国の中央に位置する、彼女が住む社の一角。
諏訪子様は、そこに俺を連れてきた。
仏像とか置いてありそうな中央の間に、団体さんで固まっていた、国のお歴々っぽい人物の前で自己紹介をしてくれた。
思ってたよりも中々広い。
二十人近く集まってるけど、その三倍くらいは収容出来そうな大きさだ。
何でも、丁度統括している各地の代表が現状報告をしに来る日だったのだとか。
その時の諏訪子様は、俺と出合った時と同じように、神様らしい口調で説明をする。
その時も少しではあるが威圧感を放つ感じを漂わせていたので、ただの自己紹介が神託を授かる儀式のように思えた。
(あ。ように、というか、まさに神託か)
……ただ、自己紹介の際の『これは私の使いである』ってのは一体どういうことだねオイ。
確かに前回は神々しい雰囲気と名前を貰えた感動から、気持ちが感謝フルブースト入っていたが、だからってお前にゃ仕える気はまだ無いぞ。
しかも、
「物の怪や妖怪が現れた時は、この九十九に言え」
とか偉そうに(偉いです)言い放ちやがった。
やめてくれおっちゃん達! 俺に向かって『ははぁ!』とか。格好がGパンとかTシャツだから異様だけど、平伏す人じゃないから! どこのお奉行様よ!? むしろ逆の立場ですから!
……もういい。公の場じゃない限り、お前なんて敬語はいらねぇ! 呼び捨てだ諏訪子……さん(無理でした)、と心に決めた瞬間でもある。
紹介が終わり、お歴々の方々が部屋から全員退出するのを見届けて、辺りにはもう聞く者が誰も居ないだろうと思い、俺は諏訪子を問いただす事にした。
「アー、スワコさん? 俺、確かに色々クリーチャーを召喚出来るけど、何だか妖怪退治っぽい仕事を俺に任せるみたいな発言をしませんでしたか?」
「うー? くりーちゃーってのが何なのか分からないけど、呼び出していた鳥やら勇丸やら、鳥と人の中間のような奴らのことだよね? だったら問題ない。だって九十九、それ以外にも荒事に向いている奇跡を起こせるんでしょう? じゃなかったら、勇丸を貰おうとした私と敵対しようなんて考えるはずないしね」
もはや疑問符すら付かぬ確定宣言。
俺的東方名物の1つ、『あーうー』の『うー』だけ聞くことが出来た。お前はレミリアかっつぅの。
おー、生『うー』だ~。なんて感想は一瞬にして消え去り、食って掛かろうとするが、何が可笑しいのか諏訪子はこっちを向いたままニコニコと笑ってやがる。
この仕草といい『うー』発言といい、毒気を抜くのを図ってやってるんじゃないかと判断し、それに見事に引っかかっている自分を見て、落胆する。
実際、見事に俺の毒気は抜かれているのだから。
そして、そんなこちらに止めを刺すかのように、
「……否定しないってことは、その通りってことだよね。じゃ、それ系の荒事は任せたから」
そう宣言されました。
……なにか? 俺は誘導尋問に引っかかったのか?
情けなさを通り越して、涙が出そうだぜ!
