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No.2589の一覧
[0] Zero and heroic king (ゼロの使い魔×Fate)[river](2008/02/29 06:43)
[1] [2]王の振る舞い[river](2008/02/29 06:44)
[2] [3]王の決闘[river](2008/12/11 05:33)
[3] [4]王の一日[river](2008/02/29 06:49)
[4] [5]王の買い物[river](2008/02/29 06:51)
[5] [6]王の所有権[river](2008/02/29 06:53)
[6] [7]王と品評会[river](2008/02/23 12:33)
[7] [8]王と盗賊[river](2008/06/09 21:54)
[8] 外伝  タバサと黒騎士[river](2008/02/29 07:18)
[9] [9]王と王女[river](2008/02/29 06:41)
[10] [10]王と『閃光』[river](2008/03/06 17:53)
[11] [11]王と『白の国』[river](2008/03/13 13:30)
[12] [12]王の憂鬱[river](2008/03/29 16:16)
[13] [13]王と挑戦者[river](2008/04/09 22:16)
[14] 外伝  無能王と裏切りの騎士[river](2008/04/27 23:34)
[15] [14]王と惚れ薬[river](2008/05/26 04:46)
[16] [15]王と精霊[river](2008/06/10 18:52)
[17] [16]王と悲恋の姫[river](2008/07/22 22:26)
[18] [17]王と開戦[river](2008/07/22 22:23)
[19] [18]王の光[river](2008/08/17 05:21)
[20] [18]王の光(解析編)[river](2008/08/17 05:10)
[21] [19]王の休日[river](2008/09/03 16:46)
[22] 外伝  闇に降り立った王様[river](2008/09/03 16:48)
[23] [20]小さな王(前編)[river](2008/09/07 04:37)
[24] [20]小さな王(後編)[river](2008/09/15 01:55)
[25] [21]王と女王[river](2008/10/31 21:32)
[26] [22]王と姉[river](2008/12/11 05:34)
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[2589] [18]王の光
Name: river◆59845e73 ID:bfb8ff1f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/08/17 05:21




[18]王の光










アルビオン艦隊旗艦『レキシントン』号艦長サー・ヘンリー・ボーウッドは、報告されてくる自軍優勢の報を、気の無い様子で受け取っていた。

すでに敵の空戦戦力はほぼ壊滅させ、戦場の制空権は完全にこちらにあるといっていい。

このまま順調に進めば、自軍の勝利はもはや時間の問題だろう。


だがそんな自軍の勝利の栄光を、ボーウッドは喜ぶ気にはならなかった。


「アルビオン万歳!!神聖皇帝クロムウェル万歳!!」


艦上の至る所から起きる歓声に、ボーウッドは眉をひそめた。

彼の知る王軍時代の空軍は、戦闘中に余計な歓声など上げはしなかった。

優勢はあくまで優勢でしかなく、勝利ではないと承知していたからだ。


だが今のアルビオン軍は、司令長官までもがその歓声に加わっている。

ハルケギニア最高の練度という前評判は返上しなくてはならないなと、ボーウッドは皮肉気に思った。


ボーウッドは元々、ウェールズら王党派の人間だった。

彼が自らの杖に懸けて忠誠を誓ったのは、昔も今も変わらずアルビオン王家である。


だがそれ以上に、彼はアルビオンの軍人であった。

軍人は国の命のままに、道具として戦い抜くことこそ本懐である。

政治を考えるのは文官の務め、自分達はただ国のために戦うことを考えていればよい。

『レコン・キスタ』が国の意志となったならば、それに従うことに何の疑問も抱いたりはしない。


そう思っていたボーウッドだったが、今ではその判断を選んだことを悔いかけていた。


(あの男は、一体なにを考えているんだ?)


ボーウッドが脳裏に浮かべるのは、彼の新しい主君たる男、オリヴァー・クロムウェル。

あの男の行動には、アルビオン軍人であるボーウッドですら疑惑を懐かずにはいられない。


未知の魔法を使った暗躍、条約を無視した宣戦布告、あの男の取る政策はどれも怪しげなものばかり。

噂では、ならず者の傭兵や、卑しいオーク鬼などの亜人とも深い繋がりがあるらしい。

ボーウッドには、あの男の存在がアルビオンに益を為すとはどうしても思えなかった。


(さらに言えば、この男のこともな)


