[18]王の光(解析編)
ルイズが魔法学院に戻ったのは、すでに日が落ちた頃だった。
ヴィマーナに乗ったルイズは、これ以上衆目に目立つことを避けてすぐに戦場を後にした。
その後すぐに行ったのは、輝舟の本来の持ち主であるギルガメッシュの姿を探すことだった。
だがいくら探せど、ギルガメッシュは見つからない。
あの異様な雰囲気を醸し出していたワルドと相対し、その後で何が起こったのか。
まさか敗北したとは思わないが、時間の経過と共にその考えも僅かに揺らぎ始める。
捜索は日が落ちるまで続いたが、結局ギルガメッシュのことは見つけられなかった。
やむをえずルイズは捜索を打ち切り、魔法学院へと帰還した。
あまりに目立ち過ぎるヴィマーナは、とりあえず近隣の森へと着陸させた。
そう長くはもたないだろうが、少しの間くらいなら見つからずに済むだろう。
様々な事が起こりすぎてクタクタとなった身体を引きずりながら、ルイズは自室へと戻る。
圧し掛かる疲労と睡魔と戦いながら、ルイズは部屋の扉を開けた。
「戻ったか、ルイズ」
そしてその中にいた者の姿を見た途端、懐いていた眠気が一気に吹き飛んだ。
「ギ、ギルガメッシュ!アンタ、無事だったの!?」
「当然だ、たわけ。たかが雑種風情に、この我をどうにか出来ると思ったか」
「だって、いくら探してもどこにもいなかったし・・・ひょっとしたらって思うじゃない」
「ここに居ればいずれお前が戻ってくるのは分かっていたからな。わざわざ探してやる手間をかけるまでもなかろう」
あれだけ苦労して探していた自分に向かってこの物言い。
さすがにカチンときて反論しようとするが、その前にいつもとは様子が違っているのに気が付く。
椅子に腰かけるギルガメッシュの前には、一揃いの酒器が並べられている。
だがそれは一人分だけではなく、もう一人の同席者の分も用意されていた。
「いつまで突っ立っている?さっさと席につけ。今日は久々に気分がよいのだ。お前も我が酒盛りに付き合うがいい」
促され、ルイズはやや躊躇いがちにギルガメッシュの向かいの席に着く。
するとルイズの前の杯に、ギルガメッシュ自らの手で芳醇な香りを漂わす名酒が注がれた。
「王が振る舞う酒だ。身に余る光栄を噛みしめながら、畏れ多くも味わうがいい」
黄金の杯に注がれた酒をルイズはしばし怪訝そうな眼差しで見つめてから、喉に流し込んだ。
その味は、まさしく極上。
少々陳腐とも取れる形容だが、それ以外にこの格別の味を表現する言葉が見つからない。
味覚を通じて猛烈な快感が脳にもたらされ、あまりの刺激に他の感覚が麻痺する。
あれほど全身に圧し掛かっていた疲労感も、喉を貫く清涼感が丸ごと飲み込んで、後に残ったのは全身を癒す幸福感のみ。
まるでこの世の桃源郷に居るかのような感覚をルイズは味わった。
「どうだ?天にも上る心地だろう。なにしろこれは、かつて差し出された一杯を奪いあい、者共が醜悪な殺し合いを演じて見せたという神の手による魔性の酒だからな」
「・・・なんか、そういう事聞くと、複雑な気持ちになるんだけど・・・」
冷や汗を一筋流して、ルイズはコメントした。
「でも、いきなりどうしたの?いつもは私がどんなに言っても、全然分けてくれたりしないのに」
「なに、大したことではない。今日のお前は、なかなかに我を楽しませた。これはその褒美だ」
上機嫌に杯を傾けながら、ギルガメッシュは言った。
「今日という日は実に愉快であった。物珍しい現象には立ち会い、それなりの闘争も味わえた。ここまで興が乗った日は、このハルケギニアの地に来て以来初めてだろう。
この酒盛りは、いうなればその締め。お前も今日という日の立役者だからな、今宵くらいは許可してやる。この我の酒盛りの席に同席出来る事に歓喜するがいい」
機嫌よく笑みを浮かべたままに、ギルガメッシュは杯の酒を呷っていく。
それに倣うように、ルイズもまた受け取った酒の杯をちびちびと傾ける。
「どうした?我が美酒を前に、随分と勢いがないではないか。酒盛りの席、注がれた杯を空にせぬとは、礼に反するぞ」
指摘を受けて、ルイズの動きが止まる。
まだ半分ほど残っている杯を手にしながら、気まずそうに視線を泳がせる。
「・・・ワルドのことか?」
その通りだった。
ギルガメッシュはすでに過ぎた事と全く気にもとめていないが、ルイズのほうはそうではない。
あれほどの異様を見せられて、そのまま配慮から外すことなど出来るはずがなかった。
その強烈すぎる印象のせいで、どれほど美味なる酒にも、完全に意識を向けることが出来ない。
ずっと胸に懐いている疑問を、ルイズは口にした。
「・・・ワルドは、どうなったの?」
「滅ぼした。今度こそ間違いなく、跡形も残さずにな。復活することは二度とない」
「・・・あのワルドは普通じゃなかったわ。姿形は変わっていなかったけど、とても人のようには見えなかった。ねぇ、教えて。一体ワルドに、何が起こったの?」