うじうじと、orz ポーズをする俺に、勇丸が元気出せとばかりに体をすり寄せる。
あぁ、お前だけだよ俺の味方は。
もうちょい熱血入った人なら『分かりました! この私めにお任せ下さい!』とか言って、戦闘して経験値積んでレベルアップしてくストーリーもあるだろうが、俺は基本ものぐさ。
避けられる面倒ごとなら可能な限り避けて通りたいものだ。
「え? だからこれは避けられない出来事なんだって」
「……俺の思考を読まないで下さい」
「そんなことは出来ないよ。ただ、顔にそう書いてあったから」
どんなに詳しく俺の顔に書いてあるってんだ。
「……ただ、さ。私の国は段々と大きくなってはいるけれど、それに対して私の守れる範囲がまだ狭いんだ。だから、九十九にはそれの補助をしてもらいたいんだよ」
「……こう見ても俺、一度も生物を……はないな。虫とか魚とか殺してるし。……一度も大きな生物を殺したことないんですよ? 妖怪退治って、ようは妖怪の殺害でしょ? 追い返すとなでなくて。ずぶの素人で勤まるようなもんなんですか?」
「子供でもあしらえるようなのもいれば、大人が何十人いても敵わない奴もいる。命の危険は常にあるよ。けれど、誰かそれをやらないと、誰かが食べられちゃう。幾らでも言い方はあるけど、有体に言えば、九十九に犠牲になってほしいんだ」
幾らでも言い方あるのなら、せめてもっと口当たりの良い言葉で勧誘してほしかったです。
しかしまぁ、変に真実をぼかして言われるよりは、よっぽど好印象です、諏訪子さん。
ただ、それと俺のやる気が比例するってわけではないのは、ご了承下さいって感じだが。
「そんな嫌そうな顔しなさんなって。なぁに、私の国だと分かって侵略してくる奴は、強い妖怪にはいないよ。来るのはそれが分からない、私の神気も判断出来ないような、そういった奴ら。ちょっと強い動物、程度に思ってくれていいよ」
顔に出てたか。
俺の気持ちをくんでくれて何よりだけど、顔に出るのは直していかねば。
それに、命がかかっているとはいえ、誰かに頼られる場面というはの憧れていたことだ。
誰しも自分だけのナンバーワンがほしくて、けれどそれが叶わなくて、大半の者は身の丈にあった場所へと落ち着く。
だが、俺はその夢を再び掴むチャンスが巡ってきたのだ。
誰かに感謝され、必要とされる職は、それだけで何事にも変えがたい、心の満足感を得ることが出来るだろう。
ならば、やってやる。
チート能力もあって、誰からも頼られ、感謝される職で、神様から名前まで貰って。
命の危険はあるが、それはどんな仕事でも程度の差はあれ伴っている。
特に俺は、仕事中の事故が原因で、今ここにいるようなもなのだ。
ここまで来たら、多少の命の危険性は無視して、俺のレベルアップの経験値を積むことにしよう。
それに、車の免許を取る時、教習所の人が言っていた。
『フォローしてくれる人間が居る時に、うんと失敗しておきなさい』と。
理由は言わずもがな。
この場合、俺のバックには洩矢諏訪子というビックネームが控えていることになる。
妖怪退治をやれと言っているのだ。少しはサポートしてくれるだろう。
幾らかの失敗もするだろうが、それは今後の活躍をもって返上するとする。
よって、
「……分かりました。この九十九。精一杯お勤めがんばります」
「ん、急に素直になったことに裏を感じるけど、まぁいいか。―――改めて宜しく。九十九」
「こちらこそ。宜しくお願いします」
一応ケジメをつけるように、軽く頭を下げて真面目に返答。
気持ちよくまとまったところで、うんうんと満足げに頷く諏訪子さんを尻目に、丁度良いやとさっきから気になっていた疑問をぶつけてみる事にした。
「そういえば、諏訪子さんの口調って、どっちがホントなんですか?」
「……九十九ってばさっきから様を付けてないし……まぁ、いいか。なんか九十九の『様』付けって気持ち悪いし」
ほっとけ。
「国民達の前では、ちゃんと様付けしてね。信仰に影響するから。最悪、九十九を食べないといけなくなるかも」
「……マジ気をつけます」
「(マジ?)宜しい。で、どっちが本当の私かだったよね。……ん~、別にどっちかが本当の私、とかって訳ではないんだよ。私は神様。かく在りきと願われれば、それが私になるの。最も、私の根源から外れない範囲でだけどね」
「えぇと……。つまり、ここの人達は諏訪子さんのことを神だと崇めているから神様らしく、俺は諏訪子さんと仲良くしたいから砕けた口調になった、ってことですか?」
「そうだね。私は望まれてここにいる。それは、そうあるべきと願った人々に応えた結果で、私自身もそうしたいと思ったから。ん、こんな回答で満足かな? 人間」
「急に偉そうにならんで下さい。でも、うん。よく分かりました。ありがとうございます」
「偉そうじゃなくて、偉いんだよ。……それに、迷い人を導くのも私の仕事の一つだからね。これぐらいは当然さ」
それは良いことを聞いた。
早速、確かめてみるとしよう。
「……神様神様、楽に生きたいのですが方法を教えて下さいな」
「死ねば良いんじゃないかな」
間髪いれずに返ってきた答えに、思わずたじろぐ。
生きたいと言っているのに死ねばとはこれいかに。
……だからニタって笑いながら言わないで下さい諏訪子さん。
あなた祟り神の統括者なんスから。
そこまで人の生死に直接関連している神様なんてそうそういないんスから。
本気くさいのが笑えないッス。
以上、思わず語尾がス系になるくらいには動揺を誘える、神様からの神託でした。
それから体感で、大体六ヶ月。
諏訪子の社の一角に部屋を貰った俺は、起きて景色を眺めて寝るだけの完全ニート生活を満喫し―――たかったなぁ、もう!
