「――!!」
佐山は己の視界を通じて身体に溶け込んでくるかのような虹彩の弾幕に、一瞬の間だけ目を奪われた。
幽香が放つ狂気を孕む凶器となって襲い掛かる花弁の弾丸に見蕩れ、立ち尽くす佐山だったが、
(……いかん!!)
渦のような曲線を描いて降り注ぐ弾幕が激突する瞬間、佐山は自らの五感全てが告げる危険信号を頼りに
魅了されていた意識を己の四肢に戻し、回避行動を取った。
回避の始動が遅れた為、前方より飛来する花の弾雨をかいくぐるのは不可能と瞬時に判断した佐山は、反射的な動きをもってその身を後方へと投げ出した。
足を地に強く踏み込みその反動を殺さぬようにして身体に乗せた、強烈な反発力を利用したバックジャンプだ。
本来ならば身体に相応の荷重が掛かるその行動は入りと戻りに身体を抑制する動作を必要とする為、若干の隙が出来てしまう。
佐山としても望んだ行為ではなかったが被弾するよりはマシだと判断し、震脚とも言える力を足に込め力任せに跳躍した。
宙を浮き、やがて着地する際の代償として掛かるであろう、身体への負荷を受け入れるため、佐山は歯を噛み受け入れる体勢を整える、
はずだった、が、
「……これは……」
佐山は地を蹴り、宙に浮き、
しかし着地の時を待つ事は無く、佐山は宙に浮き続けた。
文のスペルカードを纏った足が生んだ佐山の跳躍は、離陸の際に爆発的な風を生んで佐山の身体を気流が作る浮力で空へと押し上げた。
そして佐山が数秒前に踏んでいた地面に、瞬間の時を置いて幽香が放つ花弁の弾が刺さる。
地に生えた形となった無数の弾は瞬時に爆ぜ割れ、周囲に採光が作る色鮮やかな花を咲かせながらやがて消えた。
そんな光景を中空から見ていた佐山は、自らの後方へと移動ベクトルを作り続ける風の流れに逆らう様にして、身体に静止の力を掛けた。
佐山は舞う羽の様に軽い己の身に力を込めて枷をかけ、着地を試みる。
だが、後方跳躍の動きが鈍ったその身体が踏みしめるたのは、大地では無く空だ。
佐山は今、両足に風を纏って空を飛んでいた。
「飛ぶと言うよりは、まだまだ浮くのがやっと。と言う感じですが……直撃コースを回避したのは褒める所ですわね。
……どうですか? 空中の世界は」
幽香と同じく傘を広げた紫が佐山の右手側に身体を滑らせながら聞く。
その傘には幽香の放った弾がいくつも突き刺さっていたが、紫が柄を回して傘布を躍らせると傘から剥がれ、掻き消えた。
「感覚としては、厚い綿に足を突っ込んでいるようだね……余計な力を入れてはもがくだけでロクに進めん」
佐山は空で足を軽く振りながら答える。
言葉を拾うのは、紫とは逆。
佐山の左手側に現れた文だった。
「貴方を空へと導いているのは風の力です。推進力は風の流れに身を任せて得るように。とにかく軽い動きを意識してください」
紫と文に助けられ、佐山は徐々に己の感覚で空と言いフィールドに適応していく。
だが、
「飲み込みの良さはとても素晴らしいけれど……お喋りの時間は与えないわよ?」
笑いながら言う幽香が言葉と同時に、傘を軽く振る。
右手側から左手側に。横移動で空間をなぞる様にして傘の石突で描かれた曲線が幽香の前方に半円を描き、
その軌跡を追うようにして生まれる、隙間無く整列した扇状の花の弾幕が、
「GO!!」
幽香の号令と共に、佐山達に第二波の弾幕として襲い掛かった。
「何が練習よ……けっこう本気の弾幕じゃない!?」
「勘弁してくださいよ、本当に!!」
紫と文が言葉を残した頃には、その姿は既に消えていた。
残響となって両耳に入る二人の声に押されるように、佐山は神経を研ぎ澄ませて弾幕の雨へと立ち向かう。
(まず第一に、この弾一つ一つが致命の威力を持つ一撃。……防御や相殺を狙えるものでは無い)
佐山は姿勢を低くして身構えながら考える。
弾に込められた幽香の意思が放つ虹色の光の打撃力を試算するが、自身の防御力とはケタが違う事は明白だった。
(第二に、今私がいるのは動きの慣れぬ空中空間。大きな動きで弾幕面積自体から離れる事も、また不可能)
宙に浮く佐山を飲み込むかの如く空を走るそれは、弾と言う無数の点の集合で出来た一枚の波だった。
地上の戦闘ではおよそ考えられぬ、足下の方向から飛来する攻撃も加味すると先程のような大跳躍での回避は時間的に間に合わない。
(そして第三に……風見君は『死ぬ気で避けてみろ』と言った。
己の身の安全を第一に考慮する回避など、彼女の望みうる事では無い!!)