ルイズの疑問に、ギルガメッシュはすぐには答えず、空となった己の杯に新たな酒を手酌で注ぎ込む。
そうして注いだ新たな酒を一口呷ってから、ようやくその口を再び開いた。
「・・・悪魔憑き、という症例がある」
悪魔憑き。
元の世界において、人間に取り憑く人間ではない『何か』、それによる精神の内面から崩壊させてゆく現象のことをそう呼ぶ。
その症状は地域によっても様々に分岐し、あまりに広義に渡るため系統化はできないが、大概は『悪魔』と呼ばれる概念によって発生する。
悪魔は人知の及ばぬ理由・基準のもとに善良な人間に取り憑き、健全な肉体を温床として症状を引き起こす。
取り憑かれた人間は、初期症状において精神を病み、理性の鎧の崩壊によって倫理、信仰の観念を否定し、周囲の者を脅かす。
更に症状が進めば取り憑いたモノがカタチの無い己を人体で再現しようと試み、肉体面にも変化をもたらす。
その変化は常外の人体運営から始まり、果てには肉体構造そのものを変質させる段階まである。
またその変質は、取り憑いたモノの階級によって定められ、それが強い魔であるほど人からかけ離れた変貌を遂げるのだ。
大抵の場合はこの異形への変貌に肉体そのものが耐えきれず自滅するものの、稀に耐えきり自己の形体を変化させながら生き延びる異端も存在する。
それが最も標準的な、悪魔憑きと呼ばれる現象の症状だ。
「どうもこの世界では『悪魔』という言葉は、単なる抽象的表現に成り下がっているようだが、我が治めた地において、それは確かに存在した。人に取り憑き、人に変質をもたらす実像幻想。それが取り憑いた時の状態に、あのワルドはよく似ていた」
「じゃあ、ワルドはその悪魔に取り憑かれて、あんなになってしまったの?」
「いや。似てはいるが、あれは我の知る悪魔とは別物だ。症状は酷似していても、本質がまるで違う」
ルイズの問いかけに否定を以て答えてから、更に解答の言葉を続けた。
「悪魔が人に取り憑く基準は、結果はどうあれその本質は宿主の苦悩の除去にある。精神を束縛する理性や道徳といった鎖を解き放つことで、苦痛の源泉そのものを消し去るのだ。穿った見方をすれば、人の味方とも言えなくもない。
だが、ワルドのあれは違う。何かよくないモノに憑かれているのは確かだが、あれは除去などという類のものではない。むしろ、純化というべきか」
「純化?」
「本来人の欲望には、明確な優先順位などはない。欲望などというものは、時と状況によっていくらでも現れて変化する。一つの欲を果たせば、次は異なる欲望を。ふとした気まぐれが訪れれば、懐いた欲の質そのものが変換される場合もある。汲み出していけば、そこに際限などありはせん。
だが、奴の欲はたったひとつだ。たったひとつの欲求、その達成のみを悲願として躍進する。仮にその欲求を達成したとしても、また同じ欲求を懐き、それを繰り返す。要は、物事の順序が逆なのだ。本来欲望とは、目的があるが故に発生するものだというのに、奴の場合は欲望のために目的を作り出す。
そうして統一し特化された思考の方向性が、道徳などといった他の感情を振り払って置き去りにする。結果として悪魔憑きのように、精神に破綻をきたした存在が生み出されるというわけだ」
「はぁ・・・。けど、よくそんなことまで分かったわね。アンタだって、あんなの見たのは初めてだったんでしょ?」
話の途中、ふと思った疑問を、ルイズは口にした。
「印象だ。奴と正面より相対した時、奴の存在にそのような気配を感じた」
「印象って・・・、そんな曖昧な・・・」
「たわけ。雑種共ならばいざしらず、この世の財貨と業欲のすべてを極めつくした王の心眼だぞ。その眼力が、物の本質に届かぬはずがあるまい。
それに、奴の症状が我の知る悪魔憑きと異なる根拠は他にもある。そもそも人の肉体で再現された魔なぞ、たかが知れているのだ。真性ならばいざ知らず、ロクな名すら持たぬ駄作風情が、この我に対抗など出来るはずがないだろう」
全く物怖じすることなく、不遜にギルガメッシュは断言する。
相変わらずの傲慢なる物言いに、ルイズは呆れだか感心だかの感情を込めて溜め息をついた。
「それじゃあ、結局ワルドに憑いてたのは一体何だったのよ?アンタの言う悪魔とは違うんでしょ?」
「さあな。そこまでは知らん。所詮、印象は印象でしかない。大まかな性質くらいならば見て取ることもできようが、深く掘り下げた考察には至らん」
ルイズの期待を裏切るように、にべもなくギルガメッシュは答える。
少々残念そうに肩を落とすルイズだったが、そこでギルガメッシュは何やら意味深な声音で次の言葉を紡いだ。
「・・・だが、可能性の話をするならば、あれこそ魔術とは異なる、この世界の魔法より生み出された産物だと我は睨んでいる」
「?どういうこと?魔術って、確かアンタがいた世界の魔法のことよね。ハルケギニアの魔法とは、何か違うの?」
ギルガメッシュは異界からの来訪者であることは、すでにルイズも認知している。
