「妹紅、大丈夫か妹紅!?」
「あ、あれ、慧音? どうしてここに……?」
地面に陥没している熱田には目もくれずに駆け寄った慧音に対し、妹紅は戸惑いを見せる。
その疑問に答える声は、慧音の後方から生まれた。
月読だ。
「私と鹿島。それとそこで潰れてる熱田が2nd-Gの代表なの。
慧音さんの案内でこのEx-Gとの事前交渉の場に来たのだけれど……」
月読はそこで言葉を止め、ちらりと熱田に視線を投げて、
「なんかうちの馬鹿がまた取り返しのつかないミスを犯してしまったみたいねぇ」
「て、テメェこのババァ!! 誤解だっつってんだろうが!!」
嘆息しながら言う月読の言葉に、土を撒き散らかしながら復活した熱田が講義の声を挟む。
が、
「動かないでください。撃ちます」
弓を引き絞りって熱田の眉間に狙いをつける永琳の警告に、動きを止めざるを得なくなった。
「こ……こいつら……、鹿島!! 何とかしろ!!」
「んー……すまないが、熱田」
「あ?」
「こんな所まで来て二度ネタかますような奴にかけるフォローの言葉が見つからないんだ」
「テメェも敵かぁ!!」
最早味方がいなくなったかのように見えた熱田だったが、
「ま、待ってくれ!!」
永琳が狙う弓の射線を遮るようにして、立ち上がった妹紅が事態を理解したかのようにして熱田の擁護に入る。
「妹紅……こんな男をかばう必要は無いんですよ? どきなさい」
「だから違うんだってば。私はコイツに何もやましい事はしてないし、されてもいない」
「だってさっき、『助けて』って……」
「それは……その……」
永琳と慧音からの視線を受け、口篭る妹紅だったが、
「――2nd-G代表、『剣神』熱田・雪人と藤原妹紅の交渉は終了した。ついさっき、な」
いきなり響いたその声は、目を見開いて驚きを見せる永琳のすぐそばで生まれた。
その声の主は、熱田だった。
「!? あ、あなた……いつの間に!?」
「人を弓で狙っておいて、随分と大層な口を利きやがる」
土と血で汚れた白のコートを揺らしながら言う熱田の手には、いつの間にか地に刺さっていたはずのクサナギが握られている。
一瞬で妹紅の背後から永琳の隣にまで移動した熱田の動きを知覚したのは、ただ一人。
「……歩法は止めておきなよ熱田。警戒だけ周りに与えて……君は誤解を解く気があるのかい?」
「けっ、もういいよ何でも……、ガキの相手はもうごめんだ、俺は疲れた」
「……どうだった? 彼女との交渉は」
「あー? さっき言っただろうが」
「終了としか言ってなかったはずだけどなぁ……隠すなよ熱田。
……理解を得る事は、出来たかい?」
「ま……一応は、な。いいか? 大事な事だからもう一回言ってやる。
手のかかるガキの相手はもうごめんだ。今度こういう事が起きたら、問答無用で叩っ切るからな」
そう言って熱田は鹿島に背を向け、
「それより鹿島……テメェ、なーんか面白そうなもん持ってんじゃねぇかよ?」
いきなり背後に予備動作無しでクサナギを振り回し、鹿島を巻き込む形で直線状の空間を『威圧』した。
剣神の力で具現化されたクサナギの刃が奔り、鹿島を斬撃する、
その瞬間。
「……うん、いやまぁ僕も驚いてるんだよ? Ex-Gの世界に『こんなもの』が存在してるなんて、ね」
金属同士が擦り合う、澄んだ凛音が響くと同時。
慌てた様子も無く手に持った『それ』でクサナギの刃を受け止めた鹿島が言った。
誰もがその音に動きを止めた直後、鹿島は厳かに言葉を続ける。
「慧音さんが僕に託したスペルカードさ。国符『三種の神器 剣』……僕達はこう呼ぶべきだろうか。
――機殻剣ムラクモ。熱田の持つクサナギと対をなす、……天叢雲剣、そのものだ」
クサナギの刃を押しとめるその剣は、クサナギと完全に同一と見られる形状をしていた。
白枠に寒色をちりばめたクサナギに対し、黒枠に暖色という色彩を持つムラクモ。
交差する二本の剣がせめぎ合いながら生むのは、火花ではなく、
炎。
極少ながらもうねりを上げて巻き起こる紐のような炎が、八つの首を擡げ小さな竜となって具現化した。
「……私が使う時とは、形状がまるで違う……」
「スペルカードの詳しい原理は私にはわからないけど……ここはEx-G、幻想の世界。
今の使用者は軍神、鹿島・昭緒であり……加えて、これは全力を用いて決着を付ける決闘技法なんだろう?