初めの二、三日位は、勇丸と一緒に国―――というか、村(諏訪子のいる社の周りだけ)だった俺の感覚的には―――を見て回ったり。
縄文だか弥生だか時代は分からんが、逆ジェネレーションギャップに驚いたり感心したり。
諏訪子の生活(妖怪退治とか豊作祈願とか)を見て、神様の大変さを感じたり。
妖怪退治にしては、諏訪子が睨むだけで妖怪の足元から無数の蛇が絡みつき、毒か窒息か分からないが息絶えた姿を晒していた。……小便ちびりそうでした。
で、見るもん見たし、景色でも眺めてだらだらするかと思ったら、『九十九様! 妖怪が現れました!』とか村人Aに言われた。
覚悟は出来ていたし、勇丸を常時召喚しているのにも慣れてきた。
といっても体力が増えたのではなく、微妙な疲れ具体の中でも生活する術を学んだ、というべきなのだが。
で、よしきたとばかりに連れられるままに行ってみると、そこには殺した家畜を食べている、黒い犬―――いや、狼か? がいた。
勇丸と同じくらいの大きさで、その口と目は真っ赤に色づき、あぁあれが妖怪なのだと本能で理解出来る容姿をしてた。まじこえぇ。
隣には、いつでも俺の盾になれるよう、勇丸が吼えるでもなく佇んでいる。
諏訪子の時には今にも飛び掛らんとする姿勢だったのだが、今回の様子を見るに、苦戦しない相手なのではないかと判断し、行動を起こす。
勇丸へ『いけるか?』と思念を送ると、当然だと言わんばかりに黒い犬に向かって走り出した。
初めての戦闘。
クリーチャーである勇丸の2/2というステータスがこの黒い獣にどこまで通用するのか見る為に、俺はあえて何の強化もしないことにしている。
ただ、劣勢になったら即座に呪文を唱えて勇丸を助けるが。
飛び掛る勇丸。
それに気づき迎え撃つ妖怪。
いざとなったら勇丸を強化し、妖怪を焼き払い、瞬時に増援を召喚出来る体制を整えていたのだが、黒い獣は勇丸の噛み付き一撃で絶命し、その場に崩れ落ちた。
(……あっけねぇー)
勇丸に全部やってもらっておいてあんまりな感想だったが、心はそれが全てだと言わんばかりに唖然の一言で埋め尽くされていた。
(あの黒いの、家畜の馬を何頭も殺してたから、少なくともそれらよりは強いんだろ? で、勇丸はソイツをあっという間に倒した。……パワー2ってこの世界じゃ結構強い部類なのか?)
