正当なる権利の元、我がそこから取り出したというだけのことに過ぎん」
ギルガメッシュはそう言うが、当然そんな言葉だけで納得できるはずもない。
大体宝物庫といっても、そんな物はどこにもありはしないではないか。
「焦るでない。いずれ機がくれば我が宝の蔵を見せてやる。その時にはせいぜい、我の至高の財の威光に度肝を抜かれるのだな」
そんなルイズの様子を見取って、着替えを終えたギルガメッシュが言う。
ギルガメッシュが着ている服も滑らかな毛皮や艶のある生地がふんだんに使われ、やはり高価であることが一目で分かった。
身体の随所にも良質の宝石が付いたアクセサリーを身に付け、それが嫌というほど似合っている所がまた腹立たしい。
「・・・まあ、今はいいわ。ぐずぐずしてたら学校に遅刻しちゃうし」
嘆息してルイズは、自身も着替えるべくクローゼットの方へと視線を動かす。
着替えに際し、一瞬あの男に手伝いをやらせてはとも頭の中で考えたが、すぐにあきらめる。
この傲慢の化身のような男が着替えの手伝いなどするわけがない。
というか、下手をしたら命にかかわりそうだ。
そんなことを考えながら、ルイズは自身の下着や服を入れているクローゼットへと目をやった。
「って、クローゼットどこよっ!?」
本来ならばクローゼットがあったはずの場所には、代わりに金の縁取りの食器立てが置かれていた。クローゼットは影も形もない。
「ああ。元にあったみずほらしい家具ならば、目触りであったゆえ捨てておいたぞ」
窓の先に視線を向け、ギルガメッシュは平然とそう告げる。
その視線の先を追って、ルイズは慌てて窓から顔を出し、下を見下ろした。
「何やってんのよ、バカァァァァアアアッ!!」
ちょうどルイズの部屋の真下の地面。
そこに無残を曝すかつてルイズの使用してきた家具達の姿に、ルイズは絶叫してネグリジュ姿のまま部屋から飛び出していった。
「全く、あのような格好で屋外を爆走とは。恥を知らぬ小娘よな」
「誰のせいだと思ってんの・・・っ!!」
黒いマントと白いブラウス、グレーのプリーツスカートの制服に着替えたルイズが恨めしそうに隣のギルガメッシュを睨む。
だが当の本人はそんな視線などどこ吹く風だ。
あの後、どうにか瓦礫の中から下着や衣服類を回収してきたルイズだったが、そのために学生寮内を寝巻き姿のままで走り回らなければならなかった。
ネグリジュ一枚の、ノーパン状態で、おまけに帰りは回収した下着や衣服を手に持ちながら。
こんなことはもう恥以外の何物でもない。
まだ朝も早かったため、幸い途中で人に会うことはなかったが、後は誰も自分の姿を見かけていないことを祈るのみだ。
「言っておくけど、今日の授業には一緒に来てもらうからね。二年からの授業には、使い魔も同伴させることになってるんだから」
「よかろう。我もこの世界の魔術には興味がある」
思ったよりあっさり頷かれてやや拍子抜けしつつも、ルイズはギルガメッシュを伴って改めて部屋の外に出る。
と、そこでタイミングよく向かいのドアが開き、中から出てきた人物と顔が合った。
「あら、おはよう。ルイズ」
朝方早々、嫌な奴に会ってしまった。
「おはよう、キュルケ」
思い切り嫌そうにルイズは挨拶を返す。
ルイズの向かいの部屋より出てきたのは、ルイズが目の敵にしている同級生、キュルケ・フォン・ツェルプストーである。
燃えるような赤いロングの髪をたなびかせ、褐色の健康そうな肌とルイズとは対照的な抜群のスタイル、彫りが深いその顔立ちは十分に美人と呼べるほどに整っている。
キュルケはそんな魅惑的なプロモーションを強調するように胸を張り、にやっと笑った。
「そちらの殿方があなたが呼び出した使い魔?素敵じゃない」
「フフン。言ったでしょう。私、『サモン・サーヴァント』には自信があるって」
思わぬ敵からの讃辞に得意になってルイズは答える。
しかしそのころにはキュルケはルイズのことはきっぱりと無視し、ギルガメッシュへとその魅惑の身体で擦り寄っていた。
「ねぇ、まるで燃え盛る炎のように凛然としたあなた。情熱的な女性はお好み?」
