[5]王の買い物
このハルケギニアにおいて休日にあたる、『虚無』の曜日の朝。
スヤスヤと寝息を立てていたルイズは、唐突に身に走った悪寒にベッドから飛び起きた。
「チッ」
果たしてそこには、今まさにルイズを蹴り起こさんと足を上げるギルガメッシュの姿があった。
渋々といった様子で上げていた足を下げるギルガメッシュに、ルイズは知らぬ間に妙な技能が磨かれてしまっている自分自身を悲しく思った。
「今日は街に行くぞ、ルイズ」
「街に?」
いきなりのギルガメッシュの言葉に、ルイズはきょとんとした。
「ここは我の治めた地とは異なる、異界の地。ならばこの我が、いまだ手にしたことの無い宝物を、新たに発掘できるかもしれん」
「・・・それで、なんで私がアンタの宝探しに付き合わなきゃならないわけ?」
「今日は休日なのだろう。この世界の土地勘は我にはないからな。お前が我を案内するのだ」
実に単純な理由だった。
一応、案内を頼んでいるということだろうに、どこまでも上から見下す言い方しか出来ない男だ。
そんなギルガメッシュに、ルイズはプイッと顔を背けて反抗して見せた。
「嫌よ。召喚してからアンタがいろいろやらかしてくれたせいで、私結構疲れてるのよ。案内なら、あのメイドにでも頼めばいいじゃない」
にべもなくそう答える。
だがそんなルイズの足に、唐突に伸びてきた鎖が絡みついた。
「え!ちょっ・・・!?」
「決定した事は迅速に為すが我の信条。さっさと行くぞ」
鎖を手にし、ギルガメッシュが完全にルイズの言葉を無視した形で告げた。
「だ、だから私は行かないって―――」
「たわけめ。お前の意思など初めから訊いておらぬわ。これはすでに我が決定した事だ」
そう言ってギルガメッシュは鎖を片手にズンズンと歩き始める。
必然、足を絡め捕られているルイズはベッドから出た寝巻き姿のままでズルズルと地べたを這いずり回る事になった。
「わ、分かったわよ!!行く、行くから、行くからせめて着替えさせてぇぇぇ~~!!」
早朝より、ルイズの哀れな叫びが魔法学院に響き渡った。
「うう、ん~・・・」
艶やかに呻いて、ベッドの中のキュルケは眼を覚ました。
その格好は、昨夜の情事の後のままの一糸纏わぬ姿だ。
軽くあくびをして、キュルケは自分の隣にいたはずの男の姿がないことに気が付いた。
「あら?あの方はどこ?」
キョロキョロと辺りを見回すが、その姿はどこにもない。
どうやらこの部屋の中にはすでに居ないらしい。
ベッドから起きて、キュルケはとりあえずシーツを纏って身体を隠して、かつて窓だった穴から外を見渡してみた。
するとそこに、ルイズと共に騎乗してどこかに出かけようとしているギルガメッシュの姿が映った。
「まあ、素っ気ないのね。一夜を共に過ごした相手を放っておいて、他の女の所に行くなんて」
肩を竦めながらそう言い捨てるキュルケだったが、その声はどこか弾んでいた。
今の彼女の心には、かつてない情熱の火が灯っている。
その情熱の火が向かう先にいるのは、言うまでも無くギルガメッシュだ。
昨夜、彼は言った。もう自分は、他の男に靡くことはないだろう、と。
そしてその言葉は、まぎれもない真実だった。
一方的で強引な、ギルガメッシュの抱擁。
気遣いなどなく、ただ己が為に相手を堪能し尽くす傲慢なる蹂躙。
だがそこには、一度味わえば忘れることなど敵わない情熱と快楽の熱があった。
それを味わった今、どうして他の凡庸なる男たちで満足できるだろう。
どうしたところで、その視線はギルガメッシュの姿を追っている。
それは彼女のこれまでの経験からすれば、考えられない事態だった。
キュルケにとって男とは鹿や鳥のような獲物であり、自分はそれを狩る狩人だった。
