「――輝夜!?」
問いを口にしたその者の名を叫んだのは、永琳だった。
『姫様』とは言わず、輝夜と呼んだその言葉には、明らかな疑問と動揺の意思が篭っている。
「……どうしたの永琳? そんなに慌てて」
だが、輝夜は努めて冷静に言葉を返す。
冷静の中に笑いを加味し、目を弓にして言う輝夜に対し、
「どういうつもり? ……何故、ここで妹紅の名が出るの?」
そう聞いた。
どちらが物語の壇上に立つのに相応しい存在なのかと問うた輝夜は、不敵な笑みを浮かべつつ言う。
「何故? 何が何故なのかしら」
「妹紅は私達の物語とは直接関係は無いはずでしょう?」
「そうねぇ」
「蓬莱の薬を飲んで不死者となり、その事を理由に輝夜を恨むのは妹紅の勝手。
でもそれは妹紅自身の問題で……本来、永夜の月に照らされる事象では無い!!」
「そうねぇ。私もそう思うわ」
「だったら何故!?」
永琳は輝夜が告げた問いに込められた思いの説明を求めるように叫ぶが、輝夜は依然として自分のペースを崩さずに告げた。
「私にもわからないわ。本来舞台袖に位置するはずの妹紅が私より先に相対を終え……更には今、この場に参加を許されているその理由が。
……だから私は『問うた』のよ? わからない事はわかる人に聞くのが一番。
永琳が何故と聞くその答えを口にするのは、私ではなくて……」
輝夜が口元を隠していた自分の袖口を動かし、指差すのは、
「彼らよ」
鹿島と、熱田だ。
「答えは出たかしら?」
「……どうなんだよ鹿島」
輝夜と熱田、二人に聞かれた鹿島は頬を掻きつつ、困った様に言った。
「……うん、これは何と言うか。凄いプレッシャーだなぁ」
「答えになってねぇぞ。まさかわかってねぇのかテメェ」
「いやいや、答えがわかるわからないの問題以前の話だよ、これは」
「あ? どういう事だ?」
「自分とは違う世界の根幹とも言える事象に触れ、その運命を分かつ分岐点となる問いに答える……。
かつて自分が出題者となった身からすれば、回答を見せる側……理解を見せる側のこの気持ちはなるほど、世界の持つ重圧に押し潰されそうになる」
鹿島は言葉の途中で震えを見せた自分の手を、ムラクモを強く握ることで押さえつける。
深い一呼吸を置いて、だが と鹿島は言葉を続ける。
「だが……とてもとても重く深いこの気持ちの中に、とてもとても興奮する気持ちが混ざってるのも事実だ」
「オイオイ、どっかの馬鹿みてぇにいきなりよがってクネるなよ? 反射的にキモがって斬っちまうかもしれねぇ」
「大丈夫、僕はまだそこまで染まってないよ。
世界の運命に介入する戦慄。難問に対し自らの意思で答えを紡ぐ勇気。そして理解を見せ、過去との遺恨を祓う事が出来る喜び。
……彼も、こんな気持ちで十拳を握ったのかなぁ」
鹿島は握ったムラクモをゆっくりと上げ、概念空間の空に浮ぶ幻月の光を迎受する様に頭上に固定させた。
幻の月光はムラクモを透過し、剣の刃を通して鹿島を照らす。
その光に急かされるようにして、鹿島は感慨深げに頷くと剣を下ろし、
「じゃ、答えようか。永夜の姫が出した難題の、その答えを」
「……けっ、さっさと答えちまえ鹿島。
そして言ってやれ。八百万の名を統べる2nd-Gに名の在り方を聞いた、その意味を」
隣で待つ熱田が持つクサナギに、その刃を交差させた。
二人の神が持つ二本の神剣の交差点から生まれるのは、炎。
先程概念空間外で競り合った時に生まれた物と同じ輝きを持つその炎は、鹿島と熱田の制御を以ってその質量を徐々に増やしていく。
「……これは……」
事の成り行きを見守る永琳が漏らした感嘆の声をも糧として成長する炎は、火種から伸びる炎縄へ。
炎縄巻き上げる火渦へ。
火渦から生まれる火神の化身へとその姿を変えていった。
焼尽の風を吹き上げながら形を作り上げたそれは鹿島と熱田の背後に位置取り、幻月を背に受ける輝夜と視線を合わせて対峙する。
