「そういやテメェ、名前はなんつーんだ?」
「……妹紅」
「名前聞いて馬鹿正直に名前だけ言うんじゃねぇ。姓からちゃんと言いやがれ」
「あなたには教えたくない。あと馬鹿って言うなこの馬鹿」
「このガキ……!!」
背後から掴みかかろうとしてきた熱田の手を避けた妹紅は今、
嫌々ながらも先導して熱田を竹林の出口へと案内していた。
適当な所で放り投げて帰ろうかともかなり本気で思っていた妹紅だったが、
こんな訳のわからない危険人物を放置しておくと色々と良くないと考え直す。
可能な限り迅速に出口まで送り届けて今日の日の出来事を無かった事にするのが最善と判断した妹紅は、
自ら進んで口を開く事も無く一直線に、可能な限りの早足で歩を前へとのばしていた。
途中、妹紅の後ろをついて歩く熱田は自身が歌と言い張る不協和音を大音量で独唱していたが、
十八曲目を歌い終えた辺りから、その全てを無視していた妹紅に対して世間話を始めてきた。
これ以上関わり合いになりたくなかった妹紅はぶっきらぼうに答えて会話を中断させる方向に持って行きたかったが、
熱田が茶々を入れ→妹紅がたしなめ→熱田がキレると言う悪循環のループを延々と繰り返すだけであった。
「おいガキ、まぁだ出口につかねぇのかよ?」
「もう少しだから黙ってて。馬鹿が感染るわ」
「ケッ、余計な言が多いガキだぜ……どっかの妖怪ババァの子供かテメェ」
「私は人間よ!!」
「どーだかな」
もう何度目かもわからぬループになっている事に妹紅は気づき、舌打ちを交えて強制的に会話を終わらせる。
その分の労力を歩行速度に回した妹紅は、もはや競歩に近い速度を出して竹林の土を踏み荒らしていった。
そんな自分の速度に大型の剣を持った手を頭の後ろで組みながら平然とついてくる熱田を鬱陶しく思いつつ歩いていた妹紅だったが、
「……この道はダメね。迂回しましょう」
獣道とも言える細さのその道を、竹々が複雑に絡み合いながら形成していた突き当たりにぶつかった妹紅は足を止めてそう言った。
「あ? なんだこの不自然なトラップは」
「残念、自然のトラップよ。ここの竹は成長が著しく早いから、環境次第で半日程で伸びきってしまう。
昼間に使えてた道が夜間で塞がり形成するその姿はまるで迷宮……故に迷いの竹林よ」
妹紅は溜息をつきつつそう言うと、来た道を引き返すように身体を反転させて呟いた。
「戻るわよ。ついて来なさい」
「何で戻るんだよ。俺はさっさと帰りてぇ」
「私だって一刻も早く迅速にあんたと別れて高速で寝倉に戻って亜光速で眠りたいわよ」
「そんなにか……」
「それとも何? あんたみたいな大男がその隙間を通れるとでも言うつもり?」
その隙間 と妹紅は言って、道を塞ぐ竹の壁を顎で指す。
大小の竹が混ざり合ったその障壁は完全な密閉こそ無いが、熱田と言わず妹紅ですら頭部を通すスペースが無いほどだった。
しかし、
「そのつもりだ。テメェちょっと退いてろ、邪魔だ」
熱田はぶっきらぼうにそう言うと、半身を向けていた妹紅を押しのけて竹の壁に対峙する。
そして今までマイク代わりにしか使っていなかった大剣を、ゆっくりとした動作で眼前に構えた。
「まさかその剣で切り拓くつもり? 止めときなさい、怪我するわよ」
竹は植物の中でもかなりの硬度と、それに加えたしなりやすさを持つ。
ヘタな斬撃を試みればその刃は深く喰い込み、ヘタな打撃は反動で襲い掛かられる危険を伴ってしまう。
ましてあれ程までに密集した竹々に正面から切りかかるなど、本来であれば自殺行為でしかなかった。
「んな事するか馬ぁ鹿……まぁ見てろ」
熱田は自信を多大に含めてそう言うと、大剣の柄を返して『そのまま』頭上に持ち上げた。
妹紅が熱田との初遭遇から気にしていたその大剣は、無数の符が貼り付けられた鞘に収まっていた。
その符は暗闇が支配する竹林の中で薄青く光っていて、持ち上げられると呼応するようにその輝きを強くする。
鞘のついたままの大剣を振り上げる熱田の行為を理解できなかった妹紅は、何も言わぬまま熱田が行う行動の一部始終を目に捉えた。
その作業は妹紅が思っていたよりも迅く、そして静かに、工程の全てを終えた。
「剣神様のお通りだ……道を開けな」
熱田は行く先を塞ぐ竹に命を下すようにして言うと、壁の中心を裂くようにしてその大剣をゆっくりと振り下ろした。
斬撃では無く、儀式のような雰囲気を纏い終えたその行為の数瞬後、
壁を形成していた竹々が身を震わすと同時に、逆再生のようにその身を縮めて根元へと引っ込んでいた。
全てが終わると熱田は大剣を逆手に持ち替えて地に突き立て、呆然と口を開けていた妹紅に振り返った。
「おら行くぞ。……なに大口開けて見つめてんだテメェ、虫歯か?」
「い、いや違くて!! なんだ今のは!? さ、さては妖怪かおまえ」
「寝言は寝て言え馬鹿野郎。言ったハズだぜ、俺は2nd-Gの剣神様だってな」
熱田は地に立てた大剣を妹紅に見せるように傾け、言った。
「機殻剣クサナギ・完成型。封印用の符で抑え付けられてはいるが……これぐらいの事なら造作もねぇこった」
「これぐらいって……何をしたって言うのよ」
「名を表せば『草薙』。意味は違えど、その名前には草を薙ぐ力がある。……わかるだろ?
