2-(5)
『―次の信号を、右』
「―はいっ」
かち
クロノグラフのラップメモリを押す。
“通話”があった時点での時間間隔をつかむために。
そして、私自身のペース配分を確認するために必要な作業でもある。
『―曲がったら直進。―約、百メートル』
「―うんっ」
吐いて吐いて、吸う。
千五百メートルを想定した呼吸法を軸に、ランニングペースを組み立てていく。
『―しずか』
「―なに?」
ゴールデンウィークに新調したランニングシューズは、修学旅行に来るまでの間の早朝ジョギングと、旅行中の運動部組の朝練の甲斐あって、だいぶ足に馴染んできているようだった。
足のサイズは小さくても、やはり、ソールはフラットに限る。
『―大丈夫』
ヘッドセットのイヤホンを通じて届く沈着で冷静そのものの声。
機械という媒体のせいで、いつも近くで聞くのよりも平坦で淡白で。
それでもその落ち着いた冷声が、走って温まった身体に不思議と心地よくて。
何よりも。
私のことと皆のこと、心配してくれているのがわかるから。
「―うん。―大丈夫だよ、いちごちゃん」
こんなふうにして走るのも楽しいな
こんな時に何をのんきな―って言われるかもしれない。
でも、そんなことを思いながら。
ヘッドセットマイクに向かって、自分でも驚くくらいの確信を持って言い切る。
「―必ず、見つけ出してみせるから」
だから私たちの夕ご飯、ちゃんととっておいてね
ふっ
―と。
いちごちゃんの笑んだ気配がイヤホン越しに伝わってきた―
*
ことの発端はほんの十数分前。
私たちのグループが旅館に帰りついたとき。
“その事態”は露見した。
「―唯たち、まだ帰ってきてないんですか?」
「そうなのよ」
手元のしおりに私たちのグループの帰り時間を書き込みながら、溜息混じりにさわこ先生。
ロビーには既に帰ってきているクラスメイト達や、他の組の生徒たちが思い思いにくつろいでいて、自由行動の終わった余韻に包まれている。
ああ帰ってきたんだな―そんなふうにひと心地つける余裕は、今の私にはなくって。
耳に届いたさわこ先生からの肯定と、視界に入る未だ埋まる様子のない彼女たちの帰り時間の欄が、私の小さな体のどこか奥に、得体の知れない感情を募らせる。
首筋のあたりがちりちりする。
知っている。
私は、この感情を、その正体を知っている―
「平沢さんと真鍋さん、どっちのグループの最終的な目的地もあなたたちと同じだったから、てっきり皆一緒に帰ってくると思ってたんだけど…」
焦燥感。
不安と心配とが焦りと共に私の身体を駆け巡っていく。
強張っていく身体とは裏腹に、私の意識が外へと訴える。
どうして、あの時、和たちには会ったのにっ―
「―さわこ先生」
ぽんぽん
突然置かれた手のひらが私の頭を柔らかく叩いた。
ぽんぽんぽん
“大丈夫”
そんなふうに言われた気がして―
「あたしたち、タクシーに乗る前に和―真鍋さんたちの班に会いました」
そう前置きした姫子ちゃんは私の頭をぽんぽんしながら、その時の様子を話していく。
「真鍋さんたちも帰るところだったらしくて…。“あたしたちはタクシーで帰るけどどうする?”って聞いたら」
「“電車で帰りながら風景を見るのも計画のうちだから、電車で帰る”って、なっつーが言ったんだよね?」
背後から私の両肩を抱き込むようにしてエリちゃんが二の句を継ぐ。
ちなみになっつーとは桜井夏香ちゃんのこと。
夏香だから“なっつー”。
私や他の仲のいい子たちはもっぱら“なっちゃん”とかそのまま“夏香”って呼んでいるけれど…。
なっつーなっつー、ねーなっつーったらー
なっつなっつ言うなっアーモンドかあたしはっ
エリちゃんとなっちゃんの、そんないつものやり取りがふと脳裏に浮かんで。
今はそんな場合じゃないのに…。
「あの班にはお母さん―じゃなかった」
さわこ先生のしおりに班長のサインをしながらアカネちゃん。
「佐久間さんもいるし…しかも真鍋さんと高橋さんのコンビだし、時間にはきっちりしてそうなんですけど…」
「…もしかしたら、もう近くに来ているのかも…」
ふみちゃんがそう言うものの、あの四人に限ってここまで時間を過ぎているということは、まだ付き合いの浅い私にも“何かあったんじゃないか”と思わせるのに十分だった。