その視線の数は、合わせて十六。
「2nd-G概念核兵器・神剣十拳に封印されし炎竜・八叉。
慧音さんのスペルカードの力にによってクサナギとムラクモが揃った事で、その魂を剣に宿し……
そして理解の意思を形作る幻月の概念によって、LOW-Gからその姿を借り受け……このEx-Gに姿を見せた。
本物よりはちょーっとサイズが小さいけれど、意思の強さは相変わらずってとこかしらねぇ」
口端に笑みを浮べ、懐かしいものを見るような目をしながら月読は言った。
その直後、八首八尾を持った炎の大竜・八叉が、幻月の概念空間に完全に姿を現す。
LOW-Gでは全長一キロをゆうに超えるその巨体は、今は概念空間内に収まる程度に留めている。
それでも竹林に生える竹々を眼科に押さえ、天空高く踊るその首を震わせる八叉は大竜と呼ぶに相応しい神格の威厳を纏っていた。
八叉は輝夜に対し、自分の存在を知らせるようにして一度低い唸り声を上げ、
その視線を、空に浮ぶ幻月に移した。
「永琳さん。あたしがいつからこの弓――月天弓を引き絞っていたか、覚えてる?」
そして唐突に月読が言葉を発し、永琳に疑問を投げかけた。
八叉の存在を目の当たりにしていた永琳は我に返り、その質問に答える。
「え……確か、姫様が交渉を始める瞬間のはずでしたが?」
「そうね。あの時はまだ、幻月の概念が出る前だった。
……そして今、天空に浮ぶ月は……幻月だね?」
「何が言いたいのです?」
いぶかしむ永琳に、月読は、
「月天弓は月光を放つ弓。あたしが弓を構えてる間、月の光を随時矢として蓄えているんだよ。
そして今、あたしの手に番えている矢は……Ex-Gの月と概念の幻月、両方の光の意味を知っている」
そう言って、構える弓の狙いを一瞬の動きで変更させた。
即ち、永琳から八叉へと。
「貴女、何を……!?」
「月読は皇族の姓。その意味は月を司るだけじゃない……神と対話する、理解の力も持っているのさ。
……あたしの仕事はこれが本命。蓄えていた月の持つ意志を今、世界の理解の資料として八叉に伝える!!」
弓の弦を極限まで引き絞り、月読は射出の態勢に入った。
番えられた光の矢はその先端部に灯る光の光量を上げ、青白い幻影を纏って震えだした。
光の制御に力を割き額に汗筋を浮かべる月読は、しかし顔に微笑を浮べて永琳に言った。
「あたしの弓には貴女に真似出来ない機能が一つ、ついてるのよねぇ」
「……それは?」
聞く永琳に、月読は一呼吸おいて、
「た・め・う・ち」
答え、矢を持つ手を放した。
「――響け月光の弓琴!! 月読の姓をもって、八叉に月の意思を呈せ!!」
月読の叫びに応じるようにして、概念空間の夜空を駆ける一条の光の奔流がその姿を変えた。
一筋の光矢がホップをかけて八叉の持つ八首の頭上まで高速で駆け上り、
最高点まで到達したその瞬間、一際大きく輝くと同時にその数を八つへ分けた。
八叉の首と同じ数に分かれた矢は、それぞれが弧を描きながら踊り、八叉の頭部へと突き刺さった。
光の矢が八叉の頭部を穿ち、光りを散らさぬままその奥へと入り込む。
八本目の矢が入り終えた後、一瞬の静けさが辺りを包み、
『――■■■■■■■■!!』
十六の瞳に宿る炎を青白く燃え上がらせ、八叉は幻月を飲み込むようにして咆哮を上げた。
「……暖かい炎だ……これが、意思の力……」
漏れる言葉は、妹紅の声。
慧音から離れ、ゆっくりと八叉に近づく妹紅はその立ち位置を舞台袖から壇上に移していた。
「優しく、そして厳しくもある炎竜ね。
世界の意思を持つ大竜は失敗を許さない……覚悟はいいかしら?」
熱田、鹿島、そして妹紅と並んだその舞台で生まれる声は、月の姫が放つ台詞。
決着の刻を告げる最終確認とする、輝夜のその言葉を受けた鹿島と熱田の顔に、
迷いは無かった。
その顔を見た輝夜は満足そうに笑い、着物の裾を振りかざして盛大に両腕を広げ、
