ブレンヒルトは妖夢の振るう長刀の連撃を鎮魂の曲刃で受け流しながら、状況を整理する。
先程聞こえた条文――『連携は鋭くなる』という概念の意味の理解を第一に置き、攻めではなく受けに徹した。
刃線が十を超えた辺りからブレンヒルトは蒼天という概念を、その身をもって理解し始める。
ブレンヒルトの理解の糸口となった鍵は、妖夢の攻撃速度と、それをいなす自身の疲労の蓄積だった。
体格に不釣合いな長刀を振るいながらも速度の衰えを微塵も見せぬ妖夢に対し、ブレンヒルトが反射で作る即興の防御は徐々に崩れつつあった。
武器と言う重量物のぶつけ合いで片方のみが疲労を請け負う不平等な状況を覆すべく、ブレンヒルトは防戦の最中にある行動を施行する。
「……なる、ほど、ねっ!! 大体飲み込めてきたわよ蒼天!!」
斬撃の雨を大鎌の刃で受け流していたブレンヒルトは、その防御方法を切り替えた。
だが長刃の速度は依然として変わらず、受ける場所は依然として変わらず、両者の行動に大きな変更は無い。
ブレンヒルトが切り替えたのは、防御行動を行う際の、自身の気の持ちようだった。
それまで刃の軌道の確認から反射的に動かしていた防御行動を捨て、次に来るであろう斬撃を予測し、対応し、
自分の中で防御行動の系統樹を綿密に組み立てていく。
連続する防御行動を一つの連携として自身の内部で組み立てた瞬間、ブレンヒルトの速度が上がった。
妖夢の振るう長刀と同等の速度まで追いついた大鎌がブレンヒルトに襲い掛かる斬撃の全てを防ぎきる。
瞬間とは言え余裕の出来たブレンヒルトは、その空いた時間をあらかじめ連携の最後に組み込んでいた行動へと当てた。
ブレンヒルトは妖夢の斬撃と斬撃の隙間を縫うようにしてその右足で妖夢の身体を蹴り抜く。
その反動で背後へと飛び距離を取ったブレンヒルトは一息つき、概念に対する手ごたえをそのまま言葉として紡いだ。
「つまりこう言う事ね。
己の内で組み立てた、連携として行う動作に限り……終了後の隙を無視して即座に次の行動に繋げられる。行動短縮系の概念ね」
「理解が早くて羨ましい限りですが……同じ土俵に立ったとでもお思いですか?」
「同じ土俵? 笑わせないで頂戴、三段飛ばしで私が見下してるの。
……泣いて謝れば許してあげるわよ? 嘘だけど」
「ブレンヒルトブレンヒルト、久々に自分より小さい獲物だからって態度まで大きく出るのは、僕、感心しないなぁっ」
肩に乗った黒猫が余計な茶々を入れるが、ブレンヒルトは黙らせなかった。
その代わりに、鎌を持っていない方の手で黒猫の尻尾を握り力任せに引っ張った。
本日何度目かの宙吊り状態にされた黒猫は、冷や汗を掻きつつブレンヒルトに問う。
「……あの、僕をどうするつもり?」
「これからあんたに連携って言葉がどういう意味を持つか、身をもって思い知らせてやるわ」
黒猫の問いにブレンヒルトは答えず、妖夢に向けてそう言い放った。
怪訝な顔でいぶかしむ妖夢の目線の高さに黒猫を持っていき、ブレンヒルトは逆の手に持つ大鎌の先端を黒猫に当てた。
尋常じゃない量の冷や汗を流す黒猫の背に、ブレンヒルトは鎌の先端で概念の力込めた文字を書きつつ口を開く。
「連携ってのは個人の行動の他にも、多人数によるコンビネーションって意味もあるのよね」
「……それはどういう」
意味ですかと妖夢が問う前に、ブレンヒルトは行動を終える。
黒猫に書かれた文字はその力を発揮し、意味通りの力を書かれた対象である黒猫に与えた。
『……これは、何と書いてあるのですか?』
妖夢と黒猫の疑問が一言一句違わず、重なった。
ブレンヒルトは待ってましたと言わんばかりの顔で黒猫を引き寄せ、尻尾を持った手に力を込める。
「この前、尊秋多学園の衣笠書庫で面白いDVDを見つけたのよね。『非道戦士・癌駄無』だっけ。
仲間内で陰湿にハブられたムシロ君が怨恨エネルギーで動かす癌駄無に乗って復讐を繰り返すロボットモノ。痛快娯楽復讐劇って銘打ってたけどあれ嘘よね」
意味がわからずぽかんと口を開けている妖夢を置いていきながら、ブレンヒルトは力を込めた手を頭上に持ち上げ、黒猫を振りかぶった。