そしてその世界には、魔術と呼ばれるハルケギニアとは異なる魔法があるとも聞き及んでいる。
とはいえ、所詮は異世界のことだ。
ルイズにとってはさして関係のあることではなく、これまでは特に深く詳細についてまでは聞こうとはしていなかった。
「よかろう。今日の褒美だ。良い機会でもあるし、少々講義をしてやろう」
グラスの酒で喉を潤して、ギルガメッシュは語り出した。
「このハルケギニアの、異界独自の魔法体系があると聞き、我も少々興味を引かれてな。片手間程度だが、調べてみた。始めはせいぜい、大陸間での術式の違い程度にしか考えていなかったが、すぐにこの世界の魔法とやらが我が知る魔術とは、根本の本質が異なることに気が付いた」
そういえばと、ルイズは思い出す。
この世界に召喚されてから、始めの頃はギルガメッシュもルイズの受ける魔法の授業に参加していた。
しかしそれも僅かな期間のみで、飽きたといってそれ以降は一切顔を見せていなかった。
人づてに聞いた話によると、どうやらその間は図書館に足を運んでいたらしい。
恐らくその時に、それもハルケギニアの魔法について調べていたのだろう。
「貴族の血筋のみに限定された素質の遺伝。これは特に疑問に思うことはない。元より魔道とは理外の法則。本来の人間の生体には必要のない機能だ。条理ではない異端の機能の、血統による後継はおかしい事ではないし、むしろ常道とさえいえる。
だが、それにも不可解な点が残るのだ。貴族の血と平民の血、異なる血筋を持った二存在は、しかし我の見立てでは肉体にさしたる構造の差異が見受けられん」
「差異って、そんなの当たり前じゃない。メイジも平民も、同じ人間であることは変わらないのよ。そんな目に見えて分かるような違いなんて、あるはずないじゃない」
「阿呆。我が言っているのは、内部での話だ。基本構造そのものは同じでも、異端が混じればそこには異臭が生まれる。魔術回路などという異端機能、この我が見抜けぬものか。
にも関わらず、お前達がメイジと呼ぶ人種の肉体に、異臭は感じられん。魔術回路が無いにしても、それに準ずる異端ならば存在するだろうと、我は踏んでいたのだが」
「・・・つまり、魔法が使える者と使えない者とで、何か身体に違いがないとおかしいってこと?」
魔術を構成するために魔術師が体内に持つ疑似神経、魔術回路。
魔力を精製し、人が使える形へと変換する、魔術というシステムを動かすためのパイプライン。
この魔術回路があるからこそ魔術師は魔術師足り得るのであり、この回路の有無こそが人間と魔術師の最も決定的な差異である。
だがこの世界の魔術師、すなわちメイジには、そういった魔術回路にあたる機能が無いという。
肉体的には同質であるにも関わらず、何故魔法が使える者とそうでない者に分かれるのか。
「そうだ。魔法が選定された血筋の力である以上、両者間の差異は必ず存在する。だが現実には、そんな差異は貴様らには見受けられん。これでは道理に合わん」
「う~ん。でもそれって、あくまでアンタの世界での常識でしょ。このハルケギニアでは、適用されないんじゃないかしら」
「我もそれは全く考えなかったわけではない。だが、この世界に存在する物理法則は、我の知る世界と大差ない。ここまでの類似を見せる世界が、原初から我の知る世界と異なるとは考えにくい。もし本当に原初から異なれば、根本を外れる我は世界を認識することすら敵うまい。恐らくは細部に脚色が施された、可能性のひとつたる世界なのだろう。
そんな世界で、我が知る法則を根本より覆す不条理がまかり通っているとは思えん。仮にあったとしても、そこには理を以て解析できる何らかのカラクリが存在する」
「カラクリねぇ・・・。そんなこと言われても、証明なんて出来っこないと思うんだけど・・・」
「確かに、現実に証拠を提示することはできん。だが、不条理を解き明かす推論ならば立てられた。確固たる実証は不可能だが、法則の矛盾を解き明かせば、この理論へと辿り着く」
長話で渇いた喉を、ギルガメッシュは手にする杯の酒を呷って潤す。
空になった杯を置いて、腰かける椅子に身を預けながら、今度はルイズに対して問いを投げかけた。
「ルイズよ。魔法における、基本となる理論を言ってみろ」
「な、なによ、急に?」
「いいから言え。こういうことは当事者に語らせるのが一番だ」
「・・・魔法とは、『火』『水』『風』『土』、そして『虚無』の五つの属性を基本として、個人の精神力を糧に世界の“理”に干渉し、変換した事象を具現化する技術の体系よ。個人の意思にはそれぞれ属性があって、その属性を中心として魔法を行使する。四の属性を組み合わせることで、更に混在した事象を引き起こすことも可能。貴族のみに与えられた、権威の象徴。それが魔法よ」
教科書通りの、もっとも一般的に知られる魔法に対する考察をルイズは口にする。
それは簡単な概略であったが、とりあえずこの場で話す内容としては十分だろう。