「問いましょう。
終わらない夜の物語――永夜抄に相応しい存在の名は……蓬莱山輝夜・藤原妹紅、どちらか!?」
問うた。
八叉の眼下。審判の咆哮を五感全てで受け入れ、鹿島が口を開いた。
聖罰の炎が一段強く揺らめき、轟音を立てて答えを待つ。
その音に抗うように凛として響く、その声は、
『答えよう。2nd-Gが理解を以って決着とする、その者の名は!!』
熱田と鹿島が同時に叫び、それぞれの剣に意思を込めて天高く掲げる。
二本の剣が尖塔の如く聳え立ち、その切っ先を導にして八叉の首がそれぞれ四本ずつ集まり、渦を巻いた。
そして、答えを口にする。
「――藤原妹紅!!」
言うは熱田で、
「――そして、蓬莱山輝夜!!」
続くは鹿島。
『二人の少女がその名を残し……共に悩み、戸惑い、憂い、怒り、哀しみ、戦い、喜び、笑い……
――詠い上げていくのが、終わらぬ夜の物語……永夜抄だ!!』
二人の答えを聞いた輝夜は、
「本当に、その答えでいいのかしら?」
満足そうな優しい笑みを依然として絶やさずに、聞いた。
「ナメるな!! 男に二言は無ぇんだよ!!」
「妹紅さんも輝夜さんも、それぞれがそれぞれの想いを抱き、このEx-Gに辿り着いた。
そこに様々な感情、感傷はあれど、永夜に浮ぶ月下に身を置く存在として変わりは無い!!
例え永遠の時間がかかろうとも、その意思をぶつけ合い、そして理解し合うその日を迎える事こそが……終わりの満月であり、始まりの新月だ!!」
鹿島が叫び、
「2nd-Gはこの答えを以って理解とする!!」
「――合格よ!!」
輝夜が答えた。
そして、八叉がその場にいる全ての者達に、
月に、
そして天に向かって、意思の受諾を告げる最大の咆声を上げ、
堕ちてきた。
四本づつ、二手に分かれたその首を揃って高く擡げ、一瞬の動きの停止をもって加速した。
宙で八条の炎の渦を描きながら落ちてくるその先は、鹿島達と輝夜との距離の中間地点。
理解の意思を得た竜は最後の試練として、相対する者をその余熱で焼き尽くす。
概念空間を焦土と化すべく炎熱の質量と化した八叉の吶喊に対し、
「――『パゼストバイフェニックス』!!」
刹那の動きを持って飛び出した妹紅が、スペルカードの発動と共にその身体で八叉の炎を受け止めた。
---
「妹紅!?」
「妹紅さん!!」
驚愕する熱田と鹿島だったが、妹紅に答える余裕は無い。
妹紅の不滅の魂を糧に燃え盛る金色の鳳凰翼を前面で閉じ、八叉の炎を抑える。
(私の存在を認めてくれたのならば……
私にはこの炎を受ける資格と義務と、覚悟がある!!)
「っおおおおおおおおおおおお!!」
全身を焼き尽くす業火に絶えながら、声にならない声を上げて妹紅は思った。
八叉の炎と妹紅の炎がせめぎ合い、飲み込み飲み込まれながら拮抗する。
消え去る直前の試練として燃える八叉の炎はだんだんと収束していくが、
(……ぐっ!?)
妹紅の右肩の鳳凰翼が八叉の炎に飲まれ、根元から消え去った。
防護の力が半減した妹紅の右半身に防いでいた炎が押しかけ、妹紅の意識を焼尽の意思で削り取ろうとする。
魂を燃すスペルカードの力によって、本来の再生力が追いついていない妹紅の意識が闇へと落ちる、
その瞬間。
「――神宝『サラマンダーシールド』!!」
妹紅の耳に輝夜の声が届き、妹紅は伏せかけたその目に力を戻した。
そして、一瞬のズレをもって妹紅の身体を包むのは、淡い暖色に煌く皮一枚の薄さを持つ障壁だった。
八叉の炎から妹紅の身を護るように展開された障壁がうねるようにはためき、しかし確実に八叉の炎の勢いを弱める。
「何をしているのよ、さっさと消してしまいなさいな。……貴女の炎は、飾りかしら?」
姿の見えぬ輝夜の言葉に呼応するかのようにして、スペルカードの障壁が明滅する。
妹紅はその言葉を聞き、しばし呆然としながらも、
「……私をナメるな輝夜!!