いかなる化粧や仕草、口説き文句で男たちを魅了し落とすか考えるのが彼女の日課であった。
狙った男は一人も洩らすこと無く落としてきたし、そうして複数の男たちに追いかけさせるのが彼女には痛快だった。
そんな傍若無人な人生を歩んできたキュルケだったが、ここに来てそんな彼女の御株をすべて簒奪してしまう男が現れた。
彼女の傍若無人さなどかわいく見えてしまうほどの傲慢さを持ち、なおかつそれを包み隠すことなく自然体として表している破格の英雄王ギルガメッシュ。
彼の威光はこれまでのどんな男よりも眩しく輝き、彼の宿す情熱は燃え立つ炎のように熱く激しい。
これまで幾多の男たちに自分を追いかけさせてきたキュルケが、自らその背を追いかけようと思うほどに、キュルケはギルガメッシュに完全に参っていた。
あれほどの規格外の男だ。
それを追いかけんとする道は、自分という人間の人生を大きく変えてしまうだろう。
しかしながら、それが困難な道であればあれほどキュルケの心は燃え上がる。
どうせ燃えるなら、命まで燃え上がらせるほどの情熱で、すべてを壊してしまいそうな恋をしたい。
『恋の情熱はすべてのルールに優越する』
その言葉は彼女の実家のツェルプストー家の家訓であり、キュルケ・フォン・ツェルプストーという人間の行動原理なのだ。
「覚悟してね、ダーリン♪この『微熱』を本気にさせたツケは高くつきますわよ」
馬に跨り学院の外へと駆けていくギルガメッシュに、キュルケはニヤリと挑戦的な笑みを浮かべて告げる。
そうしてから彼女は自分の思い人を追いかけるため、早々に着替えを終えて最も頼りにしている親友の助けを借りるべく部屋を出て行った。
馬の背に乗り、ルイズはギルガメッシュと並んで王都トリスタニアまでの道のりを進んでいく。
手綱を握り馬を操りながら、ルイズは隣を走るギルガメッシュの姿を横目で見つめた。
風格、というのだろうか。
威風堂々と馬上に跨り、大地を駆けていくその姿は実に彼に似合っており、絵になっている。
そんなギルガメッシュの姿に、ルイズは不覚にも見惚れていた。
そんな調子だったため、前からやってくる馬車にも気がつかなかった。
「きゃ!」
ぶつかりそうになり、ルイズは慌てて手綱を引いて馬を急停止させる。
馬車のほうも走行を停止させ、その車両の窓から貴族と思しき中年の男が顔を出す。
「気を付けたまえ」
「す、すいません」
その貴族の男の顔を知っていたルイズは、素直に謝罪を口にする。
ルイズが謝ると、貴族の男はフンッと息を鳴らし、それ以上の追及はせず再び馬車を発車させた。
「あれ、モット伯だわ・・・」
ジュール・ド・モット伯爵。
王宮付きの貴族であり、魔法学院には王宮よりの勅使としてたびたび足を運んでいる人物である。
王宮付きというだけはあってそれなりの地位と権力を有しているが、それを傘にきた典型的な貴族であり、生徒たちからもあまり好かれてはいない。
特に女子には、その破廉恥な性向と相まって疎ましがられている。
そんな人物と会ってしまい、ルイズはやや不機嫌そうに顔をしかめた。
「何をしている、ルイズ。ぐずぐずしているとまた鎖で繋ぐぞ」
そんなルイズに、横暴なギルガメッシュの言葉が届く。
朝の記憶も新しいルイズはすぐに、ルイズとモットのやり取りを無視して先行していたギルガメッシュの方へと馬を走らせた。
「分かってるわよ!!そんな急かさないでよ」
繋がれないよう大声で答えて、ルイズはモットの事を意識から外した。
ただ、査察の時期でもないのに、モットの馬車が魔法学院の方向へ向かっているのが、少し気になった。
トリステイン城下町トリスタニア。
大通りの先に精悍なる宮殿の姿を湛えるこの街こそトリステインの首都であり、老若男女様々な人間が行きかい、その生活を甘受している場所だ。