熱っぽい口調でキュルケはギルガメッシュに語りかける。
それを目にしたルイズは慌ててその間に割って入った。
「ちょっと!!何、朝から人の使い魔に色目使ってるのよ!!」
「恋に使い魔なんて関係ないわ。男と女の間に入るなんて無粋よ、ヴァリエール」
「何が無粋よ。アンタなんかただの色ボケじゃない。どうせトリステインの魔法学校に留学したのだって、男を漁りすぎて相手にされなくなったからでしょ」
「言ってくれるわね。ヴァリエール」
ルイズとキュルケの間に一触即発の空気が流れ始める。
そんな二人の間に大きな杖が差し込まれた。
「タバサ!」
杖を差し出す小柄な青髪の少女を目にして、キュルケが驚きの声を上げる。
タバサと呼ばれた少女は睨み合っていた二人にポツリと一言だけ口にした。
「時間」
その単語だけでキュルケには意味が通じたらしく、タバサに向かい肩をすくめて頷いてみせる。
「分かったわよ、タバサ。今日はここまでにしておくわ」
そう言ってキュルケは最後にギルガメッシュへウインクを送り、タバサを伴って去って行った。
キュルケとタバサの姿が見えなくなってから、ルイズはヒステリックに地団駄を踏みだした。
「悔しい!!何なのよ、あの女!!」
「よほどあの褐色肌の女が気に食わんようだな」
「当然よっ!!あの女はトリステインの人間じゃなくてゲルマニアの貴族なのよ。
私はゲルマニアが大嫌いなの」
「気に食わんのは土地柄故か?」
「それだけじゃないわ。私の実家のあるヴァリエールの領地はね、ゲルマニアとの国境沿いにあるの。だから戦争になるたびに先頭を切ってゲルマニアと戦ってきたの。そして、国境の向こうの地名はツェルプストー!!キュルケの実家なのよ!!」
ルイズは地団駄の次に歯軋りをし始めた。
「つまりキュルケの家は、我がヴァリエール家のとって不倶戴天の敵なのよ。
あの色ボケ家系!!キュルケのひいひいひいおじいさんのツェルプストーは、私のひいひいひいおじいちゃんの恋人を奪い、ひいひいおじいさんは、キュルケのひいひいおじいさんに婚約者を奪われたわ。ひいおじいさんのサフラン・ド・ヴァリエールなんかね、奥さんを取られたのよ!!あの女のひいおじいさんのマクシミリ・フォン・ツェルプストーに!!いや、弟のデゥーディッセ男爵だったかしら・・・」
「要するに、お前の家の者はあの女の者に伴侶を寝取られ続けたというわけか」
半ば呆れて、ギルガメッシュは言った。
「そういう言い方はやめて。そんな訳だから、ヴァリエール家とツェルプストー家は仲が悪いの。戦争の度に殺しあってるのよ。お互いに殺され殺した一族の数は、もう数えきれないほどよ。だからアンタも、あの女にだけは手を出しちゃダメだからね」
「さてな。それは我の気分次第だ」
「アンタはぁ~・・・っ!!」
睨み殺さんばかりの視線をルイズが向けてくるが、やはりギルガメッシュは気にした様子もなく受け流している。
そうしながらギルガメッシュは立ち去って行った二人の少女に意識を移す。
ただし彼が関心を向けるのは、キュルケではなくもう一人のタバサという少女の方だ。
(あの小娘の立ち振る舞い・・・、あれは相当の死線を潜りぬけているな。それにあの雪風のように凍てついた感情の熱は、底知れぬ絶望の証。あのような幼い身であれほどの闇を宿そうとは、なかなかどうして興味深い)
一目の印象で人の内面の奥深くを指摘するギルガメッシュ。
人の欲を網羅したギルガメッシュには、他者の内面を洞察することなど造作もない。
その眼力が初見にてあの少女、タバサの苦行の生い立ちを見抜いたのだ。
しかしそんな少女の業も、暴虐の王ギルガメッシュにとっては愉悦の素でしかない。
(闇の源泉に根差すのは愛憎の念か。ひょっとすればあ奴も、今後我を楽しませることになるやもしれんな)
「何やってるのよ、ギルガメッシュ。早く行くわよ」
と、立ち止まったままのギルガメッシュにルイズが先に進みながら言う。
ギルガメッシュはこの時は何も言わず、ただ黙ってルイズの後へと続いて行った。