そのDVDを一緒に観ていた黒猫は大よそ察しが付いたのか、全身を総毛立たせて精一杯の抗議の意を見せている。
「その時最終局面で癌駄無が使ってた武装をね、ちょっと、試してみようと思うのよ。
……いい? 連携が命よ? 具体的には私の動きに合わせなさい。死ねと言われれば素直に死ぬのが良い兵隊よ?」
最後の一文を最早観念した感じの黒猫に投げかけ、返事も待たずにブレンヒルトは黒猫を妖夢に投げつけ、
放たれた矢の如く加速する黒猫を追いかける形で、自身も妖夢へと躍り出た。
「さぁ反撃開始よ半霊!! 私と黒猫の完璧な連携、しかとその目に焼き付けなさい」
「とりあえず私が勝ったらその黒猫さん引き取らせてもらいますからね!! 可哀想だと思わないんですか、この魔女!!」
背に『ファンネル』と書かれ、ブレンヒルトの意志で動く遠隔兵器と化した黒猫と、大鎌を振るう魔女。
蒼天直下の遭遇戦はその概念に従い、ブレンヒルトの連携攻勢を極限まで研ぎ澄ました。
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ファンネルと言うものの存在の意味がよく解からなかった妖夢だったが、ブレンヒルトの攻勢を受けてすぐにその特徴を感じ取った。
ブレンヒルトの武器は大鎌である。妖夢の長刀と比べてもその大きさは異常であり、威力は高いが攻撃の入りと戻りの動作が起こす隙は甚大だ。
しかし両者が抱える、それぞれに生まれる隙の問題は現在、蒼天の概念がその一切を解決している。
連携として組み立てた動作は生まれる隙を零にまで減衰し、高速の連続行動が可能となる。
現に現在進行でブレンヒルトの攻撃を凌ぐ妖夢も、先程ブレンヒルトが行っていた『防御行動の連携化』を使用して攻撃を凌いでいた。
先刻の場面の攻守をひっくり返したかのようなこの状況で明確に違う所は、やはり黒猫の存在であった。
ブレンヒルトは大鎌が生み出す隙を消す方法として、黒猫と言うパートナーとの連携を使用して概念に適応させた。
ブレンヒルトの攻撃の隙を狙う妖夢の反撃の悉くを、その身を弾丸と化した黒猫が的確に妨害する。
鋭くなった連携は黒猫の動きを鋭敏にし、戦闘空間を縦横無尽に駆け巡らせる。
厄介なのはこの連携はブレンヒルトと黒猫との連携なので、ブレンヒルト自身の攻撃に連携としての組み立ては必要無いと言う事だ。
組み立ての思考に回す分の処理能力を他に回せるアドバンテージを、ブレンヒルトは見逃してはいなかった。
「ぶぶぶぶブレンヒルト、僕達これ息合ってるって言うのかなぁ!? 連携取れてる!?」
「勿論よ。妖夢も対応しきれてなくて焦ってるわ。見なさいあの困惑の表情」
「困惑と言うより何かこう、目の前の人でなしを哀れんでるような……ちょっとブレンヒルト今何書き足したのさ!?」
「お喋りはおしまい。……一気に決めるわよ!!」
大鎌を操り空間を踊るような動きで攻める魔女は、引き寄せた黒猫に瞬速の動きで文字を三語追加して攻撃の手を増やした。
『加速』『頑丈』『必死』と書き足された黒猫は、硬化した身体を必死の形相で加速させて妖夢に対してぶつけて行った。
一者一猫の乱舞は相互に絡み合い、その速さを増す。
じりじりと、しかし確実に妖夢が押され、ブレンヒルトが空いた思考で勝利の文字を思いかべる直前、事態は大きく動いた。
堅牢だった長刀の防御が崩れてつつあった妖夢は、ブレンヒルトにも黒猫にも気づかれぬ程の微笑を口元に浮かべ、ある行動に出る。
防御として組み立てていた連携の思考を割き、対峙している者に疑問を投げかけたのだ。
当然連携の精度は落ち、概念化で鋭くなった妖夢の防御はその分鈍くなる。
捌き切れない鎌閃が妖夢の身を薄く切り裂き、流れ出た血が霧散して周囲に漂った。
血を流しながらも微笑を見せる妖夢に対し、
その甘くなった防御を単純な好機として取れなかったブレンヒルトは警戒しながらも、妖夢の言うその疑問を耳に入れた。
「ところで黒猫さん。貴方もしかして、本当は戦いたくないのでは?」
「よよよよくわかったね!! でもそんな事言うとブレンヒルトが怒るからしぶしぶイヤイヤ働いてるのさ!!
