「エクストラギア……番外のGだと? トンデモ話はTOP-Gの連中だけにして欲しいのだがね」
「しかしそのTOP-Gは実在した。……貴方は存在を主張する異世界の住人の嘆願を無碍にするのですか?」
幻想世界――Ex-Gの存在を提唱した紫のその言葉に、佐山はしばし押し黙る。
そこで佐山はふと、自身の手首に巻きついている物体を見た。
『自弦時計』と呼ばれるその黒い腕時計型の装置は、今は何の反応も示していない。
それが意味する事とは、この場所に何らかの概念空間が展開されている事は無い、と言う事だ。
今ここにいるのは佐山と紫の二人だけ。全竜交渉部隊はおろか、UCAT関係者の姿も見当たらない。
ともすれば、これは異G間の事前交渉ではない。
言質も映像も記録されない場所で行われる、紫と名乗る怪しい女性との単なる仮定の与太話だ。
ここまでの思考を僅か数秒で組み立てた佐山は、再び口を開いた。
「貴様はLOW-Gでの全竜交渉の顛末を知っているようだが……どこでその情報を?」
「さぁ、どこでしょう? それはまだ、言える段階ではありませんわ」
「なるほど。情報源は教えられない、か。
……しかしその口振りだ。ほぼ、全てを知っていると見ていいのかね?」
「ええ。
概念も、十二の異世界の事も、UCATの事も。全竜交渉の事も。
そして……過去の事も」
過去。
その単語を聞いた佐山は反射的に胸を押さえそうになるが、表には出さずに踏み止まる。
幸いにも、軋みは来なかった。
その事を悟られまいと、佐山は質疑を再開する。
先程の会話の中で、気になる事があったのも事実だった。
「今、十二の世界と言ったが……全てを知っている上でEx-Gとやらを含めるのなら、十三の世界と言うべきではないのかね?」
「このEx-Gは本来、貴方達の知る十二のGとの接点を持ちません。
現に今、そちらの世界の時の流れは止まっています」
「どういう事かね?」
「Ex-Gを救っていただけるのならば、貴方達をすぐに元の世界にお帰しします。
その際、貴方が仮眠を取った直後の状態から、世界は動きだすでしょう」
「それは助かる。なにせ世界の消滅まで時間が無くてね……チョー急いでいた所なのだよ」
ハッハッハッとわざとらしく笑う佐山だったが、すぐに真顔に戻り目を細め、
「貴方達と言ったな貴様。新庄君を含め、何人このEx-Gに連れてきた」
「……ふふ。流石は交渉役、佐山・御言。わずかな隙も見逃しませんわね」
「敵がわざと見せている隙に殴りかかるのは相応のリスクを伴うものだと知れ。
尤も、私はリスクよりリターンを取る主義だから躊躇わず突いて行くがね」
「ではその勇敢な気概に敬意を表し、リターンを返しましょう。
……声をかけたのは関係者全員。連れて行くのは貴方を含めて未定です」
「もっとわかりやすく答えたまえ」
「貴方を含め全員に、このEx-Gを救っていただく件について拒否権があります」
「その権利を行使したらどうなる?」
「すぐに元の世界にお帰ししますわ。元通りの状態で」
笑みを崩さずに言う紫に対し佐山が返答せずに考え込んでいると、紫の方から質問が飛んできた。
それは新たな内容では無い、先程聞いた言葉と一言一句違わず。
「それを踏まえて今一度問います。
……貴方は存在を主張する異世界の住人の嘆願を、無碍に切り捨ててしまわれるのですか?」
「――私をあまりナメるなよ幻想世界の住人」
その言葉を聞いた瞬間、佐山は反射的にではなく自らの意志で、反射に勝る速度で答えを返していた。
「無碍になどするものか。世界をこれ以上なく平等に寛大なる大佐山帝国の合併領土とするのが全竜交渉部隊の仕事だ
そこには一切の不平不満差別遺恨を許さん。お互いが手に手を取って日に五回は私を崇め奉る素晴らしい世界だ
私の心は瀬戸内海より広いので予定外のGの一つや二つウェルカムだとも。どんどん私を頼りたまえ。
しかし檻から出ずに餌をねだる不届き者がいるのなら、引っ叩いて連れ出して地に立たせるのも仕事だがね!!」
一息でまくし立て、しかし微塵も息を切らさずに佐山は紫に言い放った。
「……とまぁ程度の差こそあれ、少なくとも全竜交渉実働部隊の面々はこれくらいの事を言うだろうね。
否、言って貰わなくては私が困る」
紫はしばし目を丸くして硬直していたが、やがて先程と同じ笑顔を顔に浮かべ、
「試すような言い方をしてごめんなさい。Ex-G代表として謝罪いたしますわ」
「LOW-G代表としてその謝罪を受けよう。
……そして、君達の世界を救おう。ただし私のやり方で、だが」
佐山はそう言って、目前の代表者を通してEx-G全住人に対し、
「今ここに、Ex-Gとの全竜交渉の開始を宣言する!!
