「かぐや……姫、だと? おまえ今、確かにそう言ったな?」
「ああ? 言ったがどうした。LOW-Gじゃよくある架空の童話の一つになっちゃいるが、
俺らのいた2nd-Gじゃ大昔に起こった、有史に記載されているれっきとした事実だ」
クサナギによって拓かれた道を進もうとしていた熱田は、歩みを止めて問う妹紅に若干苛立ちながらもそう答えた。
陽は完全に落ち、空まで茂る竹林がその大部分を遮りつつも、微かに差し込む月光が二人の足元を照らしている。
そんな月の光を拒絶するかのように妹紅は竹葉の影へと身体を動かしながら、詰問口調で熱田に聞く。
「どんな話だ」
「いきなりどうしたお前。いいからさっさと前に進……」
「いいから話せ!!」
妹紅が感情を込めた強い叫びで熱田の不満の声を遮る。
その言葉の感情は怒りと言うよりは、早く先を知りたいと言う探求としての焦りが顔を覗かせていた。
熱田はわけがわからないと言った表情で額に手を当てるが、やれやれと前置きをして語りだす。
「そんなに知りたきゃ話してやるよ……。
昔々ある所に竹マニアのジジィとババァがいてだな。
ある日ジジィの方が日常的に摂取していた竹エキスによってヒャッハーしながら竹林を闊歩していると、世にもゴールデンなバンブーを見つけた訳だ。
ジジィ喜びながら半狂乱で竹を割ったら、中から超絶美少女マジカルバンブーが出現した。
ジジィは第一発見者の当然の権利として主張しながら、マジカルバンブーを拉致。その後自宅へ監禁する。
マジカルパワーによって急成長を遂げたマジカルバンブーは当時のリア充共に目を付けられるが、必殺技のデストロイ・クエスチョンによってこれを撃退。
最早向かう所敵無しとなったジジババはその力によって国家転覆を目論むが、
ある日胸元のカラータイマーの鳴ったマジカルバンブーは、当時月と呼ばれていた惑星・マジカル78星に電撃帰国。
当てにしていた最終兵器を失う事になったジジババはリア充共のお礼参りに合うが実力でこれを撃退した」
「………………」
「次回、超絶美少女マジカルバンブー第二話『ここはどう頑張っても一人……いえ二人までです!!』
ガキ向けの特撮にしては燃える展開だよな。確か製作総指揮が風見んとこの親父じゃなかったか?」
「知らないわよっ!!」
妹紅は拳に力を入れて語り部口調で説明してきた熱田に対して突っ込みを入れた。
「何なのよ今のは、意味がわからない!!」
「LOW-Gの童話、かぐや姫を基にして作られられたガキ向けの教育番組だ。
企画書持ってったらその場に居合わせたIAIのトップが妙に気に入ったらしくてな。グッズなんかも売ってるぜ」
「そうじゃなくて……」
背を丸めてげんなりとした妹紅が振り払うようにして手を振り、熱田に再度問い詰める。
「それは作り話の方でしょう!? 私が聞きたいのは事実……史実として残された話の方よ!!」
「あんだよそう言う事は先に言えよ。ったく」
ぶん殴ってやろうかと拳を固めた妹紅に嘆息しながら、熱田はその場にヤンキー座りで腰を落とし、言った。
「俺らの世界のかぐや姫はな、竹取物語と呼ばれる神話の一つとして、歴史にその名を刻んでんだよ」
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「竹取の翁・讃岐造が竹林で輝き光る竹を切ると、中から赤子が現れた。子に恵まれなかった翁達は赤子を自分の子供として育てる。
異常な速度で成長を遂げ、『輝夜』と名を与えられたそいつは豊穣を呼ぶ神童として大切に育て上げられた。
そんなある日、神童としての力と共に絶世の美貌を持つ輝夜に対して求婚する当時の皇族達が現れたわけだ。
輝夜はそんな皇族達を盛大にフるべく、それぞれに半ば伝説の宝具と化していた未発見の宝物を持ってくるよう難題をふっかけた。
持って来れば結婚してやると言われたアホ共は必死になって2nd-G中を駆けずり回ったらしいが……まぁ見つかりっこ無いわな。
さんざんコケにされて酷い目にあったらしいが……
まぁともかく、2nd-Gの大地を満喫した輝夜は置き土産として不老不死になる薬をバラ撒いてご満悦で月の世界に帰国。
後には不老になったり不死になったりしたアホ共だけが残りました……って訳だ」
最初こそ荘厳な語り口で緩急をつけながら語りだした熱田だったが、徐々に面倒臭くなって来たのか適当な表現でその話を終えた。
所々大幅に省略したような部分があり完全に納得とは言えない感じの妹紅だったが、
先程のトンデモ魔法少女よりは幾分マシだと考え、おずおずと質問を切り出した。
「それが……おまえの世界の実話なのか」