「まあ、そんなところか。術者の精神、思考の中で想像されたイメージを投影し、想定された事象を引き起こす。そして術の発動に従い、消費されるのは術者の精神力。そうだな?」
「ええ。そうよ」
確かめるように問いかけてきたギルガメッシュに、ルイズは迷うことなく頷いて応えてみせる。
「だがな、ルイズ。常識に縛られたお前に理解を促すため、この際はっきり言ってやろう。精神などという曖昧な存在が、物理に対して何らかの干渉力となるなど、絶対にあり得ぬ」
そんなルイズに、ギルガメッシュは前言の否定を静かに断言した。
「我が世界における精神の概念、第三要素とは魂と肉体を繋ぐものでしかない。存在すら不確かな、形なき霊子。そんなものに物理の力を与えるなど、それはもはや真なる奇跡の領分。原初に通じる御業の顕現に他ならぬ。
意思の力など、それだけでは何の力も持たぬ感情に過ぎん。そんなものが現象の根本をなすなど、いかに異界といえど在り得るはずがない」
「えーと・・・、よく分かんない・・・」
前記した通り、ギルガメッシュの論はあくまで彼の世界で定義される理論だ。
異世界の者であるルイズにとっては、常識から抜け落ちている難解複雑極まる論理。
すぐ聞いて、それですべてを理解できるほどの卓越した頭脳を、残念ながらルイズは持っていない。
「ではお前にとっても身近なところから話をしてやろう。『錬金』、という魔法があるだろう。それを行使する時、必要となる過程はなんだ?」
「・・・私、『錬金』って成功させたことがないんだけど・・・」
「一般論でよい。例えば教師共は、その魔法を教える時に何と言っていた?」
「・・・錬金したい金属を、強く心の中に思い浮かべること。『錬金』をかける対象が、目的の物質と近いものであればあるほど、その成功率は増す」
「そう。物体の組成を組み換え、全く異なる物質へと変換する技法。だというのに、それに必要なのは僅かばかりの魔力と精神力、そしてイメージのみ。大した苦痛も疲労すらもなく、求められるのはこれだけだ。
ククク、なんだこれは・・・?なんとも羨ましい限りの対価ではないか。我の知る魔術で同じことをすれば、どれほどの労力が費やされるのか」
そんなことは、ルイズにとって考えたこともないことであった。
ルイズにとって『錬金』とは、まさに“そういうもの”であり、疑問に懐いたことなど一度もない。
『土』系統の基礎ということもあり、常識の知識として当然のように受け入れていたのだ。
「これは『錬金』のみに限らず、他の魔法にも言える。この世界の魔法は、総じて代償とするものが少なすぎる。常識より乖離した現象を引き起こすというのに、血肉を削るわけでも、命をすり減らすわけでもない。失うのは精神力などという、意味も定かではない曖昧な定義の力のみ。おまけにそれすらも睡眠を取れば容易く復活する。何とも気前よく、術者にお優しい神秘よな。
魔道の原則とは等価交換、犠牲を賭しての奇跡への挑戦だ。己が人生を賭け、その結末の無残な死すらも容認して万進する。事実、魔術師どもの論理には死を観念とすることから始まる、などというたわけた格言すらあるほどだからな。
そうして世代を重ね、様々な苦痛や死の危険を乗り越えて、ようやく手に出来るのが魔術というものだ。断じてたかが数年の歳月と素養のみで、誰でも容易く身に付けられる力ではない」
「けどそれは、要するに私達の魔法がアンタ達の魔術よりも優れてるってことじゃないの?始祖ブリミルは、犠牲を生み出す事無く行使できる術を、私達に授けてくれたってことで・・・」
「確かにその点は利点だろう。だが実際のところで言えば、お前たちの魔法は大したことがない」
決して貶めるのではなく、真剣な表情でギルガメッシュは言葉を紡いだ。
「我が生きた時代、この世に存在する魔術師は数えられるほどしかいなかった。だがそれ故に、奴らは神秘の本質を独占し、人を大きく超えた力を有していた。魔術師の全てが奇跡の体現者である魔法使いであり、統一言語を駆使して事象を支配する奴らは、人間の畏敬を一身に受ける存在であった。無論、この我から見れば所詮一個の雑種に過ぎんが」
「魔術師に魔法使い・・・?統一言語・・・?なんだか意味不明な単語が多すぎて、よく呑み込めないんだけど・・・」
「そこは適当に聞き流せ。どのみち異界のお前には関係のない話だ。そうした神代の魔法使いに比べれば、お前たちメイジなど足元にも及ばぬ。例え燃費の良さで勝っても、そもそも引き起こす現象の規模が違い過ぎる」
ルイズは不快に顔を顰めた。
ギルガメッシュとしては、特にこちらを侮辱する意図があっての言ではないのだろう。
しかしここまではっきりと自分達の魔法が下だと格付けされるのは、行使手たるメイジの一人として愉快な話ではない。
「とはいえ所詮、魔術とは根源から根を散らした、過去への逆行を本質とする事象に過ぎん。神どもに言葉を崩され、全盛の力を失った魔術師どもは、時代の進みと共に血を散乱し、衰えていくだろう。文明は未来へ進み、魔術は過去に遡る。その結末は自明の理であろうに、なおも過去に執着する救いようのない愚か者。それが魔術師という群れの本質、まったくもってつまらぬ連中だ。