佐山は幽香の仕掛けてきた弾幕と言う『遊び』のルールを暫定的に理解し、己の意識を視界に写る弾幕へと集中する。
そして、
「……これが弾幕と言う名の勝負に対する、真っ当な攻略方法だと判断する!!」
幽香の仕掛けた勝負への理解として佐山は叫び、
推進力を前へと生んで、弾幕の作る高波へと身を投じた。
---
「――Tes!! 『弾幕を避ける』とは、そう言う事よ!!」
前方から嬉しそうに叫ぶ幽香の声が、佐山の耳に入ってくる。
だが、耳が拾う幽香の声の大部分に混じるのは、雨風が窓を叩くが如き神経を逆撫でるノイズであり、
「これは、中々に危険な遊戯だな!!」
ノイズの正体である、四肢の周りを数センチの誤差範囲で過ぎ去っていく弾幕の雨を肌で感じながら、佐山は返答を捻り出した。
上下左右を縦横無尽に飛び回り、四方八方からその身を穿たんとする弾幕の嵐の中で、佐山は踊る。
だがその動きに優雅さなどは微塵も無く、
一撃喰らえば墜とされる過酷な条件下で紙一重で避け続ける、一瞬の判断が幾重にも試される極限の舞台であった。
そんな舞台に立つ佐山は幽香の言葉通りに、被弾と言う運命を必死の二文字をもって回避していく。
身長や肩幅、一歩辺りの歩幅や視界の広さなど、己を構成する様々な要素を客観的に見つめながら、
弾幕の中にわずかに存在する隙間に身体を滑り込ませて命の手綱を掴み、手繰り寄せていく。
スーツや肌を弾が擦れる度、佐山の嗅覚を花の持つ香りが死へ誘う芳香となって刺激する。
そんな誘惑の花畑を縫う様に抜けながら、佐山が拙い動きで一歩づつ着実に目指していくのは、命の手綱が導き繋ぐ、彩色の発光源。
「蛹を破り蝶は舞う……。花々の誘惑に負けず、ここまで辿り着けるかしら?」
『ゆうか たのしそう』
姿の見えぬ幽香の挑発に、同じく姿の見えぬ草の獣が感想を漏らす。
その一言で幽香の浮かべる表情を想像出来た佐山は苦笑し、緩急をつけながら弾幕を避け続けていく。
佐山は弾幕を抜けて幽香の元へと辿り着く事を目標としながらも、別の事案について懸念を持っていた。
その懸念に答えを出せるのは、現在盤上を支配しているゲームマスターである幽香だけだ。
「風見君!! 私の敗北条件がこの弾幕の雨に飲まれ、溺れる事だとして……私の勝利条件は何だ!?」
だから佐山は聞いた。
問いながら開く口内に弾が入り込むような錯覚に陥るが、意識の続く限り避け続ける佐山の動きには迷いは無い。
「私の勝利条件は貴方を花のベッドに寝付かせる事。……そして私の敗北条件は、貴方の理解を受け入れる事」
佐山の声が弾幕を抜け、幽香の返答が山彦の如く返ってきた。
「貴方のやり方で、私に理解を見せてみなさい!!」
「そうさせてもらおうか!!」
佐山は弾幕を躱しながら相対を交わし、己が為す事の方針を固めた。
だが、それは独力では不可能だと言う事も理解している。
だからと、佐山は息を吸い込み、
「――八雲君!! 射命丸君!!」
答えを待たずして、佐山は言葉を続ける。
「君達の力を貸して欲しい」
弾幕の空間を抜けた佐山の嘆願に答える声は、
「……どーにも、私のメリットが見えて来ないんですけどねー……」
佐山の眼前に突如として現れた、文の背中が生み出していた。