お前を殺すまで、私は死なない!!」
消えた鳳凰翼を倍の質量を持って復活させ、魂の炎を燃え上がらせた。
---
熱田と鹿島はクサナギとムラクモに力を込め、八叉の制御を行おうとしていた。
が、
「……これは私と妹紅が引き受けるから、貴方達はやるべき事をやってきなさい!!」
スペルカードを火中の妹紅に全力で展開しながら、輝夜は叫んだ。
「やるべき事……」
「しっかりしなさいよね。私が問い、貴方が答えた。なら残っている事は……」
輝夜は舞台袖に控えている、その人物に向けて言った。
「……答え合わせ、でしょう?」
「――!!」
鹿島と熱田が同時に気づき、視線を輝夜を越した竹林の奥へと移す。
「……あ」
視線の先にいるのは、事態をただ静かに見守っていた妖夢と、
妖夢の頭上で八叉の炎を同じく見守っていた、貘だった。
視界に貘を収めた鹿島と熱田は、一瞬の知覚でその視界を白に染める。
妹紅を飲み込んだ八叉の炎が強い光を放ち爆音を上げるその瞬間、
鹿島と熱田は、それぞれの過去へと飛んだ。
---
鹿島と熱田が意識を戻すと、その身体は空へと浮いていた。
視覚だけが生きる過去世界に映るその景色の大部分を占めるのは、
(月……随分と大きく、美しい満月ですね)
鹿島が夜空に燦然と輝く満月に目を奪われていると、その月明かりを同じくして受けている人物がいる事に気づいた。
意識だけの鹿島と同じように平然と空に浮ぶその人物は三人。
その内の二人は、見知った顔だった。
「……あのねぇあんた、えーと……輝夜だっけ? 随分とまぁ余計な事してくれたけど」
「言ってやりなさい霊夢。それはもう厳しく、手厳しく」
「紫うるさい。……で、えーと……なんだっけ」
「ちょっとちょっと、しっかりしてよね。せっかく負けてあげたのに」
「あーもー調子狂うなぁ……つまりね? あんたたちがしてた事は全くの無駄なのよ」
会話を続けているのは、鹿島達をこのEx-Gに連れて来た張本人である八雲紫。
そしてその紫と並ぶようにして浮いている、巫女装束の霊夢という少女。
服のあちこちをボロボロにして霊夢の話を聞いているのは、輝夜だ。
「え、無駄ってどういう事?」
「だからー、あんたらがいくらこの月をいじくりまわしても意味が無いんだってば」
「え? え?」
「幻想郷から見える月をどうしようと外から見えるわけないじゃん」
「……そうなの?」
目を瞬かせて聞く輝夜に、代わりに紫が答える。
「そうなの。だから貴女達月の民がここにいる以上、追っ手は永遠にここには来れません」
「……本当に?」
「本当に」
「ずっとここにいてもいいの?」
「余計な事しなけりゃね」
心底疲れた様子で霊夢が最後に付け加えると、
「永琳に報告しなきゃ!!」
と言って輝夜は踵を返して帰ろうとする。
「待ちなさい」
「なに?」
「何か言う事は無いの? 私に」
「私にもよ」
「紫うるさい。……で、えーと……なんだっけ」
「霊夢ひどい」
「そうそう思い出した。ほら、早く言いなさいって」
急かす霊夢に輝夜は五秒ほど考え、やがて思いついたように手を打って、言った。
「今度みんなで肝試ししましょうか」
「いや……なにそれ」
「楽しいわよ? 肝試し。お詫びも兼ねて私がセッティングしてあげるわ。
場所は……そうねぇ、迷いの竹林なんていいんじゃないかしら」
「……あーもーいいわ。うん、いいんじゃない? 肝試し」
「せっかくだからみんな誘って来なさいな。二人一組でスタートよ」
「みんなって、魔理沙とか? 来るかなぁ……」
「来てもらわなきゃ困るわ。二人一組で」
「なんでそこ強調?」
聞く霊夢に、輝夜は当然といった様子で、
「危ないからよ。それに、退治にかかる人手は多い方がいいわ」
と言った。
「……退治? 肝試しじゃなかったの?」
「ついでよついで。倒してくれたらみんな幸せ、私も幸せ」
「何が出るって言うのよ……。ウサギ? 熊?」
「竹林に出る怪物なんて言ったら、決まってるじゃない」