そういう意味では、この世界の魔法のほうが遥かに優れているとも言える。ここの魔法は、時代の流れと相反しない。それどころか人の発展に際し、その助けとなっている。純粋に人にとっての利益となるかという点において、ここの魔法は魔術など比べ物にもならん。・・・そういう所も、実に人間にお優しい神秘よな」
皮肉気に嘯いて、ギルガメッシュは肩を竦める。
称賛を口にしながら、そこに魔法に対する敬意の感情は微塵も見受けられない。
「話が逸れたな。魔道の原則たる等価交換、その法則を覆すこの世界の魔法理論。その解明についての考察に戻るとしよう。
魔術には、構成するために必要となる二種類の基盤が存在する。ひとつは魔術回路。自己の内に刻まれた、生命力を魔力に変換するための路だ。だがこれは、先に述べた通り、同義にあたる機能がお前達に存在しないため意味を為さぬ。
もう一つは肉体ではなく、世界そのものに刻み込まれた理論。魔術を魔術という事象の形を為すための、世界に定められた法則。これを、魔術基盤と呼ぶ」
「・・・単語の意味は、まだよく分からないけど。つまり魔術回路っていうのは、例えるなら火を付ける火種を作り出すもので、魔術基盤は火を燃え上がらせて形にするための暖炉ってところかしら」
「悪くない理解だ。大雑把ではあるが、まあそんな考え方でとりあえず問題はない。さて、ひとつの基盤たる魔術回路が存在しない以上、魔法の真髄とはもうひとつの基盤にこそあるということ。すなわち、世界に刻まれた魔術基盤、それと同義の役割を担う法則だ。
この理論にこそ、お前達が魔法に支払う代償の少なさを物語る秘訣があると我は考える。魔術とは通常、自己に刻まれた術式に訴えかけることを基礎とするが、これをお前達は他に求め促すことを常道とすると定義しよう。他とは、すなわち世界に刻まれた術式。事象の具現に費やされる魔力は、外界のマナより摂取する。これならばお前達自身の力を使うことがなく、故に肉体そのものに掛る負担も最少で済む」
「ちょ、ちょっと待って。今アンタは魔力って言ったけど、それってどういう意味?精神力の別称のことじゃないの?」
「違う。そこを曖昧にしてはならん。我が言う魔力とは、魔法という現象を現実に具現化するために費やされるエネルギーのことだ。精神力などではない。前言した通り、精神単体が物理に干渉など在り得ぬ。
お前達メイジは、自己の体内に内在させる魔力であるオドを持たん。いや、探せばあるいは持つ者もいるかもしれんが、どの道必要とはしていない。魔法という現象を引き起こす魔力は、あくまで大気に満ちるマナによって賄われる。
オドではなくマナを用いるという手法は、我の世界にも存在する。資質に欠ける者、より高みの大儀礼に挑戦する魔術師は、足りぬ魔力を自身ではなく自然より持ってくる。個人のみが所有するオドと、自然界に満ちるマナとでは、そもそもの総量が違うからな。もっとも我の知る手法では、魔力と異なるまた別の代価を要求されるのだが。
必要とする魔力をマナに依存するが故、お前達は魔術回路を持たずして、魔法を行使することが出来る。では、精神力とは?お前達は魔法を使用する時、この精神力を消費するという。だが精神が単体で、物理に干渉するなどということはない。つまり、この精神力とは魔法という現象については全くの無関係。この消費された精神力には、別の役割がある。
先ほど話したマナ、その役割は魔法という現象を具現させるために費やされるエネルギー。だがエネルギーは、あくまでエネルギーでしかない。原料を揃えたとしても、魔法の起動を促す指令がなければ何の意味もない。では、その指令を基盤へと伝えることが、消費される精神力の役割と考えられる。
要は、まさしく意思の力であったというわけだ。意思によって想像された現象を、受け取った世界の基盤が具現化する。要求する現象を、より強く心に想像することによって、世界に刻まれた基盤に送る指令を強固なものとする。お前達が精神力と呼ぶ力とは、基盤へと伝える想念の強さだ」
饒舌に語られていくギルガメッシュの魔法への考察。
絶対の自信を以て語られる言葉は、一種の流れを伴って淀みなく紡がれていく。
だがそれを聞く当のルイズには、実の所その内容の半分程度も把握しきれてはいなかった。
「つまり、私達が思い浮かべるイメージが、その魔術基盤ってところに送られて、その基盤っていうのが、実際に魔法を呼び起しているってこと?」
それでも何とか理解できた内容を、ルイズは尋ねてみた。
「そうだ。イメージが魔法を構成するのではない。イメージとはあくまで、魔法という事象を引き起こすための呼び水に過ぎん。そも、人間の抱くイメージなどは綻びだらけだ。そんな不確かなものが、現世に形を伴い作用する法則を為すなどあり得ぬ」