チラリ肩越しに、ボーウッドは艦上にて一人佇む男へと目を向けた。


鍛えられた屈強の肉体を持ち、羽帽子を深くかぶった精悍な顔立ちの貴族の青年。

そんな凛々しい外見を持った青年だが、醸し出す異様な雰囲気が彼に言葉をかけることを躊躇わせる。

青年自身も決して口を開こうとせず、その無言の圧力が彼の威圧感に拍車をかけていた。


この男も、クロムウェルが直接遣わした者である。

出撃の直前、クロムウェルに直々に連れられて、ボーウッドは紹介を受けていた。

聞けばスクウェアクラスの『風』の使い手らしく、優秀な空戦戦力という話だ。


皇帝自らの推薦となれば、御飾りの愚昧な司令長官とは異なり、それなりの能力はあるのだろう。

とはいえ、こんな不気味な男に戦場で背中を預ける気にはとてもならない。


あの男の周りには、正道ならざるもので溢れている。

この青年のことはもちろんのこと、野蛮な亜人種を相手にした異様に高い交渉術。

その事実は頼もしさにも先行して、猜疑心をボーウッドの胸に芽生えさせる。


そして何よりの異端は、クロムウェルが自らの親衛隊と称して連れまわしていた、かつてのアルビオンの王子ウェールズ・テューダーの存在である。


王党派の象徴であったウェールズは、『レコン・キスタ』の反乱の折に戦死している。

革命の最後であるニューカッスル城での戦いで、確かにそう報告されたのだ。

だというのに死んだはずのウェールズは確かに存在し、あろうことか自らの王家を滅ぼした簒奪者たるクロムウェルに忠誠すら誓っていた。


一体、どのような外法に手を染めたのか。

クロムウェル自身は己の力を『虚無』と自称していたが、死者を冒涜するような業が、始祖の用いた神の系統などとは思いたくなかった。


疑惑溢れる男に先導され、未来の見えぬアルビオンの行く末を案じ、ボーウッドは溜め息をついた。


「いかがされました?艦長」


「む・・・。いや、なんでもない」


見られていたか、とボーウッドは自らの行動を恥じた。

自分は今、この艦の長としてここに立っている。

そんな自分が、部下たちを惑わすようなことをしてどうするのだ。


気を引き締めて、ボーウッドは己が職務へと意識を戻した。


「地上戦力の状況を報告しろ。状況の確認次第、味方部隊への援護砲撃を―――」


「か、艦長っ!!タルブ方面に向かわせた竜騎士隊より入電!!」」


その時、管制を担当する水兵が叫びに似た声を上げた。

その声色より、ボーウッドは直感的にそれが悪い報せだと察した。


「どうした?何があった?」


「そ、それが・・・っ!?」


水兵自身、自らが報告する内容が信じられないといった様子で、その伝令を口にした。


「戦場に・・・黄金の舟が現れました」


その報告に―――これまで不気味な沈黙を保っていた男が、ゆっくりと顔を上げた。










戦場と化したトリステインの空に、一隻の“舟”が飛翔していた。

船体を黄金とエメラルドで形成された、光り輝くその“舟”は、トリステインのものでも、ましてやアルビオンのものでもない。

他の一切の追随を許さず、物理法則を超越した優雅美麗の飛行を実現するこの黄金の舟こそは、世界に名立たる秘宝のひとつ。

後に“ヴィマーナ”の名を以て二大叙事詩に語り継がれる、至高の飛行宝具である。


「すすす、すごいじゃないっ!!あの天下無双と謳われたアルビオンの竜騎士が、まるで亀みたいに置いてかれてるわ」


後方でどんどん距離を離されるアルビオンの竜騎士達の姿を振り返り、あまりの飛翔速度に少々腰を抜かしながら、ルイズは歓声を上げた。


原初の王であり、かつてこの世のすべての宝物を手中に収めたギルガメッシュの宝物庫には、後の伝承に語り継がれるあらゆる宝具の原典が存在する。

それは武器のみに留まらず、およそ“宝”の概念が通用するものすべてに当てはまる。

この黄金の輝舟もまた、ギルガメッシュの収集した“宝”のひとつであった。


ハルケギニアの常識からはあり得ない速度で飛行し、戦場を駆け抜けたヴィマーナは、やがてアルビオンの旗艦たる『レキシントン』号をその視界に収める。

目撃したアルビオンの誇る巨大艦の姿に、輝舟の上よりギルガメッシュは気の無い感想を漏らした。


「ふん、構造そのものは幼稚だが、図体だけは一人前か。我の宝具とは比べようもないが、雑種共の艦船としてはマシな部類か」


目撃したトリステイン軍人を慄かせた『レキシントン』号の威容も、英雄王の視点からすればさしたる脅威にはなりえない。


もっとも今回において、ギルガメッシュはあれを脅威どころか敵とすらも認識していないのだが。


「しかし、あれほどの図体をよもや一人の力で落としてみせようとは。また随分と大きく出たな、ルイズよ」


「う、うるさいわね。分かってるわよ」


ルイズとギルガメッシュとの間で交わされた条件は、ルイズを敵の旗艦まで辿り着かせること。

それ以外は、一切関知しないとギルガメッシュは公言している。

アルビオンをどうするかは、あくまでルイズの手に委ねられているのだ。

さっきは大きく出たルイズだったが、やはりいざ実物を前にすると尻込みしてしまう。


その時、『レキシントン』号へと向かうヴィマーナの進路上に、二騎の竜騎士が立ち塞がる。

こちらの接近の報せを聞き、先回りしていたのだろう。

竜騎士らの騎乗する二頭の火竜の口より、炎のブレスが吹きかけられた。


着弾、爆発。

ブレスの爆炎がヴィマーナの船体を包み、その姿を覆い隠す。


だがそれも一瞬。

船体を包みこんだ火炎の中より、黄金の輝舟が現れる。

周囲の火炎を吹き消して、瞠目する竜騎士達の目に映る輝舟の威容は、全くの無傷である。

竜のブレスを受けてなおの健在ぶりは、同じ空を駆ける者としての格の違いを見せつけるようだった。


「邪魔だ」


立ち塞がる二騎の竜騎士ににべもなく告げて、ギルガメッシュは“王の財宝”を解放する。

開かれた蔵内より打ち放たれた二連宝具は、過たず竜騎士二騎を穿ち抜いた。

青の大気を血飛沫の赤で染め上げて、竜騎士達は地表へと落下していった。


「もう慣れたけど、なんだか本当に一方的ねぇ・・・。思わず敵に同情したくなるわ」


「無駄口を叩いてる暇はないぞ。もう間もなくだ」


気付けば、『レキシントン』号の姿は大分はっきりと目に映るようになっていた。

いよいよ自分の出番だと自覚し、ルイズは気を引き締める。


すでに進路上に敵はなく、遮る者のいないヴィマーナの飛翔は『レキシントン』号へと向けて直進の航路を取る。

このまま敵の旗艦までは、一切の妨害なく辿り着けるだろう。

ルイズのみならず、ギルガメッシュもそう思っていた。


だがその思惑は、突如として飛来した奔る稲妻によってものの見事に粉砕された。


「きゃあっ!!」


「ぬう!?」


雷電の直撃を受けたヴィマーナの船体が大きく揺れる。

その事実に、ギルガメッシュはその面貌を憤怒が染め上げる。


「我を頂くこの舟を揺らすとは・・・。王に対するその狼藉、もはや万死にも値するぞ」


怒気を込めた声で叫び上げて、ギルガメッシュは雷電の飛来した方へと目を向ける。

それに倣って、ルイズもまた彼の視線の先を追った。


そして二人の視線の先で、悠然と空に佇むその者の姿に、二人は等しく驚愕した。


「ワルド・・・!」


そこにいたのは、ルイズもギルガメッシュも名を知る者の姿。

祖国を裏切り、ウェールズを殺害し、そしてルイズまでも手にかけようとした『閃光』の二つ名を持つ男。


―――ジャン・ジャック・ワルドだった。










(俺は、どうしてここにいる―――?)