この疑問は、後々解決していった。
その後何度か戦闘をして分かったことだが、こちらの世界では、パワーやタフネスの数値が1上がるごとに、どうも+1ではなく二倍、もしくは三倍、といった具合でパラメーターがインフレ上昇しているようなのだ。
様々なクリーチャーを召喚し、熊、怪鳥、人型と、多種多様な妖怪を相手にした結論だった。
じゃあ4/4とか5/5とかのクリーチャーを召喚出来る俺なら、体力面を考えなければこの仕事なんてチョー余裕じゃん。ということは無かった。
何故ならあいつら、数が多い。
三日に1回は妖怪退治に出かけていると思う。
それだけ聞くと少ないと思えるだろうが、いやいやちょっと待ってほしい。
俺が守らなければならない範囲は家でも村でもない。国なのだ。
『ちょっとコンビニ行ってくる』的な距離ばかりに妖怪は出ないものだから、必然、そちらに出向いて討伐しなければならない。
目的地へ行くのに野を越え山を越え三日四日なんて普通。
西へ東へ、忙しなく駆け回る日々の連続。
初めは自分の足で。
二回目の討伐からは勇丸に乗せてもらって。
初日に何キロ移動するんだってくらい歩いたので、体力もそうだが足が棒になってき為に、勇丸へ乗せてくれないかと頼んだのだ。
初めての勇丸騎乗? がスナミナ的に辛いから乗せてくれってのは微妙な気分になったけれど。
ええ、超良い触り……もとい、実に良い乗り心地でしたよ。勇丸が俺に配慮して乗りやすいように移動してくれたってのが大きな理由ですがね。とほほ。
そして、何とか空いた時間を利用して、今度は呪文系の特訓も始める。
【火力】ダメージの代表格である、赤マナ1【インスタント】呪文。対象に2点のダメージを与える電撃っぽい攻撃絵柄が特徴の【ショック】を選択。どの程度の範囲まで届くのかと試してみると、これも俺の声が届く辺りにまで有効なようだ。
『火力』
クリーチャーやプレイヤーに直接ダメージを与える呪文の総称である。語のイメージから、基本的に赤の呪文のことを指すが、直接ダメージを与える呪文であれば、他の色であってもこう呼ばれることがある。
『インスタント』
即座の、すぐに起こる、の意。 ゲーム中、わずかな場合を除いてはほぼ全て任意のタイミングで唱えられる呪文タイプのこと。
ただ、【ショック】を甘く見ていたと、その時痛烈に感じた。
太さも人の胴体より少し太いくらいの、手ごろな木を見つけたので、それを的にした。
周りに人が居ないことを確認し、初めての呪文だからと、十メートル程離れて使う。
刹那、辺り一面に響く破裂音。
一瞬で耳が馬鹿になり、視界は真っ白に染まり、平衡感覚が失われ、俺はそのままぶっ倒れてしまった。
きんきんと耳鳴りのする、所々視界が白くにごる人間一丁出来上がり。
星が回る視界で何とか木を見てみると、半ばからまるで爆弾で吹き飛んだように上下真っ二つになっていた。
(……なんだこれ。【ショック】だよな? 上位の【稲妻】じゃないんだよな?)
確かに名に偽りなしだが、【ショック】どころかギガデイン、もしくはサンダガっぽい威力に、唖然。
効果を見るに、大気中の電気を対象にぶつける呪文のようだ。
ギャザのルールを覚えるにあたって、初級の第一歩として必ず話題に上がるカードだっただけに、人生初の呪文詠唱が【ショック】だったのは少し嬉しかった。
これでもっと威力のある【音波の炸裂】なんて使った日にゃぁ俺の耳は取れかねん。恐らく名前通りの効果を発揮するだろうから。
ならばと下位の……対象に一点のダメージを与える【ふにゃふにゃ】……は選ばずに、さらに下位の【焦熱の槍】を選択。
1マナ一点【ソーザリー】とかホント誰が作ったんだろうと目を疑ったものだ。しかしMTGにおいて完全な下位のカードは存在しない。
きっと、何かの拍子で日の目を見る機会が訪れるかもしれないと、ちょっとだけ祈ろうと思う。
『ソーサリー』
魔法、魔術の意。 上記の【インスタント】とは違い、基本、自分のターンでしか発動出来ない。だがその分、効果は【インスタント】より強い―――場合が多い。
【ショック】で真っ二つになった木の近くにある、別の木に向かって、焦熱の槍を試す。