「うーん・・・。でも、それって結局は推論なんでしょ。筋は通っているのかもしれないけど、やっぱり肉体の差異の話とか、目で理解できないものを言われても実感が沸かないわ」
ギルガメッシュの言葉は、なるほど理はあるのかもしれないが、所詮憶測の域を出ていない。
この世界の人間における、魔術回路の有無の問題とて、ほとんど彼の印象による定義でしかない。
そもそもその魔術回路からして、この世界にはない概念である。
本当に人体を解体して得られた検証データという訳ではなく、説得力など本来ありはしないのだ。
ただギルガメッシュが、それをさも本当であるかのように語っているから、それらしく見えているに過ぎない。
人は、自らが実感しなければ真に理解することはない。
印象のみで定義するギルガメッシュの言葉では、ルイズは納得しきれなかった。
「そうだな。では、我の論理を裏付ける、もうひとつの要因について話してやる。お前達にとっても、実に身近なことで理解しやすかろう」
「要因?」
「・・・なぁ、ルイズよ。なぜお前達メイジは、杖を必要とするのだ?」
ゆっくりと深淵に問いかけられて、ルイズは思わず懐にしまっている自らの杖に手をやった。
その手に触れる杖の感触が、なぜだかいつもより不確かなものに思えた。
「もし魔法の基点を肉体におくならば、なぜ杖などという外的要因を必要とする?我が知る限り杖とは、魔術師どもが用いる礼装の一種。せいぜい魔道の補助を司る、増幅器程度の役割でしかなかった。
だというのにこの世界では、魔法という法則に組み込まれる要素のひとつと化している。杖によって増幅させるのではなく、杖なくしては使えない。この二つの意味合いは大きく異なる」
メイジにとって杖とは、まさしく自らの血肉の一部と呼んでも過言ではない。
人が歩くのに足を使うことを疑問になど思わないように、杖を持って魔法を行使することを誰も疑問に思ったりはしない。
メイジと杖は共に常に在り、それはこの世界の常識であり真理として万人に受け入れられていた。
故に、『錬金』の時と同じように、そんなことに疑惑を向けたことなどルイズは無かった。
「精神の中枢は脳髄だ。そこに納められた記憶の全てが意思を形取り、魂を繋ぎとめる核を為している。恐らく肉体にはないメイジであるための機能も、ここに収められているのだろう。さすがの我も、人格の中枢を見分のみでは把握し切れんからな。
だが、ただでさえ脳とは脆く複雑な器官だ。あまり条理より外れ過ぎた機能を付属させれば、本来の機能そのものに支障をきたす恐れがある。だからこそ、魔法を使えぬ者との差異も最少までに留められているのだろう。
ならば、その機能の脆弱さを補うのが杖とすればよい。脳より発せられる意思の波長、それを杖が発信し、世界に刻まれた魔術基盤へと伝達する。これならば脳に強いる変化も最小限に済み、杖なくしては魔法が使えないという事実にも説明がつく。
魔法の源泉は脳髄にあり、杖は発せられた命令を基盤へと伝える伝達器。魔法に肉体は必要なく、呪文は記憶の内に秘められた魔法のイメージを、伝えるべき基盤の機能へと繋げる儀式。これらの要因により、あらかじめ世界に定められた法則を、現世へと発現させる。
―――これが、我がこの世界の魔法に下した法則の推論だ」
自身の理論を締めくくり、ギルガメッシュは長い話を一度そこで区切った。
余談ではあるが、あるメイジは自らの脳髄を、ハルケギニアに古くから住まう魔物ミノタウロスへと移植するという驚くべき行いを成功させている。
その結果、魔法が使えぬ種族のはずのミノタウロスが、メイジの魔法が使えるようになったのだ。
それはすなわち、魔法が肉体ではなく、脳にこそ由来するということが証明されたのである。
そのことはギルガメッシュもより知らぬ事実であったが、図らずも彼の説をより強固に裏付ける結果となった。
「世界の法則を四の属性によって計略化し、定義された現象を形と為す。恐らくそれが、この世界に刻まれた基盤の機能。基本たる四属性も、全の理を示す簡略な属性定義であるしな。『虚無』は、より原初に近い地点にある、掘り下げた法則といったところか。
より複数の属性にて組み合わされるほど、現象の定義は確固たるものとなる。そして定義が確かならば、発現する現象もまた綻びなき強力なものとなるわけだ。通常、メイジ個人が四の属性複合までが限界としているのは、この辺りが人間の脳髄が描ける限界点であるからだろう。肉体と違い、脳という器官は先天的にも後天的にも、付属が付けにくい。
ではこの定義された現象を具現化させる、この事象の本質とは何か。『錬金』などといった呪文の、過程に見せる逸脱性。単純な自然干渉ではない、より高次の試み。それは恐らく、『事実の変換』だ」
「事実の変換?」
「そうだな、仮に、石を水に変える現象と、黄金に変える現象を想定してみろ。このどちらも、本来の成分を無視して物質を新生させる試み。術後の物質の成分が違うだけで、その行為の本質には何の変りもない。