混沌たる暗闇の中において、たったひとつの疑問を吐き出し続ける。


混濁した思考は理性を欠き、自己の存在さえも曖昧とした状態。

欠落した身体部位は得体の知れない何かで補われ、体内で蠢くそれは身体の一部というより寄生されていると表現したほうが正しい。

自身が何者なのかさえ分からず、低迷する意識はどこに向かおうとしているかも定かではない。

代わりに全身の感覚が伝えるおぞましい感触が、否応が無く自身の人ならざる異端性を自覚させる。

自らが怪物を化したと理解し、しかしそれを不気味と思う価値観もまた欠如してしまっている。

覇気も悲嘆さえもない在り方は、未来の光を全く抱けぬ暗雲たる闇そのものである。


だがそんな中で、ひとつだけはっきりとしたものがある。

それは知識でもなく、願いでもない、ただひとつの感情欲求。


―――生きたい


生への執着、死に対する忌諱、それだけがこの空洞化した肉体を動かす。

その執着のみが、自分をこの世に繋ぎとめる唯一の縁。

唯一つきりの縁に縋りつき、自己の存在を定義する。


だからこそ、自らに対して決して避け得ぬ疑問を口にし続けた。


(どうして、俺は“生きたい”んだ―――?)


それだけが、どうしても分からない。

もはや物事を考察する理性も欠落し、動物的な感性しか持ちえない。

だがそれでも、その疑問だけは微塵と薄れることなく、混濁した思考の中に浮かび上がる。

なぜこうなったのかと“原因”を追及せず、何を求めているのかと己の“欲求”に固執する。


―――あるいは、そんな固執が幸いしたのだろうか。


“執着”と“疑問”のみに縛られた在り様の中、今ついに求めた“答え”を得た。

本能に促されるままに行動し、その果てに再び向かい合えた絶対者たる黄金の王。

目にする者を引き付けて止まぬ、唯我独尊の存在感を醸し出すその姿に、かつての記憶が脳裏を過ぎる。


自身の理想と認めた、孤高の強さを示す在り様。

己のすべてを懸けて挑み、そして敗れた最強の敵。

自らの理想たる宿敵とこうして二度目の対面を果たし、自分は何をすべきなのか。


(―――そんなことは、決まっている)


再び、挑む。

生涯すべてを懸けるに値する最大の宿敵に、二度目の挑戦をする。

元よりこの命に、それ以外に処方を知らない。

人の身を捨て、化生に身を落としてまで無様に生き繋いだのも、全てはこの時のためだけにあった。


―――すべては、理想の在り方への到達のために。


昂る魂に拍車をかけ、膨れ上がる精神力を解放し、かつてのそれとは比べ物にならぬ魔力を身に纏う。

全身より迸る魔力を以て撃ち放たれた魔法の雷は、何人も侵せぬ王の輝舟の飛翔さえも揺るがせる。

そうして敵対者たる自分と、黄金の王は向かい合い、互いの視線を交差した。


(勝負だ―――ギルガメッシュ!!)


交錯した瞳の中の確かな闘争心を確認し、ワルドは己が内にて歓喜の声を以て宣戦した。










「ワルド・・・なの?本当に・・・?」


突如として目の前に現れたかつての婚約者に、ルイズは畏怖に声を震わせながら疑問符を上げる。

目に映る者の姿は確かにワルドその人であるのだが、そこには何か違和感が伴っている。


―――この、彼から伝わってくる禍々しい気配はなんなのか?


無論、祖国を捨てた裏切り者として、軽蔑する思いはある。

だがそうした侮蔑の感情とは別の、得体の知れない迫力を今のワルドは有している。

理論によるものではない、生物が共有する己と異なる種に懐く純粋な畏れを、目の前のワルドは感じさせた。


そこで、ルイズはワルドの姿に、感覚論ではない明確な矛盾点を発見した。


「杖が・・・ない・・・?」


悠然と空に佇むワルドの両の手は、どちらも空手。

メイジならば例外なくあるべき、魔法の杖の姿がどこにもない。


「そんな、どうして!?杖を持っていないのに、どうして『フライ』が使えているの!?」


魔法とは、杖があって初めて行使できる。

いかなる技量のメイジ、例えそれが最高位の『スクウェア』であったとしても、その法則だけは変わらない。

だが現実として、今向き合っているワルドは無手のままに空中に鎮座している。


不吉な感覚と、噛み合わぬ現実。

その二つに挟まれ、ルイズの思考は混乱を極めた。


「・・・ルイズ」


そこで、混乱するルイズに隣に立つギルガメッシュが声をかける。

そして返事を待たぬまま、ギルガメッシュはルイズの額に指をかざし、“何か”をルイズに譲り渡した。


「え!ちょっ!?今、なにしたの?」


「一時的に、この舟の所有権をお前に移してやった。後のことはお前のみで何とかしてみせろ」


言い捨てるギルガメッシュの足元で、新たに蔵より引き出された宝具が彼の身に装着される。

黄金の鎧より入れ替わるような形をとったその脚鎧は、天空を駆ける飛翔の翼。

後にギリシャへと渡り、女神アテナが英雄ペルセウスに賜わす五つの宝具のひとつ、“羽のサンダル”へと形を変える飛行宝具の原典である。


「ちょっと、何とかしてみせろって、アンタはどうするのよ!?」


「我は、他にすることができた」


そうとだけ言い捨てるとギルガメッシュは船縁より躍り出て、はるか高みの大空へと身を投げる。

だが落下はせず、即座に力強い羽ばたきを響かせて舞い上がった。


ルイズを残した輝舟は、元の『レキシントン』号に向かう進路を取り、両者の距離はあっという間に離れていった。










誰も居ない大空の中心で、二人の強者が向かい合う。


かつて自らが下した敵対者と視線を交わし、獰猛なる笑みをギルガメッシュはその面貌に浮かべる。

遊興を好む英雄王特有の快楽的な殺意の笑みを向けながら、敵対者たるワルドへと声をかけた。


「久しいな、ワルド」


愉快気なギルガメッシュの声に、ワルドは言葉を返さない。

しかし全く応えないという訳ではなく、代わりに不遜の表情を面に張り付け答えとする。


それだけで満足したのか、気分を害することなくギルガメッシュは話を続けた。


「再び貴様の姿を目にした時は、さすがの我も驚いたぞ。あの時に受けた外傷、あるいは貴様なら立ち直る事もあり得るとは予測していたが、まさかこれほど早く立ち直ってくるとは。最低でも一年は、どれほどの治癒を以てしても立つことすらままならぬと踏んでいたのだが。

