「……はん、面白い手品じゃない」
『お覚悟を』
そう言い放ち、ブレンヒルトに飛び込んでいく妖夢の姿は今、二重の質量を持っていた。
スペルカードの宣言をした妖夢は一瞬で幽玄な光に包まれ、
光が収まると同時に、その身を二つに分けた。
片方の姿は、依然として変わらぬ白髪に緑色の衣装。
対してもう一方は全ての色素を取り除いたかのような、透明色の身体をしていた。
分身の術だと、ブレンヒルトは自分の中の知識から言葉を拾い上げる。
一目でわかる程の違いを持つ、本体と擬態。
ご丁寧に色まで抜いてある、己と同一の傀儡を作るその技法は、日本の神秘とまで言われているNINJUTSUの中では極メジャーなものだった。
しかしブレンヒルトは自分が知識として知っている分身の術と、
眼前の妖夢が行ったスペルカードの能力を、単純に結びつける事が出来ないでいた。
『はぁっ!!』
「……ちっ」
戦闘開始時の凌ぎ合いで行った手数の倍以上の猛攻で攻めてくる妖夢の連携を、ブレンヒルトは防御の連携で攻撃を相殺する。
本体と分身体の二重の剣戟を受けるブレンヒルトは、妖夢のスペルカードによる分身のカラクリを疑問として相手にぶつける暇も無く、二歩三歩と後退しながら大鎌を振るう。
そんな中、一切の隙を無くした怒涛の攻めを見せる二人の妖夢が、ブレンヒルトの疑問を代弁する形で口を開いた。
『このスペルカードは簡単に言ってしまえば分身――移し身を作り出すものですが……今、貴女が感じている通り、生半可なものではありません』
ブレンヒルトに答える余裕は無いと理解している上で、妖夢は続ける。
『私の半霊を使用して作り出す分身の本質は、やはり私自身なのですよ。
属性は霊体なので色は付いていませんが、それ以外は魂魄妖夢と言う存在を全て継承しています。
身も心も武装も、何もかもです。
つまり本体も分身も独立した思考を持ち、双方の意志疎通を経て連携を取ります。……この意味がお解かりですか?』
妖夢は疑問するが、ブレンヒルトは答えない。
答えられない。
『攻撃量だけではなく、思考に割く処理能力も倍加していると言う事です。
私が私と息を合わせるのに、一体何の苦労が必要ありますか?
貴女が他者との連携を教授してくださった返礼として、私は自己との連携と言うものを貴方に教え……幕を下ろします』
合間に飛び散る無数の火花で戦場を彩る妖夢の攻撃は、点から線、線から面の攻撃へとシフトしてく。
(……やられっぱなしじゃ、私のプライドが許さない!!)
双方の連携密度を保ちながら空間の支配範囲を広げる妖夢に対し、ブレンヒルトは断腸の思いである行動へと出た。
防御の連携に自ら割り込み行ったブレンヒルトの行動は、連携に取り入れていない独立した行動だった。
概念の影響を受ける事が出来なかった代償として、その動きは無防備ではないにせよ無視出来ない隙を生む。
その結果として、二本の刀が織り成す高速の斬撃がブレンヒルトの身を浅く、しかし無数に切り裂く。
ブレンヒルトは苦痛に顔を歪ませるが致命傷は避けたと直感で判断し、予定していた行動を完了した。
「……ここよっ!!」
大鎌の柄尻を背後の地面に突き立てたブレンヒルトはその位置を中心点として自重の全てを大鎌に預け、両足の力をもって跳躍した。
その跳躍はブレンヒルトの身を妖夢から逃がす後方転回となり、詰められていた間合いを大きく開ける。
だが、ブレンヒルトの英断が作り出した行動はこれだけでは終わらなかった。
後方転回の頂点を過ぎ、落下と同時に支えの大鎌に預けていた自重を取り戻したブレンヒルトは、その着地点まで計算に入れていた。
その着地点は妖夢と対峙する以前に足を付けていた所であり、
さらに言えば、ブレンヒルトが1st-Gの文字概念を最初に使用した場所でもあった。
『……なんと、高い……』
猫の足跡と共に『ジャンプ台』と書かれていたその地面は、その意味を力として発揮する。
空中からの荷重となったブレンヒルトの身を受け止めたその文字は、物理法則を用いてブレンヒルトの身を再度空中へと送り出した。
黒猫の何倍もの質量を持ったブレンヒルトは、結果として黒猫が飛んだ距離以上の高度で最高点を作り出す。
呆然と見上げる妖夢達の視線と、無数の切傷から薄く血を流しながらも微笑を浮かべるブレンヒルトの視線が重なった直後、
ブレンヒルトはそれまで妖夢によって抑えられていた、己の言葉を声に出した。
「好き放題やってくれたわねアンタ……こっちも切り札、使わせてもらうわよ!!」
ブレンヒルトは高度の最高点を堺に上昇を静止し、やがて地上へと落下する。が、
「――我は汝と共にあるものなり」
その落下位置を妖夢の頭上へと調整したブレンヒルトは、その高度が作り出す接地までの数秒間で詠唱を開始する。
「失われても失われぬものよ」
詠唱に反応した大鎌『鎮魂の曲刃』は、その刃と柄に彫り込まれた文字に光を灯す。
「其は汝が誇り」
光の色は青になり、白になり
「其は汝が記憶」
黄色になり、赤くなり、紅色になり
「其は汝が御霊」
黒色になったその時、ブレンヒルトは大鎌の刃を後方へと向けた。
蒼天の空に引っ掛けるようにして配置された大鎌はかすかに震えながらも、
自由落下を生んでいたブレンヒルトの身体を宙に縫い付けるように停止させた。
その位置はブレンヒルトの大鎌も、妖夢の白楼剣も双方に届かぬ距離。
しかし妖夢は鎮魂の曲刃が放つ黒色の光を眼に入れた瞬間、本体と分身の二刀を交差させる形で眼前に展開した。
「――開け」
防御。
それまでの攻勢から一転、切り替える形で障壁の護陣を組む妖夢に対し、ブレンヒルトは詠唱を完成させ、
「開け深淵の門!!」
後方の宙空に向けていた鎮魂の曲刃を、一気に真下へと引き裂いた。
紙を破るような音が響き渡り、蒼の空に長さ一メートル程の黒線が引かれる。
ブレンヒルトは自分の肩口まで来ていた大鎌の刃を離し、ゆっくりと地上の妖夢へと向けた。
その瞬間、宙に引かれた黒線がその内から光を生み、上下左右へ拡大しながら歪な円へと姿を変える。
そして円が拡大しきると同時に、空間の中から『それ』が姿を見せた。
『……これは……』
『それ』は、光で出来た巨大な騎士だった。
全長にして六メートル程もあるその騎士はその上半身だけを空間から出し、空から覆い被さるようにして妖夢に対峙する。
そしてその右手が空間から引き抜かれると同時に、その拳に騎士の武器である大剣が出現した。
大きさにして騎士の倍近くを誇るその剣を、妖夢に向けて振りかざす。
「鎮魂の曲刃は冥界を切り開き、1st-Gの英霊を召喚する」
『これほどの霊を管理するとは……貴女は一体!?』
驚きを隠せない妖夢に対し、ブレンヒルトは務めて冷静に告げる。
「私が他者との連携を見せ、貴方が自己との連携を見せた。
……なら次は当然、私の番よね」
ブレンヒルトは光の騎士に呼応するかのようにその大鎌振り上げ、
「1st-Gは我が故郷。世界との連携、受けてみなさい」
下げた。
「討て遺恨の騎士よ!!」