だが現実として、難易度として水よりも黄金の方がはるかに勝る。どちらも行為そのものは同じだというのに、こうも難度に差が出るのは、この世界の魔法が過程ではなく結果こそを重視するからに他ならん。
『錬金』の結果、石が水に変化したとする。すなわち、世界の『石だった』という事実が、『水だった』という事実へと置き換えられたのだ。だがその結果として、世界に対し何らかの影響がもたらされたかと言えば、そうではない。元より石も水も、世界には多数存在する。それがいくつか入れ替わったところで、総体として見た世界には何ら変化などない。
だが、黄金は違う。黄金とは、元々が希少な価値を有する物質だ。多数存在する石が、少数の黄金に入れ替われば、その影響は大きいものとなる。つまり魔法における呪文の難度とは、結果もたらされる世界への影響の大きさによって決まる。
より性質の近い物質の方が成功率が高いのは、この世界のへの影響力がより少なく済むからだろう。同質の存在ならば、置き換えたところで世界にさしたる変化はない。対象をよく知ることで精度が増すのは、伝達するイメージもまた強くなるが故に。理解が想像を強固とするのは、言うまでもない」
「けど・・・、それだと他の属性はどうなるの?確かに『土』の属性にはその論理が当てはまるかもしれないけれど、例えば『水』の属性は、空気中の水分を魔法に利用するわ。もし空間から水分が消え去れば、例えメイジといえど水を使った魔法は使うことが出来ないのよ。これって、要するに自然そのものの変換じゃないかしら」
「我が言った『事実の変換』とは、根本の原理だ。そこよりの派生であるならば、後は応用にて考えればよい。もしその魔法の使用に、大気に存在する物質を一切用いずに現象を再現したとすれば、それは無より有を生み出した事になる。例えどれほど些細な事象であろうとも、存在しえなかった箇所に存在を割り込ませることは、世界の矛盾を広げることになる。
例えば世界を、内包する質量により飽和した状態にある器だと仮定してみろ。そこに新たな物を追加する時、器に内包されたものを取り出してから空いた部分に加えることと、器の中に強引に押し込めること。どちらがより負担が大きいかは、考えるまでもあるまい。
要は等価交換の原則だ。『錬金』において、何であれ置き換えるべき物質が求められるように、現象の具現化には対価としての事象が必要とされる。矛盾となる万能は、世界にとって害毒でしかない。現物ではなく、異なる事象を以て現象の対価となすのが、この世界の魔法における等価交換の原則なのだろう。
ただでさえメイジ全てが同様の基盤を用いて魔法を行使しているのだ。発生する歪みは少ないに越したことはない。最初から万人より用いられることを前提とした法則であるのなら、総体のバランスを整えるため、その程度の機能は組み込まれていよう。
その法則を組み立て、万人に振舞われる奇跡の形としたのが、お前達が始祖と呼ぶ者なのだろう。もっとも、そいつが基盤を構築したのか、それとも元より存在した基盤を偶然に発見したのかは知らぬがな」
ルイズの反論も、ギルガメッシュの論理を崩すには至らない。
いかなる反論も論破して、自らの論理をより強固なものと化していく。
その揺るがぬ論理の前に、ルイズは反論となる言葉を失っていった。
「そう、バランスだ。この世界では、力の均衡は絶妙なまでに保たれている。内に訴えかけることをせず、ひたすらに外に呼びかけ促すことを是とするが故に、法則ある限り力の均衡が崩れることがない。その均衡は、逸脱者の発生を抑制し、守護者の存在を不要としている」
「守護者って・・・何?」
「守護者とは、霊長という種の存亡を、あるいは世界の危機となる要因を排除する抑止力。世界と契約することで、その隷属下でのみ条理を超えた力を振るう世界の奴隷だ。奴らには自由も終焉もなく、契約したが最後、永遠に世界の救済のために利用され続ける。
だがそれも、そのような力が必要となる敵対者の存在が無ければ、その役割に意味はない。奴らの役割は、あくまで世界にとっての敵を排除すること。敵となる対象がなければ、その存在はかえって世界を歪ます害にしかならん。
この世界には、そうした役割を担う存在は無いようだ。抑止力そのものはあるのだろうが、そこに絶対の力の具現である守護者は必要としていない。―――強大過ぎる力など、それに比する対抗者がいなければ無用の長物でしかないからな」
その言葉には、これまでの言動には無い虚しさが伴われている。
どこか遠くを見つめるような、憂鬱な眼差し。
この傲岸不遜の男にしては珍しい、その瞳の輝きは、ルイズの意識を強く引き付けた。
「長話が過ぎた。論点を戻すぞ。ワルドに憑いたモノについての話であったな。
話した通り。この世界の魔法とは精神の力、すなわち意思の強さに重点が置かれている。我の知る魔術とは、随分と対照的に」
ギルガメッシュが治めた世界における魔術とは、概念の戦いである。