そんなブルドンネ街の大通りを、周囲の人間の視線を集める、四人の一団が闊歩していた。
内二人はルイズとギルガメッシュ。
馬を走らせ、かれこれ三時間ほどで到着した二人は、ルイズの案内とギルガメッシュの意志の元、街内の店という店を見回り始めたのだ。
そして残る二人は―――
「何でアンタまで付いて来てるのよ、ツェルプストー!!」
ギルガメッシュに腕を絡めて歩くキュルケに、ルイズは怒りに顔を真っ赤にして怒鳴った。
ギルガメッシュとルイズが城下町に辿り着いてすぐに、風竜に乗ったキュルケが二人の前に現れたのだ。
キュルケはギルガメッシュの外出の意図を知ると、すぐに自分も同行すると言い出した。
もちろんルイズは猛反対したが、キュルケは元よりルイズの意見など聞いておらず、ギルガメッシュも拒まなかったので、こうして一緒に街内を回ることになった。
ちなみにそんな彼女らの隅では、キュルケが乗ってきた風竜シルフィードの主であるタバサが本を片手に無言のままで付き従っていた。
「決まってるじゃない、ヴァリエール。恋する女はね、常にその思い人の傍らに居たいと願うものよ。
ねぇ、ダーリン♪」
より一層自分の豊満な身体を押し付けて、キュルケはギルガメッシュに笑いかけた。
そんなキュルケにギルガメッシュは頷くかのように微笑を浮かべて応える。
二人のその仕草に、ルイズは最近かなり細くなっている堪忍袋の緒を切った。
「アアアアンタたち、それってどういうこと?ねぇ、それってどういうことなのかしら?」
プルプルと身体と声を震わして、ルイズが尋ねる。
その問いにキュルケはしれっと答えてみせた。
「そんなの決まってるでしょ。私とダーリンはね、すでにお互いの身体の温もりを知ってる仲なのよ」
その表現が何を意味しているのか、初心とはいえ一応の知識もあるルイズにも分かった。
「―――っ!!!!!???」
声にならない憤怒の叫びをルイズは上げる。
そうしてからルイズは、二人のそのやり取りの間で平然としているギルガメッシュにとりあえず怒りをぶつけた。
「アンタはぁぁぁぁっ!!あれほどツェルプストーの女には手を出すなって言ったのにぃぃぃぃっ!!!」
ヒロインとしての色々なものが崩れ去ってしまいそうなものすごい形相で、ルイズは怒声を上げる。
そんなルイズのキャラ破壊級の怒りも意に介することなく、ギルガメッシュは不敵な笑みを浮かべて言ってみせた。
「なんだ、ルイズよ。我が他の女にばかり構っておるから、嫉妬したか?」
「なぁ!?そ、そんなわけないでしょ!!誰がアンタなんかに―――」
「なに、照れることはない。この我の傍らにおれば、その威光に心奪われるも致し方なきこと。
ふむ、その板切れのような身体つきでは欲情することは難しいのだが、まあそれはそれで楽しみようもある。どれ、今晩あたりにでも・・・」
「するかっ!!ていうか、誰が板切れよっ!!」
そんな感じで大騒ぎしながら街中を闊歩する、人種もキャラも何もかもが違う四人組。
こんな奇天烈な集団、目立たないほうが無茶だった。
「ねぇ、ダーリン。いろいろと回ってみたけど、何か欲しい物はあったの?」
街内を歩き回ってしばらくしてから、キュルケがギルガメッシュに尋ねる。
その問いにギルガメッシュは失望を顕わにして息をついた。
「いや、どれもこれも我の目に敵わぬ三流品ばかり。我が蔵に収めるに値する宝などありはせなんだ。やはり、このような小国の街に期待したのが間違いであったか」
「そうそう。物も女も、選ぶならゲルマニアに限るわ。トリステインのなんて、古臭くてカビが生えてるもの」
トリステインを卑下するキュルケの言葉に、真っ先に反応したのは生粋のトリステイン貴族のルイズだった。