―――もっとも、代わりに中身は随分と変貌させてきたようだが、な」


異端をその身に潜ませた今のワルドの姿を見ながら、ギルガメッシュは皮肉気に言う。

そんな言葉にも、ワルドは動揺を見せることなく不遜のままに受け取った。


「むしろそれは褒めて取らそう。王の我を待たせることなく、早急に我が面前へと姿を現したことは、評価に値する。それに免じ、先の無礼は許そう」


ギルガメッシュは、今のワルドの存在の不可解さなど気にもしていない。

杖を持たずに行使する魔法などの、ルイズの気に掛けた矛盾など、ギルガメッシュにとっては全てが瑣末。

彼が今こうしているのは、そのようなつまらぬ事柄の真偽を暴くためなどでは断じてない。


そしてワルドもまた、この程度の讃辞を受け取るためだけに、こんな所には立ってはいない。


「そう急くな。案じずとも、貴様の望みには応えてやる」


告げて、ギルガメッシュは背後の空間にて蔵の扉を開く。

そこから取り出されたのは、一本の無骨な剣。

あらゆる魔法を吸収し我が物とする、伝説の使い魔の愛剣として振るわれてきた魔剣“デルフリンガー”。


魔剣を手にし、自らに手招いて見せながら、興が乗った声音でギルガメッシュは告げた。


「―――来い。貴様の挑戦、再び受けてやるぞ」


それは、かつて彼が下した決定。

矮小なる人の身にしてこの英雄王に挑みかかり、興のある闘争を演じた挑戦者に賜わす、最大限の褒美。


挫折することなく再びこの森羅万象の王に相対するというのなら―――その時は最大限の歓迎を以てその挑戦を迎え入れよう。


それはワルドにとっても、魂の底より望む真の願い。

自らの願いの成就に、理性を薄れさせるその面貌に喜色が浮かぶ。

いかなる名誉にも勝る最高位の栄誉に、ワルドもまた歓喜に触発される魔力の猛りによって応えた。


「ユキビタス・デル・ウィンデ・・・」


地の底より絞り上げるかの如きその声は、魔法の詠唱。

大気の屈折より投影された自らの像を魔力によって擬似的に実体化させる、『風』の系統を最強といわしめる呪文。


四乗の『風』により紡がれるユキビタス、『偏在』。


かつてワルドがその魔法を用いた時の分身体は、四人。

その人数は決して少ないものではなく、むしろ同じ風のスクウェアであってもそこまでの数の『偏在』を構築できる者は少ない。

疑似的にとはいえ、自己の意思を持って独立する個体を形成する『偏在』は多大な精神力を消耗する。

そんなものを単身で四体も形成するワルドこそは、紛れもなく逸脱した才気の持ち主であるのだ。


だが今のワルドの『偏在』は、その倍を超える九体の分身が投影されている。

その数はもはや才覚でどうこう言えるレベルではなく、明らかに異常の範疇。

本人も合わせて合計十人のワルドが、ギルガメッシュの前に立ち塞がった。


「おもしろい・・・。化生へと堕ちた身の上ならば、せいぜいその小手芸にて興じさせよ、ワルドッ!!」


昂る興奮と快楽、そして殺気をありありと示し、ギルガメッシュは吼えた。










「何とかしてみせろ、って言われてもねぇ・・・」


一人取り残された黄金の輝舟の上で、ルイズは以前のこの舟の所有者だった男へと愚痴る。


所有者のいなくなった輝舟であるが、その航路は変わる事無くアルビオン旗艦『レキシントン』へと真っ直ぐに向かっている。

傍から見れば、それは順調な航行と見えるだろうが―――


「こんなのどうやって動かせばいいのよ―――っ!?」


当然であるが、ルイズには空船の操舵の技術など体得していない。

ましてこれは普通の空船ですらなく、ギルガメッシュの所持する至高の宝具のひとつ。

そんなものを、いきなり渡されて自在に動かせというほうが無茶苦茶なのだ。


そして航路の先に見えるのは、トリステイン艦隊を容易に壊滅せしめたアルビオン最強戦艦『レキシントン』。

側面に配備された百を超える砲門が、今もその威容を見せつけている。

その弾幕の中に、ただ真っ直ぐと突進していくなど、自殺行為以外の何物でもない。


しかしそんなものなど意にも介さず、ヴィマーナはその飛翔を止めようとしない。

そしてそんな自らに比べれば遥かに矮小な小船の蛮勇に応えるように、『レキシントン』号の砲門が一斉に火を吹いた。


「きゃあああああっ!!?撃ってきた、撃ってきたぁぁぁっ!!」


大空に轟音を響かせる『レキシントン』号の砲撃に、ルイズは思わず縮こまって目を瞑った。

勇気とも蛮勇ともかけ離れた、単純なる怯えから、ルイズは反射的に身体を逃れさせたのだ。


無論、逃げ場の無い船の上でそんなことをしても、本来意味はない。

だがその“怯え”が、結果として巧を為した。


「え・・・!?」


叙事詩において、思考と同じ速さで天を駆けると謳われし輝舟は、伝承に恥じぬ速度で己が主の意向を受け取る。

仮とはいえ、所有権を持った“主”の強い怯えに反応し、輝舟は意に沿った新たな飛翔を実現した。


主を脅かす砲弾の雨を、他の空船には決して真似できぬ優雅にして無駄なき飛翔にて掻い潜る。

真の所有者たる王自らが操舵した時の機動には足元にも及ばぬとはいえ、天の舟の飛翔をたかが火薬の砲撃で捉えるなど余りに無謀。


そして砲撃が過ぎ去った後には、輝ける威容に微塵と損なわれた様子を見せぬヴィマーナの姿があった。


「す、すごい・・・」


『空の国』アルビオンの誇る最強戦艦の砲撃を歯牙にもかけず切り抜けた輝舟に、ルイズは改めて畏敬を覚える。

そして自らの駆る飛行宝具の威力に勇気づけられ、その表情より怯えが消え、決意した時の覇気が舞い戻った。


「これなら・・・いけるわ」


呟きながら懐より祈祷書を取り出し、ルイズは杖を握り締めた。










無限の如く広がるトリステインの蒼穹を、黄金の王が疾駆する。


脚部に装備された脚鎧の飛翔は、まさに逸品の宝具の名にふさわしく鮮麗され、神速の速さを誇っている。

雲を裂き、風を突きぬけ駆け抜けるギルガメッシュの姿は、何人も触れられぬ空の君臨者を思わせた。


―――だがここに、王の領域を侵さんと迫る簒奪者の姿あり。