それに、
「平沢さんたちも帰ってきてないというのがなんだか妙ですね」
よしみちゃんの指摘は私も思っていた通りで。
「どちらの班も帰りは電車利用」
しおりを確認しながらいちごちゃん。
コースの最終目的地が同じで。
帰り方も一緒で。
門限を過ぎても未だ帰らない、二つのグループ。
「…道にでも迷ったのかしら…」
眼鏡の奥に心配の色を滲ませながらのさわこ先生のつぶやき。
「まあ、平沢さんたちならありえそうですけどね」
苦笑しながら少し明るい声でアカネちゃん。
確かに、一番あり得そうなことだし、事故とか事件とかよりもそっちの方がむしろ安心だっていう気さえするけれど、でも…。
「先生はどちらかの班に電話してみました?」
「ええ。班長と、軽音部の子たちにはね。でも…」
姫子ちゃんに問われたさわこ先生の表情がさらに曇る。
「真鍋さんも田井中さんも電波が届かないところにいるみたいで…。平沢さんのはコールはしたんだけど、すぐに話し中になっちゃうのよ」
最近の携帯電話は機能が進歩しているとはいえ、住宅街やビルがたくさん建っているところだとたまに電波が悪くなる。
今日、最後にお参りしたあの神社の周りの住宅街を歩いているときも、そういえば電波はそれほどよくなかったような…。
「そうですか」とうなずいた姫子ちゃんは、ブレザーのポケットから携帯電話を取り出すと(今流行りの“すまーとふぉん”というやつだ。ボタンの類いはほとんどついておらず、なにやら画面をタッチするだけで本も読めてしまうとか…時代は進歩したものである)、
「あたしもかけてみますね」
そういって携帯電話を操作する姫子ちゃんの手元を覗きこむ。
電話帳検索。
“平沢 唯”をタッチ。
電話番号をタッチ。
スピーカーモードをタッチ。
コール中…―…―…―…―
ぷつ
つながったっ?
「―もしもし?唯?あんたたち今どこにい」
『姫子ちゃ~んっ』
きぃーん
感度のよいスピーカーを内蔵しているのか、電話に出た唯の開口一番の声はそれだった。
その声には切羽詰まっている感というよりは、嬉しさのほうが色濃く出ているようで。
続いて聞こえてくる楽しそうな笑い声。
…笑い声?
「…秋山さんの声だ」
「さ、佐々木さんっ?」
『もう聞いてよ姫子ちゃん。澪ちゃんがさっきからずっと笑いっぱなしで大変なんだよぉ~』
電話口で唯がそう言っている間も、向こうでは哄笑とでも表現したほうが適切なんじゃないかと思えるような笑い声が響いている。
「秋山さん楽しそうでいいなぁ」と頬に手を添えて、溜息混じりの佐々木さん。
…秋山さんの声に聞き惚れてる…?
『ほら澪ちゃん、落ち着いて。あっ、ねぇねぇ姫子ちゃんっ』
「なに?唯」
『私たち猿山に行ったんだよっ。お猿がたくさんいて~、餌もあげて~。可愛かったんだよぉ。あとで写メ見せてあげるね~。あっ、そういえばムギちゃんがね~』
「…もしもし?律?」
切り替えの早い姫子ちゃんだった。
『―ん…その声、姫子か?どしたの?』
すぐ近くにいたのか、田井中さんが電話に出たようだ。
後ろでは電話をとられて不満そうな唯と、秋山さんの笑い声が響き渡っている…。
「どしたの、じゃないでしょ。あんたたち今どこにいるの?門限もうとっくに過ぎちゃってるよ?あ、和たちも一緒にいるの?」
『そんな一辺に聞かれたって困るってっ。…ええっと、まあ、どこって聞かれれば』
「聞かれれば?」
『ど』
「ど?」
『どこだここはっ』
がくっ
いちごちゃん以外の全員がずっこけた。
よくテレビとかのお笑い番組でそういうシーンを目にするけれど。
まさか自分が当事者になるなんてっ。
「つ、つまり道に迷ってるんだね?」
いち早く体勢を立て直した姫子ちゃんが確認すると。
しかし電話越しの田井中さんは、本人がそう言っている姿を聞いている私が思い浮かべることができるほどの剣幕で『失礼なっ』と声を張り上げると、
『あたしたちは実りある京都の自由研修の最後を飾るべく駅への道を歩いていてだなー』
「なんだ、駅への道のりは分かってるんだ。それなら」
大丈夫だね―という姫子ちゃんの言葉は、
『いや』と携帯電話からの田井中さんの声に遮られた。
緊張感の滲むその声に、携帯電話の周りの空気が張り詰める。
もしかして。
何か、急を要する事態が…っ?