「古臭いってなによ!!いい、トリステインは歴史と伝統を重んじるの。やりたい放題の野蛮なゲルマニアとは趣が違うんだから」
「そうやって人材と国力を落としてたら世話ないわ。そんなことだからトリステインにはカビが生えてるっていうのよ」
「なんですってぇぇぇぇっ!!」
そうして隣では両女子による壮絶な死闘が始まりつつあったのだが、そんなことには一切構わずギルガメッシュは街中を見回している。
彼も彼なりに、真剣に宝物となりうるものを選別しているのだ。
そうしている内に、ギルガメッシュの視界にある一軒の店が映った。
「ついでだ。あそこにも寄っていくぞ」
そう言ってギルガメッシュが指し示したのは、他の建物の影に隠れるように建つ、剣の形の看板を下げた店だった。
「武器屋?けどなんか汚いところねぇ・・・」
「どうせ表通りにある主だった店は見て回ったのだ。ここは一度視点を変え、影に潜む店に足を運んでみるのも悪くない」
ルイズの文句など気にも留めず、ギルガメッシュはぐいぐいとそちらへと進んでいく。
他の三人もそんなギルガメッシュの強引さに引っ張られ、路地裏の汚い道を歩いて行く。
店に入ってみると、そこは外の雰囲気とも相まって、昼間だというのに薄暗く、ランプの灯りがともっていた。
しかしながら壁や棚に立てかけられた武具は、それなりに見栄えがあった。
客の来訪を察したのか、店の奥からパイプを銜えた五十ばかりの店主がやって来る。
「き、貴族の旦那方。ウチはまっとうな商売を賄っておりまさぁ。お上の目につくような事なんざ、一切手をつけちゃいませんぜ」
ギルガメッシュら四人の姿を見ると、店主は動揺を露わにした。
本来平民が立ち寄るはずの武器屋に貴族が、それも四人同時に現れたのだから、店主の反応も無理からぬといえるだろう。
「客だ」
店主の言葉にその一言のみで答え、ギルガメッシュはズカズカと店主の元まで歩み寄った。
「店主よ。この店で最高の逸品を持ってこい」
「さ、最高の品でございますか?し、して種類のほうは・・・」
「我に二度同じ言葉を言わせる気か?」
睨みもきかせた二度目のギルガメッシュの言葉に、店主はその威圧に押されて大慌てで店の奥へと引っ込んでいった。
次に店主が戻ってきたとき、彼の手には所々に宝石が散りばめられ、刀身も鏡のように光る一・五メイルほどの見事な拵えの大剣があった。
「こちらがこの店一番の業物でさ。こいつはかの有名なゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿が鍛えた逸品でして、魔法がかかった刀身は鉄をも一刀両断という話でさ。
ただ見たとおりかなりの大きさでして、貴族の旦那様の体格ですと、背中から下げんといかんでしょうが・・・」
「あら。結構いいじゃない」
店主の持ってきた剣を見て、ルイズがそう感想を漏らす。
剣に関しては素人のルイズではあったが、その彼女から見てもこの大剣は見事そうだった。
ギーシュとの決闘の際にギルガメッシュが見せた無数の宝剣たちにも、少なくとも見栄えでは負けていない。
そのように思うルイズだったが、当のギルガメッシュはフンッと鼻を鳴らし、その大剣の柄を手に取る。
そしてそのまま品定めをするように振り始めた。
ギルガメッシュの見せる剣筋に、この場の誰もが魅せられた。
あれほどの大剣を片手のみで軽々と振るうギルガメッシュの力もそうだが、何よりその剣捌きに圧倒される。
それはまさしく達人の域を超えた英雄の武芸。
狭い室内であってもまるで窮する様子のないその剣の軌跡は、透き通る風切り音を鳴らし残像を残す。
時代の縛りを超え、英霊の座に招来された者だけに許される、いかなる時代の兵器をも凌駕する神秘の域に達した剣技の冴えが、そこに展開されていた。
