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星が瞬くこんな夜は
すべてを投げだしたって君に会いたい
そう思ったんだ
世の人々が送る日常の中で。
普段から身につけている何かしらの“物”が、その人にとってみたらとある特殊な条件下でしか使われない品だったりする。
そういうことはないだろうか?
お財布、めがね、ヘアピン、腕時計、指輪、ピアス――“自由な校風の女子校”とは言っても、桜高も一応は旧名があるほどの伝統校なので、指輪もピアスも校則の許すところではないのだけれど――。
私にとってのそれが腕時計である。
それこそ私だって(自分で言うのもなんだけれど)お年頃の女の子であるので、可愛らしいアンティーク調のだとか、姫子ちゃんがしているようなブランドもののだとか。
そんなふうにファッションの一つとして腕時計で着飾ることだってできる。
と、思うのだけれど…。
あいにく私のそれは、そういう“女の子”した種類とは一線を画している。
別物といってもいい。
タラコと明太子くらい違う…と、まあ、何が言いたいのかというと、
「…しずちゃん、時計、格好いいね…」
「そ、そうかなあ」
「…うん。とっても、しぶい…」
し、しぶいってっ。
花柄おさげの親友、ふみちゃんこと文恵ちゃんの(ふみちゃんのことだから、それはきっと率直な感想であったことが分かるだけに)もっともな評価に少しだけ傷つく私の小さな自尊心。
背丈はもっと小さいけれど、などとは、特にこの局面では間違っても言ってはならないフレーズ、なのだけれど…、
「ちびっ子しずかと、シンプルなデザインがまたミスマッチでいいよね」
「ち、ちびっ子じゃないもんっ」
話題の時計の巻かれている私の手元を見ながら言うアカネちゃんの言葉には即座に反応することにした。
ここで黙っていたらそのうち“ちびしず”などというへんちくりんな呼ばれ方をされかねない。
「…ちびしず…くす…」
「笑ったっ?ふみちゃん笑ったよね今っ?」
「ちびしずかー。さすが桜高家庭部の創作料理長、ネーミングセンスが伊達じゃないねー」
「もうっ、アカネちゃんっ」
「まあまあいいじゃないしずか…ほら、このお社に祭られている神様は成長を司ってるんだって。お願いすればまだまだおっきくなれるって」
「ううー、姫子ちゃーんん」
「おーよしよし」
「でました伝家の宝刀姫子ハグっ」
「…いいなあしずちゃん…」
おなじみのやり取りで落ちもついたところで。
…京都にまできて私たちはいったい何をやっているんだろう…。
「郷に入りては郷に従え」
「いちごちゃん…」
「ほら」
ちゃりんちゃりん
無造作に放り投げられた人数分の五円玉がおさい銭箱に吸い込まれていく。
柏手の形を作り、いちごちゃんから一言。
「お参り」
「あ、うん」
「折角だし、やることはやっておかないとね」
「これで今日だけで五回はお祈りしてるけどね」
「…ご利益、ご利益…」
ぱんぱん
二拍手、一礼。
五人そろって顔を上げたところで。
気になって腕時計を見やる。
…そんなにしぶいかなー。
「もう四時半かー。時がたつのは早いねー」
「…アカネちゃん、おばあちゃんみたい…」
「あたしたちのコースじゃここが最後だし、旅館に戻るにはちょうどいいくらいじゃない?」
「通りに出てタクシーつかまえれば五時くらいには着けそう」
私の腕時計を覗きこみながらアカネちゃん、ふみちゃん、姫子ちゃん。
会計担当のいちごちゃんはタクシー代を確認しつつ私の腕時計に視線を向ける。
「しずか、その時計って」と始まったいちごちゃんの言葉の続きに(さっきの一件もあったので)わずかながら警戒していると、
「何ていうんだっけ」
「え?」
「そういう時計」
どうやら、私がしている腕時計の種類が気になったらしいいちごちゃんは。
もはや専売特許となった無表情ではあるけれど、その瞳には好奇心の色が見てとれた。
「…だれが専売特許の鉄仮面か」
「いっ、いっひぇないっ、いっひぇないよぅっ」
いちごちゃんのしなやかな指が私の頬をつまんでは伸ばす。
アカネちゃんがやりたそうにうずうずしてるから、早く許していちごちゃんっ…。
ぱちんっ
「あうっ」
「…何ていうんだっけ」
「うぅ。え、えと、これは、」
はじかれた頬をさすりながらしどろもどろに答えようとした私をさえぎって、
「クロノグラフ」
と、頭上から声が降ってきた。
「クロノグラフというんだ、そういう型の時計は」
「よしみちゃん」
「よっしー。もういいの?」
「うん。神主さんの計らいで予想以上の収穫だったよ。やはり百聞は一見にしかず、だな。昔の人はうまく言ったもんだ」
手元のメモ帳をためすがえす見返して満足そうなよしみちゃん。
いつもしっかりしている天才タイプのよしみちゃんのそんな様子がなんだか微笑ましくって、皆で顔を見合わせてちょっと苦笑い。
今日はグループで行動する自由研修だったので、見学する場所の候補のほとんどは知的好奇心を満足させたいよしみちゃんによって選ばれ。
そこに自他共に認める仏像マニアのエリちゃんの希望がブレンドされて、京都を北から南下していくコースが計画されていた。
…あれ?そういえば、
「よっしー。エリは?」
アカネちゃんの問いかけに、メモから顔をあげたよしみちゃんが答える。
「中にいるよ。ご神体の仏像とらぶらぶタイム中」
「だれが仏像と蜜月を過ごすか―っ」
どーんっ
堂内から飛び出すように戻ってきたエリちゃんの勢いに押され、宙へその身を投げだされるよしみちゃんとそのメモ帳。
「ああメモっ、私のめもーっ」
自身を顧みず、宙を舞ったメモ帳を捕まえるべく今にも宙を泳ぎかねない動きのよしみちゃんを、
「ちょっ、よっしーっ」
「よっしーパンツっ、ぱんつ見えるからっ」
二人がかりで受け止めようとする姫子ちゃんとアカネちゃんを余所に、
「…あのメモ帳に、一体どれほどの素敵レシピが…」
「ふ、ふみちゃん違うよあれはレシピじゃないよ―っ」
冷静に勘違いをするという器用なふみちゃんを引き戻す私を尻目に、
ぽすん
とメモ帳を受け止めるいちごちゃん。
「…漁夫の利?」
「や、いちご、それちょっとっていうかだいぶ違う」
突っ込みだけは冷静なエリちゃんだった。
(続く)