「どうよ。トリステイン魔法学院が誇る『アルヴィースの食堂』は」
トリステイン魔法学院の敷地内で最も高い本塔の中、この学校の生徒が使う『アルヴィースの食堂』で、ルイズは誇らしげにギルガメッシュに尋ねる。
その食堂はなるほど、ルイズが自慢するのも頷けるほどに豪奢な内装が施されていた。
学年毎に分かれる長い長方形のテーブルに、上の階にあるロフトの中階の教師用の席。
壁際には精巧な作りの小人の彫像が何体も立ち並び、食堂を装飾している。
食卓にも朝食というにはあまりに豪勢な、大きな鳥のロースやほんのり甘い香りを漂わせるパイ、それに高価そうなワインが何本を並べられていた。
「地味だな。我が膳を取るには甚だ役不足だが、まあ及第点を与えておこう。今回のみは」
だが、この世の贅のすべてを堪能し尽くした英雄王の目からは、その程度の評価しか得られなかった。
その言葉にルイズは不満気な表情を見せる。
「して、ルイズよ」
「なによ?」
「この我専用の席はどこにある?」
「あるわけないでしょっ!!本当だったらここには使い魔は入れないのよ。それを私の特別な計らいで入室させてもらったんだから、感謝しなさい!!」
と、思わず怒鳴りつけて、ルイズはハッと周囲の人間の目が自分に集まっていることに気づき、赤面する。
ギルガメッシュはそんな周囲の視線など全く意に介さず、やれやれと嘆息してみせた。
「ふぅむ。まあ現界初日であるし、やむを得まいか」
そんなギルガメッシュを連れてルイズは気恥ずかしそうに自分の席に座った。
そしてギルガメッシュも何の断りもなしにルイズの隣の席に腰かけた。
「あ、ちょっと。そこはマリコルヌの―――」
ルイズが言い終えるより早く、ギルガメッシュが座る席の本来の主である小太りの少年、マリコルヌが現れた。
「おい、ルイズ。そこは僕の席だぞ。使い魔を座らせるなんて、どういうつもりだ」
当然ながら、マリコルヌは文句を言う。
ただし、ギルガメッシュ本人ではなく、その主人であるルイズに対して。
この長身美形で、雰囲気のある青年に直接言う勇気はマリコルヌには無かった。
しかし次に返ってきたのはルイズの返事ではなく、ギルガメッシュからの横目の睨みだった。
「ヒィィッ!」
その眼光の問答無用の迫力に押され、マリコルヌはあっという間に意気を消沈させた。
後は何も言わず、そそくさとその場から退散していく。
当のギルガメッシュは、もはやマリコルヌのことなど思考の片隅にさえ存在しない様子で肩をすくめた。
「よもやこの我が他の雑種共と同席で膳を取ることになろうとはな。これはまず、今後の我の生活環境のほうから考えていかねばならんか」
他人の席を強奪しておいてこの物言いである。
ルイズは己の使い魔の横暴がすぎる素行に、キリキリと痛む胃を押さえながらハァと溜め息をついた。
ちなみにルイズが主従の関係を自覚させようと画策して床の置かせた使い魔用の質素な食事は、全く気づかれることなく放置された。
朝食後、ルイズとギルガメッシュは授業を行う教室へと向かった。
ドアを開け、二人が教室に入ると先に来ていた生徒達の視線は一斉にこちらに集まってきた。
召喚した使い魔が人間であるという話題性も一因だったが、それ以上にギルガメッシュに存在感がありすぎるのだ。
その場にいるだけで目に映さずにはいられない強大な威光のようなものを、この男は放っている。
それはまさしく、原初の王者が発する魔性のカリスマであった。
「フム。ここがお前の学び舎か。雑種共にはふさわしい質素さよな」
集まる視線など気にせず、ギルガメッシュは堂々とそんなことを言い放った。
さすがにその物言いには何人かの生徒も非難の目を向けてきた。
「いーからさっさと座りなさい」
ルイズはギルガメッシュを強引に引っ張って、自身の席の隣に座らせた。
その座り方だけを見ても傲慢不遜さが態度に表れており、慎みを重んじるトリステイン貴族のルイズは顔をしかめた。
「アンタさ。もう少し慎ましく出来ないの?」
「慢心せずして何が王か。我にそのようなものは必要ない」
口を開けばこれだ。
ルイズはもう何度目になるか分からない溜息をついた。