竹と言う草本を、『どけ』って言いながら薙いだんだよ。その結果がこれだ」
これだ、と言われて指されたその空間にもはや竹の壁は存在せず、謁見の間に敷かれる絨毯の如く伸びる獣道の先は闇で染まっていた。
「ただの馬鹿だと思っていたが……意外な才能があるんだな」
「褒めるなら素直に褒めろ」
「こんな力があるなら適当に進んでも竹林から抜け出せたんじゃないか?」
「それじゃ爽快感ってもんが無ぇだろ。テメェに会うまでは普通にへし折りながら歩いてたよ。
折れるだけで手ごたえの欠片も無かったが、良い運動にはなった」
凄まじい環境破壊を平然と語る熱田を、少しでも認めた自分を悔やみながら妹紅は半目で睨む。
気にも留めずに早く行けと目で急かす熱田に嘆息すると、妹紅は拓いた道を先導するべく歩き出した。
「しかしまぁ切っても切ってもスカしか出ねぇのな。昔話のようにはいかねぇか」
しかし、背後の熱田がふいに放った一言に対して妹紅はここぞとばかりに口を挟んだ。
「昔話? ふん、ガキだガキだと自分に言っておいて、随分と幼稚な物が好きなんだな」
「なんだとコラ、何にも知らねぇガキがナマ言ってんじゃねぇぞ」
「昔話くらい知っているよ。里の子供でも嗜む作り話さ」
馬鹿にするようにそう言って、妹紅は相手の反論を待たずして先に進もうと足を速め、
「作り話じゃねぇ、実話だ。
かぐや姫は、な」
その言葉を聞き、動かしたその身体を完全に静止させた。
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時は夕刻まで遡る。
「……もう一度聞きます」
迷いの竹林に一番近く一番の活気を見せる、番外の全竜交渉とは無縁の人間達が住まう、名も無き人里。
にわかに騒がしい夕暮れ時の里の一角に、人家にしてはやや大きめの敷地を持つ一軒の建造物があった。
『白沢塾』と表札のかかるその建物の、応接室としての役割を持つ畳敷きの和室には今、
三人の人物が茶卓を境として二対一の割合で、正座で向かい合っていた。
割合が一の方。上座に座るのは、紺色の服を着用し長い白髪に特徴的な帽子を乗せた、落ち着いた雰囲気の女性だ。
その女性は凛とした面持ちで冒頭の言葉を区切り、やがて一息で言い放った。
「先刻、迷いの竹林の方向から大群を率いて里に襲来し、
たまたま里の市場に買い物に来ていた頭に不思議な生物を乗せた童女に対して強引に話しかけ、
抵抗するにも関わらず、露出の多い肌着同然の衣装を何らかの呪術を用いて無理矢理に着用させ
手に持った怪しげな道具から怪しげな光を放ち、怪しげな用紙にその姿を転写させた後に逃走した、
意味不明の言語を扱う白い服を着た老人を頭に置く集団と、
貴方達は、全く関係の無い人物だと言う事で……間違いないですか?」
『間違いありません』
かなりの尋問口調で聞く女性の問いに答えるのは、対面に座る、割合の二の方。
『日本UCAT開発部主任 鹿島・昭緒』と書かれたネームプレートを胸につけるのは、眼鏡をかけた男性であり、
『日本UCAT開発部部長 月読・史弦』と書かれたネームプレートを胸につけるのは、白髪を縛った初老の女性だった。
鹿島と月読は出された茶に手をつけず、身に付けている白衣を見られぬまいと顔を伏せて神妙に身体を小さく丸めていた。
(月読部長。僕達がEx-Gに踏み入れて、やっとの思いで人里を見つけたと思ったらいきなり連行された理由がわかりましたね)
(黙りな鹿島。私達とあいつらは全くの他人。私達は2nd-G代表としてEx-Gとの事前交渉に望む為に来ただけ……いいね?)