「パンダ?」
「霊夢、あなた何か勘違いしてるわ」
突っ込む紫をよそに、輝夜は意地悪く笑って言った。
「――不死者よ」
直後、過去が切り替わる。
---
次に鹿島達が目を開けた時、そこは見慣れた竹林だった。
そしてその中に響く声も、やはり聞き慣れた女性の声で、
「こんな満月の夜に、一体ここに何の用?」
「んー……肝試し?」
「肝試し? こんな夜に肝試しって……貴女もしかして馬鹿?」
「だってさ紫」
「霊夢……あなたに言ってるみたいよ?」
もんぺ服に両手を入れて半目で見据えてる妹紅に立ち向かうのは、霊夢と紫だ。
月の光に照らされるその場所は、やはり見慣れた場所であった。
「二人に言ってるのよ。見逃してあげるから帰りなさい」
「私達以外に誰か来た?」
「だーれも来やしないよ。普通の奴ならこんな夜には出歩かない」
「よかったわね霊夢、貴女は普通じゃないみたいよ?」
「私だって来たくなかったわよ。でも、輝夜が行けって言うからさぁ……」
霊夢がその名前を出したその瞬間、
「……輝夜? 今、輝夜って言った?」
半目だった妹紅の眼に、憎しみの炎が宿った。
「え? ……うん、言ったけど」
「そうか……お前達、輝夜の差し金でここに来たのか」
「いやだから肝試しに来たんだって。あなた誰よ」
「私は藤原妹紅。この竹林に住む……不死者だよ」
不死者と言った瞬間、霊夢と紫が顔を見合わせて、
『あー』
「輝夜の知り合いなら、このまま帰す訳にはいかないな」
「どうしろって言うのよ」
「どうする? お前達は肝試しに来たんだろう?
……私がお前達の肝を、試してあげる」
妹紅はそう言って、服に突っ込んでいた手を引き抜いた。
霊夢達に向けられたその手に宿るのは力ある光りであり、
「輝夜を殺すその前に、お前達の肝をあいつに食わせてやる!!」
光が象るのは、不死の炎を司る鳳凰の絵札。
妹紅のスペルカードが力を発揮する光に飲まれるようにして、鹿島達の意識が過去から呼び戻された。
---
「――っ!!」
鹿島が意識を戻すと、そこには月があった。
それは過去で見た不気味なほど美しく輝く満月でも無く、
概念空間に展開していた幻月でもない、極ありふれたEx-Gの満月。
静寂に包まれた円形の場所には今、概念空間も八叉も存在していない。
無音となっていたその空間だったが、鹿島が円形に空く竹林の中心にいた人物を見つけると、
「輝夜さん!! 妹紅さん!!」
静寂を壊し、声を上げて駆け寄った。
二人は仰向けに地に大の字に這って、荒く息を上下させて虚ろな眼で天空に浮ぶ月を見上げていた。
「……八叉は、どうなった?」
「妹紅が、その身で封じましたよ。いや、打ち勝ったと言うべきですか」
遅れて駆けつけた熱田の疑問に答えたのは、永琳だった。
そして、
「――妹紅!!」
倒れた妹紅に声を上げて駆け寄ったのは、慧音だ。
永琳は嘆息しつつ遅れて歩みを作り、輝夜の元へと歩き出す。
倒れた二人にそれぞれの理解者となる者が付き、介抱する。
「……どうだった?」
そんな様子を見ていた鹿島と熱田に、月読が尋ねてきた。
「ええ、まぁ……確かに輝夜さんの起こした騒動については、やはり既に終わった話でした」
「藤原妹紅についても同じだ。俺が聞いた通りだったよ」
鹿島は微笑を、熱田は疲労を顔に浮かべて返す。
熱田の持つクサナギに対し、鹿島の手には今、何も無い。
慧音のスペルカードで作り上げたムラクモが消えたという事は、決着が着いたという事であり、
「色々ありましたけど……これで一応、相対は無事終了ですかね」
鹿島の言葉に、月読は安堵の笑みを浮かべる。
が、
「妹紅!?」
慧音の驚愕の声に鹿島達は何事かと振り向いた。
視線の先には、倒れていたはずの妹紅が片膝を付きながらもゆっくりと立ち上がっており、
「無事終了? 冗談じゃない、まだ終わってないよ。
……輝夜、お前さっき炎の向こうで私の事馬鹿にしただろう?」
「……あら、覚えていたの?