音も無くいきなり視界一杯に文の持つ黒い羽が出現し、佐山は一瞬、呼吸を止めた。
「中々粘りますね、人間の癖に」
「粘り強さの秘訣は毎日の朝食にある。田宮家では和食が基本でね」
後ろを向いて佐山と視線を合わせる文に言う佐山の言葉の意味が解からず、文は頭上に疑問符を浮かべる。
顔をこちらに向けながらも弾幕を容易く避け続ける文に佐山は思う所がありながらも、己の動きを文の取る回避行動と同調させる。
狭い空間で弾を避け続ける二人だったが、やがて佐山の方から交渉を持ちかける。
「話を戻すが……射命丸君、この弾幕の雨を抜ける為に……君の力を貸して欲しい」
「話を戻しますが……私が貴方を手伝って、私に何の得がありますかね?」
頬を掻きながら困った様に言う文に対し、佐山は不敵な笑みを浮かべて、
「得ならあるとも。
私に協力する対価として……私がEx-Gにいる間、私に関係する全ての存在に、君の『文々。新聞』の購読契約を結ぶと約束する」
「……!! そ、それは本当ですか佐山さん!?」
目の色を変えて食いついてきた文に、佐山は然り、と首を縦に振る。
「本当だとも。私に二言は無い。なぜなら私は神だから、勝手に契約を結ばれた他者の憤りなど笑ってスルーする無敵の力がある」
「おおお!! その力とは一体!?」
「うむ。毅然とした態度で誠意を持って全力で三日程無視すれば、大抵の者はそれ以上何も言って来なくなる」
「………………」
それ以上何も言ってこなくなった文に佐山は満足顔で頷いて、しかしすぐにかぶりを入れて表情を険しくした。
「しかし……射命丸君。新聞の契約と言う物は古来より、契約の際に様々な供物を購入者に奉納する義務がある事を知っているかね?」
「く、供物ですか? それは知りませんでした……」
「ビール券とか洗剤とか、野球のチケットなんかが一般的だね」
「……やきゅう……?」
「無論ここはEx-Gなので私の世界の一般常識とはかけ離れている事は承知している。……そこで、だ」
佐山はそこで言葉を区切り、
「私達が行うEx-Gとの全竜交渉。その報道全権を、君と君の作る『文々。新聞』に委ねようではないか。
そして私達が得た理解の一部始終を面白おかしく脚色し、真実を望む者全ての下へ颯爽と登場してその新聞を授けるのだ。
人間妖怪妖精月人。天も地も山も空もいかなる者にも平等に、君の記す情報紙を余すとこなく開示したまえ。
そして全てが終わったその時、私は世界の理解を。君は名実共にEx-G一のブン屋としての地位を得る事だろう。どうかね?」
「………………」
「……返事はどうした?」
「Tes!! 素晴らしい提案です佐山さん!! 私は貴方と言う人に出会えて本当に良かった……!!」
拳を握り締めて感動を露にする文は、佐山から視線を外して花の雨へと立ち向かう。
利害の一致を得た佐山と文は、弾幕の先に悠然と佇んでいるであろう目標に定めを付け、
「私が幽香さんへの道を作り、貴方を導きます。それから先は……」
「わかっている。それから先は、私の仕事だ」
「紫さんの気配がありませんが……スキマに引っ込んじゃいましたかねぇ」
「大丈夫だとも。彼女もきっと、私の声を聞いているはずだ。
……今は、私のやるべき事をやるまでだ」
文と佐山はそこで言葉を切り、お互い無言で頷き合う。