ならばムラクモと言う形を取ったのも、私から言わせてもらえば必然な感じがするんだけどねぇ」
妹紅に肩を貸しながら近づいてきた慧音の疑問に答えるのは月読で、
クサナギとムラクモをお互いに引き、刃と同時に小さな炎竜を払った鹿島が熱田に言う。
「熱田、悪いけど君にはもう一仕事してもらうよ」
「いやだ」
「……さっきの『誤解』の詳細を、後で諸所の方面に伝えると言ったら?」
「て、テメェ……脅迫する気か!?」
「人聞きの悪い事言うなよ熱田。……ただ黙って首を縦に振ればいいだけだよ」
「それを脅迫って言うんだ!! ……おいババァ、この満点鬼畜パパに何とか言ってやれ」
「手間取らせるんじゃないよ熱田。さっさと働きなこの給料泥棒」
「お、お、お、お、ま、え、ら、なぁ……!!」
歯を軋ませて睨みつける熱田を鹿島は無視し、
「さて。何と言うか……お待たせしました。
改めて自己紹介を。私が2nd-G代表、鹿島・昭緒です」
「……ああ良かった。忘れられてはいなかったのね。
私は蓬莱山輝夜。貴方達2nd-Gの相対者ですわ」
鹿島とは逆側に位置していた、輝夜へと対峙した。
「あ? 蓬莱山ん? ってー事はまさか、あいつ」
「……そうだ。竹取物語の主人公、かぐや姫そのものだよ……」
いくらか怒りを落ち着かせて疑問する熱田に対し、答えるのは妹紅であり、
「……あら妹紅、いたの? 随分とボロボロになっちゃって……今日は何回死んだのかしら?」
「……貴様!!」
熱田の怒りを吸収し倍増する様にして、嘲け笑う輝夜に対して肩を震わせていた。
今にも飛び掛らんとする妹紅を慧音が抑える。
今、満月を天壁とし円形に口を開く竹林の中心に身を入れているのは輝夜、鹿島、熱田の三人であり、
他の者達は皆、端に位置して事の成り行きを見守っていた。
「熱田が先程、不死者・藤原妹紅との相対を終えました。
次は私が貴女との相対を終え、それを以って2nd-Gの事前交渉とさせていただきます」
「へぇ? 妹紅との相対を、ねぇ……ふぅん」
含みを持った輝夜の言い方に、鹿島は若干疑問を覚えるが、
「あの……何か問題が?」
「いえいえ、こちらの話ですのでお気になさらず。ええ、じゃあ交渉を始めましょうか。……永琳!!」
了承の意思を見せた輝夜は、永琳に呼びかけた。
何事かと振り向く鹿島と熱田だったが、
「……な、何してるんですか月読部長!?」
「この子に聞いてよ。いきなり人に弓向けるんだもの、びっくりしちゃったわ」
「俺の目にはババァもおんなじ事してるように見えるんだがな……」
そこには、至近距離で互いに手持ちの弓に矢を番えて相手に狙いをつける永琳と月読がいた。
永琳は鉄の矢を。
月読は月光の矢を番え、いつでも発射出来るような状態を保っている。
「姫様は月を好ましく思ってはいません。ですので……月の姓を司る貴女には、ここで大人しくしていて貰います」
「元々手を出す気なんか無かったから安心しな。あくまで交渉は鹿島主導の下で行うつもりだったんだから。
でもまぁ……余計な喧嘩ふっかける出来の悪い部下がいるなら、お仕置きするのもやぶさかじゃあないよ?」
一触即発の状態から説明の為に口を開いたのは、永琳だった。