私の助けが無かったら貴女、今頃消し炭だったのに……ここは感謝する所じゃなくて?」
同じくして起き上がっていた輝夜と視線を合わせ、お互いに敵意を飛ばしていた。
「お前の助けなんか無くてもあれぐらい余裕だったよ。余計なお世話だ」
「あらあら強がっちゃって。足元ふらふらなのによくそんな大口叩けるわね」
「お前こそ手が震えてないか? スペルカードを制御しきれてなった証拠だな」
「貴女こそ一日で死にすぎじゃない? 体力尽きるまでに後何回死ねるのかしら?」
「よ、よすんだ妹紅。もうそんな事はどうだっていいだろう!?」
火花を飛ばして口論を始めた輝夜と妹紅を、慧音は妹紅を宥めて場を抑えようとするが、
「永琳」
「なぁに?」
「妖夢を連れて先に帰ってなさい」
「はいはい」
永琳は素直に言われた通りにし、踵を返して妖夢の元へと歩き、
「さ、帰るわよ」
「え……でも、その、いいんですか?」
「いいのよ。ああなったら何を言っても無駄だから」
動揺する妖夢の襟首を掴んで、竹林の奥――永遠亭へと進路を取った。
「ああ、忘れてました」
竹林の闇へと消える直前に、永琳は思い出したかのようにそう言って歩みを止め、
「お返ししますわ。貴方達が次に必要とする者へと渡してくださいな」
妖夢の頭の上に鎮座していた貘を摘み上げて、鹿島へと投げ渡した。
そして少しだけ不満そうな顔の妖夢を連れて、今度こそ姿を消した。
貘を受け取った鹿島は消えた空間に一礼をし、振り向く。
そこには依然として一触即発の状況を作る輝夜と妹紅の姿があった。
「か、鹿島さん達も何とか言ってください!!」
竹林の中心で距離を取って睨み合う両者の仲裁を慧音は提案するが、
「お前も先に帰っててくれ、慧音」
視線を輝夜からは外さず、妹紅は声だけで慧音を促した。
「し、しかし……!!」
「大丈夫、大丈夫だよ慧音。私はもう、感情の使い方を間違えない。
ぶつける相手にぶつけ、怒る相手に怒り……頼れる奴はちゃんと頼るって、決めたんだ」
「……妹紅……」
「だから、さ。慧音。
私はここで輝夜を倒して、お前に報告しに行くよ。……後でお邪魔しても、いいかな?」
顔を見せぬままの妹紅は、上擦った声で躊躇いがちに慧音に告げた。
慧音は言葉を聞いて押し黙り、やがて無言で妹紅から離れ背を向ける。
そして震える手を握り締め、
「……絶対勝てよ。勝たなきゃ家に入れてあげないからな」
そう言った。
その言葉を合図に、輝夜と妹紅のそれぞれの手に光が集まる。
その光景を見ていた鹿島と月読は、肩を震わせる慧音に歩み寄りつつ誰とも無く呟いた。
「あれがあの子達の、一般的な意思疎通手段なのかねぇ」
「永遠を生きる者同士だから出来る、愛情表現かもしれませんよ」
「殺し合いがかい? 物騒だこと」
「……一光さん達四兄弟と一緒ですよ。
輝夜さんは永遠の時を退屈で埋めぬよう、永夜の世界を通して妹紅さんに……焦がれているんでしょう」
鹿島はそう言って、慧音の肩に優しく触れてその震えを止めた。
「妹紅の方は、どうなんだい?」
「それは……あれ、熱田? どうしたんだい、帰るよ?」
その後ろに続きながら月読は聞くが、鹿島は熱田の所在を確かめた。
それまで口を挟まなかった熱田は、クサナギを地に突き立てて、太い竹を背にもたれ掛かって座っていた。
「先行ってろ。俺ぁもうちょっとここで見てく」
「……何をだい?」
「馬ぁ鹿、決まってんだろ。……月だよ。良い夜だしな、新しい歌のフレーズも生まれるってなもんだ」
鹿島を見ずにぶっきらぼうに呟く熱田の視線は、空ではなく平行の先。
妹紅に合っていた。
「……はいはい、わかったよ」
鹿島と月読は苦笑しつつ、慧音と共に竹林を後にする。
何も言わぬ熱田が見守る中、月光の差す竹林で輝夜と妹紅のスペルカード戦が静かに幕を開けた。
---
「……終わったか?」