意思の強さや理想の気高さなど何の意味もなさず、より綻びの無い秩序こそが、人為に再現される奇跡を強固なものとする。
上級の魔術同士の戦いとなれば、勝敗を決めるのは術者の強さではなく、概念の整合性となるのだ。
対して、ハルケギニアの魔法において必要とされるのは、法則の整合性などではなく純粋な意思の力である。
魔法への理解も必要ではあるが、何よりも魔法の強さを決めるのは、術者がこう在ってほしいと願う強い思い、すなわち情熱なのだ。
同格のメイジ同士の戦いにおいては、要するに最後まで心が折れなかった方が勝者となるのである。
「奇跡を求める渇望、届かせる思いの強さが、魔法の力を決定する。これほどまでに精神という概念に着目を置く魔法であるからこそ、あの変貌が為せるのやしれん。
あのワルドの変貌、その本質は精神への改竄にある。純化した方向性、肥大した欲求衝動に伴い、その負荷に耐えうるよう脳髄そのものが進化している。肉体の変化など、中枢の機能に対応可能なよう引きずられた結果に過ぎん」
「そういえば・・・、雰囲気こそ異様だったけど、姿自体は大した変化はしていなかったわね」
「必要ないのだ。元よりお前達の魔法は、肉体には依らんのだからな。肉体という器が強化されれば内包される精神にも余裕ができ、多少の向上はあるのだろうが、それとて目を見張るほどの変化ではない。より劇的な進化を求めるならば、精神の依り代である脳髄そのものに手を加えねばならん。
その変貌により、奴の脳は杖という伝達器の存在なくして、己が意思を基盤へと伝えられるようになった。複合できる属性数も常人の限界を超え、更なる高みの現象へと手を触れるに至った。あの力、恐らく死徒どもの始祖にもひけは取るまい。いうなれば、この世界でようやく誕生した超越者といったところか」
最後にワルドの力をそのように評して、ギルガメッシュは話の閉めとした。
正直に言って、ルイズにはギルガメッシュの話の全容を理解できたとは言い難い。
だがそれが、断じて無視することはできない、明確なる脅威であることは認識できた。
先日のウェールズの復活、そして今回のワルドの変貌。
さらに皇帝クロムウェルが謳い上げる、『虚無』を自称する未知なる力。
これより自分達が相対することになる『レコン・キスタ』は、未だその力は謎に包まれている。
今回は何とか勝てたが、果たして次はどうなることか。
『虚無』という、自らの真の力に目覚めた今も、底知れぬ大敵を思えば不安を覚えずにはいられなかった。
「とはいえ、明かしてしまえばそんなものだ。さして遊興の種になり得るとも思えんし、実力もせいぜい座興程度。所詮、我が執心するには至らん」
そんなルイズの不安を余所に、気の無い様子でギルガメッシュはそんな言葉を漏らす。
傍若無人なる彼の気性には結びつかないその覇気のなさは、先ほど見せた空虚と同位。
言うなればそれは、遊興が過ぎ去った後に懐くある種の虚しさ。
一度目は存分に楽しめたものも、二度三度と繰り返していけば次第に飽きてくる。
対象に娯楽性を見出せなくなったが故に懐く、無興の倦怠感だった。
「・・・ねぇ、ギルガメッシュ。アンタ、言ったわよね。対抗する者のいない力なんて無用だって」
「ん?」
「だったら、さ。アンタには、居たの?そんなアンタを楽しませるくらいの対抗者が」
唯我独尊にして、天下無双の強さを称える英雄王ギルガメッシュ。
しかしながら、その強大なる力が存分に振るえるほどの相手が、果たして世界に居るのかどうか。
いかなる逸脱した力、他を隔絶する圧倒的強さも、それに準ずる存在がいなければ意味はない。
どれほど自らの力が巨大でも、うち破るべき相手が矮小すぎては、その全容を披露するには至らない。
僅か一端の力で打倒が敵う相手ならば、力の全てを振るう機会など皆無である。
それは絶対的な強さを持つ者だけが知る、超越者の憂鬱。
生まれながらにしてその虚しさに曝されてきたギルガメッシュに、果たして対抗者と呼べるほどの者がいたのだろうか―――
「ああ、居た」
単純に、明快に、高らかに謳い上げるように、ギルガメッシュは答えた。
「今も薄れることなく思い出せる。奴こそは我にとって最大の宿敵であり―――」
記憶の果てに映るその男を語るギルガメッシュの表情は、先ほどまでの退屈に満ちた表情が嘘のように晴れ渡っている。
彼が脳裏に描きだすその男のことは、英雄王にとってそれほどまでに重大な価値を持つ。
「いや、これ以上は言うまい。これより先の言葉は、雑種如きに拝聴させるには惜しいものだ」
記憶の中の憧憬を、陳腐な表現に貶すことを良しとせず、ギルガメッシュは言葉を途切る。
しかしながらあの男を表すために、必要な言葉は唯一つしか思い浮かばない。
天上天下唯我独尊たる英雄王の人生において、唯一彼が好敵手と認めた一人の男。
この自分に初めて立ち塞がり、王の所有する力の全てに真っ向から反抗してきた対抗者。
その男こそは、英雄王ギルガメッシュの最大の宿敵にして―――最愛の友であった。