応じる月読も、絶え間なく差し込む月の力を矢に蓄えながら威嚇する。
「永琳ったら……私はね、月を見るのは好きなのよ?……この幻想郷から見る月は、本当に好き」
言う輝夜に鹿島と熱田は視線を戻す。
輝夜は頭上に輝く夜の満月を、愛おしそうに見上げ、
「でも同時に、心から憎むべき月と言うのも、存在するの。
……私の物語は、そういう話だったのよ」
そう言った。
そして、
「……妖夢」
「は、はいぃっ!!」
輝夜が呼び、竹林の影から飛び出したのは、
『……貘!?』
鹿島と熱田が叫んだ通り、ウサギ耳の間に貘を乗せた妖夢だった。
「そこで見てなさい。貘と一緒に、ね」
輝夜は妖夢に優しく微笑み、すぐに鹿島達に向き直った。
「さて……相対を始めるに当り、まず私から貴方達に言っておく事があります」
そして、輝夜はそう切り出した。
一呼吸置いて告げられた、その言葉は、
「私は、この物語に対して貴方達が祓うような遺恨を、何一つ持ち合わせてはおりません」
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「……い、遺恨が無いとは、どう言う事です!?」
「あらごめんなさい、言い方が悪かったかしら……。
私の起こした永夜の物語には今現在、思い残した事が何一つ無いの。あれは解決した話なのよ」
慌てて聞き返す鹿島に対し、努めて冷静に輝夜はそう言い直す。
相対者を前にして、交渉する懸念が何も無いと言う。
交渉のテーブルを用意しておいて題を出さない相手を前に、鹿島が何を言うか考えていてると、
「……輝夜、テメェが竹取物語の輝夜だってんなら、どうしてこんな所にいる?
テメェの居場所は月だろう? ……未だ地上にのさばってる、その理由はなんだ?」
黙っていた熱田が口を開いた。
月人である輝夜が地上にいる理由。それこそが遺恨の残滓なのではないかとも取れるその言動だったが、
「ふふふ……残念。それももう終わった事なの。
私と永琳は確かに月の民だったけど、今はもうこの幻想郷の一員。月に対して未練は無いわ」
「ワクワク地球ツアーが終わって、迎えのバスに乗って帰ったんじゃなかったのかよ」
「……? それは貴方達の世界のお話でしょう? 私達の話とは分岐点が異なるのよ」
微笑を浮かべながら淡々と話す輝夜の言動に、熱田は再び押し黙る。
そして沈黙が生まれたその空間に、今度は外から入る声が生まれた。
「姫様と私は貴方達が言う竹取物語の騒動が原因で、この幻想郷にある異変を起こしました」
永琳だ。
矢を月読に向けつつ、言葉だけを紡いで交渉に介入する。
「詳細は省きますが、結論だけ言えばその異変は全くの徒労に終わりました。
私達がこの幻想郷に身を置く以上、何もせずとも平和に過ごせる事が解かり……そこでこの物語は終了したのですよ」
「なんだそりゃ。しまらねぇ話だ……騒ぐだけ騒いで無駄骨かよ」
「……それも含めて、真実です。一夜限りの異変は解決され、私達はこの幻想郷で永遠の時を生きるのです」
「永遠ねぇ……テメェらも蓬莱の薬を飲んだクチか?」
熱田が言うと、永琳はクスリ と笑って、
「ええ、飲みましたし……その気になれば作れますわよ?