「2nd-Gは神話の世界。八百万の神々が統べる世界に存在する木っ端な物語の一つだよ。
LOW-Gでは童話となっている様に、他の世界の『かぐや姫』が事実か虚構かなんてのは、その世界の住人にしかわからねぇこった」
Ex-Gも例外じゃねぇぞ? と言い加え、熱田はヤンキー座りから立ち上がり妹紅を見下ろす。
「これで満足か? 満足したならさっさと前へ進め。無駄な時間を使っちまった」
「……最後に。最後に、もうちょっとだけ聞かせて欲しいんだけど……」
熱田に急かされる妹紅は、両の拳を力強く握りながらその顔を伏せつつ、決心したようにそう言った。
その肩は震えており、搾り出すように問われたその言葉の本心には『聞きたい』と『聞きたくない』が入り混じっているようだった。
その様子を熱田は怪訝な顔で見下ろしていたが、やがて妹紅が口を開き、地に落とすように発したか細い声が、
「輝夜にコケにされた皇族の中に、藤原の姓を持つ者はいたか?」
熱田に、そう問いかけた。
「藤原ァ? ……あー、どうだったかな……」
思案する熱田に、妹紅はそれ以上何も言わぬまま口を閉ざす。
数十秒の時が流れ、やがて熱田は思い出したように片手で指を鳴らして言った。
「あーいたいた!! 思い出したぜさすが俺。確かにいたぜ藤原って奴は」
「……そうか、やはりいたのか……」
妹紅は安堵とも諦めとも付かぬ吐息を漏らしながら熱田の言葉を聞く。
「それだけ聞ければ十分だ。呼び止めて悪かったな、先を急ごう」
まだ何かを言いた気だった熱田を遮るようにして、妹紅は急ぎの姿勢を見せつつ熱田に言う。
その姿は、続く言葉を己の耳に入れないようにも見え、
その歴史を汚点として否定するようにも見えた。
熱田に背を向け、先導を再開しようとその右足を一歩前に出す妹紅だったが、
「輝夜に一番派手にフられた、面目丸潰れの馬鹿野郎の事だな」
後に続いた、熱田のあっけらかんとした物言いを耳に入れたと同時に、ぎしり とその身体を強張らせた。
「……なんだと?」
「身の丈を省みねぇ馬鹿は身を滅ぼすって良い見本だありゃ。ああはなりたくねぇってな」
振り向きもせず低い声で問いかけた妹紅を気にも留めずに、熱田は軽く言い放つ。
「……」
「輝夜に弄ばれて地団駄踏んで悔しがってたみてーだが、ざまぁみろだアホめ」
「……」
「馬鹿は死ななきゃ治らねぇってか。どっかの交渉馬鹿に聞かせてやりてぇぜ。大体――」
「もういい」
その瞬間。
妹紅と熱田を中心とした、竹々が作り出す空間の温度が、急激に下がった。
「……なんだぁ?」
熱田は、感情の色が失われた言葉を発した、妹紅の背中ではなく、
空間を支配するその不自然な冷気の波を敏感に感じ取り、己の足元を見た。
通常空気が作り出す層は、低温の層が土台となってその上に高温の層が重なる二重構造を持つ。
熱田の足元を急激に冷やした空気が突如として出現したその理由は、
夜の竹林を覆っていた冷気が、何物かによって急激にその層を下方へ圧縮されたと言う事であり、
「おまえは今ここで死ね、熱田・雪人!!」
妹紅の怒号と共に頭上に出現した熱波の層が、加速を伴って周囲の空気もろとも熱田を飲み込んだ。
熱田はとっさの判断で手に持ったクサナギを頭上に掲げ、その大型の刃を水平にして傘のように持ち防御する。
封印符の青い光を伴いながらも剣神の力を得たクサナギは襲い掛かる熱波に対し、熱田を含む空間に防護の為の切断の力を走らせた。
熱波の余波が地に触れた瞬間、大気の震える音と共に暴風が巻き起こり、周囲の竹々を激しくしならせた。
「……いきなり何しやがんだテメェ」
熱田がもはや敵と認識した妹紅に静かに問いかける。
妹紅は息荒く上下するその身体を熱気で包み込み、陽炎を揺らしながらゆっくりと熱田に歩み寄り、言った。
「おまえ、さっき私の姓を聞いたわよね……その問いに今、答えてあげるわ」
「……」
「私の名前は藤原妹紅。
こことは違う別の世界の、おまえの世界が語る竹取物語に名を残す、藤原の眷属だ!!」
妹紅は熱田に言い放ち、怒りを以って見開くその眼で睨みつける。
その視線を導火線にして空間に力が走り、一拍を置いて新たな熱波が熱田に伸びた。
「親子揃って、馬鹿ばっかりか!!」
熱田は線を描く熱波を身を翻してかわしながら、その勢いを殺さぬままクサナギの鞘を引き抜き、着地と同時に両手で構える。
封印の鞘から姿を表したその剣は、熱が支配するその空間に刃を置きながらかすかに震えて応じる。
しかし、その空間で震えるのはクサナギだけでは無かった。
熱田の利き腕とは逆の手首に撒かれた自弦時計が、熱波に反応するようにして振動している。
(概念空間だと!?)