わかるかなぁこのどっちつかずの板挟みの苦悩。あ、これブレンヒルトには内緒ね!?」
「今日一番の大声で主張していただきありがとうございます」
妖夢が投げかけた疑問は、ファンネル化した黒猫に投げかけられたものだった。
脳内の折檻シートにチェックを一つ追加したブレンヒルトは、同時に不穏な空気を感じ取る。
この状況で、ブレンヒルト本人ではなく黒猫に問いかける。その理由は何か。
答えが見つからぬままの時は長くは続かなかった。
「では……その迷いを断ち切りましょう」
「……っ!! だめ、戻りなさい!!」
ブレンヒルトはその言葉を聞き、反射的に遠隔操作の黒猫を引き戻そうとする。
が、その動作が反射的なものである限り概念の影響を受ける事は無い。
予め連携に仕込んでいた妖夢の動きは蒼天の加護を受け、コマ送りのような動作で次の動きに繋げた。
加速を乗せて突進していった黒猫を、妖夢は言葉と同時に迎え撃つ。
だがそれは、今までの防御とは違う全く新しい方法での事だった。
妖夢は持っていた長刀を片手持ちにシフトし、
空いた片手を素早い動作で動かし、腰に差していた短刀を引き抜いた。
そしてその速度を殺さぬまま、向かってくる黒猫を逆手持ちで切り裂いた。
短刀と黒猫が交差し、そのまま黒猫は妖夢の脇をすり抜ける。
しかし黒猫が再び宙を舞う事は無く、そのまま力無く落下し草原の土を撫でた。
「……ちょ、ちょっと!?」
ブレンヒルトは予想外の事態に戸惑いながら、攻撃の手を止めて動かない黒猫に駆け寄った。
妖夢の追撃を警戒したが、黒猫に意識を向けるブレンヒルトを討つ事は無く、両手にそれぞれ二振りの刀を持ったまま見据えているだけだった。
追撃無しの反応を余裕と取ったブレンヒルトは舌打ちをしつつも、黒猫を抱きかかえて容態を確認する。
黒猫はぐったりとしているが外傷は無く、出血箇所も見当たらなかった。
その事に安堵したブレンヒルトは黒猫の頬をぴしゃぴしゃと叩きながら声をかける。
「大丈夫? 喋れる?」
「……うーん……」
「起きなさい、起きなさいってば、ねぇ」
「……あと5分……」
「鍋にするわよアンタ」
「やぁおはようブレンヒルト、いい朝だね!! ……いてて」
飛び起きた黒猫にとりあえず蹴りを入れつつブレンヒルトは妖夢に向き直り、片手に持つ短刀を見る。
姿を見せた短刀はよく手入れをされているようで、切れ味もその光沢と遜色無さそうな代物だった。
確実に斬られたはずの黒猫に外傷が無い理由を妖夢に聞いても、答えが返ってくるかはわからない。
だからブレンヒルトは、黒猫自身に聞いた。
「何か身体に異常は無い? ああ、頭が悪いのはいつもの事だから今更カミングアウトしなくてもいいわよ」
「後半無視して答えるけど平気だよ。……ただ」
「何よ、ハッキリ言いなさい」
「その……ハッキリ言ったら、多分君は怒る」
「怒らないから言いなさい。張り倒すわよ?」
「常時怒ってるから関係無いのかもしれない!!」
黒猫は尻尾を縮め、丸めながら神妙な面持ちで、
「じゃあ言うけど……
あのねブレンヒルト、僕はもう、君と一緒に戦えない。
……少なくとも、この戦闘中は」
そう言った。
「……アンタ何言ってんの? 本気?」
「黒猫さんを攻めないであげてください」
勢いでまくし立てようとしたブレンヒルトの言を遮るようにして、妖夢が会話に入ってきた。
黒猫はバツの悪そうな顔をしてうなだれ、ブレンヒルトの足元に座っている。
「……アンタが何かしたのね。その刀、機殻剣には見えないけれど……
怪しい。いえ、妖しいわね」