(あの、先程からあちらの女性の目つきが某名探偵のように鋭いんですが。なんかこう、死神的な)
(死ぬ気でやりすごすんだよ。あの日本UCATの恥部との関係がバレたら私はあんたを置いて逃げる)
お互いを肘で突きながらぼそぼそと小声で話す二人を、女性は咳払い一つで黙らせる。
嫌な汗を全身にかく二人をじっと見つめていた女性は、やがてふぅ と溜息をつくと、
「まぁいいでしょう……貴方方を信じます」
目つきと口調を幾分和らげ、二人に言った。
「ありがとうございます……ええと」
「慧音です。上白沢慧音」
「上白沢、ですか。……表の表札には確か、『白沢塾』と」
「他人に見せる表札に、自ら『上』を付けるのは驕りであると考えております。
そうは思いませんか? ……名を統べる竜が住む世界の住人方」
鹿島が礼を言うと女性――慧音はそう答え、言葉の最後に笑みを加えた顔を見せた。
里での騒動の後に足を踏み入れた鹿島と月読は村人達に取り囲まれ、この寺子屋に叩き込まれた。
そこで待っていたのが寺子屋で教師を務める慧音であり、騒動の関係者と容疑を持たれた二人は自らの身分を明かして必死に弁明した。
その弁明と、全竜交渉の顛末を一度の説明で理解したらしい慧音を見て、二人は安堵の表情を見せる。
「それでその、事前交渉の件なのですが」
「それなのですが……私はあくまで仲介役。ある妖怪が用意した交渉役は別にいるのですが……」
「ですが?」
「その者達に会う前に、ここに私の知人が送った使いの者が来るはずなのです。
貘と言う生物を連れてきて、その生物と貴方方を連れて望む手筈となっていたのですが……遅いですね」
貘と言う単語を聞き、鹿島と月読はお互いに顔を見合わせる。
三人が三人、それぞれの思惑で思案していると、やがて慧音が口を開いた。
「仕方がありません。私達は先に行きましょう……日が暮れる前に終わらせなければ」
「……夜に、なにかあるのですか?」
「……夜は、なにかと危険ですから」
慧音が一瞬顔を曇らせ、言葉を濁しながら呟く。
何かあるな と鹿島は思ったが、続けて口から出た言葉は別の懸念事項だった。
「しかし、貘はどうしましょう。私達も存在は知っていますが、確かにあの生物がいないと交渉は難しいかと思うんですけど」
「心配要りません。私達が不在の間使いの者がここに来たら彼女が応対し、急ぎ向かわせましょう」
慧音がそう言うと同時に、外で待機していたかのようなタイミングを持って襖を開けて入ってきたのは、
「出かけます。留守を頼みますよ、阿求」
「いってらしゃい慧音。私も興味はあるんだけど……今回は大人しく留守番してるわ。
そして、いってらしゃい2nd-Gの担い手達よ。よりよい歴史をこの地に刻む事を、心から願っておりますわ」
慧音に、そして鹿島と月読に言葉をかけつつも一礼を忘れない、礼儀正しい和服の女性だった。
「晴美に似てる……晴美が大きくなったらあんな清楚な感じになるんだろうなぁ!! あぁPCが無いのが無念すぎる!!」
「こらっ鹿島!! 座ってなさい!!」
自分の娘を阿求と呼ばれた少女の面影に合わせ、身体を捻りながら身悶える鹿島を月読は一喝する。
そんな様子を阿求はくすくすと笑って見ていたが、すぐにその顔を真剣な表情にすると、
部屋の障子を中程まで開け、夕暮れの空を見上げながら言った。
「でも気をつけてね慧音。今夜は満月……良くない事が起こりそうだわ」
「……ああ、わかっているよ」
「つかぬ事をお聞きしますが、上白沢さんは満月の夜に、何か……」
含みを持たせる二人の会話を耳に入れた鹿島は、先程の懸念を思い出して今度こそ問いただそうと口を開きかけた、
その時だった。開け放たれた障子が応接室と庭を繋ぎ、垣根を通して外の道とを結ぶ。
そして夕暮れの冷たい風と共に室内に入ってきたのは、興奮冷めやらぬ様子で話す村人達の速報だった。
「おいおい聞いたか。さっき迷いの竹林から飛び出てきた奴が言うには、
なんでも竹林の中で呪詛を撒き散らしながら竹をなぎ払う金色の髪の大男を見たんだと!!」
「うわぁおっかねぇ。しかしよく生きてたなソイツ」
「馬鹿野郎馬鹿野郎と連呼するその妖怪を見て慌てて逃げたら、例の大きなウサギを見つけたらしく無事帰ってこれたんだってよ」
「しっかし今日はえらい日だな。白い服には注意するべしって瓦版でも回すか」
それがいいそれがいいと話しながら遠ざかる男達の会話が、残響として応接室に響く。
急ぎ玄関に向かおうとしてた慧音がゆっくりと鹿島と月読に向きなおり、張り付いた能面のような笑顔を浮かべて同じくゆっくりと問う。
「…………あの、もう一度だけ聞きますが……関係無いんです……よね?」
『関係ありません』
「神に誓って?」
『神に誓って』
滝の様な汗を顔に浮かべた、白衣を羽織る二人は己の手を胸に当て慧音とは目を合わせずに誓った。
そして慧音の答えを聞かぬまま応接室から飛び出し、玄関を抜けて外に出る。
しばしお互いに顔を見合わせ、はっはっは と乾いた笑いを乾いた喉からひり出して、
未だ二人の前に姿を見せぬ、最後の2nd-G代表である剣神に対して叫んだ。
『……あの馬鹿!!』