ギルガメッシュの後ろより追う形で飛行するのは、『偏在』にて分身した十体のワルド。

杖も持たず行使する彼らの『フライ』の飛行速度は、ギルガメッシュの宝具にも決して見劣りするものではない。

事実、こうして今も振り切られることなく追随を果たし、十のワルドの誰もがその後ろ姿を逃そうとはしなかった。


「ほう。よく付いてくる」


肩越しに振り返り、感心した様子で呟くギルガメッシュ。

その視界の中で、十の内で最も接近して飛ぶワルドが、己の掌を突きだす。


そして掌中に膨大な魔力が集中し、一条の閃光が放たれた。


「!!」


『フライ』の使用中は他の呪文を使うことは出来ないという、メイジの常識をも超越して撃ち放たれたその魔法は『エア・スピアー』。

かつてワルドがギルガメッシュとの対戦において、その首を落とさんと命運を懸けた風の槍だ。

以前のそれよりも何倍も鋭くなったその魔法は、直撃を許せばいかに英霊といえど致命傷を免れまい。


振り返り、向かってくる風の矛を、ギルガメッシュは手にしたデルフリンガーで受け止める。

魔剣に刻まれた効果が発動し、その刃は輝きと共に『エア・スピアー』の魔法を吸収していく。


だが―――


「ダ、ダメだ、旦那。吸収しきれねぇ」


心底苦しそうな声を上げて、デルフリンガーが訴えてくる。

極限まで収束された風の矛先の鋭さは、魔法殺しのデルフリンガーを以てしても受け止めきれるものではなかった。


その先にあるギルガメッシュの首を断たんと、風の矛はぐいぐいとデルフリンガーの守りを突破せんと押し込んでくる。


「チッ」


舌打ちして、ギルガメッシュは受け止めていた『エア・スピアー』を弾いた。

刃を外れ、あさっての方向へと流れていく風の槍。

その行先を確認することはせず、ギルガメッシュは改めて十のワルドへと向かい合った。


「なるほど・・・。少しはマシにやり合えるようにはなったということか」


向かってくる十のワルドを見渡しながら、ギルガメッシュは手を上げる。

それに呼応して背にする虚空より、合計して六の宝具が出現した。


「ならば次は、我が宝具を前にどこまで保つか、さあ見せてみよ」


下げられた手の号令に従い、立ち塞がる敵を貫かんと投射される宝具の六連撃。

放たれてきた六の必殺宝具に対し、ワルド達は一斉に散開してその矛先より逃れた―――九体までは。


「ぬっ!?」


全員が宝具の必殺の攻撃より逃れる中で、一人が無謀にもその矛先へと突進していく。

風を切り裂いて突き進む六連宝具が、愚かな蛮勇者の存在を捉え、その一人へと殺到した。


ワルドを包む大気が唸りを上げる。

大気の流れを捻じ曲げて、生み出された烈風による強引な軌道変更。

通常ならば四肢のすべてが引き千切れて然るべき風圧を受けながら、ワルドは風の流れを読んで宝具の連撃の紙一重の間隙をすり抜けた。


「ほう。なかなかに条理を逸脱した動き。もはや完全に、人の領分にはないな」


宝具の連撃をすり抜けたワルドは、もはや障害の無くなったギルガメッシュまでの道を一気に駆け抜ける。

今度こそその首を貰い受けんと、再び掌中に魔力を集中し始める。

先ほどよりも接近し、必殺に近づいた風の矛を解き放たんとし―――


「―――とはいえ無論、我には微塵と及ばないが」


瞬間、擦れ違った後方から猛然と方向転換し、再び襲いかかった六連宝具にワルドはその全身を貫かれた。


正面より宝具の弾幕を突破してみせたワルドも、死角よりの奇襲には咄嗟の反応が間に合わなかった。

宝具による必殺の一撃を六つも受けたワルドは、そのまま魔力の粒子の塵へと消える。

どうやら本体ではなく、『偏在』による分身体であったらしい。

一体のワルドが消えた今も、他の七体のワルドは揺らぐ事無く健在のまま―――


「七・・・だと?」


呟いた瞬間、ギルガメッシュは“王の財宝”を解き放っていた。


放たれたのは、煌びやかな輝きを纏う名剣と、禍々しき魔力を刻む魔槍。

宝具の投射と同時に、ギルガメッシュの背後に唐突に二体のワルドが現れる。

『インビジブル』の魔法による不可視化と気配遮断による奇襲。

先ほどの正面からの無策の突進は、この奇襲を成功させるための囮に過ぎなかった。


奇襲を仕掛けた二体の内一体は、放たれた魔槍に貫かれあえなく霧散する。

だが咄嗟の投擲による照準の甘さ故か、一体のワルドは名剣の矛先を回避し、ギルガメッシュ自身へと襲いかかった。


振りかざすワルドの手にあるのは、魔法によって編まれた大気の剣。

高密度に圧縮され、視認さえ可能となった蒼く輝く風刃が、ギルガメッシュの脳天目掛けて打ち込まれる。


その斬撃を、ギルガメッシュは手にするデルフリンガーで応戦した。


「及ばずと知りながら、それでも賢しく我に迫るか・・・」


輝く二つの刃が、両者の間で激突する。

魔法を吸収するデルフリンガーの刃に曝されながら、なおも押し切らんと勢いを増す風の刃。

その斬撃の重さは、そのままワルドの意志の強固さを何より確かに表していた。


「そうまでして届きたいか?我が高みに」


そんなワルドに、ギルガメッシュは表情の不遜と余裕さは微塵と崩すことなく、鬩ぎ合いの中で問いかけた。


「ウ、ウ、ウワアアアアアァァァァァァッッッ!!!」


問いかけへの答えは、人を逸脱した獣の如く猛る咆哮。

揺るがぬ不屈の意志を示す雄叫びをあげて、ワルドは解答とした。


咆哮をきっかけに、鬩ぎ合う二つの刃が離れ、僅かに両者の間に距離が生まれる。

しかしながら、もはや両者共にいかなる距離でも必殺の手を緩める隙は無い。

距離が開いた次の瞬間には、お互いに攻撃を繰り出していた。


ほぼ同時に繰り出された、『エア・スピアー』の風の矛と、至高の価値を秘める原典宝具。

交錯する二撃、風の矛はギルガメッシュの頬を僅かに掠め、原典宝具は過たずその標的を貫く。

魔力によって編まれた分身はその一撃を以て消滅し、空間には健在を示すギルガメッシュのみが残された。


しかしギルガメッシュの周囲には、いまだ無傷の七体のワルドが鎮座している。

早くも三体の分身が敗れたというのに、彼らに動揺の色は無い。