それからしばらくして、教室にこの授業の担当講師であるシュヴルーズが入ってきた。
「皆さん。春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、皆さんの様々な使い魔を見るのがとても楽しみなのですよ」
そう言ってシュヴルーズは教室内の生徒達の隣にいる使い魔達を順に見回していく。
そしてやはりというか、その目はギルガメッシュの所でピタリと止まった。
「あら?そちらの方はどなたかしら?見たところ生徒ではないようだし、さる貴族家からのお客人か何かかしら?」
「使い魔です。ミス」
「は?」
「彼は私の使い魔です。このラ・ヴァリエールの」
ルイズがそう答えると、シュヴルーズは戸惑った表情を浮かべた。
それも当然か。
彼女のそれなりに長い教師経歴の中でも、これほど豪奢な姿に身を包んだ、端正な美青年の使い魔など見たこともないだろう。
「ええと、随分変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」
決まりが悪そうにシュヴルーズはそうとだけ答え、誤魔化すように授業へと入っていく。
その内容にギルガメッシュもまた耳を傾けた。
かつての世界の魔術も地域によってその形態を大きく異なっていたが、このハルゲギニアの魔法はギルガメッシュの莫大な知識からでも全くの未知のものだった。
向こうでもよく聞く『火』『水』『風』『土』の四大元素に加え、聞きなれぬ『虚無』という属性を根幹とし、その元素の組み合わせ方で呪文の形態や術者の強さを決定するという発想は、ギルガメッシュにも無いものだった。
またその属性の組み合わせというものも思ったより奥が深く、十分にギルガメッシュの興味を引いた。
この未知の魔法との接触は、とりあえずギルガメッシュの好奇心を満足させていた。
「はい、それでは皆さんの誰かに、実際に『錬金』の魔法をやってみてもらいましょう。一年の内で覚えた人も多いでしょうが、基本が大事です。まだ習得していない人も、失敗を恐れては何も始りませんからね」
授業は進み、シュヴルーズは教卓の上に何の変哲もない石ころを乗せて、生徒たちに向かってそう言った。
やってもらう生徒を決めるべく教室内を見回して、やがて一人の生徒を指名した。
「では、ミス・ヴァリエールにやってもらいましょう」
「え?私?」
「ええ。あなたはとても努力家だと聞いています。さあ、失敗することなんて気にしないでやってみなさい」
悪意のない讃辞と共に、シュヴルーズは促す。
しかしルイズはなかなか立ち上がろうとしない。
困ったようにもじもじするだけだ。
その理由はこの教室の生徒全員が知っているが、新任のシュヴルーズと昨日召喚されたばかりのギルガメッシュだけが知らなかった。
「どうした?呼ばれているようだぞ」
ギルガメッシュにそう言われてもルイズは動かない。そこでキュルケが困ったように言った。
「先生。やめておいたほうがいいと思います」
「なぜです?」
「危険です」
キュルケの言葉に生徒全員が頷く。
しかしそれが逆にルイズをその気にさせてしまったようだ。
ムッとして立ち上がり、はっきりとシュヴルーズに答える。
「やります」
少し緊張した足取りでルイズは教卓の前へと進み出ていく。
そんなルイズに、シュヴルーズは優しく笑いかけた。
「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を強く思い浮かべるのです」
こくりと可愛らしく頷いて、ルイズは対象の石ころに向けて杖を振り上げた。
「・・・?」
そこでギルガメッシュは奇妙なものを見た。
前の座席に座る生徒が、なぜか机の下に隠れている。
見回してみると、キュルケも机の影に身を隠しており、あのタバサといった少女は本を読みながら無言で教室から出て行った。
それらの様子に首を傾げて、ギルガメッシュはそういえばと昨夜の事を思い出していた。
確かあの時もルイズはこうして杖を振り下ろして―――
ドカァァン!!
