「意味がわからねぇな。何で俺が死ななくちゃならねぇんだ」
「我が父を罵倒し、あまつさえその歴史を軽々しく口にする者を生かしておく理由など、無い!!」
「それはテメェんとこの世界の話だろうが。ウチの歴史をとやかく言われる筋合いは無ぇぞ」
「……っ、同じ事だ!!」
激怒する妹紅と、至って冷静な熱田が対峙する竹林内部の戦闘空間は今、熱気の充満する概念空間と姿を変えていた。
放出された感情が熱量を持つこの概念空間の中で、妹紅は具現化されたその力を惜しみなく熱田にぶつける。
妹紅が吼え、その身を爆ぜる様に飛ばして熱田に殴りかかる。
速度と概念が乗った拳を熱田は身を翻して避けるが、背後にある太い竹に妹紅の拳が当たると同時に、熱波の爆発が生じた。
竹を中心から焦折した熱波は喰い足りないとでも言うかのようにその力を周囲に拡散させ被害を増大させる。
熱田は舌打ちをしつつクサナギを抱えて跳躍し、妹紅との距離を一定に保ったまま着地した。
「環境破壊は大概にしとけよ」
「ぬかせ!!」
熱田の言葉に対し、妹紅は一蹴の意味を持つ視線が生んだ衝撃波をもって返答とする。
高温の暴風が妹紅の視線を道として走るが、熱田はその視線を手に持つクサナギで塞いだ。
片手持ちから両手持ちに切り替えた熱田は己の膝を浅く曲げ、クサナギを頭上に振りかざす。
それは今までその大剣をぞんざいに扱っていた熱田が初めて取った、構えらしい構えだった。
「仕方ねぇなぁ。気は進まねぇが……出番だ、クサナギ」
暴風が熱田の目の前で逆巻き、暴れるがままにその身体を飲み込む寸前の所で、
熱田は振りかざしたクサナギで、切断の意志を持って眼前の空間を叩き斬った。
熱田が切断の意志を込めたのは、振り上げたクサナギの先端を始点とし、振り下ろした竹林の地面を終点とした線の空間。
熱田の眼前に展開されたクサナギが作り出す剣線の領域は、暴風が走る射線が熱田に到達するより一瞬早くその力を具現化させる。
表現として、クサナギの剣線が暴風を上から斬り下ろす形となり、
結果として、熱波が作り出す弾丸は二つに断たれ、熱田を挟み込む形で背後へと通り過ぎた。
双の風となった熱風は熱田の背後の竹々にそれぞれ着弾し、爆音と共に薙ぎ倒して戦闘空間を拡大させた。
爆風が収まり、概念空間に再び静寂が訪れる。
竹々すらもその身を震わせる事を止め、存在を確立させたクサナギを垣間見るようにして動きを止めている。
封印の鞘から開放されたクサナギが切り下ろされたまま接合していた大地を震わせるようにして、一度だけ鳴動した。
柄尻から吐息が漏れるように響いたその響音は最早金属の塊では無く、単一の生物のように妹紅と熱田にその存在を教えるようだった。
クサナギの声を聞いた熱田は満足そうに口端をゆがめ、振り下ろしたクサナギを再び己の下へと引き寄せる。
一方の妹紅は、概念の作り出した感情の熱波を容易く断ち切ったクサナギに対し、目を見開いて口を開いた。
「なんだ、それは……剣か?」
「へぇ、テメェには剣に見えんのか。
だが、俺にはこの機殻剣は、クサナギと言う存在を現象として空間に生み出す召喚機のようなモンにしか見えねぇ」
「何を言っているんだお前は!?」
「わかんねぇのか馬鹿。だが今の俺様は気分がいいから教えてやろう。
クサナギは、振る事によって威圧した空間を剣化する。
今俺が目の前に振り下ろした事で、テメェの生温い風にブチ当てたんだよ。『風邪引いたらどうすんだボケ』ってな」
意志を込めた切断をトリガーにその存在を露にするクサナギの正体を、熱田は教授するように妹紅に説明した。
幾らか温度の下がった戦闘空間を教室とし、熱田の抗議は続く。
「感情を凶器と化する概念か。小細工ばっかの面倒くせぇ、しみったれた概念よりは俺向きで好感持てるが……
この天才、熱田様の灰色の脳細胞もってしても、どうにもわからねぇ事が一つあるんだよな」
いくらか感情を抑え押し黙る妹紅に対し、
熱田は概念空間の展開からずっと思っていた疑問を口にした。
「お前、なんで怒ってんの?」
熱田の言葉が妹紅の耳に届いた、その直後。
「おまえは、私の逆鱗に触れた……!!」
妹紅は概念の力で再び周囲に怒熱の風を巻き起こしながら、無手の右手を前にかざした。
「私はおまえを許さない」
怪訝な顔の熱田に向けられた掌に、光が集まる。
「私はおまえを認めない」
光が作り出したそれは、幻想の力が宿る妹紅の剣。
「私はおまえを帰さない」
手中に生まれた絵札―スペルカードに感情の全てを込め、妹紅はそれを振り上げる。
「満月の下で灰と化せ、歴史の冒涜者!!」
叫ぶ妹紅に対し、熱田はクサナギを向けながら低い声で呟く。
「逆鱗は竜の秘部。撫でるなんて優しい事は出来ねぇぞ? 死ぬ覚悟がテメェにあるか藤原妹紅」
死と口にした熱田の言葉を、妹紅は一瞬の表情の変化で受け止める。
「……は」
それは苦痛に歪ませるような、救いを求めるような悲しい顔であり、
「……っはははははは!! いいだろう、私を殺してみろ剣神。
だがそれでも。……それでもおまえに、私の永遠の輪廻を断ち切る事など出来ない!!」
その全てを隠すかのように笑うその顔で、妹紅はスペルカードを発動させる。