『―迷子になったっ』
どどっ
皆して二度ごけ。
フロントにいる番頭さんの奇異の視線がひたすらに恥ずかしい。
けれど、今は恥じらっている場合ではない。
通りすがりの仲居さんからくすくす笑われようと、他の組の子たちに“また二組がおもしろいことやってる”と思われようと。
今は、それどころではないのだ。
緊急事態なのだっ。
…そう思うことで、なんとかして再び体勢を立て直す。
「やっぱり迷ってるんじゃないっ」
携帯電話に喰らいつく勢いで姫子ちゃん。
ゆるく波打ったきれいな髪の毛を振り乱さんばかりだ。
『だ、だってしょーがないだろっ。なっつーの言うとおりに歩いてたらこうなっちゃったんだから』
『ちょっなにてきとーなこと言ってるんだっ。あたしは何も言ってないよっ。っていうか先頭切って歩いてたのは和とりっちゃんでしょっ。あとなっつー言うなっ』
『そ、それは言わない約束だろうなっつーっ』
『だからなっつなっつ言うなーっ』
ぎゃーぎゃーぎゃー
あはははははははは
少し遠くに聞こえる秋山さんの笑い声のトーンが増した。
“なっつなっつ”にハマっちゃったのかな…?
「…誰か話の分かる人はいないの…?」
姫子ちゃんを始めとして諦めかけていた、まさにその時。
『もしもし』
京都におわす神様たちが手を差し伸べてくれた。
この落ち着いた声は…、
「お母さん?」
真っ先に反応するアカネちゃん。
『はい。こちら三年二組のお母さんこと佐久間英子です』
「いや自己紹介はいいから」
「っていうか迷子になってる本人からお母さんって言われても説得力ないからねっ?」
とすかさずエリちゃんも応答する。
『秋山さんは田井中さんのくだらない一発ギャグを聞いてから笑い上戸が出てしまって、皆も聞いてのあり様よ』
マイペースに状況説明する佐久間さん(私は“お母さん”って呼んだことはこの二カ月一度もない。だって、なんだか恥ずかしいから…)。
それにしても。
くだらないと断ぜられた田井中さんはちょっぴり可哀想かもしれない。
なっちゃんたちの言い合いやら秋山さんの笑い声をBGMに、佐久間さんの解説は続く。
『真鍋さんと高橋さんはそんな秋山さんを介抱中。このままじゃ笑い死にしてしまいそうだから』
「あ、ああ秋山さん死んじゃうのっ?」
「死なないっ。死なないから落ち着け曜子っ。英子もてきとーなこと言わないっ」
「…曜子ちゃん落ち着いて…っ」
姫子ちゃんの携帯電話にかぶりつく佐々木さんを必死で抑えるよしみちゃんとふみちゃんだった。
佐々木さん…曜子ちゃんが、桜高に非公式ながら存在する“秋山澪ファンクラブ”の会員だったことを私が知るのはもう少し後のことである。
―といっても、それはこの迷子騒動がひと段落した夜のことだったのだけれども(ファンクラブが生徒会公認であることも含めて)。
「それで」
これまで沈黙を守っていたいちごちゃんが口を開く。
「迷子になって、どのくらい」
『あら、その声はひょっとして若王子さん?えぇとね…』
『同じとこに戻ってきて、澪がおかしくなったのがついさっきだから、んー…二十分くらいは経ってるかな』
思案するような佐久間さんに代わる形で、田井中さんが答える。
私たちがタクシーで帰ってきたのがほんのちょっと前ということを考えると…、
「あたしたちがなっつーたちと別れてちょっとしてから、りっちゃんたちが合流して、その辺りから迷ったって感じだねっ」
「エリにしては珍しく察しがいいね」
「ということは、旅館からはそんなに遠くないのかしら」
エリちゃんの予想には、私も近いものを感じていた。