途端、教卓の上に置かれていた石ころが爆発した。
爆心地のすぐ近くにいたシュヴルーズは爆風で黒板へと叩きつけられた。
その突然の爆発には使い魔達も暴れ出した。
悲鳴やら怒声やらが教室内に無数に飛び交い、もはや収拾がつかない状況になりながらも、ギルガメッシュだけは冷静なまま飛んできた木材の破片などを手で払いのけ事の成り行きを見守っていた。
「だから言ったのよ!!ヴァリエールにはやらせるなって!!」
「もう!!ヴァリエールは退学にしてくれよ」
「俺のラッキーが蛇に喰われた。俺のラッキーが!!」
爆発の衝撃から立ち直った生徒たちが一斉に騒ぎ出す。
シュヴルーズは動かない。
たまに痙攣しているので生きてはいるようだが、しばらくは目を覚ましそうになかった。
そしてこの騒ぎの元凶であるルイズがむっくりと起き上がる。
シュヴルーズ同様爆発のすぐ近くにいたので、見るも無残な姿となっている。
顔は煤で真っ黒になり、ブラウスが破れてスカートは裂け、パンツが見えていた。
しかしルイズはそんな自分の姿や周りの喧噪など気にした様子もなく、冷静に顔の煤をハンカチで拭きながら、淡々とした声で言った。
「ちょっと失敗したみたいね」
当然ながら、他の生徒から猛反撃を食らう。
「ちょっとじゃないだろ!!『ゼロ』のルイズ!!」
「いつだって成功の確率、ほとんど『ゼロ』じゃないかよ!!」
再び騒ぎに包まれる教室内を眺めて、ギルガメッシュは呆れと共に自分を呼び出した召喚者の二つ名の由来と知った。
騒ぎの後の教室。
責任として教室の後片付けを命じられたルイズは、しぶしぶと机を拭いていた。
罰ということで魔法の使用は禁止されていたが、元々ルイズは魔法がロクに使えないのであまり関係は無い。
こういうとルイズが一人で頑張っているようにも聞こえるが、実質彼女が行っているのは机を拭く作業だけ。
新しい窓ガラスを取り付けたり、重たい机を運んだり、煤だらけとなった教室を拭いたりといった大部分の作業はギルガメッシュが呼び出した魔法人形が行っていた。
そして一応ルイズの使い魔という立場にあるギルガメッシュはというと―――
「なるほど。『ゼロ』のルイズか」
無事だった椅子に優雅に腰かけ、ギルガメッシュはニヤニヤと笑みを浮かべながら掃除に勤しむルイズを見つめていた。
その視線にルイズはムスッとした。
「何よ。どうせアンタも私のことバカにするんでしょ」
「そうだな。この無能者め」
その一言にルイズは犬歯を剥き出しにしてギルガメッシュを睨みつけるが、やはり彼は動じず変わらぬ笑みを浮かべている。
「しかしルイズよ。お前の二つ名の『ゼロ』というのは、魔法の成功率がゼロであることから来ているのか?」
「そうよ!!悪かったわね!!魔法が使えなくて!!」
「そう吠えるな。今の我は別にお前を貶しておるわけではない」
首を傾げるルイズにギルガメッシュは続ける。
「そも、魔法成功率ゼロという認識が誤っている。別にお前は魔法に失敗しているわけではない」
「はあ?何言ってんのよ。私の魔法は何をやっても・・・その・・・、爆発、しちゃって・・・」
「そう、その爆発こそ問題だ」
耳によく通る声音でギルガメッシュは告げる。
「魔法の失敗という現象が、何故に常時爆発に帰結するのか。その訳をお前は理解しているか?」
「・・いえ、あんまり深く考えたことはないわ。周りの人たちもただ失敗だって言ってるだけだったし」
「一度や二度の事象であるのなら、なるほど偶然ということもあるやもしれん。だがそれが三度も続けばそれは必然。当然の帰結だ。
よいか、ルイズよ。お前の魔法は成功しているのだ。
あの爆発こそがその結果。あれこそ他でもない、お前の魔法だ。ならばそこには必然たりえる理由があるはず。それをロクに探究せず、ただの失敗と断じて終わらせるのは浅はかというものだぞ」
ルイズはそのギルガメッシュの言葉をポカンと聞いていた。
そんな考え方、ルイズは生れてこと方したことが無かった。
誰もがルイズの魔法を見ては失敗だと言い続けてきた。
生じる爆発でいつも周りの者に迷惑をかけ続けてきた。
そんな積年の経験がコンプレックスとなって、ルイズを縛っていたのだ。
しかしそんなルイズの縛りを、ギルガメッシュはいともあっさりと破って見せた。
彼とて先の爆発に少なからず迷惑を感じているだろうに、そんな目先の事には捉われず事象の本質を言い当てて見せた。
そんな彼の態度にルイズは驚き、そして何よりこの男に認められたことが嬉しく感じた。