「……お喋りの時間は無いと、言ったはずよ?」
幽香の静かな声が響き渡り、
「――花符『フラワーシューティング』!!」
幽香が宣言したスペルカードの放つ光が、花の嵐の向こうの空間に灯台の様に小さく光る。、
そして、その光が周囲を照らし、弾幕の花々を照らし、佐山と文を照らすと同時に、
「!!」
今まで佐山を襲っていた微細な弾幕を塗り潰すが如く巨大な弾丸が、その大きさに合わぬ高速を纏って飛来してきた。
それは、小さな弾の集合が作る線で描かれた、七枚の花弁を持つ花だった。
花が作る花の弾丸が周囲の弾幕を飲み込みその密度を増やしながら、佐山と文に迫り来る。
縫い躱す隙間の一切を持たぬ花の弾が閉幕を下ろすように。佐山との距離を縮める。
もはや回避など不可能となったそのスペルカードが作る弾幕にたち向かう佐山は、しかし慌てず、そして恐れずに、
「……頼んだぞ、射命丸君!!」
「任せてください!!」
佐山の力強い言葉を受けた文は同じく力強く呼応し、服の内側に手を入れた。
そして瞬時の動きで引き抜いたその手に持っていたのは、手巻き式の黒いカメラ。
そのカメラを慣れ親しんだ手つきで高速の動きで構え、被弾直前の弾幕をレンズに収め、
「幽香さんの弾幕は、花弁の優雅と棘毒の誘蛾が組み合わさった。とてもとても芸術的な素晴らしい弾幕です。
隙間無く、荒々しく、潔く、心地よく、愛しく、狂おしく……そして美しい」
佐山の前に立つ文のすぐそこまで花の弾丸が迫り、花弁の刃にその身体を寸断される。
――その瞬間、
「――その『弾幕』、いただきです」
文は言葉と同時に、シャッターのスイッチを押した。
焚かれたフラッシュで佐山の視界が白に染まり、黒に染まり、すぐに色を取り戻す。
視力が戻り、佐山の開けた視界に飛び込んできた光景は弾幕に飲まれた文の身体では無く、
フィルムを巻き上げながら悠然と立つ文の後ろ姿と、
撮影されたスペルカードの弾幕が忽然と姿を消し、弾の嵐が消え去った空間の先に見える、驚きの表情の幽香の姿だった。
---
「……面白い手品ね!!」
姿を表した幽香はすぐに表情を悦に戻し、傘を降って弾幕を連続で生成する。
初弾よりいくらか小さいその花弁はしかし数を増やしながら飛来する。
が、
「行きますよ、佐山さん!!」
文が言葉を残し、カメラを片手に弾幕へと突っ込んだ。
佐山は文の動きに続き、背中を追う形で幽香へと身を飛ばす。
やはり同じように、文の身体が弾幕と接触しそうになる、その瞬間、
「このカメラは空間を切断する形で『弾幕』を撮影し、切り抜きます。撮られた弾幕は……ご覧の通り」
文が言いながらシャッターを切ると、フィルムの音と同時に弾幕が撮影外の空間を残して掻き消えた。
撮影外の位置にあった花弁の切れ端はあらぬ方向へ飛んで行き、やがて霧散する。
「フィルムの巻き時間やらレンズの合わせやらいろいろと難点はありますが……
様々な修羅場を共にかいくぐってきた、私の大切な『仕事道具』です」
文は手を休める事無くフィルムを回し、二写、三写と弾幕を撮影し、切り取っていく。
佐山は避けるまでも無く拓かれて行く幽香への道を疾走しながら、弾幕ではない『あるもの』が顔に付着したのを肌で感じ取る。
(これは……雨粒?)