自らと同程度の能力の分身を討ち取られ、改めて黄金の王との実力の差を思い知らされて尚、彼らの意志は微塵と揺らぐことはなかった。


「ふん、滑稽な。まるで飛び込めば燃え散ると知りつつ、なおも火に身をくべる蛾虫の如き愚かな姿だ」


罵倒の言葉を口にしながら、ギルガメッシュの表情には侮蔑の色はない。

むしろ期待の好奇さえ垣間見せる表情で、包囲するワルドの群れを悠然と眺めまわした。


「だが、それでいい。いっそ変えられぬ阿呆であるのなら、せめて命の果てまでその愚かしさを貫いて、この我を楽しませよっ!!」


哄笑も高らかに、ギルガメッシュは宣言する。

その宣誓に応え、ワルドらもまた更なる魔力の猛りを以て相対する。


蒼天広がる大空にて、両者は再び激突した。










―――エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ


祈祷書を片手に持つルイズの口より、滑らかなルーンの呪文が紡がれる。

四系統のいかなる呪文にも属さないそのルーンは、今は使われぬはるか太古の言霊。

知る者のいないはずの古代の呪文を、ルイズは何の疑問も懐かず謳い上げる。


己の内で生じた何かが、リズムを伴って行き先に向かい回転していく感覚。

それはメイジが己の系統の呪文を唱える時に感じるという、実感を持った手応え。

ならばこれより唱える呪文こそが、『ゼロ』の自分に与えられた真の魔法に他ならない。


―――オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド


詠唱を続けるルイズの瞳は静かに閉じられている。

彼女が口にする言霊は、すべて手にする祈祷書のページに浮かびあがった古代文字の配列。

しかし彼女の視線は、そちらに向けられることはなく、双眸共に閉じられたままだ。


もはや目にするまでもない。

かつての始祖の手を離れ、新たなる主の手へと渡ったこの祈祷書は、手にするだけで記された文字のすべてが頭の中に流れ込む。

書に記されたすべての情報が今ルイズの掌中にあり、故にこれより自分が行使する魔法の事も理解していた。


四系統いかなる属性にも当てはまらない、はるか彼方の伝説にのみ存在する五つ目の系統。

始祖ブリミルが扱いし最強の系統、『虚無』の属性。

それがルイズの手にした魔法だった。


―――ベオーズス・ユル・スヴェエル・カノ・オシェラ


詠唱と共に、ルイズは自らの意思を自己の内側へと埋没させる。

全身のあらゆる神経を研ぎ澄ませ、外界との接触のすべてを遮断する。

余計な雑音を排斥し、目を向けるべきは自らの世界のみだ。


彼女の意識の外では、『レキシントン』号が更なる砲撃を加えている。

主の認識が外界を離れたことで、ヴィマーナはその動きを鈍らし、すでにいくつかの直撃を受けている。

無論、神の秘宝たる黄金の輝舟が一撃か二撃の直撃ではビクともしないが、それでもただ受け続けていればいずれ限度がくる。

そんなことは自明の理だ。


しかしそれでも、彼女は決してその集中を乱そうとはしなかった。


―――ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル


呪文が完成し、閉ざされていた瞳が開かれる。

魔法を放つべき標的の姿をしっかりと捉え、あとはただ発動させるのみ。

祈祷書よりもたらされた情報より、ルイズは自分の魔法の威力を十分に理解している。


―――自分の魔法は、全てを飲み込む。


そこに一切の例外はなく、自分の一撃がこの戦争を決してしまう。

いまやアルビオン軍の命運は、自分の掌の中にあると言っていい。

それは他を隔絶した超絶の力を有した者のみが懐く、力の担い手の重責だった。


ギルガメッシュは言った、トリステインの救済とは、敵対するアルビオンに滅びを与える事と同義であると。


オスマンは言った、命を奪うという行為は、善悪の概念を越えて取り返しのつかぬ咎を背負う所業であると。


言われた言葉を反芻し、その意味を汲み取り、それでもルイズは杖を掲げる。

自分は何をしたいのか、何が出来るのか、それを考える。

正しいのか、間違っているのか、それはまだ分からない。

だが、それでも思うのは、ただ祖国を救いたいと願う純粋な思いであった。


そして、ルイズは杖を振り下ろした。


初歩の初歩の初歩、余計な要素を一切交えない純粋なる破壊現象、虚無魔法『エクスプロージョン』。


発言したルイズの虚無の光が、さながら太陽のように大きく膨れ上がり、大空に君臨するアルビオン艦隊の全てを包みこんだ。










ギルガメッシュの眼前で、また一体のワルドが宝具の刃に串刺しとされて消滅する。


これで残ったのは六体。

いまだ猛々しく自分と相対するワルド達を、ギルガメッシュは少々うんざりとした眼差しで見まわした。


なかなかに手応えのある敵と出会い、一時興の乗ったギルガメッシュであったが、すでに彼はこの戦いに飽きを覚え始めていた。

相手の能力、攻撃の質、戦法など、その全てをほぼ把握しつつある。

強大化されたワルドの『風』の魔法も、ギルガメッシュにとってはもはや脅威ではなくなりつつあった。


先の見えた戦いほど興が削がれるものはない。

これならば先の戦いの時のように策を弄してきたほうがまだ楽しめた。


やや興醒めした様子で肩を竦めながら、ギルガメッシュは“王の財宝”よりさらに宝具を解放しようとして―――


「なに!あれは―――!?」


突如として出現した、アルビオン艦隊を呑み込む無色の輝きに、思わず目を奪われた。


「・・・ルイズの魔法か。フン、奴め」


そう呟いてから、ギルガメッシュは大仰な哄笑を上げた。

突如として響き渡ったギルガメッシュの笑いに、同じく虚無の光に目を奪われていたワルド達も再び意識をギルガメッシュへと戻す。


だがギルガメッシュは構わず、ひたすらに笑い上げていた。


「ふ、ふ、ふははははははっ!!そうか、ルイズ。それがお前の選んだ道か。どちらの命を取捨選択するのではなく、どちらの命も選ばんとする。その傲慢、その“不殺”の光こそが、お前の輝きというわけだ」