私の感覚的にも、さわ子先生が言うように、旅館からはそんなに離れていないと思われる。
あくまで勘だけれど。
「律」
『ん?いちごか?どしたの?』
「周り、何が見える」
『へ?周り?えーと、何が見えるってーと』
「京都タワー、見える」
『京都タワー…?』
「英子」
『はいはぁい。いきなりファーストネームで呼ばれると、お母さん照れちゃうな~』
「…近くに、番地が分かるものがあれば、見て教えて」
『はいはい、番地ね~』
「…なるほどそういうことか。英子、電柱とか近くにないか?あれば多分、そこに表記してあるはずだ」
いちごちゃんのしようとしていることに見当がついたのか、よしみちゃんも電話口の向こうへ指示を飛ばす。
おそらく、二人の考えでは、
「唯たちがいる迷っているところを、番地と京都タワーの見え方から予測しようってわけね」
「ああ」
「…」
顔を見合わせるよしみちゃんと姫子ちゃんに軽く相槌を打ったいちごちゃんは、「地図が要る」と言ってアカネちゃんに視線を送ると、
「なるほど、地図ね」
心得たとばかりに、今度は私を見てアカネちゃん。
その意を汲み取れない私ではない。
ロビーを見渡すと―、
「アキヨちゃんっ」
宮本アキヨちゃん。
桜高の知識の要、図書委員会の委員長。
“歩く図書館”の異名を持つ彼女なら、きっと…、
「アキヨちゃん、突然でごめんねなんだけど」
「…ううん、大丈夫だよしずかちゃん。どうしたの…?」
「京都の地図、ないかな?」
「…あるよ?」
どすん
“京都市全図”というタイトルの分厚い本を事も無げに取り出したアキヨちゃん。
「…毎度のことだけど、アッキョどこから出してくるのそういう本」と目を丸くして問うエリちゃんに、
「き、企業秘密、です」
人差し指を唇にあてたいわゆる秘密ですポーズをとるアキヨちゃん。
本人はお茶目のつもりでやっているのだろうけれど、恥ずかしさがぬぐえていないのでむしろ余計に可愛らしい。
『―番地、分かったわよ』
ほどなくして携帯電話からの応答。
佐久間さんから告げられた番地を、地図の索引から探し当てる。
『京都タワーも見えてるぞ』と田井中さんからの情報も入ってきた。
「状況から察するに」
地図上に置かれたよしみちゃんの指がコンパスの形を作り、旅館の位置と彼女たちの位置とを結びつける。
こういう手際は流石桜高始まって以来の才媛といったところだ。
「―って、駅と逆方向じゃんっ」
「ほんと、駅があるほうから遠ざかってるね」
「確かにあの辺の道、結構入り組んでたけど、これはひどいね」
「方向音痴」
「にも程があるけどな」
そんなふうに散々な言われようの彼女たちだったけれど、
「…でも、無事みたいで、よかった…」
「うん、そうだね」
何かの事件や事故に巻き込まれたわけじゃなくって。
唯も和も、秋山さんも田井中さんも、なっちゃんも佐久間さんも高橋さんも。
そして。
ムギも。
とにかく、無事だったということが分かって―
「―迎えに行こう」
知らず、口を衝いて出ていた私の言葉に。
私の顔に。
集まった皆が視線を向ける。
「迎えに、って言っても」
「大体の位置は分かったけど、ここからだと距離あるぞ?」
「タクシー呼んだほうが早いんじゃ」
「それでも」
姫子ちゃん、よしみちゃん、アカネちゃんのもっともな指摘に。
それでも、と思うのだ。
これからは私の背中はしずかちゃんに任せるね―
何か困ったことがあったらいつでも言ってね―
いつも楽しそうなムギの背中を見ていて。
私はいつも穏やかな気持ちになれたんだ。
だから。
「私が迎えに行かなきゃ」
それが、背中を預かった友達として、今私にできる一番のことだと思うから。