弾幕の嵐が消え遮る物が無くなったその空間に、気質の力が作り出す雨が降り出した。
文と佐山のの囲に巻き起こる風が弱い雨を運びながら、幽香の元へと気流の道を作り出す。
「さぁ、佐山さん!!」
「感謝する!!」
幽香へ数メートルの距離まで迫った所で、佐山と文はその位置を逆転させた。
文がその場で急停止をかけ、佐山がその分の加速を奪うかのようにして高空に身を躍らせる。
俄かな雨を受けながら突進をかけるは、直線上に浮ぶ幽香。
一瞬の加速で距離を詰めた佐山に対し、幽香は弾幕の密度を上げて迎撃を試みるが、
「はい、チーズ!!」
文が射出寸前の弾幕を幽香ごとファインダーに取り込み、展開前の花弁を消滅させた。
「……鬱陶しい力ね!! 雨まで降らせて、迷惑な天狗だわ」
「はてさて、何の事やら……。そして残念、今のでフィルム切れです」
文はカメラごと両腕を頭上に上げて降参の姿勢を取る。
幽香はそんな文には目もくれず、眼前へと迫り来る佐山にのみ意識を集中させた。
佐山は加速の中で体勢を変え、幽香との接触への準備を作り上げていた。
右腕を引き絞り、狙いをつけるその姿は、
「殴りかかるつもり!?」
幽香の疑問に答えずに、佐山は無言でその距離を零へと近づけた。
弾幕の消えた幽香は、片手に傘を、片手に草の獣を抱き無防備な姿と見て取れたが、
「あら残念」
傘を盾の如く自らの前へと展開し、佐山との間に即興の防御壁を作り上げた。
「この傘はとっても丈夫なの。あなたの打撃程度じゃあ……壊れないわよ」
傘布で覆われ見えなくなった幽香の言葉と同時、佐山を指す傘の石突に光が灯る。
防御壁の展開と同時、弾幕として放つ光が佐山を穿つ攻防一体の傘による迎撃だ。
「涙の雨に打ちひしがれながら……花の棺桶に埋もれなさい!!」
幽香の声が佐山への死刑宣告となって響き渡る。
だが、佐山は突撃のスピードを一切緩める事無く、
「傘と言う物は雨風からその身を守る為にあるものだよ風見君。
……君は今、その傘布を私に向けているが……守りを疎かにはしていないかね?」
「何を……!?」
傘で隠れ、姿の見えぬ佐山の声を聞くと同時、
『さむいの』
抱えていた草の獣が雨に濡れ、身を震わせた。
その振動が幽香の思考を揺らすと同時に、戦線を離脱したはずの文から言葉が生まれ、
「私は、これっぽっちも気質を発現してませんよ。なのに何で……雨が降ってるんですかねぇ?」
そしてその瞬間、佐山の持つ次弦時計に概念条文が走った。
・――天気雨 防御は怪しくなる。
「な……」
幽香の口から短い言葉が漏れると同時、
傘の柄を持つ手が雨で滑り、幽香は攻防一体だったその傘から手を離してしまった。
傘が重力に従いゆっくりと地に落ちて行き、幽香の視界が広くなる。
傘布のジャミングが外れたその視界に映るのは、雨に濡れた身体を眼前まで迫らせる佐山の顔と、
その背後の宙空に出現したスキマに上半身を出しながら悠然と傘を差す、紫の姿だった。
「雨は花々に潤いを与えるが、長い雨は毒にもなる。……貴女は雨を浴びすぎたわね」
紫の言葉に反応する時間を与えず、佐山は引き絞った右腕を幽香へと解き放つ。
高速の動きで弾けた佐山の拳は、反射的に目を瞑った幽香を身体を打ち抜く、
――事は無く、
「私の……いや、私達の勝ちだね。風見君」
傘を手放し宙を彷徨っていた幽香の右手を、優しく握った。
「………………」
「練習試合にしては中々にハードだったが、ともあれ貴重な経験を与えてくれて感謝する。
私はこれからこの経験を生かし、弾幕という行為に恐れず立ち向かうと誓おう」
「………………」
「君は自らの敗北条件を理解を見せる事だと言った。しかしそれは君の敗北条件であって私の勝利条件ではない。
いつかまた、今度は全力の弾幕勝負を行おうではないか。その時まで私の勝利は預けておく。
今は、風見君が私の手を取り彼岸への導きを頂くことを理解としたいのだが……いかがかね?」
惚けた顔で黙ったまま、佐山の顔と手を何度も見比べていた幽香だったが、
『さむかったけど あったかいの ……ゆうか どきどき? どきどき?』
幽香の胸で身体を震わしていた草の獣の言葉に、顔に笑顔を戻して、
「Tes. 行きましょう、悪役の姓を担う者よ。私達の始まりの物語、彼岸の岸へと。
逝きましょう、運を切る者の下へと。彼らの終わりの物語、花映の塚へと!!」
言葉の残響を残して、佐山と幽香と草の獣は、雨の降る花畑からその姿を消した。
---
全ての話を見直しつつ、誤字脱字・表現・重大なミスなどの修正作業をしております。
簡単な後書きなんかも書こうかどうしようか迷ってますので、続きはまったりとお待ちください……
4/5 追記
某想定科学ADVに手を出してしまったので、更新が少しばかり遅れるかも……
とりあえず両立を目標に、クリックとキーボードを連打する日々