「ご明察。この短刀は白楼剣と言うものです。ちなみに長刀は楼観剣と言います。
そちらの世界で言う所の機殻剣……いえ、機殻刀とでも呼ぶ物でしょうか」
「って事は、何らかの概念が働いた訳ね」
「正確には概念ではありませんが、今の所はそう理解していただいて問題無いかと」
含みを持たせる妖夢の言い方に不快指数を上げたブレンヒルトは苛立ちつつ、本題に入る。
「アイツに何をしたの」
「白楼剣は迷いを断ち切ります。人間用の儀式短剣ですが、人間以外の生物に無力という訳でもありません。
先程私が黒猫さんに対して行った問答……覚えていらっしゃいますか?」
「本当は戦いたくないのでは? とかなんとか言ってたわね」
「ええ、そして黒猫さんはこう答えました。
『こんなセメント魔女の下にいたら命がいくつあっても足りないよ!! 早くコタツで丸くなりたい!!』と」
「勝手に話をつくらないで頂戴」
妖夢はあれ? と首をかしげたが、すぐに咳払いを一つ挟んで会話を再開する。
「まぁともあれ、黒猫さんは戦闘に望む気概が薄く、内心迷ってた状態でしたので……斬らせて頂きました。
迷いを断たれた黒猫さんが戦闘を拒否したと言う事は、黒猫さんの中で戦闘を中止する方針が過半数を占めていたと言う事でしょう」
ブレンヒルトは黒猫を睨みつけてやろうとしたが、その姿は既に足元には存在しなかった。
黒猫は草原の向こう、十分に距離を取り安全を確保した場所でブレンヒルトに腹を見せて謝罪の意志を見せている。
「……まぁいいわ。ともかくこっちの武装が使い物にならなくなったって事ね。
これで条件は対等。仕切り直しって所かしら?」
「いえ。真に残念な事ですが……対等では、無い」
妖夢はそう言って、白楼剣を鞘に収める。
「あら、しまっちゃうの? 私に使ってみてくれてもよかったのに」
「基本的にブレて無い人には無意味な武器です。貴方を斬ってもむしろ、攻撃の手が激化するだけでしょう」
言いながら妖夢は、空いた掌をブレンヒルトに向ける。
「……何?」
「連携と言う言葉のもう一つの意味を教えてくださった貴方に敬意を称し、私も一つ、お見せするものがあります」
ブレンヒルトはその言葉を聞きながら、こちらに向けた妖夢の掌に淡い光が集まるのを目撃した。
「大分戦闘が長引きました……次で終わりにしましょう。
これを破れたら貴方の勝ち、破れなければ私の勝ちです」
集まった光は次第に密度を濃くし、掌と同サイズの長方形を形成する、
「これはこの幻想郷――Ex-Gの住人なら誰でも使える力であり……決闘手段として古くから用いられてきました。
いつの頃からか、この決闘技法は住人達の間でこう呼ばれるようになりました。
――スペルカードルール、と」
形成された長方形の物体は、一枚の絵札だった。
何が書いてあるかはブレンヒルトには特定できないが、何か不穏な力を感じさせている。
「概念とは違う各者固有の決闘技法。貴方達異世界の来訪者はこれを破らぬ限り、この世界の住人を救う事は出来ないでしょう。
……改めて参ります、ブレンヒルト・シルト。
この戦闘は、札名の宣誓を合図として開始されます」
「もったいぶらないでさっさと来なさい幻想の担い手。
全竜交渉監査としてその力を打ち破り、参戦権をいただくわ」
妖夢は言葉で答えず、表情の変化をもってブレンヒルトへの返答といした。
笑み。
力を示す事とその力を受け入れ、破ろうとする者のがいると言う、決闘者として感じる事の出来る喜びを表し、堂々と力を誇示した。
「スペルカード――魂魄『幽明求聞持聡明の法』!!」