「―もう…こうなったしずかはてこでも動かないんだから」溜息混じりの姫子ちゃんの隣で、
「しずかって意外にこういうときは頑固だもんね」同意するようにお手上げポーズのアカネちゃんの横で、
「それでこそのしずか大明神さっ。女に二言はないっ、てねっ」親指を立てて満面笑顔のエリちゃんを、
「それを言うなら男に、だろ」とたしなめるよしみちゃんの隣で、
「しずかは友達思いだから」目を細めるいちごちゃんと、
「…かっこいい、しずちゃん…」うるんだ瞳で私を見つめてくるふみちゃんの言葉はちょっぴり気恥ずかしい。
でも、大丈夫。
私には、こんなにも素敵な仲間たちがいるから。
だから。
「そういうわけで、行ってきます、さわ子先生」
言いがてら、玄関に向かう私に。
というより、ことの成行きについていけてないさわ子先生は目に見えて狼狽すると、
「ええっ?ちょっと、だめよ。もう門限も過ぎているし、夕食の時間だって」
「さわ子先生」
いつの間にか来ていた美冬ちゃんが機先を制した。
「私たち全員そろって三年二組ですから」
「もちろん、さわちゃんも入れてねっ」
ウィンクと共に送られたちかちゃんの言葉に。
「あなたたち…」
ふっ、と息をついたさわ子先生は私たち一人ひとりの顔を見て、一言。
「いいわ。行ってらっしゃい。二組の担任として教頭先生には私から言っておきます。平沢さんと真鍋さんの班、頼んだわよ木下さん」
「はいっ」
そうと決まれば早いのが私たち二組だ。
「さっすがさわちゃん、話が分かるーっ」
「よしっ。ふみちゃん、しずかのシューズとか持ってこよっ」
「…うん、エリちゃんっ…」
「何やら熱い展開になってきたねーっ」
「確かに、あのグループは方向に弱そうだもんね」
「あたしたちにも何かできること、あるかな」
「三花、とし美、それにまきも」
「じゃあバレー部組でしずかのストレッチ手伝ってあげて。アップなしでスタートはきついでしょうから」
「アキヨ、この辺をもっと拡大した地図とかないのか?」
「あ、あるよ」
「これ…医局特製のエナジーチャージゼリー」
「この時期でもまた帰ってくる頃には汗で冷えるだろうから、着替えるなら長袖にしたほうがいいよ」
「ありがとうキミ子ちゃん信代ちゃんっ」
ゼリーで持久力チャージ。
続いてバレー部の皆とストレッチ。
そうしている間にランニングシューズと体操着が届けられる。
「しずか」
制服の上から着替え終わり、シューズの靴ひもを締めなおす私に声をかけたいちごちゃんは、
「持っていって」
「これは?」
「ヘッドセット。私の電話にジャックして、無線モードにしてあるから、こっちとリアルタイムで通話できる」
イヤホンとマイクが一体化したヘッドホンを私の頭にのせながら、黒いほうのスマートフォンを手渡される。
白いほうのもう一台(二台のスマートフォンを持っているいちごちゃんである。黒いほうが電話とかメール用、白いほうはもっぱらインターネット用だとか)は示しながらの解説。
「これでしずかを皆のところまでナビゲーションできる」
「いちごちゃん…。うん、ありがとうっ」
とんとんとつま先をつめてめいっぱい伸びをする。
続いて屈伸。
ジャンプ三回。
返ってくるソールの反発に知らず口許がほころんだ―うん、いい感じ。
スターティングポジションは、レギュラースタンス。
がらがらがら
ふみちゃんとエリちゃんが玄関を開ける。
「―木下しずか、行きますっ」
いってらっしゃーい
気がつけば二組以外のクラスの子たちもロビーに集まってきていて。
たくさんの声援に送り出される形で。
私は夜の京都へと走り出したのだった。