突然空間攻撃したようなショックのときとは違い、ピッコロさんよろしくマカンうんたらのように俺の指から出た赤い光線は、いかにも『魔法です!』的な軌跡をえがき、木に当たった。
パンと大きめの音が響き、メキメキと木が倒され、燃え上がる。
おぉ、【ショック】に比べればお手頃(被害的な意味で)な呪文を発見したぜと思う。暫定で俺のメインスペルにしよう。
……どうせすぐに上位カードを主に使うようになるんだろうしな。慣れ的に。
【焦熱の槍】で燃えた木が周りに四散して森林火災になりそうになっていくのを、勇丸と共に慌てて消しながらそう決めた。
そんな感じで、割と精力的にどこまでMTGのカードを扱えるのか検証していった。
その過程で分かったのは、
●ライフを支払うデメリットは体の細胞の減少らしい。それ系のカードを使うとそこそこ痛いどころか体中に痣が出来始めた。何てこった。俺生前は黒使いなのに【スーサイド】系とかはもう最後の手段だな。ライフ(プレイヤーのHP)1でどれくらい何処の細胞が減るのかとか検証するのすら怖いからやめる。脳みそだけは減らないと思いたい。
『スーサイド』
自分のライフをリソースとして使うこと。また、ライフ支払いが必要なカードや自分のライフを減らしつつ相手に損害を与えるカードの総称。「欲しい物を得るためにあらゆる物を利用する」という黒が持つ基本理念そのもの。元々の意味は「自殺」らしい。
●1日の上限使用枚数は7枚。ただしドローする能力が発生した場合は、その効果が現れる。
●ソーサリーは俺が動いていると使えない。
●体力の続く限り、どんな色でも使用可能。一度に同時使用出来るマナは約3で、自身のマナストック数は大体5っぽい。イメージとしては、蛇口から一度に出る水の量は3が限界で、ストックされている水の量は5。
ってな具合だった。
ゲーム風のパラメーターで表すなら、
HP3以上(検証が痛いので断念)
使用可能なスキルの種類、1日7種。
MP容量5 MP出力3 MP回復力5
以下微々たるものなので未記入。
というところだろうか。
デメリットの多少の付随とか言っても、結構制限あるもんだな。と思った。
あれなんで? チートじゃなかったの先生。と頭を抱えるが、自分を鍛えていけば上限開放とかがあるんだろうと自分を納得させて、暗い気持ちを押し込める。
まぁそれでも、三以下でも組み合わせれば無双は難しくとも効果的な【シナジー】を発揮するカードはごろごろあるのだ。
妖怪倒して経験値を上げつつ、今はこの三以下のカードをうまく組み合わせ、自分とカードの相性を最適化させていくことにした。
『シナジー』
相乗効果のこと(英語語源の直訳)。 コンボと似たような使われ方だが、コンボは「勝利に直結する」ようなニュアンスで使われることが多く、その点で意を異にする。
「ちょっと西の最奥の村まで行って、貢物をとってきておくれよ」
「……えらい唐突ですね諏訪子さん。後、西の最奥って言ったら山あり谷ありの難所じゃないですか。往復で二、三週間以上は掛かりますよ」
俺たちが住んでいる神社の大広間に、諏訪子と俺は互いに胡坐をかきながら座り込む。
妖怪の討伐から帰ってきたら、ちょっとお話しようと呼ばれ、今に至っていた。
「ふふん、神様はいつも唐突なのだ」
「……唐突なのは別に良いですけどね。何でまた、急に」
「日頃の感謝の意も込めて、道中にある温泉にでも、と思ってね。私がたまに行く場所で、よく疲れが取れるんだよ」
ケロケロと笑うその表情を見て、温泉に入る自分を想像する。
―――昇りたちこめる湯煙。
一望する絶景。
吹き抜ける風は火照った体に心地良い。
良く冷えたお酒に、少し塩気の強いおつまみ。
ゆったりとダラダラ過ごす、至福のひと時。―――はぁびばのんのん。
……良い。
「それは嬉しいなぁ。正直、体を洗うのが川だ池だ雨だとか、キツかったッス」
「九十九って結構良い家の生まれなの? 普通はそうやって体を清めてるのに」
「……ええ、かなりの良いトコのぼっちゃんでしたよ。衛生面とかは結構贅沢な生活してました」