そうしてひときしりの剣定めを終えたギルガメッシュは、唐突にその剣先を店主の鼻先へと突き付けた。
「ひぃ!」
刃を向けられ、店主が無抵抗を示すように手を上げる。
構わず、ギルガメッシュは告げた。
「・・店主よ。これがまことにこの店最高の業物であると抜かすか」
剣を突き付けたままの状態で、ギルガメッシュは感情の無い声で問い質す。
「材質の配分も考えず、無作為に混ぜられた貴金属類が強度を落とし、切れ味を悪くしている。
見てくればかりに気を向けた中身の伴わぬナマクラにも劣るクズ剣。こんなもの、溶かして材料に戻したほうがまだマシだ」
にべもなく言い捨てて、ギルガメッシュは手にしていた大剣を放り捨てる。
それを店主は慌てた様子で受け止めた。
そんな店主にはもはや一瞥もくれようとはせず、ギルガメッシュはそのままこの店から去ろうとした。
「アッハッハ、言うねぇ。貴族の小憎にしちゃあ、なかなか見る目があるじゃねえか」
と、自分たち以外誰も居ないはずの店内に響いた声に、ルイズたちはハッとして周囲を見回す。
そんな中、唯一ギルガメッシュのみが動揺を見せずに、声をしたほうへと視線を向けた。
「何だ、少しは見どころのある品もあるではないか」
隅の樽に乱雑に立てかけられた剣の山から、ギルガメッシュは一本の錆ついた薄手の長剣を抜きだした。
剣を手にし、ギルガメッシュは問いを剣に向けて告げる。
「今の言動は貴様のものか?」
「オウヨ。俺はデルフリンガーってんだ」
ギルガメッシュが問いかけると何と、鍔の辺りを口のように動かし、手にした剣がしゃべりだした。
その光景にルイズはきょとんとした顔になる。
「それってもしかして・・・」
「インテリジェンスソード」
ポツリと、今まで無言のままだったタバサがその剣の種類を口にする。
インテリジェンスソードとは、特殊な魔法により意思が付与された魔法剣である。
ハルゲギニアでは物をしゃべる道具というのはそれほどめずらしいという訳ではないが、はっきり言ってうるさいので人気はない。
「お、おでれーた。さっきの剣技見てただモンじゃねぇとは思ってたが、お前さん、本当に人間かい?」
「ほう、我のことが分かるか。それに・・・、フフン、なかなかに得難い業物であるようだな」
額のルーンが輝き、ギルガメッシュは笑みを浮かべる。
このデルフリンガーというインテリジェンスソードも魔法によって鍛えられた魔法道具。
あらゆる魔法道具を理解する『ミョズニトニルン』のルーンは、初見にてそこに刻まれた年月と特性を見抜いたのだ。
「決めたぞ。この剣を購入する」
「え!?そんなボロボロなのがいいの?」
驚いた声をルイズが上げる。
一応魔法のかかったインテリジェンスソードであるが、見た目は単なる錆びだらけのボロ剣だ。
かつて見たギルガメッシュの宝剣たちとは、はっきり言って比べようも無い。
とはいえ、召喚してからのこの使い魔との短いながらも濃度の濃い毎日から、この男が一度決めたことをそう容易く曲げることはしないことも理解していた。
「まあ、アンタのなんだしいいけどね。あれ、おいくら?」
「へえ、それでしたら―――」
「たわけ」
値段を口にしようとした店主の言葉を、ギルガメッシュのにべもない一言が遮った。
「万物に価値を定めるは王の役目。雑種共の見識などどうでもよい。この剣の価値は、我が決定する」
そう言ってギルガメッシュは空間の扉を繋ぎ、自身の宝の蔵より目的の物を取り出す。
そいして取り出したそれを、店主の眼前に置いた。
「――――――っっっっっ!!!!????」
あんぐりと口を開けて、店主は絶句する。
その光景にはルイズやキュルケのみならず、タバサまでもが呆然とした。
カウンターの上にあふれんばかりに置かれた、煌びやかな金銀財宝。