「スペルカード――不死『火の鳥 -鳳翼天翔-』」
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「全竜交渉部隊の目的は、過去の遺恨の払拭と聞きました」
人里から離れた迷いの竹林を進む鹿島と月読は、先導する慧音にそんな事を問われた。
「そうですね……僕達2nd-Gとの全竜交渉の際にも彼らは見事に役目を果たしてくれました」
「色々と問題多い連中だけど、何事にも全力で取り組む姿勢は評価するべき所なのかねぇ」
「ええ。先日の『1/8HG鹿島・奈津』製作の過程でも、彼らは材料の提供と生産ラインの確保という大儀を果たしてくれました」
「………………一応聞いておくけど、HGって何?」
「えっちぐれーどです」
「……評価する所なのかねぇ……」
「あの、一応私、真面目な話をしたつもりだったのですけど……」
困惑する慧音に対し、月読は慌てて取り繕う。
「え、あ、そうだねぇ。私達も2nd-G代表として、全力で取り込む所存だよ」
月読に後ろ手で背中をつねられた鹿島も慌てて頷き、慧音に笑いかける。
半眼で返した慧音だったが、やがて諦めたようにして会話を続ける。
「私達の物語の代表も、やはり貴方達に過去の理解を望んでいる事でしょう」
「しかし、僕達はまだ、貴方達から何も知らされてないんですが……」
「私達2nd-Gの代表に対し、あんたたちが望む理解とはなんだい?」
鹿島と月読が重ねて聞くと、慧音はすぐには答えずに己の頭上を見上げた。
二人がその視線を追うと、竹葉の隙間から姿を表す物があった。
「……満月……ですねぇ」
「綺麗なもんだね」
天空に浮かぶ月に眼を奪われた二人だったが、
「……くぅっ!!……」
うめき声を発して月から眼を背けた慧音が二人の視線を奪った。
「ど、どうしたんですか上白沢さん!?」
鹿島が慌てて駆け寄り手を伸ばす。
慧音は荒く呼吸しながらその手に捕まり、倒しかけていた身体を起こして鹿島に言った。
「……大丈夫です。満月は私の身体に変化を与える……後ほど貴方達にも説明致します」
回答になっていない慧音の言葉に鹿島と月読は疑問符を浮かべたが、慧音は体調の変化を隠すようにして話を戻した。
「私達の望む理解……それは、一つの問いに集約できます。
言葉にすれば短い一文ですが、その中にはとても深い業がある……」
「……問い?」
鹿島はその言葉を聞いて、月読と顔を見合わせた。
過去に遺恨を持つ者が、それを解決せんと名をあげた者に対して一つの問いを投げかける。
その行為は、かつてLOW-Gでの全竜交渉の際に、2nd-Gが全竜交渉部隊に対して行った行為そのものだった。
「その問い、とは?」
「……それは」
慧音が問いの内容を答えようとした、その時だった。
「――その問いを投げかける役目は、貴方ではない」
竹林の奥から聞き慣れない女性の声が響くと同時に、慧音の背後から細く長い物が高速で飛来してきた。
矢だ。それが風を切り裂きなが一直線に飛ぶ鉄尻の矢だと言う事を、鹿島はその動体視力を持って理解した。
が、理解が追いついていても、とっさの判断で動いたその身体と慧音との距離は、あまりにも遠すぎた。
「くっ!!」
鹿島は矢を掴み取ろうと手を伸ばしたが、目標までのタイミングは合っていてもその空間を埋める事は出来なかった。
鹿島のとった行動で慧音は事態に対する警鐘を理解するが、月光に影を縫い付けられたかのように、その身体は動かない。
一秒にも満たないその時間で、焦る鹿島と、目を見開く慧音と、加速を止めぬ矢がそれぞれの行いを完了させる。
次の瞬間、鹿島は伸ばしていた手首を下に落とし、いつの間にか止まっていた息をゆっくりと吐き出しながら言った。
「……ナイスです。月読部長」
矢尻が慧音の肩口を貫く音ではなく、
飛来する矢と真逆のベクトルの力を持ったものが、矢を真正面から叩き落す乾いた音が響いた。
その音は金属と金属がぶつかり合ったような澄んだ残響音を、月光が差し込む空間に残す。
響きが止んだ時、矢に背を向けていた慧音は月読の姿を見て、鹿島は地に落ちたひしゃげた矢を見た。
慧音の視界に入った月読は、その歳相応の小柄な体格に不釣合いな程大型の弓を構えていた。
弧を描く2m超の大きさを誇るその黒弓は、機殻が施された2nd-Gの概念兵器。
「月天弓。月読と言う、2nd-G皇族の姓を持つ者だけが扱える……月の加護を受ける弓ですね」
安堵の声で言う鹿島の視界に映るのは、地に落ちる鉄尻の矢。
その矢に絡みつくようにして光るのは、淡く明滅する月光の帯だった。
月読が矢に番えて放った月光の矢が、飛ぶ鉄矢を正確に撃ち落したのだ。
「……出て来なさいな。ブチ抜かれたいの?」
差し込む月光を身体に浴びながら次弾を番える月読のその声に応じるようにして、慧音の背後から現れたのは、
「手荒な真似をしてごめんなさい。まぁ……2nd-G代表の力量を伺ったと言う名目で、許してもらえないかしら?」
「……八意永琳!!」
身体を鹿島達の方に引きながら言う慧音の睨眼を意にも介せず、姿を現した女性――永琳は微笑んだ。