今と現代生活を比べて、ね。
―――俺はまだ、諏訪子さんに転生やら何やらを言っていない。
能力の一端は話したが、生み出すのとか維持するのが疲れる程度のことだけだ。
諏訪子さんもまだこちらから強引に聞きたい事はないようで、こっちが誤魔化しながら話をすると、察するように会話を切り上げてくれる。
一応は未来から来たことになるのだから、興味を持った諏訪子にせっつかれその世界での話しなんてしようもんなら、最悪日本が崩壊し兼ねないと思ったからだ。
科学の発展で神秘が神秘でなくなり、神や妖怪は架空の存在へと成り下がる。
豊かな森や空や川はその範囲を狭め、コンクリートジャングルなんて言葉が似合う国へとなった日本を見て、神々は―――諏訪子さんはどう思うのだろうか。
「でも、その間の妖怪退治とかはどうするんです?」
「九十九が来る前に戻るだけだしね。それに、勇丸を置いていってほしいんだ。なに、温泉は私の聖地の中にあるものだし、そこへ行く道も聖地内で安全だから、一人でも問題ないさ」
「そういうなら1人で良いですけど……勇丸をどうする気ですか?」
「別に何もしないよ。ただ、勇丸もずっと主と一緒にいたらかしこばって疲れちゃうでしょ? たまには別れて生き抜きさせてあげなきゃ」
確かに。
言われ、もはや定位置と化した俺の横で、勇丸は、やはり座りながらも周りの警戒をしてくれていた。
元はカードだし俺からの体力を糧に実体化しているとはいえ、例え問題ないとしてもこっちの気分的に勇丸が苦労し続けているのは申し訳ない、と改めて考える。
半年近く勇丸を出し続けて、低コストクリーチャー一匹くらいならそこまで気にならなくなってきたのだが、そういった気づかいもたまには良いだろう。
「分かりました。勇丸を置いていきます。それで、貢物ってのはどんなものなんですか? 熊を丸々一頭、とかだったら、俺無理ですよ?」
「何でも新しい酒を作ったらしいんだ。今回はそれをね。少しくらいなら飲んでも良いよ?」
「それは良いですね。頂いておきます。あんまり量は持てないでしょうけど、出来るだけ運んできますよ」
「大丈夫、完成したら西の村の若い衆が持ってくるさ。だから九十九は瓢箪一個分だけ持って来てくれればいいよ」
了解ですと返しながら、勇丸にその旨を伝える。
OKの返答があり、この世界で初めての気ままなぶらり一人温泉旅行だと思ってワクワクする。
「じゃあお言葉に甘えて、明日の朝からでも出発します」
「分かった。天候が崩れないように祈っておくよ」
「ありがとうございます。……ん~っ、はぁ。今日はこのまま休んで、明日に備えますね」
このまま寝るかと背伸びを一つ。
諏訪子さんと別れ、部屋で明日への準備を始める。
といってもこれといった準備もなく、せいぜい着ていく衣類の点検くらいだったけれど。
「それじゃあ、行ってきます」
「ゆっくり休んで来るといい」
「いってらっしゃいませ、九十九様」
朝日も隠れている時間帯。
諏訪子さんと村長さんに見送られて、俺は村の出入り口から旅立っていった。
見送りには諏訪子さんと村の村長、そして勇丸が来てくれた。
村長の前だったので口調は神様バージョンだが、いつもの事だ。
どこか遠くへ討伐に行く際は、村長と諏訪子さんはいつも見送りに来てくれた。
村長は―――この国の人々は、信仰心の関係で、俺に対して友人に接するような態度は今でもとってくれないが―――そのうちフレンドリーになりたい―――それでもこちらを気づかい、感謝しているのは伝わってきていた。
なるべく早く帰ると伝えてると、それだと送り出す意味がないと諏訪子さんや村長から言われ、結局本来より1週間ばかり多めの期間、大体二十日くらいをもらってしまった。
二十日以前に帰ってきたら祟ってやるとか、どこまで本気なんだこの神様。
いつもは勇丸が一緒に来てくれるのだが、今回は一人。
少しどころか結構寂しいし心細いが、俺も子離れ? をしないといけない時期でもあるのだろう。
旅行期間に新しいクリーチャーや呪文でも開拓して驚かせてやろう。
良さそうな【シナジー】見つけたら切り札その一とかその二とか名付けてやる!