だがそんなルイズの思いは、次の言葉で崩れ去った。
「まあもちろん、目的の事が果たせん時点でそれが失敗であることは間違いないがな」
「っ!!!」
「故に、お前の二つ名は適当ではない。お前はこう呼ばれるべきなのだ。『爆発』のルイズ、もしくは『無能』のルイズと」
ニヤニヤとサディステックな笑みを浮かべて、ギルガメッシュは言う。
ルイズは先ほどちょっと感動してしまったことを後悔しつつ、負けじと大声量で叫んだ。
「アンタ、私のことを励ましてるのか馬鹿にしてるのかどっちなのよっ!!」
「さてな。どちらかというと馬鹿にしている方だ」
その言葉にまるで威嚇する猫のように毛を逆立たせるルイズを尻目に、ギルガメッシュは席を立った。
「って、どこに行くのよ?」
「ここはもう飽いた。外の散策に行ってくる」
「ちょっと!!掃除してる主人を置いて行くつもり!?」
「その人形は置いていってやる。そもそもこれはお前の身から出た錆だ。お前が責任を持て」
そう言い残して、ギルガメッシュは後ろでギャーギャー喚くルイズを放置して教室を後にした。
教室を出たギルガメッシュは、そのまま外に出た。
特に当てもなく学院の敷地を散策しながら、己の身体の状態を確かめていく。
ギルガメッシュは生前の偉業により、死後もなお信仰の対象となり、その霊核を昇華させた英霊と呼ばれる存在である。
その存在規模は人が操れる域をはるかに超えており、例えかつての世界の五人の神秘の担い手であろうと、彼を御することなどできない。
当然召喚することも容易ではなく、仮に大規模な魔術儀式により呼び出せたとしても力の一端か、一時の幻のような扱いだ。
だが今回の召喚ではそんなことも無い。
はっきりとした生の脈動を感じるこの身体は霊体のものでは断じてなく、死した彼に確かな受肉を果たしていた。
やはり今回のルイズによって為された召喚は、本来の英霊召喚とは根本から異なっているらしい。
(奴のあの爆発しかしない魔法とも、あるいは何か関係があるかもしれんな。まあ、召喚の理由などどうでも良いこと。考えたところで益体もない。
それよりもせっかく訪れた異界の地だ。せいぜい我が快楽の手慰みにはなってもらおう)
そんなことを思い、ギルガメッシュは歩を進めていく。
そして中庭の方へ出かけた時、死角となる所からカラのトレイを持った一人のメイドの少女と鉢合わせした。
「きゃ!」
「む?」
いきなり人が出てきたため驚いたのだろう。メイドの少女は尻もちを付いた。
これでトレイの上に物を乗せていれば、盛大に地面にぶちまけていただろう。
「すいません!!貴族の方に私ったらなんて失礼な真似を・・・」
目の前に立つギルガメッシュにメイドの少女は大慌てでペコペコと謝りだす。
そんな少女の謝罪の言葉は適当に聞き流し、ギルガメッシュは少女の出で立ちを観察する。
この辺りでは珍しい短い黒髪をカチューシャでまとめたその顔立ちは、多少素朴ではあったが悪くはない。
身体つきもルイズとは違いしっかりとしていて問題なし。
何よりこの心底より貴人を立てんとする態度は、まさしく従者としてふさわしい。
「よい。許す」
「は、はい。ありがとうございます。それでは!!」
ギルガメッシュから許しの言葉を受け取ると、メイドの少女はペコリと最後に一礼して厨房のほうへと戻って行った。
その姿を見送り、しばらくしてからギルガメッシュはポツリと呟いた。
「フム。あいつにするか」
メイドの後を追って、ギルガメッシュは中庭へと出る。
そこはティーラウンジとなっており、午前の授業を終え、昼食を摂った生徒達が各々にデザートを楽しんでいる。
そんな中で、ギルガメッシュは目的の、先ほどのメイドの少女の姿を見定めた。
「む・・・?」
見ると、メイドの少女の居る辺りでちょっとした騒ぎが起きていた。
何やらやたらキザそうな貴族の少年に、あのメイドがひたすらに頭を下げている。
しかし他人の事情など、傲慢なる英雄王には気に掛けるにも値しない些事に過ぎない。
騒ぎなどまるで気にせず、ギルガメッシュはぐんぐんと人だかりの中心へと歩いて行った。
メイドの少女に説教をしている少年は、ギーシュ・ド・グラモンといった。
事の顛末はこうだ。
ギーシュが友人達と談笑を楽しんでいると、彼のポケットから香水の瓶が落ちた。
それを見かけたメイドの少女は純粋な善意から、その香水を拾って渡した。
しかしそれがよく無かった。
その時ギーシュは友人達から恋人は誰かについて尋ねられており、その香水が元で彼の二股が発覚してしまったのだ。