あの無色の輝きは、ひとつの命も奪っていない。

あれが壊すのは、あくまで武器である艦船のみ。

今も光に呑み込まれ火の手を上げる艦船たちの上では、ただの一人の死者も出していない。


あんなことは、この自分にさえ出来ない。

他の誰でもない、ルイズだからこそ出来た彼女だけの選択だ。


とはいえこれで、トリステイン軍はアルビオン軍に勝利するだろう。

頼みにしていた艦体を突如として失い、空の向こうの本国から孤立した遠征軍では、今まで通りの士気を維持するのは不可能。

ましてやそれを為したのがあのような奇跡じみた魔法によるものならば、その精神的ショックは計り知れまい。

心を砕かれた他国の遠征軍が、その土地に根を下ろす国の軍に勝てるはずがない。


恐らくルイズは、そんな敵軍が陥るだろう状態を見越して魔法を解き放ったわけではあるまい。

ただこの事態を何とかしたい、そう考えての行動だろう。

信念と呼べるほどのものでもなく、確固たる意志もない、感情に流されての域を出ないものだ。


だが、それもまた良し。


命を奪いあうべき戦という環境で、敵と味方のどちらの命も尊ばんとするその所業。

そこに内在する矛盾、常として厳然と存在する弱肉強食の法則に真っ向から反抗する、その歪み。

それは必ず、今日のルイズが選び取った道において、いずれ彼女を打ちのめす凶星となろう。


その道に含まれた矛盾に挫折するのか、それとも苦渋を重ねた果てで、自らの在り方に何かの答えを見出すのか。

自分を召喚した少女の、その行く末を見届けるのも、また一興だ。


「―――ならば、我もまた見せてやらねばならんな」


言って、ギルガメッシュは解放しかけていた宝具を、再び蔵の中へと納めた。

その代わりとして蔵の中より取り出したのは、たった一本の“剣”。

未だ無傷の六体が存在するワルドに対して、ギルガメッシュはただ一振りの“剣”にて相対した。


「お、おい、旦那。そ、そりゃあ・・・!?」


自らの担い手が持つ“剣”の逸脱性に気づいたのか、デルフリンガーが戦慄の声を上げる。

案外と目敏い意思ある魔剣に、ギルガメッシュ不敵に笑って取り出した“剣”を掲げた。


「興が乗った。光栄に思えよ、ワルド。本来ならば貴様如きに、我が愛剣を抜くなどあり得んのだから」


―――果たしてそれは、“剣”と呼びうる得物であるのかどうか。


柄もあり、鍔もあり、刃渡りもおよそ長剣程度。

だがその刀身に当たる部位の形状が、あまりに刃の概念を逸脱し過ぎている。

三段階に連なる円柱の、螺旋状に捻くれた鈍い刃。

その姿は、常として知られる剣の形からは明らかにかけ離れている。


そう、それはもはや“剣”ではない。

およそ“剣”という概念が生み出される以前、人ならぬ神の御業にて鍛えられし原初の刃。

世界の創生に立ち会ったその剣こそは、ギルガメッシュを真の超越者にたらしめる至高の『乖離剣』に他ならない。


「グ、グウウウウ、ウググググウゥゥ・・・ッ!!?」


これまでギルガメッシュを前として決して臆しなかったワルドが、ガタガタと震えだす。

その額には滝のように冷や汗が浮かび、明らかな怯えの色が表れている。

抜き放たれた“剣”の威圧は、向かい合うワルドにもはっきりと伝わっていた。


もはや理性も薄れ、野生の獣じみたワルドの精神状態。

だがそれ故に、目にする脅威を感じ取る感覚は、人のそれをはるかに凌駕している。

賢しき人の知恵を取り払い、剥き出しの本能が感じるのは、圧倒的な存在の質量差。


それを前にする今のワルドは、さながら獅子を前に縮こまる無力な兎同然。

喰う側と喰われる側があまりにも歴然とし、どうしようもない恐怖がワルドを追い詰めていた。


―――そしてその絶望的な恐怖に対する選択も、やはり獣特有のものである。


「そう、それでよい。一人一人潰していくのも面倒だ。次なる一手、互いの最強の一撃を以て雌雄を決しよう」


極限まで追いつめられた獣が取る行動は、己が命を懸けた必死の抵抗。

諦観でも逃亡でもなく、己が出来る最強の反撃を以て抗するのが、真の獣の選択だ。


ワルドの周囲の空気が摩擦し合い、バチバチと音をたてて放電し始める。

その現象はまさしく、雷を操る『風』系統の高等呪文『ライトニング・クラウド』。

だがワルドが今行おうとしているのは、更にもう一段階踏み込んだものだ。


空気の摩擦によって生じた周囲の電気エネルギーを操作して、一点へと収束させる。

電撃を一箇所に集中させることで破壊力を集約し、より強大な雷撃の弾丸へと変えて打ち放つ。


『風』系統最高の破壊力を誇る呪文、『サンダー・フォース』。


『風』の最難度たるそのスペルを、残った六人のワルドが全員同時に構成していく。

四の重複属性の限界すら超えて構築されていくその六の呪文は、もはや王家秘伝のペンタゴン・スペルすら遥かに凌ごう。


「ルイズよ。お前が示した光、確かに見届けた。なるほど、この我を召喚するだけのことはある。なかなかに見事な輝きと褒めておこう。

だが、知るがいい。いかに眩しき輝きであろうとも、この英雄王が誇る極光の前には、等しく色褪せるということを!!」


ギルガメッシュが手にする『乖離剣』が、唸りを上げて廻り出す。

連続する三つ円筒の螺旋回転は、周囲の魔力を根こそぎ喰らい尽くし、大気を振動させる。

その迫力たるや、さながら世界そのものがこれより放たれる天地創生の斬撃に恐怖しているよう。


共に最強を期した一撃が、途方もない圧力となって間の空間を震わせる。

雷鳴の怒号が、旋風のざわめきが、戦いの決着を彩る行進曲となって響き渡った。


―――そして、遂に激突の時が訪れる。


先を制したのはワルドだ。

合計して六名の手から同時に放たれる収束雷撃。

六本の雷撃はそれぞれの雷撃と合流し、一本の巨大な超雷撃となってギルガメッシュへと襲いかかる。


ワルドが解き放ったその魔法は、まぎれもなくハルケギニア最強の一撃。

この一撃を前に、この地のいかなる存在とて打ち勝つことなど敵うまい。

そんな人智を超えた超雷撃を前にし、だがギルガメッシュには微塵たりと脅威を感じる様子は見受けられない。


「さあ、目覚めよ『エア』よ。異界の雑衆共に、お前の威光を今こそ知らしめるのだ」