期待と不安と楽しみがせめぎ合う心を押し付けるように、俺は西の村への第一歩を踏み出した。
勇丸が、元気付けるかのように遠吠える。
ふっ、俺は振り向かずにクールに去るぜ! あ~ばよ~!
「……これで、宜しいのですか?」
九十九が見えなくなって、少し。
村長は私に尋ねてきた。
「よい。九十九が来て半年。彼は本当によくこの国に尽くしてくれた。半ば脅しに近い形での出会いではあったが、それを気にするでもなく、ごく自然に私達に良くしてくれた。奴なら最悪、この国が落ちていても機微を察して逃げれるだろう」
「初めて諏訪子様が人間を連れてきた時には一体何事かと思いましたが、何とも面白い考えをしたお方でしたな」
「そうだな。こう―――私やお前と根本で考え方が違う。何とも甘い考えを持った坊やだよ」
「……一体、あの方は何者なので御座いますか? 諏訪子様の眷属だとお聞きしましたが、どう見ても人間です。が、勇丸様を従え、物の怪を退治して下さった時には、様々な―――まるで妖怪を従える大妖怪のようでございましたな」
「言っていることへの辻褄が合っていないぞ? そして、その割には恐れておらぬな」
「人は矛盾し葛藤するものだと思っております。それに、あの方を恐れるなど、それは無理というものです。ことあるごとに私共に『仲良くしよう』と笑顔で言い、様々な知恵や技術を授けて下さいました。あの方は大したことはしてないと仰いましたが……最近また、九十九様から教えていただいた“千歯こぎ”なる道具で、稲作の負担が大分減りました。これで従来の半分以下の時間と労力で脱穀が可能で御座います。……そんなものを私達に与えて下さった方を、どうして恐れることが出来ましょう」
その話を聞いて、私はくつくつと笑う。
全く、どこの国から来たのかは知らないが、大層な拾いものをしたものだと実感する。
突如、私の聖域に現れた、異国の服に身を包んだ男。
『坤を創造する』能力を持った私は、それを即座に察し、その者へと近づいた。
よく見てみるとこの国の民よりも背は高かったが、肌も、髪も、目の色もこの地方でよく見られるもので。
私の神気で気絶しそうになり、こちらの姿を見た時など頭を擦り付けて許しをこうてきた。
ならばと反応をみるように勇丸をよこせと言うと、一転。こちらを妖怪のようだと言い放った。
唇も青く、体も震えた状態で、お前は最低だと啖呵を切ったのだ。
何か策があったのかもしれないが、あんな状態でよくもまぁ大見得を張れたものだと感心する。
名前が無いと言うから付けてやったら、すこぶる喜んだ。
私の社に住んでも良いと言ったら、笑顔で感謝を言われ。
この国について、私の知る世界の話をしてやれば、目や耳を皿のようにして傾け。
祟ってやるぞとからかってやれば、それはそれは女々しく謝ってきた。
―――今まで、私と相対した生き物は全て、神である私と接していた。
だが、奴はどうだ。
初めこそ他と一緒だった。
けれど時間の経つうち、敬う態度ではあったが、それは“年上・目上だから”程度のもので、決して神だから、といったものではなくなった。
かつて出会った者達と比べれば何とも無礼だったが、九十九の行動や言葉はこちらと仲良くなりたいという思いから発生したものだ。
これまでなかった事に戸惑いはしたものの、私はそれがいつしか心地よく感じるようになって。
―――この地に生を受け、人々の生活を見守り続けている中で見る、人と人との触れ合い。
私と九十九との関係は口調こそ違えど、その中の1つである“友達”と呼べる存在だったのではないかと今では思える。
(心が暖かい……。うん、良いものだな、友というものは)
踵を返す。
社に向かい歩みを進める先には、村中の男達が集まっているのが見えた。
集団を掻き分け、社の段の上に立つ。
何かの会合か集会か。
祭りの類ではないのは確実。
何故なら、男達の手には各々弓や棍棒や鍬などが握られている。