それはどう軽く見積もっても、この店にあるすべての武具を買い取ったとして、十分すぎるほどのお釣りがくる量だった。
それをあんな見るからに切れなさそうなボロ剣に、ポンッと出してしまうなんて・・・
「もはやここに用はない。行くぞ」
そんな彼女らの動揺などどこ吹く風で、ギルガメッシュはすでに用済みとなった店からさっさと出て行ってしまう。
それを慌ててルイズ達も追いかける。
後に残されたのは、魂がどこかに抜けて出てしまったような顔をしてポカーンとしたままの店主だけだった。
「まったく、そんなボロ剣にあんな大金出しちゃうなんて、何考えてんのよ」
魔法学院へと戻る帰り道、ルイズは愚痴るようにそう呟く。
そこには馬上に跨るルイズとギルガメッシュ、そして地表近くを馬の速度に合わせて飛行する、キュルケとタバサを乗せた風竜の姿があった。
「たわけめ。いかに末席とはいえ、この我が宝物と認めた逸品。はした金如きでその価値を測れるか」
「さすがダーリン♪器の大きさが違うわ」
「限度があるわよ!!そんなサビサビのクズ鉄なんかに、そんな価値があるわけないじゃない」
「おいコラ、貴族の娘っ子。このデルフリンガー様をつかまえて、クズ鉄とはどういうことだ?」
ギルガメッシュの馬の横に下げられたデルフリンガーが口を開く。
「そのまんまの意味でしょ。そんな錆だらけでアンタ、トマトも切れそうにないじゃない」
「なにおぅ!!」
お互い気が短い性格のためか、ルイズとデルフリンガーが喧嘩を始める。
剣を相手にマジで口ゲンカをしているというのも、なかなかにシュールな光景だった。
「フム・・・。確かに見た目はみずほらしいな」
と、そう呟いてギルガメッシュは唐突に馬を停止させた。
そうしてから横に下げていたデルフリンガーの柄を握り、その刀身を見下ろして告げる。
「いい加減、仮初めの姿でいるのは辞めにしろ」
「へ?いや、言ってることがよくわかんねぇんだけど、旦那―――」
「愚か者」
とぼけた調子で答えたデルフリンガーを、ギルガメッシュは一瞥のみで黙らせた。
「貴様を握るこの手が誰のものと心得る。凡庸なる雑種共とはわけが違う、英雄王の手の中に貴様はいるのだ。
王の面前において、いつまでもそのような醜態をさらしたままでいるのは無礼であろう」
「・・・・・」
ギルガメッシュの言葉に、デルフリンガーは答えない。
何かを考え込んでいるように黙り込んでいる。
しばらくの間沈黙を続けてから、やがてデルフリンガーは御機嫌な声を上げた。
「アッハッハ、いや、そうだったそうだった!!いやはやなんとも、今回の相棒はおもしろいぜ。
いや、別に俺もすっ惚けてたワケじゃないだよ。ただ、忘れてたんだ。何しろ長いこと生きててもおもしろいことはてんでありゃしねぇし、つまんねぇ奴ばっかだったしな。飽き飽きして、テメェの姿を変えてたんだった。
だがそうだな、こんなおもしれぇ相棒と巡り合えたんだ。俺もいつまでもこんな姿でいる場合じゃねぇな」
そう言うと、デルフリンガーの錆びだらけの刀身が眩い光を放ちだした。
急に発せられたその光に、ギルガメッシュに合わせて馬と竜を止めていたルイズらの目も眩む。
やがて光が消え去ると、そこには今まさに研がれたかのように鋭い刃を光らせるデルフリンガーの姿があった。
「こいつが本当の俺様の姿さ。ちゃちな魔法なんざものともしねぇ、魔剣デルフリンガー様のな!!」
呆然とするルイズたちに、デルフリンガーは言い放つ。
デルフリンガーの変貌に満足したギルガメッシュは、そのまま空間を介する宝の蔵にデルフリンガーを納めた。
「うおおっ!なんじゃこりゃぁぁぁ!?あ、でも、なんかチョー気持ちイイ~~~♪」