続けて誓おう。佐山の姓は、悪役を任ずると!!」
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「宣言したはいいが、肝心の情報がまだ全然集まってないのだがね」
「説明してあげたいのは山々なのですけれど、時間があまりありませんわ」
佐山は今、先導する紫の後ろを歩いている。
スキマ空間の中をほぼ直進で歩いている紫が言うには、まずは急ぎ、この空間から出るのが先決との事だった。
「先程の時間は止まっているという話は嘘かね?」
「八雲・紫」
「……先程八雲君が言っていた、時間は止まっているという話は嘘かね?」
「LOW-Gと関係はありませんが、Ex-Gとこの空間の時間はリンクしています。こうしている間にも事態は進んでいるのですわ」
「Ex-Gに対して、具体的に何をすればいいのかね?」
「道すがらお話しますが、まずは貘を探しましょう。ご一緒にお連れするはずだったのですが邪魔が入りまして」
貘の名を出した紫の言葉を聞き、佐山は思う。
(……敵対する勢力がいて、過去を見たいと言う事か)
情報を濁してこちらに提示するのは何か考えがあっての事だろうと、佐山は当たりを付けた。
こちらの技量を測るとしても、撹乱を目的としても、仕掛け方が稚拙過ぎるからだ。
「ここですわ」
と、紫が先導を止めて立ち止まると同時。
到達地点であった目の前の何も無い空間を、その右手で軽く薙いだ。
すると、空間を泳いだその手の軌跡に沿ってひびの様な線が入り、
上下にリボンのついた、あの楕円形の穴が出現し、広がった。
紫が出現したときよりいくらか大きいのは、佐山の体格に合わせたからだろう。
「この穴が私達Ex-Gの世界――幻想郷に繋がっています。準備はよろしいですか?」
「……何の準備、かね?」
佐山も薄々気づいていた事だが、あえて紫に断言させるべく聞き返した。
「概念の準備です。Ex-Gにも当然、概念は存在するのでしてよ?」
そう言って紫はその視線で佐山の腕に巻かれた自弦時計を促す。
「……幻想の竜を垣間見る用意はいいかと、そういう事か」
「この先、私は助言はしますが行動は起こしません。私の持つ権限全てを佐山・御言に預けます」
「任せておきたまえ。
……ああそれと、八雲君に一つ、言っておく事がある」
「……なんでしょう?」
「幻想の竜と交渉を終える時は、全員揃って私の下に集まる時だ。
一人の欠けも、許さんぞ」
「……役者は揃いて竜は舞う。幻想の年代記、刮目させて頂きますわ」
言って、応じ、二人は同時にスキマを出る。
そして、ここではないどこかの空間からも、同時に幻想郷へと身を投げる者がいた。
全ての役者の共通点となるのは、身に付ける自弦時計。
自弦振動を感知し震えるその時計の液晶に文字が浮かび、装着者に力ある言葉が世界から告げられる。
『そうあるのだから仕方ない』と言う、世界を構成する究極の理論。
異なる世界と会話する為に適応し、対応し、順応し、理解する必要がある、絶対の領域――概念空間。
佐山達はスキマをくぐり抜け意識を失いながらも、Ex-Gの概念に触れた。
・――世界は幻想である。
・――気質は力を持つ。