特に多いのが、この国で近年生産された、鉄と名付けた特別硬い鉱石で加工した剣だ。
動物の皮や樫の木の盾など、一刀両断に出来るだけの硬度と鋭利さを兼ね備えている。
―――これならば、多少なら戦力差を埋められるだろう。
「時は来た! 彼奴らはぬけぬけとこちらに対して『従え』とのたまった! それを断るや否や、我が国に侵略を仕掛けてきている! こんなことが許せるか! 我らはこの国の為に骨身を惜しまず働いてきた。しかし! 他の国への侵略など1度たりとも行ったことは無い! そんな我らがなぜ他者から略奪されなければならないのか!」
声を張り上げる中、集まった民達の目に怒りの炎が灯るのが分かる。
それはそうだ。私が焚きつけているのだから。
けれど、そうしなければこの国は一方的に負ける。
分かり合えぬからこそ争いが生まれ、負ければその分かり合えぬ者達の下で生きねばならない。
そんな理不尽、例え天地が許そうとも、この私が許しはしない。
「拳を握れ! 目を見開け! 我らはこれより死地へ向かう! 敵は強大だ! 生きては戻れぬ者もいるだろう! だが忘れるな! お前達の背中には、妻が、子供が、両親が、国がある! それを忘れなければ、我らは鎧袖一触となって、敵を打ち倒すだろう!」
割れる様な声の渦。
これが祭りだったらどんなに良かったかと、一瞬の後悔が過ぎる。
「我が眷属九十九は、狗神である勇丸の力を最も引き出す為に動けぬが、その甲斐もあって今勇丸は最も気高く誇り高き獣となって、我らの怨敵を打ち据えてくれる!」
既に勇丸には話してある。このクリーチャーという存在は、仮に息絶えたとしても、九十九が無事ならば幾度でも蘇る事が出来るのだという。
すまないとは思うが、勇丸にはこの国の為になってもらう。
九十九を戦わせたくない私と、けれどそれをすれば民に要らぬ不安を与え一方的に蹂躙される事態に陥ってしまうことを考慮した、苦肉の策。
主の為だと騙すような真似をしたのに、勇丸はこちらの提案を受け入れてくれた。……この様子では、全てを理解した上でこちらに協力してくれているのだろう。
私の機微を察して、主の害にならないならばと最大限の譲歩をしてくれたようだった。
―――全く。ここまでの忠犬ならば、本当に私が貰っておくべきだったか。
「敵は『八坂』の神とその軍門。強大なれど、我らには恐そるるに足らず! この洩矢諏訪子が打ち払ってくれよう!」
大喝が全てを揺らす。
天を、地を、人々の心を。
けれど、私の心までは揺らしてくれなかった。
恐らくこの男達の一握りも無事には戻れない。
そしてそれは、私にも当てはまる。
この国が鉄を精製出来るという情報を、相手が掴んでいない訳がないのだ。
現存するどの武具よりも強大なそれを知っておいてそれでも攻めてくるということは、そういうことなのだろう。
他国を次々と飲み込んでいった神が、いよいよこちらに牙をむく。
その為の準備はしてきたし、民達の鍛錬だって、九十九には隠れていたが、しっかりと行っている。
私自身も充分に力を温存出来た。
「人々よ! 今が戦う時! 勝って……勝って明日を勝ち取ろうぞ! ―――総員、進めぇ!」
号令に従い、民が進撃を開始する。
死地へ送り出す命令をしたことに心を痛めるが、そっと勇丸が腰に鼻を擦り付けてきた。
これが指導者として、先にたつものとしての義務。
そう心を縛りながら、勇丸の鼻の頭を掻いてやる。
気持ち良さそうかは分からないが、目を細め、こちらに目を配る。
「……ありがとう」
九十九め、良い家来を持ったものだ。
……そんなアイツの戻ってくる場所を奪っちゃぁ神様の名折れだね。
あぁ、そうだとも。絶対に倒す。絶対に戻る。―――絶対にこの国を守ってみせる。
だから、皆には申し訳ないが―――私の為に死んでおくれ。
「―――舐めるなよ八坂。例えこの身朽ちようとも、お前をこの地には入れはせんぞ」