更に間の悪いことに、その二股相手であるモンモランシーとケティという二人の少女が場に居合わせ、ギーシュに張り手とワインの洗礼をお見舞いしていった。
そうなると格好がつかないのがギーシュである。
このままでは唯の笑い者だ。
そこで今回のことの責任を香水を拾った少女の方に追及したのだ。
はっきり言って責任転嫁の八つ当たりでしかなかったが、そのことで少女に文句など言えるはずもない。
彼女のような魔法の使えない平民にとって、貴族とは絶対の存在。
彼らが黒と言えば白い物でも黒なのだ。
「全く、君が軽率に瓶を拾ったりするから二人のレディが傷ついてしまった。どうしてくれるんだね」
「すいません。すいません」
貴族の癇癪を受け、メイドの少女は何度も平謝りを繰り返す。
その謝罪を受け取る側のギーシュだったが、しかし今の状況は彼にとってもあまり良いものだとは言い難かった。
元々、せめてもの体裁を取りつくるために始めた責任の追及。
少女に対して深い怒りがあってのことではない。
そのため、このように心底から申し訳なさそうにされると、かえってこちらの良心が痛くなる。
しかも相手は平民とはいえ可愛い女の子だ。
周囲からの視線も気になるし、何よりギーシュは元来女の子に弱い。
そんなギーシュにとって、今の女の子を苛めている状況は居心地悪いことこの上無かった。
そういうわけで、どうにかキリの良いところで何とか話を切り上げようと考えていたギーシュだったが、彼が何かするまでもなくその話は強制的に終わらせられた。
「退け」
不遜にそう言い放ち、ギーシュの身体が強引に押しのけられる。
押しのけた人物はギーシュには目もくれず、説教を受けていたメイドの少女へと向き合う。
ギルガメッシュであった。
「娘、名は?」
「え?あ、はい。シ、シエスタと申します」
「シエスタか。フム」
完全にギーシュの存在を無視してギルガメッシュは話を進めようとする。
この態度にはさすがのギーシュも頭に来た。
「おい、君!!彼女とは今は僕が話しているんだよ。勝手に―――」
そう文句を言おうとしたとき、ギルガメッシュの赤い瞳がギロリとギーシュの方を向いた。
向けられた王の眼光に、ギーシュは言葉を飲み込む。
その眼光に宿る迫力は、ただ眼を向けただけでギーシュの意志を剥奪させてしまったのだ。
黙り込んだギーシュにはもはや目もくれず、ギルガメッシュはメイドの少女―――シエスタへと向き直る。
そうして口を開きかけた時、人ごみの外から癇癪じみた声が聞こえてきた。
「ギルガメッシュ!!ようやく見つけたわよ!!」
集まる人ごみを押しのけて現れたのはルイズだった。
ルイズは怒った風に表情を歪ませて、ギルガメッシュへと突っ掛かる。
「よよよよくもご主人様を放りだして、掃除を押し付けてくれたわね。不敬だわ。こういう態度は許していてはいけないわよね」
「ぎゃあぎゃあとうるさい。人形は置いていったであろう。それで充分であろうが。そもそも、今回の掃除の責はすべてお前の無能がまねいた結果。お前ごときの尻拭いを、何故我が手伝わなければならぬ」
「アンタ私の使い魔でしょうが!!」
「確かにな。だが、別に主従の関係を結んだ訳ではない。そもそもお前と我とでは、存在の器からして違いすぎるわ」
「何よ、偉そうに!!アンタなんて、魔法も使えないくせに!!」
意識せずルイズの口より出たギルガメッシュへの罵声。
ルイズとしてもその言葉に深い考えなどありはしない。
ただ昨夜、ギルガメッシュのメイジではないという言を思い出して、とっさに口にしたのがそれだった。
しかし横で聞いていたギーシュは、それを聞き逃さなかった。
「魔法が・・・使えないだって・・・?」
貴族にとって魔法とは自己の権威と力の象徴。
魔法無き貴族など、真の貴族ではない。
幼少より教え込まれてきた生粋のトリステイン貴族のギーシュは、その発言耳にしたことで急に強気になった。
「なんだ。随分と堂々としてるからどれほどの貴族かと思えば、単なる見かけだけの成金貴族だったのかい。そういえばあの野蛮なゲルマニアでは金次第で平民でも貴族になれるのだったね。全く、驚いて損したよ」
調子に乗って、ギーシュは矢次にギルガメッシュへ罵りの言葉を浴びせていく。
元々、二股が発覚したばかりで虫の居所が悪かったのだ。
ギルガメッシュの無礼な態度と、魔法が使えないという情報によって、その感情が一気に流れ出したのだ。
そう、ギーシュは調子に乗っていた。
決して喧嘩を売ってはいけない相手が分からないほどに。