私の能力は【あらゆる薬を作る程度の能力】……貴方もお一つ、いかがです?」
「寝言は寝て言え馬鹿野郎。んなもん要らん」
「あら、貴方達は永遠の時を生きたいとは思わないのかしら?」
続けて聞くのは輝夜だったが、
「……貴女達と同じように、永き時を生きた者達を僕は知っています」
代わりに答えるのは鹿島であった。
そして続ける。
「そして、その者達が命永き故に苦しんだ理由も」
「……それは?」
輝夜がそこで、初めて興味を示すようにして鹿島に聞き返した。
聞かれる鹿島は、微笑を浮かべて答えた。
「――退屈ですよ」
「…………!!」
「彼らは退屈に苦しみ、世界の中に自分が興味を持てる物を探し……その一連の行動を相対として全竜交渉部隊と理解を重ねました」
「……その人達は……」
輝夜は微笑を消し、月下に翳る真剣な表情を見せた鹿島に聞いた。
「その人達は、永遠を生きたその世界に、何かを見出す事が出来たの?」
「ええ……。彼らは自らの力を全竜交渉部隊に見せつけ、こう言いましたよ。
『焦がれる世界だ』と」
「…………」
鹿島の言った『彼ら』の言葉を聞き、輝夜は絶句する。
顔を伏せ、表情を見せぬ輝夜に対し、鹿島は困ったように頭を掻き、
「しかし……どうしたもんかなぁ、これ」
「あんだよ鹿島」
「いや、だって熱田。交渉が進まない以上やる事が無いだろう? 僕達」
「だから俺は何度も何度も何度も何度も言ってるがな……帰りゃいいんじゃないかと、思うわけだ」
「……うーん、でもなぁ……」
問答を繰り返す二人だったが、
「……その通りです。お帰りください」
響く永琳の言葉に、再び動きを止めた。
「私が慧音と共に貴方達をここまで連れてきたのは、姫様の口から交渉の懸念が無い事を貴方達に伝える為です。
……去りなさい異世界の相対者。私達は現状に満足しています。差し伸べられる手を取る理由がありません」
にべも無く言う永琳の言葉に、鹿島は渋い顔をするが、
「……しょうがないですね。ならばこれで――」
「待ちなさい」
輝夜が言ったその言葉に反応し、薄い微笑を戻した。
「……何か? 輝夜さん」
「妹紅とは相対を終えたのに……私に対しては何も無しってのは、やっぱり何か納得がいかないものがあるわね」
「……姫様?」
何か悪い事を思いついたような、不穏な空気を纏う輝夜の言動を不審に思い、永琳は口を挟む。
が、輝夜はお構いなしに言葉を続ける。
「いいわ。遺恨を持たない私が貴方達に、一つの言葉を与えます。それを以って、私達の相対としましょう」
「……言葉……?」
「そう。そしてその言葉とは……」
鹿島は言っている意味が解からず聞き返すが、
「――『問い』よ」
「……!!」
その言葉を聞いて、目を見開いた。
問い。
それは、鹿島達2nd-Gが全竜交渉の際に佐山に投げかけた言葉であった。
「姫様」
「黙りなさいな永琳。言う程思いつきだけでもないのよ?
2nd-Gが理解を示し、私達の世界を救う意思が本当にあるのなら……すぐに解ける易しい問題よ」
「ハッ、かぐや姫がふっかける問題なんてロクなもんじゃねぇって、相場が決まってんだよ」
「……そうね。ペナルティは甚大よ?
もし解けなかったら交渉は決裂。私達永夜の住人は、LOW-Gの者達を世界に理解を見せない不穏分子と認識する。……どう?」
袖で口元を隠しながら笑う輝夜に対し、
「受けましょう」
鹿島も笑みで返し、即答とも言うべき速さで返す。
その時だった。
・――幻月 理解の意思は実体を持つ
鹿島と熱田、月読の持つ次弦時計が震え、円形の空間包むように概念空間が展開された。
そして重なるようにして響くのは、輝夜の問い。
空間に浮ぶ満月今、は波打つようにして揺らぎ実体と剥離して存在する幻となって輝夜を包んでいる。
「――私と妹紅。永夜の地を統べるのにふさわしい存在は……どちら?」
幻月を背に受け、両手を広げた輝夜は、その問いを口にした。