熱田は戦闘開始直後に眠りに落ちていた。
響く輝夜と妹紅の叫び声と弾幕の音を耳に入れながら寝ていた熱田が眼を覚ますと、辺りは不気味なほどに静まり返っていた。
熱田は欠伸をしつつ、涙の混じる目で戦場を見る。
生い茂る竹々の半分以上が折れ砕かれ焦土と化していたその地面に、妹紅の姿があった。
やはり仰向けの大の字に倒れている妹紅に歩み寄り、熱田は口を開く。
「輝夜は?」
「……泣いて帰ってったよ」
「ホントかよ」
目を伏せ、息が止まっているかのように動かなかった妹紅だったが、熱田の言葉に反応を見せた。
身体は動かさず目だけ薄く開け、疲労困憊の体だった妹紅だが、口調ははっきりとしている。
「どうだったよ?」
「……何が」
「トボけんな。
……勝ったのかって、聞いてんだよ」
妹紅に背を向けて地面に座り込んだ熱田が聞く。
その言葉に、妹紅は若干言葉を詰まらせながらも、
「勝った。私の方が多く殺したし、最後はあいつの方が先に帰った。敵前逃亡含めて私の勝ちだ」
そう返した。
「さよか。それならいいわ」
熱田は苦笑しながらそう告げて、黙り込む。
風が残った竹を揺らすざわめきが二人を包み込むが、やがて妹紅が口を開き沈黙を破った。
「なぁ」
「あんだよ」
「何でお前、まだここにいるんだ?」
「アホかお前。俺を出口まで案内する約束はどこいったんだよ」
当然の権利のように主張する熱田のその言葉に、妹紅は、
「……ああ、忘れてたよ。だけど身体が動くまで待っててくれ」
「情けねぇな、もっと身体鍛えろ身体。山とか海とか無ぇのかよここ」
「山はあるけど海は無いよ」
「じゃあ山でいいか……海はこの前行ったしな」
山まで案内する段取りを勝手に作り上げた熱田を無視して、妹紅は話を戻す。
「……本当の理由は、そんなんじゃないんだろう?」
「…………」
「隠すなよ」
「……月見てた」
「…………」
白々しく言う熱田に妹紅は無言で返す。
再び生まれた静寂を、今度は頭を掻きながら熱田が口を開いて破る。
「……喜べ。勝者のテメェに俺から、ありがたーい言葉を送ってやる」
「…………はぁ?」
心底嫌そうに妹紅は言った。
「またあの変な歌か?」
「変とは何だクソガキ。俺の魂篭った歌を馬鹿にするとぶった斬るぞ」
「何でもいいけど……先に言っておくと要らない。どっかで一人で歌ってろ」
「違ぇーよ馬鹿。歌じゃなくて、詩だよ。
歌ってのは歌うもんだが……詩ってのは詠むもんだ」
熱田はそこで言葉を切り、一呼吸置いてから、
「――生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥し」
月を見上げ、詠った。
「…………それは…………」
「どっかの偉い奴が作った詩だよ。意味、わかるか?」
「……お前は、わかるのか?」
「わかる訳無ぇだろ」
「……じゃあ何で詠んだんだ……?」
妹紅が当然の疑問を口にするが、熱田は気にせず、
「詩に込められた意味なんてもんは、詠み手次第で変わるもんだ。
藤原妹紅、テメェはこの詩の意味を……どう受け止める?」
そう聞いた。
妹紅は顔を合わせずして聞く熱田が見ている視線を追う。
そこには不変の姿で浮ぶ満月があり、熱田は妹紅の答えを待つようにしてぼーっと見上げていた。
そして妹紅は熱田に気づかれぬ程度の動きで指先を動かし、小さな炎を作り出した。
妹紅の魂から作り出したその炎は金色に輝きながら、月光を受け煌く煙の帯を天へと伸ばす。
「……お?」
熱田が伸びる煙の帯に気づき、その行き先を目で追った。
煙が吸い込まれるようにして伸びるその先は、煌きと同じ色を以って燦然と輝く満月。
――天まで届く不死の煙に乗せるようにして、妹紅は微笑を浮かべて口を開き、
「明けない夜は、無いんだよ」
熱田の問いの答えを、そう詠んだ。
---
2nd-G×Imperishable Night.
END