『乖離剣』の螺旋回転が最高潮に達する。

神造の秘剣の誇る最強の一撃を手にし、もはやいかなる怯えも必要ない。


その一刀の前には、万象いかなる存在も意味をなさず―――


その一刀の後には、切り開かれた新たな法則が天地を分かつ。


その斬撃こそが、ギルガメッシュにおける英雄の象徴というべきもの。

天地全てを蹂躙する、英雄王の誇る“暴虐”の光なのだ。


エヌマ・エリシュ
「“天地乖離す開闢の星”」


宣言される真名解放。


瞬間、世界は無に染め上げられた。










その光景を、地上に立つ者達は驚愕と共に見つめていた。


先ほど、空を掌握していたアルビオン艦隊を壊滅させた無色の光。

それとて十分に驚嘆に値する光景だったが、今度の光景はそれ以上。

誰もがその光に瞠目し、言葉を発することさえ出来ない。

ルイズの『虚無』の光を真っ先に自軍の戦意高揚のために利用してみせたマザリーニでさえ、それは例外ではなかった。


目にする光景に圧倒され、目先の戦さえ忘れて完全に麻痺する両軍。

もはや戦争などと言った状態にない二つの軍勢には、呆然自失とした沈黙のみが流れていた。


そんな沈黙の中で、皆と同じく呆然としていたアンリエッタが、初めて口を開いた。


「空が・・・割れてる」


見上げる蒼穹を突き進む、一筋の極光。

走られた光の軌跡により、空の蒼色が別の色に染められる。

まさしく天空を斬り裂いたが如きその光景に、アンリエッタはそんな表現を口にした。










己の持ちうる全てを費やして放たれた、六乗の『サンダー・フォース』の融合たる超雷撃。

まさしく渾身の力を込めて撃ち放ったその魔法も、ギルガメッシュの極光の前には打ち勝つどころか抗うことさえ許されなかった。

いかなるメイジにも勝るであろうハルケギニア最強のいかづちも、かつて天と地を分け世界の創生を為した螺旋の斬撃の前には無にも等しい。


絶対的破滅である光の渦が、ワルドを包む。

もはや分身が六人いようと、百人いようと関係はない。

英雄王の誇る『乖離剣』の一刀が斬り裂くのは、ただの敵に限らない。

その斬撃の前には万象一切の存在を許されず、ひとしく灰塵と帰するが定めである。


荒れ狂う螺旋の旋風が、ワルドの存在を無へと返していく。

自らの喪失を悟り、散り逝くワルドが感じるのは、恐怖でも怒りでもなく、ただ穏やかな充足のみ。

死を目前に控え、増大した力に呑み込まれて崩壊していたワルドの理性も再び正気を取り戻していた。


これまでの人生が、走馬灯となって甦る。

ひたすらに、ただひたすらに強さを求めて駆け抜けていったジャン・ジャック・ワルドという人間の人生。

その中でワルドの人生の基点となっている、強さに執着する起源の記憶。

存在の脆さを悟り、揺るがぬ強さを求めることになった始まりの時が目に浮かぶ。


この世界は弱く、そして脆い。


絶対だと思っていたもの、大切にしてきたもの、変わらないと信じていたもの、人は誰しも他にそんな幻想を見る。

だがそんなものは所詮幻想、真実などではない。

絶対だったものはあっさりと崩れ去り、大切なものは壊されて、信じたものには容易く裏切られる。

血筋も名誉も信頼も、この世で確かと思えるものは、すべては偽物に過ぎない。

そんなものに、彼はこれまで一片たりとも価値を見出したりはしなかった。


だから、強さを求めた。

決して揺らぐことのない、絶対の強さ、本物の存在を。


そして辿り着いた。

自分が求める理想、それを現実として具現させる絶対の存在に。


消滅の中、永遠のように感じられる一瞬の内で、ワルドは破滅の光の先におわす黄金の王へと目を向ける。

己が見出した絶対の存在、その理想を瞼に映して、ワルドは消えいく自らの手を延ばした。


届かない。

どれほど手を延ばしても、その地点には到底たどり着けない。

あろうことか天地さえも両断する力とは、彼の王は一体どこまで逸脱した存在なのか。


だが、仰ぎ見ることは出来た。

手が理想を掴むことはなくとも、理想に向けて手を延ばすことは出来た。

ほんの僅かでも理想に近づき、競い合うことが出来たのだ。


その結末は、敗北ではあったけれど。

しかしあっさり辿り着けていたのなら、それはそれできっと失望を覚えていただろう。

いかなる存在にも揺るがされない絶対不偏の強さこそが、ワルドの目指した理想なのだから。


だから、きっとこれは正しい結末。

自分が見出した理想の体現者は、理想に違わず真実無敵であったのだから。


(―――ああ、母さん)


残された最後の思考で、ワルドは首にかけられたペンダントの中に映る人物に思いを馳せる。

銀製のロケットが付けられたペンダント、その中の肖像画に描かれるのは彼の母の姿。

強さを求める、彼の人生の始まりとも言える人物である。


もはや現在に意味を為さない遥か過去の事であれど、それはワルドにとってまぎれもない原点。

今なお色褪せることのないその思い出を抱いて、ワルドは微笑んだ。


(俺は―――満足だ)


心に在るのは、僅かばかりの無念と、多数を占める充実感。

そんな満ち足りた心のままに、ワルドの存在は光の渦に消えていった。










ルイズの放った『虚無』の魔法により、艦隊戦力のすべてを失ったアルビオン軍。

そしてその直後に放たれたギルガメッシュによる『乖離剣』の一撃。

戦力を失い、二つの超常現象に完全に心を挫かれたアルビオン軍は、突撃してくるトリステイン軍に対しまともな抵抗すら出来ず次々と潰走していく。

タルブの草原に陣を張っていたアルビオン軍は、トリステイン軍の攻撃を前に間もなく降伏した。


タルブの一帯を制圧していたアルビオン軍がいなくなり、森の中から現地の住人達が現れてくる。

戦争に巻き込まれるのを恐れた村人たちは、森に隠れて難を逃れたのだ。

その中には、ギルガメッシュの侍女であるシエスタの姿もあった。


これより長きに渡り続いていくトリステインと空の大国アルビオンとの戦争。


その初戦たる戦いは、誰もが予想しえなかった小国トリステインの勝利に終わった―――





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