「考えてみればそうだよね。あの『ゼロ』のルイズが召喚した使い魔が、魔法が使えるはずが無いんだった。ハハッ、同じ魔法の使えない貴族同士、引かれ合うものでもあったのかな?」
相次ぐギーシュの罵声に、ついにギルガメッシュはそちらに視線を移す。
だが、その表情に不快があるかといえば、そういう訳ではない。
そもそも、ギルガメッシュはすでにギーシュの存在を完全に忘れていた。
彼の罵声も、ギルガメッシュにはただの雑音にしか聞こえていない。
故に、話しかける声音もあくまでどうでもよさそうに告げる。
「後ろで煩わしいぞ。雑種」
「ざ、雑種だと・・・?馬鹿にするな!!僕はこのトリステインの由緒ある武門の家系、グラモン家の三男―――」
「関係ないわ。そんなこと」
平然と、ギルガメッシュは言ってのけた。
「この我から見れば、他の衆愚など有象無象の雑種に過ぎん」
その発言に、ギーシュの中でプツンと何かが切れる。
貴族にとって、家名の名誉とは命よりも優先して守るべきものである。
貴族は代々に渡り自らの血筋を重んじ、その名を上げんと奮起して、その功績を後の世代に伝えていくのだ。
それをあろうことか、有象無象の雑種とまで言い捨てられた。
その侮辱は軍人の家系に生まれ、誇りのためならば命を懸けることも惜しまぬと教えられてきたグラモン家の子としては断じて許せるものではなかった。
「我が家名をそこまで貶められては、もはや引き下がることはできない。君に、決闘を申しこむ!!」
「ほう」
突然のギーシュの宣言に、周囲の人間が沸いた。
感情豊かな思春期を学生として平凡に過ごす生徒たちは、こういった刺激に飢えていた。
それにギルガメッシュの傲慢すぎる振る舞いは、すでに多くの貴族達の反感を買っていたのだ。
その張本人がひょっとしたら無様を晒すことになるかもしれない。興奮しないほうが無理だった。
「ヴェストリの広場で待つ。あれだけの大言を吐いたんだ。よもや逃げはすまいね」
そう捨て台詞を残し、ギーシュはその場を去っていった。
「なに勝手に決闘の約束なんてしてんのよっ!!」
ギーシュの姿が見えなくなった後、ルイズは真っ先に声を張り上げた。
「やかましいな。我とて雑種の相手など面倒なのだ。とはいえ、一応は我に向けての挑戦だ。避けて通るわけにもいくまい」
「あのね・・・。メイドから事情はいろいろと聞いたわ。まあ、ギーシュのほうも確かに情けないけど、でも今のはどう見てもアンタのほうが悪いわよ。だから一言謝れば―――」
「王であるこの我に雑種如きに頭を下げろと?あり得んな」
「ああ、もう・・・」
話がまるで通じないギルガメッシュに、ルイズは頭を抱えた。
召喚してからまだ初日だというのに、どうしてこの使い魔は自分の頭を悩ますことばかり起こすのか。
このままではストレスで、あのミスタ・コルベールのように頭が禿げあがってしまうんじゃないかと、ルイズは本気で心配になってきた。
そんなルイズの様子を見ていたギルガメッシュが、ポツリと尋ねてきた。
「ルイズよ。何をそんなに動揺している?」
「そんなの決まってるでしょ。アンタとギーシュが決闘したら―――」
「したら、何だ?」
重ねて尋ねられ、ルイズは思わず口を噤んだ。
自分は、何を言おうとしていたのか。
確かにギルガメッシュとギーシュの決闘には反対だ。
だが、なぜ自分がこの決闘に反対しているのかと言えば―――
「よもや、ルイズよ。お前はこの我が敗北すると思っておるのか?」
そう問われて、ルイズは自身の中に沸いた奇妙な感覚の正体を知った気がした。
そうかもしれない。自分はこの決闘の決着に、ギルガメッシュの敗北を予感したのではないか。
確かにギルガメッシュの放つオーラは、理屈抜きの迫力がある。
正直この男があのキザでヘタレなギーシュの前に地に伏すイメージは、まるで浮かんでこない。
だがそんな印象に負けず劣らず、ルイズは魔法の絶対性を信じていた。
魔法が使えない者は、魔法が使える者には決して勝てない。
そんな先入観が、このハルケギニアにはある。
特にルイズのは普段失敗ばかりしている分、通常よりもその傾向が強いといっても良かった。
ギルガメッシュがギーシュに負けるとは思わない。
しかし同時に、メイジでない者がメイジに勝つ光景も、ルイズには思い浮かべられなかった。
そんなルイズに、ギルガメッシュは悠然とした笑みを浮かべて告げた。
「フン。では見せてやろう。目に映せばもはや忘却することなど出来ぬ、英雄王たる我の力を」
*読み返したらいくつか誤字が見つかったので修正しました*