熱田が驚きながら横目で見る時計の字盤には、デジタル表示でこう書かれていた。
・――風炎 感情は比熱を持つ。
---
「……ここはどこですか……」
数刻前の竹林の中で弱々しく生まれたその声に答える者は、誰一人として存在しない。
自分の身長の倍以上もある竹々時折頭をぶつけ、
自分の足首ほどの、成長途中の竹々に時折足を取られ、
ふらふらと迷いの竹林を彷徨い歩くのは、冥界の庭師、魂魄妖夢だった。
「どうしてこんな目に……」
自らの行いを省みながら、しかし答えの出ない妖夢は紅潮した顔で浅く自分の身体を抱く。
頭に貘を乗せながら、満身創痍の体で竹林をよろよろと歩く妖夢は今、バニースーツに身を包んでいた。
歩行の振動と連動しぴこぴこと動く兎の長耳の間に貘が鎮座しており、時折落ちそうになるその身体を動く耳でガードする。
上下半身共に肌面積の方が多いレベルのその服装は竹林での負傷により所々が破れており、露出面積の領土拡大に成功していた。
(今日は厄日だ……)
妖夢は最早声として紡ぎ出す気力も無く、心の中で思う。
心配そうに追従する自分の半霊を撫でながら、妖夢は望まずして竹林に身を投じる結果となったそもそもの発端を呪った。
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「大丈夫大丈夫、すぐ終わるでなっ」
「部長キサマ役職だけで優先順位の全てが決まると思うなよ!! 最後に勝つのは愛だ!!」
「男の勲章は女性への功績によって称えられる事を知らんのかお前、彼女にバニスー着せられたのは誰のおかげか言ってみろ!!」
「劣化複製概念『・――転身、コンパクトフルオープン!!』はウチの部署のテスト品だ、勝手に手柄横取ってんじゃねぇ」
「あーあー喧嘩は良くないでな。よろしいならば公平にジャンケンで決めるのがよかろ」
妖夢に突撃をしかけ街中で怪しい機械を手に口論を始めた白服の集団に捕まったのが妖夢の運の尽きだった。
最終的に白衣の老人が『大城奥義・グーチョキパー』なるものを用いて最前列を確保し、あれよあれよと言う間に列が形成されていった。
そして手に持つ『かめら』と言うもので妖夢に怪光線を発射しながら、にじりよってきたのだった。
怖くなった妖夢はその場から逃走。
『ふぃぎゅあ化』がどうとか言いながら追ってくる集団を振り切り、安堵の息を吐いた時には既に竹林に身を落としていた。
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「幽々子さまぁ……助けてくださぃぃ」
完全に迷子となった妖夢ががくがくと揺らしながら歩くその頭上では、貘がその動きを揺篭代わりにして寝息を立てている。
その姿を愛おしくも恨めしくも感じながら神経を刻一刻とすり減らしていた妖夢だったが、
「うひゃう!?」
獣道の脇から突如として草を掻き分けて向かってくるような音が響き、身体を強張らせた。
霊障が人一倍苦手な妖夢は登山杖と化していた楼観剣を逃げ腰で構えながら、音の出所に身体を向ける。
「くくく来るなら来なさい!! 妖怪が鍛えたこの楼観剣に切れないものなど、あんまりない!!」
震える声で言い放ち、半ばヤケクソで楼観剣を振り回す妖夢に応じるかのように、音を止めて飛び出してきたそれは、
「…………えーと……お仲間?」
竹林で出会うと幸運が訪れると噂されている妖怪ウサギ――因幡てゐが、
楼観剣を放り投げ、貘ごと頭を抱えて座り込み震えていた妖夢を見て小首をかしげた。
---
「姫様ー、永琳ー、変なの連れてきたー」
てゐがそう言って妖夢を連れてきたその先は、竹林の開けた窪地に建つ大きめの日本家屋だった。
『永遠亭』と表札のかかる玄関ではなく、そこから回り込んだ場所に存在する縁側へとてゐは駆ける。
遅れて妖夢が辿り着くと、そこには一人の女性が縁側に腰をかけていた。