デルフリンガーを蔵に収めると、ギルガメッシュは手綱を操り馬を再び走らせる。
その後を追うように、ルイズたちも慌てて進行を再開させた。
魔法学院に戻り、日も落ちた夕食時。
ルイズが夕食を摂りに『アルヴィースの食堂』に出掛けている頃、ギルガメッシュは一人ルイズの自室にいた。
孤高の英雄王たる彼は、例え食事の席でも他の凡夫たちと群れるような真似はしないのだ。
三食すべて、ギルガメッシュは住居でもあるこのルイズの部屋で摂っていた。
フカフカと質の良さそうなソファーに身を預けながら、ギルガメッシュは夕食の到着を待つ。
そうしている彼の様子は、終始微笑を浮かべた上機嫌なものだった。
ギルガメッシュはかつての世界のおいて、この世のすべての宝という宝を集めに集めた収集家である。
そんな彼の宝物のコレクションに、また新たな一品が加わったのだ。
この世界ではさして珍しくないインテリジェンスソードも、ギルガメッシュの感性からはあまり無い概念である。
そのような珍しい品が手に入り、今のギルガメッシュの機嫌はとてもよかった。
機嫌良く、ルイズをいじる方法を考えている。
彼の機嫌の良さとルイズへのS度が反比例しないことが、ルイズにとっては不幸であった。
コンコン
扉をノックする音がする。
恐らく夕食を持ってきたシエスタだろう。
そう当たりをつけ、ギルガメッシュは普段よりも感情がこもった声で、扉の先の人物に応えた。
「よい。入れ」
その言葉を受け、扉を開いて夕食を乗せた台車を引いたメイドが部屋に入ってくる。
そのメイドの姿を見咎めた時、ギルガメッシュは機嫌良いその顔に怪訝な色を見せた。
「うん?お前は誰だ?」
果たして、台車を引いて入ってきたメイドはシエスタではなかった。
金髪の長い髪をした、ギルガメッシュの見慣れぬ少女である。
「あ、はい。私はローラと申します。シエスタとは、同じ部屋のルームメイトでして・・・」
「シエスタはどうした?」
ローラと名乗る少女は事の事情を話し始めた。
シエスタが、モットという貴族に名指しで使用人に任命されたこと。
王宮付きの貴族であるモットの意向には逆らえず、シエスタが嫌々ながら了承したこと。
そしてモット伯が、気にいった平民の娘を使用人として連れ込んでは性的な奉仕をさせるという、陰湿な性向の持ち主であることを。
「ずいぶんと急な話だったのでお話を通す間もなく。それで急遽、膳の用意を私が・・・」
そうローラが語り終えた時、ギルガメッシュの顔に浮かんでいたのは笑みだった。
通常、笑顔とは本人のみならず、周囲の人間の気分も和ませるものである。
しかしながら、ギルガメッシュがこの時浮かべていた笑みは、傍から見ていたローラがその身を震え上がらせるほど冷酷な殺意を垣間見せていた。
「この夕餉は片づけておけ」
「え?あ、あの、いかがされました?」
「我にはやることが出来た」
そうとだけ言って、ギルガメッシュは取り残されたローラを尻目に部屋を出る。
そのまま迷いなく学舎内を歩いていき、ギルガメッシュは双月の光が照らす夜の外に出た。
「おや?陛下。こんな夜更けにどうされたのです?」
夜の敷地を歩く途中、ギルガメッシュはギーシュに出会った。
あの決闘以降、ギーシュはギルガメッシュのことを敬意を込めて陛下と呼ぶようになっていた。
「ギーシュよ。お前はジュール・ド・モットという名の貴族の居所を知っているか?」
「モット伯ですか?ええ、領地の場所でしたら・・・」
「案内せよ。今すぐにだ」
「は、はぁ。別に構いませんけど、でもモット伯に何か御用で?」
「なに、大した用ではない」
戸惑うギーシュに、ギルガメッシュはさらりと、しかしどこか圧力を感じさせる声音で言った。
「王の所有物に手を出した賊に、しかるべき裁きを与えに行くのだ」