「あれ、姫様だけ?」
「永琳は先に行ったわ。……私は少しお月見してから、ね」
長くつややかな黒髪を和服で彩る『姫様』と呼ばれたその女性は、てゐの頭を優しく撫でながら妖夢に気づくと微笑んだ。
「あら……てゐのお友達? 随分と人間臭い風体のウサギねぇ」
「違いますっ」
妖怪ウサギの仲間にされかけた妖夢が全力で否定すると、女性は妖夢の頭に乗った貘に気づき、
「あら、それ貘じゃない。って事はあなたが紫の言ってた使いの者ね」
「魂魄妖夢です。幽々子様の命で寺子屋に運ぶように言われたのですけど……どうしてあなたが?」
知っているのですか という意味で問いかけた妖夢だったが、女性はくすりと笑いながら言う。
「何だっていいじゃない。どうせ行き着く先は同じ……森羅万象は須臾を通じて移ろい流れているのですから」
意味がわからず言葉につまる妖夢だったが、女性は返答をまたずに縁側から腰を上げて妖夢に近づき、
「ともあれご苦労様。貘は私が引き取りますから、てゐの先導で竹林を出て帰りなさいな」
「えー、また案内すんのー? もう疲れたよ。鈴仙にやらせればいーじゃん」
「あの子は今お使い中よ。帰ってくる頃にはズタボロだろうから、ベッドに寝かせておきなさいな」
てゐと会話をかわしながら、妖夢の頭上で寝息を立てる貘をそっとつまみ上げた。
妖夢は思う。
やっと終わった。当初と予定は違うしなにやら肉体的にも精神的にもありえないくらい疲れたけどとにかく終わった。
茶菓子は買えなかったけど、帰ったら幽々子様に謝罪の意味も兼ねてとびきりのお菓子を作ってあげよう。
その後外でお花見とか言ってたなぁ。幽々子様のなにやら上機嫌だったし、楽しみだなぁ。
ともあれもうこんな迷惑な話はこれきりなんだ!! 私は解放されたんだ!!
襲い掛かってきた受難の全てに終止符を打つべく、貘の譲渡に満面の笑みをもって望む妖夢だった。
が、
「あっ」
貘が自分の頭頂部から身を浮かせた瞬間、妖夢の口から反射的に漏れた言葉は、本来あるべきものが突如として失われた時のような不満の声であり、
ついでに言うと、その視線は名残惜しそうに離れていく貘に釘付けであり、
さらに言うと、妖夢の右手は貘に対しての別れを惜しむように前方へと伸びていた。
全ての行動が刹那的に起きた後、妖夢はハッと我に返り慌てて姿勢を正して顔を下げる。
貘をつまみ上げたまま目を丸くしていた女性は数秒硬直していたが、やがてつまんでいた貘を無言で妖夢の頭にそっと戻す。
兎耳の間に落ち着いた貘は身をよじっていつもの体勢を取ると同時に、妖夢は顔を上げた。
その顔には照れたような、罰が悪いようななんとも言えない表情が浮かんでおり、女性と視線を逸らしながらもはにかんだ笑顔を露にしていた。
が、女性は今度は何も言わぬまま、若干のスピードを乗せて貘をいきなり取り上げた。
妖夢も無言で抵抗せずに成り行きに身を任せていたが、その表情は先程の不満気なオーラに満ちていた。
再度定位置に戻し、フェイントを交えて取り上げ、また返す。
ころころと玩具のように表情を喜哀に変える妖夢で遊んでいたその女性は、やがて溜息を一つついて、
「あんたも来なさい」
と言って、貘を乗せた妖夢の襟首を掴み、引き摺りながら出かけていった。
いってらっしゃーい と手を振るてゐを視界に入れつつ、妖夢は背後の女性に声をかける。
「あっ、ああああああの私、そんなつもりではっ」
「いいから歩く」
言われ、妖夢は慌てて身に力を入れて自分の足で歩き、女性に追従する。
道を知っているかのように早足で歩く女性に対し、妖夢はおずおずと話しかけた。
「あ、あの……これから何処へ? ……えーと」
「輝夜よ。蓬莱山輝夜」
輝夜と名乗った女性は、妖夢の質問にこう答えた。
「永遠の夜が作り出した物語……。幻想の史実に刻む一夜の神話を、貴方にも詠み聞かせてあげましょう」